26 イベント発生
誤字報告ありがとうございます。
今ちょっとリアルが忙しいので、後で纏めて直します。
一人芝居はシエルの予想を遥かに越えて好評だった。
まず、エリクが次の芝居を望んだ。
エリクは田舎出身だから目新しいのも分かるし、お芝居を通してもっと神話を学んで貰うつもりだったのでそれはいい。
問題はライフェルトだ。
「シエル、本格的にお芝居やる気はないの? シラー家で支援するよ? うちは母が当主代理で、実質当主なんだけど、母上も気に入ってくれると思う。今度うちでお芝居しない?」
一瞬『書類上の当主らしい父親は何やってんだ』と思考が逸れた。
が、そんな事より! 自分は精々学芸会レベルですから! プロの役者なんて務まりませんよ!
『英雄ヴァルヴェント』のアレだって、制作期間が数日程度だったとはいえ完成度が低いにも程がある。
長々とやるのも辛いんで時間も十五分程度になるよう場面はかなりカットした。その結果、常識として観客が知っているのを利用して、それ単体ではまるで話が理解出来ない構成になったのだ。時間節約の為とはいえ、もっとやりようがあったと思う。
それに台詞ももっと分かり易くて場に合った言い回しがあったのではないかと反省してるし、英雄役と邪神役を切り換えるタイミング、何より演技がなっていない。
シエルは『とりあえずこれが英雄でこっちが邪神だとなんとなく伝わればいいや』で片付けた。
とても『演じた』などとは言えない代物だった。
そう主張すると。
「…………。あのね、シエル。才能が無い人はね、自分のダメな所に気付け無いんだよ。自力で改善点を見付けられるだけでも凄いんだ。その上、シエルは題材選びから脚本作りまで一人でやったでしょう? 普通、出来ないからね? 僕だって無理だよ?」
逆効果でした。
更に、あのお芝居は例によってアグノス達も観ていて、なんかめちゃくちゃ持ち上げられてしまった。
いや、皆さん貴族ですよね? 観劇とか普通に行くよね? 珍しくないよね? 特にアグノス、君はエンタメ激戦区日本で磨かれた本物知ってるでしょ?
「そう言う問題じゃないの。ココちゃんはね、スイート・ムーン編集部(裏)のマスコットで私達のアイドルなの。そのアイドルがステージに立ったのよ!? 滾るに決まってるでしょう!!」
と、アグノスは至って真面目なトーンで熱く語るのでした。
……いや、マスコットにもアイドルにもなった覚えは無いよ。BLのネタにされてるだけで……まさかその事か!?
一応他にやる事があるからその合間に出来る範囲で、と釘は刺したが結局定期的に公演をする事になりました……。
それから程なくして学園は夏季休暇に入り、三人で過ごす時間がぐっと増えた。
その増えた時間で冒険者活動(瘴魔の森探索)とお芝居(準備含む)などをしており、訓練・勉強会はこれまで通りに行っている。
お芝居の影響は訓練・勉強会にも割と出た。悪い影響ではなく、実際のやり取りとして神話を見れたからか、さくさく覚えるし理解度も上がった。
ただ観るだけではなく、脚本作りにも参加させた。題材選びを任せたらめちゃくちゃ真剣に神話を読み込むようになったのだ。
やっぱり、言われた事をただ覚えるより、自分から探りに行く方が身に付くのだ。
訓練の方も、気合いが入った。
主にライフェルトの。
「シエル、剣を掲げる時はもっと胸を張って。肩甲骨を引き寄せて」
「背筋伸ばして、顎を引いて。もっと大股で歩けばより男っぽくなるよ」
ライフェルトさん、それ演技指導では? ライフェルトは人をよく観察し、自分も人からどう見られているかに敏感な分、どう動けばどう見えるかといった事が自然と身に着いたようだ。
エリクは演技指導とまでは行かなくても、『シエルがもっと自由に体を動かせたらもっと良くなる』と思ったようで色んな体操をシエルに教えた。
基礎がなってないからと後回しにされてた剣術指南が始まったのはラッキー。持ち方と姿勢に終始したけど。
思い掛けず芝居に比重が寄ってしまったが、冒険者活動も順調に進んでいる。
回を重ねる毎にエリクの動きも良くなったし、連続して森に入っていられる時間も大分増えた。
慣れて来たら、シエルから距離を置いて(神内の子の恩恵の無い状態での探索)もするようになった。
そうして思い掛けずThe青春な夏を過ごし、夏季休暇の終わりが近付いて来た。
そんな時期に、事件は起こった。
それは、ほぼルーティンと化した瘴魔の森の探索を終え、神殿近くの広場に寄ってぶらぶらしよう、と向かった時の事。
「ライフェルト様! ようやく見つけましたわ!」
どの屋台で食べようか、と相談していた所に、キーの高い少女の声が掛けられた。
そちらを向くと、そこに居たのはいかにも貴族のお嬢様、と言った出で立ちの十代半ばの少女。オレンジ色の髪をゆるく巻いた、快活そうな子だ。
後ろに侍女っぽい中年女性と護衛だろう騎士を従えている。
少女は小走りにライフェルトの前まで来て、言う。
「もうっ、どうして領地にお戻りにならなかったの? わたくし待ってましたのよ?」
一目見て同行者と分かるだろうシエルとエリクには目もくれない。ライフェルトしか見えていないようだ。
少女はにこやかにライフェルトへ手を伸ばすが、そのライフェルトはスッと一歩下がって手を避けた。
それに、ムッとする少女。
「これはグライデル嬢、お久しぶりです。領地に戻らなかったのはこちらの都合です。約束などは無かった筈ですが、何かご用でしょうか」
ほほう、この子が件のミュリエル・グライデル嬢か。
お姉さん方の話や本人作の小説でそこそこ知っているが、本人を目にする機会があろうとは。
と、ミュリエルを観察しようと思ったら、ライフェルトの様子がおかしい。
明らかに好意を寄せている様子のミュリエルに対し、ライフェルトは至って事務的に対応する。
言葉遣いも丁寧だし、態度も柔らかいままだが、シエルと居る時と、決定的に何かが違う。
なんと言えばいいか、温もりが感じられない。
ミュリエルの口元が引き攣り、夏なのに、寒風を幻視した。
エリクも感じたのだろう、シエルに引っ付いてキュッと服を掴んで来た。
「まぁ、なんて冷たいおっしゃりよう。婚約者と交流を図ろうとは思いませんの?」
「婚約の話は無くなりましたよ。何度もお伝えした筈ですが」
「そんな事! フェルナン様がごねているせいでしょう? それがなければとっくに――」
「いいえ、グライデル家との縁談が流れたのは、シラー家の総意です。どこからそんな話になったのかは知りませんが、情報の精査をした方がよろしいかと」
なんか分からんが、ライフェルトの実家でややこしい事が起きてるのは把握した。
と言うか、ライフェルトの塩対応に驚く。なんとなく、ライフェルトは誰にでも優しいと思っていた。こんな一面もあるのか。
ミュリエルは食い下がる。
話を聞いてる感じ、彼女の中では既にライフェルトは婚約者になっていて、周り(ライフェルト含む)がそれに沿った行動をしない事に苛立ってるように見える。
自分中心で、周りが自分に合わせるべき、な態度は小説から窺えた性格そのままだ。
思った通りの性格だったのはいいが、そうすると腑に落ちない点があるんだよね……。
シエルは二人の向こうに居る侍女と護衛に目を向けてみた。
侍女の方は、ライフェルトに非難の眼差しを向けている。彼女はお嬢様の味方らしい。護衛は無表情で何も読めない。
「ねぇ、コレ、おれ達どうすれば……?」
「どうしようね?」
一向に終わる気配の無いやり取りに、エリクがコソッと言う。
正直、ただの男女関係のトラブルだったら見捨てて逃げても良かったのだが、あの少女がストーカー的なものなら見捨てるのも忍びない。
う〜む。
「……エリク、ちょっと捨て身で首突っ込んでくる」
「えっ」
シエルは服を掴むエリクの手を剥がし、意味分からん攻防を続ける二人の横に立った。
そして。
「ねぇ、お話まだ終わらないの?」
そう、子供子供した態度で無遠慮に言う。
秘技! 『ものの分からない子供の振り』!
シエルが見た目十歳児である事を利用した戦法だ。不味い事態になった時はだいたいこれで逃げ切れる。
とは言え賞味期限のある戦法なのでそろそろ他の手法を探さねば。
「あ、ごめんね。もう終るか――」
シエルの考えを読んだのだろう、少女に向けるのとはまるで違う柔らな声音でライフェルトが応じる。
――応じようとした、時。
バシンッ!
音と共に、シエルの頬に熱が走った。
「シエルっ!」
「無礼な。こんな平民と付き合っていては品性が疑われまあああああああっ!?」
ライフェルトがシエルの肩を抱き、少女から距離を取る。
離れながら、少女の手にある扇子を見つけて、『ああ、あれで叩かれたのか』と理解した。
それらと、ほぼ同時に。
少女の腕からブワッと穢れが湧き、纏わりついた。
――子守りの神罰が、発動したのだ。
『✡世界創造の意思✡』「おのれ小娘、シエルきゅんになんて事を……(°言°)ゴゴゴゴゴ」
ナッツ・ココ「落ち着け。子供の喧嘩みたいなもんだから。怪我も小さいから。だからその隕石仕舞おうな、過剰報復にも程があるから」