表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/32

六章 暴食の銀行と侵入者の存在

 放課後、連絡通路に集合して話し合う。

「そういえば、秋川さんの武器は槍でしたよね?」

 蓮が確認すると、秋川――もみじは「そうね」と頷いた。

「それから、もみじでいいって」

「……そうだったな。じゃあ、もみじ。今度武器と防具は調達してくるから今は持っているもので我慢してくれないか?」

「武器って……?」

「安心しろ、こっちではただの模型だ。本物じゃない」

 それも説明すると、彼女は「なるほど」と納得したようだ。

「それにしても、軍資金が間に合わないな……」

「軍資金?」

「あぁ、一応、ボクの方でやりくりしている。貯金はいくらかあるが、出来ればそれを崩したくなくてな……バイトとあっち側の敵……エネミーと言うんだが、そいつが落としたお金で自分の生活費と怪盗団の軍資金を賄っている。だが、少し考えないとな……」

 はぁ……とため息をつく。やはりバイトをもう少し増やすか……。

「こいつ、人間恐怖症だからいつ倒れるかひやひやしながらいつも見てるんだぜ?」

「それは言わない」

 メッと蓮がヨッシーの頭を軽く小突く。もみじは「人間恐怖症……?」と疑問符を浮かべていた。

「あぁ、それでこいつ本当に倒れたことがあんの」

「あれは驚いたよ……まだ裕斗が仲間に加入していない、というより怪盗団がまだちゃんと結成していない時なんだけど」

 良希と風花までそんなことを言い出す。

「そうだったのね。それなら無理はさせられないわね」

「いや、大丈夫だよ、そこまで気を遣ってもらわなくても」

 蓮はそう言うが、実際気を遣っていてもらわないと自分から限界でも何も言わない。ヨッシーもそう思っていたのか、「気、遣ってもらっとけ」と言った。

「お前が言うならそうするけど……」

 同居人(同居ネコ?)の言葉には耳を傾けるようだ。

「とりあえず、デザイアの中に潜入するか」

 蓮の言葉に全員が頷いた。


 デザイアの中に入った怪盗団はまず驚きに包まれた。

「おい、ジョーカー!」

「どうした、マルス」

 何かおかしな点でもあったのだろうか。

「お前、髪……!」

「髪?髪がどうした?」

「髪が長いぞ!?」

 髪が長い?ジョーカーは元々髪が長いが、と思ってそういえばウィッグをつけているのだと思い出した。髪を触ってみると、確かに長かった。つまり、ウィッグをつけていない。

「あ、本当だ」

「今更かよ!?」

「だってあまりにも自然で……」

 いや、こちらが本当の「成雲 蓮」なのだが。

「でも、その姿もいいぞ。女怪盗という感じだ」

 アポロがそう言うので、ジョーカーは僅かに頬を染める。

「そ、そうか?……でも、さすがに邪魔だよな」

「あ、髪ゴムならあるよ。貸そうか?」

 ウェヌスがジョーカーに髪ゴムを渡す。ピンク色だが、今は関係ないとジョーカーは受け取る。そして、後ろに一つ結びにする。

「これでいいか」

 結んだことで白い首筋が見え、彼女は本当に女性なのだと全員が自覚する。

「それにしても、なんでジョーカーの髪型が変わったんだ?」

「さぁ?城幹のオレに対する認識がそうなったからじゃないか?」

 なぜそうなったのかは分からない。ジョーカーが言ったのもただの憶測だ。

「……反逆の意志が誰かの認識で変わることはあり得ないハズ……こいつが、…………でもない限りは……」

 テュケーが何か言ったのにジョーカーは気付いたが、聞こうとはしなかった。

 それより、もう一つ問題がある。

「もみじのコードネーム、どうする?」

 ジョーカーが尋ねると、「あなたが決めて頂戴」と言われたので考える。

 ――もみじは「生徒会長」で頭もいいから……。

「……アテナ、なんてどうだ?」

「アテナって……ギリシャ神話の知恵の女神よね?」

「あぁ。頭もいいし、参謀役としてはいい名前なんじゃないか?」

 そう言うと、彼女は「いいわね。気に入ったわ」と笑った。決まりだ。

 銀行は、正面から入れなくなっていた。昨日、派手に壊したのがいけなかったのだろう。でも、アテナがやってくれなかったら、もしかしたら死んでいたかもしれないのでこのことに文句を言うつもりはない。

 というわけで、別の入り口を探すためにトルースアイを使う。すると、近くの銅像の下に抜け道があることに気付いた。

「マルス、アポロ、手伝ってくれ」

 ジョーカーが二人を呼び、その銅像を動かす。そして、抜け穴があったのでそこから侵入すると近くに道があったのでそこに行ってみた。すると、前に入った場所と同じであることが分かった。

「あの先に通路があるな……あそこまで行けないものか……」

 アポロが前に行った場所とは違う道を指差し、ジョーカーに聞いた。ジョーカーはトルースアイを使うが、抜け道らしきものはない。しかし、従業員らしきエネミーがうろうろしている。出来ることは、

「強行突破、かな?」

「分かった、指示を出してくれ」

 ジョーカーが言うと、テュケーはそう言った。ジョーカーは頷き、様子を見る。エネミーが後ろを向いたところでエネミーの肩に飛び乗り、仮面をはがした。そこから空を飛ぶ鷹のような姿をしたエネミーが数体出てきた。

「マルス、雷呪文だ!」

 トルースアイで弱点を見つけたジョーカーはすぐに指示を出す。

「オッケー!トネール!」

 マルスが雷呪文を放つと、エネミーは怯んだ。そのすきに包囲する。

「……力を貸せ」

 ジョーカーがそう告げると、エネミーは「殺さないならいいぞ」と言って光に包まれ、彼女の仮面の中に入っていった。このエネミーの名前はセトと言うらしい。

「え、今のは……?」

「前も一度見たが、すごいな」

「あぁ、ジョーカーにしかない力だぜ」

 アテナとアポロが声をあげると、テュケーが「ワガハイの見立ては確かだったぜ」と笑った。前も言っていた気がする。

 エネミーと戦いながらそのまま先に進み、安全地帯に入る。

「どうする?もう少し先まで探索してみるか?」

 全員まだ余裕がありそうだ。ジョーカーが聞くと、アテナが「そうね、まだ探索続けてもよさそう」と言った。新参者の彼女が言うならと続ける。すると、エレベーターがあることに気付いた。

「ここ……地下に繋がってそうだな」

 しかし、カードキーがないと動かせないようになっているようだ。これは困った、地図もないし……。

「確か、少し先に扉があったな。そこに何かないか?」

 テュケーの意見にその通りだなと頷いた。しかし、真正面から入るのは危険だ。だから棚の抜け道を使って様子を見ることにした。予想通りエネミーがいて、しかもかなりの強敵そうだ。

「戦えるか?」

 尋ねると、「奴と戦うとなると体力が……」とアポロが心配した。確かに皆、探索だけならよかったが、このエネミーと戦うだけの体力は残っていない。

「あぁ、それなら栄養ドリンクを買っている」

 しかし、そこで抜かりのあるリーダーではない。事前にちゃんと人数分の栄養ドリンクを買っている。それを皆に渡して、飲む。

「よし、回復したな……行くぞ!」

 ジョーカーが上から仕掛ける。エネミーは鬼のような姿を現した。

「弱点は特になさそうだな……だが、銃弾が効かないみたいだ。物理も耐性がある」

 つまり、呪文系で攻撃しないといけないということだ。ジョーカーはリベリオンを召喚し、

「ナイトメア!」

 と唱えた。するとエネミーは眠った。そのすきに皆に呪文を唱えてもらう。

 どうやらアテナは水呪文が得意なようだ。しかし、全員で呪文を唱えても倒れず、起きてきた。

「ぐはっ!」

「アポロ!?大丈夫か!」

 エネミーがアポロに棍棒を振り下ろした。攻撃が直撃したアポロに近付き、ジョーカーは癒しの力を使う。

 そして、ジョーカーは「ダークネス!」と唱えた。ニンフをつけたままだったからか、雷も少し含まれていた。どうやらそれがよかったらしい、エネミーは消えていった。

「ここは……通信室ね」

 機械を見て、アテナは言った。確かに、マイクがある。もしかしたら使えるかもしれない。覚えておこう。

 ついでにエレベーターのカードキーと地図も見つける。どうやら地下は入り組んでいるようだ。

「オタカラがありそうなところは……一番下のところだな」

 これは長くなりそうだ。しかし、期間はまだある。ゆっくり行こうという話になり、デザイアから出た。

「それにしても不思議なアプリね」

 現実に戻った後、もみじがそう告げる。

「確かにそうだな。消しても消えないし、異世界に行けるし……」

「これ、安全なの?」

「警察にバレないのかってことか?大丈夫だと思うぞ。だってこれ、夢の中で……」

 そこまで言って、蓮は口を閉ざす。こんな話、信じてもらえるわけがない。

 ――夢の中の男が入れました、なんてどんな妄想だよって感じだよな……。

「夢?」

「あ、あぁ、気にしないで。とにかく大丈夫だから」

 そう言うと、「まぁ、お姉ちゃんも知らないみたいだし……」と呟いた。

「お姉さん?警察なのか?」

「検事よ。安心して、私から怪盗団のことについては何も言っていない。ただ……精神崩壊事件と怪盗団を追ってはいるのよね……」

 それは相当やばいのではないのだろうか?

「……もみじ、バレないようにしろよ」

 そう言うと、もみじは静かに微笑んで、

「当たり前よ。それにしても私が怪盗団に入るなんて……」

 彼女は真面目で妥協を許さない性格だ、そんな彼女が怪盗団に入るとは蓮も思っていなかった。

「でも、そのおかげで今までの私を断ち切ることが出来たしよかったのかな?」

「それはよかった。てっきり後悔しているのかと」

 裕斗にも後悔しているか聞いたが、蓮は疑い深い性格だ、いちいち確認しないと気が済まない。

「まさか。そんなわけないわ」

「そうか。ならいいけど」

 彼女は、本当はいい子ちゃんではないみたいだと蓮は思った。

「とりあえず、解散しようか」

 そう言って、この日は解散した。


 帰り道、ミリタリーショップに向かいもみじ用にと槍とリボルバーの模型、それから防具を買った。そして診療所に行って栄養ドリンクを買う。そしてファートルに戻って荷物を置いてバイトに向かった。今日は花屋だ。

 バイトから帰ってきて課題をして、明日の予定を確認する。その時、蓮は咳込んだ。

「大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だよ」

 ヨッシーが心配そうに言ってきたので蓮はそう言った。

 それにしても、と思う。異世界に入ると、なぜか身体が痛くなる。最初は他人が苦手だからと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。

 だが何が原因か分かるかと聞かれるとそうではない。今は言うほどではないので気にはしていないが。

 何だろう、と思いながら蓮はベッドに寝転がった。


 次の日、熱っぽかったが休むわけにはいかないと学校に向かう。少しボーッとしていたが授業はちゃんと受けることが出来た。

 放課後、連絡通路に行くとまた咳込む。

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ、心配しないで」

 ヨッシーと話しているともみじが来た。

「遅くなったわ。……あれ?皆は?」

「裕斗は少し遅れてくるって連絡が来た。あとの二人は知らない」

 そう言うと彼女は黙りこんだ後、

「……いつもこんな感じなの?」

「いや、いつもなら裕斗は早いな。ボクより先に来ている時もある。風花は、今日は先に帰っていたからもう来てるかと思ってた。良希は大抵遅いな」

 この言葉にもみじが「この怪盗団大丈夫かしら……」と思ったことは言うまでもない。

 全員が集まり、作戦会議をしていると蓮は再び咳込んだ。

「風邪か?」

「いや、そうじゃないと思うけど……」

 裕斗の言葉に蓮が否定すると、

「昨日からだろ」

 ヨッシーの言葉にもみじはため息をつき、蓮の額に手を当てた。

「も、もみじ……?」

「やっぱり、あなた少し熱っぽいわよ?今日はやめた方がいいんじゃない?」

もみじに言われ、蓮は「い、いや、大丈夫だから……」と告げるが、

「そう言って、前倒れたんじゃなかったの?」

「うっ……」

 それを言われてしまってはぐうの音も出ない。しかも、皆からかなりの圧を感じる。

「……分かった。今日はやめよう」

 その圧に蓮は折れ、ため息をつく。

「そのかわり、他の依頼を確認しよう」

 そう言って怪盗応援チャンネルを開く。

「他の依頼?」

「そう。……あぁ、裕斗ともみじは詳しく知らないか」

 蓮が二人にアザーワールドリィについて説明すると、

「つまり、そこでならデザイアがなくても改心させることが出来るというわけか」

「そういうことだ。二人は理解が早くて助かるぜ」

 何しろ良希と風花は理解するまでにかなりの時間を要した。それに比べれば二人はかなり理解力があるだろう。

 話し合いをして、全ての依頼が全会一致したので今度依頼をこなすことにした。もみじに武器と防具を渡して、

「それじゃあ、今日は解散するか」

「ちゃんと病院に行くのよ」

「……はーい」

 病院に行くの面倒だな……と思いながらその日は解散となった。


 敷井診療所に行き、風邪薬をもらった後ファートルに戻る。その後温泉に行って湯船に浸かり、汗を流す。

 もうバレてしまっているからとウィッグはつけないままファートルに戻った。

「お、今日はウィッグつけていないんだな」

「もう隠しても意味がないからな。開き直った」

 正直に言うと、「お前らしいな」とヨッシーは笑った。

「ほら、もう寝ようぜ。明日行けるようにしないとな」

「そうだな」

 蓮はベッドに転がると、すぐに眠りの世界に漕ぎ出した。


 次の日の放課後、怪盗達はデザイアに入って前のところまで行く。

「エレベーターは……使えそうだ」

 カードキーを使い、地下に行く。入り組んでいて道に迷いかけながら進んでいく。

「……やっぱお前方向音痴だろ」

「うるさい」

 マルスがジョーカーにそう言うと、ジョーカーはプイッと顔を背けた。実はジョーカーは、行ったことがない道だと地図があっても分からなくなってしまう時があるのだ。狛井と白野の時はそこまで入り組んでいなかったから何とか行けた。割と気にしているのだから言わないでほしい。

 先に進むと、上に監視カメラがあることに気付いた。

「面倒だな……」

 範囲は小さいが、警報機もあるため見られたらかなり警戒されるだろう。トルースアイを使うとその先に監視カメラの電源があるのが分かり、ジョーカーは皆に「少し待っていてくれ」と言って監視カメラの範囲に入らないように気をつけながらそこに向かう。そして、電源のところまで行くとそれを足で蹴り、壊した。すると監視カメラが起動しなくなる。

「来ていいぞ」

 ジョーカーが合図すると全員が来た。

「よく分かったね、あの先に監視カメラの電源があるなんて。あたし、見えなかったよ」

 ウェヌスがそう言うが、トルースアイさえあればある程度の距離のものは見える。

 エネミーと戦いながらそのまま先に進むと、扉と安全地帯があることに気付いた。

「ここで休もう」

 そう言って安全地帯に入った。

「赤外線の次は監視カメラか……面倒だな」

 ジョーカーがため息をつくと、アテナは何のことと聞いてくる。

「あぁ、白野の時は赤外線だったんだよ。どんどん難しくなっていく……」

 まぁ、それをかいくぐってこそ怪盗だとも言えるのだが。

「今後は気をつけていかないとだね……」

「そうだな。エネミーも強くなっている。本当にアザーワールドリィで鍛えた方がいいかもな……」

 今はどうにかやっていけているが、このままでは実力不足で死んでしまうかもしれない。本気で鍛えることを考えておかないといけない。

「もう行くか?」

 ジョーカーが聞くと、ウェヌスが「もう少し休まない?」と言ったので分かったと頷く。

「そういえば」

 不意にジョーカーが口を開くと、皆が彼女を見た。彼女から話題を振ることは少ない、どうしたのだろうと思ったのだ。

「ゲンソウナビ、あるよな?あれで不思議なこと、起こらなかったか?」

「不思議なこと?」

「そう。オレはあったんだよな。だから皆はどうなんだろうって」

 ジョーカーが言っているのはこっちに来てすぐの出来事のことだ。急に周囲が止まって、その中心に青い炎があった。今思えば、あれはゲンソウナビのせいだったのだろう。

 ほかの人は特にそんなことはなかったらしい。あの経験は自分だけだったのか。

「ちなみに、どんなことだったの?」

 アテナが聞くので、隠すことはないかとその時のことを説明する。するとそれぞれの反応が返ってきた。

「本当に不思議なことじゃねぇか」

「そんなことあったんだ……」

「俺もそんな経験してみたかった。絵になるかもしれないしな」

「アポロ、着眼点がおかしいぞ……」

「ジョーカーだけっていうのが気にかかるわね……」

「ただ、その一回だけだからオレも気にはしていなかった」

 実際、聞いてみたのは不意に思い出したからだ。アテナの言う通り、自分だけに起こったことというのが気にかかる。

 しかし、そんなことを考えていても意味がない。そう思ってジョーカーは「そろそろ行こうか」と言った。

 さらに先に進むと、大きな扉に直面した。どうやら二つの鍵を使って開けるようだ。

「恐らく、監視員が持っているだろうな。しかも、階級が高い奴だ」

「そうだな。じゃあ、探してみるか」

 そう言って少し探すと、彼らはすぐに見つかった。しかも、二人セットで。

「戦うか?」

 マルスの言葉にアポロが「いや、二人同時はきついだろう」と言った。ジョーカーも同意見だ。

「さて、どうしようか……」

 考えこむリーダーにアテナが「あの通信室を活用できないかしら?」と提案してきた。

「――なるほど、それなら一人ずつおびき出せるか」

 いい作戦だ、それなら実行したいが……。

「さすがに体力がヤバイ。気力もそこまで残っていないし……」

 出来れば一気に戦いたい。栄養ドリンクは持ってきているがコーヒーは作ってきていなかった。それなら今日は一度帰ろうということになった。

「あんな感じに進んでいくのね」

 もみじがそう言ってきた。

「あぁ、ルートを確保しないと予告状が出せないんだ」

「そうなのね。でも、なんで予告状を出すの?」

 もみじが尋ねてくるので蓮は答える。

「オタカラが出現するためだ。最初は実体がなくてな、予告状を出してお前の心を盗みますって宣言しないと盗むことが出来ない。しかも、一日しか持たないからルートを確保しないと出せない」

「雰囲気作りってわけじゃないのね……」

 これがかなり大変だ。オタカラまでのルートさえ確保すれば何とかなるからいいのだが。

「意外と大変なのね、怪盗も」

「まぁ、ね」

 そうして少し話して、この日は解散となった。


 夜、治験に来てほしいということだったので敷井診療所に来た。

 未完成薬品を飲んだ後、敷井にどうすればいいか聞くと彼女は「前と同じように血を抜かせて。それから今日は運動もしてほしいわ」と言われたのでランニングマシンで少し運動した後に血を抜かれた。

 ベッドに座っていると、男の人が入ってくる。

「お前、まだやめていなかったのか」

 話し方的に、元上司だろうか。

「何ですか?私が何しようと勝手でしょう?」

「ふん。まぁいい」

 ただ文句つけに来ただけか……と思っていると思わぬ言葉が出てきた。

「この死神が……」

「……死神?」

 確かに、敷井のアルカナは「死神」だが、彼女は死神と言われるようなことはしていないハズだ。男は鼻で笑った後、出ていった。

「あぁ、気にしないで。元上司だから」

「あ、いえ。それは大丈夫ですが……死神って?」

 蓮が気になったことを聞くと、彼女は「私は昔、大きな病院に勤めていてね」と話し始めた。

 どうやら元上司が患者に敷井の作った薬を飲ませ、悪化させたことからそのミスを擦り付けられ、こうして町医者になったとのこと。

「それって、上司が悪いんじゃ……?」

「そうなんだけど、もみ消されてね。結果として私が責任を負う羽目になったの。あなたが気にする必要はないわ」

「新しい薬を作っている理由って……?」

「……私が担当していた患者が難病の子でね、その子の病気を治したいからなの」

 そういうことだったのか。やはり、彼女は死神なんかじゃない。

「あなたが嫌じゃなければ、これからも治験につき合ってね」

「もちろんです」

 その理由ならいくらでも手伝う。


 今日あったことを記録につける。

「こうして見ると、本当にたくさんのことをやっているな……」

 あまり気にしてはいなかったが、こうして改めて見るとなかなかにハードな生活を送っている。

「お前、よく倒れないな……」

 ヨッシーが覗き込んでそう言った。

「今に倒れたりして」

「やめろ。しゃれにならない」

 ヨッシーの言葉が現実になるとは、その時の蓮は思っていなかった。


 次の日、治っていなかったのか少し体調が悪いなと思いながらも学校に行く。

 授業中、くらくらしていると意識が朦朧としてきた。

(あ、れ……?)

 気付いた時には床に倒れていた。授業をしていた先生が担任だったことが不幸中の幸いだろう。

 すぐに保健室に運ばれた蓮は軽い貧血と言われた。丁度六時間目ということもあり、放課後まで寝ておくようにと長谷に言われた。

 放課後、風花と良希が保健室に来た。カバンは風花が持ってきてくれた。ヨッシーも入っている。

「お前、また倒れたのかよ……」

「返す言葉もございません……」

 申し訳なさそうに告げると、もみじも来た。

「大丈夫?」

「あぁ、軽い貧血らしい」

「ちゃんと水分取らないとダメよ。今日は攻略いいから、早く帰って休みましょ」

 裕斗にも連絡すると、全員で蓮を送って行くことになったらしい、ついて行くと言われた。

 駅で裕斗と合流して、皆でファートルに戻る。すると藤森が心配そうに蓮を見た。

「大丈夫か?また倒れたらしいが……」

「すみません、心配かけて……」

「今日はゆっくり休めよ。あと、友達にもちゃんと礼を言っておけ」

 蓮は言われた通りに全員にお礼を言う。すると皆は大丈夫だと笑った。

「じゃあ、また明日ね」

 風花の言葉に頷き、蓮は手を振った。皆が帰ると、藤森が呟く。

「いい友達持ったな」

 確かに、と思う。地元ではあそこまでしてくれる人なんていなかった。

「ほら、温泉にでも行って汗流してこい」

 言葉に甘え、蓮は温泉に行った。そして、戻ってきた後すぐにベッドに横になる。そのまま、蓮は眠りの世界に向かった。

 一時して、辛そうな声が聞こえてくる。ヨッシーが起きると、蓮がうなされていることに気付いた。

「またか……」

 どんな夢を見ているのだろう?少なくともロクなものではないことだけは確かだ。

 ヨッシーが傍に寄る。そして、自分の手を蓮の手に乗せた。

「大丈夫、ワガハイが傍にいるから……」

 そう呟くと、僅かにだがうなされている声が小さくなった。

 そのまま、ヨッシーも眠りについた。


 ある程度回復した蓮はデザイアに入ろうと言った。

「大丈夫なの?」

 もみじが心配そうに聞いた。それに蓮は頷く。

「あの敵を倒したら帰る予定だし、大丈夫だ」

「それならいいけど……」

 話はまとまり、蓮達はデザイアに入る。

 通信室に来ると、アテナがマイクの前に立った。

「ちょっと静かにしててね」

 そう言って、彼女はマイクに緊急事態だと連絡した。その後、隠れていると目論み通りあの監視員の内の一人が来た。そこに、ジョーカーが仕掛ける。すると、前に見たあの鬼とは違う姿のエネミーが出てきた。このエネミーは風呪文に耐性があるようだ。

「テュケー!風呪文は使うな!耐性がある!」

 まずはテュケーにそう指示して、あとは自由に攻撃していいと告げる。すると、マルスが新たな技を使った。

「アングリフ!」

 それはどうやら物理攻撃のようだ。体力を使うかわりに強力な攻撃を与える。マルスが疲労しているのを見て、ウェヌスもまた、彼に新たな技を使う。

「エアホールリング!」

 これは回復呪文だ。みるみるうちに治っていく。いつかのジョーカーが言っていたことは本当だったようだ。これで回復役がもう一人増えた。

 テュケーは小刀でエネミーを斬りつけ、アポロは氷呪文を、アテナは水呪文を唱える。とどめにジョーカーの闇呪文でエネミーは消えていった。

 エネミーが落とした鍵を拾い、ジョーカーは懐に入れる。

「次はあの部屋にいた奴だな」

 そこまで行くと、エネミーは戻ってこないもう一人を心配していた。そのエネミーの仮面もはがす。今度はまた違う鬼のエネミーが現れた。

「アポロ、今度は氷が耐性だ!使うなよ!」

 そう指示を出し、そのエネミーも倒す。鍵が二つ手に入ったところでどうするは聞いた。

「開けておくのもいいんじゃないかしら?」

「そうだね。なくしたら怖いし」

 アテナとウェヌスの意見にそれもそうだなと思い、ジョーカーは大きな扉のところに行く。そして鍵を使い、扉を開くと今日はここまでだと入口まで戻ってナビを閉じる。

「今日は解散するか」

「ちゃんと寝るのよ」

 もみじの言葉に返事をし、解散した。


 朝、もみじに呼ばれ蓮は休みの日なのに学校前に来ていた。

「どうしたんだ?」

 聞くと、彼女は下を向いて、

「私、世間のことよく分からないから知りたくて……」

 と言った。彼女曰く、最近の子はどんなことをしているのか知りたいようだ。

「ボクもよくは分からないよ?それでもいいなら……」

 蓮は二つ返事で答えた。実際、蓮も視野が狭いと自負している。

 頭に「女教皇」という言葉が浮かんだ。彼女も協力者の一人だったということだ。

「それじゃあ、二人で勉強していきましょう」

 そう言われ、蓮は頷いた。


 昼過ぎ、怪盗達は集まる。

「あの扉を抜けたら地下に続くエレベーターがある。そこからが勝負だぞ」

 地図を思い出しながら、蓮は告げた。みんなが頷くとナビを起動し、前に来たところまで着く。

 エレベーターで下に降りると、大きな金庫があった。その目の前には今までにないほど強そうなエネミーがいた。

「どうする?」

「どうするもこうするも……戦うしかないだろ」

 テュケーの言葉にジョーカーは答える。テュケーは「そう来なくっちゃな!」と言った。

「侵入者か?」

「だとしたら、どうでしょうね?」

 ジョーカーはエネミーを前に不敵の笑みを浮かべる。

「こいつ……!なめやがって!」

「おっと」

 急に姿を現したかと思うと棍棒を振り下ろしてきたので、ジョーカーはひょいと避ける。怒りに任せる攻撃ほど避けやすいものはない。

 だが、それでさらに逆上させたらしい。かなりの殺気を感じる。

「皆!やるぞ!」

 しかし、もうこんなことで怯むような怪盗団ではなく。トルースアイで弱点を探ると、

「こいつ、物理が効かない!?それどころか反射……!?攻撃には気をつけろ!」

 カウンターとは少し違うが、自分の攻撃が跳ね返ってくるようだ。こんな耐性のエネミーもいるのか。覚えておこう。

「呪文で攻撃すればいいんだな?任せろ!」

 そう言ってアポロは氷呪文を放つ。他の人達もそれぞれ呪文を唱える。しかし、それで仕留めることが出来なかったようでエネミーはアテナに棍棒を振り下ろした。

「痛っ……!」

「大丈夫か!?」

 避けきれず当たってしまった彼女にジョーカーは近付き、すぐに癒す。最近は魔力みたいなものが強くなっているのか、すぐに治るようになった。

 エネミーは他の人達が呪文で攻撃してくれていたおかげで既に倒れていた。

「どうする?この先もまだありそうだが……」

 エネミーが守っていた電子ロックと、近くにあった階段を見てジョーカーは尋ねる。

「今日はここまでにしましょう。さすがに疲れたわ……」

 アテナがそう言ったのでジョーカーは「分かった」と頷いた。近くに安全地帯があったのでそこを確保し、元来た道を戻った。

「意外と長いのね……」

 現実に戻り、もみじが言った。蓮は「そうだな」とだけ告げる。

「俺は二度目だが、こんなに長かったか?」

「裕斗は途中参加だったもんな」

「白野の時もかなり長かったよ」

 裕斗の言葉に良希と風花が答えた。確かに裕斗は途中からだったから短く感じたのかもしれない。

「なんか、かなり大きいよな、デザイアって……」

「それだけ欲望が大きいということだ」

 ヨッシーの言葉ももっともだ。実際、狛井も白野もかなり善人ずらして大きな欲望を抱えていた。

「それで、今日はどうするんだ?」

「うーん……特に装備を変えなくても鍛えれば何とかなるところだからな……バイトの必要はないか」

 ヨッシーに聞かれ、蓮が答えると良希が「お前、バイトやってんの?」と驚いた。前に言ったと思うのだが。

「あんたも蓮を見習いなよ」

「いやこいつは勉強が大事だ。その余裕があるなら勉強しろ」

 風花の言葉に蓮は辛辣な言葉をかける。実際、前の中間テストでは散々だったらしいからバイトする余裕があるのならマジで勉強してほしい。その方が蓮としても楽になるから。

「おま、それはないだろ……」

「……噂、聞いてないと思うなよ?お前、前の中間下から数えた方が早い順位だったそうじゃないか?人の勉強の時間潰しておいて?夏休み補習に行くつもりか?」

「あ、これ怒ってる。無表情でもさすがに分かるぞ……」

 先程のエネミーと同じぐらいの殺気を放っている。頭に怒りマークも出ている気がするのは気のせいではないだろう。

「……まぁいい。そんな話をするために集まっているわけじゃないからな」

「そ、そうだよな!?」

「……一応言っておくが、期末で悪い点数取ってみろ。超強力な呪文が来ると思えよ?」

 珍しく笑みを浮かべているが、明らかに黒いオーラを纏っていてどの敵よりもこのリーダーが怖いと思ったのは良希だけではないハズ。

 学生らしい?話をして、その日は解散となった。


 夜、蓮はベッドに座っていた。

「そういや、ナガタニに連絡しないのか?」

「家事してもらえって?さすがに先生にしてもらうのはどうかと……」

「だが、せっかくの取引だ。たまにはいいだろ」

 確かに、今日はやることが多かったしいいかもしれないけど……自分で出来ないほどではない。でも確かに、そろそろ絆を深めていきたいと思っている。

「明日勉強を教えてもらうか……」

 明日は風花がモデルの仕事が入っているということだったので丁度いい機会だ。

「それじゃあ、ちゃっちゃとやりますか」

 課題は簡単なものだ。すぐに終わるだろう。それから次デザイアに入る時に持っていく道具を準備して予定を確認して……。

「確か、風花は二日間仕事だったよな?」

「あぁ」

「じゃあ、早めにルートを確保して、一日休み、その後はアザーワールドリィで経験を積むか」

 そうすれば土曜日に予告状を作ることが出来るぐらいには力がつくだろう。

「そうだな。それじゃあそうしよう」

 ヨッシーも頷いたことだし、これで行こうと蓮はやることをやった後に眠りについた。


 気付けば、そこは真っ赤な世界。まるで血のような……。

『お前は、いつまで自分を誤魔化し続ける?』

 どこからか聞こえてきた声に周囲を見渡すが、誰もいない。自分の身体を見ると、なぜか怪盗服は傷だらけでボロボロだった。靴も履いてなく、素足からは血が流れている。夢の中だというのに、傷がズキズキ痛む。

「自分を、誤魔化す?」

 姿なき声に尋ねると、その声は笑った。

『お前は、本当は戦うことを嫌っている。それでもなお、お前は戦い続けるのか?』

 蓮の手には血の付いたナイフ。それがいつも使っているナイフだと気付くまでに時間はかからなかった。

『お前は自由を奪われた人間。運命に縛られた者だ。だから嫌でも戦わないといけない。

 ――強くないと、いけない。たとえどんなに辛くても、きつくても、この居場所を守るために、平気なふりをしないといけない。

 つよく、ないと――』

 それは自分の心の中の本音なのだと、気付くことが出来たのだろうか――。


 次の日の放課後、蓮は別教室で長谷に勉強を教えてもらっていた。

「ここは……こう解いた方が早いわよ」

 長谷は蓮が知らなかった簡単な解き方を教えてくれる。これなら次のテスト勉強の時に良希や風花に教えてあげられる。

「そういえば、家事は大丈夫なの?連絡入れてくれたら、手伝ってあげるわよ?」

「いえ、先生の手を煩わせるわけには……」

 蓮が丁寧に断っていると、長谷のスマホに電話が入った。

「あ、仕事だ。悪いけど、今日はここまでにしましょう」

 そう言って勉強はお開きになった。


 夜、蓮は新宿に行った。向かう先は水谷と話をしたバー。

「いらっしゃい。……ってまた坊や?」

「ダメだよカナちゃん。女の子に坊やなんて」

 そこには予想通り水谷がいた。今日は彼と話をしようと思ったのだ。

「女の子……?あなた、女だったの?」

 カナちゃんと呼ばれたバーの店主は驚いたように蓮を見た。

「……確かに、男にしては細すぎるわね」

 筋肉はついている方だと思っているのだが、大抵の人は彼女と同じ反応をする。

「お前、着やせするタイプだろ」

 ヨッシーが小さな声で言ってきた。

「よく分からないけど……」

「今日は君の話をしに来てくれたの?」

 水谷の言葉に蓮は頷いた。取引だ、黙秘事項さえしゃべらなければいいだろう。

「それじゃあ、奥の席使うね」

 水谷はカナちゃんにそう言って奥の席に行った。

 自分のことと、ついでに怪盗ネタにも飢えていたようで、それも提供する。

「ありがとう。これで一時は怪盗の記事に飢えないよ。……あ、それと君が紹介してくれた島田君。あの子、いい子だね」

 確かに、前新聞を見た時に蓮達が狛井に絡んでいたとは書かれていなかった。やはり、島田を紹介して正解だっただろう。

「それにしても……「アトーンメント」がいなくなって情報量も減ったからね……」

 アトーンメント……?と首を傾げながら蓮はファートルに帰った。


 放課後、少し話し合いをしてデザイアに入った。

「あの階段の向こうからだな」

「パスワードを探しに?」

 ウェヌスの言葉にジョーカーは頷く。パスワードは宝箱の中に入っているかもしれない。

「今日中にルートを確保しておきたい」

「分かったわ」

 扉を開けると、早速エネミーが立っていた。幸いにも後ろを向いていたのですぐに駆け抜け、仮面をはがした。出てきたのは、あの反射持ちの鬼ではなく赤鬼。

「呪文で仕掛けるぞ」

 そう言ってジョーカーはリベリオンを召喚した。サポートエネミーはセト。

「ダークネス!」

 闇呪文に風も混ざり、一瞬にしてエネミーは怯む。どうやらこのエネミーは闇呪文と他の呪文が合わさった攻撃が苦手らしい。

「包囲だ!」

 テュケーの言葉にジョーカーは銃口を向ける。そして、「力を貸せ」と言うと、エネミーは「分かった。お前の力になろう」と頷いて光に包まれ、ジョーカーの仮面に入っていった。このエネミーはオニというらしい。そのまますぎるが、覚えやすいのでいいか。

 先に進むと、また道が入り組んでいた。地図を見ると右に進めばいいらしく、道なりに進んでいくと、広い場所に出た。そこには前よりさらに強そうなエネミー。

「準備はいいか?」

 全員体力も気力も十分にある。怪我もしていないし、今の状態なら回復させなくても大丈夫だろう。そう判断して、ジョーカーは仕掛ける。

 しかし、思った以上に強敵で苦戦を強いられた。

「テュケー、ウェヌス!お前達は全員の回復を優先してくれ!後は呪文を唱えろ!」

 ジョーカーは指示を出す。気力が切れそうになったら癒しの力で回復させ、自分は出来るだけ物理で攻撃をする。

 体力も気力も残りわずか、というところでようやくエネミーが倒れる。

「かなり強かったな……」

 しかし、その先に宝箱があり、それをキーピックで開けると中にはパスワードの書いた紙。

「これをあの電子ロックが解除出来そうだな」

 早速戻ってパスワードを入れてみると、予想通り金庫が開いた。そこにはまたエレベーターがあった。

 その下に行くと、モヤモヤしたもの――オタカラがあった。

「よし。これでルートは確保したな」

 後は予告状を出すだけ。現実に帰るともみじがあれは何かと聞いてきた。

「あれがオタカラだよ。まだ実体がないだけ」

「ここからは予告状の出番だぜ」

 蓮とヨッシーが言うと、もみじは「そうなのね」と頷いた。

「予告状を出すタイミングはリーダーに任せてる」

「あぁ……一応、休みに予告状を出そうと思っている。明日は疲れをとってほしいし、明後日は風花が仕事だ。金曜日はアザーワールドリィで依頼をこなしつつ鍛えたい」

「なるほどね……」

 しかし、今回は予告状を出すにあたって問題がある。どうやって城幹のところに送るかだ。しかしもみじが、

「予告状のことだけど、私にいい考えがあるの。任せて」

 というので彼女に任せることにした。


 夜、金井に呼ばれたのでミリタリーショップに向かった。今度は何をやるかと聞くと、情報収集だと言われた。情報収集……?と思っていると「駅前のホームレスに話を聞きに行くだけだ」と言ってきたので蓮は駅前に行く。

 例のホームレスに話を聞きに行くと、その人からとあるマフィアが大きな取引をしたという話を聞く。

(韓国マフィアの取引に成功した……?)

 金井と何の関係があるのだろう?

(いやあの人元極道だったか……)

 もしかしたらその時のことで何かあったのかもしれない。

 ミリタリーショップに戻り、そのことを話すと「なるほどな……」と言った。

「ありがとよ。調べてみる。……あぁ、取引の件だったな、値段安くしてやるよ」

 金井はそう言って笑った。


 休みだ、と言ったはいいがやることがなく公園で暇つぶししていると裕斗と会った。

「君、何やっているんだ?」

「見て分からない?暇つぶし」

 裕斗が思わず尋ねてしまうのも分かる。なぜなら蓮はヨッシーを撫でまわしていたから。しかも制服姿で。

「悪いか?」

「いや、君がいいなら別に構わない」

「いや止めてくれよ!?こいつずっとこうしてんだぜ!?」

「いいじゃん別に」

 蓮とてたまにはこうしたい時もある。ヨッシーは「よくねぇよ!主にワガハイが!」と叫んでいた。

「俺にも触らせろ」

「お前もかよ!」

 裕斗が隣に座ったかと思うと一緒に撫で始めた。

「柔らかいよな~」

「あぁ……この感触……癖になる……」

「や、やめろ!くすぐったい!ふにゃあ~……」

 蓮が喉元を撫でるとヨッシーが幸せそうな鳴き声を上げる。さすが(姿は)ネコだ。

「ふむ……君はこういうのが好きなのか?」

 不意に裕斗が聞いてくると「ん?あぁ、可愛いものは好きだぞ?」と頷く。こう見えて蓮はかなりの可愛いもの好きだ。

「意外だな、君は何も興味がなさげに見えてたから」

「まぁ、そうだな……基本何も興味ないし」

 自分のことにすら興味ない人間だ、むしろ今こうして皆と関わっている方が不思議なぐらいだ。

「ほぅ……なら、可愛いものが好きと覚えておくことにしよう」

「わざわざか?まぁいいけど」

「とにかくワガハイを解放しろ!」

 ヨッシーの悲鳴に二人はようやく離したのだった。


 夜、藤森の手伝いをしていると冬木が来た。

「やぁ、お邪魔するよ」

「どうぞ」

 藤森に「コーヒー淹れてやれ」と言われたので蓮はコーヒーを淹れ、彼の前に出す。

「ありがとう」

「仕事だからな」

 今は仕事がないからと冬木と議論じみた話をしていると、藤森が「お前ら、何の話してんだよ……高校生のする話ではないだろ?」と呆れられた。

「お嬢様と、探偵様、か。頭いいからそういった話で盛り上がるもんかね……」

「あ、そうか。君、成雲家のお嬢様だったよね」

「まぁ、そうだな……」

 関係あるかは分からないが。

「君とはもっといい議論が出来そうだよ。それじゃ、ごちそうさま」

 そう言って彼は帰っていった。


 次の日、スポーツジムに行くと良希に会った。

「お、今日は鍛えるか?」

「あぁ、そのつもりだ」

 既にジャージに着替えている。蓮は彼に触ると癒しの力を使い、少しでも足を動かせるようにしようとする。

「いつもありがとな。でも、お前も疲れるだろ」

「大丈夫。これぐらいなら。それに、何のための力だと思っている?」

 東京では使わないと思っていたが、彼みたいに一生懸命な人のためならいくらでも使う。

「本当に感謝してるぜ。おかげで最近は足の痛みがほとんどなくなった」

「それはよかった。それでまた走れるようになればいいな」

 そう言うと、良希は「あぁ、そうだな」と頷いた。

「ただ、陸上部には戻れねぇと思うけどよ……」

「……そうか」

 居場所を失った蓮には分かる。もう元には戻れない辛さを。

 でも、今は「怪盗団」という居場所がある。それがどれだけ支えになっているか。

「俺達、ホントに似た者同士だな」

「そうだな」

 そうして少し話して、一緒にトレーニングをした。


 夜、蓮は潜入道具を作っていた。

「お前、やっぱり筋がいいな」

 ヨッシーにそう言われる。キーピックはいくらあっても困らない。

「今日はこれくらいにしようぜ」

 五本作ったところでヨッシーに止められる。まだあるから、確かにこれくらいでいいかと蓮は手を止めた。そして、寝間着に着替えベッドに座る。

「寝ないのか?」

「うーん……今日は妙に頭がさえていて……眠れないんだよね」

 明日は久しぶりにアザーワールドリィに入るから、眠らないといけないと思うのだが眠れない。時々あるので別に構わないのだが。

「そうか……じゃあ、話し相手になってやろうか?」

「お前も寝た方がいいだろ。明日はアザーワールドリィに入るんだぞ?」

 しかも、依頼も十個以上ある。休めるうちに休んでおかないと。

「大丈夫だ。ワガハイも眠れないしな」

 しかしそう言うので言葉に甘えて話し相手をしてもらうことにした。

「しかし、お前やっぱり持ってるな」

「あぁ、もみじのことか?」

 確かに、彼女もアルター使いだとは思わなかった。もはやただの偶然では済ませられない。

「六人目のアルター使いだぜ?しかも、芸術家と生徒会長。偶然では片付けられない」

「そう、だな……」

 ――これは極めて理不尽なゲーム。勝機はほぼ無いに等しいでしょう。

 不意に、そんな言葉を思い出した。アルターを覚醒する前に聞いた、女性の声。

 まさか、自分が皆を巻き込んでしまっているのだろうか?それとも、これは本当にただの偶然?……よく分からない。

 しかし、何かをかけた、かなり大きな遊戯に巻き込まれてしまっていること……それだけは何となく分かった。


 次の日、連絡通路に集まった怪盗団は予定を確認する。

「まずは、依頼をこなそう。それから戦えそうなら鍛えるか」

「そうだな。レンの言う通り、最初は全ての依頼をこなそう。ただし、きつくなったらすぐに言えよ。帰ることも検討するから」

 蓮とヨッシーの言葉に皆が頷く。それを見て蓮はナビを起動した。

「そういえば、アテナは車運転出来るのか?」

 ジョーカーの運転で移動していると、アポロが聞いてきた。そういえば彼女のアルターはバイクだった。

「えぇ。免許は持ってるわ」

「そうか。なら、運転はアテナにも任せることが出来るな」

 ジョーカーは複数のサポートエネミーが使えるが、その分他の人達より気力や体力の消耗が激しい。そんな中で運転したら事故を起こしかねない。他に運転出来る人がいたらジョーカーとしても助かるところだ。

「……そういえば、ジョーカーはなんで怪盗を続けることにしたの?」

 不意にアテナが聞いてきた。

「なんでって?」

「だって、前歴をバラされたとはいえ、あなたは狛井先生と接触する機会はほとんどなかったハズ。白野さんの時だってそう。あなたはほとんど関係ないじゃない」

 まぁ、確かに、と思う。ウェヌスやマルスは狛井に酷いことをされたし、アポロは白野のせいで本来の自分を見失っていた。テュケーは本当の自分を取り戻したいと願って異世界を探索している。皆それなりに理由があるが、ジョーカーはと言うと他の四人とは違う。バレー部に無理やり入部させられそうになったり母親が白野の元弟子だったりと何かしらあったにしろ、直接的には被害に遭っていない。それなのになぜ、怪盗を続けようという気になったのか。それは……。

「……人助けがしたいから、かな?」

「人助け?」

「そう。この力があれば、それくらい出来るかなって。実際、アルターを覚醒させたのもマルスを助けたいと思ったからだし」

 そしてそれこそが自分の思う「正義」だ。悪しき者を成敗し、弱き者を救う。

「お前、変わらないな。それで一度、嫌な目にあってるってのに」

「嫌な目?」

 テュケーの言葉にアテナは疑問符を浮かべる。

「アテナには話してなかったな。ジョーカーの前歴は、本当は全て無実なんだ。まぁ冤罪ってやつだな。男に絡まれていた女性を助けたんだが、その女性に裏切られてな。被害者だったのに、無実の罪を被せられたんだよ」

「そうだったの……」

 テュケーがそこまで言うと、アテナは申し訳なさそうな顔をした。

「……私、勘違いしてたの。ジョーカーには何か裏があるんじゃないかって。でも、そういうことだったのね」

「こいつ、普段は無表情無口だからな。勘違いするのも無理ないと思うぞ」

 マルスが頷く。

「本当は誰よりも優しいんだよ。悩み、何でも聞いてくれて……」

 ウェヌスが言葉を紡ぐと、何かを思い出したように運転中のジョーカーを見た。

「……どうしたんだ?」

 自分は彼女に何かしただろうか?

「ほら、狛井に逆らうきっかけ、くれたでしょ?そういえばお礼、言ってなかったなって」

「……そうだっけ?」

 話を聞いた覚えはあるが、それ以外は覚えていない。

「止めてくれたでしょ?狛井に関係を迫られた時……」

「あぁ……そんなこともあったな」

 ウェヌスの言葉であの時は確かにそんな状況だったとようやく思い出す。自分にとっては当たり前のことすぎてちゃんと覚えていなかった。

「そんなことがあったのか?わかんねぇけど」

「いろいろあってな……。川口さんが飛び降りる前日のことだ」

 詳しいことは話さない。ウェヌスにあまり公言しないように言われていたからだ。

「俺も相談しようとした時はあったな」

「あれか」

 アポロが言っているのは、公園で「苦しい」と言っていた時だろう。

「結局お前、何も話さなかったよな」

「弱い自分を見せたくなかったからな。今となっては意味のないことだと分かっているが」

 確かに、白野の心の中を見た後の弱った彼は今でも思い出せる。自分の師匠が金の亡者と知って、相当衝撃的だっただろう。それでも彼は立ち上がる決意をした。

「そういえば、アテナには改心させたい人でもいるのか?」

 気になってジョーカーは聞く。すると彼女はかすかに笑って、

「内緒」

 と言った。マルスは不満そうだったが、聞いた本人は「……そうか」とだけ告げた。言いたくないなら、無理に聞く必要はない。

「ところでさ、ジョーカーって地元ではどうだったの?」

 不意にウェヌスが聞いてきた。他の人達にも聞かれ、ジョーカーは考えた後「普通。怪盗していること以外は今とそう変わらない」とだけ答えた。その答えに皆は納得していないようだったが、「あぁでも」と続く言葉に目を輝かせた。

「天然女子キラーやら無自覚の魔性の女だとかは言われてたな」

「なんか分かる気がする。メガネ外すと絶対別人だもん。それこそ、本や絵から出てきたみたいだよ」

「モテたんじゃね?」

 ウェヌスとマルスの言葉にジョーカーは、

「まさか。そんなわけないだろう」

 と一蹴した。

「あぁ、だから天然女子キラーと無自覚の魔性の女なのか」

 ここまで自覚なしだといっそ清々しい。それを言うならアポロもなのだが。

「そういうお前達は?」

 逆にジョーカーから聞いてみる。するとワイワイとはしゃぎだす。

「前に話した通りだよ、勉強は苦手」

「でもお前、モテるじゃん」

「マルスはモテなさそうだな」

「んだとネコ!」

「ネコって言うな!」

「俺は気にしたことなかったな。絵のことばかり考えて、学校でも成績さえ落ちなければいいと思っていた」

「私も成績さえ落ちなければいいと思っていたわね」

「アポロとアテナはモテそうだよな」

「俺だけモテないってか!?」

 こうして見ると、皆高校生なんだな~……なんて他人事のように思う。こんな子供が怪盗団なんて、なんだか笑える。

「なんか楽しそうだな、ジョーカー」

 テュケーが彼女を見て小さくそう言った。

「ん?いや、ただこうして見ると皆まだ高校生なんだなって思っていただけだよ」

「他人事だな、かなり浮世離れしているが、お前も高校生だろ」

 同じように小さく答えてやると、彼は呆れたような、それでいて楽しそうな顔をした。

 若き怪盗団のリーダー。特別な力を持つ彼女は誰よりも優しく、人間離れした魅力を持っている。そんな彼女だから、こうして人が集まってくるのだろう。何となくだが、テュケーはそう思った。

 しかし、本人は気付いていないのだろう。何を考えているか分からないが、少なくともまだ皆を完全に信じきれていない。無意識とはいえ、他人を疑わずにいられない、そんな彼女が可哀想に思えた。

 それと同時に、こんな風に彼女を成長させてしまった大人達に怒りを覚えた。そのせいで彼女は本当の自分を見失ってしまっている。それに気付いているのは、恐らくテュケーだけなのだろう。

 なら、せめて自分だけでも本当の彼女を見つめていよう。テュケーはそう誓った。


 依頼を全て済ませ、もう少し余裕があったので少しエネミーと戦い現実世界に戻った。

「これで救われた人がいるんだよね」

「そうだな。失敗さえしていなければ」

 アザーワールドリィでの改心も、まだ一人しかやっていないから分からない。しかし前と同じようにしたので廃人化はしない……ハズだ。確かめる術がないので自信は正直ない。

「正直に言うのね。校長とは違うわ」

 その言い方的に、校長と何かあったのだろうか。

「あの人、怪盗団のことは調べろって言うくせに今回のマフィアの件については私に丸投げしてきたのよ」

「あぁ……だからボク達に突っかかってきていたわけか。まぁ、ボク達も怪盗を続けるか悩んだもんな」

 怪盗団を始めるきっかけなんて、本当に単純な理由だ。自分達の掲げる正義のために、悪い大人達の歪んだ欲望を盗み改心させる、いわば「世直し」のため。そして何も言えない人達を救うため。

「しかし、君達が怪盗を続けてくれたおかげで、俺は救われた。それは間違いない」

 そうして裕斗が救われたのだ。もし続けていなかったら彼は兄弟子同様、自殺していたかもしれない。そう思うとゾッとする。

 だが、こうしている間にも助けを求めることが出来ない人はたくさんいる。そんな人達が助けを求めることが出来る場所になりたいと蓮は思った。


 夜、勉強をしているとヨッシーが話しかけてきた。

「なぁ、ちょっと話してもいいか?」

 何か用なのだろうか?そう思って彼に向き合う。

「あのよ……お前、無理してないか?」

 急に言われ、蓮ははてなマークを浮かべる。

「無理している、とは?」

「なんか、戦っている時とか辛そうに見えてよ……」

「そうか?よく分からないけど……」

 自分では無意識だった。何も言ってこなかったということは、恐らく他の人達も気付いていないだろう。四六時中ずっと一緒にいるからこそ、ちょっとしたことにもすぐに気付かれることが多い。

「あんまり思い詰めるなよ」

「それは大丈夫、だと思う」

 苦しんでいるのが自分だけではない。だからリーダーである自分が甘えるわけにはいかない。そう思いながら蓮は勉強に戻った。


 次の日、連絡通路に集まり明日の話をした。

「予告状はどうするつもりなんだ?」

 予告状は蓮が既に準備している。良希に任せるとロクな文章にならないと狛井の時に学んだ。ほかの人達に任せるわけにもいかず、自分が書くしかないと思ったのだ。

 しかし、予告状を作成するにあたってもみじに言われていたことがある。

「なんで予告状をたくさん作れ、なんて言ったんだ?」

 証拠を残す訳にはいかないのでいつも手書きで書いているのだが、おかげさまで蓮と裕斗の仕事が増えた。それ自体は別に構わないのだが、理由まで聞いていなかった。

「いいから。あ、あと良希借りるね」

「まぁ、いいけど……」

「お前が答えるな」

 何をする気か分からないが、任せると言ったのでとりあえずもみじに託すことにした。


 夜、チャットに連絡が届いた。

『もみじ、何する気だろ……』

『さぁ、俺にも図りかねるな』

『ボクもさすがに分からない』

『ところで、良希は?』

『会話に入ってこないな』

『もみじが借りるとか言っていたからな。それだろう』

『まぁ、明日になるまで分からない、か』

『まぁ何とかなっているだろう。もみじが一緒だしな』

『それもそうだね』

『良希だけではかなり心配だが、もみじが一緒ならな』

「お前ら、良希に対する評価低すぎるだろ……」

「逆にお前は良希に高い評価つけられるか?」

「……無理だな」

「だろ?あいつの自慢出来るところ、運動だけだしな」

『蓮?どうしたの?』

『ヨッシーと話してた』

『ヨッシー、なんて?』

『ここでは言えないこと』

『何となく分かった気がする』

『奇遇だな、俺もだ』

『まぁ、こうして話していて明日に支障が出たら困る。もう寝た方がいいぞ』

『そうだね、おやすみ』

『それもそうだな。おやすみ』

『あぁ、おやすみ』

 チャットが終わると、蓮はベッドに転がった。

「お前も早く寝ろよな」

「分かってるよ。おやすみ」

 そう言って、蓮は目を閉じた。


『あなたは、囚われの運命……。心さえ牢獄に繋がれた、哀れな少女……。解放されるには、この……を変えるしかない……。どうか、仲間達との…を大切にし、……を……救って……』


 次の日、街中が予告状のことで大騒ぎしていた。

「なるほどな……こうすれば城幹のところにも必ず行く、か」

 よく考えたと思う。もみじは得意げだ。

「そう、街中に張り紙をすれば絶対に届くでしょう?」

「そうだな。だが、これだと警察が先に動く可能性がある。早く改心させないとな」

 そう言って蓮はナビを起動した。

 ルート通り道を辿り、あの金庫のところまで行くと城幹のフェイクが取り巻きと一緒に金庫の前に立っていた。

「城幹……!」

「来たな、怪盗団」

 城幹は余裕そうだ。彼も狛井や白野の時のように切り札でも隠し持っているのだろう。

「城幹様の前に頭が高いぞ!」

「うるさいな。オレ達にとっては関係ない。そこをどいてもらう」

「そうだな、お前らに道理が通じるとは思えない」

 ジョーカーとアポロの言葉に城幹は笑う。

「あっはっは!そういう強気なところがいいなぁ、成雲家のお嬢様。だが、その姿勢がいつまで続くかな?」

 そう言うと、城幹の姿が変わっていった。その様子に取り巻き達は悲鳴をあげながら逃げ出す。頼りのない取り巻きだ。

 城幹はハエのような姿になった。どうしてそんな姿になったのか分からないが、とりあえず臨戦態勢に入ったことだけは経験上分かった。

「さぁ、くらえ!」

 城幹は羽をばたつかせて空を飛び、風を起こした。それに耐えていると、城幹がアテナに向かって攻撃してきた。

「きゃ!」

「アテナ!?くっ……!」

 近付こうにも風が強すぎて動けない。ジョーカーの長い髪が風の方向に合わせてふわぁとたなびく。

(困ったな……近付けなきゃ攻撃出来ない……。……いや、方法は、ある)

 ジョーカーは疾風に耐えながら、城幹に向かって銃を撃つ。それに当たった城幹は地に落ちる。

「よし、今だ!」

 ジョーカーの掛け声にそれぞれが呪文を唱える。しかし、その程度で倒せるような敵ではない。

「くそっ……この俺に攻撃するなんて生意気な……!」

 再び飛び上がり、さらに強い疾風を巻き起こす。それこそ、周りが見えないほどに。このままでは先程のように銃弾すら当てられない。

(どうすればいい……?研ぎ澄ませ……!)

 銃弾さえ当てられたら、こちらのものだ。だが、そのためにはどうしたら……。

 むやみやたらに銃弾を撃つ?いや、それだと仲間にまで当たってしまう可能性が高い。呪文も同じだ。物理は動けないと話にならない。

(……ん?)

 そこで不意に思い出す。自分のアルター――リベリオンは空を飛べたではないか。

(イチかバチかだけど……)

 ジョーカーはアルターを召喚し、その背に乗る。上昇すると、上の方にまで風が来ていないことに気付く。これなら皆が巻き添えを食うことなく城幹だけに銃弾を当てることが出来る。

 その状態で城幹に撃ち込む。城幹はこちらに気付いたようだが、もう遅い。その銃弾は彼の胸に当たる。

「ナイスだぜ、ジョーカー!」

 さすが切り札だ、とテュケーはアルターを召喚しながら言った。

 テュケーが呪文を唱えると、城幹はさらに怯んだ。

「この隙に攻撃するぞ!皆、合わせろ!」

 ジョーカーの掛け声を合図に全員が動き出す。

 空からジョーカーが仕掛け、テュケーとウェヌスは呪文で、マルスとアポロ、アテナが物理で一気に攻撃した。

「ぐはぁ!」

 しかし、とどめとまではいかなかったようでまた起き上がる。

「このアマ……!」

「無駄な抵抗はやめた方がいいぞ」

 ジョーカーは城幹が動けないように拳銃を向ける。彼にはまだ、切り札があるハズだ。

「くそっ……!」

「どうした?命乞いでもしてみるか?」

 挑発してみると城幹は額に青筋を浮かべた。

「何だと……!なめやがって!」

 不意に押しのけ、飛んだかと思うと、大きな物体が出てきた。よく見るとそれは鉄で出来た丸い、ブタのようなものだった。その中に城幹は入る。

「やはり隠し玉を持っていたか……」

 あれが転がってきて、当たったら痛そうだな……なんてのんきなことを考える。怪盗稼業にすっかり慣れてしまったのだろう。その物体はジョーカーに向かってミサイルを撃ってきたが、それを簡単に避けた。どうやらこのミサイルは追尾機能があるようだ。

「行くぞ!皆!」

 物理は耐性があるだろうからとジョーカーは呪文を唱えるよう指示を出す。

 マルスが雷呪文を放った時に、一瞬だけ怯んだのをジョーカーは見逃さなかった。鉄だからだろうか?

「マルス!雷が一番よく効く、もっと放て!」

 マルスにそう言い、ジョーカー自身もニンフをサポートエネミーに雷呪文を唱える。

 すると、そのブタのような丸い物体が猛スピードで転がり出した。

「あれに当たると大ダメージだ!死ぬ気で避けろ!」

 慌ててジョーカーは皆に叫ぶ。そのかいあってか、誰もその攻撃に当たることはなかった。

「ミサイルに、転がる攻撃……使えるかもな……」

 あのスピードでは、すぐに止まることは出来ないだろう。だが、これは賭けだ。

 ジョーカーはブタのような鉄の塊に銃弾を数発撃ちこむ。するとそれは彼女の方を見た。そして、ミサイルを放つ。ジョーカーはそのミサイルが地面に当たって爆発しないように走って逃げた。

「ちょこまかと……!やれ!」

 城幹の声と共に鉄の物体が転がり出す。そこで予想外の行動に出た。

(今だ!)

 なんと、ジョーカーは転がってくるそれに向かって走り出したのだ。

「ジョーカー!?」

 テュケーが叫ぶが、ジョーカーは止まらない。

 ぶつかる――!その直前でジョーカーは横に避けた。止まりきれなかったそれはジョーカーを追っていたミサイルに直撃した。すると鉄の物体は簡単に壊れた。

「予想通りだな」

 その様子を見ていたジョーカーが呟くと、テュケーが驚いたような声を出す。

「まさか、作戦だったのか?だとしたら大した奴だ」

「賭けだったけどな」

 ミサイルが爆発しないか、あの猛スピードで避けられるか、一発で壊れるか……全て賭けだったのだが、成功してよかった。

「さて……」

 投げ出され、オタカラである金塊に縋りつく城幹を怪盗団達は囲む。その様子を見て、城幹はとうとう諦めたようだ。

「俺の、負けだ……」

 足を地について、そう告げる。

「俺なんて貧乏でブサイクで、頭がいいわけでもない……そんな奴に、どうやってまともに生きろって言うんだよ……」

 だからって、他人を貶めていい理由にはならない。

「レッテルに苦しんでいるのがお前だけだと思うなよ。俺だってこいつらだってレッテルに苦しめられながら生きてんだよ」

 マルスが皆を指しながらそう言った。理不尽に大人達に苦しめられた子供達……それが幻想怪盗団の正体だ。

「でも、よかったじゃない。あなたにもやることが出来たわ。一生かけて償う舞台がね」

「罪を告白しろ、いいな?」

 アテナとアポロが告げると、城幹は「分かったよ……今後はもう、弱い者を脅したりしない……」と言った。そして、

「それにしても、お前達面白いな。もう既にここを悪用している奴がいるってのに」

「……幻想世界を、悪用している奴?」

 それってもしかして、白い男のことだろうか?

「そいつは好き勝手しているよ。廃人化に、精神暴走……」

「……そんな奴と一緒にするな」

 そう言うと、城幹は「そうだな」と静かに笑う。

「ただ、一つだけ忠告しておく。今のお前達では奴に敵わない」

 それだけ言い残して、城幹は消えていった。すると、デザイアが崩れていく。

「やばい!テュケー早く車を……!ってテュケー!」

 ジョーカーがテュケーの方を見ると、彼は「ふにゃあ~!」と声をあげながら金塊にすりついていた。金塊がオタカラだから仕方ないのだが、今はそれどころではない。

「こらテュケー!今はそんなことしている場合じゃないだろう!」

 引っぺがすと彼は我に返ったようですぐに車を取り出した。後ろに金塊を積み込めるだけ積み込んで、ジョーカーが必死に運転して外に出る。が、

「地面ないじゃねぇかー!」

 そう、この銀行が空中に浮いていることをすっかり忘れていた。そのまま空に放り出されて――。

 全員分の悲鳴が聞こえる。気が付けば全員現実でしりもちついていた。しかも、街中で。近くには小さな車の模型と金色のアタッシュケースが落ちていた。

「見られてるな……どこか人気のないところに行こう」

 蓮の言葉に皆頷き、模型とアタッシュケースを持って日陰に行く。

「これ、どこで開けるよ?」

 良希が聞くと、風花は「カラオケとかは?」と言う。しかし、「カメラがあるわ」ともみじが止める。

「じゃあ、どこで開けたらいいんだ……?」

 蓮が悩ませていると、良希が「あ、そうか。いい場所思いついたぜ」と得意げに言った。それに風花と裕斗も思い当たるところがあったらしい。

「あ、いいかも」

「丁度コーヒーでも飲みたかったところだ」

 それってまさか……と蓮も頭を抱えたが、

「……分かったよ」

 確かにあそこなら誰にも見られないし、と連れて行くことにした。


 蓮が連れてきたのは二階の自分の部屋。藤森は蓮が持ってきたアタッシュケースを見て不思議そうな顔をしたが、何も言ってこなかった。

 皆を椅子やソファに座らせる。下で飲み物を淹れ、持ってくると裕斗がやけに苦戦していることに気付いた。

「どうしたんだ?」

 コップを置きながら聞くと、彼は「あぁ、いや……これ、ロックがかかっていてな……」と手を止めて、蓮に言った。

「ふぅーん……」

 そういえばあの時、城幹は何度か開け閉めしていたような……。

「裕斗、戻して」

「ん?あぁ、構わないが……」

 裕斗がカチカチと数字を戻し、蓮に任せる。蓮は城幹がやっていた通りにすると、アタッシュケースが開いた。

「すごいな……なんで分かったんだ?」

「何度か開け閉めしていただろ?その通りにしただけだ」

「そんなん覚えてんのかよ……」

 こればかりは覚えてしまったのだから仕方ない。中身を見ると、たくさんの札束が入っていた。

「これは……」

「すげぇ……何万入ってるんだ……?」

「一束で百万円だから……」

 皆がワイワイ盛り上がっている。良希は「今度から豚汁セットにしよ!」と言っていた。しかし、裕斗が、

「盛り上がっているところ悪いが……これが本物に見えるのか?」

 と言った。それは蓮も思っていた。なぜなら明らかに偽札だったから。

「なっ……!偽札!?」

「前に言っていただろ。あちらから盗んだものは偽物だって」

 むしろこれが本物だったら驚く。いや、エネミーは本物のお金を落としていくので何とも言えないが。

「マジかよ……」

「でも、このアタッシュケース自体は悪くない。売れるとは思うぞ?」

 素人目線からでも高級なのが分かる。そう言うと良希は「んじゃ、売ろうぜ!」と即決した。

「まぁ、こんなの使わないし、別に構わないが……」

「俺も賛成だ」

「あたしも」

「私もいいと思うわ。証拠として残ったら困るし」

 皆が賛成したので、今度良希が売りに行くことになった。

「これで後は改心するか、だな」

 ヨッシーの言葉に蓮は頷く。

「そうだな……」

「んだよ、そんな暗い顔して」

「いや、城幹の言葉が気になってな……」

 異世界を悪用する人物……恐らく、白野が言っていた白い男と同一人物だろう。二人に存在が示唆されているのだ、事実の可能性が高い。

「そうだな。確かに気になる」

「白野も侵入者について言ってたもんね」

「だが、今は確かめる術がないぞ?」

 裕斗、風花、ヨッシーがそれぞれ告げる。それに首を縦に振る、が。

(どうにも胸騒ぎがする……)

 なぜだか分からないが、このまま続けていればいずれ自分達はそいつと対峙することになるのではないか。直感的にそう思ったのだ。

 不意に、頭に言葉が何かの記憶と共に浮かんだ。

(トリックスター……変革者?それに、世界を……救う者?なんだろ、一体……)

 聞き慣れたような、そうではないような。そんな感覚に陥る。これは一体、誰の記憶……?

「どうした?レン」

「うん?いや、何でもないよ」

 ヨッシーが心配そうに見てきたので、適当に誤魔化しておく。

 しばらくは様子を見ようという話になり、アタッシュケースは良希が持って帰ることになった。そのまま夕方までいろいろとしゃべった後に解散した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ