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硝子の肖像  作者: 楓 海
24/24

許さなくていい

 読んで戴けたら倖せです。

 白いロールスロイスの中でオレは全身を埋め尽くす倖福感に満たされてシヴィルに言った。


「いつも離れ難いけど、今夜は凄く離れ難い

 このまま教会へ行ってしまいたいくらいだ」


 シヴィルはクスッと笑った。


「ワタシも…………………

 でも……………………」


 シヴィルの笑顔が曇った。


「パパがきっとワタシを心配して待ってるから」


「そうだね……………………」


 オレは外の流れる景色に気を()らせた。


 シヴィルの家が見えて来た。


 シヴィルから倖福が失せて行くのがオレにも伝わった。


 オレは(おさ)え切れず口を開いた。


「シヴィル、今夜は………………」


 シヴィルは慌てて(さえぎ)った。


「リュシアン!

 今夜は本当に素敵なプロムだった、有り難う

 ワタシ、とても倖せ」


 シヴィルは哀しげに笑った。


 てきる事なら、このままシヴィルを連れ帰りたい。


 それはシヴィルも同じ気持ちだと解っている。


 だけどそれはシヴィル自身が許さないとも解っていた。


 車が止まると、オレは諦めて車から降りて、シヴィルの為にドアを開け、手を差し出した。


 シヴィルはオレの手に手を添えて車から降りると言った。


「今夜は本当に倖せだった

 有り難う、リュシアン」


 シヴィルは玄関の前に立つと振り返ってオレを見た。


 オレは仕方なく車に乗り込んだ。


 シヴィルはずっとオレを見送った。


 オレも見えなくなるまでシヴィルを眼で追った。


 玄関の前に(たたず)むシヴィルの姿が、とても頼り無く見えて、オレはシヴィルの姿が見えなくなっても尚、後ろを見詰めたままだった。



 家に帰ると、興奮した母さんが出迎えてくれた。


「おめでとう、リュシアン

 シヴィルと婚約したんですってね

 あなた、私に何も言ってくれないんだもの」


 オレはタキシードの上着を脱ぎながら言った。


「ああ、忙しくて言ってる暇が無かった

 ねえ、お腹空いたな

 何かある? 」


「マフィンを焼いたの

 食べる? 」


「うん

 シャワー浴びてからにするよ」


 オレは真っ直ぐバスルームでシャワーを浴びた。


 母さんには申し訳無いけど、とても笑って婚約の話をする気にはなれなかった。


 一人佇むシヴィルの姿が脳裏から離れない。


 シヴィルは今、何をしているんだろう…………………?



 ノースリーブのパーカーとジーンズに着替え、母さんが大きなカップに()れてくれたカフェオレを飲みながら、オレは言った。


「卒業したら、この街を出て行こうと思ってる」


 母さんは驚きもせず言った。


「そうね

 ここまで登り詰めたのなら、この街からでは活動が難しいでしょうね」


「オレは母さんにも一緒に来て貰いたいんだ」


「それはダメよ」


「どうして? 」


「住み慣れたこの街を離れたく無いし、それに……………」


 オレは言い終わるのを待たずに言った。


「父さんは、もう戻って来ないよ」


 母さんは表情を変えずに言った。


「いいえ、あの人は戻って来る

 きっと戻って来る」


 オレは感情的になって言った。


「どうして、認めないの!

 父さんは新しい人生を見付けてしまったんだ!

 傍に居て欲しいのは、もう母さんじゃ無いんだよ! 」


 オレは言ってしまってから、直ぐ後悔した。


 それは母さんにとって、とても残酷な言葉だった。


 突然、電話のベルが鳴った。


 母さんとの会話は打ち切られた。


 オレは電話に出た。


「はい、こちらエヴァースミス」


「…………………………………」


 無言電話?


「ハロー………………? 」


「…………………リュシアン…………………………………」


「シヴィル? 」


 電話は切れた。


 オレは胸騒ぎがした。


 母さんが不安な表情を浮かべて言った。


「どうしたの? 」


 シヴィルに何かあったに違いなかった。


「母さん、出掛けて来る! 」


「リュシアン! 」


 オレは家を飛び出した。


 何故かオレはシヴィルが、オレたちの秘密の場所に居る気がして林に向かって走り出していた。



 そこにシヴィルは居た。


 ドレスのままで草むらに座り込んでいた。


「シヴィル! 」


 シヴィルは膝を抱え(うすくま)っている。


 オレはシヴィルの前にひざまづいた。


「何が…………………? 」


 枝の間から差し込む月明かりに照らされ、破れたドレスの(すそ)から覗くシヴィルの脚の内側に血の痕が下りているのが眼に入って、オレはシヴィルに何があったのか理解した。


「あのファック野郎!

 ぶっ殺してやる!! 」


 オレは逆上して走り出そうとした。


 シヴィルの手がオレの手首を素早く掴んだ。


 オレはシヴィルを振り返った。


 シヴィルは人形の様に身動きもせず言った。


「お願い、パパを許して……………

 パパはワタシを愛し過ぎただけなの

 ワタシに何をしようとパパはワタシのパパなの…………

 ワタシを愛しているなら、パパを許し………………」


「じゃあ、オレはどうしたらいい?! 」


 オレは叫んでいた。


「苦しんでいたのはキミだけじゃ無い!

 ウィスフィールドを何度殺そうと思ったか知れない!

 真剣に殺しの計画を立てたこともある

 愛しい女の身体を別の男が舐め回しているのを知りながら、必死に冷静を保って来たんだ………………………………」


 オレはそこまで言って、ハッと我に返ってシヴィルを見た。


 シヴィルは呼吸を乱して苦しそうに眉間に皺を寄せて言った。


「……………いつか壊れる、ワタシたち…………………………………

 現実は消せない……………

 そして、過去も消えたりしない…………………

 でもリュシアンが居なければ生きて行けない

 愛が壊れるのは見たく無い

 パパへの憎しみを消して……………

 できないのなら、ワタシを殺して………………」


「シヴィル…………………………」


「消えない現実は忘れなければ上手く行かない

 解るでしょ?

 パパはリュシアンに嫉妬しているだけなの」


 シヴィルは何を言ってる?


 ウィスフィールドを許せだって?


 ウィスフィールドは誰だ?


 ウィスフィールドは愛するシヴィルの父親だ。


 どれほど嫌悪しようと。


 どれほど軽蔑しようと。


 どれほど憎悪しようと。


 こんな事までされてウィスフィールドを許せだって?


 男として恋人として、そして人間としてできる訳が無い。


 自分の娘をレイプするようなゲス野郎に許しなんて要らない。


 この憎しみは、どれほど深くシヴィルを愛していても超える事はできない……………………。


 許せと言うシヴィルが余りに哀しい………………。


 ……………………………………………見せたく無い。


 オレとウィスフィールドの争いを。


 もう、これ以上哀しませたくない。


 これ以上…………………………………。


「解ったよ

 親子仲良く暮らせばいい」


 シヴィルは大きく眼を見開いた。


「リュシアン………………? 」


「結局キミは父親以外の男は愛せないんだ

 キミも実は楽しんでたんだろう? 」


 早く!


 早くしないと、オレ自身が持たない。


「リュシアン、止めて…………………」


「それなら、あんな演技しなくたって、はっきり言ってくれれば良かったんだ

 それとも、たまには若い男をからかってみたくなった? 」


 早くっ!


 シヴィルは酷く呼吸を乱し、オレにしがみついた。


「お願い、止めて! 」


 オレは絡み付くシヴィルの手を振り払った。


「オレも莫迦(ばか)だったよ

 そんな事にも気付かなかったなんて」


 早くっ!


 シヴィルは(あえ)ぎながら哀願するようにオレを見詰めた。


「止めて………………」


「アナザーシティーで気付くべきだった

 オレはキミに遊ばれてたんだって」


 早くっ!! 


 シヴィルの悲痛な表情が辛い。


「リュシアン、止めて!! 」


 お願いだ!


 早くっ!!


 オレは顔を歪めて叫んだ。


「キミはあの時、ウィスフィールドへの貞操を守ったんだっ!! 」


 シヴィルは両耳を(ふさ)いで叫んだ。


「止めてえええええーーーーーっ!! 」





 オレには聞こえた、パリンと儚いものが壊れる音が………………。




 

 シヴィルは気を失って倒れた。


 オレは咄嗟にシヴィルを抱きとめた。


 ぐったりしたシヴィルのか細い身体を抱き締め、

 オレは泣いた………………。


「………………ごめんね……………………………………」


 シヴィルは、もう二度とオレに笑い掛ける事は無い。





 認めたく無い過去を愛する事で消せるなら、人はどれほど楽に生きる事ができるだろう…………………………。






 人の心が壊れるとき…………………………


 なんて切ない音をたてるんだ…………………………。






 オレはシヴィルを抱いて、家へと帰った。


 オレを出迎えた母さんは、オレの腕の中で気を失っているシヴィルを見て驚いた。


「シヴィル!

 いったい、何があったの?!」


 オレは怒りに任せて怒鳴った。


「ウィスフィールドが幼い頃から散々(もてあそ)んだあげく、自分の一物をぶちこんだんだ!! 」


 母さんは息を飲み、両手を口に当てた。


「ああ神様、なんてこと……………

 あのウィスフィールドさんが………………………」


「母さん、救急車を呼んで!

 シヴィルを病院へ連れて行って欲しいんだ!

 必ずレイプされたって言って、後でウィスフィールドの裁判での証拠になるから! 

 オレは警察に行って来る!」


 ソファーにシヴィルを寝かせるオレの後ろで母さんは言った。


「リュシアン、本当にシヴィルと結婚するつもりなの?

 同情は愛じゃないのよ」


 オレは振り返り言った。


「同情じゃ無くても、父さんと母さんは壊れた

 関係無いよ…………………」





 そして裁判は開かれた。


 ウィスフィールドの罪状は、長期に渡る実子に対する性的虐待と強姦。


 検事側は八十年の禁固刑を要求した。


 しかし陪審員は、シヴィルの身体から検出された精液のDNAとウィスフィールドのDNAが一致した事と、証人喚問にフォード市長夫妻が証言した事、そしてシヴィルがレイプされた事により精神障害を受けた事を重く(とら)えて、禁固刑百五十年の実刑判決を言い渡した。


 それを受けたウィスフィールドの呆然とした顔を見ても、オレは爽快感も優越感すらも湧かなかった。


 ただ、虚しさだけが残った。



 この裁判は、アメリカのメディアが大きく取り上げた為話題になり、「サプレス」がビルボードで一位になったのは皮肉だった。


 総てが終わって裁判所を出ると大量のマスコミがてぐすねを引いて待ち構えていた。


 オレは揉みくちゃになりながら階段を降りた。


 マスコミの連中の隙間を掻き分けてジールが現れ、ジールは驚くオレの横に付くと、オレの背中を三回叩いて手を引いた。


「ノヴァが車で待ってる」


「ジール………………」


 ジールはオレの手を引きながらマスコミを掻き分け誘導して、一台の車に押し込んで自分も乗り込んだ。


 運転席のノヴァがオレを見て親指を立てた。


 車が発進するとジールは深く一息ついた。


 オレはやっと安心して頭を抱えて言った。


「有罪だ……………………」


「そうか……………………」


 オレは頭を抱えた手を強く握った。


「何も無いんだ

 ただ虚しいだけなんだ……………………」


 ジールはオレの肩を叩いて言った。


「お前がやったことは間違っちゃいないさ」


 ノヴァが言った。


「ああ、間違っちゃいない」



 裁判所からジールとノヴァに送られてロスのマンションに帰ると母さんは厳しい表情で訊いて来た。


「どうだったの? 」


「禁固刑百五十年の実刑判決が下されたよ」


「そう………………………………」


 母さんは悲痛な表情を浮かべた。


「シヴィルは? 」


「部屋に居るわ」


 オレはシヴィルの部屋を覗いた。


「エヴァースミス夫人はまた、鏡とお喋りかい? 」


 シヴィルは相変わらずオレの言葉に無反応で、鏡台の前に座り、鏡に映る自分を見詰めていた。


 シヴィルの心が苦しみの中に在るのか倖せの中に在るのかは解らない。


 ただ、安らかであって欲しいと願う。


 オレは後ろからシヴィルの肩を抱き締めた。


「ただいま」


 シヴィル………………………。


 オレのした事は間違っていただろうか。


 キミの父親を禁固刑にした事は許さなくていい。


 シヴィルを壊したオレの罪は、居るのか居ないのか解らない神に委ねよう……………………。


 それでも…………………………


 今、鏡に映るオレとシヴィルには穏やかな時が流れている。




          fin









 最後までお付き合い戴き有り難うございました。

 ラスト、ハッピーエンドを期待していた方、ごめんなさい。

 この作品を発表するに当たって、少しでも良質になるよう、助言をくれた娘と、

 24話と言う長い間、ずっと感想を下さり応援してくださった水渕成分様と、アクセスして下さった皆様に、心から感謝致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] いえ、これは先にハッピーエンドが控えているのではないかと私は感じました。 そして、この関門を抜けないと、このカップルは真のカップルになれないのでしょう。 私のこのカップルが試練を越えたと信じ…
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