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ホラーシリーズ

ぬりえよ、永遠に


 自由過ぎる世界へようこそ。

 駆け込み話を、お楽しみください。




 あの黒を塗りたかった。あれを塗れば、完成だった。

 もう少しだったのに。


 ぬりえは、悔しかった。


 *


 小松貴美は「タカミ―」、友達から、そう呼ばれている、いや、呼ばれていた、というべきか。

「ここは何処よ……?」

 半透明の体になった貴美は、辺りを見渡す。だが、ここが何処で自分が何なのか、分からないでいた。

 しばらくは黙って一生懸命に思い出そうと励んだが、無駄だった。私は誰、何?

 やがて、前へ行こうと思って、すると視界が変わり、「進む」事ができるのだ、と本能が教えてくれた。それによって安堵する、まるで初めてスケートリンクに立ち進めたかの様に。ありがたく思った。

 右に曲がれる、建物が見えてくる。学校で校舎であるが、貴美にはすぐに分からない。校門は18時過ぎで半分が閉まっており、貴美は電柱の傍で立っていた。



 *



 荻野ケイスケは帰り支度を始めていた。

 ミステリー同好会で今日の議題である「未知との遭遇」に対し熱い論争だったが、なおも口の止まない会長の高杉に「お時間です」と書記の禿山がピシャリと釘を刺す様に言って制した。

 ホワイトボードには熱戦の跡が残ってはいたが、会計係の瞬次が消しにかかる。「では、解散」時間にすれば約2時間。4時からの会議は6時まで続いた。結論は、「挨拶をしよう」で、“平和的解決”で締めくくる。

「荻野君、ちょっと」

 会員の一人、砂輪みゆこが呼びかけた。「何?」「ちょっといい?」

 教室を出る所で呼び止められ、手招きされ、ケイスケはみゆこの後について行った。

 行った先は階段を下りて昇降口、誰も居なかった。

「私、“見える”んだけど……」とみゆこは暗い顔でケイスケを見ずに俯いていた。

「“何”が?」

 みゆこを見下ろしながら出方を待っている。「幾つかあって」とケイスケの後ろを指した。「パンツ」

 指された方を見れば制服の一部が折れてパンツ(ズボン)にしっかりと入っていなかった。「ああ、うん。わざわざどうも」これぐらい大した事はないけどという顔で再びみゆこを見た。

 そしてみゆこの指した指は、また少し上を指した。え? とケイスケが自分の背後のやや上を見ると、数歩先にある窓の一面に蜘蛛が張り付いていた。

 手足が長く全長では十センチほど、ギョッとはしたが、そんなには珍しくはない。

「放っておけばいいじゃん」と苦笑いした。みゆこの指は、今度は、ケイスケ自身を指した。

 え、俺かよ――ケイスケは、嫌な予感がして生唾を飲みこむ。

「我が名はチバユー。この先アナタは、全てを“否定”するだろう」

 みゆこは表情無く淡々と告げた。「チバ……何だって?」

 すると今度はニッコリと笑って見せ、みゆこは「大丈夫。“黒”を塗れば、おしまい」と言った。

「はぁ、どうも……」

 意味が分からないのでそう言うしかなかった。外は薄暗く、教室には戻る事なく訳の分からない事を言われて、早く家に帰りたくなった。靴を出して少し乱暴に足を突っ込んだ後、気持ち急いで外に出る。自分はチバユーと名乗ったみゆこには目もくれず、一目散で校門へと向かった。


 これが始まりに過ぎない。だがすぐに終わる。


 自宅に帰ったケイスケは、キッチンでハムエッグを作っている母親に「ただいま」と呼びかけ、リビングのソファに腰かけた。学校から家までは、片道約15分の歩き。テレビの片隅では、7時2分を表している。また30分ほど経ったら、学校へ戻らねばならない。

 そのうちに妹のシズルが起きてきて、座っているケイスケの隣に座った。寝ぼけていて、目の焦点が何処か泳いでいる。「おはよう」とケイスケが言っても反応はない。

「何か食べる? 玉子焼こうか?」「いい。すぐ行くから」「何も食べてないの?」「朝会行く前に牛乳飲んだ」

 朝の4時からは同好会の朝練習や会議、今日は会議だったが、発声や交信、舞踊など、ミステリーに関わる事モノは週に3度のペースで行われていた。

 何故、放課後ではなく朝にするのかという事だが、会長の高杉は塾、書記の禿山はダンス、会計係の瞬次はバイト、砂輪みゆこは礼拝で、忙しかった。他に会員はいない、ケイスケだけは暇だった。副会長は名前だけの幽霊会員だった。

 同好会なので部ではないが、いつか部になる事を夢見ている。


「じゃ、行ってきます」「行ってらっしゃい」

 やはり挨拶は気持ちいいものだ。会長が会議で言っていた事が実行されている。

 真面目なケイスケだが、明日まで持つだろうか、いつもは朝でも夕でも、ぶすったれて無言である。

 登校すると、学校内では、昨日にここからさほど遠くはない距離で遭った交通事故の話があった。スピードは結構出ていたらしく、お互い衝突に至り、双方とも女性だったが亡くなった。

 ケイスケも話には参加していたが、他人事だった。他人だが。

 授業は滞る事はなく午前は終わり、お昼休みの時間になった。席を移動したりで数人と集まり弁当を広げ、ケイスケは友人達の話を聞いたりしていた。

 いつしかズカズカと、みゆこが教室に一心に入ってきて、ケイスケの席にやって来た。

「その海苔を食べてはならぬ!」

 突然に叫び声を上げ、ケイスケのお弁当箱を指した。おかずと一緒に入ってはいるが海苔弁だった。

 何の事やと一時どよめいたが、ご飯の上の海苔はみゆこの手によって剥がされ、ボッ!!っと燃やされた。マジックの様に。

 一瞬の事だったので唖然とした周囲と思考停止したケイスケだったが、みゆこの長くなる話を聞いた。

 あまりにも長くなりそうなので、まとめた。


 その海苔を食べると腹の中に闇が滞在し、いずれは腹を破って赤ん坊が産まれる様な、とんでもない事になるところだったという。

 そしてそれに至るまでの経緯を話す。

 ・ぬりえさんの悲劇

 ・タカミ―さんの悲劇

 黒はあらゆるものを吸収し、ここに(ご飯の上)に集結した。「何で……」

 恐れるな! 恐れるからホラーになってしまうんだと力説する。「恐れてないし、バカらしいとは思うけど」

 焼かれた海苔の残骸は、地に落ちた。

 するとそこに人が浮かび上がる、真っ黒なお姿の、タカミ―だったのだ。ぬりえさんと合体したのだ。「奇跡か……」

 美しかった。

「黒を、塗らせてください……」

 タカミ―は、お辞儀をして願った。「はあ、黒ね……」

 考えた末、紙とマジックを借りてきて渡すと、タカミ―は一心不乱に塗り出した。終えると、晴れやかな顔になりケイスケ達に御礼を言った。

「幸せでした、ありがとう……」

 そして消えた、昇天か成仏か。「さようなら……」とケイスケは締めくくった。挨拶を忘れない。


 弁当の残りを平らげて、午後の授業となった。

 終えて帰り支度を済ませケイスケが昇降口に行くと、会長の高杉が居た。

「こんにちは。挨拶は、いいものだろう?」

 何とも言わなかった。

「ぬりえは、どこにでも居る。黒に塗りたがっている。気をつけるんだぞ」

 まるで言い方が校長先生の様だった、1つしか年は違わないはずだが。

「チサト君を見かけなかったか?」「チサト?」「ここではみゆこ君だが、108個の名を持っている。昨日はサイタマ―、今日はトチギ―だったはずだが」

 一昨日はチバユーでした、とはケイスケは言わなかった。

「彼女は危険に晒されている。もし見かけたら、直ぐにLINEくれ」

 そう言ってお互い別れた。胸騒ぎがしていたが、押しとどめて帰り道を急ぐ。


 歩きながら、ケイスケは心の整理に挑んだ。去年、帰り道で美女に声をかけられ誘われるがまま家に行き、気がついたらミステリー同好会に入会していた事。その美女は副会長で、名を知らぬまま通っていたら彼女は幽霊会員だった。おかしいと思って会長に聞いたら「そんな奴はいない」と返答された。ああ懐かしいな、とケイスケは思い出に浸る。

 今現在でもこんな会に在籍しているのは、彼女を求めているからだ。何処にいる。

 道中で、花束が供えられていた場所があった。きっとここが……とケイスケは、手を合わせる。

 僅か15分の間にケイスケは神妙になっていた。何があろうとも……。家が近づくにつれて、その“まさか”は確信へと変わっていった。家が黒い。

 自宅は白い壁で一戸建て住宅のはずだったが、明らかにおかしかった。玄関前に辿り着いてしまった。

 ドアの向こうには何が? ぬりえか? それとも、未知と書いてみゆこなのか?


 恐れるな! 恐れるからホラーになってしまうんだ(みゆこ談)→なるほど。

 私、“見える”んだけど……(みゆこ談)→そうらしい。

 大丈夫。“黒”を塗れば、おしまい(みゆこ談)→塗ってもらって成仏したと思ったけど、まだいたのか。終わらないのか。


 これまでのみゆこの顔が次々と浮かんできた。

 ひょっとしてこれは……恋?

「いや。違うだろう」

 ケイスケは否定した。これは始まりに過ぎない、だがすぐに終わる。

 我が名はチバユー。この先アナタは、全てを“否定”するだろう(みゆこ談)。

 ケイスケはLINEで会長に「ヘルプ」と打った。

 その先を知る者はいない。END。




 読者の想像力に頼りすぎだろ。反省。


 ご読了ありがとうございました。



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