小娘は相手にされないのは知っていましたが頑張りました
娼婦の訓練は毎日というわけでもなかった。
休みの日はあった。
その間にひたすら交渉と相談を繰り返していた。
「一番近いのは、グリーンドラゴンだ」
ニールの話。
「グリーンドラゴン、ですか」
「竜種はわかっているだけでも100種をこえている。遠距離からの氷攻撃を考えるに、もっともやっかいなのはブレス攻撃だ。グリーンドラゴンは、ブレス攻撃がない」
「なるほど」
「飛ぶこともできないから、近接戦闘がメインだ。最初の獲物にはふさわしい」
「気をつける点は」
「近接戦闘では無敵だ。鱗は堅く通常の武器では傷つかない。リーチも長い。鉤爪でやられれば一撃だ。とにかく距離をとることがすべて」
「氷魔法の使い手の距離を事前にはかるべきですね…」
「そうだ。事前に獣で試しておくべきだ。グリーンドラゴンの距離は…そうだな40林は離れないと」
「わかりました」
「しかし、そのような氷の使い手が見つかるかどうか」
「そうですね。それと退治すること自体が目的ではありません。竜の素材を解体し、持って運ばねばなりません」
「解体か…」
難しい顔をしたニール。
「片道でも7日はかかる。鱗以外は腐るぞ」
「それこそ、氷魔法で凍らせれば?」
商隊でも魚を運搬するときには、氷魔術で凍らせる等をお願いしていたのだ。
それ専門で暮らしている人もいる。
「…ふーむ、たしかに。しかし、竜戦のあとにその余力が残っているかな?すさまじい量になるだろう?素材は」
「たしかに」
そうすると二人は必要になる。考えることは多かった。
ニールとの話が終わると魔法ギルドへ。
各街には魔法使いに依頼や斡旋ができるギルドがあった。
「こんにちわ」
「よう、お嬢ちゃん」
このギルドの人は、わたしのような小娘でも客として扱ってくれる。
ありがたかった。
「はい、この前の依頼に追加がありまして」
「遠距離攻撃できる氷使いだな。他に必要なのかい?」
「はい、大量の素材を凍らせる必要があるんです」
「ふむ、しかし、結構な金額になるぞ」
「前金はそんなにお支払いできません。全部で10枚程度、でも成功報酬なら百枚は」
「ふむ、依頼としては十分だ。失礼だが、前金は確認できるかい?」
「今、持ってきています」
十枚見せる。
「たしかに。わかった。引き続き周辺の街に依頼をかけ続ける。そうだな。あと一月まってくれるか?」
「よろしくお願いします」
そして最大の難関。
わたしとしては氷魔法はなんとでもなると思った。問題はこっちなのだ。
「やはり、だめですか…」
「すまんね、嬢ちゃん」
竜の素材を持ち運ぶキャラバン。
この手配ができない。
キャラバンは賭みたいな依頼を受けないのだ。
後から払う金が大きくても、いや、だからこそ賭に見える。
ましてや賭ける相手が小娘だ。
「…どうにか、しないと」
悩みながらも、もう一つの懸案事項を解決しにくる。素材の売り先だ。
「…ずいぶん小さいな」
店主は無感動にいった。
「竜の素材を売りたいのです」
「…部位はなんだ」
「全部です。鱗から血から、心臓まで」
「…正気か。世間知らずなのか」
「詳しくは明かせません。竜の素材を持ってきたら、買ってもらえますか?それだけです」
「…竜種はなんだ」
「グリーンドラゴン」
「あの鱗を突破して殺し得たところで、素材など…」
「そのような心配は不要です。買ってもらえますか?無理ですか?」
「…ブエル山脈にいるグリーンドラゴンだろう?鱗はともかく、臓器や肉は腐る」
「氷漬けにします。血もです」
「…」
店主は呆れているようだ。
「いや、おまえが正しい。そうだ。持ってきたら買い取る、それだけの話だな。いいだろう。今から価格表を書く。それが契約書のかわりだ」
「ありがとうございます」
あっさりと。この人は話がわかりそうだ。
「ついでに、解体する人と、運ぶ人紹介してもらえませんか?」
「お、おでで、いい、のか?」
「はい、お願いします」
店主、オルグナは、呆れながらも紹介してくれた。
それが獣の解体を行う、グリー兄弟とその仲間たち。
こういった獣の解体は被差別階級が行う。
ろくに教育も受けられないため、言語も不明瞭だ。
「少し大きい獣がターゲットです。でも、鱗を剥いで、臓器を取り出す。そのことに違いはありません」
「…おお、きい、けもの?」
「ドラゴン」
「ほ、ほん、き、でか?」
「あなた方は戦う必要はありません。戦いが終わるまで離れてください。ただし、戦いが終わったらすぐ駆けつけてください」
「そ、そうでか。ならば、まあ」
「大量の素材が必要ですから、荷台を率いる必要があります。それもお願いしたいです」
「う、うまなら、まあ、慣れてる」
これでキャラバン問題は解決した。
娼婦の勉強は正直役にたった。
こういう授業が続くならもう少しいたいぐらいだ。
「大変に失礼いたしました」
謝る練習。
礼儀作法は特に役にたつ。
そんな勉強したことなかったしね。
「メイル、あなたは筋がいいです」
「ありがとうございます」
先生から誉められた。
「あなたの希望はなんですか?上級娼婦ですか?貴族の妾?」
「貴族の妾ですが、できれば使者もこなせるようになりたいです」
先生はうなづいた。
妾は単なる貴族の付属品だが、使者もこなせるようになるというのは、一個の人格として尊重されるということ。
ただし、それ相応の教養が必要になる。
わたしは妾にもなる気はないが、希望を大きくして、時間を稼ぐつもりなのだ。
「…来月貴族の方が見えられます。あなたはもしかしたら選ばれるかもしれませんね」
それは困る。
しかし、可能性は高いのかもしれない。だから、それまでに成功させないといけない。
一月後、魔法ギルドより手紙が来た。
「そろった…」
いよいよだ。
準備は整った。
「…はあ?ドラゴン?」
都より来た氷魔術師のミリアムさんは驚いて騒いだ。
「これから説明します。ニールさん、お願いします」
「ああ。では始めるぞ」
ニールにも来てもらっている、わたしから言うよりも説得力が違うと思ったからだ。
「…な、なるほど、そんな、考え方が」
ミリアムさんは呆然と言う。
「早速やってみよう。イメージはわくか」
「…首の下、右ね…」
40林離したところに獣を縛っている。
ドラゴンの動力と同じ位置にある獣。
『つぶさに、凍らせよ、凍てつく妖精よ、その力を』
呪文を唱え終わると
「ぶぎゃ」叫び声
そして
「死んでる」
「…ま、まじで」
呆然とするミリアムさん。
「よし、では予定通り明日出発だ」
「わ、わたしは?」
もう一人の氷魔法使いのエノームさん。
「あなたにお願いしたいのは素材の冷凍です」
「そうか、って、わたしは攻撃しなくていいの?」
「一人でいいんです。動力を止めればそれで終わりです」
娼館には休みをもらった。
さすがに二週間帰らないとは言えない。
まあ、戻ったら死ぬ気で謝ろう。 失敗したら未来はない。
それだけの話だ。
道中は早かった。
想定以上にグリー兄弟とその仲間たちは優秀だったのだ。
ひたすらに移動。
わたしのいたキャラバンの倍近いスピード。
わたしや魔法使いは荷台に乗っている。
「…メイル、あなた、これ成功すると思ってる?」
ミリアムさんが聞いてくる。
「はい」即答
「で、でもさ、ドラゴンなんだよ、ブレスとか…」
「グリーンドラゴンはブレスはできません」「だ、だとしても、飛んだり」
「翼はありません。だから、崖を挟んで対峙すれば勝てます」だめなら破滅だ。それだけの話。ミリアムさんは黙る。
そうこうしているうちに
「…いましたね」想定より3日はやく、グリーンドラゴンに会えた。
グリー兄弟に固有の名前は無く、「兄貴」「弟」と呼ばれています。
被差別階級だとよくある話で、本当は「次の弟」「次の次の弟」「妹」もいましたが、既に亡くなっています。
「40林離れた」
の「林」は距離の単位で、1林あたり大体20mです。
800m先の獲物を狙っている計算になります