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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

兄は、追放された弟が復讐に戻ってくるのを待ち望む

兄は、追放された弟が復讐に戻ってくるのを待ち望む

作者: 田尾風香

連載が途中なのに、書きたくなって書いた短編です。

短編なのに、文字数が多くてすいません。

需要がないとは思いつつ、踏み台にされる主人公……を書きたくて、何か違った作品です。

「次、フランルーク・ウォーレンサー」

「はい」

名前を呼ばれて、俺は前へ進み出た。



この世界では、人は精霊の祝福を受けて生まれるとされている。

火・水・風・地・光・闇。

この六つの精霊のいずれか一つに祝福されている。


さらに、人は魔力を持っていて、この魔力が多いほどに祝福を受けている精霊の力をより強く引き出して顕現させることができると言われている。

そして、10歳になった時、教会で、魔力量とどの精霊に祝福されているのかを調べられる。

今日が、その日だった。



「魔力量は、何と二万! 素晴らしいです!」

周りがざわつくのを感じる。

10歳の時点で一万もあれば、魔力が多いとされているのに、まさかの倍の二万。

俺も驚いた。


「属性は……火属性ですね。期待していますよ」

「ありがとうございます」

属性はやっぱりか、と思った。

だって、俺を取り巻く火の精霊達の姿をよく見ていたから。



「次、グレン・ウォーレンサー」

名前を呼ばれたのは、俺のすぐ下の弟、グレンだ。

ガチガチに緊張しているので、背中を叩いてやったら、文句を言いたそうにしたけど、もう一回名前を呼ばれて、そっちに向かう。

うん、さっきより緊張がほぐれてるな。



俺たちは四人兄弟だ。同じ年の、母親が皆違う兄弟。男が三人、女が一人。

俺は長男で、グレンは次男にあたる。

全員と仲は良かったけど、俺はグレンと一緒にいることが多かったし、楽しかった。



「魔力量は……五万! 五万です!!」

興奮した声が響いた。

俺の倍以上の数字をたたき出した弟と言えば、呆然としている。


「属性は……」

そこまで言って、不意に黙り込んだ。

「属性は何なのだ!?」

一緒にいる父も、興奮している様子で先を促すけれど、続いた言葉は残酷だった。


「属性は……ありません。この者は、精霊の祝福をうけておりません」

そして、この日から、弟を取り巻く環境が激変した。



グレンとその母親は、身の回りのものをすべて取り上げられ、敷地の隅にある、今にも壊れそうなボロボロの小屋に押し込められた。

食事すら禁止されたという。

唯一許されたのが、小屋のすぐ脇にある井戸から、水を汲んで飲むことだけ。


それじゃ生きていけない、と俺は父に抗議したけれど、「何か問題があるのか?」と冷たく言い返され、それ以上何も言えなかった。



時折生まれるという、属性を持たない、精霊の祝福を受けていない者。

彼らは忌み子と呼ばれ、忌避されてきた。

彼らは、できるだけ苦しんで死ぬことだけが、唯一許された道なのだという。


「そんなの……あんまりだ……」

ベッドで泣くしかできなかった俺に、さらに追い打ちが掛かった。



属性と魔力量の検査が終われば、今度は魔法の練習が始まる。

きちんと精霊の力を制御できなければ、暴走を起こしてしまうので、その制御する術を学ぶのだ。

俺も何回か受けたけれど、先生に言わせると、俺はどうも優秀らしい。

それは嬉しかったけれど、グレンを思うと、素直に喜べなかった。



敷地内にある魔法の練習場に行くと、妹のパーリア、一番下の弟のシルスがいた。

二人が何かに向かって魔法を放っている。

そっちに目を向けて、見えたのは、ボロボロになった人のような……。


「――………………グレン!?」

久しぶりに見る、弟の姿。

うつ伏せになって、顔は見えない。

シルスの放った魔法が当たって、「……うっ」と呻く声が聞こえた。

さらにパーリアが魔法をグレンに向かって放とうとして、俺は慌ててその前に立ち塞がった。


「……何をやっているんだ! お前達!」

もしかしたら、少し声が裏返っていたかもしれない。

動揺を隠しきれない。


「私が許可した、フランルーク。練習の的当てにちょうどいいだろう」

――父だった。

「……的当て……? 何言ってるんですか? そんな、ことしたら、死んじゃう……」

俺がそういうと、父は困った顔を浮かべた。


「お前は優しいな。だが、忌み子にその優しさは不要だ。苦しんで死ぬことだけが、忌み子に許された道なのだ」

「……そん……なの……」

またも、グレンが呻く声が聞こえた。

俺は、耐えきれず、その場から逃げ出した。



それから三日後、俺は孤児院に来ていた。

慰問活動として少し前から始めたが、子供達はすぐになついてくれた。

いつもはグレンと一緒にきていたが、今日は一人だ。


「ええー? きょう、グレンにいちゃん、いないのー?」

「なんでー?」

まだ小さな子供たちからの、無邪気な問いが辛い。


「……うん、ちょっと色々あってね。これから、来るのが難しいかも」

「ええーーーーー!?」

子供達の大合唱。けど、子供というのはあっさりだ。


「じゃあ、フランにいちゃんが、きょうはふたりぶん、あそぶんだからね?」

ビシッと偉そうに指を指した子供達に囲まれて、外に出た。


――まあ、子供子供と言っているけど、こっちだってまだ10歳だ。

慰問活動なんて言ったところで、小さな子たちと一緒に、ただ遊ぶだけ。

それが、本当に喜ばれるのだけど。



「フランさん、これお土産です」

いつも、帰る時にはお土産だと言って、孤児院で焼いたクッキーを渡してくれる。

素朴な味が、俺は好きだった。


「一つは、グレンさんに渡してください。子供達がグレンさんにお手紙書くって言って、習ったばかりの文字を一生懸命書いてたんです。クッキーと一緒に、袋に入っていますから」

言われて袋を開けてみれば、確かにたくさん手紙らしき紙が詰め込まれているのが見えた。

――袋が、やけに重かった。



孤児院から帰った俺は、そのまま魔法の練習場に向かった。

グレンがいるかも、と思って、あれから足を運べていなかったが、俺自身も魔法の練習をサボるわけにはいかなかったから、そうすると、やはり練習場にくるしかない。


「アハハ、おもしろーい!」

「次、オレがやるからな」

そんな弟妹の声が聞こえて、逃げたくなった。

案の定、倒れて動かないグレンがそこにいて、二人が嬉々としてグレンに魔法を当てている。

今まで仲が良かったはずなのに、なんでこんな残酷なことができるんだろう。



「あ、兄様、お帰りなさい。――もしかして、また孤児院に行かれてたんですか?」

パーリアが気付いて声を掛けてきたが、俺のシンプルな格好に、眉をひそめた。

パーリアとシルスは、孤児院には行こうとしない。

父もいい顔はしないが、慰問活動は貴族として推奨するべき活動とされているので、しぶしぶ認めてくれた。


「それより、兄上も練習するんだろ? いい的当てあるよ」

何の躊躇いもなく、グレンを的当てだと、シルスは言い切った。

当たり前の事を当たり前のように言っているのが分かって、心が冷える。

その時、ふと、心に浮かんだ策。

どんな形でもいい。子供達がグレンを思って用意してくれたクッキーと手紙を、渡す事ができれば。



「やめておく。あんなのを的当てにしたら、俺の魔法が駄目になりそうだ」

周りに合わせて、グレンを貶める言葉を紡ぐ。

「お前達もほどほどにしたほうがいいぞ。忌み子なんか相手にしても、碌な事にならないぞ」

グレンの手が、わなわなと震えているのが分かった。


「大丈夫でーす、兄様。練習はちゃんとやってまーす」

「そうそう。ストレス解消みたいなもんだよ。忌み子だって、たまにはオレたちの役に立ってもらわないと」

そう言って笑う弟妹を置いて、俺はグレンに近づいた。

グレンが顔を上げて、俺を見る。


「……にい……さん」

つぶやくグレンに、俺は精一杯、グレンを蔑むような笑みを浮かべる。

そして、クッキーの袋を、グレンの前に放り投げた。

カシャン、と軽い音がする。


「良かったなぁ。子供達が、グレン兄ちゃんはこないのかって言ってたぞ」

「…………………あ………」

つぶやいて、グレンが袋に向かって伸ばした手を、クッキーの袋ごと、足で踏んづけた。

「――――――!!」

声にならない悲鳴を、グレンは上げた。その顔が絶望に染まる。

そんなグレンに、俺はできるだけ面白そうに笑ってやって、その場から立ち去った。



最高だった、面白かった、とまとわりつく弟妹を適当にあしらって、部屋に戻る。

「……嫌われただろうな」

でも、構わない。


上からクッキーを放り投げた時は、できるだけ手紙がクッションになるように注意した。

足で踏んだ時も、力加減には気をつけた。

クッキーと足の間に、グレンの手があったから、たぶんそこまでクッキーは壊れていないはずだ。

――ちゃんと、グレンに渡せたはずだ。



それから一ヶ月。

孤児院に行ってクッキーをもらった時は、色々手を考えて、グレンに渡るようにした。

――けれど。


「……追放……?」

父の言葉に、呆然とつぶやく。

「そうだ、フランルーク。やはりお前の言うとおり、忌み子に関わると碌な事がないだろうからな。屋敷にいるのは良くない。深淵の地に、母子共々無事に追放した」


確かに、俺はよくそう言っていた。

少しでも、グレンが的当てなんてものにされるのを防ぎたくて、関わるなと言い続けてきた。

――それが、完全に仇になった形だった。



深淵の地は、大陸の果てと言われる地。

そこには、凶暴な魔獣が生息し、人が呼吸すればたちまち身体に毒が回る瘴気が渦巻いていると言われる場所だ。

最悪だった。



元気が出ないまま、俺は図書室にいた。

立派な図書室だが、あまり家族は利用しない。

もったいないな、と思っていたけれど、今は助かった。

顔を合わせたくなかった。



いつも、歴史とか魔法とかの本ばかりだったけれど、ふと、顔を上げて目に入ったのは、小説だった。

「――たまには、いいかも」

少しでも、気分転換になれば。そう思って、本を手に取った。



その本は、ある一人の英雄の物語だ。

小さい頃、家族に無能と言われて追放された男が、必死に修行し力を付けて、やがて世界を救う英雄に成長する物語。

その物語の序盤、力を付けた英雄は、自らを追放した家族の元に舞い戻り、復讐を果たす。

英雄の、英雄らしい物語が始まるのは、その後からだ。



グレンに似ているな、と思った。

グレンは生きているんだろうか。グレンは、英雄なんだろうか。

俺たち家族に復讐するため、戻ってきてくれるだろうか。あいつの、強く成長した姿を、見ることができるだろうか。

――それを見られれば、後は殺されても構わない。



でも、一つだけ我が儘を言わせてもらうなら。

俺も、少しは英雄の成長の役に立ちたい。

ただ復讐されて終わるだけの、その後思い出されることすらない家族ではなく。

グレンが少しでも成長できる、その一端を担いたい。



それからというもの、俺は魔法の練習に明け暮れた。

そして、五年が過ぎた。



国立マルメクレン魔法学校。

身分関係なく、厳しい試験を突破した者だけが入学できる、魔法学校。


15歳から入学できるその学校の入学試験に、俺は挑んでいた。

筆記試験は無事に合格した。

実技試験は、筆記試験の合格者の魔力量を量り、多い者から順番に行われる。

今日が、その実技試験の日だ。



学校に行くと、受付で実技試験の番号を渡される。

俺が渡された番号は二番だった。


「兄様が二番ってどういうことですか!?」

「そうだ! 一番の間違いだろ!」

一緒にいた弟妹が騒いだのを静めて、受付を済ませる。


俺の魔力量は、この五年、頑張ったのもあって、19万まで上がっている。

とんでもない量に俺自身も驚いたが、さらにその上がいるらしい。

――会えるかも、と期待してもいいだろうか。



試験会場に入れば、すごい人だった。

試験を受ける人だけではなく、観客もいそうだ。

魔力量が多い順だから、最初の方が場も盛り上がる。



試験は、宙を動き回る、人の頭大の球体20個を、一発の魔法でいくつ破壊できるかを見る。

中級魔法がまともに当たれば壊せるが、動きが不規則で、しかも早いので、正確に当てるのは、なかなか難しい。

だから、ほとんどの人は、範囲攻撃の上級魔法を使う。

それでも、動きが速いから上手く補足しきれなかったり、直撃を避けられたりで、なかなか壊すのは難しい。

半分の10個を壊せれば、合格確実と言われている。



「静粛に!! 試験を始める!!」

試験管の声が響いた。


「では、一番から。グレン・コリンティアス、前へ!」

期待はしていたけれど。

それでも、呼ばれた名前に息を呑んだ。



――間違いなく、グレンだ。

髪の色は白銀色に変わっているけれど、間違いない。



魔法を使っていくと、髪の色も精霊の色に染まっていく。

だから、俺の今の髪色は、炎属性の証である、赤になっている。

髪の色が濃ければ濃いほどに、精霊との繋がりが強いとされている。

グレンの白銀色の髪は、見たことがない。――けれど、俺の想像した通りだった。



20個の球体が射出された。そして、グレンが魔法を使う。

「上級魔法――『六造無色』」

放たれた白い光の魔法は、赤へ、青から緑へ、黄色、金色、黒へと変化し、最後にまた白に戻り、爆発した。

色が変わる度に、球体を破壊していき、最終的には、

「破壊数、19個!」

たった一つを残し、すべて破壊していた。



この五年、ずっと調べていた。

属性がないというのは、どういうことだろう。本当に属性がないのだろうか、と。

色々調べて、出た一つの結論。

今、グレンが使った魔法は、その結論を裏付けてくれた。



盛り上がる周囲を気にする事なく、去って行くグレンの背に、次のコールがされる。

「二番、フランルーク・ウォーレンサー。前へ」

グレンの足が止まった。

振り返ったグレンと、まともに目があってしまい、慌てて逸らす。


純粋に喜んでしまったが、グレンからしたら、俺の顔を見るのも嫌だろう。

――気をつけないとな。



射出された20個の球体を見つめる。

先ほどのグレンの魔法、素晴らしいの一言だった。

――でも、まだだ。まだ、俺の方が、強い。



「中級魔法――『大炎球』」

会場がざわめく。ブーイングさえ聞こえるが、無視して更に続ける。

「凝縮」

すると、人を飲み込むくらいの大きさだったものが、人の頭大の大きさ、つまり球体と同じ大きさにまで縮まった。

「複写。――数を20」

さらに続けると、同じ炎の球が、20個出そろう。

これで準備は整った。

「――発射」

その号令とともに、炎球が素早く動き、球体を捕らえる。

一つの炎球につき、一つの球体を、確実に捕らえ、破壊する。


破壊した後も残っている炎球を、俺は10個ずつ二列に並ばせて、向かい合う球同士をぶつけた。

全部で10回の爆発。そして、空中に炎の花が咲いた。


「破壊数、20!!」

かなり興奮した試験官の声が響いた。

試験は破壊すればいいんだから、最後のは必要なかったが、俺の制御能力を学校の先生方に見せたかった。



グレンを見れば、去って行く姿が見えた。

おそらく、見てくれていたんだと思えば、嬉しかった。



結局、俺は主席で合格した。

魔術学校は、実力主義だ。

だから、クラスも実力で分けられる。


トップのSクラス、そして、A・B・Cクラスと続く。

Sクラスは、たった六人しかいないクラスだ。

実力のある者を重点的に鍛えようということなのだろう。

俺は、当然と言うべきか、Sクラスに配属された。



入学式。

Sクラスのメンバーを紹介する、と言う事で、壇上に立たせられている。

端から試験結果の順番ごとに並んでいて、俺の横にはグレンが立っている。

つまり、グレンは二位合格だったということだ。

未だに俺は、言葉を交わすどころか、まともに顔を見ることさえ、できないでいる。



Sクラスの名前が読み上げられ、ついでに実技試験の内容が紹介され、一礼して終わり。

挨拶しろ、と言われずに良かった、と思っていると、叫び声が上がった。


「ちょっと待ってください!」

「一人、不正の疑惑があります!」

そう言って前に出てきた二人に顔をしかめる。

妹のパーリアと、弟のシリスだ。


「二位合格の、グレン・コリンティアスという者は、属性なしと判定されて、我がウォーレンサー家から追放された者です!」

「忌み子が魔法を使えるはずもなく、二位になるなど、何か不正があったに違いありません! 調査をお願いします!」


ざわつく会場。「やっぱり」という声も聞こえるから、グレンを知っている者もいるんだろう。

先生方が動く前に、俺は声を上げた。

「二人とも、黙れ!」

「でも、兄様!」

「絶対に何かしたに決まってる!」

俺は、深々とため息をついた。


「実技試験の時の魔法を見ただろう? あれを見て、不正だと?」

「絶対にインチキしたんです!」

もう一度、ため息をつく。


「……つまり、この学校の先生方は、そのインチキを見破ることもできないのだと、お前達はそう言いたいのか? あるいは、インチキと知って見逃したと、そういうことか?」

「ち……違います! そうじゃなくて!」

「だって、忌み子があんな魔法を……!」

なおも言い募る二人に、ため息しか出ない。


「忌み子も何も関係ない。不正を疑うということは、それは先生方を疑っていることと同じ意味だ」

二人が黙り込んだのを確認して、俺は先生方に向かって「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。

そして、グレンに向き直る。

ここで初めて、はっきりとグレンの顔を見た。

確かに、小さい頃の面影は残っているけれど……、大きくなったな、と思う。


「申し訳ない」

そう言って、頭を下げた。

「俺の妹と弟なんだが……後でしっかり言い聞かせておく。今は、それで許してくれると嬉しい」

「………………分かりました。それでいいです」

ポツリとそう聞こえて、俺はもう一度謝った。


不満げな顔をしている弟妹を列に戻して、壇上を降りると、学校長が壇上に上がった。

「さて、フランルーク君」

「――は、はい!」

いきなり名前を呼ばれて、慌てて返事をする。


「君に免じて、我々教師も、先ほどの発言はなかったことにしておきましょう。ですが、本来謝るべきは君ではないと言うことは、覚えておきなさい」

「……はい」

あいつらに謝罪させようとしたところで、こじれる未来しか思い浮かばなかった。

だから、俺が謝罪してしまったけれど、やっぱり良くなかっただろうか。


「それから、グレン君について、他にも物申したい人がいるかもしれませんが、彼の魔法は、コリンティアス魔法支局長長官からお墨付きを頂いています。何も問題はありませんので、そのつもりでいて下さい」

言うだけ言って、学校長はさっさと壇上を降りてしまったが、会場はざわついた。


コリンティアス魔法支局長長官は、この国トップの魔法使い。水の精霊王と契約しているとされている、最上級の魔法使いだ。

まさか、そんな人の名前が出てくるなんて……、というか、グレンの姓もコリンティアスだよな……。

一体、あれから何があったんだろう。


すごく気になるが……、でもそれを聞く資格が自分にあるとも思えなかった。



ざわついた入学式から、今度は教室へ。

担任の先生に言われて、自己紹介をすることになった。


「フランルーク・ウォーレンサーと言います。属性は火です。知っている人も多いでしょうが、契約している精霊はいません。俺と対戦する時は、遠慮なく精霊の力を使ってもらって構いません。どうぞよろしくお願いします」

それだけ言って、着席する。



精霊との契約。

それは、魔法使いとして更なる力を得るための、重要なステップとされている。


契約する前は、周囲に漂っている精霊から少しずつ力を集めて、魔法を放つ。

しかし、精霊との契約がなされると、直接精霊から力が注がれて、魔法の威力が格段にアップする。

だからこそ、皆精霊との契約は、何としても果たそうとする。


実際、検査を受けた10歳から15歳になるまでの間で精霊との契約を果たす人がほとんどの中、未だに俺は契約できていなかった。


そのせいで、一時は父に「落ちこぼれ」扱いをされ、契約をした妹や弟が、完全に俺を見下して勝負を挑んできたことがあったが、あっさり返り討ちにしてやった。

他にも、勝負を挑んできた者が多かったが、そのすべてに俺は勝っている。


おかげで、見下されることはなくなったのだが、それでも契約できていない以上、落ちこぼれである事に違いはなかった。



「僕は、グレン・コリンティアスといいます。コリンティアス魔法支局長長官は、僕の養父に当たります。属性は……僕は無属性と呼んでいます。精霊との契約もしていますが、姿は見せたくないみたいなので、今は勘弁して下さい。よろしくお願いします」



六人しかいない教室だから、スペースには余裕がある。

教壇に向かうように、弧を描くように机が並んでいるので、グレンがいるのは、俺のすぐ横だった。


いつまでも、このままってわけにはいかないのは分かるけれど、どうしても顔を見られない。土下座でもして、あの頃のことを謝るべきなのか。

色々考えるけれど、結局答えが出ることはなかった。



六人の自己紹介が終わって、担任が話を始めようとした時、一人が「はーい」と手を上げた。

三位で合格したタミーと名乗っていた女性だ。


「グレン君に質問がありまーす! 魔法支局長長官との関係は分かったんだけど、もう一つあるよね? グレン・ウォーレンサーとの関係を教えて下さい!」

「――それ、聞くの?」

やたら軽く聞かれた質問に、グレンは不機嫌そうだ。

俺はといえば、「ブッ」と思わず吹き出してしまい、口を押さえている。


「……関係も何も、僕の昔の名前だよ」

諦めたように答えたグレンの言葉に、思わず身体を縮こめた。

「やっぱりそうなんだぁ。ね、ね、なんで戻ってきたの? 捨てた家族に復讐とか?」

その言葉に、俺は完全に動けなくなった。

――グレンは、どう答えるんだろう?



ガタン、と音がして、グレンが椅子から立ち上がったのが分かった。

そして……俺の前に移動してきた……って、……え?


「兄さん、いい加減にしてよ!」

机をバンと叩いて、いきなり怒鳴られた。

は? と思って、見返せば、怒った顔が笑顔に変わる。


「やっと、ちゃんと見てくれた」

呆然としていると、さらに驚きの言葉をかけられた。


「僕は、兄さんに会いたくて、学校を受験することに決めたんだよ。兄さんのことだから、僕のこと気にしてるかなって思って、だから兄さんに元気な姿を見せたかった。強くなったところを見せたかった! だから、ここに来たんだよ!

 ――なのに、目が合えば逸らすし、顔も合わせてくれないし。何だか勝手に緊張してるみたいだし! あんな奴らが何言っても別に気にならないのに、謝罪してくるし! もう本当にいい加減にして!」

最初は穏やかに話していたのに、途中からはまた怒られた。


「……いや……でも……俺も、ひどいこと、してしまったし……」

「あっちの二人はともかく、兄さんは何もしてない……あ、もしかして、ひどい事って僕にクッキーを渡す時にやってた下手な演技のこと?」

「……下手」

「下手だよ。目が泣きそうなんだもん。あれにだまされる方がどうかしてる」

下手と言われて落ち込めばいいのか、きちんと通じていた事に喜べばいいのか、複雑な心境だ。


「僕は、今も昔も、兄さんのこと大好きだよ。尊敬してる。だから、周りが復讐とか勝手なこと言っても、そんなの無視していいからね」

最後は、明らかにタミーに向けた言葉だったが。


「……俺は、そんな簡単に許されていいのかな」

そうこぼせば、またグレンが怒った。

「だから! 許すも許さないも何もないって言ってるの! ――もういい、分かった。兄さん、昔と同じように僕と接してよ。そしたら、許してあげるから」


「……それじゃ、何の罰にもならないな」

それに対して、グレンが何か口にする前に、俺は続きを口にした。

「でも、分かった。そうするよ。――久しぶりだな、グレン。大きくなったな」

グレンは、大きく目を見開いた。


「なに、いってんの、にいさん。大きくなった、って、僕たち、同い年だよ……」

「分かってるさ。でもそう思っちゃったんだから、しょうがないだろ」

うつむくグレンの頭を撫でてやれば、

「子供扱いしないでよ! 兄さんのバカ!」

そうプリプリ怒って、自分の席に戻っていった。



ところで、今は自己紹介の時間だったのだ。

兄弟で語り合う時間じゃない。

だから、先生に謝罪すれば、グレンも慌てて謝罪していた。

先生は、気にしなくていいですよ、と言った後、明日の予定についての話を始めたのだが……。



入学後、クラスメイトと1対1の模擬戦が行われるという話は知っていた。

対戦相手は、例えばSクラスで言うなら、入学試験の一位対六位、二位対五位、という形になると聞いていたのだが。


「ウォーレンサー君とコリンティアス君の魔力量が桁違いで、試合になりません。君たちは20万あるでしょう? 他の皆は9万台です。と言うことで、模擬戦は、一位と二位でやってもらうことにします」

……まあ、別にグレンの実力を実際に確かめられるんだから、それはいいのだが、

「……先生、俺は19万です。20万もありません」

ここはぜひ訂正しておきたかった。のだが、「大して違わないでしょう」と冷たく返された。



入学式の日は、それ以上何かあるわけではなく、これで終了した。

「兄さん、一緒に帰ろうよ!」

そう声を掛けてくるグレンの目は、期待に満ちあふれていて、何というか、犬が興奮して尻尾を振っているようなイメージだ。


「……別にいいが、お前、どこに住んでるんだ?」

「あ、えと、寮、です」

「すぐ近くだな」

「……ダメ?」

男が上目遣いするな、と言いたいが、女顔のこいつには、意外と似合っている。


「いや、いいよ。帰ろうか」

そう言ってやれば、顔がパッと明るくなった。



そして、短い道のりを一緒に歩いていたのだが、

「兄様!?」

「兄上、なんでそんな奴と!?」

一つ、肝心な事を忘れていた。しまった、と思いつつ、口を開く。


「グレン、悪いけど、今日はここまでだ。また明日会おう」

無表情になってしまったグレンにそう伝える。

そして、グレンを睨み付けている弟妹を連れて、家に帰ろうとしたのだが……、


「兄さん、待って」

グレンに呼び止められた。

何、と言おうとしたら、弟妹が噛み付いた。


「待ちなさいよ。なんであんたが兄さんなんて呼んでるのよ?」

「身の程を知れよ、忌み子が。今すぐ額を地面にこすりつけて謝れ」

「パーリア、シルス、これ以上はやめろ。グレンは……」

「いいよ、兄さん」

グレンが、俺の言葉を遮って、弟妹に向き直った。


「兄さんが何を言っても、どうせお前達は納得なんかしないんだろ? 別にお前らごときにどう思われようと構わないけどさ。これ以上兄さんに迷惑が掛かるのは、見過ごせない。だから、勝負しようよ。僕が勝ったら、口出しするな」

「……へぇ。忌み子が面白い事言うじゃないの」

「ズルして二位になったのを、自分の実力と勘違いかよ? 今すぐ叩き潰してやるから、反省するんだな」

ヒートアップする三人を見て、俺はもう諦めるしかなかった。



学校には、決闘場と呼ばれる場所がある。

魔法の勝負は、危険がつきものだ。

決闘場には結界が張られていて、致命的なダメージを受けたと判断されると、自動的に結界の外に転移される。

つまり、転移された時点で、負けが確定だ。


普通、すぐに使えるものではないはずだが、あっさりと使用許可が下りたのは、どういう事なのか。

話を聞きつけたのか、周りには結構な数の生徒達&先生達も集まっていた。



グレンが希望したから、試合は1対2だ。

それで弟妹がまた怒っていたけど、正直言って、それでも足りないだろう。

パーリアとシルスでは、グレンに全く届かない。


勝負らしい勝負にならずに終わるだろうな、と俺は思っていて、むしろこの試合の後にさらに何かしら文句を言いそうな弟妹を、どうするべきかに頭を悩ませていた。



『始め!』

試合開始の合図がなされた。

それと同時に、パーリアとシルスの魔力が高まり、側に精霊が現れた。

パーリアはイルカに似た精霊、シルスは鷲に似た精霊だ。

ちなみに、パーリアは水属性、シルスは風属性だ。



精霊には、下位精霊・中位精霊・上位精霊がいる。

下位精霊は、動物の姿だが、その姿は手の平サイズほどしかない。

中位精霊は、本来の動物と同じくらいの大きさがある。

上位精霊は、人型だ。

人が契約できるのは、中位精霊までだとされていて、上位精霊はよほどでなければ契約できない。


ちなみに、コリンティアス魔法支局長長官が契約しているとされる水の精霊王は、上位精霊の更に上。水の精霊達を取りまとめる王。高位精霊と呼ばれている存在だ。



「上級魔法――『水砕爆弾』!」

「上級魔法――『風撃爆破』!」

パーリアもシルスも、契約しているのは中位精霊だ。だから、普通に考えれば、十分二人も強いのだが……。

「中級魔法――『無防壁』」

グレンの防御魔法の前に、あっさりと防がれる。


「「なっ!?」」

弟妹の声が重なる。まあ、そうだろうな。二人が使った魔法は、使える中で一番強い威力の魔法だ。それが簡単に防御されてしまったんだから、驚くのも当然だろう。


「そんな程度じゃ、僕には傷一つ付けられないよ。――さあ、次は?」

グレンの瞬殺で終わるかと思っていたが、どうやらグレンはとことん受けて立つつもりらしい。

なぜ、と思って、答えは簡単に出た。さっき、俺も考えたじゃないか。さらに文句を言いそうだと。

だから、グレンは相手が文句を言える余地すらないように、完全に負かすつもりなのか。



そして、試合は終わりを迎えようとしていた。

パーリアとシルスは、立っているのがやっと、という感じだ。

反対に、グレンは息一つ乱れていない。ここまで使った魔法も、中級の防御魔法と、初級の『無球』と言う攻撃魔法だけだ。


「もう降参したら? 僕に敵わないのは分かっただろ?」

「ふざ……けない、で……!」

「だれが……降参なんか、するもんか……!」

いつになく根性を見せている弟妹に、どこか感動すら覚えてしまう。

もっと違うところで根性出してくれれば、もっといいんだけどな。


「あ、そう。じゃあいいや。これで終わり。初級魔法――『無球』」

唱えられた魔法で、二発の魔法が打ち出された。

一発ずつ命中して、パーリアとシルスが、転送された。


『勝者! グレン・コリンティアス!』

アナウンスがされ、決闘場の結界が解除された。



近づいてくるグレンを、弟妹が悔しそうに睨み付けている。

「約束だからな。今後、僕に一切口出ししてくるな」

低い声でそう告げると、今度は俺の手を取った。


「じゃあ、兄さん、帰りましょう!」

「……………は?」

「一緒に帰ってくれるんでしょ?」

確かに、最初はそんな話だったか? と考えているうちに、手を引っ張られた。


「――分かった。分かったから、引っ張るな、グレン。……パーリア、シルス、少し休んでろ。迎えに来るからな」

「えええええええええええぇぇぇ」

不満そうにグレンが声を上げたが、あっちだって、俺の妹と弟なんだよ。



部屋に上がってけと、俺を引き留めようとするグレンをなだめ、弟妹を迎えに行けば大変不満そうな顔で出迎えられ。

その後、一緒に家に帰ったんだが、道中全く口を開こうとしない二人に、何回ついたか分からないため息をついて。

色々な意味で疲れた一日が、こうして終了した。



次の日の模擬戦。

昨日の決闘場でやるのかと思いきや、闘技場を使うと言われた。

結界等の仕組みは決闘場と変わらないが、闘技場は観客席が用意されている。

見たい者は見ろ、という話になっているらしい。

相当な人数が観客席にいるのが分かった。



闘技場で、グレンと向かい合う。

かつて、復讐されてもいいと、殺されてもいいと思った。

ただ、グレンの成長に一役買うことさえできれば、それで満足だった。


それなのに、あいつは俺を好きだと、尊敬していると言った。

だから、兄として、強さを見せてやる。

そして、それを糧としてもっと成長して、いつか、グレンが俺を超えていけるように。



『始め!』

「初級魔法――『無球』」

掛けられた号令とともに、グレンが魔法を使ってくる。


「初球魔法――『炎球』」

対する俺も、同じ初球魔法を唱える。

俺の予想通りなら、このぶつかり合いは、グレンの魔法が勝つはず。

そう思って、次の魔法を用意するが……。


「――なっ!?」

予想以上の結果になった。

グレンの魔法が俺の魔法を取り込んで、巨大化して俺に向かってくる。


「中級魔法――『炎防壁』!」

慌てて唱えた防御魔法と、グレンの魔法がぶつかり、バァンと音を立てて、双方が消滅する。

――何とか、相殺できたか。

だが、想像以上にやっかいだ。魔法が取り込まれるとは、思っていなかった。


「中級魔法――『大無球』」

俺の『大炎球』の、無属性バージョンか。俺が唱えるべきは、

「上級魔法――『紅炎乱舞』!」

グレンの中級魔法に対して、俺の上級魔法。

予想通りに、相殺。


「上級魔法――『六造無色』」

舌打ちをしたくなるのを抑える。

「特級魔法――『猛火炎爆撃』!」

上級魔法の上、特級魔法を使って、何とか相殺に成功する。


ここで、連続して魔法を放ってきたグレンの動きが止まった。

「――もしかして、とは思ってたんだけど。兄さん、無属性魔法が何なのか、知ってるの?」

聞かれて苦笑する。

「色々調べて予想を立ててただけだ。実際、あんな風に魔法が取り込まれるなんて思ってなかった。――まあ、でも大体は予想通りにきてるな」

「そうなんだ。でも、分かるよね。次は相殺できないよ。特級魔法――『無有無限撃』!」


無属性魔法を相殺するためには、一つ上のランクの魔法を使わなければ相殺できない。

しかし、特級魔法の上はないから、相殺はできない。

まったく、グレンの言うことは正しい。

けれど、予想を立てていた、と言っただろう?


「上級魔法――『巨大炎球』。――凝縮!」

中級魔法の大炎球よりもさらに大きな炎球。それが、人の頭大の大きさにまで凝縮される。

それが、グレンの特級魔法とぶつかると、それを破って、グレンに命中した。

「……ぐっ!」

痛みで呻いたが、それほどのダメージはなかったのか、すぐに起き上がる。


そんなグレンに、俺は語りかけた。

「俺はな、グレン。たぶん、これ以上の魔力上昇は見込めない。これ以上は強くなれない。だから、とにかく制御力を高めて、技術を磨いた。その結果の一つが、この凝縮だよ。

 ――予想していたんだから、対策を考えていて当然だろう?」

唇を噛みしめるグレンに、俺はもう一つ告げる。

「それと、なぜ精霊の力を使わない? 遠慮は不要だぞ」


「――…………そうみたいだね。兄さんが契約してないんだから、僕も使わずに勝ちたかったんだけど。――ミーシェ」

それが、精霊に付けた名前なのか。グレンの魔力が、一気に膨れ上がる。

「まだちゃんと制御できなくてさ。せいぜい三割も力を使えればいい方なんだ。だから、全力ってわけにはいかないけど、そこは勘弁して」

「それは安心した。――さすがに、お前の精霊の力を全部使われたら、手も足も出せずに負けただろうからな」

俺が答えれば、グレンの顔が歪んだ。


「……ホントに何なの、兄さん。僕、精霊のことなんて教えてないよね? 何で知ってるの」

「少し気配を感じただけだ」

グレンが睨んでくるが、俺は笑って受け流す。


「……特級魔法――『無有無限撃』!」

先ほどと同じ魔法。しかし、精霊の力を得て、さらに威力が増大している。

これほどの威力があっても、たった三割なのか。


「特級魔法――『猛火炎爆撃』。――展開! 包囲!」

俺も同じく特級魔法を使う。そして、魔法範囲を大きく広げ、グレンの魔法を包み込む。

そして、その場で大きく爆発した。

「……そんな」

グレンが呆けているが、試合中だぞ?


「上級魔法――『巨大炎球』。――凝縮! 複写!」

入学試験でも使ったコンボ。五個の巨大炎球を作り出す。

「――発射!」

「……くっ! 上級魔法――『無大防壁』!」

上級魔法の防御魔法か。

だけど……それで、止められると思うなよ。


俺は巨大炎球を操作して、防壁の全く同じ所に命中させていく。

三発目でヒビが入り、四発目で破った。そして、五発目が、グレンに直撃する。

「……うわぁっ!!」

飛ばされて床に叩き付けられたグレンだが、転送はされない。

何とか上半身だけ起こしたグレンを見ながら、俺はこれで試合を終わりにするべく、魔力を練った。



「グレン、いいものを見せてやる。無属性魔法について調べている時に、見つけた資料に載っていたものを、俺なりに再現してみた魔法だ。……特級魔法・超――『羽翼炎鳥光臨』」

俺が静かに唱えると、俺の背中に、大きな炎の翼が生まれ、俺を空中に押し上げる。

そして、炎の翼が大きく羽ばたくと、こぶし大の炎の塊が多数生まれて、グレンに襲いかかる。


「……! 上級魔法――『無大防壁』!」

何とか防いだか。でも、次が本番だ。


俺が手を上に掲げると、その上に巨大な炎の塊が生まれる。

それは、まるでもう一つ太陽が生まれたと言っても過言ではない。そのくらいの熱量を孕んでいる。

そして、俺が手を振り下ろして……グレンに命中した。



グレンが転送されるのが分かった。

『勝者! フランルーク・ウォーレンサー!』

そのアナウンスとともに、闘技場内は大歓声が上がった。



俺がグレンに近寄っていくと、グレンは何とも言えない複雑そうな顔をしていた。

「……最後のあれ、なんなの?」

憮然とした顔と声に、苦笑しながら答えようとして……、

「あなた、とんでもない魔法を再現したわね」

グレンのすぐ側から、女性の声がした。



「……ちょっと……ミーシェ!?」

グレンが慌てたように、その女性に声を掛ける。

――このお方が、グレンの精霊か。

俺はそのまま、その女性に向かって、ひざまずいた。


「あら、そんな事しなくていいわよ?」

女性は面白がるように俺に声をかけてくるが、俺は真面目に対応するだけだ。

「――いえ、そういうわけには参りません」

「そう? 面白くないわ。君」

「……申し訳ございません」

さすがに、どう返していいか分からず、謝罪してしまう。


「兄さん、謝らなくていいから! ミーシェも、何で急に出てきたの!? 学校では姿を見せないって言ってたのに」

「そのつもりだったのだけど。あんな魔法を見せられてしまってはね」

「……ミーシェ、知ってるの? あれ、なに?」


「かつて、高名な炎の魔法使いが編み出した、特級魔法の上を行く魔法よ。上位精霊と契約して、その力を借りて発動させていた魔法を、契約もせずに使うなんて、本当にとんでもないわね。――例え、通常より精霊達からの恩恵を、受けやすくなっているとは言ってもね」

最後に足された言葉に、思わず身体をビクッとさせてしまう。

そんな俺を見て、グレンは胡乱げな表情を見せた。


「……どういうこと? 分かるように説明して欲しいんだけど」

「グレンだって不思議に思ったでしょう? 何でこの子が、私を精霊王と知っているのか」

「……それは、まあ」

いや、この人……じゃなく精霊だが、サラッと言ったな。

あまりにも簡単に精霊王というもんだから、周りにいる先生や生徒達は、まだ反応できていない。グレンも、少しくらい突っ込んでもいいのではないだろうか。


「この子はね、炎の精霊王からの契約の誘いを断ったのよ。精霊王と会ったことがあるから、気配だけで私が精霊王だと気付いたのね」

俺が考え事をしている間に、今まで誰にも言ったことがない事を、簡単に暴露された。


「精霊と契約ができていないのも、そのせいね。精霊王が見出して望んだニンゲンを、他の仔たちが契約できるはずもない。精霊王に望まれたということで、他の仔たちも好意的になるから、受け取れる力も増えるけれど、それでも契約に比べれば微々たるものだわ」

周囲があまりにも静かなので、気になって見てみれば、グレンを始め、周りにいる先生も生徒達も、あんぐり口を開けたまま動かない。


「ねぇ、お兄さん?」

精霊王にそう呼びかけられて、顔がヒクッとする。

「君が今よりも力を望むなら、強くなりたいと願うのなら、簡単よ? お前と契約したいと一言言えば、アイツ、すぐさま現れるわよ?」


言われて、息を呑む。

それは分かっている。限界を感じている俺の、おそらく唯一と言っていい、限界突破の方法。

それでも。


「……俺は、その器では、ありませんから」

「そう。――どうして、私たちが気に入るニンゲンは、皆同じ事を言うのかしらね」

「………………え」

精霊王のつぶやきに、聞き返そうとしたとき。



「「「「「えええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」」」」」



グレン含む会場中の叫びが、響き渡った。

精霊王? とか、断った? とか、今やっとかよ、と言いたくなる声が聞こえてくる。


「兄さん! どういうことなの!? ミーシェも! 精霊王からの契約って断れるの!?」

それこそ、どういうことだと言いたいことを、グレンが口にした。

「当たり前じゃない。下位精霊だろうと精霊王だろうと、ニンゲンと精霊の契約は、双方の同意がないとできないわ」

「……僕、ミーシェとの契約、同意した覚えがないんだけど?」


「あら、ひどい」

精霊王はコロコロ笑って、

「精霊と契約したくないのかって聞いたら、したいって答えたじゃない。だったら、私と契約しても問題ないでしょう?」

「何それ、強引すぎ!」


「精霊王は力が強いから。曖昧でも同意っぽい言葉をもらえれば、それを辿って契約を結べるの。炎の精霊王は生真面目だから、そんなだますような形で契約なんかしない、って言っているのだけど」

「……激しく同感」

「だから、失礼だわ。あなたに後悔させるようなことはしてないでしょう?」

精霊王はクスクス笑う。


「じゃぁね、お兄さん。機会があったら、また会いましょう?」

そういって、その姿がかき消えた。



俺は大きく息をはいて、床に座り込んだ。

ただそこにいるだけでも、結構なプレッシャーだった。

「……彼女が、精霊王の中の精霊王。六つの属性の精霊王達を取りまとめる、精霊達の頂点か」

「そうだよ。――分かるんだ、兄さん」

俺が誰にともなくつぶやいた言葉に、グレンから返事が返ってきた。


「分かるさ。無属性魔法が、そうだ。六つの属性、そのすべてを兼ね備えた属性。それが無属性だ。――10歳の検査の時に、属性がないと、忌み子だと言われた人たちは、きっと皆、この無属性だったはずだ」


調べて感じた違和感。

グレンも含め、過去忌み子と言われた人は、一人の例外もなく、魔力量が多かった。

なぜ、属性を持っていない人間が、そんな多い魔力量を持っているのか。より強く魔法を使うための力を持っているのか。


属性がないということ自体が間違いじゃないかと、とにかく調べ尽くした。

そうしたら、昔の資料に、明らかに六つの属性とは違う魔法を使っている人物が載っているのを、見つけることができたのだ。



「無属性魔法は、何もしなくても、他の六つの属性魔法の上を行く。その分、魔法の発動も、力の制御も難しいんだろうとは想像つくけどな。

 ――グレン、お前はもっと上にいくよ。お前が強くなって、俺を越していくのを、楽しみにしているからな」


偽りも何もない、俺の本音。

俺はただ、グレンが強くなるのを見たくて、支えたくて、強くなった。

だから、俺のとっておきも見せたんだ。


「うん。見ててね、兄さん。――次は、絶対に負かしてやるんだから」

そう言って笑った顔は、とても頼もしく見えた。



これは、英雄になる少年と、英雄を支え続けた少年の物語の、始まりのエピソードだ。



 ◆◆◆◆◆◆◆


おまけ

※どこかの時間、どこかの場所で※



「なんだ、この空間は……」


敵を追い掛けて、出た空間は、何とも歪だった。

地面はなく、岩が浮遊し、遙か下にはマグマが流れている。

周囲は赤黒く、雷が絶えず鳴り響いている。


「グレン、これ以上進んでは駄目よ」

「……ミーシェ?」

「この空間は、ニンゲンの世界と、私たち精霊の世界が混ざり合ってしまっているわ。生身のニンゲンが、入れる空間じゃない」

「「……なっ!?」」

俺とグレンの声が重なった。


「どうしたらいいの?」

「私の加護があるから、グレンは行けるわ。でも、お兄さん、あなたは無理。ここで待ってなさい」

思わず反論しかけた俺に、

「この空間に入れば、あなた、一瞬で死ぬわよ?」

冷たく言われて、俺は息を呑んだ。


「分かった。――兄さん、ここで待っててよ。後は僕に任せて」

多分、情けない顔をしているだろう俺に、グレンは笑顔を見せる。

「大丈夫。行ってくるね」

そして、歪な空間に踏み出していくグレンの背を、俺はただ見送るしかできなかった。



「……ついていくことすら、叶わないのか」

壁に寄りかかって座り込み、つぶやく。


グレンに強くなって欲しい。俺を超えて欲しい。

そう思っていることに間違いはないけれど、それと同時に、グレンと一緒に戦いたい、背中を守るのは俺でありたい、とそう願っていることにも気付いていた。

それなのに、現実は、置いてきぼりにされているのだから、笑えない。



『我を望むか』

響いた声に、慌てて顔を上げる。


『我の力を欲するか』

「……炎の、精霊王」

何でここに、という疑問すら、出てこない。


『欲するなら、我が手を取れ。そなたの、力となろう』

俺に、右手が差し出される。

「……この空間、進めるのか」

『是』

短い答え。でも、十分だった。


自分はその器じゃない。その気持ちは変わらない。それでも、グレンについていけるなら、今は何でも構わなかった。

差し出された右手を取り、言葉を紡ぐ。


「俺の名前は、フランルーク・ウォーレンサー。俺に力を貸してくれ、炎の精霊王」

「承知した」


これまで、どこか遠くから聞こえていたような声が、はっきりと聞こえた。

炎の精霊王の、歓喜の感情が伝わってくる。


「我のすべてを持って、フランルークに力を貸す事をここに誓おう」

炎の力が、大きく膨れ上がった。




最後のおまけは、フランルークが炎の精霊王と契約する場面を書きたくて、思い浮かんだ場面です。背後の設定はまったく考えていません。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

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