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コビトノシアワセ

 小学4年の時ぐらいから、右肩にコビトが住むようになった。インディアンっぽい風貌で使わない槍を持っている。

 朝は「おはよう。」から始まり、夜は「おやすみ。」って必ず言ってくれるコビト。彼がきてから、私は無敵になれた気がする。

 

 あんなに出来なかったピアノも、大嫌いな算数も、全部コビトがやってくれる。なのに、ママや先生はそれを知らないから、突然出来るようになった私をほめてくれるようになった。「すごいね。」って言われても私がやった訳じゃないから、今ひとつピンとこなかったけど。「そんな事ないです。」っていう控えめな態度がまた先生たちの好感度を上げたらしい。ママが言ってた。でも本当にすごくないの。だって、全部コビトがやってくれてたから。

 

 それからか、家でもママが話してくれるようになった。ようやく認められたと思って嬉しかった。でも、ママに褒められるたび、コビトは不機嫌になった。なぜだろう?

  

 私には4つ上のお兄ちゃんがいた。ママはお兄ちゃんにベッタリだった。お兄ちゃんが高校生になっても一緒に買い物へ行く。服を買う時は、全部ママが選んでた。それを嫌な顔一つせずお兄ちゃんは着ていた。考える事を拒否するように。

 

 でも、私は知っていた。

 お兄ちゃんが本当は女になりたかったって事。私が羨ましかったって事。

 だって、私のスカートを「それかわいいね。」ってうっとり見てたり、ママのハイヒールをこっそり履いてりしていた。私が初めてお化粧した時は、ちょっと機嫌が悪くなっていた。私はなぜ分からなくてコビトに聞いたら「嫉妬よ。」って言われた。なるほど、そういうことか。

 

 そして、あの日がやってきた

 

 玄関のチャイムが鳴った。インターフォンには女の人。「どなたですか?」ってママが聞いても返事がない。「セールスや勧誘はおことわりです。」ってママが不機嫌そうに切ろうとしたら、「僕だよ。」って返事。

 いつも聞いてる声。リビングが凍りつく。

 「ヤバイ事になるぞ。」ってコビトが叫んだ。私も動悸が激しくなる。

 玄関を開けた瞬間、ママが叫んで倒れた。なんて叫んだかはわからない。ただ、ママを担いでリビングに入ってきたお兄ちゃんは泣いていた。その姿を見て、私は嫉妬した。だって、とても美しかったから。それからお兄ちゃんは「じゃあね。」って言って、私に手を振った。

  

 あの日からお兄ちゃんは戻ってきていない。

  

 それからパパとママは毎日喧嘩した。というか、ママが一方的にパパに怒っていた。「あなたがいつもいなかったから。」「あなたがあの子と向き合わなかったから。」「あなたが男を見せなかったから。」どんな言葉を浴びせられても、パパは黙ってた。いつか収まると思っていたのだろうけど、その態度がママの怒りをさらに買うことになる。

 それから、ママは何も言わないパパに物を投げるようになった。物が壊れるたびに、パパの心も壊れていった。

 

 そして、パパも戻らなくなった。

 

 ママと2人の生活がはじまった。子どもの頃は、ママを独り占めしたくてしょうがなかったから、はじめは嬉しかった。コビトは不機嫌だったけど。

 どこに行くのもママと2人。洋服だってママが選んでくれる。今まではお金だけ渡されて、買う服すべてに文句を言ってたのに。でも、ママが選ぶ服は全てメンズもの。あまりすきじゃないけど、考えることはやめた。

 髪もベリーショートがいいって、オシャレな美容院へ連れて行かれた。今までは、私がどこで髪をろうが全く興味がなかったのに。私は似合うと思ったけど、コビトは全然似合わないって怒ってた。

 

 外に出る時は、その日ママが選んだ服を着て、なぜか話す時は「僕」と言わされた。歩く時もママが腕を組んでくる。私は女の割に背が高く170センチもあるから、男と間違われることもあった。けど、ママは否定しない。外では私の名前を呼ばない。

 

 でも、家に帰ると能面みたいな顔で、すぐ服を脱げと命令される。そして、「なんでお前なんだよ!」と罵られる。訳がわからないとコビトに言うと「なぜわからない?」とそれ以上何も言ってくれなくなった。

 

 コビトが話さなくなっても、ママがいるならそれでいいや、と思ったけど、そうじゃなかった。どんどんママの要求がエスカレートしていく。

 どこに行くの?

 何時に帰るの?

 誰と出かけるの?

 何を着ていくの?それはやめなさい。

 ダメ、ママも一緒に行く。

 ダメ、携帯を見せなさい。

 ダメ、あの人と縁を切りなさい。

 ダメ、ピアノは辞めなさい。

 ダメ、家にいてなさい。

 ダメ、そんな言葉で話さないで。もっと男らしく。

 ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、、。

 

 あぁ、私が私じゃなくなる。

 そう思った時にママが言った一言。「カズはずっとママと一緒よ。」

 

 違う。私はお兄ちゃんじゃない。心がパリンって割れた時、ようやくコビトがしゃべってくれた。「これやるよ。」

 コビトがいつも持っていた槍。

 え?いいの?ってコビトが答える前に奪っていた。私は手の中に槍を握りしめた。

 

 これでママを笑わせることが出来る。いつも怒っているだけのママを笑わせたい。

 コビトの槍でママを突いてみる。痛くないでしょ?ママ。くすぐったい?だって、これコビトの槍だよ。おもちゃみたいな槍。ママも最初は嫌な顔したけど、笑ってくれた。ママのそんな笑った顔見たことなかったから、何回も何回も突いた。喜んでいると思ったから。

 

 そしたら、ずっと笑ったまま止まっちゃった。あれ?おかしいな。あれ?コビトの槍がいつの間にか果物ナイフに変わってる。わたしの手には赤い血がついている。そういえば、服にも髪にも血がたくさんついている。

 

 ねぇ?コビトって話しかけたら、コビトが消えていた。不安で不安でたまらない。ママが動かないことより、コビトが消えた事の方が不安だ。

  

「コビト、どこ? どこにいるの? コビト。」

 いつのまにか家から飛び出していた。

 

 早くコビトを見つけなきゃ。

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