ここでは無い何処かへ
かなり、アメリカの雰囲気を意識して書いたので、洋画っぽくなったと思います。
楽しんで読んで戴けたら嬉しいです。
この国は狂っている。
狂った奴が普通の人間の振りをして罪の無い弱い人間を痛めつけている。
ある意味、それは暴力よりたちが悪い。
秘密の、木立が茂る林でシヴィルは今日も大好きな絵を描いている。
シヴィルは絵がとても上手で、オレは絵を描いているシヴィルを見ているのが大好きだった。
木洩れ日に照らされて、癖っ毛の長い髪を風に遊ばせて、時々うるさそうに髪を避けてはクレヨンで真剣な顔をして絵を描いているシヴィル。
十歳のオレは子供心に、そんなシヴィルに恋をしている自覚があった。
オレは、オレが傍に居る事をシヴィルに気付いて欲しくて言った。
「シヴィル、今日は何を描いてるの? 」
シヴィルは絵の上に這いつくばった身体を起こしてオレを見た。
「魔王に囚われたお姫様を王子様が助けるお話よ
パパは言うの、ワタシには絵の才能があるって」
オレは普通にそんな事を言っているシヴィルを試す様に言った。
「シヴィルはパパが好きなの? 」
シヴィルは一瞬暗い表情をして俯きながら言った。
「昼間のパパは好きだけど、夜のパパは嫌い」
オレはその言葉に少し安心すると共に、いたたまれない悔しさを感じた。
シヴィルは暫く俯いて涙を零した。
オレが泣かしたんだと焦っていると、シヴィルは急に突かれた様にオレにしがみついて言った。
「リュシアン、お願い!
このまま何処かへ連れて行って!
ここでは無い何処かへ! 」
オレは必死に言うシヴィルを見詰めた。
オレには、その言葉の意味が解っていた。
「シヴィル………………」
オレはシヴィルの小さな手を握って言った。
「行こう!
ここでは無い何処かへ!」
シヴィルの手を握ってオレは走り出していた。
何処までも逃げよう
キミの気が済むまで…………………。
キミが安心するまで…………………。
オレは決してキミの手を離さない。
フリーウェイに出る道は知っていたけど、オレは敢えて裏道に向かった。
大人たちに見付かれば連れ戻されるのは解っていたから、道路はなるべく避けて民家の庭の木陰や軒下を選んで裏道を目指した。
シヴィルもオレも黙ったまま走った。
裏道に出るとオレは言った。
「ヒッチハイクしたら、楽に遠くへ行けるけど、不審に思われて警察に連れて行かれるかも知れないから、大変だけど歩いて行こう」
シヴィルは黙って頷いた。
オレとシヴィルは隣の州へ行く道路を南へ向かって走った。
いつしか暗くなって、空には月が浮かんでいた。
それでもシヴィルとオレは歩いた。
月の下を、手を繋いで何処までも、何処までも。
ポケットを探ると十ドル札が一枚出て来た。
どうしてそんなお金がポケットに入っていたのか憶えて無いが、その十ドルで途中のドラッグストアでポップコーンとコーラを二つずつ買った。
ドラッグストアの太った店員が怪訝な顔でオレとシヴィルを見ていた。
何でも無い様子を装ってドラッグストアを出たけど、その場からとにかく遠く離れた方が良いと思ったから、オレ達はまた走った。
本当はもうくたくたで足も痛かったけど。
きっとシヴィルも同じに違い無い。
それでも走るのは、シヴィルがあそこへは本当に帰りたく無いからだ。
オレはそれが解っていたから、これからの事を必死に考えていた。
これからシヴィルとどうやって生きて行こうかと。
パトカーが一台オレ達を追い越して止まった。
オレはシヴィルの手を引いて道路脇の茂みの中へ飛び込んで走った。
追い付かれたら最後だ!
連れ戻される!
オレもシヴィルも必死に茂みを掻き分け走った。
でも疲れていて足が思う様に動かない。
シヴィルが転んで、警察が追い付いた。
一人の警官が転んだシヴィルを捕まえた。
もう、お終いだった。
オレだけ逃げても意味が無い。
もう一人の警官が佇むオレを捕まえた。
さっき買ったポップコーンが落とした袋から零れ落ちた。
ゲームオーバーだ。
警察署の事務所の壁際にオレとシヴィルは並んで座らされていた。
女の警官が優しく話し掛けてくれるが応える気になんてなれない。
女の警官が言った。
「もう直ぐ、ご両親が迎えに来るわ」
気分は最悪だった。
シヴィルが消え入りそうな声で言った。
「リュシアン、ごめんなさい………………」
オレは言った。
「シヴィルが謝る事じゃ無いよ」
やがて血相を変えた親父と母さんと、シヴィルのパパのウィスフィールドが事務所に流れ込む様に入って来て、オレ達を探してきょろきょろした。
母さんはオレを見つけると足早に近付いて来てオレの頬をひっぱたいた。
「何て事するの!
シヴィルに何かあったら、どうする気だったの! 」
シヴィルは椅子から立ち上がると母さんにしがみついた。
「ごめんなさい、エヴァースミスさん!
リュシアンは悪く無いの!
お願い!
リュシアンを怒らないで! 」
「シヴィル! 」
ウィスフィールドが来ると、途端にシヴィルは大人しくなって佇んだ。
オレはウィスフィールドをありったけの軽蔑を籠めて睨んだ。
親父と母さんは頻りにウィスフィールドに謝った。
ウィスフィールドは言った。
「大事な一人娘なんです
こう云う事は大変困りますね」
親父はオレの頭を抑えつけて頭を下げさせた。
「申し訳ありません、ウィスフィールドさん
今後はこう云う事は無いよう、よく言って聞かせます」
オレは眼に力を籠めウィスフィールドを睨んだ。
このまま眼の力で殺せたらいいとさえ思った。
そして、そう思うのと同時に子供のままでは本当の意味でシヴィルを救い出す事はできないと悟ってもいた。
読んで戴き有り難うございました。
タイトルの硝子の肖像は、当時ヴィジュアル系ロックバンドのLaputaの硝子の肖像と云う曲のプロモーションビデオ見て思い付いたストーリーで、そのまま、タイトル戴いちゃいました。
25話4万4千字の結構長編です。
長いですが最後までお付き合い戴けたら嬉しいです。




