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五章 冤罪事件の真実と正義の証明

次の日、準備をしていると電話がかかってきた。裕斗からだ。

「もしもし」

『もしもし、夏木だ。今時間いいだろうか?』

「もちろん。何の用だ?」

『ありがとう。まず、白野だがよく分からない。だが、前より穏やかになった。それから、寝込んでしまって白い男のことは聞けていない』

「そうか……」

 フェイクの言葉が真実なら、その白い男は蓮と同じ形の仮面、ドミノマスクだったよなと思い出す。

『とりあえず、もう少しだけ様子を見てみる。……なぁ』

「なんだ?」

『白野は、人が変わったようになるんだよな?』

「あぁ。改心が成功していたら、だが」

 恐ろしいことを言うようだが、完全というものはどこにもない。成功例が一つしかないということもあり、保証は出来ないのだ。

『そうか……』

「後悔しているか?」

 蓮は苦笑いを浮かべる。たとえ後悔しているとしても、もう手遅れだ。白野は変わってしまう。しかし、彼は、

『まさか。奴は人を食い物のようにしてきた。当然の報いだ』

 と言った。彼は強いなと蓮は思う。

「そう。でも辛ければいつでも言ってほしい。その時は協力する」

 だが、一人で抱えていてはいずれつぶれてしまうかもしれない。そう思って言うと、

『そうだな。そうするよ。……初めてだ、人に頼るなど』

 裕斗はそう答えた。今まで白野のせいで相談出来なかったのだろう。その苦労や苦痛はよく分かっているつもりだ。

『では、そろそろ切るぞ。時間をとらせてすまなかった』

「別に構わない」

 電話が切れたのを確認すると、蓮はカバンを持って下に降りた。

「もう行くのか?」

「あ、はい」

 藤森に聞かれ、蓮は頷く。電話をしていて時間が押してきたのだ。

「では、行ってきます」

 蓮は藤森にそう告げ、ファートルを出た。


「そろそろ夏服にするの?」

 昼休み、風花に聞かれ蓮は頭にはてなマークを浮かべる。

「ほら、もう暑くなってきたでしょ?ほとんどの人もう夏服だし、蓮はどうするのかなって」

 そういうことか。確かにほとんどの人が既に夏服だ。しかし、蓮には自傷行為癖があるので腕の包帯が目立つ夏服は着ることが出来ない。この高校に更衣期間がなく自由にしていいという校則に感謝する。

「いや、ボクは中間服にするよ」

 だが、年中冬服というのもさすがに暑い。明日から六月なので中間服を着ることにした。

 そんな蓮を、ヨッシーは机の中から悲しそうに見つめていた。

 窓の外は曇っていた。


 放課後、何もすることがないが怪盗達は集まっていた。

「今日はどうする?」

 裕斗が聞くと、蓮が「なら、アザーワールドリィに行ってみるか?」と言った。

「アザーワールドリィ?」

「皆のデザイア、らしい。詳しいことはよく分かっていないが、そこでデザイアのない人達も改心させることが出来るんだ」

 実際に久重さんも改心したしな、と言うと裕斗は驚いた表情をした。

「久重さんって……」

「お前の思っている通りだよ。白野の元弟子だろ?彼に頼まれて白野を改心させると決めたんだよ。お前を救ってほしいと頼まれてな」

「あの人が……俺を……」

 彼は俯いた。まさか元兄弟子に頼まれたとは思っていなかっただろう。

「あの時は、白野の悪事がまだ分かっていなかった時だったんだ。お前も何も言わなかったしな……しかも、良希が問い詰めたら警察に通報されかけるし。あれは驚いたぞ」

 あの時、蓮がメガネを外していなければどうなっていたか……。

「それは……本当にすまないと思っている」

「いいよ、別に。お前はあいつに支配されていたんだから。いわゆるマインドコントロールってやつだろ」

「……そうかもな」

 そんな会話をしているが、良希と風花は理解していないようだった。

「まいんど……何?」

「さぁ……?」

「お前ら……レン見習って勉強しろ」

 ヨッシーが二人を見て呆れた声を出す。すると風花が思い出したように「そういえば」と蓮に顔を近付けてきた。

「蓮って、学年一位だったよね?中間テスト。廊下に張り出されていたよ」

「そうだったのか?」

 白野のデザイア攻略に夢中で全く知らなかった。でも確かに、学校内では転校生が学年一位だったとかそんな噂になっていた気がする。

「あーそうそう!確か英語以外全部満点!英語も一問間違えただけ!すげぇよな、さすがリーダーだぜ!」

「あぁ、あのテストか……簡単な問題ばかりだったな……」

「簡単って……すごいね」

 三人で中間テストを思い出していると、

「英語以外満点?すごいな、今度ぜひ勉強を教えてもらいたいものだ」

 裕斗がそう言ってきた。彼はそこまで頭が悪そうに見えないのだが。

「ちなみに、裕斗は?」

 気になって聞いてみると、

「俺は毎回五位以内に入っている。一応、特待生だからな」

「特待生?え、お前すげぇの……?」

 良希は裕斗が特待生であるとは思っていなかったらしい。だが、美術科コースであるなら彼の絵は確かに特待生をもらえるほど上手なものだ。だから蓮はそれについてはそこまで驚かなかった。だが、勉強も出来るとは予想していなかった。

 ――でも、特待生なら勉強が出来ないといけないか。

「なら、今度のテストの時は皆で勉強するか?」

「いいな、そうしよう」

「うえ……もう次のテストの話かよ……」

「あんたは出来ないんだからこの話してて損はないでしょ」

「お前もだろ!」

 良希と風花に教えられる人が一人増えただけでもありがたい。蓮だけでは手に余ってしまっていたからよかった。本当に。

「あ、もうこんな時間か。今日は解散するか」

 結局、話し込んだだけで幻想世界に入ることはなかった。


 夜、蓮は牛丼屋のバイトに行った。

「お前、よく行こうと思うよな……」

 あの仕事量は異常だった。それでも行こうとする彼女にヨッシーは感心する。曇るからとメガネは外していた。

 今回は他の従業員もいるようだ。これならそこまで忙しくない……と思っていたのだが、今度は柄の悪い男達に絡まれる。

 これは裏方に徹した方がいいと蓮は厨房に引っ込んだ。

「大変だね……成雲さん。おれがかわりに注文取ってくるから、そっちは任せるよ」

 先輩に言われ、蓮は「分かりました」と言った。

 バイトが終わり、先輩に「お疲れ、これ、今日の給料だよ」とバイト代をもらった後、ファートルに帰る。

「今日は災難だったな……」

「あぁ……まさかバイト中に絡まれるとは思ってなかったぞ」

「お前、中性的な顔だが、どちらかと言えば女顔だからな」

 ヨッシーの言葉に蓮はそうか?と思う。中性的な顔ではあることは認めるが……。

 でも確かに、裕斗にはすぐに見破られたし噂が流れている学校内でも言い寄ってくる男は意外と多い気がする。前に不良に絡まれそうになった時がいい例だ。

「それに、メガネを外したら美人だからな、言い寄ってくる男の気持ちも分かるぜ。変な奴と付き合うなよ?」

「美人って……風花の方が美人だろ。むしろ素顔を晒している方が恥ずかしい」

 照れ隠しでもなんでもなく、本心からそう思っているらしい。だが、ヨッシーの言う通り蓮はメガネを外すと雰囲気が変わる。本当に別人だ。

「仲間の中でお前の素顔知ってるのはワガハイだけだよな?なんか得している気分だ」

「そういえばそうだな。幻想世界でも仮面付けているわけだし」

 アルターを召喚する時は仮面がなくなるが、見にくいだろう。事実上、怪盗団の中で素顔を見ているのはヨッシーだけだ。

「いずれ見られるにしても、最初に見ることが出来てよかったぜ」

「そうか」

「だが、お前のその顔……どこかで見たことがある気がするんだよな」

 その言葉に蓮は疑問符を浮かべる。こちらに来るまであの世界のことは知らなかったから、ヨッシーとは会ったことがないハズだ。それとも、今まで会ってきた人の中で似たような人がいたのだろうか?

「まぁいいや。今日はもう寝ようぜ」

「そうだな。おやすみ」

 ヨッシーに言われ、蓮はベッドに寝転がった。ヨッシーも蓮の横に丸くなる。


 目の前に、泣いている自分自身がいる。

 ボクは、道具……。

 跡継ぎのためだけに生まれた「生きた人形」なの……。

 目の前の彼女はただそう呟いていた。

 ボクは人形なんかじゃないと言いたかったが、口が開かなかった。

 運命の鎖に縛られた、人生を決められた人間。それが「成雲 蓮」という人間だ。

 そして目の前にいる彼女こそ、本当の「蓮自身」なのかもしれない。

 ――ボクは、皆が思っているほど強い人間じゃない。

 それは、自分がよく知っている。

 蓮は目の前の自分自身を慰めることなど出来なかった。


 目を開く。頬が濡れているのが分かった。

 ――さっきの、あの夢は……。

 一体何だったのだろう?悲しい夢だった。

 時間を見ると、まだ二時過ぎ。ヨッシーを起こさないように起き上がり、涙を拭う。

 自分は無実の罪で業人となり、ここに来た。そうでなければ今頃、地元にいたハズの人間。まさに、先程見たあの「蓮」の言う通りだ。

 ――自分の信じる「正義」とは、一体何だろうか?

 運命に縛られ、家のしきたりに縛られ、挙句の果てには無実の罪にさえ縛られた、そんな自分の思う「正義」とは?

 蓮は、悪人を成敗し困っている他人を救うことこそが「正義」と思っている。だからこそ怪盗を続けようと思った。そして二つ目の結果が明日出ようとしている。

 だが、心では疑問に思っている。本当にそれでいいのかと。出口のない迷宮に迷い込んだようだ。しかし、彼女にとって怪盗団が心のよりどころであることは確かだ。

 ――答えは、いつか出せばいい。

 それまでは皆の望む「成雲 蓮」を演じようと、蓮は思った。


 数時間後、ヨッシーが起き「お前、また早く起きてたのか」と呆れられた。いつものことなので、受け流したが。

 中間服に着替え、学校に行くと、島田が話しかけてきた。

「なぁ、成雲」

「なんだ?」

「今度は白野に予告状出たんだって?一部の生徒の間で噂になってるよ」

「なぜそれをボクに?」

 蓮が冷たく言い放つと、彼は「そうだよね、きみには関係ないよね」と笑った。動じていないようだ。これこそ協力者だと蓮は思う。

「それにしても、怪盗団のあのマーク。かっこよくなったなぁ。誰が書いたんだろ?」

「……怪盗の中に芸術家でもいたんじゃないか?」

 しかし彼にはバレてしまっているのだ、下手に隠しても仕方ない。

「あー、そうか。その可能性もあるね」

 彼もそれに気付いたのだろう、蓮の言葉に素直に頷いた。そして彼は目で訴える。

『白野の弟子でも引き入れたの?すごいね!』

 それに蓮は同じように答えてやる。

『そうかもな。それはご想像にお任せするよ』

 すると、チャイムが鳴ったので島田は自分の席に戻っていった。彼との絆が深まった気がする。


 放課後、裕斗に呼ばれたのでそちらに行く。場所はあばら家の前。

「どうした?裕斗」

 蓮が尋ねると、裕斗は「手伝ってほしいんだ」と言った。

「何を?」

「君には先に伝えておこう。俺はここを出ていく。だから荷物をまとめようと思ってな」

「それはまた急になぜ?」

 彼は身寄りがなかったのではなかったのだろうか?

「もうここには住めないからな……結果が出るまではここにいるつもりだが」

「そうか……」

 それならと蓮は彼を手伝う。今後どこに住むかは分からないが、準備していて損はないだろう。

 彼の荷物は意外と少なかった。これまで人と接する機会がなかったからだろう。

「これでいいか?」

 蓮が聞くと、彼は「あぁ、ありがとう」と微笑んだ。最初の頃は思い詰めていたような顔だったが、最近は笑顔が増えているなと思った。

 それに比べ、自分は全く変わらない。無表情の仮面をつけ続けている。そう思うと一人だけ置いて行かれているようだ。

「ここを出ていく時は教えて」

 そんな醜い自分を隠すように放った蓮の言葉に裕斗は頷いた。


 裕斗の手伝いを終えた時にはもう暗くなっていた。裕斗に駅まで送ってもらい、ファートルに戻ってきた。

「おかえり、今日は予定あるか?」

 藤森に聞かれ、蓮は首を横に振る。すると彼は「今なら教えられるぞ」と言ってくれたので蓮は荷物を二階に置き、エプロンをつけた。

「そういえば、メニューの件考えたんですが、見てもらっていいですか?」

 蓮が聞くと、彼は「もちろんだ」と笑った。紙に書いたレシピを見せると、

「おぉ、よさそうだな、これ」

 蓮が考えたのはコーヒーのケーキだ。苦いものが苦手な人にも食べられるように砂糖が多めだ。試作品も作っていいと許可を得たので、蓮は材料を買ってこようと予定を立てた。


 次の日、大きなニュースがあった。

『あの日本を代表する画家、白野氏が突如会見を開きました。内容は弟子達の盗作と虐待を日常的にしていたという内容です。数日前には白野氏に怪盗からの予告状が来ていたということも分かっています。……』

 会見では白野は泣きながらそれを認める内容を話した。それを見ていた怪盗達は……。

「やったぜ!成功だな!」

「これが「改心」か……よかった」

「怪盗のこともちゃんと言われてる!」

「立て続けに二度も起こってるからな、こんな偶然、ないぜ?これで怪盗団を信じてくれる人も増えるだろ」

 それぞれ喜んでいる彼らを蓮は静かに見ていた。正確には、考えごとをしていたと言った方が正しい。

「何だよ、蓮。静かだな」

 良希が蓮の肩を叩く。そこで蓮の思考は現実に戻った。

「いや、だって……」

「白い男のことか?」

 ヨッシーの言葉に蓮は頷いた。あれだと白野は警察に捕まってしまうだろう。そうなれば簡単に会えなくなってしまう。情報を得るのは難しくなるだろう。

「確かに気になるが……今はどうしようもないだろ」

「そうだな……」

 ヨッシーに言われ、蓮も頷く。それでも、どこか引っかかるのだ。

「それより、今回もしない?白野の改心と裕斗が仲間になった記念として打ち上げ!」

 風花が切り替えるように言うと、良希が「いいな!」と言った。

 それで、どこでするかという話だが……。

「お前の居候先はどうよ?」

「確か、喫茶店なんでしょ?あたし、行ってみたい」

「え、えっと……無理かもしれないぞ?」

 さすがにそれだと許可を得ないといけない。それに、ファートルに来て何をしようというのだろう?

「鍋なんてどう?季節外れだけど」

「ふむ、いいな。しめはおじやで」

 ……なんか、皆の中で既に決まっているようだ。

「……分かった、許可を取るから」

 結局、蓮の方が折れた。

「じゃあ、日曜日ね!楽しみにしているから!」

 ……他人事だと思って、と思わなくもない。


 ファートルに戻ってきて、蓮は藤森に日曜日のことを伝えると、

「あぁ、いいぞ。せっかくの友達だ、遊べばいい」

 とありがたい言葉を得た。二階にのぼり、皆に許可を得たことを告げる。

 そして、金井からチャットが届いていたのでミリタリーショップに向かった。この日は雑用をしてほしいということで、蓮は掃除をしたり店番をしたりした。

「へぇ。そういやお前の名前……成雲 蓮、だったか?確か、名家のお嬢様の名前と同じだよな?」

「はい、そうですよ?ボク、一応成雲家の令嬢です」

 質問にそう答えると彼は「へぇ……」と蓮を興味深げに見た。

「そうか。なら、なぜここで危険なシゴトをしようとする?」

「興味を持ったからです」

 半分は本当だ。本では身分の高い女性ほど危険なことをしたがる傾向にあるが、蓮も同じようだ。

「お嬢様ってのはそんなもんなんかねぇ?」

「さぁ?少なくともボクはそうってだけですよ」

 金井に聞かれ、蓮はそう答えてやる。

「閉店時間だ、もう帰っていい」

 そう言われ、蓮はファートルに帰っていった。


「お前、持ってるよな!」

 ケーキの材料を買ってきて、寝る準備をしていると、ヨッシーに言われた。

「……何が?」

「ユウトのことだよ。あいつもアルター使いだったなんてな。しかも、芸術家なんてなかなかいないぜ?」

「偶然だろ」

 確かに奇跡に近しいことはたくさん起こったが、それは全て偶然だと思っていた。

 ――次に起こることを知らなければ。


 五時に起きて早速考えたレシピ通りに作ってみる。

 ケーキを焼き、生クリームを泡立てていると藤森が来た。もうそんな時間だったのか。

「お、やってるな」

「はい。もうすぐ焼きあがるので試食してみてください」

 そう言うと同時に焼き終わった音が聞こえた。蓮はそれを取り出すと、少し冷まして切り分け、皿に乗せた後生クリームを添えた。そして、コーヒーと共にそれを前に出した。

「どうぞ」

「おう、じゃあいただくぞ」

 藤森がそれを食べる。すると、

「コーヒーの風味が失われないで、なおかつコーヒーの苦みが苦手な人でも食べれる……いいな、これ。レシピ教えてくれないか?」

 どうやら採用されたようだ。もちろんだと蓮は頷く。

「今後も、レシピが思いついたら教えてくれ」

「いいですよ」

 今日はファートルの手伝いをしようと思っていると、風花から連絡が来た。

『今日、一緒に遊べない?』

「遊びに行きな。ケーキは冷蔵庫にでも入れておけ」

 藤森にそう言われたので、蓮は大丈夫だと返信した。買い物に行くため渋谷駅で待ち合わせすることになり、蓮はヨッシーを連れて渋谷へ向かった。


 風花の買い物につき合っていると、良希に会った。

「よう、お前ら!何してんの?」

「見て分からない?買い物」

 風花がそう言うと、彼は中身を見て、

「服ばっかだな……女ってそんなもんなの?」

 と蓮に聞いてきた。

「さぁ?まぁいいだろ、別に」

 蓮は女だが、今まで男として育ったからかそれはよく分からない。しかし、風花がそれでいいのなら別に構わないと思う。

「そうか……」

 良希は納得していないようだが、蓮の言葉に頷いた。

「今日はありがと。また明日!」

「俺も帰るぜ」

 二人と別れ、蓮もファートルに帰った。


 夜は特にすることもなかったので蓮は潜入道具を作ることにした。

「キーピックがなくなってたよな……」

「あぁ、シロノのデザイアで全て使ってたもんな」

 それならと蓮はキーピックを作り始めた。煙幕玉はまだ使っていないので大丈夫だ。

「お前、上手くなったよな」

「そうか?」

 確かに、器用さはあがった気がするが。

 いつの間にか、十本ほど作っていたのでこれ以上はいいかと作るのをやめる。

「それにしても、宝箱いくつあるんだよ……デザイアの中に」

「さぁ、だが多く作ってて損はないだろ?」

「そうだけど……」

 ヨッシーとそんな話をした。

「じゃあ、今日はもう寝ようぜ」

 彼の言葉に頷き、蓮はベッドに転がった。


 ガシャン、という音に目が覚める。牢獄世界の夢だ。

「おい、起きろ!囚人!」

 ユリナに急かされ、蓮は起き上がる。

「おめでとう。虚飾の美術館を崩壊させたようだな」

 シャーロックがそう言ってきた。虚飾の美術館、というのは白野のデザイアのことだろう。

「それにしても、やはり怪盗を続けることになったな」

「……そうですね」

 忘れていたが、彼には怪盗を続けることになるだろうと言われていた。彼にはこうなることが見えていたのだろうか?

「やはり、お前は世界の歪みに挑む「運命」なのだな」

「世界の、歪み……?」

 初めて会った時、「世界の歪みに挑む覚悟はあるか?」と彼に聞かれたことは覚えているが……。

「お前の更生が順調なのを褒めてくださっているのだ!感謝しろ、囚人!」

「そうですよ、主が囚人にそう言うなんて滅多にありません。心に刻みなさい」

 双子の言葉に、そんなこと言われても、と思う。

「お前の更生が順調で嬉しい。じき刻限……」

「時間だ、囚人」

「戻りなさい……」

 そう言われ、周囲が歪んだ。


 目が覚めると、チャットが入っていることに気付く。裕斗からだ。

「朝から何の用だ……?」

 打ち上げは夕方からなのに。そう思いながら見てみると、

『今日、あのあばら家を出るよ』

 そう書かれていた。それは別にいいのだが。

『どこか行くあてはあるか?』

 彼は身寄りがなかったハズだ。だからこそ白野に引き取られていたわけだし。それともどこか見つかったのだろうか。すると彼は、

『いや、ないな。だから今日は君の居候先にでも……』

『……それも許可を取れと?』

『頼めるか?』

『…………分かった』

「お前優しいな……すげぇ急なのに」

『ありがとう。出来ればずっと住むというのは……』

『ボクは一応女だ』

『無理か?』

『……一緒に考えようか。それ次第では一緒に住むのは構わないぞ?』

「いいのかよ!?」

「いやだって、ヨッシーがいるし」

 さすがに同居人がいればヌードを迫られるとか変なことはしないだろう。相手がいくら変人でも。

「はぁ……藤森さんに聞くか……」

 ため息をつきながら蓮は下に降り、まだ営業前で準備している藤森に聞く。

「あの、友達が帰るところなくて……ここで過ごしたいと言っているんですけど」

 居候なので頼みにくいが、こればかりは仕方ないと割り切る。すると彼は、

「お前がいいなら、別に構わないが……あまり散らかすなよ?」

「すみません……急に」

 許可を得たので、裕斗に大丈夫だと連絡する。

 藤森の前でチャットを送っていると、

「友達と仲がいいんだな。大事にしろよ」

「はい」

 そう言われ、蓮は頷いた。


 夕方、駅まで三人を迎えに行き、鍋の材料を買ってファートルの中に入れた。

「いらっしゃい。……女の子だけだと思ったら男の子もいるのか」

「お邪魔します」

 風花が礼儀正しくお辞儀をする。藤森は裕斗の大荷物を見て蓮に小さな声で聞いた。

「おい、朝言ってた、帰るとこがない友達って男の子だったのか?」

「え?はい、そうですが……」

「それ先に言えよ……」

 彼はため息をついた後、

「まぁ変な気起こさなければいいか……。コーヒー奢るよ。蓮、手伝え」

「分かりました」

 蓮はエプロンに着替えると、すぐにコーヒーカップを人数分準備した。その間に藤森がコーヒーをドロップする。

「手際がいいな」

 裕斗が蓮を見ながらそう言った。

「いや、よく手伝っているし……」

 何度か手伝っているから、仕事内容をすっかり覚えたのだ。

 「お前も座って飲め」と言われ、蓮はおとなしく裕斗の隣のカウンター席に座る。風花と裕斗はコーヒーが飲めるようだが、良希は苦手なようだ。予想通りである。

「そういや昨日作ったケーキ、まだ余ってるんだろ?ごちそうしてやれよ」

「ケーキ……?あぁ、昨日の試作品の」

 そういえば冷蔵庫に保存したままだったことを思い出し、蓮はそれを取り出す。

「おぉ、おいしそうだな」

「一応、コーヒーケーキだけど良希でも食べられると思う」

 切り分け、それを皆の前に出す。

「試作品だけど、食べてみて。多分おいしく出来てるから」

 蓮が言うと、三人は喜んで食べ始める。藤森にバレないようにヨッシーにも少しだけ与えた。

「ん!おいしい!お店の味だよ!」

「あぁ、美味だ……おかわりはあるか?」

「確かにこれなら食べれるぜ!すげぇな蓮!」

 三人がそれぞれ感想を言う。それならよかったと蓮は胸をなでおろす。

「そろそろ皆を上にあげてやれ」

「分かりました」

「俺は八時まで下にいるから、なんかあったらすぐに言えよ」

 藤森に言われ、蓮は皆を二階へあげた。藤森は風花を呼び止め、何かを話している。その後、風花もあがってきた。

「へぇ、意外と普通……」

「そうか?女が住むには殺風景すぎね?」

 風花の感想に良希はそう告げた。

「人をあげるなんて思っていなかったんだよ。自分一人だけならそこまで必要ないし」

 そもそも友達が出来るとは思っていなかった。

「ここ、アトリエみたいだな。ここに住みたい」

「駄目だからな?」

 裕斗の言葉にヨッシーが止める。蓮はそんな彼らを気にせず机と椅子を出し、カセットコンロと土鍋を取り出した。

 風花と蓮で鍋を作り、それを皆でつつく。ヨッシーには蓮が取ってやる。

「うまいな!」

「これはいい味だ」

「お前ら、いい嫁さんになるな!」

 男性陣がそう言ったので風花は頬を赤く染める。蓮はいつも通りだ。

 そうして大体食べ終わった頃には皆満足そうだった。

「ふぅ……食った食った」

「ワガハイも腹いっぱいだ」

 良希とヨッシーがそう言うと、

「まだしめをやっていない」

 裕斗がそう言うので良希は「今度にしとけ。さすがに腹いっぱいだ」と言った。そしてまだ食べている蓮に対して、

「お前まだ食ってんのかよ」

 と聞いた。蓮はキョトンとした後、

「食べ残しは良くない」

「真面目か?」

 いつものやり取りだ。

 ふとソファを見ると、風花が横になって寝ていた。

「風花は寝てるな」

「あぁ、疲れてたんだろ」

「コマイの時からずっと動きっぱなしだったからな」

 他のメンバーが話していると、不意に裕斗が話しかけてきた。

「そういえば、良希と風花は中学が同じと聞いたが」

「中学の時のフウカはどんな感じだったんだ?」

 その質問に良希は答えた。

「あぁ、本当に同じってだけだ。高校で別のクラスになってからあまり話さなくなったな。ただ、見た目がこれだからな……友達は少なかったと思うぜ」

「お前達は?」

「俺?」「ボク?」

「俺の過去はすっかり知られてしまったんだ、お互いを知るにはいい機会だと思うんだが」

 自分は失うものがないということか。まぁ確かに、彼のことばかり知っているというのも不公平か。

「いいぜ。親不孝もんの話だがな。俺、父親が小さい頃に出てってさ、お袋が一人で俺を育ててくれたんだ。だからスポーツ特待生になってお袋を楽させようとしたかったんだけどな、去年狛井に手ぇあげちまってよ。それでお袋が呼び出されて、教師に散々言われたんだ。その時、お袋はじっと我慢してよ、帰りに言われたんだ。ひとり親でごめんって。あの時のお袋の顔、今でも忘れらんねぇ」

「酷いな」

「大人は皆平等だと教えるが、現実はそうではない」

 皆が感想を言うと、

「まぁ、レッテルっつったらこいつこそ大概だがな」

 良希は蓮をさし、そう言った。

「あの話か。そういや詳しいこと聞いたことなかったな」

 ヨッシーの言葉に蓮は黙りこんだ。本当はあまり思い出したくない、けど。

「嫌でなければ、話してくれないか?」

 裕斗の言葉に蓮は頷き、話し出した。


 あれは、地元にいた時の話。確か、十二月のことだったハズだ。その時は、メガネをつけていなかった。

 ボクはバイト帰りで、その日はいつもより遅くなってしまったんだ。使用人達に心配をかけないようにって近道を使っていた。

 そしたら、どこからか声が聞こえてきたんだ。そっちに向かうと、男性が女性に言い寄っているところだった。男性は酔っぱらっているみたいで、女性を車に引き入れようとしていた。

「うるさいな……お前達みたいな奴は黙って俺の舵取りに従ってりゃあいいんだよ」

 男性は女性にそう言っていた。

 女性はボクの姿を見て、

「助けて!」

 そう言ったんだ。このままじゃいけないって思って、ボクは走って近付いて、

「困っているじゃないですか!離してあげてください!」

 男性にそう言った。するとその男性はボクの方を見た。その時は、どうしてかさらしを巻いてなくてさ、すぐに女だって知られたんだよ。それに、すぐに成雲家の人間だと気付かれてさ。

「なら、お前が相手してくれるか?」

 そう言われて、ボクは後ずさりをした。嫌な予感がしたからだ。

 そしてその嫌な予感は的中した。腕を掴まれ、車の中に入れられそうになった。

「離してください」

 ボクが言っても、その男性は離さなかった。力づくで抜け出そうにも、力の差は一目瞭然で意味がなかった。怖くなって、その人が力を緩めた隙に突き飛ばしたんだ。そしたら、その男性はよろけてガードレールに頭をぶつけちゃって。ボクを睨みながら、

「このガキ……!訴えてやる!」

 そう叫んだんだ。だけどどう見ても正当防衛だったから、そんなことしても意味がないって思ってた。女性も、

「この子は何も悪くないじゃないですか!あのお金のこと、言いますよ?」

 そう言ってくれた。だけど、ボクはかなり運が悪かったらしい。その男性はかなりの権力者だったらしいんだ。

「そんなの、お前が勝手にしたって言えばどうにでもなる」

「そんな……」

「お前、警察にこう言え。そこのガキが俺に突然殴りかかってきたんだ。しかも、援交迫ってな。……お前の人生は終わりだ」

 そう言わなければ殺すぞと。女性は脅され、俯いた。

 そんな中、警察が来た。

「ここで騒ぎがあると通報されてきたのですが……」

「あぁ、そこのガキが俺に援交迫って断ったら殴ってきたんだ」

「……はい、そうです。その子が彼を殴って怪我をさせました」

「なっ……!」

 ボクは信じられないと思った。まさか、助けた女性に裏切られると思っていなかったから。

「君、警察署まで来てもらおうか」

「待って!ボクは何もしていません!」

「まぁまぁ、話は署で聞くから」

 警察に腕を掴まれ、ボクはパトカーに乗せられた。

「俺の名前は出さないでくれよ」

 男性のこの言葉を聞きながら。

 それからボクは必死に否定し続けたけど、一月、家庭裁判所で判決を受けた。

「被告人・成雲 蓮。一年間の保護観察処分に処す」

 その判決が信じられず、ボクは俯いてしまった――。


「それで前の高校は退学処分。周囲からも色々な噂を流されたんだ」

 そこまで話し終えると、三人共怒りの表情を浮かべていた。

「ひでぇ……!聞いてるだけで腹立ってきたぜ!」

「女性の方もだんまりか」

「そういう奴の心こそ盗むべきだ!そいつはどこの男だ?」

 ヨッシーに聞かれるが、

「……分からない。暗がりだったからな」

 そう、あの時は混乱して男性の顔などちゃんと覚えていられなかった。ただ、剃髪の男性だったことだけは覚えている。

「そうか……まぁ、暗がりの上逮捕なんてショックを受けたら覚えてられねぇよな……」

「それに、もう判決が出たんだ。今さら仕返ししても、前歴は消えないよ」

 蓮がそう言うと、裕斗が、

「だが、俺達なら正せるんじゃないか?誰にも知られずに。そうして本当の正義を見せつけ、世間の目を覚まさせればいい」

 と言った。良希も「そうだぜ!そのための力だろ!絶対!」と拳を握りしめた。すると、

「……ちょっと、何熱くなってるの?」

 風花が起きてきた。起こしてしまっただろうか?

「あ、ごめん」

「いいよ、途中から起きてたし」

 途中からって、どこから聞いていたのだろう。別に聞かれても構わなかったけど。

「なんか、皆の話を聞いてたらさ、あたし達似た者同士だなって思ったの。それに、皆どこかで会ったことあるような……そんな感覚。なんか、不思議だね」

「……そうだな」

 確かに自分達は似た者同士だ。大人達から利用され、蔑まれた人達の集い。だから、どこかで会ったことがあると思うのだろう。

「ワガハイだけ違うな……振り返られるほどの記憶がない……」

 ヨッシーが悲しげに呟く。

「だからこそ、記憶を取り戻すために協力するんだろ?」

「思い出したとして、俺達のようにろくでもないものだろうがな」

 蓮と裕斗がヨッシーに告げると、彼は尻尾をピーンと立て、

「そんなわけない!ワガハイは紳士だからな!」

 と自信満々に言った。蓮はかすかに笑い、スマホを見るともう九時過ぎ。藤森は既に帰っている時間だ。

「あ、時間。二人は大丈夫か?」

 蓮が聞くと、良希と風花は慌てて「やばい!」と叫んだ。

「片付けはボクがしておくから、帰りなよ」

 そう言うと、二人はお礼を言って帰っていった。蓮と裕斗は後片付けをし、ヨッシーを洗った後一緒に温泉に行った。

「じゃあ、また後で」

「あぁ」

 そう言って蓮は女湯に入った。この時間なら、女性客はいない。

「ふぅ……」

 ゆっくり浸かって、疲れをとる。そして着替え、外に出た。裕斗は既にあがっていたようで蓮を待っていてくれていた。

「あぁ、すまない」

 蓮が謝ると、彼は「いや、いい」と笑った。そして、蓮の身体を見る。

「……どうした?」

 何かおかしいところでもあるのだろうか。すると彼は「君は本当に女なんだな」と言った。

「あぁ、そういうことか」

 ヨッシーにも同じことを言われたことがある。しかも、二度も。

「とりあえず、ファートルに戻るぞ」

「そうだな」

 ファートルに戻ってくると、ヨッシーが「おかえり」と出迎えた。二階にあがると、裕斗はソファに座った。

「寝ないのか?」

「あぁ、この時間は絵について考えることにしている。君こそ寝ないのか?」

「これから勉強をする」

 蓮は勉強机にノートと教科書を広げ、勉強を始めた。ヨッシーは机の上に座り、裕斗がそれを見ている。すると不意に彼が口を開いた。

「蓮、君の絵、描いてもいいか?」

「別に構わないけど」

 急にどうしたのだろう。描きたくなるようなところでもあったか?

 勉強をしている人と絵を描いている人と、それを見守っているネコ。そこに会話はなく静かに時が流れていた。

 時間も十二時過ぎになったところで、蓮は教科書とノートを閉じる。そして、

「いいもの描けたか?裕斗」

 絵を描いていた男に尋ねた。彼は「あぁ、かなりいいものをな」と笑う。

「へぇ……じゃあ、今度見せてもらおうかな。今日はもう寝よう」

「そうだな」

「あ、お前ベッドの方がいいんじゃないか?ソファだと狭いだろ」

 蓮が言うが、彼は「いや、ソファでいい。お前の寝場所をとるつもりはない」と告げた。ヨッシーは堂々と寝ていた時があるのだが。

「……そうか?それならいいけど。何かあったらすぐ起こせよ」

 それだけ言って、蓮は眠りについた。


 蓮は五時に起きる。裕斗はまだ寝ているようだ。蓮が準備し、ベッドに座っていると六時前に裕斗も起きてきた。

「おはよう、裕斗」

「あぁ、おはよう。蓮」

 彼は蓮の姿を見て、「早いな」と言った。いつも大体この時間に着替えているので、蓮にとっては普通なのだが。

「ご飯はどうする?一応、朝食は作っていいという許可を得ているが」

「気を遣わずとも、ご飯とみそ汁だけあればいい」

「分かった、作るよ」

 蓮は下に降り、すぐに作り始める。ご飯は藤森が作っているのでみそ汁だけだが。

 冷蔵庫の中には豆腐とネギ、それから油揚げがあった。藤森に使ってもいいという許可を得、蓮はそれを切る。

 みそ汁を作り終えると共に裕斗が下に降りてきた。

「作ったぞ。食べるか?」

「いただこう」

 蓮はみそ汁をつぎ、藤森はご飯を二人分カウンター席に置く。

 蓮と裕斗が食べ終え、皿を洗っていると、七時前になっていた。

「準備は終わったか?」

「あぁ」

「なら、もう行くか」

 蓮はヨッシーをカバンに入れ、裕斗と一緒に出た。まるで恋人のような光景だ。だが本人達が気付いているわけではなく。

「結局、どうするか決めたのか?」

 駅に着き、蓮が聞くと裕斗は「あぁ」と頷いた。

「俺は他人を知らなすぎる。だから学校に寮があるんだが、そこに入れてもらおうと思う。俺は特待生だから無料だそうだ」

「そうか。だが、寮に入るまでに手続きがあるだろ?それまではうちにいたらいい」

 蓮がそう言うと、彼は微笑んだ。

「そうすると、なんか出るのが嫌になるな。そうなったらお前の部屋に住まわせてもらっていいか?」

「冗談で言っているか?まぁ、お前が決めたことならそれでも構わないけど」

「いや駄目だからな!?」

 ヨッシーにツッコまれる。しかし彼には反対する権利はない。だって彼も蓮の部屋に住んでいるのだから。

 二人は同じ駅で降り、それぞれの学校に向かった。


 放課後、蓮が渋谷に行く。そこまではいいのだが。

「おい、気付いてるか?レン」

「当然だろ。あれに気付かないほど鈍くない」

 後ろには生徒会長がついてきている。本を読んでいるが、あれで隠れているつもりなのだろうか。あいにく今日は集まる予定はなく、蓮はただ本屋で新しい本を買おうと思っているだけだ。

「まさか家までついてくるつもりじゃないだろうな……」

「それはないだろ」

 少し呆れていると、裕斗に会った。

「裕斗、どうしたんだ?」

「あぁ、ちょっとスケッチブックを……」

 買い物に来ていたのか。だが、

「お金は?」

「正直きついな。画材も高いから食費を使って……」

 今度からエネミーが落としていったお金を皆に分けることにするべきか……。そうすれば生活も幾分かマシになるだろう。まぁ、そこは追々考えるとして。

「……いいよ、今日は買ってやる」

「いいのか?」

「あぁ、仲間だしな」

 何の、とは言わなかった。なぜなら後ろの彼女に聞かれる可能性が高かったからだ。彼もその存在に気付いたらしい。

「彼女は?」

 蓮にしか聞こえない声で囁いた。

「生徒会長だよ。怪盗団のことを探っているらしい」

 蓮も同じようにして答えた。すると彼は蓮の手を引いて近くの店に入った。

「ここならまけるんじゃないか?広いし、見失いやすい」

「そうだな。あ、スケッチブックは……」

「この店にある」

 裕斗は生徒会長にバレないように動きながらついでにスケッチブックを買い、店を出る。今のうちに帰ろうと二人は駅まで向かった。


 ファートルに戻ると、藤森に「お前ら、仲いいな」と言われた。

「ほら、上に行っとけ」

 その言葉に二人はすぐ上にあがった。

「そういや、昨日ソファに寝てたが本当に大丈夫だったか?」

 昨日のことを思い出し、心配になって聞くと、

「あぁ、大丈夫だ」

 そう答えたのでそれならいいと思った。

「そうだ、明日にはここを出ていけるぞ」

 不意に裕斗がそう言ってきた。思ったより手続きが早くすみそうらしい。

「そうか……少し寂しくなるな」

 素直な感想を述べると、彼は意外そうな顔をした。

「君……素直になることも出来るんだな」

「悪いか?ボクだって寂しいと思ったらそう言うさ」

 確かに普段からそんなことを言いはしないが、時々口に出すことはある。

「……君がいいなら、本当にここに住むぞ?」

「ふふ、それでもいいかもな。だが、ボクはお前の決めたことに口を出したくない。ボクのことは気にせず寮に住めばいい」

 また来れるし、いざとなれば泊まることも出来るだろ?と蓮は笑う。初めて浮かべたその笑みは優しく、彼の心を強く打った。

「蓮……!」

「なんだ?」

 裕斗に急に手を取られたものだから、蓮も少し驚いた。

「君、笑顔が素晴らしいな!ぜひ今度それを描かせてくれ!」

「……また笑う機会があればな」

 それがいつになるか分からない。蓮は普段から無表情の仮面をつけているから。

「それでも構わない」

 しかし裕斗はそう言うので蓮は彼の熱意に、たまには笑顔を浮かべるのもいいかとひそかに思うのだった。

 昨日と同じように温泉に行き、少し話した後蓮達は眠った。


 裕斗は荷物を全て持ってファートルから出た。蓮も続いて学校に向かう。

「そういえば、サヤカ。あれ、ファートルに飾っていていいのか?」

 駅で裕斗に聞くと、彼は「あぁ」と頷いた。

「俺だけが抱えているのも、好奇の目にさらされるのも嫌だろうからな。何でもない日常をほんのり彩る。母さんだってそんな選択をするはずだ」

「……そうか。お前がそれでいいなら」

 蓮は基本的に相手の選択を尊重する。彼がいいならそれで構わないのだ。

「それじゃあ、また」

「あぁ」

 二人は駅で別れ、学校に向かった。


 放課後、蓮は良希と風花と一緒に自動販売機のある中庭のベンチにいた。

「昨日テレビ、見た?」

 風花が聞いてくる。蓮は首を横に振った。昨日は裕斗を話していた。

「あのね、冬木君が怪盗団について批判してたの」

「言わせておけばいい」

 ヨッシーがそう言うと彼女は「そうだけど……」と下を向いた。

「それを聞いていたらさ、あたし達がしてることって、本当に正しいのかなって……」

「んなこと!誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!」

 声が大きい、と言おうとしたところでカシャと何かの音が聞こえてくる。そちらを見ると、そこにいたのは生徒会長。

「なんすか?」

「楽しそうにしてたものだから」

 これは相当目につけられているな、と蓮は思った。

「趣味わる……そんなに内申点欲しいんだ?」

「はぁ?」

 風花が喧嘩を売るような言葉を投げかける。すると生徒会長は「何言ってるの?」と突っかかってきた。

「どうせ狛井のことも知ってたんでしょ?」

「私は知らない。あの時までは本当にいい先生だったのよ」

「あ、そう。そうよね、生徒会長さんは先生の味方だもんね」

 言い合っている内に川口のことも出てきたが、風花は気にした様子もなかった。生徒会長が立ち去ると、「さっきのセリフ、訂正する」と言ってきた。どうやら風花の悩みが解決されたらしい。

 裕斗と合流しようということになり、蓮は連絡した。

 いつもの場所を待ち合わせにし、三人はすぐに向かった。


 連絡通路には既に裕斗の姿があった。

「遅かったな」

「悪い。ちょっと遠回りして……」

 昨日のことがあるので寄り道をたくさんしてここに来た。時間もかなりかかっていることだろう。

「あぁ、そういうことか。……確かに、お前達は目立ちすぎるもんな。俺もだが」

 問題があった凛条高校の生徒達に、白野の元弟子。見る人が見れば怪しまれる集団だ。

「それで、集めたのは?」

「昨日、高校生探偵である冬木がテレビで怪盗団を批判していたらしい」

 怪盗応援チャンネルを見ると、支持率が昨日より低くなっている。

「影響されているな」

「裕斗はどう思う?」

 蓮が尋ねると、彼は少し考えた後、

「法律に書かれている正義を行うのでなく俺達は俺達が思う正義を貫けばいい。それで救われた者は必ずいる。俺が生き証人だ」

「お前、いいこと言ってくれるな!」

 良希が元気に答える。風花も笑い、

「そうだね。あたし達しか出来ない正義を行えばいいよね。はき違えないために全会一致の掟があるわけだし」

 と言った。

 今日は解散しようということになり、蓮達はその場から去った。誰かに見られていた気がするが、気のせいということにしておいた。


「あの女には気をつけろよ」

 勉強をしていると、ヨッシーがそう言ってきた。

「あの女って……生徒会長?」

「あぁ、あいつ、相当頭が切れるみたいだからな」

「そうだね……」

 少し聞いてみたが、生徒会長は学校一位の成績を誇っているようだ。それでいてかなりの美人であり、生徒達はもちろん教師も一目置いているという。名前までは聞けなかったが。

「まぁ、ヘマさえしなければいいだろう。ヘマさえ……」

「ヘマ、さえ……」

 二人して思い出す。写真を撮られる前、良希が大きい声を出していたことを。

 ――誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!

 二人は黙りこんでしまう。先に口を開いたのは蓮だった。

「……えっと……もう手遅れな気がするんだが……」

「……奇遇だな……ワガハイもそう思うぜ……」

 何もなければいいけど、と祈りながら蓮は伸びをした。

 ――もちろん、何もないということはなかった。


 昼休み、蓮は不意にあることをしたいと思い、長谷に頼み込んだ。

「あの、今日の放課後、音楽室を使えるようにしてくれませんか?」

「今日は吹奏楽部の練習もないし、別に構わないけど……」

 長谷は特に何も聞かず、音楽室の鍵を貸してくれることを約束してくれた。


 放課後、蓮は長谷からこっそり音楽室の鍵を借りて音楽室に向かった。

「何するんだ?」

 ヨッシーが聞く。そういえば彼にも言っていなかったと思い出し、「お前には特別に聞かせてやるよ」と言った。

「何を聞かせてくれるんだ?」

「お楽しみ」

 蓮はピアノに近付くとカバンをピアノの上に置いて椅子に座り、ピアノを弾き始めた。それに合わせ歌も歌い出す。

 それは儚く、しかしどこか希望の持てるメロディーだった。歌声も誰よりも綺麗で澄んでいる。

 希望、決意、信頼――。しかし、ヨッシーはそれ以外の感情も読み取った。

(レンは何を嘆いているんだ?)

 そう、彼女の歌声に秘められている悲痛。前歴のこと以外は他は何も知らないヨッシーは、なぜ彼女がそこまで悲しむのか分からなかった。


 次の日の放課後、蓮は生徒会室に呼び出された。何の用だろうと思いながら向かうと、生徒会長自らが蓮を出迎えた。

「どうぞ」

「……失礼します」

 警戒しながら蓮は生徒会室に入る。椅子に座ると、彼女は蓮に尋ねた。

「早速だけど、狛井先生のことについて教えてくれない?」

「……ボクは何も知らない」

 蓮は首を振った。それでも彼女の鋭い視線は蓮を逃さない。

「あら、そう?私はあなたが怪盗団の一人だと思っているのだけど」

 単刀直入だなと思いながら、蓮は沈黙を貫く。すると、彼女は「それなら、これを聞いて頂戴」とスマホを出す。聞こえてきたのは風花と良希の声。

『あたし達がしてることって、本当に正しいのかなって……』

『んなこと!誰も何も出来ねぇから怪盗やってんだろ!』

「……どういう意味かしら?」

 それを聞いた蓮は呆れた。まさか本当に録音されていたとは。

「ボクは知らない」

「こんなもの、証拠にならないと言いたいわけね」

 しかし、蓮はそれでも知らないふりをする。蓮は前歴者だ、幸い蓮の声自体は録音されていないけれど、その場にいたとして今警察に突き出されたらどうなるか分からない。怪盗団だって人気はあがったものの、まだ世間的に認められているわけではないのだから。

「あなた、よく危険そうな店に入ったりするみたいね。何を買っているの?」

「あなたには関係ない」

「お買い物する量も普通より多いみたいだけど」

「別に、ただ多めに買っておいているだけですけど」

 私生活のことについて彼女に話す義務はない。

「じゃあ、もう一つ。あなた、狛井先生に突っかかっていたわよね?」

「それは認めます」

 そこは周知の事実だ。誤魔化せるものではないだろう。

「前歴、彼のせいでバラされたみたいじゃない。相当恨んでいるんじゃない?」

「別に。そんなの気にしませんけど」

「そう……」

 そうやって話していると、蓮のスマホに電話が入った。

「どうぞ」

 生徒会長は蓮にそう言った。電話の主は良希で、タイミング悪すぎるだろと思いながら蓮は出た。

『あ、蓮!いつもの場所で怪盗団の会議な!』

 彼は生徒会長にも聞こえるような声でそう告げて電話を切った。

「あいつ……!」

 何も知らないとはいえ、無用心すぎる。

「……相変わらず大きな声ね。でもよかった。お仲間さんのところまで連れて行ってくれるわよね?」

 こうなってしまっては仕方がない。蓮はため息をつき、しかし弁解の余地もないと頷いた。


 蓮が連絡通路に生徒会長を連れて行くと、三人は驚いた顔をした。

「……何の用すか?」

 良希は睨みつけ、生徒会長に聞いた。すると彼女は「これを聞いてほしいの」と先程の録音を三人にも聞かせた。

「狛井先生に突っかかっていた人達に、白野さんの元弟子。そんな人達が集まっていたら疑ってくださいと言っているようなものだわ」

 これは予期していたことではあった。しかし、彼女は裕斗が白野の元弟子というのは知らないハズだ。まさか、調べたのだろうか?……彼女ならやりかねない。

「この録音は、まだ私しか知らないの。これを校長先生と警察に流されたくなければ、私の依頼受けてくれないかしら?」

「……なんだ?」

「出来ない、とは言わないのね」

 裕斗が聞こうとすると、彼女はそう言った。怪盗団は異世界で活動するのだ、名前さえ分かれば後はどうにでもなる。しかし、

「なら、正義を見せてくれる?今、渋谷を牛耳っているマフィアがいるの。うちの生徒達も被害に遭っているわ。そのマフィアの元締めを改心させてほしいの。そしたら、この録音は消すわ。期限は……そうね、二週間よ」

「元締めの名前は?」

 蓮が尋ねるが、彼女は首を横に振る。

「分からないわ。そこから調べるのが正義の怪盗団でしょ?それとも、テレビで言われていた通り正義なんてないのかしら?」

 そう言われて対抗しないわけにはいかない。

「……分かりました」

「おい!?」

 生徒会長の依頼を受けた蓮に良希は驚いた声を出す。

「結果、楽しみにしているわね」

 生徒会長は蓮の反応に満足したのか、立ち去っていった。

「いいのかよ、蓮!」

「何が?」

「一方的に言われてただけだぞ!しかも、ターゲットの名前も分からねぇのに!」

 良希の言葉も正論だ。しかし蓮はあっけらかんとこう言った。

「そうだな。だから明日から情報を集めるぞ」

「簡単に言うなよ……」

 渋谷は広いんだぞ……とうなだれる。

「それくらい知っている。おかげさまで迷子になったからな」

「自慢出来ねぇぞ……。じゃあどうすんだよ?」

「確かに、どうするつもりなんだ?」

「まさか、手当たり次第とは言わねぇよな?」

 男性陣に聞かれる。蓮だって手当たり次第、というわけではない。心当たりはある。

「まずは学校からだ。確か、おいしいバイトがどうとか聞いた覚えがあるぞ。マフィアに繋がっている可能性が高いだろう。裕斗の方でもそんなのがないか聞いてくれ」

 そういった地味なところからやっていけばどこかに繋がるハズだ。

 話し合いの結果、明日の内に情報収集を済ませようということになった。


「しかし、大変なことになったな」

 課題をしている最中、ヨッシーに言われた。

「そうだな。だが、これはチャンスかもしれないぞ?」

「どういうことだ?」

 何か考えでもあるのかと彼女を見ると、蓮は不敵の笑みを浮かべた。

「善人面した奴らを改心させても世間は認めてくれなかった。だが、本当の悪人を成敗したらもしかしたら……」

「なるほどな。だから依頼を受けたんだな」

「あぁ。二週間というのが少々きついが、それをやるだけのメリットはある。怪盗応援チャンネルの依頼もたまっているところだから本当はそっちからしたかったんだけど……」

 スマホを見ると、既に実名で挙げられている依頼が十件以上あった。それに、島田からの連絡もあってそれ以上。

「今度でいいんじゃないか?」

「そうだな。……それじゃあ、課題も終わったし明日に向けて寝るか」

 蓮はそう言って寝間着に着替えた。ヨッシーがベッドの隅で眠り始めると、蓮はソファに座った。眠ろう、とは言ったが眠る気にはなれなかったのだ。

 存在理由が分からず、再びの自傷行為。ヨッシーが寝た後に何度かやっているが、今日は少し酷かった。包帯を巻き、それを隠す。蓮はベッドに横になり、目を閉じた。


 化け物!

 お前なんか人間じゃないんだよ!

 小さい頃、そう言われ耳を塞いだ。それでも聞こえてくる罵声。

 化け物が生きていていいわけないだろ!

 お前の居場所なんてないんだ!

 化け物が泣くことを許されるわけない!

 しかし、そんな中で手を差し伸べてくれる人がいた。それこそがいとこの兄だった。

 ――大丈夫。おれがついているから。

 そう言って頭を撫でてくれた。泣くことを許してくれた。化け物の自分に優しくしてくれた。それが嬉しかった。幸せだった。

 しかし、その兄はいなくなってしまった。ボクを助けるために。

 だから今度はボクが兄を助けようと、そう思った。


 次の日、風花がクラスで聞き込みをしていた。蓮は裏庭に来て、スマホで調べている。

 すると、ある事実が分かった。

「運び屋……封筒で運べる大きさ……そこから連想できることは?」

 ヨッシーが蓮に尋ねる。

「クスリか」

 そう、クスリの運び屋をやらされているということだ。裕斗の学校でも被害に遭っている生徒がいるらしく、そちらも運び屋という単語が出てきた。

 さらに昼間の明るい時間帯、渋谷のセントラル街で頻繁に勧誘される、という情報も得た。

「なぜ明るい時間帯なんだろうな?」

 再び聞かれる。その理由は……。

「高校生を狙うからだろ。もしくは明るい方が、人が多いから怪しまれないとか」

 その二つが主な理由ではないだろうか。夜は闇に乗じて動けるがリスクが大きいし、高校生もあまりいない。

「なるほど」

「とりあえず、放課後集まるか。そして街で調査してみよう」

 それが早いと蓮は判断する。ヨッシーは「よし、そうするか」と言った。蓮はすぐに皆に連絡し、教室に戻った。


 放課後、皆で集まりどこで調査するかという話になり、

「蓮、君がセントラル街の方がいいんじゃないか?」

 裕斗が意外な提案をした。

「どうしてだ?」

 ヨッシーが尋ねると、

「君は人を惹きつける何かがある。君ならもしかしたら話しかけられるかもしれないと思ってな」

「まぁ、確かにボクは囮としては有効かもな」

 人を惹きつける何か、というのが何なのか分からないが、確かにこの中では蓮が適任そうだ。風花はモデルをやっていて目立つし、良希は見た目が不良だ。裕斗は蓮以上の天然で何を言い出すか分からない。

 こうして蓮がセントラル街を、他の人達は別のところで調査することにした。

 のは、いいのだが。

「……気付いてるか?」

「……あぁ。あれで気付いてないという方がおかしい」

 そう、生徒会長だ。前と同じく本を読みながら後をつけている。

「あれじゃ悪目立ちするだろ……撒くか?」

「いや、逆に危険だろ。そのままにしておこう」

 どうせバレてしまっているのだ。今さらだろう。

 別の勧誘を受けながら裏路地まで行くと、生徒会長が男性に絡まれた。放っておくということも出来ず、蓮はすぐに助けに入る。

「あ、成雲さん……」

「あれ?彼氏?まぁいいや。そこの彼も興味ない?おいしいバイト」

 これは、と蓮は聞くことにする。生徒会長もそう思ったらしい。

「……そのバイトって安全なものですか?」

「ただ物を運ぶだけだよ?」

「何を?」

 しつこく聞くと、その男の人は舌打ちをして「君達、めんどくさそうだね」と言って去っていった。

「あれ、私達が追っているマフィアの人よね」

「そうですね」

 後を追わないのか、と聞くとまだ証拠はないからと彼女は答えた。

「邪魔してごめんなさい」

 生徒会長はそれだけ言ってどこかに行った。

 その後は特に情報もなく、皆に連絡を入れると明日カラオケボックスに集まろうという話になり、そのままファートルに戻った。


 ファートルに着いて、温泉に行こうと思っていると電話が鳴った。知らない番号からだ。

「もしもし」

『もしもし、秋川 もみじです』

「秋川?」

『あの、生徒会長の……』

「あぁ、生徒会長さんですか。なぜ番号を?」

『あなたの居候先を調べてあなたの電話番号を教えてもらったの。その、今日は助けてくれてありがとう……それだけ』

 それだけ言って生徒会長――秋川は電話を切った。何だったのだろう、一体。お礼を言うだけなら会った時でよかったのに。

 疑問に思いながら蓮は温泉に行った。

 腕の痛みに耐えながら温泉に入った後、いつも通りコインランドリーで服を洗う。

(あ、そういえば長谷先生って近くに住んでいたんだっけ……)

 彼女に任せてもよかったかな?と思って首を横に振った。担任をこき使うなんて、さすがに失礼だろう。

(乾燥機も使うべきかな?でもお金が……)

 困るほど貧乏ではないが、蓮の生活費は怪盗団の資金でもあるのだ、無駄使いはしたくない。蓮はそのまま持って帰り、それを干す。

 蓮はそのまま寝間着に着替え、既に寝ているヨッシーの横に転がるのだった。


カラオケボックスで皆の情報をまとめてみたがマフィアのボスの名前は出てこなかった。

「そうか……ボスの名前は出さないのように徹底しているのかもな……」

「あー!さすがにお手上げだぜ!」

「どこかから情報を仕入れられないものか……」

 裕斗の言葉に蓮はひらめく。

「確か、新聞記者の人がいたよな?」

「あぁ、お前名刺貰ってたもんな」

「彼から情報を得られないだろうか?」

 提案してみると、ヨッシーが「いいんじゃないか?」と言った。

「早速連絡取ってみようぜ!」

 蓮は頷き、水谷にチャットを送る。単刀直入に「ある情報が欲しい」と送ると返信が来た。

『あの時の学生さんか。別に構わないけど、条件がある。今日の夜、新宿のバーに来て』

「新宿の……バーか……」

 これはかなりハードルが高い。風花は行かせられない。裕斗は金欠でそこまで行く余裕がないようだ。となれば……。

「分かった、ボクと良希で行ってくるよ。良希もそれでいいか?」

「あぁ、構わねぇぜ」

「今度から非常時に備え貯金しておく」

 そうして、二人と一匹で新宿に行くことになった。


 夜、二人は新宿に向かった。途中で様々な勧誘や補導員に足止めされながら指定されたバーに着いた。

「どうする?お前も行くか?」

 蓮が尋ねると、良希は「いや、俺はやめとくわ。さっき学生ってバレそうになったしな……」と言った。

 蓮がバーに入るとバーの店長が「坊や、いくつ?」と聞いてきた。

「あ、えっと……」

「ごめん、その子俺の連れだ」

 しかしカウンター席にいた水谷がそう言った。店長は彼に「こんな若い子ひっかけて、お酒飲まさないでよ?」と注意した。しかし気にしていないらしく「奥の席借りるね」と言って蓮を連れて行く。

「まさか本当に来るなんてね。その勇気に免じて情報を提供してあげる。何が聞きたい?」

 水谷が聞いてくる。蓮は渋谷を牛耳っているマフィアのボスの名前が知りたいと伝えると、彼は「ふーん……」と言った後、

「まぁ、心当たりはある。だけど簡単に教えるわけにはいかないな」

「ボクに出来ることなら何でもやります」

 そう言うと、彼は笑って、

「そう?じゃあ頼みがあるんだけど。狛井の体罰が酷かった生徒を独占取材したいんだ。怪盗団って狛井の事件がきっかけでしょ?」

「体罰が酷かった子か……」

 少し考えて、島田の顔が思い浮かんだ。蓮達が突っかかっていたと言われるのはまずい。だが、彼は怪盗団の味方らしいから紹介して大丈夫だろう。

「分かりました。紹介しましょう」

「本当?言ってみるものだな。……それから君、成雲家の人間だね?」

「……!」

 どうやら既にバレていたようだ。さすが新聞記者、というべきか。

「君のことも聞いてみたいなぁ、なんてね。安心して、記事にはしないから」

「……それなら、別に構いませんよ」

 話題にしなければ、それでいい。話すこと自体は特に止められてはいないのだから。

「いいの?それじゃあ、取引成立だね」

 彼がそう言うと頭に「悪魔」という言葉が浮かんだ。彼も協力者の一人だったようだ。

「それじゃあ、前払いってわけじゃないけど……城幹 龍太。多分、君が探しているのは奴だと思う」

 城幹、龍太。これで名前は得た。あとは確認してみるだけだ。

「ありがとうございます。また今度、時間がある時にゆっくり話しましょう」

「うん、いいよ。元々今日聞こうとは思ってなかったし。じゃあ、取引の件、よろしくね」

 蓮は頭を下げ、バーから出た。

 良希を探していると、街角で占い師に会った。

「こんばんは」

「あ、こんばんは」

 思わず返してしまう。彼女は「占い、してみませんか?」と聞いてきた。

「あ、いえ、友達を待たせているので……」

 そう断ると、彼女は「そうですか。私はこの時間帯にここにいるので、占いたくなったらいつでも来てください」と笑った。

 その後すぐに良希を見つける、が。

「あーん。いい男~」

「筋肉もついてるし~」

 おかま?の人に絡まれていた。これが新宿か……と蓮は遠い目をする。

「おい、蓮!助けてくれよ!なぁ!」

 良希の助けを求める声が聞こえてくるが、蓮に何か出来るわけがない。心の中で「頑張れ」と思いながら蓮はその場から立ち去った。

「この裏切り者ー!」


 次の日、犬の像の前で怪盗団達が集まった。

「蓮!昨日はよくも……!危うく俺だけ異世界に……!」

 良希に睨まれるが、あれはどうしようもなかった。不可抗力というものだ。

「どうしたの?」

「な、なんでもねぇ!」

 風花に聞かれるが、良希は慌てて首を横に振った。

「確か、城幹 龍太だったな」

 裕斗がナビに入力する。すると反応があった。

「ビンゴ!」

「後は「どこ」を「何」と思っているか、か……」

 マフィアのボスが思っているもの……。

「よく分かんねぇ」

「「何」はお金が集まる場所だろ?……銀行、とか?」

「反応があるな。なら、どこを銀行と思っているか……」

 どうやら城幹は渋谷のどこかを自分の銀行と思い込んでいるらしい。それはどこか……。

「……被害者の居場所?」

「あぁ、確かにそこから引き出されているもんな」

 蓮の言葉にヨッシーは頷く。

「おいおい勘弁してくれよ。渋谷全体にどれだけ被害者が――」

「待て」

 良希が言い終わる前に裕斗が遮った。そしてスマホを見せ、

「……ヒットしたぞ」

 と告げた。そうか、城幹が銀行と思っているところは……。

「渋谷全体、か」

「どうする?」

 裕斗が尋ねる。こんな街中で人が消えるところを見られたら、と思っているのだろう。良希は「こんな街中で俺達が消えても誰も気付きやしねぇよ」と言った。

 それでも大騒ぎになったら困るので木陰に隠れ、ナビを起動する。世界が歪み、周囲が変わった。

「渋谷全体が金ズル、か。大した大悪党だ」

 周囲を見て、テュケーが呟いた。

 それにしても全体が歪んでいる。狛井や白野の時はこんなことなかったのに。

「人間もATMだな」

「どんだけ歪んでいるんだ……!」

 マフィアだから仕方ないことかもしれないが、これは歪みすぎだ。

 少し歩いていると、震えている人や壊れた人達がいた。話せそうな被害者らしき人達に聞いてみたところ、「足のつかない場所」から落とされた、とのこと。

「足のつかない場所……」

 それはどういうことだろうか?

「もしかして、言葉通り捉えるべきなのか」

「言葉通りって……」

 そこまで言って、マルスは空を見て黙る。どうしたのだろうとジョーカーも上を見上げると、そこにあったのは――空に浮いている巨大な銀行。

「――なるほど、城幹は足がつかない。だから空を浮いているわけか」

 ジョーカーとテュケー、そしてアポロはすぐに理解する。他の二人はなぜこうなっているか分かっていない。

「テュケー、ヘリコプターとか持っているか?」

「ワガハイ、車しか持ってないぜ……」

「そもそもヘリコプターなど操作できるのか?」

 確かに、たとえ空を飛べる乗り物を持っていたとして操作出来なければ意味がない。

「今日はここまで、か。今度方法を考えよう」

 ジョーカーが言ったので全員は頷いた。振り出しに戻された感じだ。

 とにかく今日は、どうやってあの銀行の中に入るかという宿題を持ち帰ることにした。


「せこいよな、デザイアが空に浮いてるなんて」

 夜、ヨッシーがぼやいた。

「あぁ、確かにな……てこずりそうだ」

 蓮も頷く。まさか空中に浮いているとは誰が予想しただろう?

「どうやって潜入する?」

「……一番手っ取り早いのはやはりヘリコプターや空を飛べるもので行くことだ。だが、それだと罠が仕掛けられている可能性が高い」

 デザイアにいる時はそこまで考えが至らなかったが、よく考えれば罠がある可能性が高いのだ。除外した方がいいだろう。

「一番安全に潜入出来るのは現実で城幹と接触することだが……それだと今度はこっちで危険な目に遭うだろうな」

「あぁ。どうしたものか……」

 頭のいい二人の力を持ってしてもやはりいい方法が思いつかない。

「はぁ……どうしたらいいんだろうな……」

 そうやって考えていると、二人に眠気が襲ってきた。


 放課後、集まって考えてきた案があるかと聞いたが思い浮かばなかったようだ。今回のデザイアはそれだけ手強いということだ。

「やっぱりヘリだって」

「一応言っておくが、ボクは操作できないぞ」

 車はゲームでやったことがあるからどうにかなっただけで、ヘリコプターはゲームでも操作したことがない。

「じゃあどうしろってんだよ……」

 全員でうなっていると、秋川がやって来た。

「随分てこずっているみたいね」

 彼女の登場に良希と風花が嫌そうな顔を浮かべる。

「生徒会長さんには関係ないでしょ?高みの見物してればいいのよ。それとも、また文句を言いに来たわけ?」

「そーそー。いくら生徒会長さんでもこっちの仕事に役に立たねぇって」

「ちょっと二人共……!」

 さすがに言い過ぎだと蓮は止めようとする。そのせいで秋川の表情に気付かなかった。

「……私は、役立たずなんかじゃない」

「えっ?」

「分かったわ、城幹に会えればいいんでしょ?それなら会わせてあげる」

 そう言って彼女は走り出した。彼女がマフィアのボスと関わっているとは考えられない。だとすると……。

「――!待ちなさい!」

 彼女が何をしようとしているのか分かった蓮はヨッシーの入っているカバンを忘れてすぐに追いかける。裕斗も気付いたのだろう、ヨッシーの入ったカバンを持ってすぐ横を走った。あとの二人はよく分かっていないようだったが、蓮達の反応がただ事ではないと思ったようで追いかけてきた。


 駅前の広場に出ると、蓮のスマホに電話が入った。秋川からだ。それにすぐに出ると、

『電話、切らないで。ついでに録音もして頂戴』

 一方的に命じられた。それに逆らうわけにもいかず、蓮は録音ボタンを押す。

『あなた、城幹の居場所知ってる?』

『あぁ?なんだ、この女』

 拾った声が前に勧誘してきた男のものだと気付き、蓮は思わず危険だと声が出そうになるが、今声を出したら逆に危険に遭わせてしまうかもとすぐに思いとどまる。男達に悟られて秋川に何かあったら困る。

『知っているなら連れて行って頂戴』

『何を企んでいる?この女――』

『待て、今連絡したら城幹様が連れて来いと言われたぞ』

 確か、あの男と出会ったのは――。

「あそこだ!」

 セントラル街の路地裏。そこに秋川の姿があった。彼女は黒い車に乗せられた。その車が走り出す。

「裕斗、ナンバーを!」

「分かってる!だてにクロッキーをやっていない!」

 隣を走っている裕斗に言うと、彼はすぐにスケッチブックにナンバーを書いた。ぱっと見ると蓮がすぐに記憶したナンバーと同じでホッとする。

 後はタクシーと蓮はタクシーに向かって手をあげるが、子供だからか止まってくれない。すると良希が一台のタクシーの前に飛び出し、無理やり止めた。それに乗ると裕斗は運転手にスケッチブックを見せ、「このナンバーの車を……」と言った。

 秋川を乗せた車は建物内に入った。蓮が少し前のバス停のところで「ここで構いません」と運転手に一万円を払い、すぐに出た。

「お客さん、おつり……」

「いいです。急いでいるので」

 五千円以上のおつりは高校生にとってはかなり痛いものだが、今はそれどころではない。四人はすぐにその建物に入った。


 一方、秋川は床に押さえ込まれていた。

「まさかこんな上客を捕まえられるなんてな。凛条高校の美人生徒会長さん?」

 ソファで女性に肩を回している太った男――城幹が彼女を見ながら言った。その手には秋川のスマホ。

「それにしても、この電話……彼氏?それにしても名前、どこかで見た気が……」

「――会長!」

 秋川に聞こうとしたところで電話の主――蓮達が彼女を助けようと乗り込んできた。それを見て、城幹は納得したようだった。

「なるほど……つけられたな、馬鹿が!」

 青筋が見えそうなほど怒り、彼は机の上にあったケースを開けた。そこに入っていたのは金の束。そこから女性に五束渡した。

「いいの?」

「あぁ。そこの奴らに礼言えよ?んじゃ、よろしく」

「意味が分からんな」

 裕斗が言うと、「じゃあ馬鹿でも分かるようにしてやるよ」と城幹は自分のスマホで四人の写真を撮った。

「「未成年がクラブで乱痴気騒ぎ」。これ、学校に送っていい?」

「なっ……!」

「あ、たばこと酒も入ってるー!」

「てめ、ふざけんじゃねぇ!」

 良希が叫ぶと、城幹は笑った後に、

「お前達みたいな無能な奴は俺のエサなの。いつもは一か月というところだが、今回は数がいるからな……今月中だ、それまでに五百万持ってこい」

 そう言って蓮の方を見ると、彼は目を細めた。

「ん?そいつ……おい、その黒髪連れてこい」

 城幹に命令され、男は蓮の腕を掴む。怖くて逃げ出したいが、逆らうと何されるか分からないのでおとなしく従った。

 蓮が城幹の前に立つと、彼は蓮の顔をジロジロと見た。

「やっぱりな……。生徒会長さん、かなりいい商品持ってきてくれたな。まさか成雲家の令嬢を連れて来てくれるなんて」

「え……?」

 城幹がいやらしい笑みを浮かべたが、秋川はよく理解していないようだ。

「確かその髪、ウィッグなんだろ?外せ」

 命じられた通り男が蓮のウィッグをとると、そこから出てきたのは普段のくせ毛ではなく、とてもさらさらした腰まである長い髪だった。

 蓮は忌々しく睨みつけているが、彼がそれに動じた様子はない。

「へぇ、噂通りかなりの美人じゃん。メガネ外したらもっとよさそうだな。確か、誰とも付き合ったこともないって話だし?

 ――よし、お前抱かせろ。そしたら借金を二百万まで負けてやるよ」

「お断りだ」

 なぜ身勝手な理由で身体を売らないといけないのか。蓮が断ると、城幹は舌打ちをして、

「まぁいい。期限までに持ってくるか抱かれるか決めておけ」

「てめっ!」

「やめろ。今は生徒会長を助けないといけないだろ」

 当事者であるハズの蓮が慌てた様子もなく言った。すると「あぁ、いいよ。返してやれ」と秋川が解放され、蓮に突き放たれた。蓮は彼女を支える。

「大丈夫ですか?」

「え、えぇ……」

「それならよかった」

「今からお楽しみの時間なんだ、出ていけ」

 言われなくてもそうすると蓮はウィッグを拾い、素早く被る。

「行こう。ここにいても時間の無駄だ」

 彼女の言葉に全員が頷き、その場を去った。


「それにしても驚いたな」

 セントラル街を歩いていると、良希が口を開いた。

「何が?」

「お前だよ。髪、長かったんだな」

「言ってなかったか?」

「言ってない」

 そういえばヨッシーにしか言ってなかった気がする。すると裕斗が心配そうに蓮を見た。

「君、大丈夫か?思い切り掴まれてたが……」

「……大丈夫、ではないかも。ほら」

 蓮が見えるように腕を前に出すと、小さく震えていることが分かった。

「あんなに掴まれたわりに、まだマシな方だけどね」

 場合によっては過呼吸で倒れる時もある。仲間達にあんな風に掴まれてもそんなことはないだろうが。

「ごめんなさい……巻き込んでしまって」

 秋川が呟くように謝った。

「今回のことは忘れて。お金も私で何とかするから」

「それこそ今更。それに、お金のことならボクの方がどうにでもなります」

 その言葉に秋川が蓮を見ると、彼女は僅かに笑った。

「世界的名家のお嬢様なめないでください。五百万ぐらい、すぐ用意出来ます。実家に頼るのは正直嫌ではありますけど」

「名家……?」

「あー、そいつ、成雲家のお嬢様なんだよ」

 良希の言葉に秋川は目を見開く。まさか本当だとは思うまい。

 しかし、今は金のことより重要なことがある。

「接触出来たのはいいけどよ。結局銀行はどうすんだ?」

「ちょっと良希……!」

 良希がこぼした言葉に風花が慌てる。するとヨッシーがひらめいたように蓮を見た。

「おい、これはむしろいいんじゃないか?」

「何が?……あぁ、そういうこと」

「え?急にネコに話しかけてどうしたの?」

 ヨッシーの声が聞こえていない秋川は蓮を不思議なものを見るような目で見た。しかし、気にせず蓮は続ける。裕斗も分かったようだ。

「ワガハイ達はシロミキに目をつけられた。特に彼女とレンは上客じゃないか?」

「なるほどな。まぁ、あそこまで身体を張ったんだ。今や彼女にも知る権利はあるだろう」

「生徒会長、ついてきてほしいところがあります」

 裕斗がナビを起動している間、蓮は秋川にそう言った。良希と風花は何が何だか分かっていないようだ。

 少し歩いて、秋川は何かにぶつかる。見ると、そこには葉っぱのような仮面をつけた青年の姿。その隣には怪盗のような服装の女性。

「えっ!何!?誰なの!?」

 秋川が驚いていると、

「アポロだ」

「……裕斗、それでは生徒会長が分からないだろ。オレだ、成雲だ」

 アポロがコードネームの方で言うのでジョーカーがため息をつく。マルスとウェヌスは自分の姿を見て「起動してたのかよ!」「ついてきてほしいってそういうこと!?」と驚いていた。

「そこのネコは?」

 秋川がテュケーを指差して聞くと、

「ジョーカー……蓮のカバンに入っていたネコだ。こっちに来るとそうなる」

「ネコじゃねぇ!」

 アポロが答え、ネコという言葉にテュケーが反応する。秋川は周囲を見て、さらに驚いた。当然だ、ATMが街中を歩いているのだから。

 さらに上を見上げると、そこには大きな銀行が浮かんでいた。

「えっと……ちょっと待って、整理させて」

「別に構いませんが、そこまで時間は取れませんよ」

 ここにエネミーが出てこないとも限らない。ジョーカーがそう言うと、彼女は「わ、分かったわ」と頷いた。

「ここはどこ?」

「ここは……そうですね、城幹の心の中で見ている世界、というべきかな。ここはかなり歪んでいますね」

「――あぁ、もしかしてオタカラってその心のことを言っていたの?歪んでいるとか言っていたけど、認知を変えるってことなのかな?」

「理解力があって嬉しいです」

 さすが学校一位の成績を誇る生徒会長、ジョーカーの僅かな説明でほとんど分かってくれたようだ。

「つまり、あの銀行をどうにかしたかったのね」

「そういうこと。だから現実の方の城幹と接触する必要がありました」

「それなら――」

 秋川が近付くと、銀行が降りてきた。ジョーカーやテュケー、アポロの考え通りだ。

「私は上客だから、入れてくれるということね」

 続けた言葉にジョーカーは頷く。

 銀行の敷地内に入ると、ジョーカーは秋川を見る。

「ここからは危険です。それでもついてきますか?」

 そう、ここから先は確実にエネミーが出てくる。もしかしたら戦闘になるかもしれない。

「どうして?」

「敵が出てくるんだ、一言で言うならな」

「それなら大丈夫、合気道を習ってたから護身ぐらいは出来るわ」

「そんなものじゃ心もとないが……まぁ護身が出来るだけマシか」

 どうやら連れて行くことにしたようだ。守りながら行くことは別に大丈夫だからいいのだが。

 銀行に入ると、従業員の姿をしたエネミーに「すみませんが、アポは?」と聞かれた。

「頭取に話があるの。通して」

 それに臆することなく秋川はそう言った。するとどこからか城幹の声が聞こえてきた。

『通して差し上げろ』

 その声にエネミーは道を開けた。

「応接室は右にあります」

「くれぐれも別のところには行かぬよう」

 ジョーカー達は言われた通り、右の方へ行った。

 少し進んで、応接室に入ると、そこにあったのは札束の山。

「これ……」

 趣味が悪いなと思っていると、目の前のモニターに城幹のエネミーが映った。

『こんにちは、秋川 もみじさん。例の件ですよね?学生の身では全額返すのは難しいでしょう、融資してあげますよ』

「最初からそのつもりだったんでしょう?」

『くくく……さすがですね』

 城幹が笑うと、どこからかエネミーが姿を現した。

『その客人以外は全て殺せ』

 そう来たかとジョーカーはナイフを構える。なぜだが分からないが、切れ味がさらによくなっている気がした。

 しかし、いくら戦ってもエネミーが出てくる。

「くそっ!いったん引くぞ!」

 テュケーの言葉に全員が頷き、その場を走り去る。

「さっきのは!?」

「あれが敵です!それ以外の説明は後!」

 そう言って出口まで向かう、が直前でエネミーの集団に塞がれる。

「出口までもう少しなのに!」

 ジョーカーは舌打ちする。すると後ろから足音が聞こえ、そちらを見るとそこには城幹の姿があった。

「お前……!」

 ジョーカーは秋川を庇うようにして立つ。

「おやおや、成雲家のご令嬢様もいたのか。違う姿をしていたものだから気付かなかった」

 ジョーカーは何も話さず、ただ睨みつけている。

「そうだ、お前客取れよ。お前の家柄とその顔なら出来るだろ?まぁ、借金返しきった頃にはお前の人生はめちゃくちゃだろうがな!」

「……失せろ」

 誰がそんなことするもんか。

「おー、怖い怖い。でもお前はお嬢様だからそんな心配もないよな?そこの生徒会長さんと違ってね!」

 それを聞いていた秋川は俯いて黙っていたが、

「お前は我慢してればいいんだよ。我慢して、客取ればいい」

「……さっきから黙って聞いてれば……!」

 秋川がジョーカーを押しのけ、城幹の前に立つ。

「うぜぇんだよ!この成金が!」

 キャラが変わったように口調が悪くなったものだから、ジョーカー達は驚いた。すると彼女の心の中から声が聞こえてきた。

『戦う覚悟は出来ましたか?』

「いいわ……来なさい!」

 秋川がそう言うと、彼女は頭を抱え始める。

『大人達を裏切ってまで見つけたあなたの正義……どうか見失わないで』

 その声と共に彼女は黒色の仮面をはがす。青い炎に包まれ、変わった姿はライダースーツに黒色の長いスカーフ。なんと、彼女はバイクのアルターに乗っていた。テュケーは「こんなアルター、見たことない」と驚いていた。

「これが……私……!」

 秋川が呟くと、「行くよ、ティラー!」と叫ぶ。ティラー……「裏切り」という意味だ。先程「大人達を裏切ってまで」と言われていたので、恐らくそこからエネミーの名前になったのだろう。

 彼女はエネミーを吹き飛ばすと、「続いて!」と言った。テュケーが車を取り出し、ジョーカーがそれを運転してついて行く。

 後ろで城幹が何か言っていたことは見えなかった。


 現実世界に戻ると、秋川が蓮を見た。

「あれが、幻想怪盗団なの?」

「そうです。そして悪人の欲望の核を盗み、改心させる……それが怪盗団の目的です」

 そう答えると、彼女は「それじゃあ、私も入れてくれないかしら?」と言った。

「私、大人達の言いなりになってこれまで生きてきた……でも、それも今日でおしまい。私は、自分の信じた正義を貫きたいの」

「だとよ、どうする?レン」

 ヨッシーが聞くと、秋川は「ね、ネコがしゃべった!?」と驚いた。まずはそこから説明し、

「……本当に、怪盗をやりたいんですか?入ったら、もう後戻りは出来ませんよ」

 その覚悟は本当か聞いた。怪盗をやってしまえば、元の生活には戻れない。本当の意味で全てを裏切ることになる。少なくとも蓮は、その覚悟で怪盗団のリーダーをやっている。

「当然、それは理解している。分かった上で言っているの」

 しかし真っ直ぐに蓮を見るその瞳は確かな意志を宿していた。その覚悟があれば、きっとやっていけるだろう。

「……分かりました。生徒会長……いや、秋川さんも仲間に入れましょう。皆もいいよな?」

「あの世界を知ったからな、仲間になってほしいところだ」

「それに、頭の切れる人も欲しかったところだしな」

 ヨッシーの言う通り、参謀役も欲しいところではあった。丁度よかったのかもしれない。しかし、良希と風花は秋川をまだ信用出来ないのか、黙ったままだった。

 とりあえず連絡先を交換し、その日は帰ることにした。


 昼の授業中、チャットが届いた。

『なぁ、気になるんだけど』

『良希、授業中だと何度言えば分かるんだ?』

『もういいんじゃない?今更でしょ?』

『……それもそうだな』

『あなた達、前からこんなことしてたの?』

『俺は初めてだ』

『それで、気になることって?』

『生徒会長、なんて呼べば言いわけ?』

『普通にもみじでいいわよ』

『いや、しかし年上には礼儀を……』

『あたしはもう呼び捨てにしているよ』

『何があったんだ?』

『秘密』

『そうか、でも仲良くなることはいいことだ。秋川さんも風花と仲良くしてやってくださいね』

『……あなたにも言っているのよ?成雲さん。それからあなたはお母さんなの?』

『秋川さんがいいのなら俺は構わないが……』

『じゃあ、そういうことでよろしくね』

 そこでチャットは終わる。ポケットにスマホを入れ、蓮は授業に集中した。

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