二章 初めてのデザイア攻略と色欲の魔王・狛井
城の中に侵入した蓮達は近くの部屋に入った。
「まさしく、「怪盗」だな」
ヨッシーが楽しげに言った。確かに、「オタカラ」とやらを盗むわけだから怪盗とそう変わらないわけか。
「それじゃあ、ワガハイが怪盗のイロハを教えてやろう。まずはコードネームからだ!」
「コードネーム?」
「怪盗なのに本名で呼び合っていたらかっこ悪いだろ!それに現実世界で何が起こるか分からないしな」
まぁ、確かに怪盗なのに本名で呼び合っているのはおかしいだろう。捕まえてくださいと言っているようなものだ。それに、いくらこちらでの出来事は覚えていないとはいえ現実世界に全く影響しないとも限らない。良希は「いいな、それ!」と盛り上がっているし、別に構わないかと思う。
「じゃあ、まずはリョウキ。お前は「不良」な」
「待て、それぜってー見た目で判断しただろ」
ヨッシーの決めたコードネームにすかさず良希はツッコミを入れる。だが、見た目は本当にヤンキーだ。「不良」というコードネームがつけられても仕方がない。
「じゃあ「金髪」な」
「それ最初のお前からのあだ名じゃねぇかよ!蓮、いい案ないか?」
急に振られ、蓮は考える。彼に当てはまりそうなコードネーム……。
「……「マルス」、なんてどうだ?」
「マルス?何でだ?」
「神話の中の、戦いの神の名だ。お前、呪文攻撃よりも物理攻撃の方が強そうだし?」
実際、見ていて呪文より武器を使った攻撃の方が強いんじゃないかと思った。
「へぇー、いいじゃねぇか。気に入った!」
「じゃあ、お前は「マルス」な。次はワガハイだ」
ヨッシーが言うと、良希はすぐに言った。
「お前は「ネコ」だ!」
「なんでだ!」
また言い合いになりそうな雰囲気に蓮はため息をついた後、
「テュケー……なんてどうだ?」
と提案した。
「ちなみに、どうしてだ?」
「運命を司る女神の名前。女神だけど……コードネームに性別も関係ないかなって」
「女神……少し複雑だが、まぁ、悪い気はしないな。ワガハイはそれでいい。最後はレンだな、何がいい?」
何とか言い合いにならずにすんだと胸をなでおろしていると、ヨッシーがそう聞いてきた。自分のコードネームは何がいいかって……。
「……別に、何でもいいかな?」
ヨッシーは「運命的な出会いをした」という意味でつけただけだ。良希も力の方が強そうという単純な理由だし。
「ワガハイも、いいやつが思いつかねえな」
「あ、「女帝」とかどうよ!?」
「却下。そもそも「女帝」という柄じゃない」
良希の意見を即切り捨てる。恐らく「お嬢様」というところから来たのだろう。悪いが、蓮はそんな柄じゃない。
「仕方ない、レンのコードネームは後で決めるぞ」
扉の外から足音が聞こえてくる。ゆっくり考えている時間は確かになさそうだ。
足音が遠くなったのを見計らって廊下に出ると、物陰に隠れる。その先にはあの鎧の姿。
「いいか?まずはオタカラのところまで向かう。その間に何度も戦闘することになるが、基本は「不意打ち」だ」
「不意打ち?つまり、後ろや物陰から仕掛けるということか?」
蓮が確認すると、ヨッシーは「あぁ、レンは読み込みが早くて助かるぜ」と笑った。良希はまるで分からないと言いたげだ。
「ほら、ゲームとかであるだろ。隠れて敵が油断している隙に攻撃を仕掛ける……そう言うことだ」
「なるほどな」
ゲームで例えてようやく分かるって……。
ため息をつき、良希にも分かりやすく伝えようと一人心に決める。
「じゃあ、レンに任せるぜ。お前なら大丈夫そうだしな」
そこは経験者のヨッシーがやってよ……と思わなくもないが、任されたので蓮は隙をうかがう。
「仮面を剥がせよ……そしたら奴ら、慌ててすぐに攻撃は出来ないハズだ」
鎧が後ろを向いた隙に蓮はバッと近付き、言われた通り仮面を剥がす。鎧に仮面なんてどうやってつけているのか分からないが、ここは異世界、何でもありなのだろう。
ヨッシーが言った通り、正体を現したが慌てて攻撃してこなかった。
「よし!さすがだな!」
そのままヨッシーは小刀で攻撃を加える。蓮も続けてナイフで追撃する。とどめは良希のメリケンサック。
「そう、そんな感じだ。覚えておけ。じゃあ、次。銃、準備しとけ」
銃は、確か懐に入っていた。蓮はコートを探ると、すぐに見つかる。
「……これ、モデルガンっぽいが」
「でも、ここは「認知」の世界でもあるんだ。なら、本物そっくりのものはどうなる?」
「……なるほど。立派な「武器」になるということか」
さっきのナイフも本当はレプリカなのだろう。それなら、武器を現実で調達することも出来そうだ。
「では、レン。あのエネミーに仕掛けてくれ」
ヨッシーが指差したエネミーにさっきと同じように不意打ちを仕掛ける。見た目は妖精のような姿だ。
「そのまま動けなくするんだ」
指示に従い、蓮はリベリオンを出し、攻撃する。弱点だったのか狙い通りエネミーは怯んで動けなくなる。
「チェックメイトだ」
ヨッシーがかなり小さめの銃をエネミーに向けた。蓮もハンドガンを向ける。良希は分かっていないのかそれとも持っていないのか呆然と立っていた。彼に話しかけている時間がもったいないとヨッシーは蓮に話しかける。
「ここからするのは「取引」だ。エネミーと話をして、何かをもらって撤退させるというのも手だ」
そして、見本というように実践して見せた。
「お前、消えたくなければ何か出せ」
しかし、エネミーは慌てたように言った。
「す、すみません。今回は持ってなくて……」
「何っ!?」
それを聞いた途端、ヨッシーは焦る。まさか、持っていなかった時のことを考えていなかったのだろうか。
「い、いつもは持っているのよ?」
「……しゃーない。始末するか」
血も涙もない言葉に蓮は止めようとする。
「おい、それはさすがに……」
「だってよ、何か出さないと始末するって言っちまったんだぜ?」
確かにそうだが……何か他に……。
「……なぁ、お前」
「な、なんですか?」
「オレ達に力、貸してくれないか?」
蓮は代わりの案を出す。するとそのエネミーは「助けてくれるんですか?」と聞いてきた。それに蓮は頷く。
「オレ達に力を貸すことが条件だ。どうだ?」
「も、もちろんです。ありがとう、これからはあなたの力になりましょう」
そう言って、エネミーが光に包まれたかと思うと蓮の仮面に入っていった。
「な、なんだ!?何が起きたんだ!?」
ヨッシーが慌てたように蓮に聞いてきた。だが、聞きたいのはむしろこちらの方だ。仮面に変わった様子はない。しかし、僅かに力がみなぎってくる気がする。
「ま、まぁ、これでよかったのかもな。先、行こうぜ」
その言葉に同意し、先に進んでいく。
目の前にエネミーがいたので、再び物陰に身を潜める。後ろを向いた隙に蓮が仮面を剥がすと、エネミーの正体が現れる。
ふと、頭に「ダークネス」以外の呪文が浮かんだ。
「トネール!」
唱えると、リベリオンから雷が放たれる。その背後にはあの妖精の姿。
「まさか……エネミーを自分の「アルター」として取り入れたのか!?だからあんな風にエネミーが後ろで支援を……!?」
その様子を見ていたヨッシーは驚いた声を出した。そして、一人でエネミーを倒した蓮に近付く。
「こんな奴、聞いたことない……ワガハイの見込みは確かだったな!」
「そうなのか?」
見込みがどうとかは置いておいて、エネミーの力を自分の力として使えるのはそんなに珍しいことなのか。
「あぁ。心は普通一つ……だからアルターも一人一つなんだ。アルター……いや、サポートエネミーを複数使えるのはお前が初めてだ」
確かに、心は一つだ。多重人格の人も元は一つの心だから、もし仮にそういう人がアルターを覚醒させても一つしかないらしい。だから、これは本当にすごい能力なのだろう。
「よし、これからよろしくな、「ジョーカー」」
「ジョーカー?」
蓮が聞き返すと、ヨッシーは「切り札という意味だ」と答えた。
「お前は無限の可能性を秘めていそうだったからな。ワガハイ達の「切り札」だ」
「なるほどな、分かった。期待に応えて見せよう」
いつもと変わらない表情のまま蓮は頷く。まるで顔そのものが「仮面」のようだ。
しかし、その瞳の奥に強い意志を感じることが出来た。絶対に応えて見せるという、強い意志が。
「では、行こう」
蓮……いや、ジョーカーはヨッシー――テュケーと良希――マルスに言った。彼らは頷き、先に進む。
何体かエネミーを倒すと、歪みの少ない部屋があることに気付いた。
「ここは……?」
「安全地帯だな。ここならエネミーも近付かない」
そういうことならとジョーカーは部屋に入る。続けてヨッシーとマルスも入った。一瞬だけ、部屋が教室に変わった気がした。
「ここ、ホントに学校なんだな……」
マルスが呟くと、テュケーが「何度も言っただろう……」と呆れた声を出した。
ここで少し休憩しよう、という話になっていると声が聞こえてきた。
「狛井様はどこだ?姫様をお連れしないといけない」
「確か、大広間にいらっしゃったぞ」
エネミー達の声だ。三人は顔を見合わせる。
「……ワガハイが様子を見てこよう」
テュケーの申し出にジョーカーは「頼む」と言った。ジョーカーやマルスではバレてしまう可能性が高いため、誰よりも身軽で小さい彼が行った方がいいだろうと判断したのだ。
テュケーがこそっと外に出ると、ジョーカー達も部屋の中から声だけでもと耳を傾けた。
「でも、なぜ姫様はあのような服で……?」
「分からないな。だが、狛井様のところに連れて行けば分かるだろう」
「……?いつもと、違う服?それに、姫様……」
思い浮かべたのは、前に見た春鳴の姿。確か、下着姿に猫耳をつけていた気がする。それと違うということは……。
「おい!大変だ!」
テュケーが慌てた様子で戻ってきた。「どうした?」と聞くと、
「お、お前達の知り合い……確か、ハルナキ、捕まってる!」
「なんだと!?」
マルスが焦った声を出した。もしかして、ナビを起動するときに巻き込んでしまったのだろうか。それとも持っていたのか?どちらにしてもまずいことになった。
「早く助けに行くぞ!」
ジョーカーの言葉に二人は頷き、すぐに廊下に出た。
大広間では、春鳴が両手足を大きく広げた状態ではりつけにされていた。
「な、なんなの!?外しなさいよ、これ!」
文句を言っていると、彼女の目の前に王様のマントを着た狛井と下着姿に猫耳をつけた自分自身、それから白いキャミソール姿の黒髪の女性が現れた。
「お前達、こいつを俺様のフウカと間違えたのか?」
「す、すみません。あまりに似ていたもので」
風花、とは春鳴の名前だ。あまりにもなれなれしく呼んでいたので少し吐き気がするが、それよりも。
「狛井!?何なの、その姿!?」
状況を何一つ理解していない風花には、なぜ狛井がそんな格好でいるのか、なぜもう一人の自分がいるのかが分からなかった。
一方、ジョーカー達はエネミーを倒しながらようやく大広間に辿り着く。バンッ!と扉を蹴破ると、すぐそこにいたのは、体育服姿の女子生徒達。何人もいて、狛井の趣味が垣間見えた。
「うわっ……」
マルスが気味悪げな声を出す。ジョーカーもそうしたい気持ちだったが、それよりと少し奥を見ると、そこにははりつけにされた風花の姿があった。
「春鳴!」
三人が駆け寄ると、狛井がこちらに気付いたようで三人の方を首だけ振り向いた。
「なんだよ、これからお楽しみって時に。何回来るんだよ、風谷」
そう言う彼の傍にはフェイクの風花と……。
「……それ、オレか?」
そう、ジョーカーだ。まさかたった数日で自分も対象になるとは思っていなかった。
「……奴にはオレはああ見えているということか」
呆れた、気色悪い、としか言えなかった。確かに無表情で無口なところは自分にそっくりだ。違うところといえば、あんな服は着ないということぐらいだろう。
「その声、風谷?じゃあ、隣にいるのはもしかして転校生さん!?それに、化け猫!?」
「どうも、成雲 蓮です」
風花が聞いてきたので、ジョーカーは馬鹿正直に答える。
「真面目か?こんな時に」
マルスがそんな彼女にツッコミを入れ、テュケーは「化け猫」という発言に落ち込んでいた。しかし、狛井は全く気にした様子を見せなかった。
「お前達も見て行けよ。解体ショーを」
「何言ってるの!外しなさい!」
風花は必死に抵抗している。しかし、エネミーに槍を突きつけられ、「ひっ……」と悲鳴をあげた。
春鳴を助けようとマルスが近付こうとすると、
「動くな。動いたら、そいつを殺す」
狛井の言葉にジリッとエネミーが風花に近付いた。これではうかつに近寄れないと歯ぎしりをする。
「何がどうなってるの!?」
風花が聞いてくるが、それに答える前に狛井が彼女の方を向いた。
「あ、そうそう。あいつ飛び降りたのお前のせいだからな」
「え……」
あいつ、というのは川口のことだろうとすぐに分かった。やはり、こいつが何かやったのだろう。
「お前が相手してくれないからかわりにしてもらったんだよ」
その言葉にジョーカーはさらに怒りを覚えた。こんなクズのせいで川口は屋上から飛び降りたのか。
でも、もっと怒りを覚えたのは。
「あ、あはは……じゃあ、これは……天罰かな?あいを助けられなかった……」
諦めかけている彼女のその姿だった。
「……また言いなりか?」
気がつけば、ジョーカーは言葉を紡いでいた。
「またそうやって、逃げるのか?」
厳しい言葉だか、きっとこう言えば、彼女は……。
「……そんなのやだ」
顔をあげた彼女のその瞳には、強い意志が宿っていた。
「そうだよね。こんな奴の言いなりなんて、どうかしてた」
そう、それでいい。彼女が諦めなければ、きっと川口は救われる。
「なんだよ。奴隷は奴隷らしく俺様の言いなりになれって……」
「ふざけないで!」
強い口調で風花が叫ぶ。
「もうね、無理。あんたの言うことなんて、絶対に従わない。あいをあんな目にあわせたあんただけは、絶対に許さないんだから!」
その言葉と同時に、風花は痛みに耐えるように顔を下に向け、声を押し殺し始めた。これはもしかしなくても……。
『そうよ。最初から許すつもりなんてなかった。分かったなら、力を貸してあげるわ。親友を強く想うその意志……彼女達のために解き放ちなさい』
「分かった……もう我慢なんてしない……!」
顔をあげた彼女の顔には、ハートの形に似た仮面がついていた。縛られている手足が光ったかと思うと、彼女が力を込めてそれを壊す。そして、片手で仮面を掴むと、それをすぐに剥がした。
彼女の身体が青い炎に包まれる。それが消えると、彼女の服が制服から赤いボディスーツにブーツ、それから赤い手袋をつけていた。彼女も持っていたのだ、「もう一人の自分」を。
「まさか、彼女にもアルターが……!?」
テュケーは驚いているが、ジョーカーはどこかの確信していた。なぜかは分からないが、彼女は絶対にアルターの素質を「持っている」と。
風花はバッと走るとエネミーの手を蹴り上げて剣を奪い、自分のフェイクを斬り捨てた。風花のフェイクは消え、その様子を見ていた狛井は顔を青くして逃げ出す。置いていかれたジョーカーのフェイクは彼に手を伸ばすが、
「……消えろ」
本物のジョーカーの無情な言葉と共にナイフで切り裂かれ、消えていった。彼女にしては珍しく怒りを含んでいた。
ーーこんなの、オレじゃない。
そう思っていたから。そもそも人間恐怖症なのにこんなことするわけがない。
狛井を追いかけようとすると、エネミーに足止めされた。
「狛井様には指一本触れさせん!」
そう言って、正体を現す。前に見た騎士のような姿だ。だが、前のエネミーとは違う。
「狛井様の愛情が分からぬ不届き者め!」
「女を欲望のはけ口としか見てないくせに、愛情だなんて笑わせるな!」
エネミーの言葉に風花がいら立ったように叫ぶ。その手には鞭があった。後ろには赤いドレスを着た巨大な女性。
「もう我慢しないって決めたの!好きにやらせてもらうよ!ジェントル!」
風花のアルターが炎を放つ。どうやら彼女のアルターは炎呪文が得意なようだ。
続けて、ジョーカーも仮面に触れ、リベリオンを召喚して闇呪文を唱える。エネミーはまともにくらっていたが、特に弱ったところは見られなかった。まだ体力があるらしい。
「生意気な……!」
エネミーは剣でテュケーを斬りつけた。思ったよりエネミーの動きが早かったのか、避けきれなかったようだ。テュケーの腕に深い傷が出来る。
「くっ……!」
「大丈夫か?」
リベリオンを戻したジョーカーは彼に近付くと、すぐにその手を取った。光に包まれ、彼の傷が塞がっていく。
「この力は?」
「「癒しの力」。成雲家に伝わる秘術の一つでオレの場合、自分以外なら外傷だけでなく心の傷もある程度治すことが出来る」
東京では使わないようにしようと思っていた力だ。この力のせいで、地元では化け物扱いされていた。
「なるほど。それは使えるな、ジョーカー」
しかしテュケーは怖がる様子もなく、そう言った。確かに、自分以外には使えるからこういった時には役に立つだろう。
「それ、何の代償もいらないんだろ?」
「あぁ、一応な」
「ある時」に使わなければ、特に何も代償はない。ただ、誰かを回復させている間動けない程度だ。
「それなら、ワガハイ達の回復が間に合わない場合や身体に異常が起きた時に使ってくれ」
「任せろ」
それくらいなら大丈夫だろう。誰かを助けるためなら。
「ただ、さっきも言った通り、自分には使えない」
「だから、お前が傷ついたらワガハイ達が回復させてやる」
テュケーから厚い信頼を感じた。「魔術師」という言葉が頭に浮かぶ。その信頼に応えられるように強くなろう。
「さて、話はここまでにして今は目の前の敵だ」
「そうだな。――恐らく、炎が弱点だと思う」
先程、風花が攻撃した時に僅かに怯んだところを見逃すジョーカーではない。
「なら、春鳴の攻撃が当たるように俺達が引きつけようぜ」
マルスにしてはいい考えだ。ジョーカーとテュケーは頷き、早速エネミーに攻撃した。ジョーカーは闇呪文で、テュケーは風呪文で、マルスは雷呪文で少しずつダメージを与えていく。
「くそ、ちょこまかと!」
エネミーは怒り、ジョーカーに剣を振るうが後ろに飛んで避ける。そして再びリベリオンを召喚すると、
「ナイトメア!」
頭に浮かんだ新しい呪文をエネミーに向かって叫んだ。黒い煙がエネミーに纏うと、エネミーは眠りについた。うなされており、悪夢を見ていることが分かる。
「春鳴さん!今です、炎呪文を!」
予想外だったが、これはチャンスと風花に命令する。彼女は頷き、アルターを召喚して炎攻撃を与える。相当体力が減っていたらしく、攻撃が当たるとエネミーは悲鳴をあげながら消えていく。
そのまま狛井を追いかけようとする風花だったが、マルスの時と同じように座り込む。
「大丈夫ですか?」
ジョーカーが近付くと、風花は「ちょっときつい……」と答えた。これは一度戻った方がいいとテュケーに目で合図した。そして少しでも疲れが取れるようにと彼女の手を取り、癒しの力を使った。これで立てるぐらいには回復しただろう。
「……そうだな。一度戻ろう」
それが伝わったテュケーも風花に近付いた。彼女は自分の服を見て、驚いた声を出す。
「な、何!?これ!?」
「この世界でのアルター使いの服だ。あぁ、アルターっていうのはさっき出てきた巨人のことだ」
テュケーが簡単に説明すると「男は見ないで!」と怒られた。確かに、身体のラインがはっきり見えていてかなり恥ずかしいだろう。
「……テュケー、マルス。お前達はあっち向いていてくれ」
仕方ないとジョーカーは二人が出来るだけ見えないようにと風花の前に立ち、そう言った。二人は頷き、背を向ける。
「ほら、立てますか?」
風花に手を差し出し、尋ねる。風花はその手を取り、立ち上がった。
「早くあいつを倒さないと……!」
今にも走り出しそうな様子の彼女にジョーカーは「今はやめた方がいいです」と言った。
「体力を回復させることが優先ですから」
その言葉に風花は渋々頷いた。本当は不本意なのだろうが、ここで突っ走ったら死んでしまうかもしれない。
「二人共、行くぞ」
彼女の気が変わらないうちにと男二人に声をかけ、ジョーカーは風花をコートで隠しながら歩き出した。二人は気遣ってか先に歩いてくれる。
そうして城の外に出ると、ジョーカーはナビを止めた。すると、服装が元に戻る。
「あ、戻った……」
「幻想世界から出たからな」
黒ネコ姿になったヨッシーを見て、風花は「ネコがしゃべった!?」と良希と同じ反応をする。しかし、頭の痛みを感じていた蓮にはよく聞こえなかった。
「あぁ、そいつはあのネコだ。ほら、しゃべってた……」
「あのマスコットみたいな?何でしゃべってるの?」
「あの世界を見た後だと聞こえるみたいなんだ」
良希が風花に説明する。珍しい光景だ。
「良希、こんなところで話もなんだし、公園に行かないか?」
頭の痛みを抑え込むように蓮が言うと、「それもそうだな」と答え、四人は近くの公園に向かった。
「じゃあ、あの世界をどうにかすれば狛井は改心するってこと?」
公園で話を聞いた風花は蓮とヨッシーに尋ねる。良希は二人の飲み物を買いに行っていてここにはいない。
「はい、そういうことらしいです」
質問に頷くと、風花は蓮をじっと見た。何だろうか?
「あなたって、女、なんだよね?」
「そうですけど」
不意に聞かれ、蓮は首を傾げる。すると「でも、男子制服……」と呟いた。
「あぁ、成雲家の掟ですよ。女は結婚するまで男として育てないといけないって決まってるんです。それから、女であることを隠すため、でもあります」
もっとも、それは地元での話でこっちでは関係ないのだが、こっちに来たからと言って急に変えることは出来ない。それに、もうバレているも同然だが、一応女であることは隠しているのだから。
「そう……」
「もしかして、男装趣味だとかそんなのだと思っていましたか?」
男装趣味、というのも少しはあるが、それは普段の服でやればいいことだ。制服でしなくていい。最近は女子でもズボンを着て登校していいという学校もあるようだが、凛条高校はそんな学校ではない。
「……ちょっとだけ。でも、そうだよね。理由ぐらい、あるよね」
俯く彼女に蓮は「理由が分からなければそうも思いますよ」と答えた。
「……あたし、さ。あなたの噂、どこかおかしいと思ってたんだよね。こんな大人しい子が本当に犯罪なんてやったのかなって……」
「……別に、あなたには関係ないでしょう。ボクのことなんて」
思ったより冷めた口調に蓮自身が驚いた。自分がこんな声を出すなんて。
「あ、ごめん……言いたく、ないよね」
「……すみません、さすがに、今のはボクの方が悪かったです」
しゅんとなる彼女に慌てて謝る。今のは自分の方が酷かった。彼女は悪気があって言ったわけじゃないのに。
(八つ当たり……ってやつ?いくら何でも、関係ない人に……)
自分が嫌になる。前まではこんなことしなかったのに……。
「あ、いや、だって前にあたし、「犯罪者」って言ったし……」
そういえばそんなこともあったと思い出す。その時は体調を崩して次の授業は保健室で過ごしたのだった。
――え、あなた、本当にここで休むの?
保健室の先生に言われたことを思い出す。
――別に構わないけど……ベッドは貸せないわ。他の生徒もここに来るから。……なんで「前歴者」がここで……。サボるなら空き教室に行けばいいのに。
サボりじゃないと言いたかったが、あまりに気分が悪くて言う気力すらなかった。言ったところで聞き入れてくれないだろう。蓮はおとなしく隅にある椅子に座って体調がよくなるのを待った。
「どうしたの?」
「あ、いえ。何でもありません」
保健室での出来事を振り払うように首を振った。こんなことを誰かに話しても意味はない。
「あのさ。あたし達、これから一緒に戦うことになるんだから敬語はなしにしない?あたしとしてもそっちの方が接しやすいし」
「そんなものですか?」
首を傾げると、彼女は頷いた。
「そうだよ。壁を感じる」
「……分かった。敬語はやめる」
彼女が言うのならそうなのだろう。良希やヨッシーにも敬語は使っていないわけだし、風花だけというのも確かにおかしい気がすると蓮は思い、普段の口調にした。
「おーい!買ってきたぞ」
女同士で話しているとようやく良希が戻ってきた。彼の両手にはペットボトル。自分の分はどうしたのだろうか。
「どっちがいい?」
彼が聞くと、風花は「炭酸じゃない方」と答えた。しかし、「あー、悪い。どっちも炭酸だ」と良希が言うと、彼女は悩んだ末に右のペットボトルを取った。もう一つの方は蓮に渡される。
「お前も炭酸じゃない方がよかったか?」
「いや、別にそんなことはない」
蓮は特に炭酸が苦手というわけではないが、風花はそうではないらしく飲みにくそうにしていた。
ふと、良希が蓮の方を見て口を開いた。
「そういやお前、こっちでは「ボク」なのに、あっちの世界では「オレ」って言ってたよな?」
「そうだっけ?」
無意識だったので、よく覚えていない。
「そういやそうだな。まぁ特に気にするところじゃないが」
「むしろ、あの姿の時はそっちの方がしっくりくるよ」
しかしヨッシーと風花がそう言うので、一人称が変わることは気にしないことにした。男っぽいのは仕方のないことだ。それがあちらの世界ではさらに強く出るのだろう。
「そういえば皆、下の名前で呼んでいるんだよね?」
風花が聞くと良希は「そうだな」と答えた。
「じゃあ、あたしも二人を下の名前で呼ぶね。二人もあたしの名前、それでいいから」
「分かった」
「とりあえず、座るか」
蓮が言うと、良希と風花は頷き、近くのベンチに座った。ヨッシーは蓮の太腿に座る。
「全員揃ったな。では、作戦会議といこう」
ヨッシーが言うと、三人は耳を傾けた。蓮は周囲の様子を確認しながら聞く。
「攻略は明日からでいいんじゃない?」
風花が首を傾げると、ヨッシーは「いや、月曜日からの方がいい」と答えた。
「この二日間は回復アイテムの入手や武器の調達なんかした方がいいだろう」
「あぁ、それもそうだな」
なぜかエネミーが現実世界のお金を落としていってくれるので意外と貯まっている。何かあると困るから普段使っている貯金箱とは別に入れているけど。
「レン、回復アイテムが入手出来そうなとこに心当たりあるか?」
「ボク?……居候先の近くに診療所があるっていうのと渋谷に薬局があるっていうのくらいしか分からないな。何せこっちに来てまだ約一週間だし」
そういうのは良希や風花に聞いた方がいい。蓮は田舎者すぎる。
「他にないか?例えば……コーヒーとか?」
「ボクの居候先が喫茶店だ。許可を取れば多分使える」
ピンポイントな指摘に蓮は答える。蓮はコーヒーが好きで実家でも自分で豆を挽くところから作ることが多かったから腕にはそれなりに自信がある。藤森には敵わないだろうが。
「武器については俺に任せろ。いいところがあるぜ」
「なら、案内はリョウキに任せる」
明日にでも案内してもらおうと思っていると、
「あー……ごめん。あたし、土日いけない。あいのお見舞いに行きたくて……」
風花が申し訳なさそうに告げる。
「別に構わない。親友なんだろ?」
蓮が言うと彼女は「……うん」と頷いた。親友のお見舞いぐらいなら誰も何も言わないだろう。
「そのかわり、あたしの武器は何でもいいから」
「武器って言ってもモデルガンだけどな」
それはそうと、気になることがある。
「ところでヨッシー、お前どうするんだ?集合する時連絡取れないだろ?」
良希が尋ねると、「ふっふっふっ、実は考えてある」と笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
「こいつのところに住まわせてもらうのさ!」
予想的中。ヨッシーは蓮を見てそう言ったのだ。
「あの、ボクも居候なんだけど」
ネコなんて連れて帰ったら追い出されるかもしれない。何せ飲食店だ、動物なんて飼えない可能性が高いだろう。本人はネコではないと言っているけれど。
しかし、他の二人はどうしても駄目らしい。二人にも頼み込まれる。
「……分かった。何とかするよ」
結局蓮の方が折れ、ヨッシーは彼女の居候先――ファートルに行くことになった。
「ただいま……」
蓮が恐る恐る扉を開けると、そこには藤森の姿があった。
「おかえり。遅かったな」
藤森は顔を上げると、蓮の様子が僅かにおかしいことに気付く。
「……どうした?」
「え、い、いえ。何でもありません」
蓮は嘘が下手だ。目が泳いでいる。
「ふーん……」
何かに首を突っ込んでいるのかそれとも別にあるのか……。
その時、蓮のカバンからネコの鳴き声が聞こえてきた。
「あ、あの。すみません。ちょっと疲れていて……上、あがりますね」
その瞬間、蓮は慌てて屋根裏部屋にあがっていった。見たことのない慌てようだ。
あいつ、野良猫拾ってきたな。
ため息をつくと、藤森もその後を追った。
屋根裏部屋に行くと、電気をつけて蓮はヨッシーを外に出す。
「ダメだろ。あそこで声出しちゃ」
「仕方ないだろ。もう着いたと思ったんだから」
そう言ってヨッシーは部屋を見渡す。部屋が少しボロボロだ。ベッドも木箱の上にシーツを被せたものだし、家具全てが年季の入った古いものばかり。少なくとも、年頃の少女が過ごす部屋ではない。
「それにしても酷いな。本当に人が住むところかよ」
「まぁ、事情が事情だからな」
そんな話をしていると、階段をあがってくる音がした。どうしようか考えていると、藤森の姿が見えた。彼はヨッシーを見てため息をつく。
「はぁ、やっぱりか……」
「す、すみません……その、一匹でいて寂しそうだったから……」
蓮が言うと、藤森は「そうか……」と彼女を見た。そして、
「……ちゃんと責任もって面倒見ろよ。俺は世話しねぇからな」
そう言って下に降りて、また上がってきたかと思うとその手には皿があった。中身は温めたミルク。
「ほら、この皿やる」
ヨッシーの前に置きながら、蓮に言った。「ありがとうございます」と蓮はお礼を言う。追い出される心配はなさそうだ。
「それじゃあ俺は帰るからな。皿、ちゃんと洗っとけよ」
今度こそ下に降りて、扉が閉まる音がしたので戸締りに向かう。戻ってくるとヨッシーに話しかけた。
「よかったな」
「あいつがここのゴシュジンか?」
「あぁ、そしてボクの保護司。藤森 正平さんだ」
「お前よりワガハイの方がお気に入りのようだな」
そりゃあそうだと思う。前歴のある高校生とただの野良猫、どちらがいいかと言われたらよほどのネコ嫌いでない限り絶対にネコの方だ。そんなこと、どんな馬鹿でも分かる。
「そう言えば、デザイアにいた時は腹なんて空かなかったな……」
ヨッシーはミルクをなめだす。半分ほど飲んだところで不意に蓮に聞いた。
「お前、ご飯食べないのか?」
「いい。食欲がない」
即答する。実際、食べる気が起きない。
「そうか……」
ヨッシーがミルクを飲み終わったことを確認すると、すぐに洗いに行く。正直、身体が痛くてすぐに寝てしまいたいところだが、そうはいかないだろう。明日からまた使うわけだし、すぐ使えるように清潔にしないと。
ヨッシーの皿を洗い、蓮はソファに座る。ヨッシーはベッドの上で寝ていた。疲れていたのだろう、起こすのも悪いと思ってそっとしておく。
不意にカッターを持ち出すと、蓮は衝動に任せて自分の腕を何度も斬りつけた。深く切ったところから血が流れだす。痛い、とは思わなかった。ただ、自分の存在を確認するために傷つける。
――ボクはここにいる。
狂った確認方法だと自分でも思う。だけどそうでもしないと自分がこの場から消えてしまうのではないかと考えてしまうのだ。
こういった発作じみた衝動は急にやってくる。何度もやめようと思ったが、自分では止めることが出来なかった。
ハッと気づくと腕の傷が酷く、このままではまずいと蓮は段ボールの中から包帯を取り出し、腕に巻く。見つかった時も適当に誤魔化せば何とかなるだろう。
蓮はカッターを元に戻し、ソファで横になる。
しかし、身体は疲れているハズなのに眠れない。音楽でも流そうかと思ったが、ヨッシーを起こしてしまうかもしれないと結局、眠気が来るのを待って瞼を閉じた。
その裏に見えるのはあの城の中。自分達は今度からあそこを攻略していくのだと思うと緊張した。
それでも無理やり眠ろうと何も考えないようにする。
目を開くと、あの独房が広がっていた。あの夢か……と起き上がり、扉の近くに行く。
「やっと起きたか、囚人!」
ユリナがガシャン!と鞭で檻を叩きつける。シャーロックはそんな彼女をなだめ、蓮に話しかける。
「あの力が覚醒したようだな。それに、美学を共有する仲間達に出会い、現実に居場所を見出した。これでようやく「更生」が開始出来る」
「……アルターのことですか?」
あの力、と言うとそれしか思いつかない。シャーロックは頷く。
「あぁ。それから「ゲンソウナビ」も役に立っているみたいだな」
「ゲンソウナビ……もしかして、勝手に入っていた……」
「そうだ。あれは私がお前に与えたもの。それから、お前の仲間達にも与えようと思っている。存分に役立ててくれ」
だから良希にもあのアプリが入っていたのか。納得した。
「そういえば、「自由への更生」とか言っていましたよね。あれ、どういうことですか?」
今の今まですっかり忘れてしまっていたが、確か彼は蓮にそんなことを言っていた。それから、「破滅の運命」だとも。話してくれると言っていたわけだから聞いても問題はないだろう。
「そのことか。前にも言った通り、お前は「囚われの運命」だ。大人達に言われるがまま歩んでいく人生……そのままではお前の身に破滅が訪れるのだ。そしてその日はそう遠くない。だから「自由」にならなければならない」
「そのためにあなたはアルターを目覚めさせないといけなかったのです。「反逆の意志」を持つこと、それが更生への第一歩ですから」
シャーロックの言葉に続けるようにマリナは言った。
「お前の仮面……アルターは特別な力を持っている。複数のエネミーの力を使えるという、他の人にはない力。しかし、それは磨かれて初めて強さを発揮するもので、今はまだ弱い。その力を強め、更生へと励むのだ」
「……分かり、ました」
言いたいことはよく分からなかったが、ようはこのままでは自分の身に何か起こるからそれに向け力をつけ、運命に抗えと言いたいのだろう。
「それから、人との絆。それを深めていくのも手だ」
「絆……?」
確かに他人と関わっていくのも大事だとは思うが……自由への更生とやらと何の関係が?
「我々や仲間達、それから協力者と取引をし、絆を深めていくことでお前一人だけでは足りない力を補うことが出来る。利用出来るものはした方がいい。この私さえもな」
その言葉と同時に、「愚者」と「女帝」という言葉が頭に浮かんだ。ヨッシーと話した時も同じように「魔術師」と浮かんだが、これは一体……?
「私は「愚者」というアルカナだ。そしてお前も同じ「愚者」。双子は二人で一つ、アルカナは「女帝」だ」
「アルカナ……」
タロット占いで使われるカードだ。愚者は唯一動きのあるアルカナで、愚か者にも切り札にもなりえる、いわゆる「ジョーカー」の役割を持つ。
ようは、力をつけるためにこうして協力者を増やしていくのも手ということか。暇な時にそのアルカナを持つ人を探してみるのもいいかもしれない。
「それから、更生するのに必要な力を授けよう。「トルースアイ」だ」
「「トルースアイ」……」
「真実の目」……それはどういった力だろう?
「それを使えば敵の情報だけでなく他の者が見えない仕掛け……例えば暗闇の中も見ることが出来る。存分に活用すると言い。ただし、敵の情報は見ることが出来ない時もあるが」
なるほど、確かにそれは使える。敵の情報が分からない時は自分でどうにか出来るだろうし、見えない仕掛けが見えるのは助かる。これはありがたく使わせてもらおう。
「刻限です、囚人」
マリナの言葉に頷くと、景色が歪んでいくのが分かった。
目が覚めると、ヨッシーが蓮の上で転がっていた。窓を見ると、日が差し込んでいた。
「お、起きたか」
「ヨッシー、おはよう。よく眠れたか?」
自分はあの牢屋の夢を見たので眠れなかったが、彼はどうだろうと尋ねる。すると「よく眠れたぜ」と伸びをした。
「あと、ベッドの上使って悪かったな。気、遣ってくれたんだろ」
そういえばソファで寝ていたと周りを見て思い出す。ヨッシーが降りると、蓮は上半身を起こす。
「別に。ただ、気持ちよく寝ていたからそっとしておこうと思っただけ」
そう言うと、ヨッシーは「それを気遣いって言うんだろ」と答えた。
「それにしても、お前……」
「どうした、変なものでも見るような目をして」
何かおかしいところでもあるのだろうか。すると「いや、本当に女なんだなって思ってな」と目を逸らしながらヨッシーは告げた。そういえばさらしを巻いていないんだったと自分の姿を見て思った。
「すまないが、着替えるからあっち向いてくれないか?」
「わ、分かった」
ヨッシーは恥ずかしそうにしながら窓の方に顔をそむける。それを見て、蓮はすぐにさらしを巻き、普段着に着替える。白の服に黒い上着、それから藍色のズボン……男物の服だが、女子にしては身長の高い彼女には似合っていた。
「もう大丈夫だ」
声をかけると、ヨッシーはすぐに蓮の方を見た。
「おぉ……まさに男装の麗人だな。メガネかけてるのがもったいないぜ。目が悪いのか?」
「そうか?これが普段着なんだが。それからメガネは顔や表情を隠すためだ、目は悪くない」
「そうなのか。それにしても……地元でも見惚れていた奴はいただろ?」
確かに地元にいた時、男女問わず見られてはいたが見惚れていた、とは違うと思っている。蓮がそう感じているだけで、彼女は顔も整っていて頭もよく、運動神経もいいので男子にも女子にもかなりモテていたのだが。
「それより、今日と明日は調達だろ?」
「そうだったな。リョウキから連絡来てないか?」
スマホを見ると、既に良希から連絡が入っていた。チャットは個人のものを使っている。
三十分後に渋谷の駅前広場に待ち合わせする約束をして、スマホをカバンに入れる。
「行こうぜ。ワガハイ、移動するには不便だからお前のカバンに入るからな」
「……それってもしかして、学校にもついて行くってことか?」
聞くと、ヨッシーは頷いた。
「当たり前だろ?そっちの方がワガハイもすぐ集まれる」
「……分かった。バレないように気を付ける」
何を言っても無駄だと悟り、蓮は早々に諦めて頷いた。見つからないようにすれば大丈夫だろう、多分。
ヨッシーをカバンに入れ、蓮は下に降りた。下では藤森がいつものように仕込みをしていた。
「おはよう。どこか行くのか?」
「あ、はい。ちょっと用事があって……」
そう言うと彼は「そうか……店、手伝ってもらおうかと思ったのによ」と呟いた。そういえばこっちに来てまだ一週間、居候らしいことは一切していないことを思い出す。いろいろなことがあってすっかり忘れていた。
「すみません。今度手伝いますから」
申し訳なさを感じつつそう言い残し、蓮は店を出た。
九時過ぎ、渋谷の駅前広場で待っていると、ようやく良希が来た。
「わりぃ!遅れた!」
「……お前、早く起きてたんじゃないのか?」
確か、チャットでそんなこと言っていたような。
「マンガ読んでたら時間過ぎてた」
「お前な……」
ヨッシーが呆れかえる。それを見て良希は「仕方ねぇだろ!買ったばっかなんだからよ!」と反論した。いや、それでも約束は守れよ……。
「まぁいいや。それで、場所はどこなんだ?」
追及はどうでもいいと蓮が聞くと、彼は「あぁ、こっちだ」とセントラル街の方へ向かった。
着いた場所は人目につかないような場所に建っているミリタリーショップだった。こんなところ、マニアしか来ないだろう。
「ここならよさそうじゃね?」
「確かに、本物に見えるものがたくさんあるしいいかもな」
これならデザイアの中でも十分に使えそうだ。良希がここの店長であろう、マフィアにいそうな顔の男性に話しかけた。
「なぁ、おすすめはないか?」
「自分の気に入ったものを買えばいいだろ」
正論を返されるが、あいにく蓮も良希もガンマニアというわけではない。しかし、ここでないといい武器の調達は出来なさそうだ。
「あの、本物に見えるモデルガンを探しているんですが」
「ん?客はお前の方か?見た感じ、男装した女みたいだが……」
彼の言葉に蓮はドキッとする。時々いるのだ、男装していても女だと見破ってしまう彼のような人間が。
「女の客なんて珍しいな。女ならモデルガンなんて分からないものだろう。いいぜ、いくつか見せてやるよ」
そう言って奥に入っていく。そして、いくつか持ってきてくれる。
「今見せられるもんはそれだけだ。嬢ちゃんに度胸があるなら、今度もっといいもん見せてやるよ」
これだけでも十分強そうだ。武器の調達はここでしていいだろう。
――でも、もっといいものって……?
それが気になったが、今は聞かないでおこう。
「これなんていいんじゃねぇか?」
良希が手に取ったのはショットガン。確かに様になっている。
「よし、俺これにするわ」
「風花は何がいいかな」
蓮とヨッシーは既に持っていたので今は別にいい。後は風花のものだけだ。
「うーん……何でもいいが一番困るな」
かなり悩んだ結果、蓮はマシンガンをチョイスする。弾丸数もあるし、使いやすいのではないかと思ったのだ。
「その二つか?それなら二万円だ」
「ありがとうございます」
蓮達は支払いを済ませ、外に出る。時計を見ると、午後一時を過ぎていた。
「あー、お前が言っていた診療所は明日の方がいいな」
この後昼食を食べて、薬局に行くとなるとどうしても夕方になってしまう。日曜日も開いていたハズなので明日にまわしても問題はないだろう。
「とりあえず、ファミレス行こうぜ」
良希の言葉に蓮は頷き、近くのファミレスに向かった。
「お前、それだけでいいのかよ……?」
良希が蓮の注文したものを見て聞いてきた。蓮は「そんなにお腹減っていないからな」と答えた。
蓮が頼んだものはサラダだけだ。良希はハンバーグ定食を頼んでおり、ヨッシーには焼き魚定食を頼んだ。
「ヨッシー、それでよかったか?」
ヨッシーを人目に触れないように隠しながら聞く。彼は「もちろんだ!」と喜んでいるようだった。
ネコを連れてきていることをバレないようにするため食事と会計を早めに済ませ、外に出る。そして、薬局に行った。
「えっと……ここで傷薬とかを買って行った方がいいのか?」
良希が尋ねると、ヨッシーは頷く。
「そうだな。こっちでは使ってすぐには何ともなくても、幻想世界ではかなりの効果が期待出来るぜ」
「でも、絆創膏を買うより別のものを買った方がいいかもな」
「それでも、気休め程度にはなるだろ。買っておいて損はない」
それもそうかと思う。絆創膏は怪我をした時によく使われるものなので、「認知欲望の世界」では効果があるだろう。
「なら、いくつか買っておくか」
蓮は買い物かごに傷薬と絆創膏、お菓子をいくつか入れた。
「そっちは何かあったか?」
良希に話しかけると、彼は「いいや、なんも分かんねぇ……」と肩を落とした。こういったことには向いていなさそうだ。
「後は、そうだな……やけどや感電に効きそうなもの……があればいいよな。前に戦った時、やけどしかけたし、エネミーも雷を使ってきたから感電しないとも限らない」
蓮が考え込んでいると、カバンの中からヨッシーが声を出した。
「やけどは冷却シートでいいんじゃないか?感電に効きそうなのは……ここにはなさそうだな」
「まぁ、このぐらいか?」
冷却シートも入れ、蓮は会計を済ませる。気が付けば夕方になっていた。
「もうこんな時間か。駅まで送ってくぜ。そこまで荷物は持ってやるよ」
良希の言葉に甘え、買い物袋を彼に渡す。駅まで送ってくれたところで蓮は彼が持ってくれていた荷物を受け取る。
「ありがとう。ここまででもかなりありがたかった」
「いいってことよ。んじゃあな」
良希と別れ、蓮はファートルに戻る。着いた頃にはもう藤森はいなかった。
「丁度よかったかもな。こんな荷物、何に使うのかとか聞かれたらさすがに困る」
明らかに勉強では使わないようなものばかり買っている。救急用や来客用だと言っても誤魔化せたかどうか……。
蓮は二階に荷物を置き、ヨッシーの食事を準備した。先程適当に買ってきたネコ用の缶詰だが、ミルクだけよりはマシだろう。
「ほら、ご飯だ」
ヨッシーの前に置くと、彼は「ありがとな」と言って食べ始める。その様子を蓮が見ていると、彼は「お前は飯、食わないのか?」と聞いてきた。
「いいかな。そこまでお腹減っているわけでもないし」
「そうか……確か昨日も同じこと聞いた気がするんだが」
「気のせいだ」
気のせいではないのだが、追及されるのが面倒なため黙っておく。
「それより、早く食べてくれ。お風呂入るからな」
「分かった。……ってはぁあ!?」
蓮の言葉にヨッシーは一度頷き、数秒後に驚いた声を出す。あまりにも自然に言われたので反応が遅れてしまったのだ。
「お、お前、それ、駄目だろ!ワガハイ、一応男なんだぞ!」
「でもネコだろ?大丈夫、嫌なら服着てお前を洗うから」
聞く耳を持たない彼女にヨッシーはため息をつく。からかうためならまだよかったが、彼女は素で言っているようだ。いくら別の生き物だからって多少の危機感は持ってほしい。
しかし、綺麗にしたいと思っていたし彼女しか頼れる人もいないのでヨッシーは仕方なく了承する。
「そのかわり、ちゃんと服は着ろよ」
「分かった。……別にタオル巻くから大丈夫だと思ったんだが」
でも、自傷行為の痕を見られたくないのでやはり服は着た方がいいだろうと考え直す。
「ダメだ!お前、それ恋人でもない男にするなよ!」
気のせいかヨッシーの顔が僅かに赤くなっている気がする。ネコでも赤くなるのかと思いながら蓮はヨッシーを連れてファートルに備え付けられているシャワー室に向かった。
ヨッシーを洗った後、蓮もシャワーを浴びる。そして、髪を乾かしウィッグをつけると二階に上がった。
「お前、それ地毛なのか?」
気になったヨッシーが尋ねる。蓮は首を横に振った。
「いや、ウィッグだ。女だとバレるのが面倒でな……ここでもシャワーを浴びる時以外は着けるようにしている」
もちろん、寝る時もだ。同居人がいなければ別に外してもいいのだが、蓮はウィッグをとると髪が長いので驚かれるのだ。
「ワガハイはもう女だって知っているんだからいいじゃねぇか?メガネも外しているわけだしよ」
シャワーを浴びた後なので、確かに蓮はメガネを外している。顔は誰よりも整っていてまさに美人の言葉がふさわしかった。
「まぁ、それもそうだが……」
地元ではつけていなかったためメガネを外すことには一応抵抗がないが(そのかわり世界が歪んで見えてしまう)、ウィッグをとるのはどうしてもはばかれた。男でいないといけないというのが心の内にまだあるのだろう。
「まぁ、無理にとは言わねえよ。ほら、早く寝ようぜ」
ヨッシーに言われ、蓮はベッドの上に転がる。その横にヨッシーは丸まった。
「お前、そこで寝るんだな」
さっきはシャワーを浴びるだけであたふたしていたというのに。
「いいだろ、別に。レン、寝ないのか?」
「ん……」
ネコの手で撫でられ、蓮は目を細める。心なしか気持ちいい。言うほど寝たくなかったハズなのに、そのままウトウトと眠りの世界へ漕ぎだした。
「……寝た、か……。こいつ、昨日うなされていたからな……」
悪い夢でも見ていたのだろうか、とても苦しそうだった。起こそうとしたが起きる気配もなく、そっとしておくしか出来なかった。
「つらい過去も関係あるんだろうな……本当の自分を見せれないのは……」
事情はよく分からないが、とにかく彼女は孤独で過ごしてきたのだろうと容易に想像出来た。だからこそ、彼女は本音を出すことが出来ない。
ヨッシーは一目見て、彼女が人間を嫌っていることに気付いていた。良希には多少心を開いている気がするが、それでも完全ではないだろう。「人を簡単に信用出来ない」……それがどれだけつらいことか、ヨッシーに分かるハズもない。
「唯一の救いは、リョウキやフウカがそれに気付いていないことか……」
仲間の顔を思い浮かべ、ヨッシーは呟く。彼らのことだ、気付いていたら何か言うだろう。それで蓮が気負わないわけがない。
「ワガハイに出来るのは、傍にいてやることだけ……」
隣で寝ている少女を眺めながら、そう呟いた。
昼前、蓮はヨッシーと共に診療所に向かった。
「あら、あなた……今日はどうしたの?」
敷井に聞かれ、蓮は「あの、ちょっと体調が悪くて……」と適当に誤魔化した。
「……ふぅん。まぁいいわ。診察室へどうぞ」
訝しげに見るが、敷井は蓮を診察室へ通した。そして、
「何が目的?体調が悪いわけじゃないんでしょう?」
「あ、えっと……」
「見れば分かるわ。あなた、嘘が苦手ね」
確かに嘘が苦手という自覚はあるが、まさかすぐにバレるとは思っていなかった。しかし、何も言えない蓮を見て敷井は一つため息をつくと、
「分かった、事情は聞かないであげる。薬が必要なのよね?それも、たくさん。顔に書いてあるわ。あなたには特別にいつでも売ってあげる。あなたなら変なことに使わないだろうし」
そう言って敷井は薬の名前と効果が書いてある紙を見せた。
「あ、ありがとうございます」
言葉に甘え、蓮は塗り薬を数個買った。高かったが、診療所で買う薬だけあって市販のものより効果は期待出来そうだ。それに、いつでも売ってくれると言ってくれたのはありがたかった。
「あの、なんでいつでも売ってくれるって……?」
気になって尋ねると、彼女は、
「さっきも言ったけど、あなたは変なことには使わないって思ってる。それに、いつでも売るようにした方があなたにとっても私にとってもいいと思ったの」
と答えた。本当にそれだけなのかと思ったが、あまり深くは聞かなかった。
蓮は立ち上がると、診療所から出た。そして、ファートルの二階に戻る。
「やったな、レン。いつでも売ってくれるってよ」
「そうだな。だが、ずっとあの値段は金銭的にきついぞ……」
いざとなれば通帳からおろせばいいが、出来ればそれは避けたい。
「なら、取引しろよ」
「取引って……」
「何かする代わりに値段下げてくれないかって。怪盗みたいでいいだろ?」
確かにそれがいいかもしれない。今度、取引を持ち掛けてみようと頭の隅に覚えておく。
不意にスマホが鳴り、見るとチャットが来ていた。個人用ではなくグループ用からだった。
『なぁ、蓮。ちゃんと薬、買ってきたか?』
『あぁ、大丈夫だ』
『それなら、明日から潜入出来るね』
『そうだな。だが、昨日今日買ってきたものを全て持っていくというのは無理だからカバンに入るだけの荷物しか持っていかないぞ』
『りょーかい。じゃ、また明日な』
そこまで見ると、蓮はスマホの電源を切った。
「お前ら、それでやり取りしているんだな」
「あぁ。……お前が伝えたいことはボクが打ってやるよ」
ネコの姿ではスマホは使えないだろうと思った蓮はそう申し出た。するとヨッシーは「ありがたいぜ」と言った。
「そういや、ここに住まわせてくれている礼をしていなかったな」
「……取引ってやつ?」
いきなり言ってきたので聞き返すと、彼は頷いた。
「そうだ。エネミーが落とした道具、あるだろ?それで潜入道具が作れるんだ。例えば、鍵のかかった扉や宝箱を開けるために使うキーピックとか、敵から逃げられるようにする煙玉とか、そういったものの作り方を教えてやるよ」
それなら作っていて損はなさそうだ。むしろ、必要になってくるだろう。
「分かった。それならお前を住まわせるかわりに潜入道具の作り方を教えてもらうという取引でいいんだな?」
「あぁ。改めてよろしくな、レン」
取引成立だ。こうしていると確かに怪盗らしい。
「じゃあ、早速作るぞ。まずはキーピックの作り方だが……」
ヨッシーに教わりながら、蓮は作っていく。慣れていないので不格好なものになったが、使えないほどではなさそうだ。
いくつか作っているといつの間にか夜になっていた。
「今日はここまでにしようぜ」
久しぶりに何かを作った気がする。あの事件から何もかもどうでもよくなってしまっていたから、何も作る気になれなかったのだ。
伸びをしていると、下から声が聞こえてきた。
「おい!暇なら降りてこい」
何かあったのだろうと蓮はすぐに片付け、下に降りた。まだ客が残っているが、どうしたのだろう。
「来たか。早速で悪いが、皿を洗ってくれ。エプロンはそこにある」
なるほどと蓮はエプロンをつけると、すぐに皿を洗い出す。
「その子、子供さん?美人さんだねぇ。しょうちゃん、結婚してたの?」
「いや、居候だ。こっちに来てまだ一週間しか経ってなくてな」
今いる客は常連だろうか、親しげに話している。気にせず洗っていると話しかけられた。
「あなた、何歳?」
「ボクですか?十六歳ですけど」
「若いねぇ。それにしても、どこかで見たことがある気がするのだけど……」
その言葉にドキッとする。蓮はあくまで世界的名家の令嬢、テレビにも出ている。顔を知っているという人もいるだろう。メガネをつけているからバレないと思うのだが……。
「おい、終わったか?もう上にあがっていい」
「はい、分かりました」
後は客が使っているものだけだ。藤森に任せるか後で洗おうとエプロンを外し、蓮はすぐにあがった。
「やばかった……」
「どうしたんだ?」
ヨッシーに聞かれ、蓮は事情を話すと「そうだったんだな」と苦笑いをされた。
「確かに、お嬢様がこんなとこにいるなんて知られたら過ごしにくいよな」
「あぁ……だからこそメガネとかつけてるんだがな」
恐らく、気付かれないようにと藤森は気遣ってくれたのだろう。心の中で感謝していると再び呼ばれる。下に降りると「すまねぇな」と謝ってきた。
「まさかバレそうになるとは思ってなくてよ。メガネかけてるから油断してた」
「いえ、仕方ないことです」
次から接客する時は出来るだけ顔を見せないようにすればいいだけだ。若い人ならそれで何とかなるだろう。
「まぁ、なんだ。お前が嫌じゃなければ時々手伝ってくれねぇか?」
「別に構いませんけど」
手伝うこと自体はそこまで苦ではない。それに、居候なのだから出来る限りのことはした方がいいだろう。頷くと藤森は「ありがとよ」と僅かに笑った。
「あ、そういえばコーヒー、淹れてみていいですか?」
蓮が尋ねると彼は「客がいない時間帯なら、別に構わねえぞ」と言った。
「そのかわり、豆を無駄にするなよ」
「分かりました」
許可は得たので、これで自由にコーヒーを淹れることが出来そうだ。
「じゃあ、俺は帰るからな」
藤森が帰ったのを見届けて、蓮は早速コーヒーを淹れる。ヨッシーも下に降りてきてその様子を見ていた。
「慣れた手つきだな」
「家ではよく淹れてたからな」
よく考えれば、コーヒーを淹れるのも久しぶりな気がする。淹れたてを一口飲むと、懐かしい苦さ。我ながらよく出来たと思う。
「水筒はあるか?」
「使っていないものなら、段ボールの中にあるハズだ」
探してくると二階にのぼり、段ボールの中を漁る。見つけた水筒は昔使っていた古いものだが、ないよりはマシだろう。まさかこれを使うとは思っていなかった。
「これでいいか?」
「四人だけだろ?十分だ」
蓮は水筒を洗うと、その中に今作ったコーヒーを注いだ。そして、冷蔵庫の中に入れる。
「明日忘れないようにしないとな」
ヨッシーの言葉に頷き、明日の準備をする。もう寝ようとシャワーを浴びてベッドに転がった。
「なぁ、レン。もう寝たか?」
「いや、起きてる」
背を向けているが、目は開いている。ようは眠れないのだ。
「なんだ?話し相手になってくれるのか?」
彼の方を向いて言った。冗談のつもりだったが、ヨッシーは「別に構わないぜ」と了承してくれた。
「ワガハイも眠れないしな」
「そうか……」
言ったはいいものの、何を話すか考えていなかった。どんな話をするべきか悩んでいると、ヨッシーの方から話し出した。
「お前、勉強とか出来る方か?」
「まぁな。出来ないと失望される」
「お嬢様」の宿命だ。周りからかなり期待されて生きていく。一つでも失敗すればその期待を裏切ることになるのだ。だから、表面上だけでも完璧でないといけない。
「ふぅん……ワガハイには理解出来ないな」
「そうかもな。ボクだって正直肩見せまいし」
珍しく苦笑いを浮かべる蓮をヨッシーはじっと見る。彼女の表情が変わったところを初めて見たかもしれない。
「どうした?」
すぐ無表情になる彼女に「今、ちょっとだけ表情変わったぞ」というと蓮はキョトンをした。
「……本当か?」
「あぁ」
「……かなり久しぶりに言われた。「表情が変わった」なんて」
これまた驚いた顔をする。僅かな差だが、なぜか分かった。
「心、開いてくれてるんだな」
「……そうかも。表情、少しでも変えないようにいつも気を付けてるから」
元々あまり変わらないらしいが、自分でも出来るだけ変えないように意識しているため、今では無意識でも変わらない自信がある。それでも分かったということは、彼には心を許しているということだろう。
「まぁ、いいことじゃねえか。ずっと気を張っているのも疲れるだろ?ワガハイの前だけでも気を休めろよ」
「それもそうだな。これから一緒に暮らすわけだし」
そう言って少し気を抜くと、急に眠気が襲ってきた。
「あー、ゴメン。眠くなってきた」
「それなら寝ろよ。ワガハイのことは気にしないでいいからよ」
それならと蓮は目を閉じる。するとすぐに眠りの世界に漕ぎ出した。
蓮はコーヒーの入った水筒と必要であろう潜入道具をカバンに入れると、その中にヨッシーも入った。
「本当に来るんだな」
「だって一緒に行かないと集合出来ないだろ?」
「そうだけど……」
制服に着替えながら、そんな会話をする。ヨッシーの声は他の人には聞こえていないらしいので、これを聞かれていたらただの変人だ。人前では会話をしないように気を付けるが。
カバンを持つと、蓮は下に降りる。藤森に挨拶をし、学校に向かう。
学校の校門には狛井が立っていた。気付かれないように早足に入ると声が聞こえた。
「意地張らずに縋りつけばいいのに」
その言葉は蓮とヨッシーにしか聞こえてこなかったようだ。やはり奴をこのまま野放しにしてはいけないと心に誓う。
放課後、学校から出ようとするとチャットが入った。
『おい、今から屋上な』
『え?屋上って立ち入り禁止じゃなかった?』
『そうだったのか?』
『蓮、もしかして何も知らなかったの?』
『前に一度、確かめずに入った』
『天然なの?』
『バレないように相談するには丁度いい場所だろ?』
『それもそうだけど……』
『いいんじゃないか?バレたらその時はその時ってことで』
『まぁ、蓮が言うならいいけど……』
『じゃ、屋上集合な!』
そこでチャットは終わる。蓮はため息をつくと、すぐに屋上へ向かった。影口を叩かれるがいつものように無視を決め込む。
ヨッシーが何か言いたげだったが、言葉が続くことはなかった。
屋上に着くと、既に二人がいた。
「よく来たな。早速デザイアに入ろうぜ」
「いや、まずは作戦会議からだ」
良希がスマホを取り出してナビを開こうとするのを、蓮はヨッシーを外に出しながら止めた。
「作戦会議って言ってもよ……ぶっちゃけ何も相談することなんてなくね?」
「そうでもないだろ。まずはどんなふうに進んでいくか話そう」
「さすがレンだな」
ヨッシーの言葉に蓮は当然だと頷く。何も情報がない中で何も考えずに敵の陣地に突っ込んでいくのは得策ではない。いわば自殺行為だ。
「そうだな……まずは地図を探そう。城の見取り図さえあれば探索も多少は楽になるだろう。それから、安全地帯も見つけていきたいな」
「確かにな。地図を探すのは「怪盗」の基本だぜ?」
蓮の意見にヨッシーはそう言った。後の二人も賛成らしく、「分かった」と頷く。
「決まりだな。では行くぞ」
蓮の声と共に良希がナビを開いた。
「デザイア」に入った四人は怪盗服の姿になっていた。
「そういえば風花のコードネーム、決めてなかったな」
蓮ことジョーカーが思い出したように言った。そういえばとマルスとテュケーは顔を見合わせる。
「え?コードネーム?」
「そう、この世界での呼び名。本名で呼び合うわけにはいかないからな。ちなみにオレはジョーカー、ヨッシーはテュケー、良希はマルスだ」
何がいい?と聞くジョーカーに風花は「うーん……」と悩む。
「ちなみに、皆の由来は何なの?」
「オレは「切り札」という意味だ。後の二人は神話の神の名前から取った」
「じゃあ、あたしもそれでいいや。何かある?」
そう言われ、ジョーカーは考える。彼女に合いそうなコードネーム……。
「ウェヌス、なんてどうだ?愛と美の女神の名前なんだが」
「ウェヌス……いいね、それでいいよ」
どうやらお気に召したようだ。理由は誰もが見惚れるような美女だからというのは伏せておくべきだろうか。
ともあれ風花のコードネームも決まったのだ、今回の目的は地図を見つけること。それさえ出来ればこれからの計画も立てられるだろう。
「行くぞ」
テュケーの言葉に三人は頷き、侵入口から城の中に入る。そして、風花――ウェヌスが捕まっていたところまで進んだ。
「いつ見ても悪趣味なところだな……」
珍しくジョーカーが呟く。彼女が口に出してそう言うなんて相当だろう。前はウェヌスを助けることに夢中で周りをゆっくり見る時間はなかったが、周囲には小さい狛井の銅像がいくつもある。ジョーカーの言う通り、悪趣味なところだ。
「ここにはいたくない。早く行こ?」
ウェヌスは捕らわれた時のことを思い出したのか、仮面をつけていても分かるぐらい嫌そうな顔をした。あまり長居するのもよくないと頷き、来た道とは反対方向の扉を開ける。ここからは未知の領域だ。
扉の先にあった階段をのぼり、長い廊下に出る。その先にエネミーがいるので物陰に隠れた。
「どうする?戦うか?」
マルスの言葉にジョーカーは頷く。気付かれないように進むのもありだろうが、今は戦闘経験を積んだ方がいいだろう。今後どうなるかは分からないのだ、経験を積んでおいて損はない。それに、部屋に入るためにも倒さないといけない。
「よし、なら狙って行こうぜ」
隙をうかがい、エネミーが後ろを向いたところでジョーカーはバッと走る。そして、エネミーが振り向く前にその首に飛び乗り、仮面を無理やりはがす。現れたのは前に見たのとはまた別の騎士のような姿。
「多分、電撃が弱点だな」
先日シャーロックからもらったトルースアイを使い、エネミーの弱点を見つける。ここはマルスの出番だ。
「呪文を唱えろ、マルス」
「オーケー!行くぜ、ジャスティス!」
マルスがエネミーに攻撃すると、敵は怯んで動けなくなった。ジョーカーは「囲むぞ」と指示を出し、エネミーに銃を向ける。
「いてて……お前達、何をする?」
エネミーが恨めしげにジョーカーを見る。しかし彼女が気にすることもなく。
「何か出せ。そうすれば命は助けてやる」
ジョーカーが言うと、エネミーは「分かった、金を出す」と小銭を落とした。そして一言、
「その姿勢、いつまで持つかな?」
と言ってから消えていった。エネミーの言葉をどう受け止めたらいいか分からないが、
「先に行こう、ジョーカー」
テュケーが気にする様子もなく言うものだから、ジョーカーも気にせず進むことにした。
長い廊下を越えると、また階段があった。そこをのぼると今度は部屋が二つ並んでいた。先に進む道は閉ざされている。
「ここの部屋のどっちかに地図があればいいが……」
そう簡単に見つかるものではないだろう。近くに安全地帯があったのでそこに入り、作戦会議をする。
「どうする?手分けして探すか?」
マルスの意見に答えたのはテュケー。
「そうだな、二手に分かれよう。その方が効率いいし、何かあった時のために誰かが一緒にいた方がいいだろう」
テュケーの言葉になるほどとジョーカーは頷く。
「なら、回復出来る人とその付き人って感じにした方がいいな」
「だが、お前は自分には使えないんだろ?」
ジョーカーの案にテュケーは考え込む。何でも癒す彼女の力は強力ではあるけれど、自分には使えないと言っていたハズだ。
「何のための回復アイテムだ」
しかしジョーカーの言葉にテュケーはそういえばと思い出した。自分から言い出したことなのにすっかり忘れていた。
「それに、誰かが回復呪文を覚えないとも限らない。現に、この間オレのアルターが別の呪文を覚えたしな」
それが期待できるのはウェヌスだ、と彼女を見つめる。ジョーカーは自分以外を癒すことが出来るのにアルターが覚えても意味がない。マルスは攻撃に特化しているし、テュケーは既に覚えている。なら、可能性として残っているのはウェヌスしかいない。
「なるほどな」
「テュケーはウェヌスと一緒に行ってくれ。オレはマルスと行動する。敵とは戦ってもらって構わない」
テュケーとマルスを一緒にすると喧嘩になりかねないと提案する。
「了解だ」
「二人もそれでいいか?」
ジョーカーが会話に入ってこない二人に尋ねると、二人共頷いた。
「そういった頭使うことは二人に任せるわ」
「あたし、よく分からなかったからね」
会話に入ってこなかったのはそういう理由かとジョーカーとテュケーは頭を抱える。このメンバーで本当にオタカラを盗めるか心配になってきた。
さらに話し合った結果、ジョーカーとマルスが右の部屋を、テュケーとウェヌスが左の部屋を調べることになった。
「行くぞ、マルス」
安全地帯から出たジョーカーはマルスに話しかける。彼は「あぁ、やってやるぜ」と張り切っていた。
決めた通り右の部屋に入ると、
「宝箱があるぜ」
そこにはマルスの言う通り小さな宝箱があった。鍵はかけられていないようだ。しかし、罠の可能性もある。
「どうする?」
「一応、戦う準備はしとけ」
ジョーカーはマルスにそう言うと宝箱に近付いた。そして、宝箱を開ける。そこに入っていたのは何かのメダル。
「これは……?」
「先に進むために必要なものだろう。もらっていこう」
手に取ると、後ろから殺気を感じた。
「マルス!避けろ!」
「うぉお!あぶねぇ!」
間一髪、二人はエネミーが振りおろしてきた大剣を避ける。
「戦うぞ、これじゃ出れない」
ジョーカーの言葉にマルスは攻撃態勢に入る。幸い敵は一体、簡単に倒せるだろう。
「ナイトメア」
ジョーカーはリベリオンを召喚し、唱える。効果は前に見たから大丈夫だろう。
「マルス、今だ」
「おう!任せとけ!」
マルスは寝ているエネミーに向かってメリケンサックを打ち込むと、消えて行ってしまう。これで通れるようにはなった。
「楽勝だったな!」
「油断してると足元すくわれるぞ」
そう注意すると彼は「分かってるよ」と言った。
「それならいいが」
興味なさげに言い放ち、ジョーカーは部屋を出る。それに続いてマルスもついてくる。
外に出ると、テュケーとウェヌスが立っていた。
「そっちはどうだった?」
テュケーに尋ねられ、ジョーカーは先程手に入れたメダルを見せた。
「一応、これがあったな」
「なるほど。ちなみに、ワガハイ達の方は何もなかった」
では、収穫はこれだけということか。
「どうする?一度帰るか?」
ジョーカーの質問にテュケーは「そうだな、一旦立て直すか」と頷いた。そして、彼女の腕を見て驚いた表情をする。
「おい、お前!その傷……!」
「ん?……あぁ、気付かなかった」
さっきのエネミーの攻撃が当たっていたのだろう、血が僅かににじんでいた。しかし、傷自体は小さいものでそこまで痛いという程ではない。
「勝手に治るだろ、これぐらい」
この程度なら気にすることではないだろうと思って言ったのだが、
「ダメだ、幻想世界でついた傷は幻想世界で治した方がいい。現実世界に戻ってからじゃ治りが遅くなる」
テュケーがそんなことを言うのでジョーカーは「分かった」と先に治すことにした。
安全地帯に入るとこっちでの効果を確かめる意味合いも込めて、ジョーカーが診療所で買った塗り薬を塗った。みるみるうちにこちら側でついた傷が塞がっていく。自傷行為でついた傷は治らなかったが、それは現実世界でついたものだから当然だろう。幸い、誰にもその傷を見られていない。
「効果は申し分ない、と」
これで全く治らなかったらどうしようかと思っていたが、これなら使える。
そのまま入ってきた場所まで戻り、ナビを閉じる。
「今度はあそこからだな」
良希の言葉に全員が頷く。まだまだ先は長そうだ。
全員疲れているだろうからと今日はこのまま解散することになった。
ファートルに戻った時には既に暗くなっていた。
「おかえり」
藤森はまだいたようで、蓮を見るとそう言ってくれた。
「遅かったな。何か面倒ごとに首突っ込んでるんじゃないんだろうな?」
しかしその言葉に蓮はどう答えようか悩んだ。数秒悩んだ結果、
「勉強しに行っていました」
と誤魔化した。あの世界のことを話しても信じてもらえないだろう。実際、あそこのことを知らなければ自分も信じないだろう。実家に伝わっている世界と似ているが、それも到底信じられるものではない。
「そうか。何度も言っているが、問題は起こすなよ。つまみ出すからな」
そう告げて彼は帰っていった。蓮は二階にあがりヨッシーを出すと、すぐに彼の食事の準備をする。
「それ、ワガハイの食事だよな?」
「そうだが」
それがどうしたのだろう?
「お前が食べている姿、ファミレスでしか見たことないんだが?」
「……………………気のせいだ」
「なんだその間は」
実際、思い出してみると彼が来た後ファートルで食べたことがないから否定は出来ない。だが、ちゃんと栄養ドリンクは飲んでいる。
「お前な……一緒に住んでたらさすがに分かるからな?ちゃんと食え」
「面倒なんだよな……」
自分のことになると徹底して興味がなくなる蓮にヨッシーはため息をつく。
「一応、怪盗だろ?身体の管理ぐらいちゃんとしろ」
「はーい……」
そう言われてしまってはぐうの音も出ない。面倒だがコンビニで何か買ってこようとカバンを持つと、ヨッシーがカバンの中に入る。
「……別に先食べていていいぞ?」
「だってお前、ついて行かなかったら買わないかもしれないだろ?」
いや、絶対何か言われるからパンぐらいは買って帰ろうと思っていたのだが。まぁいいやとヨッシーのご飯にラップをかけ、蓮達はコンビニに向かった。
数分後、コンビニで適当にパンを買ってファートルに戻ってくる。
「ほら、早く食うぞ」
「はいはい」
蓮は渋々といった感じにパンの袋を開ける。
「あのな……面倒だからって飯抜くことはないだろ。しかも毎食」
「大丈夫だ、栄養ドリンク飲んでるし」
「お前な……まぁいい。ワガハイがちゃんと見ていればいいだけのことだ」
一人で勝手に完結しているネコを見ながら、蓮はパンを口に含む。久しぶりに食べた気がする。確か、良希と一緒にファミレスに行って以来だ。
食べ終わり、歯磨きをした後は明日に向けて休もうとベッドに寝転がるとお腹の上でヨッシーが丸くなる。
今日は何か話すわけでもなくヨッシーはすぐに寝てしまった。蓮はおとなしく目を閉じる。なかなか眠れなかったが、しばらくすると意識が飛んでいった。
――幼い日の、記憶。
蓮は両親から日常的に虐待を受けていた。特に父からの虐待は酷いもので、あざが出来るだけでなく血が出るほど殴られたり骨が折れたりしたこともあった。まさに「悪夢」のような生活。そしてそれはこちらに来るまで続いた。
その時の夢を見て、蓮はバッと跳ね起きる。お腹の上に乗っていたヨッシーは顔の横に丸くなって寝ていた。
息が切れているのが分かった。まだ暗いが、二度寝は出来なさそうだ。
蓮はソファに座ると、テレビをつけた。ヨッシーを起こさないように音を小さくしてニュースを見る。報道されるのはやはり精神崩壊事件のことばかり。
……人が、「変わったように」なる……。
それはどこか、蓮達がやろうとしていることと似ている気がした。
「ん……。どうしたんだ?レン」
すると、ヨッシーが起きてきた。
「あぁ、すまない。起こしたか?」
慌ててテレビを消そうとすると「そのままでいい」とあくびをしながら言われたので、つけたままにする。
「このニュース……」
「巷で有名になっている事件らしい。ボクはこっちに来てから知った」
テレビを凝視するヨッシーにそう告げる。彼は何か考えているようだった。
「どうした?」
聞くと、「いや、何でもない」と首を横に振った。そして、
「お前、寝ないのか?」
そう聞かれ、蓮は眠れないと小さく言った。暗くてよく分からないが、確かに彼女の顔色が悪い気がした。悪夢でも見たのだろうとヨッシーは思い、「なら、話でもしようぜ」と提案してくる。
「いいぞ。どんな話がいい?」
「そうだな……お前、お嬢様だって言ってたよな?どんな家だったんだ?」
今一番話したくない内容だったが、彼にならいいかと妙な安心感を抱き、簡単に話す。
「世界的有名な名家の出だよ。巫女の家系で神社も管理している。「癒しの術」も巫女の血を引いているがゆえの力なんだ」
「なるほどな」
「ただな……。……いや、これを話すのは今度にしよう」
虐待のことを話そうとしたが、それで心配はかけたくないと思いとどまる。ヨッシーは「もったいぶるなよ」と騒ぐが。
「もったいぶっているつもりはない。ただ、聞いたらイラつくだろうからな」
聞くに堪えないことばかりだから、地元のことはあまり話したくない。身体中のあざも隠していればバレることはないわけだから、言わなくていいだろう。
ヨッシーは納得いっていない様子だったが、聞いてこないところを見ると詮索しない方がいいと判断したのだろう。
気付けば、外が明るくなってきていた。蓮は制服に着替える。今日もデザイア攻略だ、気合を入れていかないといけない。
放課後、屋上に向かうと良希と風花は既にやる気満々だった。
「昨日も言った通り、今日も地図探しだ。出来れば今日中に見つけたい」
多少予定が狂っても大丈夫なように日付に余裕は持たせているつもりだが、何しろ初めてでどうなるか分からない。だから出来れば予定通りに進んでいきたい。
「おう!それでいいぜ」
「賛成。早くあいつを打ちのめしてしまいたいけど焦って失敗したら嫌だし」
「ワガハイもその方がいいと思う」
「よし、なら早速行くぞ」
全員の意見が揃い、蓮はナビを起動させる。すると学校は城になった。四人は前に来たところまで行く。
「これの使い道は……あそこか」
前に手に入れたメダルは予想通り先に進むための鍵だったようだ。正面の扉のところにくぼみがある。そこにはめ込むとガチャと開く音が聞こえた。
「これで先に進めるな」
扉を開くと、また廊下が続いていた。ところどころ部屋があるのでのぞきながら進んでいく。やはりここにはない。
「ジョーカー、このフロアには地図はなさそうだ。上にあがろう」
テュケーの言葉に頷き、ジョーカーは先にある階段をのぼる。階段から少し進むと、怪しい部屋があることに気付いた。ここまで赤の扉だったのに、一つだけ茶色の扉になっているのだ。
「ここに入ってみよう」
そう言ってジョーカーは扉を開けた。そこに広がっていたのは女子生徒の写真。中にはウェヌスの写真まである。しかも、どの写真も半裸状態のもの。
「うわっ……」
ウェヌスがあからさまに引いた声を出した。こんな色欲にまみれた男が教師なんて、考えたくない。
しかし、嫌悪感を抱きながらも部屋をくまなく探すと地図を見つけ、当初の目的は達成された。
「戻るか?」
マルスに聞かれ、ジョーカーは首を横に振る。思ったより時間もかからなかったのでもう少し探索を進められるだろう。ひとまずは安全地帯探しだ。
先に進むと、エネミーが突っ立っていた。トルースアイを使っても他に通れる場所はなさそうだし、そこを通らないと進めないのだがどうしようか。
「どうする?仕掛けるか?」
テュケーの言葉にそれしかないかとジョーカーは頷き、エネミーと対峙した。
「貴様らが狛井様の言っていた侵入者か」
「そこをどいてくれません?無理なら……力ずくで通らせてもらいます」
「ここは通さん!」
エネミーが槍を持った歩兵の姿になったため、ジョーカーは臨戦態勢に入る。他の人達も続いてすぐに戦えるように武器を構えた。
ジョーカーが攻撃するが、そこまでダメージは与えられていないようだ。また雷かと思いトルースアイを使うが弱点が分からず、手探りで探し出す。
「テュケー、風の呪文を頼む。マルスは雷、ウェヌスは炎をうってくれ。出来れば銃弾も撃ってほしい」
そう頼むジョーカーもリベリオンを召喚し、闇呪文を唱える。だが、闇呪文は全く効いていないようだ。一部の攻撃が効かない場合もあるのか、今度からはそれにも気をつけないといけないと考えているとジョーカーに向かって攻撃をしてきた。
「くっ……!」
すぐに避けられず、その攻撃を受けてしまう。とっさに庇った腕からは血が流れた。痛みはあるが、動かせない程ではない。
「ジョーカー!」
「今は目の前の敵に集中しろ!」
駆け寄ろうとするテュケーにジョーカーは命令する。彼は「分かった」と言って風呪文を唱えた。どうやら風が弱点だったらしい、エネミーは怯んで動けなくなった。その隙に四人はエネミーに銃を向ける。
「もう一度だけ言う、ここを通せ」
ジョーカーが冷たく言い放つが、エネミーは何も答えない。それなら仕方ないと引き金を引く。
「うわぁ……お前、容赦ないな……」
マルスの言葉に「仕方ないだろ」と答えた。実際、やらなければ通れなかったのだ。当たり前の判断だと言ってほしい。
「それよりジョーカー、腕……」
ウェヌスの声にそういえばと思い出す。
「それ、お前の力でどうにかならねぇの?」
マルスが何のことを言っているのか分からなかったが、すぐに癒しの力のことだと気付いてジョーカーはため息をついた。
「あれは自分には使えないんだ。……って前に言わなかったか?」
彼に直接言ったことないが、聞こえるように話したハズだ。
「ゴメン、聞いてなかったわ」
「……一発殴ろうか?」
悪びれる様子もなく言うものだから少しだけ殺意が湧くが、すぐに目的を思い出して「早く行くぞ」と切り替えた。
「お前、すごいよな……いろんな意味で」
ジョーカーの怪我を治しながら、テュケーが呟く。何が、と聞こうと思ったが面倒だったためやめた。
先に進むと安全地帯があったのでそこに入った。そして、早速地図を広げる。
「えっと、今いるところは……ここだな」
まだまだ先は長そうだ。だが、オタカラがありそうなところは予想出来た。
「この先にある塔の最上階……そこにありそうだな」
トントンと指で場所を示す。テュケーも「そうだな」と言った。
しかし、後の二人は全く理解出来ないらしい。せめてちょっとは理解してほしい。
――このメンバーをまとめるのは大変そうだな……。
今更ながらそう思う。そりゃあ出会ってから一か月も経っていない人達をまとめるのは難しいだろう。それを抜きにしても説明するのは大変だ。
しかし、嫌だからやめるという方が今更だ。なら、出来るところまでやろう。
「それで、今日はどうする?このまま進むか?」
ジョーカーが尋ねると、ウェヌスが「ごめん、ちょっと疲れた……」と言った。確かに表情が疲れている。
「そうだな、期間もあるし、一度帰って準備するのも手だな」
それなら一度帰ろうと来た道を戻る。そして、現実世界に帰った。既に夜になっていたようだ。
「あー、風花、お前大丈夫か?親に怒られたりとかしねぇ?」
良希が聞くと、「うん、大丈夫だよ」と風花は答えた。
「あたしの両親、仕事でいないことが多いからよく一人だし」
「そうか」
そういえば仲間達の家庭状況を聞いたことがなかったなと思う。
「蓮の方は?居候なんだろ?」
「ボクの方も大丈夫。一応鍵はもらっている」
だからと言って遅くなっていい理由にはならないが。一応、保護観察中の身だ、生活に気をつけないといけないのは分かっている。
(せめて四月中はおとなしく過ごしていたかった……)
それが本音だ。怪盗やると決めた時点でそれは不可能になったが。
だが、困っている人を放っておけないというのも確かだ。誰かを守るためなら、自分はどうなってもいい。
「とにかく、今日は解散しようぜ」
「そうだな。今後のことは明日考えよう」
時間も遅いので蓮と良希は風花を送って行った。良希に「送って行く」と言われたが、蓮はヨッシーがいるから大丈夫と断った。
ファートルに戻ると、蓮は食事の準備をした。しかし、二階に持っていくとヨッシーは既に枕元で寝ていた。
「疲れていたんだな……」
蓮自身も、疲れていないと言えば嘘になる。しかし、目がやけにさえているのだ。
仕方ないと蓮はヨッシーの食事を戻した。そしてシャワーを浴び、洗濯物を干して寝間着に着替えた。
しかしやはり眠れないので、久しぶりに本を読む。しばらくすると眠気がやって来た。しおりを挟み、ベッドに寝る。目を閉じると、すぐに意識が落ちた。
妙な夢を見た。
いつもの悪夢でもなく、あの牢獄でもなく、真っ暗な空間。
『助けて……』
何が何だか分からずキョロキョロしていると、そんな声が聞こえてきた。気付けば、光が漂っていた。
「……助けてって?」
『世界を、救って……あの人を、……から……て……』
「?聞こえないぞ?」
『あなたしか、頼れないの……。どうか、仲間達と絆を深めて、この……の連鎖を終わらせて……』
「連鎖?何の?」
『どうか、思い出して……あなたが…………で……………………この……を…………………………』
何を?ボクは何かを忘れている?
気が付けば、漂っていた光はどこかに消えていた。
いつも通り制服に着替え、学校に向かう途中でそれは起こった。電車の中で急に気分が悪くなったのだ。それだけならよくあることなのでよかったのだが、目の前がくらんで正直立っていられない程だったが何とか耐える。
「おい、レン。大丈夫か?顔色悪いぞ?」
ヨッシーの言葉すら聞こえてこない。何とか駅に着いたはいいがふらふらしている。それでも学校前まで来た。
「よう!蓮」
そんなところに良希が来た。しかし、明らかに様子のおかしい蓮に彼は「おい、大丈夫か?」と尋ねた。だが、やはり声は届いていない。
「おい!蓮!聞こえてるか!」
良希が蓮の肩を叩こうとすると、彼女は急に倒れ込んだ。
「おい!?大丈夫か!?」
周囲がざわつき始める中、良希は彼女の様子を確かめる。意識はない。救急車を呼ぶべきだろうか?いやここからなら学校の方が近い。
「リョウキ!レンは大丈夫か!?」
ヨッシーが慌てた様子で聞いてくる。良希は蓮を抱えるとすぐに保健室に向かった。
保健室に行くと、何事かといった目をされるが、蓮の様子を見てただ事ではないとベッドを貸してくれた。「なんでこの子が……ここは前歴者が使う場所じゃないのに……」とぶつぶつ言われているのを聞いて、良希はイラつく。それはヨッシーも同じだった。
ホームルームの時間になっても起きないため、心配ではあるが良希は蓮を保健室に寝かせたまま教室に戻った。カバンの中にはいられないため、ヨッシーは校内でバレないように散歩してくることになった。
昼休み、心配した良希と風花が保健室に来る。蓮はまだ目覚めておらず、原因は何だろうかと失礼ながら彼女の生徒手帳を見た。すると、特記事項にこう書かれていた。
極度の人間恐怖症。
人混みに行ったり慣れていない人と話すと気分が悪くなり、気を失ったり過呼吸が起きたりすることがあるので生活に気をつけないといけない。普段は大丈夫らしいが、ふとした瞬間に発作が起きる。
「これって……」
そんなこと、教師から聞いたことがなかった。普通、転校してくる人がこんな症状を持っているのなら事前に言われるだろう。本人は何も言わなかったし、至って普通にしていたので二人も気付かなかった。
「おいおい……いくらこいつが前歴持ってるからって酷すぎるだろ!」
「サイテーね。これが大人のすることなの?」
彼女の扱いに怒りを覚えていると、ヨッシーが戻ってきた。
「どうした?そんな顔して」
「あぁ、教師共が揃ってクズだと思ってただけだ」
見ろよ、と蓮の生徒手帳を見せると、ヨッシーも「マジか……」と呟いた。その時、「う、ん……」と蓮が目を覚ました。
「あれ?ここは……?」
「保健室だ。お前、朝急に倒れたんだぞ」
ヨッシーに言われ、「そうだったのか……すまない」と俯く。
「お前は悪くないだろ。それにしても、なんで言ってくれなかったんだよ」
「何を?」
急に言われ、蓮は疑問符を浮かべる。
「お前、人間恐怖症なんだって?……お前の生徒手帳、勝手に見た」
良希がそう言うと、蓮は呆れたようにため息をついた。
「あのな……人のやつを勝手に見るのはダメだろ?」
「だって急に倒れたしよ……さすがに気になるだろ」
それもそうかと蓮は思うが、それでも勝手に見るのはいただけない。いや、それを見たのが彼らだったということに安堵した方がいいのだろうか?
「……はぁ。まぁいいや。それで、今は何時だ?」
蓮が聞くと、風花が「もうお昼休みよ」と言った。
「本当か?」
「えぇ。今日はもう帰った方がいいんじゃない?先生にはあたしから説明しておくからさ」
「だが、デザイアは……」
「その状態で入るのは危険だ。期間は十分にあるんだ、一日ぐらい休んだって平気だ」
ヨッシーの言葉に納得していないようだったが、これ以上心配はかけたくないからか「分かった」と蓮は頷く。ヨッシーをカバンの中に入れ、立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
二人のその言葉に蓮は黙って手を振った。
さすがに藤森に連絡を入れないと、と思い、電話をかける。
『もしもし』
「もしもし、成雲です。成雲 蓮」
『あぁ、お前か。どうした?』
「その……倒れてしまって、早退しました……」
『何?なぜ早く連絡入れなかった?』
「えっと……さっき起きたばかりで……今帰っているところです」
『連絡入れてくれたら迎えに行ったんだぞ?』
「い、いえ、そこまでしてもらうのは……お店もありますし……」
『まぁ、事情は分かった。今日はゆっくり休め』
そこで電話は切れる。案外いい人かもしれないなと思いながら蓮は帰路についた。
ファートルに帰ると蓮はすぐに二階へのぼる。手帳に今日のことを書いてベッドに転がった。
「この手帳、なんだ?」
ヨッシーが聞いてきたので、蓮は「日々の記録だよ。毎日つけろって言われてて」と答えた。実際、もらった日から欠かさず書くようにしている。怪盗としての活動は書かないように気をつけているが、こうして書いているだけでも何をやったのか思い出すのに役立っている。
「へぇ……」
「正直、面倒なんだけどな。真面目に過ごしていないとどうなるか分からないし」
怪盗をやっている時点で既に真面目に過ごしているとは言えないが、表だけでも繕っていればヘマでもしない限り大抵の人は気付かないだろう。あんな世界があること自体信じる人はほとんどいないだろうし。ヨッシーが覗き込むように見た。
「結構こまめにつけてるな。この調子じゃすぐになくなってしまいそうだぜ」
確かに、毎日二、三ページ書いているからすぐにきれてしまうだろう。その場合は同じものを自分で買ってくればいいだけの話だ。
「まぁ、それを書くのもいいがもう寝ろよ」
その言葉に頷き、蓮はそのまま横になる。「制服から着替えなくていいのか?」と聞かれるが、「面倒だ」と答えた。
「一応、夜になったら起こしてくれ。シャワーとか浴びる」
それだけ伝えると蓮はすぐに眠った。
「おい、七時だぞ。起きろ」
ヨッシーの声が聞こえ、蓮は目を開く。確かに外はもう暗かった。
「あぁ、ありがとう」
ムクッと起き上がると、起こしてくれた彼に礼を言った。下はまだ営業中のようだ。
「どうする?」
「うーん……近くの銭湯に行くか……」
すぐそばに銭湯があったことを思い出し、蓮はカバンに着替えと洗面道具を入れて下に行った。ヨッシーはファートルで待っているようだ。
温泉でシャワーだけ浴びると、蓮はすぐに戻ってきた。
「早かったな。ゆっくりしてきてよかったんだぞ?」
「……今温泉に入ったらまた倒れる自信あるぞ?」
ヨッシーが不思議そうに見てきたが、倒れた時はあまり人と関わらない方がいい。彼も「そうか」と納得してくれたようだ。
すぐにベッドに寝転がると、ヨッシーは横に座った。
「明日こそデザイア攻略だな」
蓮が言うと、彼は「無理すんなよ」と言った。
「それにしてもお前……本当に大丈夫なのか?」
「何が?」
「教室の中とかだよ。人混みだろ?十分」
「あぁ、意識しなければ大抵は平気だ」
家柄上、どうしても人前に出ないといけない身、そんなことを言っていたら何も出来なくなってしまう。今回は慣れない環境で疲れていたのだろう。
「そうか。それならいいけどよ……」
「それに、慣れた人なら大丈夫。こっちにまだいないけど……」
良希はそれなりに平気ではあるが、まだ完全ではない。人を簡単に信用出来ないのが大きな理由だろう。地元でも完全に信用出来る人はいなかった。
「そうなんだな……。ほら、もう寝ようぜ。明日も早いんだから」
ヨッシーの声が普段より優しい気がするのは気のせいだろうか。そう思いながら、蓮は瞼を閉じた。
次の日、学校に行くと良希と風花が話しかけてきた。
「大丈夫だった?」
「心配したんだぞ」
そんな二人に「すまない」と謝る。迷惑をかけたのは事実だ。
「だからいいって。それより、今日はどうするの?」
「一応、デザイアに行く予定だ。何か用事があるのか?」
昨日の今日だから休めと言われそうだが、出来れば余裕があるうちにすませたい。だが、他に用事があるというならそっちから優先させるべきだ。そう思って聞いたのだが、
「ううん、特に。蓮が大丈夫なら今日行こう」
「そうだな。早く改心させてやりてぇし」
二人共やる気の声を出したものだから、今日は確実に行こうと決める。
「じゃあ放課後、屋上に集合だ」
「お、おい。レン、大丈夫なのか?」
すぐに決めた彼女にヨッシーは慌てたような声を出す。しかし蓮は「平気だ、本調子ではないだろうが動ける」と答えた。
ヨッシーがまだ何か言いたそうにしていたが、チャイムが鳴ったので蓮は風花と一緒に教室に行った。
放課後、屋上に集まった四人はいつも通り作戦会議をする。
「おとといは地図を見つけたよな」
「あぁ、一応、オタカラがあるであろうところは把握した」
「だが、そこまで行くのにエネミーがたくさんいるだろう。だからオタカラまでの潜入ルートを確保しておかないといけないな」
「潜入ルートの確保……?」
ヨッシーの言葉に風花が聞き返す。
「そうだ。安全なルートを確保しておいた方がいいだろう」
「そうだな、その方が安心だと思う」
蓮の言葉に「蓮が言うならいいけどよ……」と良希が渋々頷く。それにヨッシーは毛を逆立てた。
「ワガハイの言葉がそんなに信用ならないか!?」
「だって蓮の方がリーダーって感じするし」
「はいはい喧嘩はするなよー」
すぐに喧嘩しそうになる男子組を蓮は止める。二人は「悪い……」と謝った。
「喧嘩するぐらい元気があるようなら、早く行こうか」
その元気を攻略の方に向けてほしい。そう思いながら蓮はナビを起動した。
城になった学校に入ると、前に来たところまで向かった。
「よし、ここからだな」
テュケーの言葉にジョーカーは頷き、探索を始める。
先に進むと、ようやく塔の入り口までやって来た。
「この先に「オタカラ」とやらがあるわけだな」
マルスの質問に「あぁ、だが道のりは長いぞ」とテュケーが答えた。
「そうだな。それに、エネミーがたくさんいるだろう。今まで以上に警戒していくぞ」
ジョーカーが言うと、三人は頷いた。
塔の中に入ると、ジョーカーはすぐに物陰に隠れた。それに続いて三人も隠れる。
「静かに。エネミーがいる、仕掛けるぞ」
小さく告げると、彼女は素早くエネミーの仮面を剥いだ。現れたのはカボチャの幽霊のようなもの。ジャックランタン、とでもいうのだろうか?
ジョーカーが銃弾を撃つと、エネミーはすぐに怯んだ。もしかしたら羽根がついていたり空中に浮いているエネミーは風や銃弾に弱いのかもしれない。
「た、助けて……」
「……なら、力を貸してくれ」
エネミーが懇願してきたため、ジョーカーが答えるとエネミーは「もちろんだ!これから君の力になるよ」と光に包まれ、ジョーカーの仮面に取り込まれた。
「え!?何が起こったの!?」
ウェヌスが驚いた声を出す。そういえば彼女がいない時にこの力が判明したんだったと思い出し、説明する。
「そうなんだ……。じゃあ、あたし達にもそんな力があるの?」
「いや、これはジョーカーだけの特別な力だ。理由は分からないがな」
テュケーが首を横に振ると、「そっか……」とウェヌスは少し残念そうにした。
特別……。
ジョーカーはその言葉が苦手だった。自分一人だけ、他の人と違う生き物である気がするから。しかし、それを顔に出さず、「ほら、話はまた後だ。今は進むぞ」と言った。
エネミーを倒しながらさらに進んだ先に安全地帯があった。四人はそこに入り、地図を確認する。
「今は……ここのハズだ」
中間より少し前ぐらいだ。これなら理事会までに十分間に合う。
「皆の様子はどうだ?疲れていないか?」
皆の状況次第で帰るか探索を続けるかが決まる。そう思って聞くと、
「うーん……。まだ大丈夫だと思うけど……」
「お前の方こそ大丈夫かよ?」
逆に聞かれた。大丈夫だとジョーカーが言おうとすると足がよろけ、倒れそうになる。そんな彼女をマルスが支える。
「やっぱりな。今日はもう帰ろうぜ」
「そうだな。お前、無理しているんだろ?」
マルスとテュケーに言われ、ジョーカーは渋々頷いた。こんなところで足手まといになるなんて……もう少し鍛えた方がいいのかもしれないとジョーカーは考える。
現実に戻ると、いつもより身体が重い気がした。
「大丈夫か?駅まで送るぞ」
良希の申し出に蓮は「頼む」と素直にお願いした。珍しいこともあるものだと思いながら、良希は蓮と風花を駅まで送って行った。
ファートルに着き、二階にあがると蓮はすぐにベッドに倒れ込む。
「おい、大丈夫か?」
「……分からない」
帰るまでに身体のけだるさはおさまるかなと思っていたが、そんなこともなく。動くのも億劫だ。
「ゴシュジンに言った方がいいんじゃないか?」
「いいよ、ボク居候だし、前歴者だし」
大人達は信用出来ない。いや、大人だけでなくほとんどの人間が。藤森は本当にいい人なのだと分かるのだが。
「お前、人間不信なのか?」
人間恐怖症であることを思い出し、ヨッシーは尋ねる。蓮は考えて、
「ん……。まぁ、ある意味そうかもな」
誰よりも疑い深い人間だという自覚はある。両親でさえも全く信用していないのだから。
「そんな生き方、疲れないか?」
ヨッシーは哀れむような目を向けた。
「別に。昔からそうだったし」
しかし、蓮はぶっきらぼうに答える。慣れてしまえば辛いことなんてない。
なら、慣れる前はどうだった……?
幼い頃すぎてすっかり忘れてしまった。少なくとも、今より感情が豊かだったし他人もそれなりに信用していたのは確かだ。
「…………兄さんがいたら、違ったのかな……」
ボソッとヨッシーに聞こえない声で呟く。変わったのは丁度いとこの兄がいなくなってからだったハズだ。
「何か言ったか?」
「いや?……それより、もう寝るぞ。明日も潜入する予定なんだからな」
そう言って、まだご飯を食べていないことを思い出す。面倒だけどヨッシーの食事だけでも準備しないと……と無理やり起こすと、ギシギシと誰かが階段をのぼってくる音が聞こえた。見えたのはもちろん藤森だ。
「おい、お前、ネコにエサやったのか?」
「いえ、今から準備しようかと……」
それがどうしたのだろうか?すると藤森はヨッシーの前に皿を置いた。中身はキャットフード。
「今日はこれを食わせとけ。お前疲れてんだろ?」
どうやら準備していたらしい。蓮は「ありがとうございます」とお礼を言う。もしかしたら彼は相当なネコ好きなのかもしれない。
「皿は洗っとけよ。じゃ、俺は帰るからな」
藤森はそう言って下に降りて行った。皿洗いは明日にまわそうと再びベッドに転がる。目の隅でヨッシーが藤森の用意したエサを食べているところが見えた。とてもおいしそうに食べている。好みの味だったのだろうか。
「よかったな、ヨッシー。お前藤森さんに気に入られているぞ」
からかうように告げる。すると彼は「その言い方だと、お前は気に入られていないと言っているようだな」と蓮の方を見た。
「前歴者なんて誰も興味持たないだろ。それがたとえ冤罪であっても」
むしろそうであってほしい。奇異な目で見られるのは自分の家柄とこの力だけで十分だ。
「そうか?ワガハイにはむしろお前を気遣っているように見えたが」
「保護司だからな。ボクに何かあったら困るんだろ」
冷めた口調で言うと、「……まぁ、それはそうかもしれないか」と少し哀れんでいるような声を出した。
「あ、皿は置いといてくれ。明日洗う」
おやすみ、と目を閉じる蓮にヨッシーは僅かな寂しさを抱いた。
――こいつはどれほど理不尽な目にあってきたのだろうか。
きっと幼い頃から利用され、誰からも愛されたことがないのだ。だから、目の前の愛さえも疑ってかかる。そしてそれを誰にも話そうとしない。同居人であるヨッシーにさえ。それは、どれだけ辛いことだろう?
だが、まだ出会ってそこまで経っていないヨッシーには「頼ってほしい」などと軽々しく言えなかった。そんなことを言ったらきっと、彼女を追い詰めることになる。
「……だがせめて、お前が過ごしやすい環境を作ってやりたいぜ……」
どこにも居場所がない彼女が、笑って過ごせるような場所を与えてあげたい。そう願いながらヨッシーは彼女の横に丸くなった。
これは、夢なのか?
牢屋の中で一人祈りの歌を歌っている。
何のために?
誰のために?
そもそも、ここで歌っているのは本当に「ボク」なのか?
何も知らぬままただひたすら歌い続ける。
この世界が……に包まれないために。
また妙な夢を見て、ハッと目が覚める。最近そんなことが多い気がする。スマホで時間を見ると、まだ三時過ぎ。
「……っと、そういえば皿洗わないといけないんだった」
藤森が来ない内に洗ってしまおうと下に降りる。洗い終わると、二階にあがり制服に着替えた。
今日はデザイアに行くか、それとも準備をするべきか考える。前、幻想世界でコーヒーを飲むと心が癒えて力が湧いてきたから、今から作るのも悪くない。それから、敷井に薬品の値段を安くしてもらえるように取引しないといけない。やることはたくさんあるが。
「一応、敷井さんと交渉するのは今度でいいかな……。コーヒーも、お菓子があるし今のところよさそうだよな……」
ぶつぶつと独り言を言っていると、「お前、何ぶつぶつ言ってんだ?怖いぞ」とヨッシーが起きてきた。
「あぁ、すまない」
「まぁ、今後のことを考えているのはいいことだがな」
どうやら何を言っていたのか聞こえていたらしい、ヨッシーは伸びをすると蓮の方を見た。
「まだ四時にもなっていないだろ?なんで制服着てるんだ?」
「どうせ眠れないからな」
また悪夢やよく分からない夢を見るぐらいなら、起きて何かしていた方がまだ有意義だ。
「そうか……ワガハイはもう少し寝るからな」
「分かった。ごめんな、起こしちゃって」
ネコは夜行性のハズだが、ヨッシーは普通のネコではない。ましてやデザイア攻略で疲れているハズだ。起こしてしまったことを申し訳なく思う。
「別に構わない。お前も眠れる時は寝ておいた方がいいぞ」
ヨッシーはそう言うと、また丸くなった。蓮はその様子を見ながら、先程見た夢を思い出す。
牢屋の中で歌を歌っている自分……。あそこはどこかで見たことがある気がする。しかし、現実にあるような牢獄ではなかった。そもそも、あれは本当に自分なのか?それに、最後に何を思っていた?
分からないことはたくさんある。どんなに考えても答えなど見つからない。
「……でも、なぜか気になる……」
あの牢獄は何なのか?なぜ自分は歌っていたのか?その答えはかなり重要なことのような気がする。
気付けば外は雨が降っていた。
授業中、スマホが震えた。公民の先生にバレないようにこっそり見ると、グループチャットにメッセージが届いていた。
「なんだ?」
ヨッシーも覗き込んだため、蓮はチャットを開く。
『なぁ、聞きたいことがあんだけど』
『今授業中だ』
『そうよ。後からにしなよ』
『お前ら真面目に受けてんの?俺は頭に入んねぇ……』
『それは分かるけどさ……』
『分かったから用件を言え』
『蓮冷たくないか?まぁいいや。ほら、狛井だよ。本当にオタカラ盗んだら改心するんだろうな?』
「失礼な!改心するハズだ!……多分。やったことないが」
『改心するそうだ。やったことはないみたいだが』
『駄目じゃねぇか!』
『今は信じてやるしかないよ。あいのためにも』
『そうだけどよ……やっぱ不安っつーか……』
『気持ちは分かるが、これしか方法がない』
『分かってるよ。あんな奴、ほっといたら駄目だ』
『今日、デザイア行くよね?』
「どうする?レン」
『分かった。行こう』
『そう来なくちゃな!』
『じゃあ、放課後、屋上ね』
そこでチャットは終わる。ふと目線をあげると先生と目が合った。スマホをいじっていたことは気付かれていないようだが、よそ見していたのは見られていたようだ。
「転校生!貴様よそ見してたな!」
そう言ってチョークを投げつけてきた。蓮は「うわっ!」と瞬時に避ける。そして何事もなかったかのように肘をついて窓の外を見た。
「あれ避けるって何者だよ」
なぜか注目を浴びた。先生は「ふん。まぁいい」と授業を再開する。今どきチョークを投げつけるなんて古典的だなと思いながら、蓮は授業を聞いていた。
放課後、風花に「すごかったね、蓮」と言われた。
「何が?」
「ほら、公民の先生に投げられたチョーク避けてたでしょ?あれ、避けられた人いないんだよ」
「マジで?お前あれ避けたの?」
あのことかと思い出し、「別に、当たったら痛そうだったから避けただけ」と答えた。蓮にとってはあれぐらい簡単に避けられる。
「それだけで避けられるってすげぇな……」
良希が感心した目で蓮を見る。
「それより、作戦会議をするぞ」
そんな話よりこっちの方が大事だと蓮は切り出した。
「どうする?今日でルートを確保出来るようにするか?」
ヨッシーに尋ねると、「いいかもな。だが、無理はするなよ」と言われた。
「分かった。なら、今日、もしくは明日までに確保出来るようにしよう」
蓮の言葉に全員が頷いた。それを確認すると蓮はナビを起動し、昨日来たところまで向かった。
地図を見ると、あと四階ほどあった。オタカラがあるところまで含めると五階。長いか短いかはやってみないと分からない。だが、最上階に近付くにつれエネミーが増えていくということは確かだ。
「よし、行くぞ」
テュケーの掛け声に頷き、安全地帯から出た。そして、上へとのぼっていく。
エネミーを倒しながら何事もなくあがっていくと、仕掛けがあることに気付いた。
「随分古典的だな。まぁ、効果的か」
巨大な斧が振り子のように大きく揺れていた。これでは先に進めない。傍には狛井の像があり、よく見れば両目がない。
「なるほど、これの目を見つけてはめればいいのか」
すぐに分かったジョーカーが言うと、テュケーは「そうだろうな」と頷いた。相変わらず他の二人は分かっていないようだが。ジョーカーが分かりやすく説明し、
「とりあえず下の階に戻るぞ」
と言ったので四人は下に降りる。そこには先程までいなかったハズのエネミーがいた。
「行くぞ」
掛け声とともにジョーカーはエネミーの仮面を剥がす。現れたのは今までのどの敵より強そうな甲冑の姿。こいつが仕掛けの鍵を持っているのだろう。
ジョーカーの頭に浮かんだのは、ジャックランタンの呪文。
「フレイム!」
唱えると、炎が放たれた。雷呪文を唱えた時もそうだったが、ウェヌスの炎呪文とは違い、僅かに闇の力が入っている。恐らく、ジョーカーのアルターが元々闇呪文を得意とするからだろう。
エネミーはまともにくらうが、怯んだ様子はない。ヨッシーが風呪文を唱えるが、それは避けられてしまった。
剣を振り落とされるが、四人は間一髪で避けた。あれに当たったらひとたまりもないだろう。マルスが殴るが、全く効いている様子がない。物理は無効であるようだ。
注意をひき付けようと、ジョーカーは威嚇するように呪文を放った。彼女の思惑通り、エネミーはジョーカーの方に注意を向けた。
「皆!呪文を唱えろ!」
そう言いながら、ジョーカーはエネミーの攻撃を避ける。放たれる光呪文に当たってはいけないと思ったからだ。ジョーカーがひき付けている間に三人はエネミーに向かって呪文を唱えた。
すると、何かを落としてエネミーは消えていった。ジョーカーがそれを拾う。
「それ、目か?」
「正確には、仕掛けを解くための鍵だ」
わざわざ訂正するほどでもないが、と思いながら言った。両目ともある。片目ずつ持っているのではないかと思っていたのでこれはありがたい誤算だ。
四人は仕掛けのところまで走り、狛井の像にはめる。すると予想通り斧が止まった。
「これで通れるな!」
その先に進んでいくと、途中に鍵付きの宝箱があったのでキーピックで開けた。中身は回復アイテム。ありがたくもらっておこうと懐に入れた。
そうして辿り着いたところは、大きな広間。もっと上があるようだが、階段がどこにもない。どこだろうと探していると、
「どこでも素直に階段が出てくるとは思わないことだな」
そんな声が聞こえてきて、後ろを振り返る。そこにはエネミーがいた。
「……なるほどな。お前を倒さないと出てこないようだな」
テュケーが言うと、ジョーカーはナイフを構える。エネミーが姿を現すと、
「いやぁああああ!」
ウェヌスが悲鳴をあげた。あげたくなる理由は分かる。なぜならエネミーの姿が男性器を模したものだったから。さすがのジョーカーも顔を僅かに歪ませた。
「変態じみた服装や女子高生の体育服姿が好みというだけでも十分痛い奴だと思っていたが……」
まさか欲望がエネミーの姿にまで及んでしまったのだろうか?
エネミーはウェヌスを見ていた。危険だと判断したジョーカーはマルスとテュケーに合図を出し、彼女を庇うように立つ。
「ウェヌス、お前は銃か呪文をうってくれ」
そう指示を出し、ジョーカーはエネミーを斬りつける。柔らかいだろうと思っていたが、弾力があり、意外と斬りにくかった。ウェヌスは背後から炎を放つ。テュケーは銃を、マルスはメリケンサックを使ってエネミーに攻撃を加える。
すると、エネミーが邪魔だと言いたげにジョーカーに向かって炎を放つ。強い威力で避けきれず、左腕にやけどを負ってしまった。
左腕を手で押さえる。やけどで動かしにくくなっていた。
「テュケー!風呪文だ!」
しかし、今使える呪文で何が効くかは分かった。このエネミーの弱点は風だ。ジョーカーはすぐにテュケーに向かって叫んだ。
「了解だ!トラウス!」
彼はすぐにアルターを召喚し、風呪文を唱える。攻撃が当たると、エネミーが消えていったと同時に階段が出てきた。
「うぅ……もういや……」
「頑張れ、あともう少しだ」
涙目になってしゃがみ込むウェヌスをジョーカーが励ます。実際、地図通りであればこの階段をのぼれば王座の間に出る。その先にオタカラがあるハズだ。
ジョーカーの言葉に彼女は頷き、立ち上がる。四人は階段をあがると、今まで以上に大きな扉があった。近くに安全地帯があったので四人は一度そこに入ることにした。
「ジョーカー、大丈夫か?今治す」
テュケーがジョーカーの左腕に手をそえると、回復呪文を唱えた。すると、やけどが癒えていった。
「ありがとう」
お礼を言うとすぐに話し合いを始めた。
「どこから入るの?」
「外から聞いた感じ、明らかに結構いるからな」
ウェヌスとマルスの言葉にジョーカーは考え込む。確かに、あの扉の先は王座の間だ。警備が厳重でもおかしくない。なら、どこから入るか……そこでふと扉の両側に巨大な石像があったことを思い出した。
「……左の石像。あそこの上に抜け道があったハズだ」
「なるほど。そこから入るというわけだな」
テュケーの言葉に頷く。石像なら登っても崩れることはない。抜け道も人一人は通れる大きさだった。
「よし、それで行こう」
その言葉に反対する者はいなかった。安全地帯を出ると、最初にジョーカーが登って様子を見る。中心には狛井のフェイクとエネミー達がいた。しかし、上の階に降りるのでバレることはなさそうだ。
後の三人に合図をし、ジョーカーは先に降りて、バレないようにかがむ。皆が来ると気付かれないように先にある扉に向かった。
そこを開くと、さらにその先に扉があった。そこも開くと、あったのは……。
「このモヤモヤしたやつがオタカラか?」
マルスがテュケーに尋ねる。すると彼は「そうだ」と答えた。
「でも、盗めそうにないよ?」
ウェヌスの言う通りだ。このままでは盗めそうにない。
「まぁ待て。これはまだ実体がないからだ。ここから先は手順が必要でな」
「と言うと?」
さすがのジョーカーでも予測がつかない。テュケーは胸を張って答えた。
「現実のコマイに予告状を出すんだ。お前の欲望……オタカラを奪うぞってな。そうすれば現れる、ハズだ」
「ハズって……」
予告状か……。いよいよ怪盗らしくなったなとジョーカーは思った。
「なら、一度戻ろう。話はそこからだ。……ルートはもうこれでいいんだろ?」
「あぁ」
それならと元来た道を戻った。そして、現実世界に戻ると四人はファミレスに向かった。
「予告状か……。いつ出すよ?俺は早めの方がいいんだけどよ」
良希が聞くと、蓮は「土日は休んだ方がいいんじゃないか?ずっと攻略続きだったし」と言った。
「確かに、少し休みたいかも」
「なら、月曜日に考えよう。ゆっくり休めよ」
そこで今日は解散になった。
夜、蓮が勉強をしているとヨッシーが話しかけてきた。
「お前、疲れてんのによく出来るよな」
「何が?」
「勉強だよ。頭に入るのか?」
そんなことかと蓮は思った。学業は高校生の仕事であるわけだから、おろそかにしてはいけないだろう。疲れていないと言ったら嘘になるが。
――なぜかあっちの世界に行ったら頭や身体が痛むんだよな……。
怪我をしたわけでもないのに、毎回鈍痛がある。最初は人と関わっていたからと思っていたのだが、そうではないようだ。今のところは誰かに言うほどではないのでいいのだが。
「すごいよな、お前。それ全部予習だろ?そんなに勉強しているなら、成績いい方なんじゃないか?」
ヨッシーはノートを覗き込み、そう言った。びっしり書かれているのに丁寧でかなり見やすい。
「いい方っていうか……一応、前の高校では学年一位だ」
「学年……!?クラスじゃなくてか!?」
「あぁ。英語以外は全て満点だ」
ちなみに英語も一問間違えただけである。
「お前何者だよ……」
「名家の令嬢だからな、これぐらい出来て当然だ」
偏見かもしれないが、蓮はそう思っている。
「それに一応、学校では真面目にしていないといけないし」
「そうだったな。だが、その様子なら多少羽目を外していいんじゃないか?」
「羽目を外す……」
そんなこと、考えたことがなかった。幼い頃からいつも何かに追われていたから気を休める暇もなかったのだ。だからどうすればいいか分からない。
「いいよ。別に勉強が苦痛というわけじゃないし」
しかしそのことは言わず、そう告げた。実際、勉強が嫌いというわけではない。
「なら、いいけどよ……気、張りすぎるなよ」
彼がどういう意味で言ったのか、蓮には分からなかった。
休みの時は藤森の手伝いをして過ごした。日曜日の夜、店を閉めた後に藤森が話しかけてきた。
「おい、お前。今時間あるか?」
「はい、ありますけど……」
特に何かあるわけではない。何の用だろうと聞くことにした。
「お前、帰りが遅いが余計なことに首突っ込んでないだろうな?」
「まさか。何かあったら面倒ですし」
実際は既にやっているのだが、素直に言うわけがない。
「それならいいけどよ。それより、お前コーヒー好きなのか?」
「はい、そうですけど」
それがどうしたのだろう。
「それなら、上手い淹れ方教えてやるよ」
「本当ですか?嬉しいです」
それは本音だった。蓮の淹れ方はネットや本で調べたもので、正直この味ではない気がしていたのだ。藤森に学べばもっといいものが淹れられる気がする。
「そう言ってくれるなんてな。今日はもう遅い、ゆっくり休め」
藤森は嬉しそうだ。頭に「教皇」という言葉が浮かんだ。彼もシャーロックの言っていた協力者なのだろう。
藤森が帰っていくのを見送った後、蓮は藤森から貰ったものとは違う手帳に記録をつける。『藤森さんが「教皇」というアルカナだった。きっかけはコーヒーの上手い淹れ方を教わるというもの』……。他にもヨッシーやシャーロック達のことも書かれている。この手帳は鍵付きであるため、他人が勝手に見ることは出来ないようになっている。
ヨッシーは既に寝ている。蓮は机の引き出しにその手帳をしまい、ベッドに横になった。
「明日どうするか考えないとな……」
そう思いながら、蓮は目を閉じた。
放課後、四人は屋上に集まった。
「どうする?予告状出しちまうか?」
良希が蓮に聞く。蓮は少し考えた後、
「いや、今日は準備をしたい。明日予告状を作って明後日実行にしないか?」
と言った。予告状は今日作ってもいいが、彼らが勢いで明日出してしまうかもしれないと判断してのことだ。
「レンが言うならそれでいいぜ」
「あたしも。でも準備って何をするの?」
「回復アイテムを買ったりルートの確認だ。一応、見取り図は覚えている」
蓮は紙とペンを取り出すと、すぐに城の見取り図を書き上げた。そして、確保したルートに線を引く。
「確か、こうだったな」
ヨッシーに確認すると、彼は「あぁ、よく覚えているな」と言った。これぐらい、蓮にとっては朝飯前だ。
「罠とかは特になかったし、このルートで大丈夫そうだな」
「そうだな。だが警戒することに越したことはないぞ」
「分かってる」
油断をすれば痛い目を見ることは知っている。だからこそ、今日は準備したいのだ。休みの間に準備していればよかったなと後悔する。
「そういや、予告状は先に出しておけばよかったんじゃね?」
「それ、あたしも思った」
良希がヨッシーに聞く。すると「それじゃ駄目なんだ」と彼は答えた。
「予告状の効果は持って一日だ。ルートも確保していないのに一日で盗めるわけがないだろ?それに、予告状を出したら警戒度が一気に上がる。大変だが、ルートを確保してからの方が比較的いいんだ」
「マジか、結構シビアだな……」
そういうことか。確かにあんな複雑なところ、覚えていない限り一日で攻略出来ないだろう。それに、警戒度が上がればエネミーと戦う可能性も高くなる。消耗戦になるのは確実だろう。そんな中でオタカラを盗めるかと問われれば、答えは「ノー」だ。
「それなら確かにルートを確保してからの方が何もしないよりマシだな」
「だろ?やっぱりお前は分かってるぜ」
そんな風に話していて、時間を見ると五時三十分前だった。そろそろ切り上げ時だろう。
「それじゃ、今日はもう解散するか」
蓮の言葉に全員が頷いた。
帰る途中、薬を買おうと蓮は敷井診療所に向かった。
「あら、あなた。今日は何の用かしら?」
「薬を買いに来たんです」
「診察室へどうぞ」と敷井が言うと、蓮は言う通りに入る。そして、いくつか薬を買った。
「おい、交渉したらどうだ?」
ヨッシーの言葉に蓮は頷いて、話を切り出した。
「あの、すみません」
「何かしら?」
「その、薬の値段を下げてもらう、というのは出来ますか?」
もちろん、ただでとは言わない。それなりのことはするつもりだ。
「そうねぇ……それなら、これを飲んでくれるかしら」
そう言われ、差し出されたのは何かの液体。いかにも危険そうだが、これは度胸を確かめられているのだと分かった。
「どう?飲むの?まぁ飲まない方が――」
いいわよ、と言い終わる前に蓮はそれを一気に飲み干した。それには敷井も驚く。
不思議な味がする。甘いようなほろ苦いような……。すると急にめまいがした。
「…………!?」
そのまま、蓮は意識を失った。
目を覚ますと、そこは診療所のベッドの上だった。
「……ここは?」
「目を覚ました?ちょっと様子を見せてね」
敷井が蓮に近付くと、瞳を見た。それから脈拍に血圧と測っていく。
「特に異常はなさそうね。あなた、精神面以外では健康そのものなのね。それにしても、あんな怪しい薬、普通飲む?」
「試していたのでしょう?……それで、何をさせようとしているんですか?」
あの薬は何なのかは聞かなかった。身体に異常がないのなら、特に危険な薬というわけではないだろう。
「あなた、何が目的なの?」
「目的……」
そう聞かれ、少し考えた後、
「受験と体力作りです。ボク、頭が痛くなったり、すぐ怪我してしまうので……」
「ふぅん……」
それだけのためにやるわけがないと思っているのか、怪しげに蓮を見てくるが、詳しいことは聞いてこなかった。
「まぁいいわ。あなたの要求、聞いてあげる。そのかわり、協力してほしいことがあるの」
「何ですか?」
「治験に協力してほしいの。作りたい薬があってね」
治験……薬の効果の実験台ということか。
「そうね……協力してくれたら、値下げだけじゃなく追加で他の薬も売ってあげるわ」
「まぁ、それなら……」
危険ではあるが、それ相当の見返り、といったところだろう。それでも少ない気がするが、元々値下げだけを求めていたのだ、いい収穫だろう。
「取引成立ね」
敷井がそう言うと、頭に「死神」という言葉が浮かんだ。彼女も協力者の一人だったようだ。
「じゃあ、調子がいい時に来てちょうだい。薬の効果って心の状態でもだいぶ変わってくるから」
それじゃあ、お大事に、と敷井が言った。
――そういえば、仲間達のアルカナは何なのだろう。
ヨッシーは「魔術師」ということが分かっているが、良希と風花はまだ分かっていない。割と関わっている気がするが、まだ足りないのだろうか?
まぁ、ゆっくりやっていけばいいか……。
楽観的に考える。蓮にとってあまり重要ではないと思ったからだ。
その考えが今後自分の首を絞めることになることを、今の蓮が知る由もなかった。
そして、とうとう予告状を作る日が来た。
「誰が予告状を作成する?」
蓮が聞くと、良希が「俺にやらせてくれ」と手をあげた。
「え?リョウキが?……大丈夫か?」
ヨッシーが心配そうに尋ねる。良希は「もちろんだ」と胸を張った。
「あいつに言ってやりたいことはたくさんあんだ」
「誤字脱字とか本当にやめてよ……かっこ悪いから」
さんざん言われている。正直、蓮としても不安なのだが、だからといってこっちに来てまだ数週間の自分が書くのはおかしい気がした。
「……分かった、任せるぞ」
蓮が言うと、彼は「任せとけ!カッケーもん作ってやる!」と張り切っていた。本当に大丈夫だろうか……。
不安は残るが、明日に向けて今日はもう解散することにした。
ファートルに戻ると、蓮はシャワーを浴びてすぐに横になった。
「いよいよだな」
「あぁ。ようやくだ」
いろいろとあったが、やっとオタカラを盗めるのだ。これにかけるしかない蓮にとって絶対に失敗は許されない。
「明日は絶対に成功させるぞ」
「当たり前だ」
蓮は頷くと、目を閉じた。ヨッシーもそれにつられて眠りの世界に漕ぎ出した。
翌日の朝、廊下が騒がしかった。気になって見てみると、騒ぎは掲示板のところからだった。
「予告状……?えっと、『色欲野郎、狛井 凌。他人を奴隷のように扱うてめぇのクソ加減さはよく分かっている。だから我々はてめぇの欲望を奪うことにした。その歪んだ心を頂戴する。 幻想怪盗団より』……?何、これ?」
よく見ると、変なマークまで描かれている。正直、センスを感じない。
周りを見ると、良希と風花がいたのでそちらに向かう。
「ねぇ、あれ何?」
「いいだろ?昨日いろいろ調べたんだ」
「ダサいんだけど」
「センスが皆無な予告状だったな……」
やはり、風花とヨッシーにさんざん言われている。蓮も同意見だが、口に出して言わなかった。
すると、騒ぎを聞きつけた狛井がやって来た。
「何の騒ぎだ!」
「あ、やべ……!」
狛井が予告状を見ると、みるみるうちに顔が怒りに変わった。
「誰だ!こんなもの張り付けた奴は!」
一人一人問い詰め、生徒達は逃げ出す。それは本当のことだと言っているも同然だ。
狛井は蓮達に気付き、近付いた。
「お前達か!?」
「さぁ?分かりませんけど」
蓮が何食わぬ顔で言うと、狛井の姿があの城の姿に変わった。
「盗めるもんなら盗んでみろよ!」
この反応だと、デザイアに影響が出ているのは確実だろう。狛井が立ち去った後、四人は頷き合う。
放課後、屋上に集まった四人は最後の作戦会議を行う。
「今日の目的はオタカラだけだ。いいな?」
「それから、エネミーとの戦闘は出来るだけ避けろ。何が起こるか分からないからな」
ヨッシーと蓮の言葉に「分かってるって」と良希が笑った。風花も納得しているらしい。それならいいと蓮は皆を見る。
「よし、なら行くぞ!」
蓮の掛け声と共に四人はデザイアの中に潜入した。
城の中はやはり厳重に警備されていた。エネミーに気付かれないように陰に潜みながらジョーカー達は確保しておいたルートを進んでいった。
何度か気付かれそうになりながら、王の間まで着くと、そこに狛井がいないことに気付いた。丁度いいとそこを通ると、中心に玉座があった。誰もいないことに疑問を持ちながらも、先に階段があったのでそこを駆け上がり、昨日見つけたオタカラの場所に辿り着いた。そこにあったのは、昨日見たあのモヤモヤしたものではなく、巨大な王冠だった。
「これが、「オタカラ」か?」
マルスが聞くが、テュケーの反応がない。どうしたのだろうとジョーカーがテュケーの方を見ると、彼は身体を震わせていた。
「どうした?」
こんな様子の彼を見たことがなく、心配になったジョーカーが尋ねた。するとテュケーは興奮したようにその王冠に引っ付いた。
「ニャフー!オタカラだー!」
「おい、テュケー。それはマタタビじゃないぞ」
ジョーカーの見当違いな発言に、マルスは「いやそこじゃねぇだろ!」とツッコミを入れた。彼女はわざとなのか素でやっているのか分からない。
「あ!す、すまない。取り乱してしまった」
「性格、すっごく変わってたね……」
ウェヌスが苦笑いを浮かべる。普段の彼からは考えられなかった。
「そんなことより、これどうやって運ぶんだ?」
先程のテュケーの豹変ぶりを「そんなこと」で済ませてしまうジョーカーはやはりどこか抜けているが、確かにこんな大きな王冠をどうやって運ぶかの方が重要だ。明らかに普通の人が被れる大きさではない。重さもかなりあるだろう。
「ジョーカー、お前これ持てるか?」
「なぜオレに聞く?」
明らかに一人で持てないだろ……とジョーカーはため息をつく。
「持てマルス」
「なんで俺だけ……?」
なぜって、テュケーはネコだしウェヌスは女だ、持てるわけがない。適任者はマルスしかいないだろう。
「オレも手伝うから」
「ほら、早く持ちなさいよ」
ウェヌスはマルスを睨みながらそう言った。彼は「わーったよ」と渋々ジョーカーと一緒に持つ。テュケーは「ワガハイも、人間だったら……」と落ち込んでいた。
「意外と重いな」
持ち上げてみると、かなり重かった。
「なぁ、これマジで、二人で持つ気か……?」
「?当然だろう」
至って真面目に答えるジョーカーにマルスは「ですよねー……」と言った。
四人は先程の王の間を通って行こうとするが、そこで王冠に向かってバレーボールが飛んできた。幸いジョーカー達には当たらなかったが、王冠は遠くに飛ばされた。
「やはり、待ち伏せしていて正解だったな」
「……やっぱりか」
目の前に狛井が立っているのを見て、ジョーカーはため息をつく。侵入者を確実に捕らえるには待ち伏せが一番いいだろう。予想していたことだが、面倒なことになった。
「俺様の王冠を盗るんじゃねぇ!奴隷共が!」
「オレ達はお前の奴隷になった覚えはない」
ジョーカーが言い返すと、狛井は大声で笑った。
「あーはっはっは!この学校に入った時点で貴様らは俺様の奴隷なんだよ!」
「ふざけないで!誰が奴隷よ!」
ウェヌスが叫ぶと、狛井はジトッと彼女を見た。
「まだ分からないようだな……。なら、俺様が直々に再教育してやるよ!ここは俺様の城、何やっても許されるってことをな!」
そう叫んだかと思うと、狛井は巨大な長い舌を出した化け物の姿になった。目の前には女性の足らしきものがたくさん入った祝杯が、手にはフォークとナイフがあり、頭にはオタカラである王冠を被っている。悪趣味にもほどがある。
――「何をしても許される」……か。
「……それなら、オレが」
「なんだ?」
「オレが、お前を許さない。周りがお前を許しても、オレがお前に罪を償わせる」
あの時のことを思い出しながら、ジョーカーはそう言った。理不尽な大人、無情な世界……一度は全て奪われたが、今やそれを変えるだけの力を手に入れたのだから。そんな彼女を、狛井は嘲笑った。「出来るわけない」と。
「くそっ!オタカラがあんなところに……!おい、奪うぞ!」
テュケーの言葉にジョーカーは当然だと頷く。
「皆!仕掛けるぞ!」
その掛け声と共にジョーカーは素早く近付き、ナイフで腕を斬り裂く。テュケーは彼女に続くように小刀で斬り、マルスとウェヌスはそれぞれ呪文を唱える。すると、化け物と化した狛井は長い舌でウェヌスを掴んだ。
「きゃ!」
ジタバタと暴れるが、解放される様子はない。炎呪文で左目を攻撃しているが、それでもビクともしなかった。あのままでは精神的にきついだろうとジョーカーは人間離れした跳躍力で宙を舞い、舌をナイフで斬る。
「いてっー!貴様!」
その声を無視して、解放されたウェヌスを抱えて見事な着地をする。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」
澄ました顔をしているジョーカーにウェヌスはお礼を言う。彼女を降ろすと、すぐに狛井に向き合う。
「俺様にどれだけ攻撃しても意味ねぇんだよ!」
狛井がそう言うと、不意に祝杯を手に持ち、女性の足を流し込んだ。グシャッと嫌な音をたてながら咀嚼し、飲み込むと全ての傷が治ってしまった。
「あれ、回復すんのかよ!」
マルスが信じられないと言いたげに叫ぶ。厄介なことになった。
「まずはあれを壊すか……。マルス、テュケー。頼みたいことがある。ウェヌスも来てくれ」
すぐに作戦をたて、ジョーカーは三人を呼ぶ。
「なんだ?」
「オレとウェヌスであいつの気を引きつけるから、お前達はあの祝杯を壊してほしい」
その言葉にテュケーは渋い顔を浮かべる。
「危険じゃないのか?」
「ウェヌスと、恐らくオレは奴のターゲットになっている。何かしようものならすぐにバレるだろう。お前達の方が適任だ」
そういうことかとテュケーとマルスは頷いた。
「あたしは何をすればいいの?」
「恐らくだが、最初はほとんどウェヌスに向かって攻撃してくる。だから攻撃が当たらないように避けてくれたらいい。その間にオレが奴に攻撃を加える」
それなら危険は少ないだろう。
そうと決まれば後は実行に移すのみ。ジョーカーは闇呪文を唱え、狛井に攻撃をする。一瞬だけ彼女の方を見たが、ウェヌスが前に出てくるとすぐそちらにターゲットが変わる。ジョーカーの予想通りだ。
「お前の次はあの黒髪だ!」
やはり、自分もターゲットになっていたかと自分の考えがあっていたことに安堵した。マルスとテュケーは気付かれないように呪文ではなく小刀とメリケンサックで祝杯に攻撃を加えていた。
「ちょこまかするな!」
ウェヌスも、攻撃が当たらないように必死に避けている。狛井は持っているナイフを振り回している。ジョーカーは気付かれないように攻撃を与えながら、時々前に出て自分の方に注意を引かせ、ウェヌスを少し休ませるといったことを繰り返した。
そうしている内に狛井は祝杯を攻撃されていることに気付いた。
「貴様ら!何やっている!?」
「今さら気付いたってもう遅い!」
テュケーの言葉と共に祝杯が壊れた。これで回復する手段はもうない。
このまま攻撃を与えれば倒せる――!そう油断していると、
「貴様ら……!もう許さん!死ねぇ!」
相当キレたらしい、どこから出したのかバレーボールを手にしていた。
「ヤバイ!強い攻撃が来るぞ!」
ただならぬ気配にジョーカーが叫ぶが、時すでに遅し。強力なスパイクが飛んできて全員飛ばされる。
「かっ……!」
「くっ……!なんて威力だ……!」
ジョーカーは間一髪で受け身をとり、なんとかすぐに立ち上がる。しかし他の人達は地に伏せた。
「しくじったな……油断した」
まさかあんな強力な技を隠し持っていたとは。ジョーカーは仲間達に駆け寄り、癒しの力を使う。短い時間だったので傷は完全に治っていないが、動けるぐらいには癒えただろう。
「すまない、判断ミスだ」
ジョーカーが謝ると、テュケーは首を横に振る。
「お前のせいじゃねぇよ。……しかし、あの攻撃をもう一度食らったら今度こそ終わりだぞ。どうするんだ?」
彼の言う通りだ。いくら回復の手段がなくなったとはいえ、一度全回復させてしまったから倒すまでに時間がかかるだろう。その間にあの攻撃が来てしまえば無事ではすまない。さて、どうするか……。そこでふと、ジョーカーの頭にある考えが浮かんだ。
「あの王冠を先に奪うのはどうだ?あんなに固着するということはかなり大事な物なんだろう。離してしまえば動揺するんじゃないか?」
「確かにいい手段だが……それなら注意を引きつけてもわらないといけない。誰かが囮にならねぇといけないぜ?」
テュケーの言葉に全員が黙り込む。当然だ、先程あの攻撃を受けてしまったのだから誰だって囮になりたいとは思わない。
けれど、何もしなければこのままなぶり殺されるだけだ。それなら、
「分かった、オレが囮になろう。テュケーはそのすきに王冠を奪ってくれ」
顔を上げ、ジョーカーは自ら囮になると告げた。テュケーは「分かった、出来るだけ時間を稼いでくれ」と頷く。
「ちょっとジョーカー……!」
「本気か!?あの攻撃見たろ!?」
ジョーカーの言葉にウェヌスとマルスが驚いた声を出した。しかし、彼女は冷静に返す。
「何もしなければそのまま殺されるだけだぞ。それなら、出来ることはやっておいた方がいいだろう」
もちろん、二人まで囮になってもらう必要はない。ジョーカーは器用で身軽だから、一人で囮になってもそれなりに避けることが出来る。数分間攻撃を引きつけるだけだ、今の体力でも十分だろう。
「そう、だよね……分かった、あたしもやるよ」
「あぁ。テュケー、頼んだぞ」
しかし、ジョーカーの勇気が心を震わせたのか、二人も囮になる決意をした。
「一丁前に作戦会議か?俺様の前では意味ないんだよ!」
そこに狛井がナイフを振り下ろしてきた。四人はバッと避けると、すぐにそれぞれの持ち場についた。
最初に攻撃をするのはウェヌス。鞭で狛井を叩き、気を引く。
「こっちよ!」
「お前……!調教が必要なようだな……!」
狛井がナイフを振り下ろそうとすると、マルスが後ろから奇襲をかける。
「風谷、今度は貴様か……!」
「ほら、こっちだぜ!」
マルスが走ると、彼の方にナイフを振り下ろす。しかし頭に血がのぼっているのか、攻撃が当たらなかった。
それでもなお、怒りに任せてナイフを振り回していると黒い影が目の前に現れた。ジョーカーだ。
「隙あり……だ!」
その言葉と共にジョーカーは右目にナイフを突き立てた。その痛みに狛井はナイフとフォークを落とす。
「このゴミ虫が……!」
「がっ……!」
しかしそのままジョーカーの足を掴んだかと思うと、床に打ち付けた。あまりの衝撃にジョーカーはすぐに動けなかった。そんな彼女を容赦なく踏みつける。ジョーカーはさっきの衝撃で口の端や頭から血が流れていた。
「くっ……!」
「貴様から死にたいようだなぁ!ご令嬢さんよぉ!覚悟しろよ!」
そう言って、狛井はバレーボールを持ち出すが――。
「隙ありだぜ!」
テュケーが王冠を蹴り上げる。それが遠くに転がると、狛井は分かりやすく動揺した。
「あ、あぁ!俺様の王冠が!?」
「今がチャンスだ!」
ジョーカーの言葉と共に四人はアルターを召喚し、狛井に向かって呪文を放った。直撃した狛井は悲鳴をあげながら人の姿に戻った。
人が持てるぐらいの大きさになった王冠をジョーカーが拾い上げようとすると、狛井が奪うように胸に抱え、逃げようとする。しかし、逃げられる場所はベランダからしかない。飛び降りたら、確実に死ぬであろう高さだ。狛井は慌てている。
「……そこから飛び降りないの?運動神経抜群なんじゃないの?」
ウェヌスが冷たく言い放つと、彼は言い訳の如く叫んだ。
「お、俺様は群がるハイエナの分までやってやってるんだ!見返りを求めて何が悪い!」
この期に及んでまだ言うかとジョーカーは思ったが、ここは自分が干渉するところではないと二人を見守る。
ウェヌスはアルターを召喚した。それを見て、狛井は命乞いをする。
「ひぃいい!や、やめてくれ!助けてくれ!」
「皆、あんたにそう言ったんじゃないの!?でも、あんたはそれを簡単に奪っていった!」
彼女の頭に浮かんでいるのは、あの優しい親友の顔だろう。彼女だけではない、島田やバレー部員、他にも被害に遭った生徒はたくさんいる。
「……分かった、俺様の、負けだ……」
彼女の悲痛な叫びに、彼はとうとう負けを認めた。王冠をジョーカーの前に放り投げると、
「とどめ、刺せよ。そうすれば、現実の俺様にもとどめを刺せる……」
それはつまり、ここで彼を殺せば現実の彼も死ぬということだろう。
ウェヌスが歯ぎしりしているのが分かった。迷っているのだろう、このまま怒りに任せていいのか否か。
不意に彼女は柱に炎を放った。
「……今あんたをやったら、罪を証明出来ない」
静かに告げる彼女を訝しげに見、彼はジョーカーを見つめた。それはどこか、答えを探しているようだった。
「罪を全て告白しろ。そして償え。それがお前のするべきことだ」
だから、ジョーカーはそう言った。すると狛井は穏やかな顔をした。
「分かった。俺様は現実の俺様の心に戻るよ。そして、必ず……」
最後まで言い終わる前に、彼の身体が光に包まれ、消えていった。それを見届けて王冠を拾うと、急に城が崩れ始めた。
「お、おい!どうなってるんだよ!?」
「オタカラを盗んだんだからデザイアが崩れるのは当たり前だろ?」
「それ先に言ってよ!」
痛みも忘れて必死に走りながら三人は言い合っている。そんな暇あるのなら今はとにかく足を動かしてくれとジョーカーは思う。
全力で走ってようやく入り口に辿り着くと、現実世界に戻っていた。
『目的地が消去しました』
スマホからそんな声が聞こえてきた。見ると、確かに履歴がなくなっていた。
「無事、なのか……?」
良希が呟いた。現実世界に戻ってきているということは無事なのだろう。危なかった。
「ところで、オタカラは?」
ヨッシーが蓮に聞くと、彼女はポケットから金メダルを取り出した。これが、オタカラの正体だろう。
「金メダル?」
「それが、あの王冠と同等に見えていたってことだろう」
ヨッシーの言葉に納得した。だから、城の王様だったってわけか。
「これ、オリンピックのやつだよね?」
「あの野郎、過去の栄光に縋りついていただけってことか」
風花と良希がそれぞれ言う。まさにその通りだ。
「なぁ、ところでこれで改心したんだよな?」
「分からん。初めての成功例だからな」
「こっちは退学と強制入部かかってるんだぞ!?」
「退学と強制入部って……?」
良希がヨッシーに詰め寄っていると、風花が蓮に聞いてきた。そういえば彼女は知らないんだったと蓮は説明する。すると風花はため息をついた。
「あなた達も大変だったんだね……」
「それから良希。今は様子を見るしか出来ないだろう」
蓮が冷静に告げると、彼は「そうだけどよ……」と蓮の方を向いた。そして、驚いた表情を浮かべる。
「おい、お前……!」
「どうした?」
「頭、怪我してるぞ!」
良希に言われ、そういえばそうだったと思い出す。意識すると少し痛い。
「しまったな、治しておけばよかった」
ヨッシーが呟くと、蓮は首を横に振った。
「余裕なかったし、仕方ないだろ。そういうお前達の方も怪我、あるだろ」
蓮は三人に触れると、デザイアでついた傷が全て治った。
「やっぱりお前の力、すげぇな。デザイアでついた傷は治りにくいのに、すぐ治すことが出来るなんて」
「一応、そういった力だから」
やはり、自分に使えないのが欠点だなと思う。これでは目立ってしまうだろう。
「俺達のはいいけどよ、お前どうするよ?」
「包帯巻くしかないだろ。変な噂立ちそうだが」
また騒がしくなることが予想出来てため息が出た。本当に面倒だな……と思う。
とにかく、今は様子を見るしかないだろう。何が起こってもおかしくない状況だから。
「それにしても、風花。お前、あの状況でよく我慢したな」
良希が風花を見てそう言った。あの状況というのは、狛井にとどめを刺せるという時のことだろう。確かに、あの時よく我慢したと思う。
「だって、死ぬより苦しいことがあるってこと教えてやりたかったもん。楽に死なせてあげないから」
彼女はそう言って笑うが、なぜか少し怖かった。「女ってこえぇ……」と良希は風花に聞こえないように呟いていた。
「とりあえず、今日は解散するか」
ヨッシーの言葉に全員が頷く。今日は疲れたからゆっくり休んだ方がいいだろう。
蓮はファートルに帰る前に敷井診療所に寄り、適当に理由を作って頭の怪我の手当てをしてもらった。
ファートルに戻ると、藤森は既に帰っているようだった。一応目立たないように髪の毛で隠しているが、それでも少し見えているからよかったかもしれない。
服を着替えてベッドに転がると、ヨッシーが話しかけてきた。
「上手くいってよかったな!」
「あぁ。何とかな」
正直、あの時は本気で死を悟っていた。本当に上手くいってよかったと思う。
「後は改心が起こるかだな。それにしてもお前、あんな状態でよく囮になるなんて決断したよな」
ヨッシーがそう言ってきた。
「あれしか方法がなかったんだ、当然だろう」
「でも、かなり危険だったぜ?」
それは認める。あの時、ヨッシーが王冠を蹴っていなければ蓮は殺されていただろう。だが、あの時死ぬのが怖いとは思わなかった。
「お前、本当にすごいよな。でも、少し怖いところでもある」
「どういう意味だ?」
「お前、目的のためなら自分の命さえも厭わない気がしてな……」
そんな風に見えていたのかと蓮は思う。しかし心当たりがあるので何も言えなかった。
話をしている内に眠くなってきた。ヨッシーも同じなのか、「今日はもう寝るか」と言ったかと思うとすぐに寝息が聞こえてきた。蓮もつられて瞳を閉じる。
改心しているかは、まだ分からない。だが、今は様子を見るしか出来ないのだから。
優しき………………よ。
あなたは……を盗むことが出来るかしら?
あなたに定められた……は、そう遠くはない。
どうか、仲間達との…を手にし、世界を…………。