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短編大作選

夢と不安のラブストーリーフィルム

掲載日:2021/07/06

ざわざわと、静かに沸き立つ、人々の雑音。


それが、僅かな不安を誘いゆく。


映画館のスクリーンに、入る前の空間には、家族連れやカップル達が溢れる。


「楽しみだね」


「そうだね。ずっと見たかったからね」


『うぁぁぁぁっ』


『ちょっと、走らないの』


テンションの高い声が、ちらほらとある。



私には、見たい映画があった。


純粋な恋愛映画だ。


他人のこととか、自分のこととか関係なしに、恋愛は誰もが好きなものだ。


少しだけ、カラダが重い。


人々の波に、カラダが流されているような、感覚があった。


まわりはみんなカップルだが、私の近くには誰もいない。


パートナ一がいるって、なんかいい。


映画を馴染みのある人と、共有するってすごくいい。


でも、まわりに人がいなくても、悪くはない。


みんな、バケツのようなポップコーンを抱えている。


そのポップコーンの容器の大きさは、気持ちの余裕を表しているのだろう。


「そんなに食べられるの?」


「大丈夫だと思うけど」


ざわざわとした、まわりが作り上げる音が、また大きくなる。


軽い足取りが、音となって耳に広がってゆく。



私は、オレンジジュースだけを注文した。


少し酸味があるものの方が、好みだから。


甘すぎても、カラダが受け付けてくれないから。



紙の切れ端を見ながら、席を探す。


幸か不幸か、目的の席の辺りだけ、ぽっかりと空いていた。


誰もいない、一番後ろの真ん中の席で、ゆったりとくつろぐ。


独特の、反響するような音が、寂しさを煽ってきているように思えた。


照明が薄くなり、スクリーンの映像と、音声が濃くなってゆく。


「もう始まるの?」


「まだ、予告があってからよ。もう少し、声のボリュームは下げなさいね」


シリアスな予告編たちは終わり、本編に入っていった。





高校生の男女が、3人。


何気ない会話をしている。


「今日の先生、少し気合い入りすぎてたよね」


「ああ、分かる分かる」


学生の甘酸っぱさが、蘇ってくる。


手を繋ぐだけでも、躊躇っていた、あの頃が懐かしい。


淡い、ふわふわする恋愛って素晴らしい。


ジェットコースターが、降下する時の、フワッとする感じに少し似た感覚。


色んなカラダの部分が、いつものものではなかった。


淡い淡い恋愛に、焦がれている状態。


でもそれは、現実に出現しない状況や内容だ。


私にやさしくしてくれる、パートナ一なんていない。


ゆったりとしたワンピースが、カラダに馴染む。


誰かのために、お洒落をすることも、今はなくなった。


ただ、恋愛に背いて、歩いていた。



スクリーンの中では、学生の若い男女が、砂浜を走っている。


「おりゃぁぁぁっ」


「大丈夫?コケないでよ」


「大丈夫だって」


海風に曝され、波は穏やかに揺れていた。


仲良く見ているカップルの、漏れ出す声が耳に入る。


「なんか、いいね」


「うん。なんか、いいね、こういうの」


「私たちにもあったかな、こんな時代が」


「うん」


今はもう無理かもしれない。


こんな穏やかな、やさしい気持ちで恋をすることなんて。



男性のことは、あまり信じられない。


仕事ばかり優先する。


そんな男性ばかりだから。


優しいのは、最初のあたりだけ。


結婚した途端に、労ってくれなくなる。



スクリーンは、淡い色に染まっていった。


静寂を纏った後、スローバラードに包まれてゆく。


ピアノのやさしい音色。


男女は、とてもやさしい表情を見せていた。


どんどん、青春に飲み込まれていく。


ハンカチを取り出す女性が、ちらほらと増えてきた。


『クスンクスン』


これからの未来には、不安が多い。


不安の方が、明らかに多いかもしれない。


でも、凝縮された幸せも、この世界には存在する。



スクリーンでは、若い男女が抱き合って、キスをした。


「大好きだよ」


「私も」


キスなんて、ずっとしていない。


私の目の前では、家族連れが、微笑ましいリアクションをしている。


1グループで、1席しか使っていないのは、私だけかもしれない。


みんなきっと、私が寂しい女だと思っているに違いない。


私が、誰のぬくもりも与えられていない、そんな女に見えているだろう。


でも、それは違う。


寂しさは少しあるけど、ぬくもりがしっかりと、ここにはある。



まわりには、ぼっちに見えてるかもしれない。


ひとりで来ているように、思われているかもしれない。


なぜなら、映画のチケットを、大人1枚だけしか買っていないから。


でも、本当は6人なんだよね。



心のなかでそう呟きながら、お腹をやさしくやさしく、さすり続けた。

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