クレディア防衛線 後編
「俺は君たちの実力を知らない。どのくらいの実力で、得意な剣術や魔法を包み明かさず教えてほしい。」
二人はアレックスに銀色の、いくつかの装飾が施された冒険者のバッジを見せる。
「ボクたちBランク冒険者だよ。」
「ん、私は、知っての通り…、死霊魔法と…短剣。」
「ボクは白系統の魔法だね。その中でも治癒魔法と結界魔法はすごく得意だよ。」
「…そうか、若いのに凄いな。」
アレックスは速足で歩きながら、感嘆を漏らす。シロとクロは駆け足気味に後についていく。
「クロ、もうすぐ反撃作戦を行うが、君には前線で戦ってもらう。シロ、君は救護班と合流してけが人の治療にあたってくれ。」
「分かった…。」
「うん、任せて。」
「そうか、助かる。この村の教会の神父たちも手伝ってもらっているが、人手不足でな。期待してる。」
少しずつ、喧騒と魔法の着弾音、矢の風切り音が聞こえ始めてきた。
「時間がない。走るぞ。」
アレックスは駆け出す。クロとシロも、遅れないように一生懸命走りだした。
東門周辺は慌ただしい様子だった。城壁の上から魔法使いや弓を手にした人たちが、城門のそばのゴブリンに攻撃をしていた。門のそばでは、この村にいた冒険者と武芸に心得のある村人たちが、せわしなく行ったり来たりして、準備を整えていた。その中で、中心で動いている魔法使いの男にアレックスは話しかけた。
「ファーブル、現状は?」
「作戦は順調ですよ。ただ、ゴブリンの弓兵や魔法師の攻撃が予想より激しく、けが人が多数出ています。…で、その子たちは?」
「旅人だ。防衛に手を貸してくれると言ってくれた。」
アレックスの話にファーブルが訝しんだ。
「この子たちが?実力は大丈夫なのですか?」
「ボクたちB級冒険者だよ。」
バッジとシロとクロの顔を、ファーブルは交互に見る。
「こんな小さな子が…。ではどこに配置を?」
「死霊術師のクロには前線の一角を、白魔法師のシロには治療を任せる。」
「前線の一角ですか…。誰かサポートにつけるべきですね。」
「そうだな。彼女たちと一緒に来たニール達はどうだ。」
ファーブルは手を顎に当てる。
「少し戦力が偏りそうですが…。クロさんはどうですか。」
「ん。ニールなら…、嬉しい。」
「決まりだな。シロ、救護テントはあっちだ。案内する。」
「はい!」
アレックスはシロを連れて、テントに向かっていった。
「クロさん、これから状況と作戦を説明します。」
ファーブルはクロに、今後の作戦を話し出した。
城門の警鐘が数回鳴り響いた。その音と共に城門が音を立て、開かれていく。城門の外側は、城壁から攻撃していた弓兵や魔法師たちの努力により、空白地帯となっていた。
そこに飛び込んでいくアレックス率いる尖鋭部隊。その後に続いて、クロやニール達、この村にいた冒険者たちが飛び出した。
「クロ、大丈夫か?」
「ん。ニールも…大丈夫?」
クロは竜牙兵を召喚した。今日三回目となると、流石にクロも少し疲れを感じていた。それはニールも同様だった。
「ああ、問題ない。」
そんな中、疲れ知らずの竜牙兵は変わらず、ゴブリンたちを引き裂いていく。
反撃作戦は左翼と右翼が城門を守り、尖鋭部隊が敵の首領を倒す作戦だった。
クロとニール、デリーは右翼を任されていた。その三人は、クロの竜牙兵を主軸に戦っているのだが、竜牙兵がほとんど倒していた。そのため、三人は竜牙兵が倒しきれなかったゴブリンを相手にしていた。
「クロ、そっち抜けたぞ。」
「…ん。」
クロが短剣でゴブリンの首を掻き切る。返り血がクロの装束を濡らす。
「…暇だな。」
デリーが口を零す。というのも倒しきれなかったゴブリンは、身軽なクロとニールが縦横無尽に動き回り、素早く倒してしまっていた。そのため、重装備であるデリーの出番はなかった。
「デリー、出番だぞ。」
そんなデリーにニールが指示が飛ぶ。ニールの視線の先には、上位職に分類されるゴブリン騎士がいた。竜牙兵の攻撃も構わず、突き進んできていた。気を引き締めたデリーが、ゴブリン騎士の進路上に立ち塞がった。
「挑発。」
デリーが盾を掲げ、挑発魔法を唱えた。ゴブリン騎士は血走った眼で、デリーに襲い掛かる。デリーが大きな盾で攻撃を受け流す。ゴブリン騎士の態勢が少しだけ崩れる。その隙にニールが一撃を与える。
ギッ、と悲鳴が漏れ、でたらめに剣を振る。だが、素早く距離を取っていたニールにあたることはなかった。その隙に、今度はデリーが剣を見舞う。
デリーの堅い守りとニールの素早い攻撃に、ゴブリン騎士は翻弄されていた。そして数分後には地に伏していた。
その後もニールとクロが抜けてきた雑兵を狩り、力のあるゴブリンはニールとデリーのコンビで討伐していった。
十数分後、突如、ガァァァア、と大きな甲高い、神経を逆なでするような絶叫が響きわたる。クロが音の先を見ると、巨大なゴブリンにアレックスが剣を突き刺していた。その断末魔を聞いたゴブリンたちは統率を失い、散り散りに逃げていった。
「終わった…。」
クロがホッとした声で呟く。クロが見つめる先には、疲弊した冒険者たちが肩を支えあい、門の中に戻っていく。
「クロ、俺たちも戻ろう。」
デリーに肩を借りてよってきたニールが声をかける。クロは頷き、竜牙兵の触媒を回収してから、ゆっくりと門の中に戻っていった。
「シロさん、こっちお願い。」
「はい。」
シロは怪我を負った冒険者の治療にあたっていた。
シロがアレックスに案内されてここに来た時、疑念の視線を向けられた。だがシロの治療技術を見て、すぐに信頼へと変わっていった。
「終わったよ。無茶しないでね。」
シロの言葉に男は頷くと、駆け足で去っていく。
「シロさん、次は…。」
「どいてくれ。重傷者だ。」
担架で新たなけが人が運ばれてきた。シロよりも年上の男だ。
「シロさん、彼をお願い。」
「うん、絶対に助ける。」
シロは自信に満ちた声で返事をする。
「俺は…、し…死ぬのか…。」
苦痛で顔を歪めた男は訊ねる。
「ううん、死なないよ。私が助けるから。だから、諦めちゃダメ。」
シロは患部を見る。背中がバッサリと大きく切られていた。出血量も酷く、早く治療しないと命に係わることは一目瞭然だった。シロは目でしっかりと患部を捉え、手を当てる。淡い白い光が患部に集まり、ゆっくりと傷口が塞がっていく。
シロの額に汗が滲みだした頃、大きな傷口はきれいさっぱりに塞がっていた。
「失われた血は戻らないから、これ飲んで。」
シロが造血薬を差し出す。男は顔を顰めながら、飲み干した。
「無理して起きちゃだめだよ。」
「あ…ありがと。」
男はそう告げると、目を閉じる。
「シロさん、次はこっちをお願い。」
シスターに声を掛けられ、シロは隣から離れた。
シロは神父が声をかけるまで、休まず治療し続けた。その活躍から、命を助けられた人たちはシロを小さな天使と呼んで、その活躍を讃えたのだった。
来週も投稿します。