第三章 遺児 その2
そうして、サムエル達は宿を得た。
久しぶりの屋内の寝床だ。
と言っても、馬と一つ屋根の下である。むせ返るような獣臭さが充満しており、時折、馬が鼻を鳴らす音が夜の静寂を破る。身体を横たえた干し草の山は柔らかく、ベッド代わりとしては十分だが、少し身動ぎしただけで素肌にチクチクと刺さるのが煩わしい。
ここは馬宿だ。最初はあの老人の自宅に案内されたのだが、竜の被害で家を失った村人を差し置いて、部外者が世話になるわけにはいかないと判断し、代わりにこの馬宿を間借りさせてもらうことにしたのだ。
てっきり、フランシスからは文句を言われると思っていた。
実際、馬宿の中に入った時には、フランシスは立ち込める臭いに顔をしかめていた。しかし唇を真一文字に結んだまま何も言わず、老人が用意してくれたベッド代わりの干し草の山に素直に横たわった。もしかしたら先程のサムエルの叱責を未だに引き摺っているのかもしれない。
今ではテファーヌと抱き合うようにして、干し草の中で眠っている。穏やかな寝息を立てていた。獣の臭いは鼻につくものの、干し草の柔らかさと温かさの中で眠れるのだから、これまでの野宿生活を考えれば天国だろう。
サムエルはフランシスとテファーヌが静かな寝顔を見せていることを確認してから、ゆっくりと立ち上がり、二人を起こさぬように息と足音を忍ばせて馬宿を出て行く。
外はすっかり日が落ちて、真っ暗闇に包まれていた。
先程まであちこちから聞こえていた村人のすすり泣きの声も、今は聞こえない。泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
ふっと息を吐き、鎧殻卵の入った革袋を担ぎ直す。焼け落ちた建物の残骸を脇を通り、村の生活用水として使われている小川を飛び越える。その先には、木々が複雑に入り組んだ森林地帯が広がっている。もはや樹海と呼ぶに相応しい、緑の領域だ。折れた木の幹や枝葉が、竜の通り道を示している。ここを辿れば、竜の巣床に着くだろう。
故郷を滅ぼした竜を倒したギデオンがしたように、サムエルは竜道を歩く。
思えば、あの日から五年。竜の巣穴に向かう足取りも力強くなった。倒木を軽々と跳躍して乗り越える。
今の自分には、竜に対抗する力がある。もうあの日の自分とは違うのだ。何の役にも立たない信仰を捨てて、その代わりに力を得た。信仰心よりも、鍛え続けたこの身体と技量こそが未来を切り開くのだ。そんな簡単なことに、なぜフランシスも、村の人々も気付かないのか。
ただ災厄を振り撒くだけの竜を、崇め奉る必要などどこにもないのに。
怒りがサムエルの足取りを荒々しくさせた。
そして、足を止める。
「……見つけた……」
樹林の海の中で、切り開かれた広い空間があった。周辺の木々が全てなぎ倒され、鳥の巣のように複雑に絡み合っていた。天を覆う枝葉のないその空間には、月明りの淡い光が遮られること無く降り注がれている。
そしてその中心に、一体の竜が眠っている。
樹海の色と同化するような濃緑色の体表を持っている。一対の翼に長い胴体、丸太のような四本脚に、長い首と平たい顔。まさしく竜の姿ではあるが、その大きさは牡牛ほどだ。つまりまだ子供、幼体の竜である。成体になれば、一軒の小屋ほどの大きさにもなる事を考えると、この竜はまだまだ成長途中ということだ。
やはりそうかと、得心が言った。
竜に襲われた割には、村の被害が少ないと感じていたのだ。成体の竜ならば、あんな小さな村など一棟も残さず灰の山にしていただろう。サムエルの故郷をそうしたように。
しかし幼いからといって油断はできない。成体の竜に比べて、幼体の竜は覚醒と睡眠のサイクルが短く、食欲も旺盛であることが分かっている。一度の被害は少なくとも、何度も目覚めてはあの村を襲うだろう。人に従うことを覚えない、犬以下の畜生である竜はこれからも家畜を喰らい、やがては村人も喰らうだろう。
このまま放逐するわけにはいかない。鎧殻士師として、そして一個人の復讐心からも、ここで見逃すという考えはなかった。
サムエルは革袋を下ろし、閉じていた口を開いて鎧殻卵を露にする。
意識を鎧殻卵に集中し、
「鎧殻孵卵」
と唱える。
鎧殻卵は弾けて破片を宙に撒く。樹海の静寂な空気に散った卵殻は、間髪を入れずにサムエルの身体を覆い隠すように蝟集し、鎧を構成した。
サムエルは腰から剣を抜き放ち、眠る竜の元に音もなく走り寄る。
抜き身の刃が月光を受けて息衝き、静かな殺意が宿った。




