夢と不安のラブストーリーフィルム
ざわざわと、静かに沸き立つ、人々の雑音。
それが、僅かな不安を誘いゆく。
映画館のスクリーンに、入る前の空間には、家族連れやカップル達が溢れる。
「楽しみだね」
「そうだね。ずっと見たかったからね」
『うぁぁぁぁっ』
『ちょっと、走らないの』
テンションの高い声が、ちらほらとある。
私には、見たい映画があった。
純粋な恋愛映画だ。
他人のこととか、自分のこととか関係なしに、恋愛は誰もが好きなものだ。
少しだけ、カラダが重い。
人々の波に、カラダが流されているような、感覚があった。
まわりはみんなカップルだが、私の近くには誰もいない。
パートナ一がいるって、なんかいい。
映画を馴染みのある人と、共有するってすごくいい。
でも、まわりに人がいなくても、悪くはない。
みんな、バケツのようなポップコーンを抱えている。
そのポップコーンの容器の大きさは、気持ちの余裕を表しているのだろう。
「そんなに食べられるの?」
「大丈夫だと思うけど」
ざわざわとした、まわりが作り上げる音が、また大きくなる。
軽い足取りが、音となって耳に広がってゆく。
私は、オレンジジュースだけを注文した。
少し酸味があるものの方が、好みだから。
甘すぎても、カラダが受け付けてくれないから。
紙の切れ端を見ながら、席を探す。
幸か不幸か、目的の席の辺りだけ、ぽっかりと空いていた。
誰もいない、一番後ろの真ん中の席で、ゆったりとくつろぐ。
独特の、反響するような音が、寂しさを煽ってきているように思えた。
照明が薄くなり、スクリーンの映像と、音声が濃くなってゆく。
「もう始まるの?」
「まだ、予告があってからよ。もう少し、声のボリュームは下げなさいね」
シリアスな予告編たちは終わり、本編に入っていった。
高校生の男女が、3人。
何気ない会話をしている。
「今日の先生、少し気合い入りすぎてたよね」
「ああ、分かる分かる」
学生の甘酸っぱさが、蘇ってくる。
手を繋ぐだけでも、躊躇っていた、あの頃が懐かしい。
淡い、ふわふわする恋愛って素晴らしい。
ジェットコースターが、降下する時の、フワッとする感じに少し似た感覚。
色んなカラダの部分が、いつものものではなかった。
淡い淡い恋愛に、焦がれている状態。
でもそれは、現実に出現しない状況や内容だ。
私にやさしくしてくれる、パートナ一なんていない。
ゆったりとしたワンピースが、カラダに馴染む。
誰かのために、お洒落をすることも、今はなくなった。
ただ、恋愛に背いて、歩いていた。
スクリーンの中では、学生の若い男女が、砂浜を走っている。
「おりゃぁぁぁっ」
「大丈夫?コケないでよ」
「大丈夫だって」
海風に曝され、波は穏やかに揺れていた。
仲良く見ているカップルの、漏れ出す声が耳に入る。
「なんか、いいね」
「うん。なんか、いいね、こういうの」
「私たちにもあったかな、こんな時代が」
「うん」
今はもう無理かもしれない。
こんな穏やかな、やさしい気持ちで恋をすることなんて。
男性のことは、あまり信じられない。
仕事ばかり優先する。
そんな男性ばかりだから。
優しいのは、最初のあたりだけ。
結婚した途端に、労ってくれなくなる。
スクリーンは、淡い色に染まっていった。
静寂を纏った後、スローバラードに包まれてゆく。
ピアノのやさしい音色。
男女は、とてもやさしい表情を見せていた。
どんどん、青春に飲み込まれていく。
ハンカチを取り出す女性が、ちらほらと増えてきた。
『クスンクスン』
これからの未来には、不安が多い。
不安の方が、明らかに多いかもしれない。
でも、凝縮された幸せも、この世界には存在する。
スクリーンでは、若い男女が抱き合って、キスをした。
「大好きだよ」
「私も」
キスなんて、ずっとしていない。
私の目の前では、家族連れが、微笑ましいリアクションをしている。
1グループで、1席しか使っていないのは、私だけかもしれない。
みんなきっと、私が寂しい女だと思っているに違いない。
私が、誰のぬくもりも与えられていない、そんな女に見えているだろう。
でも、それは違う。
寂しさは少しあるけど、ぬくもりがしっかりと、ここにはある。
まわりには、ぼっちに見えてるかもしれない。
ひとりで来ているように、思われているかもしれない。
なぜなら、映画のチケットを、大人1枚だけしか買っていないから。
でも、本当は6人なんだよね。
心のなかでそう呟きながら、お腹をやさしくやさしく、さすり続けた。