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31  結論。それから……

「要するに、結婚するならライフェルトが良い。でも平民になるのは嫌だから、跡継ぎをライフェルトにして自分がシラー子爵夫人になれるようにしろ、と我儘を言った。って事で合ってます?」

「我儘などと! お嬢様は」

「う、む。要約すれば、そう言う事だ」

「旦那様! 酷いではありませんか! 先ほどから聞いていればお嬢様を悪者にするような発言ばかり! 父親としてお嬢様を守ろうとは(以下略)」


 グライデル伯爵はシエルのまとめにげっそりと頷き、それが使命とでも言うようにアリシアが金切り声を上げる。


 めっっっちゃ長々と経緯を説明してたけど、グライデル伯爵の説明は、ライフェルトのそれと同じ内容だった。父親目線で語っても内容に差はほぼ無かった。


 違いと言えば、おかしな事を言い出したミュリエルにどれだけ手を焼かされたか、って所がやたら強調されてたくらい。


「いや、それはないでしょう。平民の孤児でも分かるよ、そんな話通らないって」


 言って、ハムとチーズのサンドイッチをパクリ。

 シエルの前には、軽食としてサンドイッチが供されていた。

 先ほどクッキー以外のお茶請けを要求した時、「よく食べれるね(こんな空気で)」「森に行った帰りだもん、お腹空いてるんですー(空気? 知ったこっちゃないね!)」なんてやり取りをエリクとしてたら、神殿組が『しまった!』という顔をし、急遽食事が用意されたのだ。


 え、いいの? と聞いたら「どんな状況であれ、子供を飢えさせておく訳にはいきません」との事。

 そんな訳でシエルのみもっきゅもっきゅと食事しながら話し合い合い続行。一応エリクにも用意されたけど、食欲無いってさ。

 繊細だなぁ、エリクってば。


 で、一通りそれぞれ主張を聞きまとめたのが、冒頭の台詞である。


 ちなみに、そこまでの経過についてはグライデル家とシラー家では見解の相違がちょこちょこあったが、結論には大差無いので割愛します。


「他家の後継者問題に口出しするなど、非常識と言わざるを得ませんね。グライデル伯爵は、ご息女を窘めなかったのですか?」

「無論、窘めたとも。しかし、『ライフェルトと結婚するのだ』『シラー子爵夫人になるのだ』と言って聞かなかったのだ。私としても、事業の為にシラー家との繋がりを堅固にしたく、娘をなんとしてもシラーのご子息のいずれかに嫁がせたかった。その思いを察して、押し切れると思わせたのかも知れませぬ」

「グライデル伯爵としては、ご子息の誰でも良かったと?」

「ええ。欲を言えば、後継に決まった長子のフェルディナンド君にと思っていた。しかし、娘は明らかにライフェルト君の方を意識していてな。無理強いさせる程でもあるまいと……言い方は悪いが、次子で妥協しても良いと、そう考えていた」

「随分と失礼なお話ですわねぇ。そうしたシラー家を下に見る態度が、ミュリエル嬢にも伝わったのではなくて?」


 グライデル伯爵がぶっちゃけ、シラー夫人がチクチクやる。そんなやり取りが繰り返されている。

 シラー夫人はともかく、グライデル伯爵の態度は流石に妙だ。神殿に記録される場で、こうもペラペラと自家の恥を晒す真似をなぜするのか。

 シラー夫人とのやり取りも、なんだか途中から息が合っていて、グライデル伯爵が言いたい事を話し易いようリードしてるように見える。

 はて?


 そんな言い合いが、シエルが自分の分を食べ終え、エリクの分のサンドイッチにも手を伸ばし(本当に飢えてたんですよ)、それらを食べ終えてもしばらく続いて。


「では、『グライデル伯爵家の者は、シラー子爵家の後継問題に干渉しない』という旨の契約を、“祝福契約”によって交わします。それでよろしいですか?」

「「はい」」


 という事で、シラー家とグライデル家の問題は決着となった。

 この世界には、契約には普通の書類上の契約の他に、魔法によって制約を設けた“魔法契約”、そして祝福(ギフト)として【契約】を与えられた者が行う契約の計三種類がある。


 その中で祝福契約は最上位の厳格な契約である。何せ、祝福保持者を通して、神を立ち会い人として契約するようなものだから。破ったらどうなるかは契約内容によるが、そこから逃げる事は人間には不可能。

 例え本人に破った自覚が無くとも、破ったらその瞬間に何某かのペナルティが架せられる。そう言う契約だ。


 ……婚約云々はどうするのだろう? 祝福契約を盾に、諦めるよう言うとか?

 …………子守りの神罰もろくに理解してない子に、意味ある? まさかあえてペナルティを食らわせようと?


 その後はスムーズだった。

 賠償の話になれば、アリシアの立ち会いは要らないから。ヴォルフ共々別室に下がりました。

 アリシアが扉の向こうに消えた直後、溜め息の合唱になったのが、ちょっと面白かった。


 シエルとしては両家に対し求める事は無い。

 普通に謝ってくれたし、実害は数日で治る軽い怪我だけ。言ってしまえば、子供同士の喧嘩で済む話なのだから。

 神罰が降りちゃったから、ちゃんと扱わなきゃいけなくなっただけで。


 それでも何もしない訳には、と言われたので、ふと思い付いたのが『タメ口や失礼な物言い程度の不敬なら、この先も許して貰う』事。

 それを言った時の皆様の表情が何とも言えぬ。ライフェルトやディグル達が納得顔をするのはいい。

 初対面のシラー夫人やグライデル伯爵にまで『こんな物言いじゃあね……』と納得顔されたのが解せぬ。

 俺大人しくしてたよね?


 そんなこんなで解散した時には既に夕食の時間で、ついでに夕食も皆で一緒に食べましたよ。

 貴族向け高級レストランで。エリクも一緒だったけど、あれ、味ちゃんと分かったかな? 美味しかったのに、却って勿体なかったかも?


 あ、アリシアはヴォルフに連行されて先に帰った。ミュリエル嬢は数日入院だとさ。


 そして貴族二人から「今度お茶しましょう」と型通りのお誘いを受けて、シラー夫人には「よろしければ」と、グライデル伯爵には「遠慮させてください」と返し(だってミュリエルはともかくアリシア顔合わせるの嫌だし)て解散、エリクとも別れ、ここまで付き合ってくれたディグルに送られて神殿の孤児院へ。






 その、孤児院の前まで来て、ディグルは言う。


「今日くらいなら、本殿に泊まってもいいぞ? なんなら騎士寮に」

「大丈夫だよ。変に先延ばしにしても、良いこと無いし」

「それは……」


 シエルは気遣わし気なダグラス達をあえて無視し、孤児院の扉を叩いた。

 ディグル達にこれ以上迷惑は掛けられない。


 孤児院の玄関は鍵が掛かっていて、明かりも既に消えていた。

 反応は遅く、しつこく扉を叩いてようやく奥から足音が近付いて来た。

 やって来た人物は玄関を開けず、扉越しに誰何する。


「何ですこんな時間に」

「夜分に失礼、神殿騎士のディグルと申します。お預かりしていたシエル君をお返しします」

「えっ?」


 ガチャリと鍵が開き、出て来たのは五十代のでっぷりと肥え太った女性。この孤児院の院長メッラだ。

 見るからに栄養状態に問題があると分かる、テカテカと脂ぎった顔。ニキビも至る所にあり髪もべと付いている。普段は厚化粧で隠しているが(隠しきれていないが)、今は化粧を落とした後のようだ。

 更に、預かっている孤児(シエル)が色褪せ、所々擦り切れた古着を着ているのに対し、彼女は真新しいシルクに身を包んでいる。


 その姿に、神殿騎士三人が気配を硬化させる。


「シエル? こんな遅くまでどこに行ってたの?」

「神罰絡みの関係者として事情聴取を。――使いを出した筈ですが」

「えっ、ああ、そうだったわね。こんなに遅くなるとは思わなくって。ほほほ」


 笑って誤魔化してるが……忘れてた、と言うよりシエルが居ない事に気付いてなかったな?


「こんなにも遅くなった事はお詫びします。食事はこちらで摂らせましたので」

「そうですか。お仕事ご苦労さまです」


 そしてシエルに中に入るよう促し、さっさと扉を閉めるメッラ院長。

 そうしたらディグル達に出来る事はもう無い。後ろ髪を引かれながら、孤児院を後にした。




 一方、閉められた扉の向こう側では。


 バタン。


 と、扉が閉まる音と同時に、シエルは奥に向かってダッと走った。玄関を過ぎ、廊下に差し掛かった所で。


 どんっ!


 横手から急に現れた人物に、シエルは突き飛ばされ、転がった。

 そして間髪入れずに髪を鷲掴みにされ、ダンッと顔を床に叩き付けられる。


「全く、何も言わずにいきなり逃げ出すなんて。本当、性根の腐った子ね」


 シエルの頭を床に押し付け、メッラ院長は忌々し気に吐き捨てた。

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