22 シエルとライフェルトの穢れ講義
「穢れ溜まりで最も厄介なのは、精神への影響なんだ。負の感情を増幅させ、恐慌状態に陥らせる。だから穢れ溜まりに挑むにあたって、一番重要な要素は精神制御になる」
「精神、制御……」
「難しい事じゃないよ。シエルの話で笑ってから、体が軽いでしょう? それで良いんだよ」
「ぷっ、そっか!」
「あれそんなに面白かった……?」
またクスクス笑い出すエリクとライフェルト。笑いのツボが分からん。まぁ、そのお陰でエリクが想定より大分早く復活出来たので良いのだが。
「ごめんごめん。訓練を進めようか。エリク、もう動けそう?」
「はい。さっきよりずっと自由に体が動きます」
手をぐーぱーして見せるエリク。
「そう。じゃあ、シエルからは手を離せそう?」
「……………………それは……難しい、です」
「うん、そこは追々で」
「すみません」
「いや、フェルさんも未だに引っ付いてるし、気に病む事じゃないって」
「あはは。……つい」
ライフェルトは平静を装ってるが、辛いものは辛いらしい。
……そういや今二人が受けてる効果、“普通の”神内の子のそれと同じものだろうか? 『シエル』だからこその効果だったりしない? あれ? そしたら今まで一緒に森に入った神殿騎士や冒険者が何か言ってくるよね? ……じゃあ大丈夫か?
「奥に向かいますか?」
「いや、もう少しここで慣らしてからにしよう。その間に、少しお勉強ね」
言って、ライフェルトは片手でシエルを示した。
「落ち着いたところで、改めて見て、どう?」
「……そういえば、シエル、光って、る……?」
「光ってないよ。そう見えるだけ」
エリクはシエルとライフェルトを見比べ、怪訝そうに言う。
ただ、この暗がりにあって、ライフェルトとエリクが順当に翳っているのに対し、シエルは日差しの下に居るかのようにクッキリ明るく見えるのだ。
より細かく言えば、シエルの周囲数ミリほどには穢れが無い。漫画で言う1ミリ抜きしたような状態なのだ。
「シエルには、正確には神内の子だけど、穢れは触れられないんだよ。シエルの周りだけ穢れか離れるから、暗がりから浮き上がってまるで光ってるみたいに見えるんだ」
「へぇ」
「エリクも、祝福を受ける前に穢れ溜まりに入ってたら、同じようになってたんだよ」
「先輩も?」
「うん。僕は領主の息子として、何度も穢れ溜まりの依頼を受けてたからね。もっとも僕は、シエルほど守りが強くはなかったけれど」
「人によって違うんですか?」
あ、話題の方向が不都合な方に……でも知っとくべき話だし……むむ。
「そう。完璧に穢れを弾くのは七歳まで。それ以降は緩やかに穢れの影響を受けていくようになるんだ。早い子だと七つの誕生日を過ぎた瞬間から翳るし、遅い子だと十を過ぎても翳らなかったりする」
「じゃあシエルは?」
ほらこっち来た!
「十まではそれなりに居るけど、十四にもなってここまで翳りが無いのは珍しいよ。シエルは十中八九、精神系の祝福を賜るだろうね」
「えっ、そう言う事って事前に分かるんですか!?」
「そう言う傾向がある、って感じかな? エリクだって、祝福の儀の前から運動は得意だったでしょう? 剣も習ってたんだよね?」
「はい、男爵様付きの騎士に憧れて。やっぱり、元々得意な事が祝福になるんですか?」
「いや、中には本人の資質と関係無さそうな祝福を賜る人もいるから、絶対ではないね。ただ、シエルの場合、この歳でまだ翳りが見られないなら、そもそも穢れ耐性が極端に高いと考えるべきだ。それと関係の無い祝福を賜るとは考えにくいな」
「へぇ……」
二人の視線がシエルに注がれる。
ほうほうなるほどなるほど。……祝福の儀で“選ぶ”時は、よくよく考えないとだな……。
有益な情報をありがとう。でもそろそろ話題を変えさせてね!
「いや! 俺は魔法系だと思う! 魔力操作も得意なんだよ! ほら!」
シエルは言って、手のひらを突き出しロウソクのような小さな火を三つ出してくるくると回して見せた。
どうだ!!
「えっ、シエル魔法使えるの!?」
「細かい操作が難しい火をこうも器用に……。確かに、神内の子とは関係無く魔法適性は高そうだね」
そうでしょうそうでしょう(ドヤァ)
補足しておくと、魔法を使う事自体は、祝福に関係無く可能である。
ただ祝福補正抜きだと、火種を出すとかコップ一杯の水を出すとか、生活魔法と呼ばれる効果の小さなものが精一杯。攻撃や生産に活躍出来るような魔法を使うには、やはり祝福が必須なのだ。
でもって、文字や剣のように、魔法も子供のうちから学び始める。やはり子供時代が一番吸収力高いのだ。
その頃から得手不得手は表れて、上手く魔法を発動させられない子も居ればあっさりと魔法の感覚を身に付ける子も居る。
シエルはあっさりと魔法を習得した。これは「シエルがそう言う設定だから」と言うより、転生前に映画館(神界)で魔法を司る神に講義して貰った結果である。
いやつい、「この世界の魔法ってどんなの!?」「どういう原理?」「エネルギーは?」ってしつこく質問しちゃった。その節はお世話になりました。
「エリクは魔法使えないの?」
「うっ、魔法はちょっと苦手で。身体強化なら使えるけど」
「あー、それっぽい」
「エリクらしいね」
なお、祝福と関係ある魔法なら補正有り。
「フェルさんは?」
「僕は基本の四属性を一通り、中級まで」
「えっ、凄い」
「凄いの?」
「普通、祝福で得られる魔法は一種、多くても三種だから、四属性――土、火、水、風の四種類ね――全部を一定以上鍛えるのは相当難しいよ。第一、フェルさんは魔法系祝福じゃないし」
「ふふっ、ありがとうシエル。実は、僕が四属性使えるのも祝福の影響でね。一つを伸ばすんじゃなく、各魔法を均一に鍛えないと身に付かないんだよ」
「?」
「……あ、均衡!」
「そう。知識も技術も偏りなく、って事なんだろうね。勉強も剣技も等しく頑張らないといけないんだ」
「わぁ大変」
ライフェルトに祝福を与えた神は【天秤と調和の神】で、この神は均衡を司る。
特にデメリットも無い扱い易い祝福だと思ったら、そんな面倒な縛りがあったとは。
「うん、僕もここまでしなくても、って思ってたけど、最近その意味が少し分かったよ」
「へぇ?」
ちょっとそれ詳しく。
興味を持ったシエルは突っ込んで聞こうとしたが、一瞬早くライフェルトが言う。
「それより、シエルは魔法使い志望なの?」
「あ、そうそう! 冒険者やるのに役に立つし、魔法楽しいし!」
「楽しい、か。そう思えるなら、魔法系の祝福を賜る可能性は高いだろうね」
なんせ魔法の無い現代日本出身なので、魔法への憧れは強いのですよ。
後になって話を逸らされたと気付いたが、「聞かれたくない事だったかな?」と思い、気に留める事はなかった。
そんな風におしゃべりしていれば、エリクの肩の力も抜けていった。
普段とは比べるべくもないが、それなりに動けるようになった所で訓練を再開した。
再開したと言っても、のんびりとした薬草採取だ。もっと言えばシエルが受けた依頼にくっついて行くだけである。
「こっちに清指透輝草の群生地があるんだ」
シエルの主導で森の中を進む一行。
二人は相変わらずシエルに手を触れたまま離さない。現在はシエルの肩にそれぞれの手が乗っている。
歩きづらくはないのだろうか。シエルは気になったが、元より野山を駆け巡って育ったエリクと、騎士として訓練を積んだライフェルトでは地力が違う。多少足場が悪くともシエルに合わせて歩くのに支障は無い。
むしろ、二人がシエルの歩調に合わせてゆっくり歩いてるくらいだった。
そして進む事しばし。
「うわ、何あれ……」
目の前に広がる光景に、エリクが驚嘆の声を上げた。
木々が途切れた、少し開けた空間。そこにはほんのりと輝いて見える草がびっしりと生えていた。
「これが清指透輝草。光って見えるのは、シエルが光って見えるのと同じ現象だね。穢れを祓う効果があって神殿でも冒険者ギルドでも常に必要とされる、代表的な霊草の一つだ。見ててご覧」
ライフェルトは霊草の簡単な説明をすると、スッとしゃがんで清指透輝草の葉を一枚、プチッとむしって見せる。
すると、あっという間に光を失い、黒ずんでしまう清指透輝草。
「あ……」
「どれだけ霊草があっても大抵の人は採取出来ない。この通り、採取した瞬間から効果を失ってしまうんだ」
と、そこでライフェルトに目を向けられ、意を察してシエルは手近な霊草をプチッと。
手に取った葉を、エリクの前に差し出す。シエルの手にある霊草は、輝きを保ったままだ。
「わぁ……」
「これが、幼い子供を穢れ溜まりに連れて行く理由。聖魔法使い様は数が少ないし、お役目が沢山ある。【採取】の祝福持ちも、霊草採取ばかりしてる訳にも行かない。何より――」
ライフェルトは言葉を途切れさせ、ぐるりと周囲を見渡した。
「エリク、気付いてる? この森に入ってからかなり経つのに、穢れ物も魔獣も一体も現れない」
「えっ、それは……安全な場所を選んでるからでは」
「ないよ。僕とエリクの二人だったら、とっくに魔獣に遭遇してる。この辺りだったら蛇型や蜘蛛型の魔獣が出るよ。でも、今は現れない。――神に守られている神内の子には、穢れ物も魔獣も、近付けないんだ」
それが、子供であるシエルが一人で森に入る事を許されている最大の要因。
十五に満たない子供は神々の庇護下にあり、何ものをも傷付けてはならない。
それは、人間以外にも適用されている絶対的な規律なのだ。
もっとも、今日に限ってはシエルが「この日は人間の友達と来るから、こっち来ないで」と予め言っておいたから、なのだけど。




