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四章 虚飾の美術館と「サヤカ」の真実

 次の日、蓮達は白野のデザイアに潜入した。しかし、美術館の中まで入ったのはいいが昨日までなかった赤外線が張られている。

「警戒されてるな。知らない人は信用していない、ということか」

 テュケーがそう言うのならそうなのだろう。ジョーカーは警戒を高めないようにトルースアイを使いながらそれを避けていく。

「お前、すげぇよな。簡単に避けていくなんて。まるで見えているみたいだぜ?」

 マルスが感心したように言った。実際に見えているのだから何も言えない。

 そうして前に来たところまで来る。ここから先は未知の領域だ。

「覚悟はいいか?」

 ジョーカーは皆に聞くと、全員が当然という反応をした。それを見て、彼女は扉を開ける。

 今回の期間は個展が終わる六月二日まで。それまでにオタカラを盗もうという話になったのだ。

 先に進んでいくと、今度は従業員の姿をしたエネミーがいたので物陰に身を潜める。様子を見計らい、蓮はエネミーの仮面をはがした。

 エネミーから現れたのは一体の雪男と二体の妖精。

「うおっ!こんなに出てくるのか!?」

 マルスが驚いている。するとテュケーが「当然だろう、むしろコマイの時、一体しか出てこなかったのが奇跡なんだよ」と言った。どうやら、普段はこうして数体でいることが多いらしい。これから気をつけないといけないなとジョーカーは思った。

 ジョーカーが闇呪文で妖精のエネミーを攻撃する。弱点だったらしく、妖精のエネミーは一体怯んだ。

さらにジョーカーはもう一体の妖精のエネミーに呪文を唱える。

 すると雪男のエネミーがウェヌスに水呪文で攻撃してきた。するとウェヌスも怯んだようにしりもちをつく。

「きゃ!」

「ウェヌス!?」

 アルターにも弱点があるのか、と思いながらジョーカーはウェヌスを庇うように立つ。そして、ジャックランタンの炎呪文で雪男に攻撃した。

「包囲するぞ!」

 怯んだのを確認して、ジョーカーは二人に指示する。ウェヌスは動けそうにない。このまま戦い続けるのは危険だと判断する。

「何か出せ」

 そう言うと、エネミーは「これで我慢しろ」とお金を落としていった。そしてそのまま去っていく。

「ウェヌス、大丈夫か?」

 マルスがそれを拾っている間、ジョーカーはウェヌスに近付き、癒しの力を使う。

「うん。ありがと、ジョーカー」

 彼女は立ち上がり、ジョーカーにお礼を言う。

「とりあえず、安全地帯を探すか……。テュケー、前に地図を手に入れたよな?」

 ジョーカーが尋ねると、テュケーは「あぁ、ここに入ってるぜ」とウエストポーチから地図を取り出す。それならよかったと少し借り、見てみると近くに安全地帯らしきところがあることに気付いた。

「ここに向かうか。これからのことを話したい」

 ジョーカーの言葉に全員頷き、安全地帯に向かった。

 エネミーに会うことなく安全地帯に着くと、ジョーカーは口を開いた。

「さっきの見たよな?」

「あぁ」

 エネミーが複数体出てきたということと、アルターにも弱点があるということだ。まずは後者の話をする。

「アルターには弱点がある。だから今後、気を付けていかないといけない」

「だが、何が弱点かなんて分からないぜ?」

 マルスの言葉にジョーカーは「いや、ある程度分かっている」と答えた。ここに向かうまでにトルースアイを使って皆のエネミーの弱点を見ていたのだ。

「マルス、お前は風が弱点みたいだ。ウェヌスは水、テュケーは雷だな」

「お前は何が弱点なんだよ?」

「リベリオンは光が弱点だな」

 ちなみに、サポートエネミーには弱点というものはないようだ。

「それから、光呪文に似ているもので「万能呪文」というものがあるらしい。それがどんな攻撃かは分からない。注意してくれ」

 これで、弱点の話は終わった。次はエネミーについてだ。

「それから、エネミー……今後はさっきみたいに複数で出てくることが多くなるだろう」

「エネミーの本体は最大でも五体までしか入ってないぜ」

「本体って……」

 恐らく、仮面をはがした後の奴のことを言っているのだろう。

「まぁ、とにかく今後は気をつけた方がいい。どんな敵が出てくるか分からないからな」

 ジョーカーもトルースアイを最大限使っていくつもりだが、毎回見破れるわけではない。今のところは見た目で判断できそうだが……。

「どうする?今日はもう帰るか?」

 テュケーが尋ねる。ジョーカーは「オレはどちらでもいい」と言って後の二人を見る。ウェヌスはさっき回復させたが、少しきつそうだ。マルスはまだ大丈夫そうである。

「そうだな……ウェヌスはここで待っていてくれ。もう少し先まで探索してから帰ろう」

「分かった。気をつけてね」

 三人はウェヌスを安全地帯に待機させ、先に進む。

 赤外線を抜けて先に進んでいくとボタンがあった。これは何だろうとトルースアイを使うと、どうやら最初のところからもう少し先までの赤外線を解除するボタンのようだった。

「どうする?押すのか?」

 マルスに聞かれ、ジョーカーは頷く。罠があるかもしれないが、すぐに対応すればいいだけだ。

 しかし、予想に反して押しても何も起きなかった。

「まだ先に進むか?」

「いや、戻ろう。ウェヌスも心配だし、ゆっくり攻略した方がよさそうだ」

 ジョーカーの意見に「その方がいいだろうな」とテュケーも賛成した。

 安全地帯に戻ると、ウェヌスが「早かったね」と言った。

「一応、少し先までの赤外線を解除してきた」

 彼女にそう言うと、「じゃあ、もう帰る?」と聞かれたので頷いた。

 元来た道を戻り、ナビを止める。

「それにしても、まさか赤外線があるなんてな……危うく当たりそうになったぜ」

「お前ならやりそうだな」

 良希の言葉に反応すると、「大丈夫だって!」と根拠のない自信を見せた。その自信はどこから来るのだろうか。

「とにかく、今日はゆっくり休んでくれ。明日も潜入する予定だからな」

「あー、ゴメン。明日仕事が入ってる」

「分かった。なら明後日だな」

 風花がそう言ったので明日の潜入はなくなった。明日はバイトをするなりなんなりしようと思いながらその日は解散した。


 ファートルに戻ると、藤森が「今なら教えられるぞ」と言ったので蓮はカバンを置いてエプロンを着た。

「そういやお前、料理得意か?」

「はい。よく作っていたので」

 忘れそうなので一応言っておくが、蓮は世界的名家の令嬢だ、使用人もいるというのによく作っているというのはある意味おかしな話である。ただ、他人の作ったものはあまり食べたくないという人なのでそうなってしまっているだけだ。

「今、他のメニューを考えてるんだが思いつかなくてな……出来ることなら考えてくれないか?材料は冷蔵庫にあるものを使っても構わないからよ」

「いいですよ。それってデザートですか?」

 蓮が確認すると、彼は「あぁ」と答えた。

 確か前片付けた時に冷凍庫があったよな……と思い出しながらカレーやサンドイッチ、コーヒーに合うデザートを考えてみる。

「……時間がある時に試作作ってみてもいいですか?」

 そう聞くと、彼は「もちろんだ」と笑った。時間がある時にでも作ってみようと材料と作り方、それからオリジナリティを考える。

「ゆっくりでいいからな。じゃあ、俺は帰るぞ」

 藤森が帰り、蓮は戸締りをする。そして二階にあがると早速紙にレシピを書いた。

「何やってんだ?」

「さっき藤森さんに新しいメニューを考えてほしいって言われて」

「マジか?すげぇな!」

 ワガハイ、レンの作った料理食ってみたい!とヨッシーが言ったので「ネコなのに食べれるのか?」とからかった。すると彼は「だからネコじゃねぇ!」といつものセリフを叫んだ。

「分かってるって。お前、何でも食べれるもんな」

 さすがに何かあったら怖いのでネコが食べてはいけないものは食べさせないようにしているが、ヨッシーは基本何でも食べる。普通のネコではないことは確かだ。

「カレーとか食べられるのかな?お前」

 カレーには玉ねぎが入っている。調べたら絶対に食べさせてはいけない食材と書かれていたのだが、ヨッシーなら食べられそうだ。

「カレー!いいな、ゴシュジンのカレーも食べてみたい!」

 子供のように目をキラキラさせているヨッシーを見ながら、珍しく蓮は微笑んだ。


 放課後、良希やヨッシーと屋上で話しているとショートヘアの女子生徒が入ってきた。ヨッシーはすぐに隠れる。

「ここ、立ち入り禁止のハズだけど?」

「生徒会長だ」

 良希に耳打ちされ、彼女の方を見る。確かに生徒会長らしく、真面目そうな人だ。

「なんすか?出て行けって言うなら出ていくけど」

「その前に、ちょっと聞きたいことがあるの。あなた達狛井先生に突っかかっていたそうね。問題児に、噂の転校生、それからここにはいないみたいだけど、付き合ってたって噂されてた女子生徒」

「それで?」

「あなた達、なんで狛井先生があんなになったのか知らない?」

 これは面倒なことになった。良希に目配せすると、彼は小さく頷き、答えた。

「何も知らないっすよ」

「良心の呵責でしょう」

 その答えに彼女は「そう……」と言った後、

「それなら、早く帰りなさい。あと、ここは閉鎖されるから」

 それだけ伝えて出ていった。良希は文句を言いながら屋上を出た。続いて蓮も出ようとすると、ヨッシーに言われた。

「目をつけられたな」

「あぁ、行動に気をつけないと」

 ヨッシーをカバンに入れ、蓮は今度こそ屋上から出る。

 このままバイトに行こうとすると、良希に呼び止められた。

「なぁ、蓮」

「どうした?良希」

「俺さ、トレーニング始めて見ようと思うんだけどよ、一緒につき合ってくれね?」

 これはまた珍しい。どうしたのかと聞くと、

「ほら、体力はあった方がいいだろ?」

 とのことだった。確かに怪盗稼業をするなら体力は必要かもしれない。蓮が頷くと、「じゃあジャージに着替えて来いよ」と言われたのでジャージに着替えてきた。

 良希と一緒に向かったところは彼が陸上部だった時に使っていたというところだった。

 放課後は良希とトレーニングをした後にバイトへ向かった。


 夜、治験のためと敷井のところに行った。どうやら成雲家の人間はあれだけの薬を飲んでいても健康体そのものらしい。体力は標準よりわずかに低いが、面白い結果だ。

「これはいいモルモットちゃんになりそう……」

 その言葉になぜか嫌な予感がするが、手伝うと決めたので逃げるわけにはいかない。

 この後、薬を飲まされ血圧を測ったり血を抜かれたりした。そして、栄養ドリンクを十本ぐらい買ってファートルに帰った。


 次の日、ふとスマホを見るとチャットが入っていることに気付いた。送り主は夏木。

『あの……成雲さん。ちょっと、話したいことがあるのだが時間はあるか?』

 デザイアに潜入するのは午後からと決めていたので、蓮はすぐに返事を送った。

『今からなら大丈夫ですよ』

『なら、その……先生の家の前に来てくれないか?』

 そこでチャットは終わった。蓮はすぐに着替え、カバンを持ちあばら家へ向かった。


 蓮があばら家に行くと、そこには既に夏木が立っていた。

「どうしたんです?夏木さん」

 彼に近付き、そう問いかけると彼は「ここでは話せない」と言った。どうやらモデルの話ではないようだ。

 それならと少し離れた公園に行き、ベンチに座らせる。蓮はジュースを二本買ってきて、一本を彼に渡した。

「それで、話って何ですか?」

 本題を切り出すと、彼は俯き、「……苦しいんだ」と言った。

「前も言っていましたよね?なんで苦しいと思っているんですか?」

 今なら聞けるかも、と思っていると彼は黙りこむ。もしかしたら言い出しにくいことなのかもしれない。

「大丈夫、誰にも言ってほしくないのなら絶対に言いませんから」

 そう言うと、彼は小さく「……先生のことだ」と言った。

「白野先生のこと?」

「……いや、やはりいい。わざわざ時間を取ってくれてありがとう……」

 元気のない彼を見ると、本当は話を聞いた方がいいのだろう。しかし、同じぐらいの年齢と言えど赤の他人、あまり深く踏み込むわけにはいかなかった。


 昼、学校近くの公園に行くと既に二人は集まっていた。

「やっほ、蓮」

「今日はどうするよ?」

「一応言っておくが、遊びに行くわけではないんだぞ」

 軽いノリの二人に蓮は告げる。命懸けでデザイア攻略をしているのだ、そんな調子では困る。

 ――先程夏木と会ったことは話さない方がいい。

 そう思いながら、蓮は今日の予定について話し出す。

「今日は出来れば中庭まで行きたい。土曜日だし、時間はたくさんあるだろう」

 と言っても、幻想世界にいた時間と現実世界の時間はリンクしないことを知っているが。幻想世界にいた時間が一時間だとすれば、現実世界の時間でたった一分程度だ。今日は、進める限り進めるだろう。

「では、行くぞ」

 そう言って、蓮はナビを起動させた。

 安全地帯まで行くとジョーカーは地図を確認した。中庭まで少し遠いが、今日中にはいけるだろう。

 前に来たところまで行く。ここから先は未知の領域、どんな仕掛けがあるか分からない。

「変なものに触るなよ?」

 テュケーの言葉ももっともだ。特にマルスがやらかしそう。

 そう思いながら進んでいくと、金色の壺があることに気付いた。しかし今はこれではないと通り過ぎる。

 この先は少し入り組んでおり、エネミーと何度も戦った。

 そうして意外と早く中庭まで来た。しかしここで予想外のことが起きる。

「この壁……開きそうにないな」

 そう、この先に進めないのだ。地図だとこの先もあるハズなのだが。

「これ……どこかで……」

「テュケー、心当たりあるのか?」

 テュケーが何か思い出そうとしている仕草をしているので尋ねると、彼は「あぁ、現実の方だがな」と答えた。

「なるほど……なら、これは明日以降にまわさないといけないな」

 今日はもう帰るか、と元来た道を戻り、ナビを止めた。

「それで、あれはどこで見たんだ?」

 蓮が聞く。するとヨッシーは「あぁ、確か二階にあれと同じふすまがあったんだ」と言った。

「結構頑丈な鍵をかけてたぞ」

「怪しいな、何かある気がする」

「でも、それとどう関係あんだ?」

 良希が聞くと、ヨッシーは「忘れたのか?あの美術館はこのあばら家だぜ?」と話し出した。

「つまり、認知を変えるんだよ。誰にも開けられないから、あそこは開かない。なら、目の前で開ければあそこも開く、ハズだ」

 ……なんだか頼りないが、今はそれにかけた方がよさそうだ。

 なら、誰があのあばら家に潜入するかと言うと……。

「……なによ」

「風花、モデル任せられるか?」

 そう言うと、彼女は一瞬黙った後「はぁあ!?」と声をあげた。

「無理無理!あたしじゃ役者不足だって!」

「でも俺は求められていないし」

「ボクはあっちであの壁がまた閉じないように探そうと思っているし」

「ワガハイがついて行くから安心しろ!ちゃんと開けてやる!」

 それぞれがそう言うと、風花は考えた後、

「あー!分かったわよ!やります!」

「ありがとう。ボク達の方も出来る限りのことはする」

 蓮がそう言うと、「これで開かなかったら本当に怒るからね!」と叫んだ。


 夜、明日に向けコーヒーを淹れていた。

「いい匂いだぜ、レン」

 ヨッシーがカウンター椅子に座りながらそう言った。

「前、教わったからな」

 藤森に教わったところに気をつけながら淹れたので、ある程度は上手くなっているハズだ。

「それにしても、ナツキの件、二人に言わなくていいのか?」

「いいよ。誰にも話してほしくなさそうだったし」

 そういったことを他言するような軽い口ではない。

「そうか……それならいいけどよ」

「それより、明日はお前達にかかっているからな。頑張ってほしい」

 明日は風花達にかかっている。大変だろうが、ヨッシーが自慢の腕で鍵を開けてくれるし蓮の方もやることは絶対にするから頑張ってほしいと思う。

「任せとけ!簡単に開けてやる!」

 ……ネコの手ですぐに開けることが出来るのだろうか?少し心配になってきた。


 次の日、ジョーカーとマルスはあの中庭の前で待っていた。

「マルス、やることは分かっているな?」

 一応確認しておいた方がいいとジョーカーは口を開く。彼は「当たり前だろ!」と自信に満ち溢れていた。

「この壁が開いたら、二度と閉まらないように解除する、だろ?」

「あぁ。地図だとすぐそこにあるらしいが、エネミーと戦わないとも限らない」

 むしろ、見張りがいない方がおかしいが。

「その時は俺が引き付けておくから、お前が先に解除しに行ってくれ」

「了解。その前にここが本当に開くかだが……」

 ジョーカーがそう言ったと同時に、壁が開く音が聞こえた。

「あいつらやってくれたんだな!」

 マルスが嬉しそうにするが、目の前にエネミーがいることに気付いた。

「おい、浮かれるのはまだ早いみたいだ」

「そうだな、ジョーカー、お前は早く解除しに行ってくれ」

「分かった。気をつけろよ」

 マルスがエネミーの前に出たのを確認して、ジョーカーは近くに隠れながら解除装置があるであろう部屋に入った。

 そこには予想通り解除装置があった。特にパスワードもなかったのですぐに切ることが出来た。これでこの中庭の壁が閉じることはなくなったことだろう。

 部屋の外に出て、マルスの戦闘を見る。実力は五分五分と言ったところだろうか。

「援護する!」

 ジョーカーはマルスの隣に立った。

 ジョーカーが援護に入ったことでこちら側が一気に有利になった。ジョーカーが闇呪文を唱えると、それが弱点だったらしく、エネミーは怯んだ。

「追撃するぞ!」

 ジョーカーの掛け声と共に二人で物理攻撃をくらわせる。すると、エネミーは消えていった。

「どうする?先に進むか?」

「いや、二人を待とう。目的は達成したし」

 そう言ったと同時に、空から三人分の悲鳴が聞こえてきた。

 ……三人分?

「きゃあああああ!」

「にゃあああああ!」

「うおぉおおおお!?」

「ウェヌス!?テュケー!?夏木さんまで!?」

 ジョーカーは慌ててリベリオンを召喚し、その背に乗った。そしてリベリオンは飛び、三人を抱えた。

 そのまま地に降りると、

「大丈夫か?」

 そう聞いた。まさか空から三人が降ってくるとは思っていなかったので驚いた。下手をすれば大怪我ではすまなかっただろう。

「ありがとう、ジョーカー……」

「助かったぜ……」

 ウェヌスとテュケーはお礼を言うが、一人だけ状況を理解していなかった。

「うぅ……ここは?」

 夏木が聞くと、マルスが「心の中だ、白野のな」と答える。彼は怪盗団達の姿を見て「誰だ、お前達は!」と驚いた声を出した。

「オレだ、成雲 蓮だ」

 ジョーカーが答えると、「その声は……本当に成雲さんか?なら、あとの二人は……」と後の三人を見た。

「そこのぬいぐるみには見覚えないが……」

「ワガハイはぬいぐるみじゃねぇ!」

「しゃべった!?」

 なんかどんどんややこしくなっている気がする。しかし、

「それに、ここ……心の中とか言っていたが、そんなわけ……」

 テュケーのことはスルーしたようだ。周囲を見て、信じられないと言った反応をする。

「じゃあ、現実でこんなとこ見たことあんのかよ?」

「それは……」

「信じられないと思うだろうけど、ここは白野の見ているもう一つの現実なの」

「あいつ、本当は金の亡者なんだぜ」

 ウェヌスとマルスに言われ彼は黙ってしまうが、

「お前達が言うことは本当なのかもしれない。だが、育ててくれた恩義だけは消えない……」

 彼はそう言ったのだ。育ててもらった恩義……確かにそれは簡単に消えるわけではないが……。

「あいつを許すってのかよ!」

 それでもあんな奴を許す彼に納得出来ないマルスはそう叫ぶ。すると夏木は頭を抱え、座り込んだ。

「頭の認識に心が追いつかない……」

 そういうことか。確かに、いきなり「ここがあなたの師匠の心の中です」なんて言われて、受け入れられる訳がない。

「肩、貸しますよ」

 ジョーカーは夏木に肩を貸す。ここの説明は後だ。

「成雲さん……すまない」

 力なく言う彼に、一刻も早く戻った方がいいと思わされる。精神的に参ってしまっている。

 人物画のある場所に行くと、彼はそれを見てまた驚いた。

「これは……!」

「元弟子の人達だよね?」

「これ全部、白野先生の作品だと」

「ちなみに、お前のもあるぜ」

 ジョーカー以外の人達がそう言うと、夏木はさらに力なくジョーカーに寄り掛かった。

「大丈夫ですか?」

 心配になって彼に聞くが、「あぁ……大丈夫……」と答えるだけだった。

(夏木さんにとっては酷なところだろうな……)

 師匠がこんな人だと思い知らされるとは思ってもいなかっただろう。相当辛いハズだ。

 ――それに、白野は……。

 ジョーカーは昨日思い出した幼い思い出を振り返りながらロビーまで戻ってきた。

 しかし、そこで待ち伏せにあった。

「クソ!出口はもうすぐだってのに……!」

 テュケーが舌打ちすると、背後から笑い声が聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのは……。

「ようこそ、白野画伯の美術館へ」

 そう、白野のフェイクだ。彼は殿様の恰好をしている。

「王様の次は殿様かよ!」

 マルスがふざけるなと言いたげに叫んだ。一方の夏木は彼を見て呆然としていた。

「え……?先生、なのですか?」

 動揺するのも無理はない。ここは誰も知らない欲望の世界なのだから。

「有名になってもあばら家暮らし?そんなわけなかろう。別宅があるのだよ」

「……ふざけるな」

「フハハハハ!青臭いのぉ!」

 その言葉を聞いて、ジョーカーは白野に苛立った。

 ――こんな奴が、母親の「元師匠」だったなんて。

 ジョーカーの母親も元は彼の弟子だったらしく、その縁で一度、ジョーカーも白野に会っているのだ。

「それにしてもお前、どこかで見たことある気がするな……」

「……そうでしょうね。オレの母親が若い頃お前の世話になっていたのだから」

 その言葉に全員が驚きを隠せなかった。

「くくく……そうか、お前は「舟森 広子」の娘か!高校生で成雲家に嫁いだあの女の!」

 ただ一人、白野を除いて。

「どうだ?今からでもワシの弟子にならないか?」

「断ります。オレはお前の「作品」になるつもりはない。お前の作品になるぐらいなら、死んだ方がマシだ」

 ジョーカーが言うと、夏木は思い出したかのように白野に聞いた。

「なぜ、盗まれたハズの「サヤカ」があそこにあったんですか?本物があるのに、なぜたくさんの模写を?聞かせてください……あなたが先生と言うのなら!」

 そうか、あのあばら家に本物があったのか……。すると彼は笑った後にこう言った。

「「盗まれた」というのは、ワシが流したデマだ。全て「演出」なのだよ」

「演出……?」

「例えば、こんなのはどうだ?「本物が見つかったが公に出来ない事情がある」「特別価格で売りたい」……どうだ、この特別感!俗人共は大抵食いついてくる!」

 こいつは、ここまで腐っていたのか……とジョーカーは思う。こんな奴が芸術家と名乗れるのだから世も末だ。

「絵の価値など所詮は思い込みだ。これも正当な「経済行為」……」

「そんな……」

 とうとう夏木はへたり込んでしまった。

「さっきから金金金……道理でこんな腐った美術館が出来るわけだ!」

 マルスが言うと、白野は「ガキには想像出来んか……」と呟いた。

「あんた芸術家でしょ!盗作とか恥ずかしくないわけ!?」

 ウェヌスの言葉にも動じた様子はなく、

「そんなの、道具に過ぎぬわ!」

 とさえ言ってのけた。ここまで腐っていると、いっそ哀れに見えてくる。

「お前にも稼がせてもらったぞ、裕斗……」

「なら、あなたを天才画家と信じている者達は……!」

 信じられないと言いたげに夏木は白野を見る。しかし、

「これだけは言っておく、ワシに歯向かわぬことだ。ワシに否をはさまれて出世できると思っているのか?」

「こんな、こんな奴の世話になっていたとは……!」

 夏木にはかなり衝撃的だったらしい。ジョーカーは彼の背をさする。

「大丈夫か?」

 そう言いながら前を見ると、エネミーが夏木に襲い掛かろうとしているところだった。

「危ない!」

 ジョーカーはすぐに彼を庇う。とっさのことでナイフは構えられず、しかもその首元に剣が突き立てられている。

「くっ……!」

 これでは動けない。ジョーカーは夏木だけでもと右手で後ろに突き飛ばした。

「まずはお前からだ!」

 このままではやられる――!そう思っていると、乾いた笑い声が聞こえてきた。

「事実は小説よりも奇なり、か」

「……夏木さん?」

 突然の言葉にエネミーも動けずにいると、

「そんなわけないと、俺はずっと目を背けてきた……真実すら見抜けぬ節穴とは、まさに俺の眼だったか……!」

 その言葉と共に、彼の「心」から声が聞こえてきた。

『ようやく目が覚めたかい?』

 すると、彼は頭を抱えた。これはもしかしなくても……。

『真実から目を背けるお前こそが何より無様なまがい物……たった今、決別するがいい!人世の美醜の誠を、今度はお前が教えてやれ!』

「よかろう……来い、「ファインアート」!」

 彼は葉っぱの形をした仮面をはがした。すると彼の後ろに芸術家の姿をした巨人が現れる。

 夏木の姿は青と白の盗み衣装に青の腰巻き、それから青の手袋だった。

「たとい悪の華は栄えど、悪は滅びゆくさだめ……」

 彼はそう言いながら、ジョーカーに剣を突き立てているエネミーを凍らせた。彼は氷呪文が得意なようだ。

「結局は仇で返すか!」

 白野がそう言うと、エネミー達が姿を現した。しかし、夏木は動じなかった。

「勉強させてもらったよ、白野……人を知るには、時に冷酷さがいることを……」

 そう言って彼が氷呪文を放つとエネミーが凍った。ジョーカーは続けて炎呪文を放つ。するとエネミーが消えていった。

「裕斗、お前は輝かしい未来をドブに捨てたんだ。画家としての道をあらゆる手段で刈り取ってやる……!」

 白野はそう言い放ってどこかに消えていった。夏木は追いかけようとするが、力なく座り込んでしまう。

「くっ……なぜ……!」

 彼は忌々しげに自分の足を見る。

「無理はいけません。一度戻りましょう」

 ジョーカーは癒しの力を使うと再び彼に肩を貸し、美術館の外まで戻った。そして、ナビを終了させる。

 そのあと、蓮達はファミレスに来た。そして、夏木にあの世界のことを説明した。

「なるほど、つまりオタカラとやらを盗めば改心すると……」

「そういうことです」

 蓮が頷くと、

「幻想怪盗団……ただの噂かと思っていたが、まさか本当にいたとはな」

 夏木は三人と一匹を見てそう呟いた。当然だ、まさか怪盗など現実にいるとは思わないだろう。しかも、その正体が現役の高校生だ。簡単に信じられる訳がない。

「だが、あの世界を見た以上信じるしかないだろ?」

 ヨッシーが言うと、「さっきから思っていたが」と夏木は彼を見た。

「なぜネコがしゃべっているんだ?」

 やはり、疑問には思っていたらしい。

「あの世界を見た後だとヨッシーの声が聞こえるみたい。他の人にはネコの鳴き声にしか聞こえないよ」

「そうなのか……」

 そこで彼は一度俯き、黙り込む。そして、

「……白野を、改心させる気か?」

 と聞いてきた。

「はい。何もなければその必要もなかったけど、自殺者が出たというなら放っておくわけにはいきません。それに、やらないと犠牲者が増えていくだけですから」

 蓮が答えると、彼は顔を上げ、

「なら、俺も仲間に入れてくれ」

 と言ったのだ。

「……本気?」

 思わず聞き返してしまう。だって白野は彼の師匠で……。

「本当は、前から気付いていたんだ。だが、そんなわけないって……信じられる訳ないじゃないか、育ててもらった人が、盗作や虐待なんて……」

「夏木さん……」

「他の弟子達のためにも、俺が終止符を打たないといけない。だから頼む……!」

 彼の熱意に蓮は心を打たれた。

 ――まだ彼が白野を慕っている可能性はあるけど。

 自分が背後から攻撃されないように気をつければいいだけだ。

「分かりました。一緒にやりましょう」

 そう言って蓮は頷いた。それに彼は「ありがとう」と微笑んだ。

「それから、俺のことは裕斗でいい。成雲さん……いや、蓮も、敬語は使わないでくれ」

「……それなら、そうさせてもらう」

 こうして、仲間が一人増えた。全員と連絡先を交換し、その日は解散になった。


 夜、怪盗団チャットに連絡が来た。

『明日からの集合場所だけど、どうする?』

『そういやそうだな』

『渋谷駅の連絡通路はどうだ?そこなら俺も集まれる』

『皆がいいなら別に構わないけど……』

『じゃあ決定だね!それじゃあ、また明日』

 新しいアジトは渋谷駅の連絡通路らしい。

 ――……それってどこだ?

 不安を抱えながら、蓮は眠りについた。


 放課後、蓮は渋谷駅に来た。そこまではいいのだが……。

 どこだ?ここ。

「おい、レン……変なところ来てないか?」

「……ボクもそう思う」

 いわゆる「迷子」というものだ。蓮は方向音痴なのである。

 ――東京って広い……。

 フッと遠くを見る。集合時間までもうすぐだ、蓮はもう少し彷徨うことにした。


 一方、怪盗団のメンバーは既に全員集まっていた。

「リーダー、遅いね」

「急用でも出来たんじゃね?」

「それなら、連絡してくるハズじゃないか?」

 いつもなら来ているリーダーを心配しながら待っていると、風花のスマホにチャットが入った。見ると蓮からたった二言。

「あ、蓮からだ。えっと……『ゴメン。迷った』……?」

 そこに書かれていたのはまさかの迷子発言。それには全員困惑する。

「……えっと……」

「……あいつ、方向音痴?」

「ここまでなら、迷子になるハズないのだが……?」

 風花は蓮が今いる場所を確認し、「迎えに行くからその場から動かないで」と送っておいた。

 風花に連れられ、蓮は皆のところに着く。

「えっとさ……もしかして、方向音痴?」

 風花が躊躇いがちに聞くと、蓮は恥ずかしそうに顔を背けながら、

「まだ……慣れてない……だけだから……」

 と子供の言い訳のような言葉を呟いた。そういえば彼女はこちらに来てまだ一か月ちょっと、しかも真面目だから用事がある時以外は寄り道なんてしないだろう。だからここに来たことがなかったのかもしれない。

「ま、まぁ、これで集まったことだし、作戦会議しようよ」

 風花の言葉に皆頷き、人々から背を向けて作戦会議をした。

「オタカラを盗めば白野は改心するんだな?」

「その通りだ」

「今はそのルートを確保しているというところだね」

 そう言うと、裕斗は考える。

「なるほど……あの人のオタカラか……何があの人を歪ませたのだろうか……」

「それは見てみないと分からないぜ」

「あぁ……」

 蓮だけはずいぶん警戒しながら頷いた。

 デザイアに入ると、テュケーが思い出したかのように言った。

「そういえばお前のコードネーム、決めてなかったな」

「コードネーム?そういえば個性的な名前で呼び合っていたな」

 裕斗が思い出したように言った。

「こっちではそれで呼び合うルールなんだ」

「なら、好きに決めてくれ」

 好きに決めて、と言われても……。ジョーカーは考え込む。

 ――彼は絵が好きだよな。

「……アポロ、でどうだ?芸術の神の名前なんだが」

「それはいい。気に入った」

「じゃあ、アポロで決定だな!」

 裕斗のコードネームも決まり、五人は先に進んでいく。あの中庭以降は行ったことがない。

 中庭より先に進むが、エネミーこそ出てこないが、赤外線が邪魔している。それをかわしながら進んでった。かなり進んだ先に安全地帯があったのでそこに入る。ジョーカーはアポロから少し離れた場所に立つ。

「ここは?」

「安全地帯って言ってエネミーが近寄れないところなんだ」

 テュケーが教えると、「なら、ここで休めるというわけだな」と頷いた。

「あの赤外線が厄介だな……」

 ジョーカーが口を開くと、全員が首を縦に振った。

「あれをどうにかしないと、オタカラどころじゃないぜ」

 どこかに解除する装置があるハズ……だが、それがどこにあるだろうか?従業員室の中か、外なのか。どちらにしても、簡単に見つかりそうにない。

「どうする?今日はもう帰るか?」

 テュケーの言葉にジョーカーは頷く。アポロはまだ慣れていない。少しずつ攻略していった方がいいだろう。

 現実世界に戻り、解散しようとすると裕斗に呼び止められた。

「どうした?」

「昨日、聞くタイミングを逃してしまったが……君の母親が先生の元弟子というのは本当か?」

「あぁ、それか。本当だよ。まだ中学生の時の頃らしいんだが、ここに住み込みで絵を教えてもらっていたらしい。高校生になってボクを妊娠したからここから出たらしいんだが……その縁でボクも一度だけ白野に会ったことがある。最近思い出したんだがな」

 随分幼い頃の話だ。その時に同い年の男の子と出会ったのだが、それは思い出せない。

「だからこそ、あいつを必ず改心させる」

「そうか……。話はそれだけだ。時間をとらせて悪かったな」

 裕斗はそう言ってあばら家に帰っていった。蓮もそれを見届けた後、ファートルに戻った。


 風花がモデルの仕事があるというのでデザイア攻略はなくなり、何しようか悩んでいると、裕斗からチャットが届いた。

『今、時間があるか?』

『あるけど、どうした?』

『君にモデルになってほしい。……あぁいや、先生の作品としてではなく、俺の課題だ』

『それなら構わない。すぐ向かう』

 特に用事がなかったので、蓮はすぐに裕斗の住むあばら家に向かう。正直、胸を打たれたとはいえあまり信用しきれていないが、仲を深めるにはいい機会だろう。


 あばら家に来ると、裕斗が中に入れてくれた。

「レン、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だろ、学校の課題って言ってたし」

 ヨッシーと話していると、裕斗は「そこに座ってくれ」と言ったので言われたところに座った。

「それと、メガネ外してくれないか?」

「いいけど……」

 蓮がメガネを外すと、「やはり、美しい……」と綺麗なものを見るような目をして、指で蓮の姿を囲った。一瞬、変人だと思ったのは蓮だけではないハズ。

 ――出会った時から変人だと思っていたけどさ。

 初対面の人間(風花)にいきなりモデルを頼むぐらいだ、相当な変人だろう。しかも、異性としての興味はないらしい。

 裕斗が描き始めたので蓮は静かに呼吸するだけで後は動かなかった。

 一時間後、「これでいい」と満足げに呟いたので蓮はようやく口を開いた。

「課題は何だったんだ?人物画?」

「そう言ったところだ。だが、俺みたいな奴につき合ってくれる人は少ないからな……」

 確かにと蓮は思う。彼は見た目こそいいが、いざ関わってみると他の人とどこかずれているところがある。しかも、有名画家の弟子と来たものだ、近付きにくいだろう。

「ボクで良ければ、いくらでも付き合うぞ?」

 蓮が言うと、裕斗は「本当か!?」と信じられないと言いたげに驚いた。蓮みたいな人は初めてなのかもしれない。

 なぜ信用出来ないハズの彼に協力する気になったのか。それは、母親の絵に対する熱意とあまりに似ていたからだ。

 頭の中に「皇帝」という言葉が浮かんだ。アルターを覚醒させた時点で分かっていたが、やはり彼もアルカナの一人だったようだ。

「今日はありがとう。明日からまた頑張ろう」

 彼の言葉に頷き、蓮はファートルに戻っていった。


 夜、金井に呼ばれたので蓮はミリタリーショップに向かった。

「何の用ですか?バイト?」

 蓮が聞くと、彼は「ごちゃごちゃ言ってねぇで準備しろ。スマホは持ってきているんだろうな?」と言われた。

「ファミレスに行くぞ。俺が咳をしたら電話かけてくれ」

 何のことかさっぱり分からないが、蓮は言われた通りすることにした。

 ファミレスに着くと、蓮は金井が座っている席とは違う、前のところに座っていた。すると、男性が金井の前に現れた。見た目からしてマフィア、だろうか。

 蓮は他人のふりをしながら二人の会話を聞いていた。途中で金井が咳込んだため、今だと彼に電話をかける。すると金井は「悪い、仕事の件だ」と言ってその場から去った。そして、電話口でそのまま切らずに奴の会話を拾えと命令され、蓮はその通りにする。すると、さっきまで金井と話していた男――白戸は誰かに電話をし始めた。

 内容はこうだ。

 彼はマフィアの一員。直接には言われていないが、会話的に金井も同じところに所属していたようだ。金井はマフィアを抜けて、一人過ごしていたようだ。最近、電話の相手が大きな取引をした……。と言ったもの。ちなみに、電話の相手は石野というらしい。

 白戸がファミレスから出ると、金井が蓮の元に来た。

「お前、なかなか使えるじゃねぇか。なんでもっと早く俺の元に現れなかった?」

 そう言われても、と思う。蓮が東京に来たのは幼い頃に数度、しかも母親に連れられてだったからミリタリーショップなんて行かせてもらえるハズない。

「まぁいい。特別メニュー、今度増やしておくよ。それじゃ、お疲れさん」

 ひとまず危険なシゴトは終わったようだった。かなり緊張したというのが素直な感想だ。

 しかし、これをやらないと戦力強化出来ないと割り切ることにした。


 次の日もデザイアに入り、前来た安全地帯まで行く。

「さて、ここからだが……アポロ、白野ならどこにオタカラを飾ると思う?」

 ジョーカーがアポロに聞くと、彼は少し悩んだ後、

「あの人のことだ、恐らくメインホールに置くと思う」

「だよな……じゃあ……ここか」

 ジョーカーが地図を見て、メインホールであろうところを指差した。

「期間は六月二日……早めに終わらせたいな。ウェヌス、仕事が入っている日は?」

「えっと……日曜日だね」

「よし、なら出来るだけ今日中にルートを確保するぞ」

「なんでだ?日曜日までまだ三日あるだろ?」

 マルスが疑問を投げかけた。それにジョーカーは答える。

「見ただろ?ここに来るまでにも赤外線がたくさん張られていた。オタカラの周囲もそうじゃないと限らない。対策を考えたいんだよ。それに、もし今日中にルート確保出来なくても大丈夫なようにだ」

「さすがリーダーだな。先のことまでしっかり考えている」

 アポロが言うと、ジョーカーは困ったような表情をする。口に出して言わないが、理由は彼にもある。

 ――彼が、何をするか分からない。

 もしかしたら、心変わりしてしまうかもしれない。裏切るかもしれない。仲間なのだからちゃんと信用しないといけないのは分かっているのだが……。

「よし、それじゃあ行くぞ!」

 テュケーの言葉に頷き、全員安全地帯から出る。

 道は入り組んでいて、まるで迷路の中を歩いているようだった。途中でエネミーと戦うもたいしたことはなく。

 しかし、ジョーカーの心はかなり疲労していた。なぜなら常に気を張っているから。

 本当はまだ慕っているのではないだろうか。

 後ろから攻撃されやしないか。

 そう思うとどうしても気を抜くことが出来ず、結果背中を簡単に預けることが出来なかった。

 そうしていると、新しい安全地帯があることに気付いた。

「あそこで休憩しようか」

 ジョーカーの言葉に全員が賛成した。中に入ると思っていたより疲れていたらしい、眠気が急激に襲ってきた。

「おい、ジョーカー。お前仮眠取った方がいいんじゃないか?疲れてるだろ?」

「そうしようかな……テュケー、十分後に起こしてくれ」

 テュケーの言葉に甘え、ジョーカーは皆に背を向けソファで眠り始めた。寝息が聞こえてくると、テュケーが話し出した。

「……これは問題だな」

「何が?」

「ジョーカーはアポロを完全に信用しきれていない」

「何だと?」

 その言葉にアポロは驚く。

 俺が信用出来ない?なぜだ?

「お前、最初さんざん敵視してただろ。それに、こいつ極度の人間恐怖症なんだ。普段は大丈夫らしいが……ふとした瞬間に過呼吸とかを起こすことがあるらしい」

 テュケーに言われ、アポロは黙りこむ。彼女があまりにも普通にしているから何とも思っていなかったのだ。

「だが、安心しろ。こいつは物分かりのいい奴だ、行動次第ではちゃんと信用するだろう」

 行動、次第……。

 アポロはもちろん、彼女を裏切るつもりはない。白野の道具という闇から救ってくれた彼女を裏切られるわけがないのだ。

「ジョーカー、十分経ったぞ」

「ん……ありがとう、テュケー」

 テュケーに起こされ、ジョーカーは起き上がる。すぐそこには悲しそうなアポロの顔。

 恐らく、気付いたのだろう。信用しきれていないことに。

 何か言わないといけないことは分かるのだが、何を言えばいいか分からない。しかし、だからといって仲間をこのまま放っておくことも出来ない。

「……テュケー、アポロと話がある」

「分かった。マルス、ウェヌス、ワガハイ達は外を見に行こう」

 ジョーカーはテュケーにそう言うと、彼は気を遣って後の二人と外に出てくれた。マルスとウェヌスはどういうことか分かっていないようだったが。

 二人きりになった部屋でジョーカーはアポロに向き合う。

「えっと……すまない、避けてしまって……」

「自覚はあったんだな。……俺は、信用出来ないか?」

 その言葉にジョーカーは首を横に振る。実際は、信用出来ないわけではない。この男は誠実だと分かっている。

「なら、なぜ?」

「……怖いんだ、裏切られるのが」

 あの日、女性に裏切られ罪人になった。それと同じようなことが起こったら……。それが恐ろしかった。

「……そう、か。安心してくれ、俺は君を裏切らない。それは、今後の行動で示して見せよう」

 彼女がそんな不安を抱かぬように、俺は彼女の刃となろう――。

 アポロは心にそう誓った。

 その後、少し話をしてお互いを理解した二人は部屋を出て、三人と合流した。

「何とか和解したようだな」

「あぁ」

 テュケーは二人の様子を見て笑ったが、あとの二人はやはり分かっていないようだった。

 三人の話によれば、この先に赤外線がたくさん張られていて通れないようになっているようだ。

「なるほど……。ちょっと待ってくれ」

 ジョーカーがトルースアイを使うと、壁に線が入っていることに気付いた。そこを触れると、部屋が出てくる。

「ビンゴ」

「すげぇ!ジョーカー、よく見つけられるな……」

 マルスが感心しているが、気にした様子はなくジョーカーはその部屋に入る。

 そこは絵画だらけの部屋だった。まるで狛井の時の書庫だなと思いながら探っていくと抜け道を見つけた。

「ここからなら行けそうじゃないか?」

 試しに入ってみると、別の部屋に繋がっていた。どうやらここが近道らしい、もうメインホールの近くまで来た。

 しかし、実際にメインホールの方を見るとオタカラの周りに赤外線が張られ、しかもその前に白野自身が立っていた。

「ふむ……どうしたものか……」

 これでは盗むどころではない。制御室に入り、いろいろと押してみるが使えそうなのは電気が消せるというものだけ。しかも、たった数十秒だ。

 さて、どうしようと思った時、天井にフックがあることに気付いた。

「あれは?」

「あぁ、あれは大きな作品などを移動させるときに使うものだ」

 ジョーカーが聞くと、アポロは答えた。

「使えるか?」

「恐らく」

「なら、一度そこから上に行ってみよう」

 上にのぼる通路を指差し、ジョーカーは言った。

 エネミーと戦い、雪男――スノーマンを仲間にした後、一番上に着くと、何かのレバーがあった。試しにおろしてみると、先程のフックが動いた。

 さらに天井の木で出来た道は全員が乗っても平気なほど頑丈な作りになっている。恐らくここから作品を動かすのだろう。しかも、オタカラの真上だ。

「……よし、これでルート確保だな」

 ジョーカーの宣言に後の人達は驚く。

「なんでだ?」

「よく見てみろ。周囲は厳重にしているが、上ががら空きだ。まさか上からオタカラを盗むとは思わないだろう。しかも電気が消せるときた」

「つまり、暗闇に紛れて上からオタカラを盗むってわけだな」

 テュケーの言葉にジョーカーは「その通りだ」と頷く。

「さすがだな!」

「よし、それなら帰るぞ。ついでに宝箱の中身も頂戴しておこう」

 そうしてルートを確保し、宝箱から売れそうなものを盗ってこの日は解散した。


 夜、勉強をしているとヨッシーが話しかけてきた。

「なぁ、レン」

「どうした?」

「お前、なんて言うかさ……ワガハイより慣れてるよな。怪盗稼業」

 言われてみれば、と思う。怪盗なんてやったことがないハズなのに、なぜだろう。考えても分からないので勉強に集中することにした。


 授業も終わり、帰ろうと思っていると長谷が数学の先生と口論になっていることに気付いた。

「だから、副業なんてしてませんって!」

「そうか?先生は帰るのがいつも早いからそうだと思っているんだが……」

 これは助けた方がいいなと思い、蓮は長谷に話しかける。

「お話し中すみません、長谷先生。教えてもらいたいことがあるのですが……」

「ん?君は……」

「あ、成雲さん!いやぁ、実は彼女に勉強を教える約束していて……」

 長谷もそれに乗ってくれた。そして逃げるように空き教室に向かう。

「ありがとう……成雲さん」

「いえ、困っているようだったので……」

「あの先生、狛井先生の件以来他の先生を探ってて……困っているのよ。本当は両親が病気がちだから早めに帰っているだけなのに……」

 そうだったのか……そうなってしまったのは自分達のせいだ。

「……それなら暇な時、勉強を教えてくれませんか?」

「え?」

「そしたらあの先生に詰め寄られることもないでしょう?」

 我ながらいい案だと思うのだが。すると彼女は考えた後、

「いいの?」

「はい。先生が良ければ」

「なら、そうしようかな……ありがとうね、気を遣ってくれて」

 頭に「節制」という言葉が浮かんだ。どうやら彼女も協力者の一人だったらしい。

「あ、そうだ。お礼に家事を手伝ってあげるわ。居候なんでしょ?家、近くだし」

「え、でも先生にさせるのはなんか申し訳ないというか……」

「いいのいいの!お礼だと思って!」

 ……なぜか流れで担任と連絡先を交換した。まぁ彼女がいいのならそれでいいかと蓮は思うことにした。


 スマホを見てみると協力者達の連絡先が並んでいた。良希に風花に裕斗に、藤森、敷井、金井、長谷……こうやって見てみれば割と多いと思う。

(皆と関わっていけるか不安になってきた……)

 人間嫌いが他人と関わるなんて、どう考えても無理だ。

 しかし、皆と関わっていることで少しずつ変わっていく自分がいることも確かだ。

 ――この運命の行く先は、一体何なのだろうか?

 それを、少し見てみたいと思った。


 休みは特にやることがなかったのでファートルの手伝いをし、空いた時間に敷井診療所で栄養ドリンクと塗り薬、それから精神科の薬をもらい、ミリタリーショップで皆の武器と防具を調達した。ついでに、売れそうなものも売っておく。それも武器や防具代に消えるのだが。

「お前、自分の武器や防具は変えなくていいのか?」

 ヨッシーに聞かれる。蓮は「なんか、むしろ強くなってるからボクのは変えても意味ないんだよね」と答えた。

「そうなのか?」

「うん」

 とにかく、これで準備は出来た。あとは作戦をどうするかだが……。

「ヨッシー、お前には先に頼んでおく。お前がオタカラを取ってきてくれ」

「了解だ。そもそもワガハイしか出来ないだろ、それ」

「そうだな」

 フックにヨッシーを縛り、電気が消えた状態でレバーを降ろす。電気がついた時にはオタカラを盗んでいる、という計算だ。上手くいくか分からないが、これしか方法がない。

「明後日が実行日だ、気合入れていくぞ」

 その言葉に蓮は頷いた。


 風花が時間のある時に連絡通路に集まった怪盗達は誰が予告状を書くかという話をしていた。

「予告状?」

「お前の心を盗みますって宣言してあのモヤモヤを実体化させるんだ。宣戦布告と認識してもらっていい」

 裕斗に説明していると、「ねぇ、裕斗に書いてもらえば?」と風花が言った。しかし、裕斗は首を横に振る。

「いや、無理だ。あの人は俺の字も分かっている」

 だてに育ての親ではない、ということか……。

「それなら、リョウキが下書きを書いて、それを訂正してもらう、でいいんじゃないか?」

「なるほど。それならいいかもな」

「まぁ、その程度なら……」

 ヨッシーの言葉に蓮も賛成し、裕斗も頷いた。


 決行日、ジョーカーは作戦を皆に伝えた。

 電気を消すのはマルスとウェヌス。

 レバーを降ろすのはジョーカー自身。

 そしてテュケーを縛るのはアポロだ。これが意外と重要な役目で、テュケーが落ちないようにしないといけない。

「準備が出来たら合図してくれ、アポロ」

「了解した」

 そう言ってそれぞれの持ち場につく。

 アポロの方を見て、じっと待っていると彼が左手をあげた。合図だ。

 電気が消えたと同時にレバーを降ろす。そして、電気がつく前に放す。電気がつくと、ジョーカーはアポロの元に行った。続けてウェヌス、マルスも来る。

「よう!どうだ?」

「もうすぐあがってくる」

 その言葉と同時にテュケーが布に被さったオタカラを持ってあがってきた。作戦は成功のようだ。下は大騒ぎである。

 帰り道は窓から出た。恐らく、警備員達が見回っていることだろうから。

 中庭まで来て、ヨッシーはもう耐えられないというようにオタカラを見た。しかし、それはオタカラなどではなく……。

「なっ……へのへのもへじ!?」

「はははは!まんまと騙されおったわい!」

 白野が五人の前に現れる。その隣の警備員の手には先程盗んだような布を被せた絵。

「偽物を用意してたのか……」

 これは予想していなかった。相手の方が上手だったと言うべきだろう。

「冥土の土産に見せてやろう……本物の「サヤカ」をな!」

 そう言うと、警備員が絵にかかっていた布をとった。そこに書かれていたのはあの女性と――三歳ぐらいであろう幼い男の子。絵の中の男の子は女性のスカートを掴んでいる。

「これは……!?」

「まさか……!」

 それを見て、ジョーカーはようやく思い出した。

「「遺された日々の思い出」か!?」

 そう、それがあの作品の本当の題名。確か、あの男の子は……。

「その通り!そしてこの幼子は裕斗、お前自身なのだ!」

「え……?」

 アポロは仮面の上からでも分かるぐらい驚いた顔をする。

「これはお前の母親の自画像なのだよ。死期を悟った女が幼い息子への想いを描いたのがこの「サヤカ」だ!」

 その言葉にジョーカーは歯ぎしりする。

 この男は、そんな母親の想いさえも踏みにじったというのか。

「あの女は、夫が死んだ後も絵への情熱を失わなかった。しかし、元々身体が弱くてな、これを書き終わった時も、それまでの無理が祟ったのだろう。苦しむあの女を見て思ったよ。このまま見過ごせば、絵をしがらみなく手に入れられるとな!」

「こいつ……!見殺しにしたってのか!?」

「最低だな」

 アポロは肩を震わせていた。自分の母親の死の真相が、まさかこんな身勝手な理由とは思ってもいなかっただろう。

「……礼を言うよ、白野。貴様を許してやる理由がたった今消えた。貴様は腐った芸術家じゃない!世にも卑しい外道だ!」

 アポロがそう叫ぶと、白野は「どいつもこいつも人の美術館に土足で入りやがって!」と姿を歪ませた。

「ワシこそが芸術界のルールだ!」

 なんと、白野は額縁の姿になったのだ。しかも、両目、鼻、口が分かれている。狛井の時も化け物の姿だったが、人間の形はしていた。

「戦うぞ!」

 こうなってしまっては仕方ない。ジョーカーはナイフを左目に突き立てる。が、相手の方が素早く、避けられた。

 ウェヌスも白野の口を鞭で攻撃するが、逆に鞭を噛まれ飛ばされてしまう。そして、呪文を唱えられた。庇う暇があるわけもなく、それをまともにくらう。

「テュケー!ウェヌスを頼む!」

「了解だ!」

「マルスとアポロは呪文を!」

 ジョーカーが的確に指示を出す。彼女自身もリベリオンを召喚し、闇呪文を唱えた。

 それぞれ両目、鼻、口に当たる。しかしどれも弱点ではないようだ。いや、こういった奴に弱点なんてあるわけないが。

 しかし、効果はあったようで怯んで動けなくなっている。そのすきにジョーカーは目に、マルスは鼻に、アポロは口に物理攻撃をくらわせた。

 ウェヌスとテュケーも復帰した。今回は早く決着がつくと思いきや。

「この……!これでも食らえ!」

 白野はアポロを狙ったが、「危ない!」と彼を庇ったジョーカーに黒い絵の具のようなものを吹きかけた。特に変わった様子はない、が嫌な予感がする。

 そしてその予感は的中する。白野が氷呪文をジョーカーに唱える。いつもならそこまで動じないのだが、

「うわぁあああ!?」

 いつも以上に強い攻撃に飛ばされてしまった。地面に頭をぶつけ、ジョーカーは気を失ってしまう。

「まさかあれは、全ての攻撃を弱点にしちまうものなのか!?」

 その様子を見ていたテュケーが驚いた声を出した。一方、アポロは呆然としていた。

 ――なぜ、彼女は自分を庇った?

 自分を庇いさえしなければ、彼女がああして気を失う羽目にならなかっただろう。それなのに……。

 リーダーが気を失ったことで皆が混乱している。

 ――今、彼女の刃にならずどうする。

 あの時、誓ったじゃないか。俺は、ジョーカーの……いや、「成雲 蓮」の刃になると。誰かに決められたわけじゃなく、自分の意志で。今こそ、その時だ。

「……ウェヌス、マルス、ジョーカーを匿ってくれないか?」

「わ、分かった」

「了解したぜ」

 アポロの指示にウェヌスとマルスは従う。テュケーが「何か考えがあるみたいだな」とニヤリと笑った。

「あぁ。あの塗りつぶしを逆に利用出来ないか?」

「――なるほど。塗り潰すことで相手を支配できると思い込んでいるからってことか」

 それなら自分にも効果があるハズ、と。丁度、端の方に同じような絵の具の花がいくつかある。

「俺が奴の攻撃を引きつける。その間にテュケーが塗り潰してくれ」

「……お前、ジョーカーに似ているな。いいぜ、時間を稼いでくれ」

 言うが早いか、テュケーは物陰に身を潜めた。その間、アポロは一人で敵の攻撃を引きつける。

 氷呪文で威嚇し、攻撃してくるところを避ける。近付いたら刀で斬りつける。それを繰り返していると、

「俺も援護するぜ!」

 マルスもそこに入ってくる。敵の攻撃が二手に分かれて避けやすくなった。

 すると、テュケーが「隙あり……だぜ!」とあの黒い絵の具を白野に塗った。

「しまった!」

「今だ!」

 三人がアルターを呼び出し、呪文を放つ。すると白野が元の姿になった。アポロは「これにておしまい」と言って白野を凍らせた。

「う、ん……?」

 それと同時にジョーカーが目を覚ます。そして、白野を見て決着がついたことを知る。

「……オレが気を失っている間に何があった?」

「あぁ、凍らせた」

「凍らせたって……えげつないな」

 いや、悪人だしここは幻想世界だからいいのか。そう割り切ることにする。それに、自分達も似たようなことをしている。

 パキパキと氷が割れる音が聞こえ、パリンといい音が聞こえる。白野はその場に倒れるが、サヤカに手を伸ばした。それを、アポロが刀で制する。

「ひっ……!ゆ、裕斗も分かるだろ?絵の価値など所詮は思い込み……真の芸術など誰も望んとらん……金のない画家はみじめだ……もう戻りたくなかっただけなんだよ……!」

 ここに来て言い訳か。ジョーカーは呆れる。

 アポロはというと、白野の胸倉を掴んだ。

「外道が芸術を語るな!」

 あれは相当キレてるなとジョーカーは思った。しかし、彼は白野を突き飛ばしたかと思うと本物のサヤカを手に取った。怒りに任せてとどめをささないところが優しい。

「現実に帰って、罪を告白しろ!全てだ!」

「と、とどめをささんのか……?」

「約束しろ!」

 あまりの気迫にジョーカーもビクッとなる。しかし、「分かった……」と白野が言うと、アポロはサヤカを見て幸せそうな顔をした。

 ――あぁ、こちらの方が本当の彼なんだな。

 今までは、白野に奪われていたものだ。取り返せてよかったと思う。すると、白野がこんなことを言った。

「あ、あいつは来ないのか……?」

「あいつ?」

「白い、男……丁度、お前と同じような仮面だ……」

 ジョーカーを指差して、怯えている。白い、男?それに、自分と同じような仮面……?心当たりがない。

「まさか、ワガハイ達以外にも侵入者がいたってのか!?」

 どういうことか確認しようとするが、デザイアが崩れ始める。

「早く脱出するぞ!」

 テュケーが車を取り出すと、ジョーカー達はそれに入った。アポロが最後、白野と話をしていたが、どんな話だったかは聞こえてこなかった。


 蓮の運転でデザイアを脱出し、サヤカの絵を持って連絡通路まで行った。

「それにしても、これが白野を歪ませた元凶、か……母が知らないのが唯一の救いだ」

 裕斗が呟く。心なしか絵の中の女性――サヤカが喜んでいるように見えた。

「よかったな、それ……戻ってきて」

「あぁ……確か、「遺された日々の思い出」か」

 裕斗も愛おしそうにそれを見ている。しかし不意に蓮の方を見て、

「そういえば、君はなぜこれの本当の題名を知っていたんだ?」

 と聞かれた。

「あぁ、それは……昔、会ったことあったんだよ、ボクとお前は。その時、お前の母親がこれを見せてくれてさ。息子に渡す予定だけど、もし題名をつけるならそうするって言っていたのを思い出したんだ。すっかり忘れてしまっていたが」

「そう、だったか……確かに、幼い頃に黒髪の女の子と遊んだ記憶はあったが……それは君だったのか」

 懐かしい思い出だ。まだいとこの兄が行方不明になっていない頃の話。

 それにしても、と彼は呟く。

「この絵を見た時の衝動……嘘ではなかったのだな。母の顔など、覚えていないのだが……」

「すごく良い絵だよね。裕斗に戻ってきてよかった」

 風花が言うと、ヨッシーが「そうだな」と頷いた。

「だが、今更その絵が評価されることはないだろうな。あばら家にある本物は塗り潰されてしまっている……皮肉だが、今やこっちが真実の「自画像」ってわけだ」

 確かにその通りだ。欲望の世界から取り返したこの絵こそが真実の「サヤカ」。一体どんな皮肉だろうか?

「しかし、この母の表情……名声など、求めているハズもない」

 だが、裕斗はそう言って微笑んだ。絵に描かれているサヤカと同じ顔で。こうして見ると、やはり親子だ。

「それで、どうすんの?」

「怪盗を続けるか、という話か?」

「あぁ。俺らはこれからも大物狙っていくけど?」

 良希が彼に聞いてきた。すると彼は「それをやって何になるんだ?」と聞いてきた。

「それは分からない。だが、人々に勇気を与えられたらって思うんだ」

 良希のかわりに蓮が答える。すると彼は少し考えた後、

「美しくない計画には乗らないからな?」

 と言ってきた。それはつまり、加入してくれるということだ。

「大丈夫。全会一致が原則だから」

「お前がいてくれたら予告状もハッタリがきいたものになるぜ」

「どうだ?リーダー」

 どうもこうも……。

「心強い味方だ、これからよろしく」

「あぁ。期待には応えてみせる」

 そう言って二人は握手をした。蓮の中にある、彼への不信感は消えていた。

「それにしても、白い男、か」

「気になるな」

 白野が残した情報。ハッタリの可能性もあるが、あの状況でその余裕があるわけがない。

「俺が白野から出来る限り聞いてみるよ」

 裕斗がそう言ったので、蓮は白野の方を彼に任せた。

「ボクも、出来る範囲で探ってみる」

 そう言うが、正直今の情報量だけでは見つからないだろう。

 ――いや、心当たりは、ある。

「分かった。では、手分けして探ろう」

 裕斗の言葉に蓮は頷いた。


 もう帰ろうという話になった時、蓮のスマホに電話が来た。誰かと見てみると母親からだった。蓮は仕方ないと電話に出る。

「……もしもし」

『もしもし、蓮。久しぶりね』

「……言うほど久しぶりでもない気がしますが?」

『そうかしら?一か月でも随分久しいものよ。……それにしても、あなたの今通っている高校、問題があったらしいじゃないの』

「そうですね……」

 狛井のことだろう。あれはある意味蓮達が起こしたと言っても過言ではないが。

『変なことには関わらないでよね。それから、悪い友達とも付き合わないこと。いいね』

「……はぁ」

『用件はそれだけ。それじゃあね』

 そこで電話は切られた。頭に「力」という言葉が浮かんだことから母親もアルカナの一人だということは分かった。しかし、あの人と仲を深めるつもりはない。蓮の様子を気になっていたらしい仲間達は「誰から?」と聞いてきた。

「……お母様だよ。変なことに首を突っ込むなってことと悪い友達と付き合うな、だと」

「もう手遅れじゃね?」

 既に怪盗団、しかもリーダーをしている。確かにもう手遅れだ。

「まぁ、あんな人の言うことなんて聞くつもりさらさらないけど」

 蓮はそう言ってスマホをポケットに突っ込んだ。

 そしてこの日は解散となった。絵はどうするか聞いたが、裕斗が持ち帰ると言ったので特に反対はしなかった。

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