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秘密

執行を待つ死刑囚の気持ちとはこのようなものか。いっそすべてを投げ出して逃亡しようかとも思ったが、ノロワレの身の次郎に隠れるすべはない。


そもそもノロワレでなければこのような事件も起きなかったのだ。まさにこれは、呪いだ。畜生、司書女王…


 散々頭を抱えて我が身を嘆いても、状況は変わらない。次郎の性格上、逃げ隠れするより振り下ろされる斧を受ける方が気が楽なのだ。


――この首が落ちれば全部の問題が解決するんだが。


朝を迎えた頃には、もはや自嘲と悔恨の気持ちしか無かった。

 

 結局予定どおり出勤した次郎を待ち構えていたのは、一枚の付箋だった。


――「放課後、1-B教室で」


明らかに女性の筆跡で書かれた付箋は出席簿に貼られて、ひらひらと揺れていた。


◆◆◆


石を飲み込んだような気分で次郎が教室のドアを開けると、片隅の席にちょこんと座る人影があった。背中を向けているが、間違いなくフクだ。


ドアを開けっ放しにしておこうかと思ったが、話が話なので問題がある。ドアを締めてフクへ向き直るも、どこまで距離を詰めて良いものか迷って次郎はその場に棒立ちになった。


――ここまで居心地の悪い思いをするのも何年ぶりか。


「すまん」


次郎は立ったまま、頭を腰の高さまで下げた。


「俺が自分の気持ちだけで先走りすぎた……何と非難されても言い訳は出来ない」


椅子を引く音がした。フクの足音が次第に近づいてきて、次郎の数歩手前で止まる。

虎頭でなければ脂汗が流れているところだ。


「……気持ちって?」


かすれた声。しかし何はともあれ口を聞いてくれたことに次郎は安堵する。黙った女は殊の外苦手だ。


「福来が俺を……」そう言いかけて口ごもる。


殺そうとしていたと?今となってはあまりにも馬鹿馬鹿しい。

「いや……これは言い訳になってしまう」結局次郎は思いとどまる。


外典の輩のことは口に出せない。

情報が漏れれば捜査にも影響を及ぼす上に、真柄校長の立場も危うくする。冒険者業界全体をも危うくする話を、学生に聞かせるわけには行かないのだ。


「何言ってるのか分かりません」


フクの語調にいらだちが混じってきた。


「も、もっともだ。俺は…俺はただ責任を取りたいだけだ」


「責任の話なんてどうでもいいです。私は、先生が私のことをどう思ってるか知りたいだけです」


責任はどうでもいい?次郎は混乱してきた。フクをどう思ってるかだって?


「大切な存在だ」


次郎は顔を起こし、フクを見据えた。窓を背にした逆光でフクの顔は影に沈んでいる。


そう、フクも含めて生徒は皆―――


「俺の未来を賭けられる、そんな相手だと思っている」


そうでなくては困る。こいつらがジェムを取れなければ、俺はもう一度図書館には戻れない。生徒は全員、そのための贄なのだ。


目が光に慣れてきて、ようやくフクの顔が見えていることに次郎は気付く。


――メガネをしていない。


いつもならきっちりと編まれていた三つ編みは、やや緩くなっており、引き出された遊び毛がキラキラと夕日を反射して輝いている。学生然としていた以前のフクの面影は無く、一晩にして大人の女性の雰囲気すら漂わせていた。


大きく見開かれた目、紅潮した頰。フクが怒るのも無理はない、と次郎は目をそらした。


「それって…」


口を開いたフクを手で制して、次郎は続けた。


「言い方がじれったいのは分かる。しかし俺にも立場がある。お前が学生である以上、全ては告げられない」


「……教師と、生徒だから?」


「そうだ。代わりに責任は取る。気の済むようにして欲しい」


次郎を見つめていたフクが目を伏せた。長いまつげが影を落とす。


「先生の気持ち、分かりました。そういうことなら私も受け入れます」


謝罪を受け入れてくれたということだろうか。次郎は希望の光明が差すのを感じた。

フクがなおも続ける。


「私……考え無しで、先生のこと……大人の男の人に対する態度じゃなかったと思います。生徒とはいえ、女性があんなことをしたら……先生だって冷静じゃいられないですよね」


――んん?何の話だ?

フクの話の要点が分からない。


「でも、私だって驚いたんですよ!?急にあんな……最初は裏切られた気持ちで一杯でしたけど、一晩考えてみたんです。思い返したら恥ずかしくて……私、そんなつもり無かったけど……ううん、心の何処かで少し望んでたかもしれません」


――ますます分からない。フクは一体何の話をしてるのだろう。次郎の混乱は深まるばかりである。


「だから先生の答えを聞いて……私も自分の気持ちに確信が持てました」


「ちょ…ちょっと待ってくれ。どういう意味だ?」とうとうたまらず次郎は遮ってしまった。


頬を赤らめて潤んだ目で、フクは次郎を見つめる。

思わず息を呑んだ次郎に、一歩、フクが距離を詰めた。


柔らかい感触が次郎の頰にあたり、それがフクの唇だということに気付いたのは数瞬のあとだった。


「私も、先生が好き」


少し笑みを含んだフクが上目遣いで次郎を見る。


「だから……内緒の彼女に、なってあげます」


それだけ言うとフクはパッと離れ、昨日と同じようにカバンを拾い上げると出口へ駆け寄った。

そこでくるりと振り向いて、次郎に向き直る。


「卒業までは、秘密にしますから」


微笑みを残してフクは駆け去っていった。


昨日と同じように取り残された次郎は、やはり。

黄昏に沈む教室の中で、がっくりと膝をついたのだった。


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