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死に至る病

作者: ああああ

「高良くん」

「はい、何ですか? 会長」

「君に伝えなければならないことがある」

 今日は思わず空気を胸いっぱいに吸い込みたくなるようなさわやかな秋晴れが一日中続いた。今の時刻は午後五時、日は既に沈んで、そっと包み込むような夕闇が生徒会室の外に広がっている。

 ぼくと会長はちょうど仕事と後片付けを済ませ、もう後は席を立って帰るだけ、というタイミングでその言葉は放たれた。

向かいに座る生徒会長を見やる。会長は司令室にいるときの碇ゲ○ドウのような様子だった。つまり、両肘をついて口元を隠すように手を組み、真剣な表情でこちらを見据えていた。

ぼくはその真剣な様子に思わず息をのむ――でもなく、こちらをまっすぐに射抜く視線に自然と姿勢を正す――でもなく、単にぼんやりと応えた。

「あー、はい。何ですか?」

「大事なことだ」

 会長はぼくに向けてというより、自分自身に言い聞かせるようにそう告げる。

「……とても、大事なことなんだ」

 あきらめたように首を振りながら、もう一度そう言った。

「会長……まさか……」

「ああ……」

 そして、彼女は決然とその決定的な言葉を口にした。


「実は……私は今日限りの命なんだ。原因不明の奇病に冒されてしまったんだ」


「あ、そうですか。それじゃあ、ぼくは帰るんで。お疲れっしたー!」


「おい待て」

 ぼくはさっさと席を立って生徒会室を出ていこうとしたが、ドアの前で鞄を掴まれてしまった。

 ぼくは心底面倒だなと思いながら振り向いて言う。

「なんですか」

「いや、もうちょっとあるだろう、何か! 私、今日限りの命なんだぞ? 明日はもう会えないんだぞ! 『お疲れっしたー!』ってそんな、バイト終わりみたいなテンションで流していいレベルの話じゃないだろう!」

「いやまあ、ぼくと会長の関係って、言うなればバイト店員と店長みたいな関係なわけじゃないですか? そりゃバイト終わりのテンションになりますよ」

「いやならないだろう! 仮にその関係だったとしても、店長が余命一日でそのノリはないだろう、バイト店員! 翌日からバイト先なくなるし!」

「そこはほら、雇われ店長なんで。代わりの人がすぐ来ますから」

「慈悲がなさすぎる!」

 ショックを受ける会長。だけれど知ったことではない。これに真面目に付き合っていると日が暮れてしまう。いや、もう今日はとっくに暮れているんだけど。

 けれどもしょんぼりした会長を見ていると少しかわいそうになってしまった。のろのろ席に戻ると、会長の顔はぱあっと明るくなる。いや、余命一日の人はそんな明るい顔しないよね。表情がころころ変わるのは会長の魅力だからいいんだけど。

 会長も席に戻り、こう切り出した。

「それで、何か私に訊きたいことはないか?」

「会長、シャンプー変えました? いい香りですね」

「おっ、そこに気付くとは! そうだろうそうだろう、これ高かったんだからな、さすが私の右腕……っておい!」

「なんですか?」

 ぼくは会長が怒り出した理由がすっかりわからず、困ってしまう。

「女子はシャンプー変えたの気づかれたらうれしいものじゃないですか?」

「ああ。一般的にはな。わたしもうれしかった」

「じゃあいいじゃないですか」

「しかし全ての女子がそうというわけではないし、普通は好意を抱いている相手だけだぞ。わたしは気にしないが、無関心な異性から『シャンプー変えたの?』って言われたら、普通は引く。ドン引きする。気を付けろ」

「はあ、肝に銘じておきます」

 そうぼくが言うと、会長はいかにも満足気に腕を組んで目を閉じた。

 それから目をくわっと見開いた。

「いや、余命一日なのにシャンプー変えたことに気付かれても!」

「ツッコミが遅いです、会長」

「くっ、私としたことが……。それで? 他に訊きたいことは?」

 うーん、とぼくは少し考えて言う。

「ないですね」

「ないのか!? いやあるだろう! ほら、私は最初になんて言った?」

「『高良くん』とぼくの名を呼びましたね」

「もうちょっと後のほう! ほら、余命一日の原因の。原因不明の……」

 そこで言葉を切り、ちらちらと期待する眼差しをこちらに向けてくる。

「奇病、ですか」

 ぼくがあきらめてその言葉を口にした瞬間、会長の口元がうれしそうに緩んだ。だから余命一日の人の反応じゃないだろそれ。でもうれしそうな会長を見るのは好きなので気にしないことにした。

「原因不明の奇病! いったいどんな病気なのか、知りたくないか?」

「わ―知りたいでーす」

「棒読み気味なのが気になるが、いいだろう。その病気の名は……」

「名は……?」

 そろそろ面倒になってきたので、こちらも真剣な表情を作って、ごくりと息をのむ。

 会長はその名を告げた。


「『今川焼症候群』だ」


「は?」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

「だから、『今川焼症候群』だ」

「えーと、聞かなくてもわかる気もしますが、どんな病気なんですか?」

「ああ……」

 もったいぶって間を取ってから続ける会長。早く帰りたい。

「この病気を発症した人間は、二十四時間以内に今川焼を食べないと、死ぬ」

「今川焼の販促のためにあるような病気ですね」

「そうだな。もしかしたら巨大今川焼メーカーの陰謀によって人工的にばらまかれたウイルスが原因なのかもしれない」

 真顔でそんなふざけたことを言う会長。今川焼メーカーは、いくら巨大といってもウイルス開発は専門外の外なのではないだろうか。

「というか二十四時間以内なんだから、明日の昼間にでも食べてくればいいんじゃないですか? 明日、土曜だし」

 そう突っ込むぼくに、悲しそうに首を振って会長は答える。

「私が発症したのは昨夜だから、それでは間に合わない」

「あと余命数時間しかないじゃないですか……」

「そうだな。だから、このタイミングなんだ。駅の近くの和菓子屋が閉まるのは午後七時……タイムリミットは、実際はもっと短い」

「そうですね。じゃあ行ってらっしゃい」

「? 君も行くんだぞ?」

 立ち上がりかけたぼくに不思議そうな顔でそう声をかけてくる会長。

「ああもうわかりましたよぼくと今川焼を食べに行きたいんですねさっさとそう言ってください!」

「いや、実は今川焼症候群は既に君も感染していて……」

「そういうのいいから! 行きますよ!」

 そう言って鞄をひっつかんで生徒会室の扉を乱暴に開け、ぼくは早足で出て行く。おい待て、と言いながら会長が鍵を閉めてあわてて追ってくる。

「なんだ急に……。そんな調子では、おいしい今川焼もおいしくなくなってしまう」

「既に設定崩壊してますけど、余命が迫ってる割には本当にのんきですね!」

 それからは今川焼症候群の仔細についてあーだこーだと喋っている会長の話を聞き流すうちに、駅前の商店街の和菓子屋に着いた。


「今川焼、つぶあんを二個」

 会長が注文を済ませる間、ぼくは隣で会長の向こう側に並ぶ今川焼を見るふりをしながら、その横顔をじっと眺めていた。

 会長は綺麗だ。凛とした佇まいに。見る者の心をかき乱し、同時に穏やかにもさせる悪魔的な微笑。言葉遣いこそぶっきらぼうだが、その行為の端々から感じ取れる芯の部分の優しさ。その外見と内面が、そしてそれらの調和した姿が、たまらなく「綺麗」なのだ。それは学校中に知れ渡っていて、だから生徒会長にも圧倒的支持を得て当選するし、バレンタインデーにもらったチョコの数が三桁に達したというのもうなずける。

 けれど、ふざけたり、びっくりしたり、冗談の範囲で怒ったり、時には少年のようにいたずらっぽい笑顔を見せる彼女の姿を、ぼくは教室や廊下では見たことがない。

 ぼくにだけ、なんだろうか。

 頭を振って恥ずかしいことを思い浮かべた自分を消す。

 別のことを考えよう。にしても会長はなぜこんな回りくどい真似をしたのだろう。言ってくれれば普通に付き合うのに。

 ――それは彼女が「綺麗」だから? 男女の関係として、近づきたいから?

 違う。

 単に親しい間柄だから。

 それは本当の理由だろうか? また思考は望まない方向へ逸れていく……。

「おい」

 はっと気が付くと、手に紙袋を持った会長がぼくを覗き込んでいた。

 その睫毛の長さにびっくりして、思わず飛び退いてしまう。

 会長が無邪気な笑みを浮かべて言う。

「君、今川焼症候群の副作用が出ているんじゃないか? 物事に驚きやすくなるらしいぞ」

「……そうかもしれません」

 そう返すと、会長は目を丸くした。普段のぼくなら冷たくあしらう場面だったからだろう。

 ぼくは会長の隣に座って、温もりを持った今川焼を受け取った。

 甘い。生地も餡も、それぞれが優しい甘さでぼくを癒した。


 これで病気も治った、あと八十年は生きるぞ、なんてふざけたことをまだ言っている、女子なのにぼくと同じ背丈の会長を一目、気づかれないようにちらりと見て、また今川焼に目を落とす。

 ――願わくば。

この鳴りやまない胸の内の早鐘も、今川焼症候群とやらの副作用であってくれればいいのに。


今川焼がおいしかったので書きました。


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