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入学と神降ろし


 やって来たぞ貴族学院。

 退屈な入学式を終え、皆校舎の見学に精を出している。私は知り合いもいないので一人歩き回る。


 はー…無駄に広い校舎だな。絶対こんなに要らんだろって教室がある。階段三ヶ所も必要か?エレベーターだってあるのに。



 ん…?なんか、タイやリボンの色が違う生徒がチラホラ。あれは特待生か。


 ここは貴族だけでなく、将来有望な平民も数人在籍している。ちなみに私は辺境の令嬢設定。



 探索飽きた…寮に行くか。

 学院は全寮制で相部屋だ。上級貴族は別寮で完全個室、使用人も連れて行ける。

 私も本来は上級貴族にあたる。世界を救った英雄の家だからな。だが上級は知名度も段違い、アイなんて令嬢は存在しないとすぐバレる。なので低級貴族に擬態した。


 ルームメイトはどんな人かな…オバチャン達みたいに騒がしいのはやだな。



「…ここか」


 寮は中々に広い。ロビー、食堂、売店、談話室、図書室、自習室…快適に過ごせそうだ。

 私の部屋は八階。一応ノックをすると…


「あ。どうぞ!」


 もういた。

 ふう…私は学院でオトモダチが欲しい訳ではない。だが…折角人間に生まれたのに孤独に過ごすのもつまらない。

 特に生活を共にする仲間とはなるべく円満でありたい。第一印象が肝だ!


 ガチャ…

「はじめまして。私はアイ、これから二年間よろしくお願いします」

「はじめまして。私はフレヤです、よろしくお願いします」


 まずまずの感触。

 フレヤさんか。肩まで伸ばした桃色の髪、低身長の可愛い人だ。

 …あ?リボンが水色だ、私のは赤。特待生同士で相部屋じゃ…ああ、奇数なのか。


「えっと…そうなんです…

 すみません、なるべく静かにしていますので…」

「いえ?どうぞ好きにしてください。そんな事より、荷物を片付けたら色々ルールを決めませんか?」

「そ、そんな事?」


 人間はすぐに血統に拘る。血がなんだ、貴族の血は万病に効く薬にでもなるのか?悪霊を浄化する聖水なのか?


「例えば私は夜十時には電気を消したいです。ですが貴女の意見も尊重したい。

 部屋の掃除は交代制、ベッドと机周辺は自分でやる。そんな感じです、どうですか?」

「あ…はい!ではまず荷物片付けちゃいます」


 話の通じる相手でよかった。これで協調性皆無のヒステリックお嬢様だったら、寝る時以外図書室に籠るところだった。


 部屋はベッドと机が二つずつあっても余裕のある広さ。ウォークインクローゼットもそれぞれあるので収納にも困らない。

 ベッドの間にはカーテンが、最低限のプライバシーは守られるな。



「(よかった…!パシリにされたり、いびられたらどうしようかと思ってたわ。お優しそうな人…それにすっごく綺麗。

 憂鬱だったけど、これなら二年間頑張れそう)」



 視線を感じつつも整理も終わり、ルールも決まった。

 だが彼女は「大丈夫です」「それで構いません」しか言わない。そこまで畏まらなくても…


「以上でいいですか、フレヤさん?」

「はい。その…アイ様、私に敬称は不要です。どうかフレヤとお呼びください。もちろん敬語も要りません」

「では…フレヤと。この話し方は癖です。両親にもこんな感じです、お気になさらず」


 本当は呼び捨てでも構わないけど。平民の彼女にも立場ってものがあるのだろう。


 魔王時代も上下関係とかあったしな。当然私が頂点。上の命令は絶対服従なので、私が死ねといえば全ての魔物は自害しただろう。

 あの時は…人間を殺すようプログラムされていたから、その邪魔になる行動は出来なかったけど。



 人間は人型の魔物を魔人と呼び、魔人は総じて知力が高い。私はその中でも特に優秀な四体を側近として置いていた。

 彼らはどうしているだろうか…。魔王がいなくなったから、もう人間を襲う理由は無くなったはず。騒ぎも聞かないし、ひっそりと暮らしているのかな。


 勇者達が攻めて来る直前、側近は全員フルボッコにして地下牢に縛っておいた。目を覚ませば自力で解ける強さでな。

 私は「逃げろ」と命じる事も出来なかったから…


「廊下の隅に埃がある」「その寝癖ムカつく」「スプーンが曲がってる」「雨が降って憂鬱だ」と難癖付けて折檻したのだ。そうしないと…勇者パーティに殺されてしまうから。

 お陰で勇者一行はすぐに私の所まで上がって来た。そして一対五の激闘の末…私は死んだのだ。



『人々を苦しめる魔王…!今ここで!終わらせてくれるっ!!』



 勇者に大剣で貫かれ。終わった…解放された、と喜んだものだ。


 側近達も本来殺人を好んでいる訳ではなかった。人間が魔物の領域に入ってしまったら容赦はしないが…そうでなければ穏やかなものだ。元気にしているといいなあ。





 翌日、私達は学院の礼拝堂に向かっている。


 突然だが学院には四つの科が存在する。騎士科。魔法科。普通科。神聖科だ。在学中、一度だけ移動も出来る仕様。

 前二つはそのまま、その道で食っていきたい奴が集う。フレヤは魔法科希望らしい。

 普通科は義務で通っている生徒、勉強のみが目的の生徒が集まる。一番数が多いので二クラスあり、私もここを希望している。

 そして…神聖科。未来の神官・巫女候補が揃う。神聖科のみ入るのに条件がある。これよりその条件に関係する儀式を行うのだ。



 礼拝堂に到着。と言っても神殿のように祭壇や椅子はある訳ではない。

 無駄にデカい主神の石像が真っ先に目を引くが、窓には美しいステンドグラス。

 清廉な空気に混じる、鼻腔を擽るこの香りは気分を落ち着かせる効果がある。

 部屋の中央には直径五m程の円形の水場が。天井の窓から太陽の光が水場に降り注ぐ、人工的な薄明光線のつもりだろうか。

 私達はこれから一人ずつ水に入り…神に祈りを捧げる。


 水は神聖なものであり、神々は清らかな魂を持つ者の前に姿を現す。出て来んなクソヤロウ共が、神界に引っ込んでろ。



 この国は神が身近に存在する。誰もが幼い頃より神殿に足を運び祈る。その為皆祝詞を暗記しているのだ。

 私は神殿に行った事ないけど。なんでわざわざ嫌いな奴の顔を拝まなきゃいけない?家で適当に練習だけしといた。


 祈り、神に気に入られれば聖痕を授けられる。その聖痕こそが条件だ。

 特にこの学院の礼拝堂は、神界に繋がっていると言われている。なので他の神殿よりも神に通じやすいとか。


「それではアイ殿、前へ」


 私の番だ。すでに五十人程終わっているが、まだ誰も授かっていない。めんどくせ…適当に済ませよう。


 壁際に神官と巫女が三人ずつ控えている。全員白い祭服に身を包み、顔をベールで隠している。

 私は足首程度の水をざぶざぶと進み、中央で膝を突いた。

 それを確認した神官が身の丈程の杖を振れば、輪形の飾りがシャン…シャン…と音を立てる。あれは儀式用のお飾り杖だろうが、なんとなく清廉な空気になる。



 胸の前で手を組み、少し俯いて目を伏せる。呪詛を込めて言葉を紡ぐ。


『はじめに無があった

 万物の父である我らが主神カルイラは命を創った

 大地の神 水の神 鉱石の神 火の神 天空の神 植物の神 動物の神』


 この七柱は神の幹部みたいなモノ。主神の下で、こいつらの更に下にはもっと多くの神々がいる。


『我らを守護せし七柱 災厄を退け 救いを与え給え

 迷える孺子を導き 安寧を築き 命を繁栄されたし

 神界アルカフレンに座す 幾多の主よ』



 空気が、変わった。ピシリと音を立てて、凍りついた感覚。



『…我らが言葉を聞き届け給え

 大神に栄光あれ アルカフレンに祝福あれ 大地に豊穣 人間に慈愛 永遠の忠誠を ここに誓わん』

 


 …おかしい、私の声以外何も聞こえない。流水音、多くの生徒達の呼吸音も、服が擦れる音すら無い。

 それより、何より。押し潰されそうな圧を感じる…!臓物を鷲掴みにされているかのような不快感、恐怖。悪寒がして体が震える、額やら背中に嫌な汗が滲む。歯の根が合わず上手く発音出来ない。


 それでも止める事は出来ない。あと、少し…!

 


『カル アンソ デグクリアッタ セリト

 ワント ゲルト マルハッタ セリハ

 アギハラ コウ プラセッタ セリダ…!』



 言い切った…!後は勿体ぶってゆっくりと立ち上がる、だけ。だが…

 水が揺れた。私の目の前に…誰かいる…!腹の底から冷える威圧感。



【ふぅむ…面白い魂の持ち主だ】



 耳に届くこの、声は。




—其方にこれより魔王の任を与える。人間を殺し、時が満ちた勇者に殺されよ—




 私に命を与え、そう吐き捨て地上に落とした神。主神カルイラ…!!



【ほう、覚えておったか】


 …流石、心の中までお見通しか。しかも威圧感は一つだけではない。六つ、七つ…八つ。まさかの…幹部大集合ときたか。


 今顔を上げる事は出来ない。魔王の肉体ならいざ知らず、この身は脆弱な人間のもの。

 最高神と対峙などしてみろ。神気に当てられて廃人一直線だ。つま先を視界に入れるだけで目が潰れるわ。声を聞くだけで鼓膜破れてんだぞこっちは。回復魔法ガンガン掛けて凌いでいるが…絶対動いてやらん!

 てか全員水場の中にいる、気配で分かるが囲まれてる。


 なんだ、わざわざ小娘を始末しに来たのか?もう魔王の責務は果たしたぞ…!



【その必要はなし。愛しい弱き者よ、其方を守護する同胞を選べ】



 いや、要らん。…圧が増した!!空間が軋んでいる、分かりましたよ、もう!

 なんか知らんが、加護が欲しい神を選べって事だな?


【左様】


 ふむ…取るに足らない矮小な人間の無礼など、気にも留めぬか。じゃあ遠慮無く…私の望む神は!!

 魔王として生まれ、必要な知識を与えられた際…垣間見えた情景。



 かつて魔王というシステムを否定した神がいた。

 人間の世界に、大いなる者が介入すべきではない…と。そう主張した神々がいた。

 主神と七柱に力を削がれ、光の届かない所に堕とされた神。



「我が名はマオ。

 冥界の神ツリディハヤ。闇の神パルトラ。深海の女神アルウェに祈りを捧げ、忠誠を誓い上げ奉る!」



 神は人でなしだが、決して言葉を違えない。私を殺さない、好きな神を選ばせてくれる。だったら気前良く三柱寄越せ!!

 言い切ると同時に、胸に激痛が走った。更に水が竜巻のように舞い上がった、何をする!!



「アイ殿、お出でになってください」


 威圧感と水は霧のように消え、音が戻ってきた。

 誰も異常に気付いていない…時間が止まっていたのか。頭から水を被ったはずなのに、濡れてもいない。

 丁度いい、神聖科になんざ入る気はない。聖痕の事は誰にも言わないでおこう。フラつく足に檄を飛ばして生徒の群れに戻る。



「アイ様、酷い顔色です…!」

「ああ…ちょっと熱心に呪い(いのり)すぎてしまって」

「なるほど、貴女は信心深い方なのですね!」


 いいえ逆です。私ほど神を嫌っている人間は少数派です。

 



 儀式も終盤。遂に神降ろしに成功した生徒が現れた。

 主神像が輝き、一瞬だが水が聖痕の形に割れるのだ。

 そうだよ、神はこうやって像に降りるんだよ本来は。私の時だけ具現化してダメージ喰らわせやがって…嫌がらせか。

 生徒も教師も湧き上がり、新たな神の愛し子の誕生を喜ぶ。


「おめでとうございます、オーウェン殿。聖痕を確認させていただいてもよろしいでしょうか」

「ありがとうございます。どうぞ」


 奥の部屋に連れて行かれたのは男子生徒。

 その後は誰も現れなかったが…祈りの最中、水がほんのり光る生徒は十人程いたのだ。

 彼らはすでに加護を授かっている者。今後私は…人前じゃ祈れないな。




 はー、終わった。部屋に戻り大きく伸びをする。


「疲れてしまったので、私はシャワーを浴びて寝ますね。照明は気にしないでください」

「はい。お休みなさい、アイ様」


 部屋には立派なバスルーム付き。最上階には大浴場もあるが、またの機会に。

 裸になり鏡の前に立つ。ある、親指の爪サイズの聖痕。鎖骨の真ん中、左手首、あとは〜…あった。尻かよ!誰だよ変態神め!!


 全く…加護をくださりありがとうございます。私は神は大っ嫌いだけど、貴方方はそうでもありません。

 主神達により、人間の記録にも残っていない三柱。せめて私だけでも…届けたい。


「くぁ……あ?」


 ふわ〜あ、と大あくび。その時口の中、舌になんか見えた。

 べっと出して見れば聖痕…四つめの!?いや、誰だ…?神によって形が違えばいいのに、皆同じだから分からん!


 はあ…考えても仕方ない。害がある訳でもなし、放っておこう。

 ベッドの上で手を組み守護神に挨拶をする。



「お休みなさいませ。ツリディハヤ様、パルトラ様、アルウェ様。祝福あれ」



 あー散々な一日だった。だがまだ始まりに過ぎない。

 明日には希望学科を提出して…授業が始まって…それなりに友人を作って。



 忙しくなるぞ。その為にも…就寝!……ぐぅ。



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