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36 神殿付属孤児院

ライフェルト視点

「あらまあ、息子さんでしたの。まあまあ、随分立派な息子さんねぇ」

「恐れ入ります」


 これは、応接室に移り改めて名乗ったライフェルトに対する反応である。

 その言葉の裏には『はっ、嘘おっしゃい全然似てないじゃない。愛人なんでしょ? お盛んですこと』といった侮蔑が含まれていた。顔にも出ているが。


 そうした反応はよくある事だった。それくらい、ライフェルトとオリヴィエは似ていない。

 そして、高貴な女性が若く見目麗しい男を囲うのも珍しくない。実際、オリヴィエに『その愛人を寄越せ』と言って来た貴婦人は一人二人ではない。

 そして正真正銘、オリヴィエの産んだ息子だと知って愕然とし、それをネタにオリヴィエに“少しだけ”強引に要求を呑まされるまでがセット。


 ああ、シエルが恋しい。シエルは一目見た時は似てないと言ったが、直に笑い方が同じだと言ってくれた。

 そうした反応は、本当に、本当に珍しいのだ。


「お茶をお持ちしました」


 と入って来たのは、三十を越えたくらいの女性職員。

 こちらは普通の体型で不健康さは無かったが、やはり化粧が濃く、胸を強調した服を着ている。というか、十代の娘が着るような服であり、アクセサリーだった。どう見ても三十過ぎの、ほうれい線や目尻の皺が目に付く女性の装いではない。

 素材自体はそう悪くはなく、年相応の装いなら見れただろうに、何を考えてるのか。

 お茶と茶菓子を置く時も、さり気なくライフェルトに胸を見せ付けて来る。

 そしてチラチラとライフェルトへ視線を送りながら壁際に控える。

 いつもの事なので、ライフェルトは無反応。伊達に貴族やってない。しかし他の職員までこれとは。

 シエルが孤児院の話をしたがらないのも当然だ。


 当たり障りのない世間話から入り、場が温まった所で本題に入った。


「この度は当家の諍いにこちらの御子を巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 貴族と平民という差がある為、頭は下げない。貴族が平民に、申し訳ありませんでした、と謝罪すること事態が異例の処置なのだ。


「まあ、そんなもったいない。どうせあの子が無礼を働いたのでしょう? そんなお気になさらないで」


 ――今、なんと言った?

 どうせ? 無礼を働いたのだろう? ……この女、何があったか把握してないのか? 仮に子供の方に非礼があったとしても、子供の味方をするのがこの女の務めではないのか。


 ――コン。


 テーブルの影になる位置で、オリヴィエがライフェルトの靴を突付いた。


 ――落ち着きなさい。

 ――……すみません。


 ライフェルトはカッと頭に上った血を静かに抑えた。……自分はまだまだ未熟だ。


「そのような事。シエルくんは悪くありませんわ。今回の件はこちらの不徳の致すところで」

「あらあら、そのように庇いたてにならなくとも。あの子の手の付けられなさは私がようく知ってますとも」


 と、メッラはシエルがいかに悪童で周りに迷惑を掛けているか、滔々と語り出した。

 曰く、シエルはどれだけ言っても手伝いの一つもせず、どころか洗ったばかりのシーツに泥を塗って笑ってる。

 曰く、小さな子のおもちゃを取り上げて泣かせるのがシエルの楽しみだ。

 曰く、偏食で用意した食事に文句ばかり言う。せっかく作った料理をひっくり返して駄目にした。

 曰く、あの歳で色街に入り浸っている。


 ……誰の話だ。


「そんな子ですからね。お気に病む事無いんですよ。叩かれて、少しは反省するといいのだわ」

「そうですの……」


 これにはオリヴィエも困惑した。メッラ院長がこうもひたすらシエルを扱き下ろして来るとは、予想外だ。

 被害者の『良い子』振りを強調して、ことさら憐れんで賠償金をふんだくろうとしてくるなら分かるが……。


 下調べの結果から、貴族に怯えて縮こまる、なんて事にはならないだろうと思ってはいたが、さて、どうしたものか。

 ウンウンとメッラの話に相槌を送っていたオリヴィエは、機をみて言葉を差し込んだ。


「そうだわ、メッラ院長。息子にここの孤児院を見学させてやっていただけません? うちの領で参考にしたいわ」

「ああ、どうぞどうぞ。ユリア、案内して差し上げなさい」

「はい、院長」


 メッラ院長のご指名に、ずっとライフェルトを意味有りげに見詰めていた三十過ぎた女が弾んだ声で応じた。

 メッラ院長の方には、若く見目麗しい男には関心は無いらしい。


 この流れは打ち合わせ通りなのでいいのだが、さっきから秋波を送ってくる気持ち悪い女と一緒か、と顔には出さずうんざりする。


「さ、どちらから案内しましょうか」


 応接室を出るなり、腕に絡み付いて来たユリア。胸を押し付け、下から見上げる媚びた視線は娼婦そのもの。

 ちなみに、こんな振る舞いは不敬罪で投獄されても文句は言えない。貴族に無断で触れるなど、害意ありと受け取られても仕方ないのだ。殺されないだけマシである。


 それを指摘して離れさせたかったが、情報を抜くにはおだてた方が都合がいい。

 我慢するか、とライフェルトは優しげに見える微笑みをユリアに向けた。

 途端にポッと赤らむユリア。

 ……自分でやっておいてなんだが、気持ち悪い。


 食堂、遊戯室、浴室などを案内させながら、ライフェルトはユリアから少しずつ話を引き出して行く。


「えぇ、院長が料理なんて有り得ないですよぉ。いつも、もう一人の職員と、子供達にやらせてるんですよぉ。ほらぁ、将来に向けて、色々覚えないとでしょぉ?」


「学なんて、平民が身に着けても意味無いじゃないですかぁ。きゃははっ。それよりぃ、可愛くして、良い所にお嫁に行けるよう努力しないとぉ」


「服ぅ? だって、すぐ汚すし破くしぃ……。新しいのなんてもったいないですよぉ。あ、お貴族様は見たこと無いんですねぇ、ボロボロの服なんて。平民はこんなもんですよぉ」


 ……。前言撤回、少しどころでなく引き出し放題だった。

 どうやら、自分達がしている事に全く疑問を持っていないようだ。シエルが傷付けられた件で来たのに、一向に当のシエルを呼ぶ気配が無い事も、この様子では「呼んでどうするんですかぁ?」とでも言われそうだ。


「シエルぅ……? んー、今日はまだ見てないですねぇ」


 斜め上の回答だった。

 『今日は』? 朝から姿を見ていないとでも? 預かってる子供の姿が見えないのに、何も思わない……?


「ええぇ? 最後に見たのはぁ……ううん、いつだっけ?」


 どうやら、シエルが姿を見せないのはいつもの事のようだ。

 ……では、シエルはどこで生活してるというのか。


 建物内を見て回る間、時々子供の姿を見かけるが、皆、ライフェルトを見付けるとそそくさと移動してしまう。

 その様子はどこか神経質で、子供達が常に気を張って生活しているのが伺えた。

 でも、寄って来る子供がいない訳でもなく。


「ユリアせんせ、お客様?」

「あらティム。そうよ、こちらライフェルト・シラー子爵令息様。ご挨拶なさい」

「はじめまして、ティムです」


 ティムは良く言えば自信に溢れた、悪く言えば傲慢さを前面に出した子供だった。

 子供と言っても体格が良く、後ろに手下よろしく二人の男児を従えている。

 ライフェルトの前だからか行儀良くしてるが、後ろの二人に顔色を伺われ、偶に通り掛かる子供はテットに怯えを含んだ目で見られている。


 そんなティムは、清潔で真新しいきちんとした服を着ていて、肉付きも良い。後ろの二人も同様だ。

 けれど、そそくさと隠れてしまう子供達は、シエルのように廃棄一歩手前な服を着ていて、身体も痩せている。

 観察していても、身形の良い一部の子供は部屋の中央や物を独占していて堂々としており、大半の子は俯いて部屋の端で静かにしている。


 ――あからさまな格差。

 貴族教育を受けていて良かった。そうでなければユリアも、応接室にいるメッラ院長もぶん殴っていたかも知れない。

 不遇な子供に、なんて仕打ちを……!


 腸の煮えくり返るような孤児院見学を終えて応接室に戻ると、ちょうど話が終わった所のようでそのまま暇を告げた。


 シエルの居た痕跡は、結局一つも見つからなかった。

その頃のシエル


アグノス「ちょっと聞いたわよ! 災難だったわね、ココちゃん」

腐令嬢「ああ、お顔に傷が」

腐令嬢「こんな可愛らしい子を打つなんて、どういうつもり!?」

シエル「いや、大した傷じゃないから。かすり傷だから」

腐令嬢「全く許し難いですわ!! どうしてくれましょう!!」

シエル「いや、ホント大丈夫だから(やべぇ、下手したら大事に……)」

腐令嬢「……。でも、当て馬としては良い仕事した」

一同「「「それな」」」

シエル「ヲイ」

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