第三章 遺児 その4
竜の退治を終えたサムエルは、鎧殻卵を担ぎながら樹海を後にした。
幼体の竜は、まだ鱗も未完成であり、大した相手ではない。しかも寝込みに不意打ちを与えたこともあり、左程苦労せずに狩ることが出来た。
これでこの村の人々は穏やかに暮らせるだろうと、少し安堵する。
心持を軽くして村に戻ろうとしたところ、水音が聞こえて来たので不審に思った。まさかこんな夜更けに川に入る輩がいるだろうか。しかし獣の類にしては水音が不用心過ぎる。野生動物ならもっと気配を殺して、水を飲みにやって来るはずだ。
音がした方に向かうと、真裸のフランシスが川に浸かっていた。
これには流石に予想外であり、一瞬、言葉を失う。
「……おう、水浴びか?」
取りあえず、世間話を始めるように話しかけた。
平手打ちを与えた手前、二人っきりで顔を合わせるのは少々気まずかった。
サムエル自身、少々言い過ぎたと後悔していた。
「~~~~~~ッ」
フランシスは瞬時に顔を染めると、金切り声のような、あるいは調律に失敗した弦楽器のような悲鳴を上げていた。
当然のごとく、フランシスは一糸纏わぬ生まれたままの姿である。若々しい白い肌が水滴を弾いている。また水に濡れた黄金の髪は艶やかさに磨きが掛かり、今までよりも一層強く輝き、夜空の月よりも眩しい。
分かってはいたが、少年にしてはまだまだ華奢な身体付きである。筋肉はないわけではないが、未完成というべきだろう。今まで鍛え抜いてきたサムエルから見れば、フランシスの二の腕や腹回りや胸部に余分な肉が残っているように感じる。
「……うーん、昨日の稽古ではそれなりに頑張ってはいたが、やっぱりまだ鍛え方が足りないな。もっと全体的に身体を引き絞ったほうがいい」
このまま互いに黙りっぱなしというわけにはいかず、フランシスの肉体をさっと見回してから、身体づくりの助言をすることにした。
「腹、腕、それから僅かだが胸にも余計な脂肪がついているな。その辺りを重点的に鍛えたほうが……」
ここでようやく違和感に辿り着き、言葉を止めた。
なんだ、何か見落としているような気がする。釈然としない違和感。魚の小骨が喉に刺さったようなもどかしさ。重大な疑問が目の前にあるはずなのに、それに気づけない苛立ち。
フランシスは頬を赤くしている。これは別にいい。他人から裸を見られることに貴族の坊ちゃんが慣れているわけがないのだから。
では、フランシスが右手で胸を覆い、左手で股の間を隠していることが違和感の正体か。
うん、きっとこれだ。いくら貴族とは言えその隠し方は女々し過ぎる。
それに、いくらまだ少年とはいってもこのような身体付きになるだろうか。身体の各所に付いた余計な肉によって身体つきには丸みがあり、それとは対照的に腰つきはキュッと絞られクビレが作られていた。
これでは、これではまるで。
「………………まさか、…………まさか、…………女?」
黙考の末に行き着いた疑問の正体を口にする。
その瞬間、フランシスの顔が夕日よりも赤く、炎よりも激しく、真っ赤に燃え上がった。
「ああっ、そうだよっ、悪いかっ」
フランシスの悲鳴のような怒声と共に、水が搔き上げられた。
「どわっ」
思いも寄らなかった真実の衝撃を受け身体が硬直したところに、川の水を顔面に浴びせられるという不意打ちにより、サムエルは川辺から足を踏み外し、派手な音と大きな飛沫をあげて川に落水した。鎧殻士師としてはあまりに情けない有様だった。
「きゃあっ」
突如聳え立った水柱にフランシスが驚き、声をあげて尻餅をつく。
その女子のような、いや、まさに女子そのものの声を聴いて、サムエルは完膚なきまでに真実を知らしめられた。




