独人の少女
読んで戴けたら嬉しいです。
練習場所は街外れに在るジールの知り合いの農場の使わなくなったガレージ。
オレたちは道すがら車の窓を開け放って、陽気にプリンスの『キス』やマドンナの『マテリアルガール』なんかを、広大な平原に響き渡るくらい大声で歌った。
シヴィルが歌に合わせて、笑顔で楽しそうに身体を揺らしているのがオレには嬉しかった。
ガレージに着くとオレの服装を見てジールが言った。
「リュジー、着替えは無しか」
「ああ、シヴィルを無事連れ出す事で頭いっぱいで、そこまで頭がまわらなかった」
ジールはシヴィルに言った。
「お嬢ちゃん、こいつは気を付けた方がいいぜ
これは相当、気に入ってる」
オレは慌てて否定した。
「そんな訳無いだろ! 」
「ムキになるのが怪しい」
「ムキになんかなってない! 」
「なあシヴィル、最近服を失くさなかった? 」
シヴィルは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「あー、あれはリュシアンだったのね」
「シヴィルまで!
ノヴァ、なんとか言ってくれよ! 」
ノヴァは眉を上げ、肩を竦めた。
シヴィルが堪え切れず笑い出した。
つられてオレも笑った。
こんなにも生き生きとシヴィルが笑っている。
連れて来て良かった。
オレたちが練習している間、シヴィルは置いてあった木箱に腰掛け、熱心に練習風景に見入っていた。
二、三曲演奏が終わるとオレはシヴィルに訊いた。
「シヴィル、退屈じゃない? 」
シヴィルは首を振って、笑って答える。
「ぜんぜん!
とても楽しいよ
未来のロックスターを独占してて申し訳ないくらい」
「シヴィルぅ………………」
オレはデレデレになって笑った。
それを見てジールが突っ込む。
「だらしねえ顔だ」
オレはジールを睨んで言った。
「次行くよ」
オレはGコードをストロークした。
その日はみんな調子が良くてノリ捲った。
きっとシヴィルが適度な緊張感を与えているせいだ。
ジールが曲の合間にタバコに火を点けながら言った。
「なあ、リュジー
彼女が来てるのに、アレは演らないのか? 」
オレは直ぐにピンと来てもじもじとシヴィルを見た。
ジールが声高々に言った。
「リュジーはシヴィルにプレゼントがあるのさ」
「ジール! 」
オレは突かれた様にジールを見た。
「プレ…………ゼント…………………? 」
振り返るとシヴィルは小首を傾げ不思議そうにオレを見ていた。
オレは仕方無く、自信無げに言った。
「シヴィルの為に曲を……………創ったんだ」
シヴィルの顔がみるみる期待に満ちた表情になった。
「是非、聴かせて!
リュシアン!」
「まだ、未完成なんだけど………………」
言うが早いかノヴァがイントロを弾いた。
オレは溜め息をつくと言った。
「そこはギターのパートだって」
オレは生まれて初めて書いたバラードを弾き、そしてシヴィルを見詰めて歌った。
シヴィルへの想いを。
「独人の少女
キミに恋をした
独人の少女
彼女は孤独
独人の少女
雷鳴が聞こえる
オレたちは月が綺麗な夜旅立った
ここではない何処かへ
傍に居て
決して離さないでこの手を
オレだけのただ独人の少女
キミが心を失くしても
いつでもオレは傍に居る
キミが笑顔を取り戻すまで
オレはおどけ続ける…………………………」
オレはギターを投げ出してシヴィルに駆け寄った。
グオオオオオーンとアンプが唸った。
シヴィルはびちゃびちゃになるほど頬を涙で濡らしていた。
「大丈夫?
シヴィル、何処か痛い? 」
シヴィルは流れる涙を指先で拭いながら笑った。
「有り難う、リュシアン
ワタシ、凄く倖せでどうしたらいいんだろう? 」
シヴィルは本当に倖せそうに微笑んだ。
「シヴィル…………………」
オレはホッと安心してシヴィルの手を握った。
「泣いたりしてごめんね、リュシアン
あんまり嬉しくて…………………
少し風に当たって来るね」
シヴィルは立ち上がると、握った手を胸に当て、涙を拭いながら外へ出て行った。
「あーあ、泣かしちまったな、色男」
ジールがしんみり言った。
「ああ、泣かせちゃった………………」
オレは突っ立ってシヴィルが出て行った跡を眼で追っていた。
「処でリュジー
レコーディングの日程が決まった」
ジールが言った。
オレは拳を握りしめ叫んだ。
「よっしゃーあ!! 」
突然、叫び声が轟いた。
「いやああああああっ!! 」
「シヴィル! 」
オレは突かれた様に入口を見た。
慌てて外に飛び出すと地面に蹲るシヴィルの傍に男がトレーにコーヒーを載せて立っていた。
オレは逆上して男に掴みかかった。
トレーが宙に舞って地面に叩きつけられ、カップが音を立てて飛び散った。
「俺は何もしちゃいない
コーヒーを持って来ただけだ」
オレは男の胸ぐらを掴んで拳を引いた。
「リュジー、落ち着け!
そいつはここのオーナーだ!
手を出すな! 」
ジールが叫んだ。
男が両手を挙げて言った。
「本当だ
何もしちゃいない
一人で泣いてたから、どうしたんだろうと肩に手を置いただけだ」
オレは少し落ち着いて、男の顔と地面に蹲るシヴィルを見た。
シヴィルが、暗がりでも解るくらい身体を震わせている。
オレは男を離してシヴィルに駆け寄った。
オレが触れるとシヴィルはまた叫んで呼吸困難を起こし始めた。
「シヴィル!
オレだよ、リュシアンだ」
シヴィルはオレを振り返るが、呼吸を吐く度低く唸った。
「うう、うう、う………………」
「オレだよ、リュシアンだよ」
シヴィルはオレを見たが瞳を震わせ落ち着かなかった。
「いやあああっ! 」
シヴィルは駆け出した。
「シヴィル! 」
オレはシヴィルを追い駆けた。
シヴィルは全速力で走った。
やっと追い付いてシヴィルの手を掴むとオレは全身でシヴィルの身体を包み込んだ。
シヴィルは叫びながら逃れようともがき暴れた。
「シヴィル!
シヴィル!
オレだよ、リュシアンだ!
愛してる! 」
シヴィルは振り返ってオレを見た。
オレを確認するとシヴィルは気を失った。
オレはシヴィルを抱き締めたまま座り込み、シヴィルのいい香りのする髪に顔を押し付け泣いた。
暫くして落ち着くと気を失ったシヴィルを抱き上げてガレージに戻った。
ガレージではジールとノヴァ、オーナーだと云う男が待っていた。
男は言った。
「済まなかった
まさか、あんな風になるとは思ってもみなかった」
ジールが言いずらそうに言った。
「シヴィルは…………………
その、病気なのか? 」
オレは俯いて暫く黙った。
「あれは、どう見ても普通じゃ無い………………」
オレはこの上無いほど、愛しさを籠めて眠るシヴィルの顔を見詰めた。
「シヴィルは……………………………
父親にずっと虐待を受けてる……………
それがシヴィルの神経を侵食してるんだ」
みんな眼を大きく見開いて驚きを隠せないようだった。
ジールが忌々しそうに言った。
「ひでえ話だ
こんないい娘なのに………………………」
ノヴァは静かに首を振った。
帰りの車の中は、行く時とは対象的だった。
葬式みたいに静まり返り、車のエンジンの鈍い音だけが聞こえた。
ジールが徐に言った。
「リュジー
俺たちにできる事が在ったら言ってくれ」
ノヴァが久し振りに言葉を発した。
「何でも協力する」
シヴィルはオレに凭れ静かに眠っていた。
オレはシヴィルの肩を抱きシヴィルの髪に頬ずりした。
仲間の思いやりの籠った申し出に自然と涙が零れた。
読んで戴き有り難うございます。
今日途中まで書いた作品を娘にみせたら、
こてんぱんに埃が出なくなるどころか
綿が出るくらい叩かれました。笑
一番腹立つのは、言われて納得する自分に
腹立ちます。
書き直すと確かに娘の言う通りで、
みごと敗北しました。笑




