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第三章 遺児 その6

 翌朝、サムエル達は静かに出立の準備を進めていた。

 見送りに来たのは、僅か老人一人である。他の村人は全員、村の再建に奔走している。

 目が覚めた時には、既に村人達は働き始めており、竜に破壊された家屋の残骸の撤去を進めていた。手押し車に炭化した木材や焼け焦げた家畜の死骸を積み上げて、村の外の田畑まで運び出している。村人総出の作業だった。老いた者から、幼い者もまで、男も女も、昨日の涙の代わりに今日は汗を流していた。

 手伝いたいのは山々だが、急務がある以上この村で時間を無駄にするわけにはいかなかった。名残惜しくはあるが、このまま村を後にするつもりだった。


「せっかくの御客に何らお構いも出来ず申し訳ありませんでした。しかも見送りがこんな爺一人で……。重ね重ねお詫び申し上げる」


 老人が曲がっている腰を更に丸めて頭を下げる。


「気になさらないでください。あなた達はこれからが忙しいところでしょう」


 サムエルはそう言って、作業に忙殺される村人に視線を向けた。


「恐れ入ります。……ですが、昨日、そこのお嬢さんが言われた通り、全員怪我もなく無事だったのですから、また建て直すことも出来るでしょう」


 強がり、ではあるのだろうが、それでも昨日よりは希望を見出したような表情だ。

 老人に見つめられたお嬢さんこと、フランシスは少し困ったように顔を逸らしてから、遠い目で村を眺める。


「……皆、昨日とは違う顔をしているな。……吹っ切れたように、身を粉にして働いている。強いな、私とは違って……」

「身体を動かしていないと、不安になるのでしょう。今はただ、自分の出来ることを精一杯やっているだけに過ぎません。……強さ、とは少し違います」

「…………自分に出来ることを、か」


 フランシスはため息と同時に呟いてから、沈んだ目で村人を見る。

 懸命に働く国民の真実の姿を目の当たりにして、彼女は何を考えているのだろうか。

 物憂げな表情を浮かべるフランシスの端正な横顔は、まるで宮廷画家による名画のように美しかった。


「さて、御三方も、首都に用があって行商をしておられるのでしょう。これ以上引き留めてはおけませんな。名残惜しいですが、ここでお別れといたしましょうか。いやはや、せっかくお知り合いになれたというのに、至極残念でございます……」


 老人が恭しく頭を下げたが、その眼には何かを期待するような光が躍っている。

 サムエルはすぐに察して、テファーヌにそっと耳打ちをする。


「テファーヌ、ご老人が宿代を求めているようだ。銀貨三枚でも握らせてやれ」


 こくりと頷いたテファーヌが、懐から丸々と肥えた財布の袋を取り出した。それを見た老人の皺の奥に隠れた瞳が安堵するように揺れる。

 老人がサムエル達を村に泊めたのは、善意でも神の導きと本気で信じたからでもなく、最初から宿代をせしめることが目当てだったのだろう。村の復旧を考えれば、貨幣の確保は何よりも優先される。世間知らずな小娘を連れた身なりの良い行商人がノコノコやって来たのだから、少しでも稼ごうとする考えは理に適っている。老人らしい、理不尽な世を生きるため、強かな生きる知恵だ。


「ご老人、お世話になりました。この村の一日も早い再建を願っております」


 テファーヌは財布から銀貨三枚を摘まみ出し、老人の手のひらに乗せようとした。


「おぉ、こんなにも。……誠に感謝いたします」


 目を輝かせながら言ったその返礼は、決して嘘ではないだろう。本心からの感謝の言葉のはずだ。

 しかし、


「待て、テファーヌ。目的地の首都はもう目と鼻の先、ここは少しでも荷を軽くしておこう」


 フランシスがスタスタと歩み寄り、テファーヌの手から財布の袋を奪い取った。


「あっ、お、おやめくださいっ」


 言葉で制止したものの、立場上テファーヌはフランシスに強く出れない。

 誰も止める間もなく、フランシスの手を介して老人の手に、熟れた果実のように丸々とした財布が丸ごと乗せられる。老人は片手では支え切れなかったようで、慌ててもう片方の手を添える羽目になった。


「な、な、なな、こ、こんなにも……」


 両手で感じる財布の重みに、老人が動揺しカッと目を見開いた。財布の口が少し解け、中に山ほど詰まった銀貨の頂が顔を覗かせている。それを見た老人が更に慌てふためき、欠けた歯を見せるように開かれた口の端から白い泡を噴き出す。このまま気絶して倒れてしまうのではないかと、サムエルが心配になるほどだった。


「昨日の私の無礼な言葉の詫びと思って受け取って欲しい」

「い、いくらなんでも、こんなには受け取れませんっ!。昨晩は馬宿に御泊めしただけというのに……」


 純粋無垢な娘に見つめられ、良心が咎めるのだろう。老人が枯れ木のような細腕を震わせながら財布を突き返そうとする。


「いいんだ。この村を、また元通りに復興して欲しい」とフランシスは頑なだった。

「で、でで、ですが、これは……」


 老人は、財布をまるで導火線に火が付いた爆弾のように突き出している。


「なら、その薪を売ってくれないか? 今日の聖火祭のために集めていたっていう、その薪の山だ。流石にこんな状況で、今日の聖火祭を実施するわけにもいかないだろう?」


 サムエルが横から口を挟み交換条件を付けると、やっと老人は納得し、財布を引っ込めた。

 そして老人はすぐさま村の若者を使って、野ざらしに放置していた薪の山を束にし、サムエル達の馬車の荷台に積ませた。焦げ茶色の薪の束が荷台をあっという間に埋め尽くし、足の踏み場もないほどだった。


「……うむ、それでは。……この村と、この村に住む者に、竜のご加護があらんことを」


 フランシスは拝竜教教徒の間で使われる別れの挨拶を告げて、背を向ける。


「…………ありがとうございました。ありがとうございました。これだけあれば、村を再建できます。…………あなた様は、……一体、何者なのですか?」


 見送る老人の瞳が、眩しいものを見つめるかのように細められた。目の端からは滂沱の涙を零している。焼け落ちた牛舎や小屋を見ても涙しなかった老人が、今は、この枯れた身体のどこにそんな水分があったのかと思うほどに泣き崩れていた。

 その姿は神の顕現を目の当たりにし、畏敬の念で見つめる信徒そのものだった。竜の被害を受けた直後に現れ、復興のための金を落としていったフランシスが、老人の目にはまさしく神のように映ったのだろう。

 しかし当の本人は、困惑した笑みを桃色の唇に奔らせて言う。


「…………さてな、私が何者なのか、私にも分からぬ」


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