3 偶然こうなっただけで断じて出歯亀でも盗み聞きでもない
冒険者ギルド、神殿騎士団訓練場と並んでシエルがよく出没するポイントは図書館。これも神殿の敷地内に建っている。
図書館は前世からのお気に入りスポットだ。
本好きだったのは、元々の嗜好か、運動を制限されていた結果か。どちらにせよ、居心地の良い空間で、特に用が無くても訪れていた。
今世でも読み書きを覚えると直ぐに図書館に顔を出した。
五歳くらいの頃から通っているので、司書さん達とも顔馴染みだ。よくおやつに誘ってくれる。
その場所に、最近新顔が現れた。
エリクだ。
エリクは紅茶色の髪にオレンジの目の、少女めいた可愛さのある美少年だった。
騎士の中で見た時、小柄だし華奢だなと思った。それは周りがゴツいせいかとも思ったが、単体で見てもやっぱり小柄で華奢だった。
これ、ズボン履いてても女の子に間違われるんじゃなかろうか。
そんなエリクはよくシエルの近くに座る。どうやら知りたい事のジャンルが被ってるらしい。
そのジャンルとは神学。神々に関する事柄だ。
神々に関しては、シエルの方がぶっちゃけ詳しい。だからこそ、一般的な認識を知る必要があった。
異世界転生モノでしばしば取り上げられる問題『人と神との認識のズレ』。
『✡世界創造の意思✡』が色々教えてくれたが、それが人間側の認識とどこまで同じか分からない。
そう警戒して早くから調べ始めたのだが、正解だった。神側の話をそのまま人に話していたらヤバい事になっていた。
そんな訳で、シエルは日々人間側の常識・設定確認に勤しんでいる。
これは同時に、ポロッと神からの知識を漏らしてしまった時の予防線でもある。「なんでそんな事知ってるの?」と言われてしまった時の言い訳用に、あんまり興味の無いジャンルにも手を出して知識を蓄えているのだ。
でもまあ、地雷原となっているのはやはり神関連。コツコツと読み漁っているのだが、そこにエリクが現れるようになった。
神殿騎士を目指すなら、神学は必須科目。
しかし、おそらくだがプリムラの件があるまで神に興味など無かったのだろう。エリクが手に取るのは入門とか初心者向けとかタイトルにある本ばかりだった。
その様子は真剣で、噂に聞くような不真面目さは無い。
「でも、やっぱり質は良くないわよ」
と、仲良くしてくれる司書さんの一人が言う。
いつものおやつタイム。二人の司書とのんびりと他愛ないお喋りをするのだが、今回は「大丈夫? 変な事されてない?」と心配して来た。
それに「何も無いよ。真面目に勉強してるだけだよ」と言ったら返って来たのが先の台詞だ。
「どういう事?」
「プリムラ様、神官に言ってたのよ。『エリクはただの友達だ、婚約者顔されて困ってる』って」
「やだ盗み聞き?」
「たまたま聞こえたの! とにかく! プリムラ様はあの子に特別な気持ちは無いそうよ。でも父親の男爵様のお気に入りで、無碍に出来ないんですって。困ってらしたわ」
「ガッツリ聞いてるじゃない……シエルくんはこんな大人なっちゃダメよ?」
「え〜っと……」
「ちょっと、そんなんじゃないってば!」
やはり良い噂は聞かない。
けれどシエルが直に見たエリクは、必死に頑張っている。時にボロボロで、目を赤く腫れさせながら勉強する姿を見ては悪く言う気はしない。
ただ、やはりそれだけだ。エリクは他人に変わりない。
時々高い所の本を取って貰ったり、エリクの探してる本を見つけてあげたりなんてちょっとした交流はあったが、それだけ。
それだけ、の、つもりだったのだが。
ある日の図書館へ行く途中、エリクと遭遇した。
正確には、エリクと一人の少女の話している場面に。
「えっ、なんで? 一緒に遊ぼうよ!」
「ごめん、駄目なんだ。次のテストの点が悪かったら、俺」
「またそれ? ……ねぇ、本当は私と出掛けるのが嫌なんじゃないの?」
「嫌なわけないよ! でも」
揉め事の気配に、シエルはそっと物陰に隠れた。
桜色の髪の少女。遠目で顔はよく見えないが、その特徴的な髪色には覚えがある。
新しい聖魔法使い、プリムラだ。
シエルが今居るのは屋外のT字路の角の部分。目指す図書館は、この角を曲がった通路の先。
二人が居るのが、その通路。
ズラリと植えられた植え込みのお蔭で二人ともシエルには気付いていないようだが、このまま気付かれずに横をすり抜けるのは不可能。
うんと遠回りすれば図書館に行けるが、目的地はもう目の前で、ここから遠回りするのはなんとなく癪に障る。
どうしようかな、と迷っているうちに話は進む。
「ウソ! エリクは私と一緒なのは嫌なのね! 私の事、嫌いになったんだ!」
「違うって! 本当に」
……これあれか? エリクがプリムラを連れ出してるって噂か? どう聞いてもプリムラが誘う側だが。
プリムラの声音は憔悴感があって、疑われて傷付いている、と感じさせるものだった。それを受けてエリクの声音も弱る。
けど今って確か、聖魔法使いの訓練する時間の筈。伊達に神殿で育っていない。ざっくりとでも神殿の一日のスケジュールは把握している。
察するに、プリムラは修行をサボって遊びに行こうとしてるらしい。
でも断られて、問題を好き嫌いにスライドさせて相手の罪悪感を煽り、自分を被害者側に置こうとしてる、と?
何その質悪い人。想像だけど。
「エリクのバカ! もう知らない!」
「プリムラ!」
うわプリムラこっち来た。シエルは咄嗟に神殿の外壁と植え込みの隙間に小さな体を滑り込ませた。こういう時は、小さな体は便利だ。
プリムラは幸い、シエルが居る方とは逆方向に曲がった。
が、曲がって直ぐに足を止め、壁に張り付いて角からエリクの様子を窺う。顔を出すとプリムラに見つかるのでエリクの様子は分からない。しかし直ぐに。
「はあっ!? 何図書館入ってんの!? ここは追い掛けて来る所でしょう!??」
エリクはプリムラを追わず、図書館に入ったようだ。
プリムラは植木にガリガリと爪を立て、悪態をつく。
「信じらんない。私聖女よ? 私より優先する事なんでないでしょ? なに考えてんの? おかしくない?」
しばらくブツブツと文句を言い、やがて今度こそ去って行った。
シエルはプリムラの姿が完全に見えなくなるまで待って、図書館に向かった。
いつもの場所に、エリクは居た。気落ちしてる様子で、ぼんやりと開いた本を見下ろしている。
シエルもいつもの席に座り、本を開く。こちらも集中出来ない。
先程遭遇したシーンと、そこから予想されるエリクの現状を思う。
言いたい。
色々言いたい。
しかしシエルは通りすがりの他人だ。首を突っ込んだ所で、出来る事などありはしない。
しかし見なかった振りをするには、エリクの現状が気の毒過ぎる。
「あっ」
ドサドサッ。音に顔を上げると、エリクが席を立ってしゃがむ所だった。そして、机の上に積んであった本が無くなっている。落としたようだ。
シエルは無言で席を立って、散らばる本の元へ向かう。
「あ……すみません」
「いえ」
やはり無言で本を拾うシエルに、エリクは必要以上に縮こまる。
「あの」
「……まだ、何か」
声を掛けるシエルに、エリクは視線を下にずらして応じる。
――人の視線に、怯えている。
数ヶ月前に見た時は、そんな様子は無かった。神殿の威容に怯んではいても、しっかり前を向いていたのに。
「神々について、勉強してるんですよね? それも基本から」
「そう、だけど」
「だったら、あちこちの本に手を付けるより、作者を絞った方が良いです。複数の本に目を通すより、一冊を読み込む方が身に付くと思います」
それは以前から気になっていた事。
ここで勉強を始めてからしばらく経つのに、エリクは未だに入門書と格闘している。それもいつも別々の本を。
エリクはキョトンとして、次に一層落ち込んだ様子で言った。
「でも、少しずつ内容違うし、全部覚えないとダメなんじゃ」
「違います。この辺の入門書なら、基本は同じで違いは作者の個性に過ぎません。その個人差まで覚える必要は無いでしょう」
「ええ……そう、なの?」
首を捻るエリク。その様子を静かに見遣るシエル。
後から思い返しても、この時、なんでこんな事を言ったのか、よく分からない。
ただ。
「良かったら教えましょうか?」
「へっ? いや、でも」
「お兄さん、騎士見習いですよね?」
「そうだけど」
「俺、冒険者志望なんです。けど、戦うのが苦手で。勉強と武術、教え合いませんか?」
「えっ? 君いくつ? 流石に君くらいの子に教えられるほど酷くは――」
「俺、十四です」
「……は?」
「俺は、今、十四、です」
「……ええっ!?」
思わず大きな声を上げるエリク。
司書さんが来て注意されました。
なので、場所を変えて学習室へ。ここは勉強会をする前提の場所なので、多少のお喋りは許容範囲内だ。
勿論、騒ぎ過ぎれば怒られるが。
「ねぇ、ホントに十四? おれの一つ下? ええ?」
「そこ掘り下げる? ホントだってば」
――ただ。納得出来ない、と言わんばかりのエリクは、もう俯いていなくて。
真っ直ぐシエルの顔を見るエリクに、なんとなく満足した。
「ごはん食べてる? 好き嫌いはダメだよ?」
「しつこい! そっちだってチビじゃん、騎士見習いの中でも頭半分は低いの知ってんだからな!」
「なっ……おれはこれから伸びるんだよ!」
「俺だってこれからだよ!」
キャンキャン言い合う子供達に、司書が再び注意しに行くのは、この直ぐ後の事。
エリクのステータス
HP/多め MP/少なめ
器用:優秀
敏捷:めっちゃ優秀
筋力:並よりやや下
体力:高め
知力:脳筋
魔力:しょぼい
守護神:【人体と武芸の神】
祝福:【武術の才能】【健康】
※守護神とは、祝福を授けた神を指す。この世界はアニミズム的に神が沢山居ます。
敏捷命の軽戦士。【武術の才能】補正により、身の熟しに優れている。
【人体と武芸の神】が、スペックではなく磨いた技術による強さを重視してる為、大きな体格や強い筋力はむしろ邪魔だと、そちらの成長は抑制されている。
シエルのような呪いレベルの妨げではないが、エリクが男らしい体格を得る日は来ないと思われ。




