0. 桜色の少女と紅茶色の少年。そして青灰色の子供
春のうららかな陽射しの元、一人の少年が歩いている。
紅茶色の髪にオレンジ色の目の、まだ幼さを色濃く残した少年。しかし、初対面の人間は彼を少女と勘違いするかも知れない。
それくらい、少年は小柄で華奢で、可愛らしかった。
その少年に、声を掛ける者があった。
「エリク! こんな所に居たのね!」
「! プリムラ……」
声を掛けたのは、これまた美少女だった。
淡い桜色の髪に、若葉のような淡い緑。小動物のような愛らしさのある、春の化身のような少女だ。
少年と同じ年頃か。プリムラと呼ばれた少女は小走りに掛けより、溌剌とした笑顔で少年に話掛ける。
「いつもの所に居ないんだもの、探しちゃった」
「えっと、……ごめん?」
そこは神殿内に建てられた、いくつかの併設された施設を繋ぐ小道の一つ。
神殿図書館へ向かう道で、両側には木々や花が植えられている。花の季節の今、足元にも木々にも溢れんばかりに花が咲き誇り、見応えのある空間に仕上がっている。
そんな中で語り合う、若く美しい少年少女。
まさに映画のワンシーンのよう。しかし。
「えっ、なんで? 一緒に遊ぼうよ!」
「ごめん、駄目なんだ。次のテストの点が悪かったら、俺」
「またそれ? ……ねぇ、本当は私と出掛けるのが嫌なんじゃないの?」
「嫌なわけないよ! でも」
和やかな雰囲気は一転して剣呑なものになる。
「ウソ! エリクは私と一緒なのは嫌なのね! 私の事、嫌いになったんだ!」
「違うって! 本当に」
「エリクのバカ! もう知らない!」
「プリムラ!」
言って、エリクに背を向け駆け出す少女。
少年は咄嗟に、追い掛けるように足を踏み出す。けれど一歩目でぎこちなく足を止め、悲しそうな顔で少女の背を見送った。
「プリムラ……。ごめん、ごめんね……」
少年は呟き、思いを断ち切るように少女の消えた方へ背を向け、目的地だった図書館へとぼとぼと入って行った。
一方、少女は。
「はあっ!? 何図書館入ってんの!? ここは追い掛けて来る所でしょう!??」
曲がり角、建物の影から少年の行動を見、悪態を付いていた。
「信じらんない。私聖女よ? 私より優先する事なんでないでしょ? なに考えてんの? おかしくない?」
少女は苛立ちをぶつけるように、隠れている建物を蹴りつける。
その顔は怒りと屈辱に醜く歪んでいた。愛らしさの欠片も無い。同じ顔でも、表情一つでよくここまで変わるものだ。
「本気で勉強優先する気? 私を最優先にするべきでしょ! 何よ退学って! それくらいなんとかしなさいよ!」
しばらく少女はブツブツと文句を垂れていたが、やがて今度こそ立ち去った。
そんな、人気の無くなった小道で。
ふいにガサガサと音が鳴る。そして、垣根として丁寧に刈られた低木の下から、のたくたと子供が一人、這い出した。
「ふぅ……」
子供は十歳程で、青味のある灰色の髪に緑色の目の男の子だ。見るからに使い古された、しかもサイズのあっていない服にボロボロの靴。その上痩せて、肌も髪も色艶が悪い。
貧しい暮らしをしているのだろうと見て取れる出で立ちだった。
そんな子供は、立ち上がるとぺっぺと体に着いた葉やゴミを払いながら言う。
「あれが新しい聖魔法使いプリムラ様、ねぇ……噂と全然違うじゃん」
子供は呆れたような溜め息をついて少女が消えた方を見、次いで少年の消えた図書館の方を見る。
「う〜ん……」
困ったように首の後ろを掻く。
そして、子供は図書館の方へと足を進めた。
ちなみに。
この物語の主人公は、少年でも少女でもなく、最後に現れた子供の方である。