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SS・掌編小説 その他・純文学

『reminiscence』〜それを人々は思念と呼ぶ〜

作者: 空クラ

短編です。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


 久しぶりに訪れた教室は、しんと静まりかえっていた。

 ひっそりと夜を過ごした昨日の空気が、むずかる子どものように窓を開けられるのを待っている。

 窓に近づいた。柔らかい陽射しがグランドに校舎の陰をつくっている。

 窓を開けると少し冷たい空気が教室に流れ込んでくる。

 その新しい風が閉じ込められた生徒達の残像や残り香を流し出し、私の心さえも清めてくれる気がした。


 目を閉じて肺に空気を送りこむ。徐々に新鮮な空気が満たされるつれて、わたしの思考は過去に遡る。

 そう。

 あれからわたしは、10年もの歳月が流れているのだ。


 窓からはグランドで部活動をしている生徒たちが見える。しかし今日は休みということもあり校舎には人の気配は無かった。

 ときおり生徒の声がわたしの元に届き、心の襞にしみこんでくる。

 あのころのわたしは何を考えて学校に通っていたのだろう。

 写真でみる高校生のわたしは今より輝いて見えた。

 今のわたしは10年後のわたしより輝いて見えるのだろうか。

 あの頃のわたしは、未来などうまく想像することは出来なかった。いや、想像する事もしなかったに違いない。


 今を生きている。今を楽しんでいる。今が続いていく。漠然とそんなふうに思っていたのかもしれない。

 もちろん、夢や目標といったものは持っていたはずだ。

 しかし時間という不規則な流れの中に、知らずしらずのうちに落としてしまった。

 振り返り手を伸ばしてしても、それ自体が何であったのか分からず、触れることも出来ない。

 今となっては遙か彼方のものに感じる。



 ここにいると10年前のわたしに出会えるような気がした。

 ひょっこり顔を出し、過去の楽しい時間に連れていってくれる。

 もちろん、錯覚だ。

 しかし何かしらわたしに語りかけてくるものがある。そんな気配が、制服でなく私服を着ているわたしだから感じ取れるものがある気がした。


「こんにちは」

 突然の声に、わたしは驚き振り返る。教室の白い蛍光灯の下に、いつの間にか男子学生が立っていた。

 その学生はわたしの知っている制服と変わりがない。制服は昔から替わっていないのだろう。

「こんにちは」

わたしは少し戸惑いつつも懐かしさがこみ上げ、思わず返事をしていた。

「お姉さんはここの生徒だったの?」

「ええ。そうよ」

「どう、社会は。厳しい?」

「・・・・・・そうね。厳しいと思う」

「そっか。でも、僕はうらやましく感じるよ」


「どうして」という言葉をわたしは飲み込んだ。彼の存在に違和感を感じたのだ。

しかしそれがなんなのか、うまく理解できない。

彼はわたしの戸惑いに気づいたかのように、唇の片端をかるくつり上げた。

「僕はね。きみなんだ」

「え?」

「いや、今の言い方には語弊があるね。きみの一部でもある、というべきかな」

「意味がよくわからないけど」

そういって首を振った。彼はなんでもないというようにわたしを見つめている。

彼のいった意味を考えてみた。

きみの一部でもあるとは、どういうことだろう。一部ということは、ほかは違うということだ。でもそれはなんのことだ。


そう考えているうちにひとつの可能性が頭をよぎった。

彼はわたしの考えが分かるように顎をかすかに動かした。頷いたのだ。

『そんな…』という信じられない思いと、それを受け入れる準備が出来ている自分に驚いた。

そして意識下に漂っている形にならないものをゆっくりすくい上げるように、その言葉を頭の中に作りあげていく。


―――そう、これは思念なのだ、と。

彼はこの教室に組み込まれてしまった、高校生だったわたし達の想いの固まりなのだ―――


わたし達がここで過ごし、楽しみ、悲しみ、喜び、そしてまだ社会というものを知らなかった者たちの想いなのだ。


はっとなり、わたしの想念が霧散し、意識下に再び沈み込むと、彼の姿は教室から消えていた。

しばらく辺りを見回していたが、彼を見つける事が出来なかった。

『でも、僕はうらやましく感じるよ』

彼の言葉が甦る。

わたしは教室から生徒を眺めながら、しばらくの間その言葉を反芻していた。


訪れた時と同様に、玄関で受けとった来校者というバッチを返した。

バッチを手渡した眼鏡をかけた女性に「ありがとう」というと、その女性は軽く微笑んだ。

「どうでしたか? 懐かしかったでしょう」

「ええ、とても」

「でも、校舎に人がいないのって少しさびしく感じませんか?」

「そうですね。でも、なんだか力を貰った気がします。

うまく言えないけど、忘れていた事を少し思い出したような、そんな気分です」

「そう。それはよかった。また、いらしてくださいね」

校門を抜けると、部活動を終えた生徒たちが大きな声で話している。


あの元気はどこからくるものだろう、とわたしは思う。

普段ならうるさいと思うだろうが、今はあの中にでも入っていけるような気がした。

彼らは腕を大きく振り回し、ふざけあっている。

わたしは彼らと同じよう腕を天に伸ばし、目一杯空気を吸い込み、勢いよく吐き出した。


あの頃のように、未来に対する不安が、少し和らいでいる。

そして胸をはって歩き出す。

彼らを追い越し、わたしは自分の場所に戻っていく。

彼らの声は高く、何処までも響いていく。


End



気に入れば、ブックマークや評価が頂けたら嬉しいです。

執筆の励みになります。_φ(・_・


他にも短編書いてますので、よろしかったら読んでみて下さい。

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