かつて憧れた騎士の道
僕はオーウェン、田舎領主の次男だ。ほとんど領地から出た事もなく…入学の為訪れた初めての都会に圧倒された。
活気があって人が多い。若い女性も…年齢の近い女性なんて、妹(9)かメイド(31)くらいだったから…可愛い子が多くて驚いた。
…ごほん。今より約二十年前。魔物の王…魔王の誕生が世界を震撼させた。
数多の魔物を率いて、無慈悲に人間社会を蹂躙し尽くした極悪非道の怪物。僕の住まうライアの町も例外ではなかった。
家屋は燃やされ、男は無残な姿で発見され。女子供は攫われ…生き残った者は悲しみの渦に落とされた。僕の叔母も被害に遭い、数日後遺体で発見されたと聞く。
現在町はほぼ復旧しているが、領民の心の傷が癒える事は無いのだろう。
僕はいずれ騎士となり、人々を脅かす魔物を滅ぼしてみせる!そう決意して、これまで剣の腕を磨いてきた。
ついに学院に入学。そこで聖痕を授かったのは予想外。祈りを捧げていたら、頭に声が響いたのだ。
「オーウェン殿。どなたから授かったのかお教えいただいても?」
「はい。僕に聖痕を授けてくださったのは、感情の神グレッシュテール様です」
礼拝堂の奥の部屋、神官様とそんな話をする。神聖科へ進むよう言われたが…断った。
「強く引き留める事は主の本意ではございません。貴方の道行に、幸多からん事を」
「ありがとうございます。主のご加護がありますように」
部屋を出ると生徒に囲まれた。女子が多く…嬉しい。ニヤけないよう注意しないと…
僕はそこそこ容姿がいいらしく、鍛えているので筋肉もある。背はもう少し欲しいけど…
だが兄上に「クールな男がモテる。決してデレデレするな!」と言われているので…女子に興味なんて有りませんよ、と振る舞う。
教室でも多くの人に話し掛けられ、隣はどんな人かなと思ったら…息を呑んだ。
それは女神だ…と錯覚する程の美少女だった…
腰まで伸びる黒髪は細く艶やかで、僕も同じ色だけど印象が全然違う。
ちらりと顔を見れば、長い睫毛に縁取られた金の瞳。血色の良い頬に唇…頬杖を突く仕草すらも優雅だ。
思わず見惚れてしまった…こんな子の隣になれるなんて、一生分の運を使い果たしたのではないかと言われても納得する。
「初めてまして、僕はオーウェン。これからよろしく、お隣さん」
なんとかお近付きになりたくて、タイミングを見て話し掛けてみた。
「私はアイと申します。こちらこそよろしくお願いします」
彼女は一瞬目を開き、僅かに口角を上げて答えてくれた。声も可愛い…天使か。
それ以上会話は無く、居た堪れなくて僕は逃げた。何か話題を探さなくては…!
アイ嬢…アイさん。アイ…なんちゃって。彼女に見惚れていたのは僕だけではない。
男子も女子も、誰もが様子を伺っていたのだ。特に「ああ…濡羽色のお髪が素敵…」と呟いていた女子は目をハートにしていた。二〜三人程嫉妬している女子もいたが…敵わないと思ったのか、それ以上何も言わない。
それと僕に声を掛けてきた人の半分以上は、その流れでアイ嬢に…と考えていると思う。チラチラ見てたから。
女子に耐性の無い僕は、こうしてアッサリ一目惚れをしてしまった…
「…うへへ」
「きっしょ」
む。部屋で枕を抱えて転がっていたら、ルームメイトで隣のクラスのフィルに足で突かれた。
「はあ、女子達が今のお前の顔を見たら幻滅するだろうよ」
「僕は遅めの初恋に胸を躍らせているんだ…」
「うるせえ」
なんと言われようともダメージは無い。明日はもっと話せるだろうか…今何をしているのだろうか。
どうかオーウェンと呼び捨てにして欲しい。そしてゆくゆくは両親にご挨拶を…
「ひえーーー!気が早い!!」
「うるっせえっつってんだろうがっ!!!」
顔面に枕を叩き付けられた。いてて…
※※※
翌日…やはり僕のアピールポイントは鍛えた腕しか無いなと思った。
なので…彼女が教室に入って来て、座ったタイミングで会話をそちらに誘導する。
僕は騎士志望で、聖痕もあるし将来有望ですよ。強いですよ、民の為に心を傷めていますよ…そう感じて欲しかった。
だが…風向きが変わった。なんと彼女は、魔物を擁護するような発言をし始めたのだ。
いくら想いを寄せる女性とはいえ、それは見過ごせない。少々ムキになってしまい…「極悪人」だの「異端者」だの言ってしまった…
後になって考えれば、その時の僕は最低以外の何者でもない。クラスメイトも僕と同じ心境だったから、自分は正しい!と思い込んだ。
一人の少女を大人数で詰るような真似をして…男として人間として最悪だ…!
「貴方は人間の営みを守りたいのか、ただ魔物を斃して名を揚げたいだけなのか。よく考えてごらんなさいませ!
動乱の時代に紛れて大罪を犯した連中が、今ものうのうと暮らしているのです!それをなんとも思わないのであれば、貴方に崇高な夢を語る資格があるのでしょうか!?」
その言葉にハッとした。そうだ…彼女の言葉が真実ならば。
ライアの町を襲ったのは…人間だろう。そういえば近隣で魔物被害は無かったし…遠い街の被害では、死体はほぼ傷付いていなかった…と聞いたような。
え…じゃあ。僕の町を襲った人間は…裁かれもせずに悠々と生きているって事?そんな…!!
僕は頭が真っ白になった。が…
目の前のアイ嬢が…怒りからかとてつもない殺気を放っていた…!
離れている者達すらも蒼白になり、距離を取る。目の前の僕も足が震えて…動けない…!
「落ち着いて…」と声を掛けようとすれば睨まれ、誰も何も言えない。
なんだ、この圧は?今まで出会った誰よりも…彼女は強い。熟練の戦士すらもこれほどまでの威圧感は無かった。僕と同い年の女の子が、こんな…!
その時ふと。もしや彼女は…僕が尊敬してやまない勇者様の娘、マオ様では?と感じた。そうでなければ説明がつかない。入学は取り止めたと聞いていたが、正体を隠しているのでは?
恐らく数人がそう同じ結論に達したのだろう。彼女に向かい膝を突き、最上級の礼をした。相手は王族に次ぐ上級貴族の令嬢となるからだ。
いや…今はそれよりも。どうにか怒りを鎮めて欲しい…!そろそろ失神者が出るのでは、と懸念し始めたその時。
「そこまで」
男性が突然現れ…僕を鬼の形相で見下ろす。アイ嬢とはまた違う冷たい視線に、体が硬直してしまう。
え…この方がサシュ様!?しかも数学教師!?彼の登場にアイ嬢も落ち着き、席に座った。助かった…!!
冷静になった僕は…この時やっと自分の愚かさに気付いた。
アイ嬢は何も間違っていない。全て魔物の所為にしないで、本当の犯人に正しい罰を与えるべき。
騎士になり民を救いたいと願うのはいいけれど。ただ名声の為に…誰かにいい格好をしたいというのは違うのではないか?
なんで僕は騎士になりたいんだ?それは…
ライアの町の悲劇が起きた日には、毎年必ず追悼の儀を行なっている。その時に涙を流して祈る皆の姿を見て…
『二度と同じ光景を見たくない。僕が騎士となって…領民の笑顔を守りたい!』
そう、願ったからではないのか?
それをどうして…好きな子に振り向いてもらいたい道具にした…?
僕なんかに…誇り高い騎士を目指す資格なんてあるのだろうか…
ああ、駄目だ。涙が出そう…堪えろ僕!これ以上情けない姿を晒すな!!
兎にも角にもまず謝罪をせねば。そう思い声を掛けようとしたが…
「あ"?」
………何も言えなくなってしまった。まだ怒ってる、超怒ってる…!!ごめんなさい本当にすみませんでした!
もしもこの先…一度も会話出来なかったら。一年間…ずっとこのままだったら。そう考えると憂鬱になる…どうしよう。
はあ…と大きなため息をついた時。
「ほうてい、しき…?ひれい?はんぴれい…?」
なんとアイ嬢は…目を大きく開き汗をかき、教科書を凝視していた。まさ、か。
解らないのか…?剣ばかりだった僕も、このぐらいは出来るぞ?
小テストが配られ皆解き始めたが…
「ナニこれ…?は?なんて読むんだ…?れんりつほうていしき…?何この記号…?」
すごく…ブツブツ言っている…
カンニングを疑われたくないので様子は見れないが、頭を抱えている気配がする。
「ざけんな…わざわざ時間ずらして家出るな弟が…時速とか知るか…飛んで行きやがれ…」
…ごめんなさい、ちょっと笑いそうになった。前の席の人達も体を震わせているし…しかし笑ったら殺される。そう考えてテストに集中した。疲れた…!
授業終了後。僕は意を決して向かい合った。
「アイ様。先程は…申し訳ございませんでした!!僕が未熟で愚かだったのです、どのようにも罰を受けます!!
僕のような愚者に騎士を目指す資格などございません。それに気付かせてくださったのは貴女です…!」
ガバッと頭を下げれば、彼女が戸惑ったのが分かる。クラスメイトや、先生すらも固唾を呑んで事を見守っている。
数秒後…ため息と共に顔を上げるよう言われた。
「はあ…もうよいです。私も大人気なかったと言うか…
貴方はきっと、同じ過ちを繰り返さないでしょう。人間は成長する生き物です。
視野の狭い者は嫌いですが…一度決めた事を簡単に撤回する者はもっと嫌いです。騎士を目指すと言うのならば、何がなんでもやり遂げなさい!」
「はいいっ!!!」
思わず敬礼をしてしまう程の迫力だった。
だが許してもらえた。それが嬉しくて…つい。
「どうか僕の事はオーウェンとお呼びください」
「…では、私の事はアイと。その敬語もおやめください…」
呆れながらではあるが、呼び捨てにし合う事が出来た!
貴女はマオ様なのですか?と訊ねたいけれど…今は駄目だろう。もう少し仲良くなったその時こそ…!と考えて。
「それと…どうか僕と友人になってください!」
言えた!!すでに印象は最悪だろうけど…これから挽回していきたい!
そして何より、彼女と本当に友達になりたい。そう願ったのだが…
「あ、それは結構です。私、男子の友人は募集しておりませんので」
とバッサリ切られ。
僕含む数人が…机や壁に頭を打ち付けるのであった。
上級貴族とは
王族に連なる家系>歴代勇者の直系>大都市の領主≧地方を纏める家
下級貴族とは
上記以外の領主≧騎士家>一代限りの准貴族
大体こんな感じでお読みください。