売るものがないなら、自分を売るしかないじゃない
道中、その人はずっと考え込んでいた。
話ができる雰囲気ではなかった。
でも、私も一生懸命考えていた。
この人の話は、私の人生を変えられる。
だからこそ、私はこの人に認められないといけなかった。
この人が認めるようななにかを提示しないといけない。それを後押しするような事件がその日起こった。
「ん、んんんん!?」
夜、馬の世話をしていたら突然襲われたのだ。盗賊ではない。
知らない人間が近づけば馬は気づく。馬の御者のカグルさんだった。
「おとなしくするんだ。最近ずいぶんいい体になってきたじゃないか。味見させてくれよ。娼館に売られるんだろ、お前」
こういうことをするタイプとは思ってもいなかった。寡黙で、私にも優しくしてくれていて。
女の身体が成長するとはこういうこと。
襲われても文句も言えない。
でも、わたしは
「いてっ!」
手を思い切り噛む。
御者とは言え逆らった。
こうなればもう小娘の立場などない。
このキャラバンに居場所はなくなる。
でもそれで良かった。
わたしは。
「助けて!!!」
大声で叫んだ。
「…そうか」
隊長と話し合い。
カグルに襲われたこと。
抵抗して傷つけたこと。
その結果としてキャラバンを離れること。
「離れるタイミングとしては悪くは無い。おまえは美人に育ったんだ。ふさわしい場所に行くべきだ。街についたら紹介しよう」
「はい」
頭をフル回転させていた。これからの私の計画。まずはお金が必要だ。
隊長からキャラバンの皆へ、私がカグルさんに襲われ抵抗したこと。
その結果キャラバンを離れること。
そして街に娼館にいくことを伝えられた。
「もう彼女は商品となる。絶対に手出ししないように。カグルとのいさかいは両者不問とする」
私の罪は、離脱することで無しに。
カグルさんの罪は、本人が娼館に行くと決意する前だから無しに。
この差。知ってはいたが、そうなのだ。
これが現実。
「そうか、嬢ちゃん、娼婦か」
「きれいに育ったもんなぁ」
「これからもっと美人になるんじゃないか」
みな褒めてくれる。
でも娼婦などやる気もない。
あの人のプランだ。
私は自分でキャラバンを持つ。
その足がかり。
竜すら殺せるその方法。
絶対にお金儲けできる。
そこに食い込む。
目的地は間近。
「街に着いたら」あの人に話しかける。
「…なんだ」
「お話があります。ここでは言えません」
「なんの話だ」
「龍殺しの話」
「!!!」顔を歪める。
「無論考えた、しかし前提条件が多すぎる。整理しないといけない」
「私はあなたの知識にお金を払う。実行は私が行う」
「お前が?」
「無論、魔法も使えない小娘一人で、なにができることもない。それについての相談です」
「…わかった。街の図書館に来い。しばらくそこに滞在している」
「わかりました」
これでいい。
話を聞いてくれる環境は整えた。
次だ。今度は娼館。
私一人ではなにもない。
その為の足掛かりとして使う。
「彼女は2年キャラバンについてきた。まれにみる体力ですよ。肌の治りもはやい。しばらく療養すれば、美しい肌に戻るでしょう」
「…ふむ、素晴らしい」
隊長が一生懸命売りこんでくれる。
「村から出てキャラバンに一生懸命尽くしてくれました。そろそろ女として成熟するころです。ここのようなちゃんとしたところで育ててもらえれば、こちらも安心だ」
「その御期待は裏切りませんよ、ラレール様。私どもは女性は商品だと思っている。だからこそ、大切に、慎重に取り扱います。自分のところの商品を乱雑に扱う商人など、失敗するにきまっている。しかし、娼館ではそのようなところは多いです。嘆かわしい話ですな。話がそれました。彼女は素晴らしい。なにが素晴らしいってその語彙力だ」
語彙力?
「旅をしてきたからでしょうな。話がうまい。人を喜ばせる才能がある。言葉が多いのです。むろん教育はしますが、教育したものよりも上だ」
娼館の人は満面の笑みで微笑む。
「すぐにでも使い物になるでしょう。それでは交渉です…席を外してもらえますかな」
こういう交渉には本人はいさせない。席を外そうとするが
「待ってください。売った金は彼女に渡したいのです」
「なんと」
「彼女を買い取った金額はとっくに取り返しています。貧乏旅団で苦労ばかりさせたのに、明るく盛り上げてくれた。せめてものお礼というか」
「そうですか、素晴らしい話だ。わかりました。ではいかほど」
相場がわからなかった。
困惑した顔を隊長に向けた。
「相場は」
「ふむ、金20枚からというところですね」
金20枚!?私は銀2枚で売られたのだ。
「金30枚あれば生活には困らんぞ、どうだ」
「隊長にお任せします」
「そうか、では30枚だ」
「すぐに用意させましょう」
予想と違ったが、すぐ金を手に入れられた。
「あの、自分を買い戻す時の金額ってどうなるのでしょう?倍ですか?」
聞いたことがあった。
娼婦も結婚はできる。
だが娼館から買い戻さないといけない。
それは養育費等があるので、売った値段より高くなるのだ。
「その通りです。あなたが出るのに必要な金額は60枚になる」
考え込んだ。
60枚は大金だ。
用意できるか?
いや、しないといけない。
それぐらい稼がないと意味が無い。
準備金は30枚あったほうがいい。
人を大勢雇うのだから。だから
「よろしくお願いいます」
隊長に金貨を数枚渡した。
断ったが渡さないわけにもいかない。
残りの金貨で成し遂げるのだ。
タイムリミットはすぐだ。
私はこれから娼婦の勉強をさせられる
ぐずぐずすればあっという間に娼婦の完成。
そうなる前に。
「貴族マナーを徹底してもらう」
「かしこまりました」
幸い、その娼館は、私を高く評価し、貴族の妾として売り込もうとしていたのだ。
なのでその教育には時間がかかる。
性技よりも、社交辞令の勉強の方が気が楽だった。
そして、あの人。
馬車で一緒になり、ドラゴン殺しのアイデアを出した、二ール・フリルセンさんとの話し合い。
私は自らを売って金を作ったこと。
あなたの知識が欲しいこと。
あなたは知識を売ってほしい。
私はそれを実行する。
そう売り込んだ。その結果乗り気になってくれたのだ。
彼曰く
「自分の安全の確保の問題が解決できないのだ。代わりを勤めてくれるならば本当に助かる。しかし、それで金は折半でいいのか?」
そう折半。
「はい。知識はそれぐらい、尊いのです」
「そうか。それではよろしく頼む。」
そこから、ニールとの長い、長い付き合いが始まった。
金貨は1枚10万円。
銀貨1枚は1万円。
銅貨1枚は100円。
鉄貨1枚は1円。
ぐらいの感覚です。
メイルは2万円で親に売られて、300万円で買い取られたみたいな話です