カニバ
「ピック様、南と東には誰も居ませんでした」
「そうか、こっちも同じだ。北も西も居なかった。」
「そうですか、どうやらここは無人島の様ですね。」
俺は今、メイドと一緒に遭難していた。
俺はあの後、港から沖に出た瞬間、港の方から凄まじい殺気を感じて、本能的にその場から出来る限り離れた。
その直後、さっきまで居た場所が海ごと割れた。
どうやら、国も無能ではなかったらしい。敵襲を知った国が俺を倒せるだけ刺客を派遣していたようだ。
そして、その刺客が帰った俺の気配の方へ攻撃をした。こんなところだろう。
それにしても、こんな芸当出来る人、うち以外にいたんだな。
「どうしますか?泳いで帰ろうにも、今は海竜が暴れている為、泳ぐのは危険です。」
遭難した理由は刺客の攻撃そのものではなく、そのせいで、底の深海を縄張りにしている海竜が怒って、津波やら、嵐やらを発生させて無差別に攻撃した為である。
「まぁ、別に海竜を倒してもいいけど、それはそれでかえって問題になるから。却下だね。」
縄張りを持っている魔物を倒すと、その縄張り部分が空白地帯になり、それをめぐって他の魔物達が暴れ出してしまう。特に今回の魔物は海竜である。その縄張り範囲も広大で有名、うちのところどころか、密漁していた国全ての漁業に問題が発生する。
俺に送られてきた刺客は絶対馬鹿だ。普通、沖に逃げられた時点で諦めるか、最小被害になる攻撃をしてくる。それを海を深海以上のところまで割るなんてその後の問題を考えていないという事だ。
「それでは、海竜が眠るまで、この島で過ごすのですか?」
「そうなるな。見たところ周辺には島が無い上、移動しようにも、途中海竜と出会ったら殺さずも弱らさずも今の僕には無理だし、君にも無理でしょ。」
「はい、というより私では海竜には勝てません。」
メイドはそもそも子供どころか大人の戦士でも単独で倒せる相手ではないと知っている。世界の強者ディアブロの血族だけはある。
子供であろうと、圧倒的なまでの戦闘能力とセンスである。
「まぁ、一ヶ月もしたら迎えも来るだろうし、領までの距離も方角も分かるから。海竜の怒りが収まったら帰ったらいいしね。」
そんな事を話していると、ぐぅ〜と音が鳴った。
「?」
「あっ、いや、そのー」
どうやら、メイドのお腹が鳴った様だ。
「もしかして、出発してから食べてない?」
「はい。」
港に向かってから一切食べていない様だ。そりゃ、あれだけ泳いでその後、流されたのだ。
海水による体温低下を抑える体温調節だけでもかなりのカロリーを消耗されるのだ。そこに泳いだ体力も加わったらカロリー消費が尋常ではない。
「ピック様は大丈夫なのですか?」
ピックは船を沈めまくって、港で戦っている為、自分より多くお腹すいている筈だとメイドは思った。
「問題ない。僕は消耗が少ないし、常人よりエネルギーを溜め込んでいるから。僕は産まれてからお腹が空いたという事は無いんだよ。」
「え??」
メイドは不思議がった。
「変だよね。まぁ、お陰でこのお腹だけどね。」
ピックの自虐めいた話にメイドは笑っていいか困っていた。
「それよりもお腹すいているのはいいけど食糧はないよ。」
「え?!どういう事ですか?」
海もそこにあるのにどういう事なんだ?とメイドは思った。
「さっきも言った通り海竜が怒っているから。他の生物はその怒気に当てられて必死に身を隠してるか、気配に敏感になって攻撃的になっている。」
「えっと……つまり?」
メイドはピックが言おうとしている事が理解していなかったようだ。
「海竜は賢い上に鼻と耳が良いから。こっちが少しでも汗をかいたり、ここら辺の生き物がしない動きや攻撃を感じたら、自分を怒らせた原因の人間だと思って近づいてくる。そして、絶対攻撃してくる。後はさっき言った通りの事が起こるってこと。」
「………」
その事実に言葉を失うメイドであった。
「という訳で、島にも栄養になりそうな植物も虫すら見かけなかった。なので、君にはこれを食べてもらう。」
「?」
メイドはピックの言った事がわからなかった。自分もピックも何も持っていない。道中の食事は勝手に魚を取って食う様に先輩に言われていた。
メイドは一切食べ物を持ってきていなかった。それはピックも同じであり、この何もない島に食べ物が無いのはピック自身がさっき言っていた。
つまり、自分達は何も食べる事が出来ないという事のはずだ。
「よいしょ。」
そんな芋を畑から引っ張り出したような声をあげてピックは自分自身の腕をもぎ取った。
「えっ?」
メイドは、一切躊躇のないピックの行動に何も反応する事が出来なかった。
ただ、自分の腕を引っこ抜くピックの行動を呆然と眺めることしか出来なかった。
「はい、食べて。」
「えっ?!はっ!!」
まだ血が滴り落ちる腕を反射的にキャッチしたメイドは手に伝わるまだ人肌の温かさと鉄分の匂いがする腕によってこの光景が現実だと認識した。
「ピ、ピ、ピック様!!」
「うん?どうした?もしかして、おまえ、生肉ダメな口か?じゃあ、こっちで火を着けておくから。おまえはそれを自分が食べやすい様に捌いておけ。ナイフぐらい持っているだろ。それとも、流された時に落としたか?」
自分の腕を渡したピックはそれをなんでもないように話し始めた。そんなピックにメイドはまるで驚く自分の方がおかしいのではないのか?混乱し始めていた。
「そうではないです!ピック様!う、腕を取って大丈夫なのですか?!!」
「うん?腕?全然大丈夫だけど?」
ピックはそう言うと失った筈の左腕をメイドに見せた。
「え?!え?え!」
メイドは自分が今持っている腕とピックが見せている腕を交互に見まくっている。
「ど、ど、ど、ど、どういう事ですか????」
「どうもこうも治したんだよ、いま。」
「そんな事!魔術では不可能です!そんな芸当なんて聖女レベルの聖術ではないと!」
回復魔術では傷を治す程度の事は出来るが、腕を生やす様な重体を治す事なんて不可能であり、回復を得意とする聖術と呼ばれるシスターしか使えない術でしか治す事が出来ない芸当であり、その中でもこんな短時間で腕を治すレベルとなると、シスターの最上位である聖女にしか出来ない技である。
「うん。だから、出来るだよ聖術。」
「は?」
メイドが疑問に思うのも当然である。聖術は女性にしか出来ない術であり、男である筈のピックが使えるわけがないのである。
「あぁ、もしかして、君って新人さん?」
「はい、先月雇って頂いたばかりです。」
「へぇ、先月なんだ。じゃあこの仕事に付いてきたって事は優秀なんだ。」
「いえ、私なんてまだまだ。ではなく、なんで男であるピック様が聖術を使えるのですか?!!」
メイドはピックに褒められて、嬉しかったのか、謙遜の中に喜びが混ざる声で話していたが、話がズレてきたと思い話を戻した。
「僕の身体に聖臓があるから。」
「聖臓?」
メイドは初めて聞く単語に困惑した。
「聖臓ってのは、魔臓の聖力版の事だよ。」
そもそも、魔臓とは魔力を生産し蓄える内臓の総称である。心臓付近にあり、これが無いと人は魔力を造る事が出来ず、魔術を使う事が出来ない。
魔臓は筋肉と同じく鍛える事が可能であり、生産量と貯蔵量を上げる事ができる。
「魔臓の聖力版。つまり、聖力を生産し貯蔵している内臓という事ですか?」
「その通り、この内臓は通常卵巣の近くにある為、女性にしか存在しない内臓だよ。だから、男性には存在しない。」
「ですが、ピック様にはその聖臓がある。と言う事は………」
メイドはその事実にピックの説明で辿り着いた。
「あぁ、僕には精巣も卵巣もある。正確には精巣と卵巣が融合した臓器があると言う方が正解だね。」
「そんな事があるんですか?」
「おまえの知っている通り、僕の一族は強くなる為、死なない為になんでもしてきた。肉体改造、毒の耐性獲得の為の常時毒の摂取、自身と領民を使った実験など、本当になんでもしてきた。だから、この肉体もその初代から積み重ねてきた成果の副産物出来ている。」
メイドは思い当たる点は幾つもあった。
まず、あの島で産まれた領民は外界、つまり大陸の人間とは違う事をまず初めに教わる。
それはもしも、この島に来た移民に対して無駄な怪我を負わせない為に自分らと他人の力の違いを教えられる。
この島の赤ん坊は全員では無いが、半数以上が生まれながらにして大人の指をへし折る事が出来る。それぐらい力の違いがある。
だから、大陸ではこの島を化け物の島と言う。
「だから、心配しないで、食べて良いよ。」
「いやいや、食べれませんよ!」
メイドは確かに腕を失ってもピックが大丈夫だと分かった。でも、そう言うことでは無い。
「こんな何もないところなんだ。食わず嫌いはダメだよ。」
「いえ、違います。そもそも、カニバリズムはダメです。」
カニバリズムは身体をダメにする。極限状態でも最終の最終手段である。
「それは大丈夫。僕の肉は人体に安全だよ、多分。」
「多分?!多分って言いましたか?!」
「いや、自分の肉を食べてもらうなんて人は初めてだからね。」
「人は?まるで人以外には食べてもらった事があるような言い方ですね。」
「そうだよ。ペットに味見させた事がある。」
ピックは何回か、ダイエットの一つとして、整形でもある。肉を削ぐ事をして家族達にバレない様にペットに証拠隠滅させていた。
「でも、これ一瞬は体重は減るんだけど、その分の栄養を貯蔵分から減らすから駄目なんだよね。」
「?」
メイドはピックが言っている意味が分からなかった。
ピックがダイエットをしている事は勤続一ヶ月のこのメイドも知ってはいるが、肉を削いで身体に異常がないのなら良いのではないのだろうか。
「僕はね。ガリガリになりたい訳じゃないんだよ。断食した時に先におちるのは脂肪ではなく筋肉だ。それは筋肉が栄養を貯蔵しているから。その貯蔵分を使う為、先に筋肉が減っていく。それに伴い、1日の消費量は減少する結果、痩せても結局リバウンドしてしまう。」
「そ、そうなんですね。」
ピックの熱演にメイドは気圧されていた。
「それなら、この腕をもらっていいのですか?」
メイドはまたそれでピックのダイエットへの道を後退させるのではないのかと思った。
「それなら大丈夫、これで減った筋肉は、その分の栄養を摂取した回復するから。僕の身体は現状維持が得意だからね。」
「そうですか。」
メイドは、何も問題のないと説明されると、途端にこの自分の持っている腕が美味しい肉に見えてきた。
「それでは有り難く頂きます。」
「うん、こっちも火をおこせたから。焼いて食べてね。」
「はい。」
メイドはそう言うと、自分のナイフで肉を一口サイズに切り出した。




