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ある日のとある喫茶店の話

作者: とろろもんじろう

  面倒くさい。本当に面倒くさい。

 俺、東条隼人(とうじょうはやと)は叔父の経営する地元の喫茶店でアルバイトをしている。今日はたまたま叔父が用事で店を空けていて、他のバイトもシフトが入っておらず、現在一人で店番をしている。

 面倒くさいというのは、土曜の正午なのに一人寂しく働いていることでも、叔父に突然呼び出されて友達と遊びに行く予定をキャンセルせざるを得なくなったことでもない。一応それもあるが。


「なあ隼人、相談があるんだ」


 静かな店内にて、一人の青年の声だけが響く。

 

「うちの親戚に漁師がいてな、一ヶ月蟹漁に出るだけで何百万って収入が……」

「別に金に困ってるわけじゃねえよ!」

 

 なんでお洒落な喫茶店で野郎の相談なんか聞かなきゃならないんだ。

 こいつはクラスメイトの英則(ひでのり)。遊んだりはあまりしないが、学校ではそれなりに一緒にいる友達の一人だ。

 ただでさえ客がいなくてしんどいのに、突然入店したと思いきや、俺のいるカウンターの前に座り、相談事を持ちかけてくる。ああ面倒くさい。せめて可愛い女の子なら許せたんだけどな。早々にお帰り頂きたい。


「相談料二万五千円になります」

「同級生の相談で金取るのかお前は」

「大丈夫、今なら日替わりランチと一緒にご注文していただくと、なんと相談料が二万円引き」

「まあお得!って結局五千円かかってんじゃねえか」

「なんですか?クレームですか?警察呼びますよ」

「俺が先に詐欺で訴えてやろうか?」


 折れて帰る気なんて起きないだろうと諦めた俺は、仕方なく相談に乗ってやることにした。


「しょうがないなぁ。客もいなくて暇だし、特別に相談に乗ってやるよ。崇め奉れ」

「俺も一応客なんだけどな」


 英則はため息をつき、俺の顔を見つめる。


「隼人、お前に相談したいことは他でもない」

「ゴクリ……」


「恋の相談だ」


「お会計二万五千円になります」

「最後まで聞けよ!相談料取るな!」

「そこに無ければ無いですね」

「百均の店員みたいにあしらうんじゃねえ!」

 

 恋の相談か。心底どうでもいい。我々も一端の高校生。恋愛の一つや二つ、したいと思うのは至極まっとうな考えだ。でも俺は他人の恋愛なんて全くもって興味がない。大体男友達にする相談じゃないだろ。

 とはいえ乗り掛かった舟。最後まで聞いてやろう。


「じゃあ、今からお前の携帯に人気なパパ活サイトのURL送るから」

「そういう悩みじゃねえよ!というかなんでそんなサイト知ってるんだよ!」

「相手方の親御さんには早めに挨拶しておかないと後々ややこしくなるぞ」

「そういうことでもねえよ!俺たちまだ高校生だろ!」

「逃げようとしないで、ちゃんと責任取るって態度を示さないと駄目だぞ」

「俺ってそんな節操ない人間だと思ってたの!?」

「大丈夫だ、たとえお前が自身の過ちで家族に見放されてしまっても、俺だけはお前の友達だからな」

「ちっがーう!大体俺まだ未経験だから!潔癖だから!自慢したくないけど!」

「じゃあ、お前が隣のクラスの森川みゆきに告白したいって話か?」

「なんでわかっちゃうんだよ!」

「すれ違うたびにエロい視線向けてれば誰だって気付くだろ」

「え、エロいって言うな!」


 森川みゆき。隣のクラスに在籍する女子である。わざわざ説明するようなことは無いが、まあ美人だし良い人だ。

 こいつと歩いているときに森川さんが近くにいると、必ずと言っていいほど彼女の方を見て「今日もかわいいなぁ……」と呟く。なんで俺が気付いてないと思っていたんだ。

 しかし相変わらず弄りがいがある。この調子だと今日は客は来なそうだし、もう暫く遊ばせてもらおう。


「まあ話も長くなりそうだし、何か頼めや。うちの売り上げに貢献しろ」

「そ、そうだな。そう言われて頼むのはかなり癪だが、せっかくだしそうするわ。そういえば昼飯まだなんだった」

「これなんかおすすめだぞ。数々の高級食材をふんだんに盛り込んだ『キャビアとフォアグラのトリュフ和え』。税込一万九千二百円」

「高えな!もっと財布に優しいやつにしてくれよ!」

「じゃあこれなんかどうだ。『そこら辺の雑草』。税込六十円」

「確かに財布には優しいけども!なんでそんなの売ってるんだよ!自分で採ってきた方が早いわ!」

「わがままだなー。好き嫌いは身体に良くないぞ」

「好き嫌いって問題じゃねえわ!」

「もうお前が選べよ面倒くさい」

「最初からそうさせろ!」

 

 俺はしぶしぶメニュー表を渡した。


「じゃあ、さっき言ってたこの日替わりランチセットでもいただこうかな。今日のメニューはなんだ?」

「本日のメニューは、『アカハライモリのドクダミ炒め~ミヤマクワガタを添えて~』でございます」

「誰がそんなゲテモノ食うか!ほら、ここの表に『土曜日・ミックスサンド』って書いてあるだろ!そっちくれよ!」

「まあまあ待ってくだせえお客さん、こちらのメニューは通のお客様の定番でしてねぇヒッヒッヒッ」

「だとしても食わねえよ!お前の店には魔女でも来てんのか!」

「チッ、これだから逆張りオタクは……」

「逆張りじゃねえ保身だ!」

「飲み物は何にします?」

「無難にコーヒーでいいや」

「種類はどうします?」

「俺、コーヒーあんまり詳しくないんだよな」

「俺もよく分からない」

「喫茶店のバイトやめてしまえ!」

「インスタントでいい?」

「いいわけあるか!なんでもいいからちゃんと作ったやつをくれ!」

「注文の多い客だなぁ……」

「お前のせいだろ!」

 

 俺は仕方無くコーヒーを淹れ始める。ハバネロでも入れてやろうと思ったが、食べ物を粗末に扱うと叔父にどつかれるので、さすがにやめておいた。英則が「こういうところは律儀なんだけどな……」とか呟いてた気がしたが、まあ気のせいだろう。

 数分のうちに完成させ、カップを英則の前に差し出す。


「はい、カプチーノ。ミックスサンドは今から作るから待っててな」

「おお、悔しいけどすげえ美味そうだな」

「クリームはうんこをイメージしてデザインしました」

「客に堂々とうんこ型のもの出す奴初めて見たわ」


 カプチーノにちまちまと口をつける英則に、俺は話を振る。


「で、さっきの続きだ。早くお前のクソくだらない恋バナを聞かせろ」

「クソくだらないって言うな」

「とりあえず、告白するってことでいいんだよな?」

「そうなんだけど、どうも勇気が出なくてな……」

「何だお前チェリーボーイかよ」

「やかましいわ!悪かったな!」

「となると、まず第一の作戦は、『花』だな」

「花?」

「女の子は花が大好きだからな。花束を渡せばイチコロって寸法さ」

「その理論が許されるのは昭和までだろ」


俺はレジ近くに飾ってある花瓶を持ってきた。


「これなんかどうだ?」

「確かに綺麗ではあるけど……。これはなんて花だ?」

「スイセンって言うんだ」

「へぇー」

「スイセンの花言葉って知ってるか?」

「?」


「『報われぬ恋』」


「どついたろか」


 英則が修羅のような顔になってしまったので、俺はどうどうとなだめる。


「第一、ほとんど話したことのない男子から突然花なんか渡されたら困惑するだろ。」

「確かにそうだな。もっと自然でロマンチックな展開にしないとな」

「ロマンチックぅ?」

「まず、彼女が暴漢に襲われているところへ颯爽と登場する」

「また前時代的な発想だな。そう都合よく暴漢なんか出て来るかよ」

「あっという間に暴漢を成敗。感謝する彼女に『名乗るほどでもないんでね』とクールに去る英則」

「俺そんなチート主人公な設定なの?万年美術部なんだけど?」

「学校で再び再会する二人。少しずつ深まっていく仲」

「一番大事な部分すっ飛ばしちゃったよ」

「しかし彼女は実は竜の末裔であり、世界平和の為に殺さねばならぬ存在だったのだ!」

「ついに森川にまで設定加えちゃったよ。どう収拾つけるんだこれ」

「彼女を狙う組織、崩壊する社会、そして己の組織を裏切って彼女を守る英則!」

「ずいぶんと殺伐とした町だな、ここ」

「そして彼女を庇い、英則は組織の弾丸を胸に受けてしまう……」

「俺やられちゃったよ」

「『俺のことなんて忘れて……幸せになってくれ……ガクリ』『英則くぅぅぅん!』」

「俺死んじゃったよ」

「こうして彼のことをきっぱりと忘れた彼女は、大卒の真面目な公務員の男性と結婚し、幸せに暮らしましたとさ」

「結局俺と結ばれねえじゃねえか!竜の末裔とかの設定はどこ行った!なんだったんだよこのクソみたいな物語!」


 どうやら俺の一世一代の超大作(製作時間二分)が気に入らなかったらしい。

 

「もっとちゃんとしたことは考えられないのかよ!もっと普通の告白みたいなのをさ!」

「それでいいじゃねえか」

「……は?」


 英則はキョトンとした顔をしている。


「だから、普通に告白すればいいじゃねえか」


 英則は理解していないような顔から、ハッと全てを悟ったような顔になる。


「そうか、そういうことだったのか……!」

「ふっ、やっと気づいたか」

「俺のこの感情は、ただ気恥ずかしいだけだったのか……。失敗を恐れて、自分の傷つかない方法を考えて逃げていただけだったんだ……」  


 己が弟子に道を示す師のように、俺は彼に助言する。


「そう、姑息なことなんか考えずに、男らしく堂々と告白すればよかったんだ。分かってくれて俺もうれしいぜ」

「そうだよな、回りくどく考えるなんて、男らしくないよな!」


 覚悟を決めたようにニッと笑った英則は、テーブルに金を置いて立ち上がる。


「ありがとうな、気付かせてくれて!その調子じゃ昼飯まだだろ?そのミックスサンドはお礼として貰ってくれ!」

「ああ!」


 彼は一目散に扉へ向かう。きっと己の心に決着を着けに行くのだろう。

 その果敢な姿を、俺は誇らしく見送る。

 しかし。


「英則、最後に一ついいか?」

「なんだ?」


 窓から差し込む光。眩しく照らされるその男に、俺は言葉を放った。


「森川さん、彼氏いるぞ」


「早く言え!!!」

つたない文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

私もこういう青春を送りたい人生でした。


今後もこういうくだらない日常を書いていこうと思っています。

もしお暇なら、よろしくお願いします。

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