38 あなたの為に
ライフェルト視点とオリヴィエ視点が混ざってます。
後半はメッラ視点
目を通し終えると、ライフェルトは沈黙した。
どうして。なぜそこまで。疑念が渦巻く。
そんな息子に、オリヴィエは言う。
「分かったかしら。メッラ院長に手を出せば、神殿がどう出るか。わたくし達は、シラー家の一員。何よりもシラー領の民に尽くし守る責務があるの。そのわたくし達の行いで、領民に皺寄せが行くなどあってはならないわ」
「わかり、ます……」
ただ親しくなった孤児と領民。
秤に掛けるまでもなく、優先すべきは自領の民だ。
でも。
「でも、その為に他の民を見捨てるのは、違うと思います……」
ささやかな抵抗。その程度の言葉でオリヴィエを翻意出来るとは思っていない。
ただ、すんなり頷くなんて出来なかった。
「ええ、その通りね。つまり、あの孤児院の為に動くべきは?」
「……?」
「……。あなたね、今、誰にお仕えしてるのよ?」
「!」
直にはピンと来なかったライフェルトだが、そこまで言われてようやく気付く。
ミハイル・ヒモリ・アルセルス。この国の第四王子。
そう、ここは王都。王家のお膝元。そこで起きている問題ならば、解決すべきは。
「っ、でも、財務大臣すら更迭されたのに……」
「そうね、でも、それは三十年近く前の話よ」
「あの、それはどういう……?」
分からない、と言う顔のライフェルト。
こればかりは、年月を経た者でなければ理解し難いだろう。
「大臣が更迭されたのは、魔物暴走から何年も経ってない頃の事よ。事件の爪痕も生々しく、レリア様の悲劇も“現在”の問題だった」
オリヴィエは、過度にメッラ院長を……レリアを庇う神殿上層部の気持ちが分からないでもなかった。
オリヴィエの父親は男爵だった。領地を持たず騎士職で身を立てており、当時も現場に駆り出された。
齎される知らせは凶報ばかり。同じ騎士の身内がいる知人の元に、続々と訃報が届き、いつ父の死を知らされるのかと怯える日々。
オリヴィエの父は無事に帰って来た。オリヴィエと母は泣いて喜び、「レリア様のお陰だ」としきりに言う父に、レリアへの感謝と崇敬を募らせた。
けれど、そのレリアの家族は助からなかったと、そんな話が広がった。
オリヴィエは王都住まいだったから、式典などでレリアの姿を見た事は何度かあった。おっとりとした、穏やかな方。そしてその夫と御子との仲睦まじい姿も。
しばらくしてレリアはまた人前に姿を見せるようになったが、その姿にまた衝撃を受けた。
痩せ細り、顔色は青白く。今にも倒れそうな弱々しい姿。それは雄弁に、レリアの受けた苦しみを語っていた。
自分の父は帰って来た。なのに、父を返してくれたレリア様のご家族は……。
オリヴィエとて、レリアの問題と孤児への虐待に目を瞑る事は別だと思っている。しかし、恩義と後ろめたさが、罪を問う声を萎ませた。
遠目にしか知らない自分でさえこうなのだ。レリアと直接関わった神殿や国の中枢の者達が、道理を見失うのも仕方なく思える。
だからこそ。オリヴィエは息子を見る。
事件の後に生まれた我が子。この子にとって、あの魔物暴走は過去の出来事というより、歴史上の出来事に近い。
当時者と、そうでない者の差。
その息子と同世代の王子ならば、あるいは。
「……なんにせよ、賭けには違いないわ。もし、シラー領に類が及ぶと判断したら、わたくしはあなたを切り捨てます。いいわね?」
「御心のままに、当主代理」
厳しく言うオリヴィエに、ライフェルトは微笑みを向けて見せた。
母はシエルを助ける事は否定しない。それだけ分かれば充分だ。
問題は、自分が上手くやれるかどうか。
大丈夫、自分が失敗したとしても、この母ならば上手くやってくれる。自分を切り捨てて、それ以上の被害は防いでくれる。
そうして王都からもシラー家からも追い出されたら、シエルと一緒に冒険者にでもなろう。その時はエリクも居ると嬉しいが、どうなるだろう。
そこまで考えて、ライフェルトはふと苦笑した。
本当に、自分はいつからこんなにシエルに入れ込んでしまったのだろう。
不思議と、気分は良かった。
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「はぁ……。やっぱり中身も安っぽい麻じゃない。バカにしてるのかしら」
「まあまあ、貧乏子爵らしいですから仕方ないですよ。第一、シエルくんの為に大金使うのもバカらしいですし」
「それもそうね」
シラー親子が退室した後の応接室で、メッラ院長とユリアは手土産の布を検分していた。
「ユリア、これ好きにしていいわよ。じゃあ、私はもう出るから」
「わぁ、メッラ院長ありがとうございます! いってらっしゃいませ!」
たかが麻に喜んで見せる部下に、憐れみと優越感が湧き、メッラは満足する。
メッラを見送ったユリアは麻布の山を抱えていそいそと自室に戻った。メッラは気が付かなかったが、この布はシラー特産の特殊な布で、平民の富裕層に流行っている一品だ。
平民でも頑張れば手の届く、少し高級な布。これでおしゃれ着でも作れば、周りに大きな顔が出来る。いいや、普段着もこの布で揃えてしまおうか。
それで子供達の服を縫おうなんて微塵も思わず、友達より一段高い服を着る自分を想像して、ユリアはご機嫌だった。
孤児院を出たメッラはのっしのっしと神殿奥へ進む。
昔は神官を迎えに来させ先導させたが、彼等はいつも人目につかない道を選ぶので案内は断るようになった。
わかってない。人目に付く事が大事なのに。
孤児院の職員に過ぎない自分が、神殿の最奥に招かれる。その姿を見せ付けるのが大事なのに。
今も、ズンズン進むメッラを、若い神官が怪訝そうに見て年嵩の神官に耳打ちされて、驚愕の視線をメッラに送る。
その視線の、なんと心地よいことか。
奥に行くにつれ、メッラに驚く者は居なくなるが、かわりにスッと道を譲り軽く頭を下げてくる。
これもまた、気分が良い。
やがて辿り着く、神殿の最奥。
「お待ちしておりました、どうぞ中へ」
その門を守る神殿騎士は、メッラの姿を認めるとスッと横に退け、恭しく門を開けてくれる。
門を潜れば待っていた別の女性神官が先導する。
神殿は【聖魔法】の使い手を手厚く保護し支援している。当然、神殿の奥深くで守られるはその聖魔法使い。その更に頂きに位置する至高の存在が、この奥にいる。
「レリア様、メッラ様がお着きになりました」
通されたのは、日当たりの良いティールーム。明るく、けれど魔道具によって暑さは遠ざけられ、過ごし易い空間が維持されている。
平民の家では有り得ない、人の身長を超える大きな窓。品の良い壁紙に、最高級品の調度品。この時の為に丹精された花々。
それら全ては、ただ一人の為に。
「いらっしゃい、メッラ。よく来てくれたわね」
「ふふ、お邪魔するわ、レリアお姉ちゃん」
メッラを迎えたのは、車椅子に座った、上品な印象の老女。何より特徴的なのは、顔の上半分を隠す幅広の布。
彼女こそ、救国の英雄、アルセルスに所属する聖魔法使いの頂点に座する『盲目の聖母レリア』。
実年齢は老人と呼ぶには早いのだが、心労の為か、両目以外にも捧げたものがあったのか、皺は深く、栗色だった髪は真っ白である。
車椅子なのは足腰が衰えた結果だが、その衰え方も尋常ではなく、諸々の変化を含め、神殿は国を救った対価であるとみなした。
レリアは心底嬉しそうにメッラを迎え、茶の席を勧めた。
――メッラの恰好を、ライフェルトは茶会にでも向かうようだと評したが、実際に茶会に出る為のドレスアップだったのだ。
「お土産、いつものミートパイだけど、良いの?」
席に着いたメッラは、少し心配そうに言う。
「勿論よ! おばさまのミートパイ、大好物だもの! ……お母さんの味、結局私は覚え損ねてしまったから、メッラが作って貰うしかなくて……。負担になってるかしら?」
「いいのよ、負担なんてなってないわ! そうじゃなくて、この所調子悪いって聞いたから、ミートパイは重いかなって」
「そうだったのね。ありがとう、大丈夫よ。むしろ、メッラのミートパイなら食べられそうなくらいよ」
メッラのミートパイは、レリアにとって思い出の味なのだ。
レリア達の近所には、有名な料理名人が居た。その料理名人が『おばさま』で、レリアの母親とメッラの母親が共に料理を習っており、それぞれの家庭の味がほぼ同じなのだ。
レリアはその、失われた母の味を求め、よくメッラの手料理を強請るのだ。
歳を追う毎に少食になっていくレリアだが、メッラの料理だけは『懐かしい』『お母さんの味だわ』とよく食べてくれるので、神殿もメッラを頼っているのが現状だ。
ちなみに、レリアは祝福の儀と同時に王都に上がってしまったので十分に母親の手解きを受けられなかったので作れない。
一応、本職の料理人にレシピを教えたりもしたが、なぜかレリアはメッラの手料理を的確に選び、それ以外はあまり手を付けない。
「そう? 一応、リゾットも作ってきたから、厳しそうならそっちにしてみて」
「あら、それは気合いを入れて食べなくちゃ!」
「だから、無理しないでってば」
気安い会話に、レリアの顔も綻び、食も進む。
その様子に見守る神官達は静かに胸を撫で下ろし、メッラへの感謝を深める。
レリアから出される話題は、いつも故郷の事ばかり。商店街に並ぶどこそこの店の内装はああだった、誰それの家の前に丹精された花はいつも見事だった、近所の誰それは、いつも同じ時間に同じ屋台でお昼を食べてた……etc.
どれも、その場所で生きてきた者でなければ共有出来ない話題ばかり。
今はもう、二人の記憶の中にしかない街の風景、家族の、友人の笑顔。
それらの記憶が風化するのを恐れるように、その記憶が現実だったと確かめるように、過去の思い出話しかしないレリア。
そんなレリアの言葉にしない求めに、辛抱強く応えているメッラ。
……可哀想なレリアお姉ちゃん。神様に選ばれて、こんなに大勢に傅かれて贅沢な暮しをしてるのに、亡くした家族を求め続ける哀れな人。
家族の面影を求めて、大して親しくもなかった自分にさえ縋るしかない、至高の女性。
その姿が、心底憐れで、愛おしい。
いいのよ、お姉ちゃん、いくらでも付き合ってあげる。お母さんの話もお父さんの話も旦那さんの話も娘さんの話も、ろくに覚えていないような些細な事でも、しっかり思い出して話してあげる。
好きなだけ過去にしがみついていいのよ。「前を向け」なんて無粋な事を言う輩は、私がやっつけてあげる。
――だから、お姉ちゃんも、メッラの味方でいてね?
メッラを守ってね。約束よ?
ストックが切れたので、更新ストップします。
ある程度書き溜まったら再開します。しばらくお待ちください。




