7.乙女のお茶会
ささやかながら、お茶会を開きました。
ムーリエ公爵家邸宅のガーデンテラス。そこに仲の良いご令嬢を二人……いや、三人招いた。
私と同じ年のマリー。三つ下のヴィオラちゃん。それから、齢五歳のローズちゃん。
本当はマリーとヴィオラちゃんだけだったのだけれど、ローズちゃんが私のお屋敷のお茶会だと知って「いきたい!」とごねたらしい。増えて困ることもないし、私は快く了承した。
ただし全員クラヴェリ家のご令嬢。
少し、話したいことがあったからね。
三人とも、クラヴェリ家らしいブラウンの癖毛を背中に流して、それぞれ名前に相応しい色のドレスを着ている。
マリーはオレンジ色のロココ調のドレス。オレンジでも控えめな色と、フリルもあまり使わないタイプの型だからか、そんなに派手には見えない。
ヴィオラちゃんは紫色のバッスルドレス。散らされた金の刺繍がとても上品で美しい。
ローズちゃんもピンクのロココ調のドレス。ふりふりのフリルがお人形さんのようでほんとうに可愛らしい。
対する私はヴィオラちゃんと同じく最先端のバッスルドレス。ベージュを基調に小さな花の刺繍をふんだんに散らしてある。
ガーデンテラスに置かれたテーブルを四人で囲み、最初は互いのドレスを誉めあった。
色が綺麗ですねーとか、刺繍が素晴らしいですねーとか。まぁ、ありきたりの賛辞。
それが終わると、ようやく女子トークが始まる。
「ねぇアンリエット、先日贈った個展、見に行かれた?」
「もちろん。とても面白い絵が沢山あったわ」
ふふふとマリーが話しかけてきた。
「あの絵に隠された秘密の絵にも気づいたかしら?」
「あぁ、あれでしょう? 妖精とか、バレリーナとか。途中で気づいたので、全部は気づかなかったのだけれどなかなか興味深かったわ」
「すごい、アンリエットお姉様ご自身で気づかれたの?」
ヴィオラちゃんが驚いたように言うけれど、残念ながら自分一人では気づかなかったのです。
「それがお恥ずかしいことに、一人じゃ気づけるかどうか五分五分だったの。たまたまそこに居合わせたヴァーノンに教えてもらえたのよ」
「あら、ヴァーノンに?」
「ヴァーノン!」
意外だったのか、マリーがちょっと目を丸くした。ローズちゃんは知っている名前が聞こえたからか、私の膝の上で体を揺らした。
「こらローズ、大人しくしてなさい。ただでさえはしたないことをしてるのに……」
ヴィオラちゃんがローズちゃんを叱る。ローズちゃんが可愛く舌を出してべーってした。可愛い。
「おねえさま、うるさいですわ。ローズはアンリエットおねえさまのおひざがいいのです」
あぁん、可愛い~!!
「ローズちゃん、可愛いからクッキーをあげましょう」
手を伸ばしてジャムののったクッキーを一つつまんで、ローズちゃんの口元まで運ぶ。ローズちゃんはぱくんっとかぶりついて、にこにこと頬を膨らませた。
「もう、ほんとにローズはアンリエットが好きねぇ。アンリエット、餌付けもいいけどほどほどにね?」
「だってローズちゃん可愛いから」
「アンリエットお姉様はいつもローズに甘いんだから」
「ヴィオラちゃんも可愛いからクッキーをあげましょう」
「お、お姉様! 私もう子供じゃないのですよ!」
そんなこと言われてもねぇ?
「私からしてみればまだ子供よ。ねぇ、マリー?」
「そうねぇ。ヴィオラもデビューしたら大人扱いしてあげるわ」
二人でふふふと微笑みを交わす。
ヴィオラちゃんがそれにムッとする。あはは、おこりんぼの顔も可愛いわ。
クッキーをほれほれとヴィオラちゃんの前に持っていく。むぅ……としながらも、もぐっとかじってくれた。
「そういえばマリー、あなた、もうすぐ婚約すると聞いたのだけれど本当?」
「ええ、そうなの。ようやくお父様を説得することができたの」
「それは良かったわね」
マリーは次女だから、長女ほど優先順位は高くないけれど、やっぱり結婚相手は両親が決めるもの。ある程度、相手を自由に選べるけれど絶対とは言えないから。
「マリーお姉様ったら、せっかくなんですから今のうちにのろけておいたらどうです? お屋敷ではいつもいつも話し相手にさせられて……」
すんっと済ました表情でブレンドティーを飲みながら、ヴィオラちゃんがそんな事をいう。
「あら、そんなにのろけてるの?」
「いえ、そんなには……」
「のろけてるー」
ローズちゃんにまで言われてるじゃないの。なに、どれだけマリーってば普段のろけてるの?
「おねえさまはね、いつもね、レイモンレイモンっておっしゃるのよ」
「ちょっと、ローズ!」
ふにふにのほっぺをもこもこと動かしてローズちゃんが教えてくれる。うふふ、ほっぺむにむにしたいなぁ、可愛いなぁ。
慌てたマリーが声をあげるけど、ローズちゃんはそんなことはおかまいなし!
「マリーおねえさまね、パーティーがおわるとへんになるのよ。レイモンさまのおなまえいうだけで、まっかっかなの」
「そうなの~」
「おてがみがくるとね、ぜったいにおへやにはいっちゃだめよっておこるのよ」
「あらあら~?」
「ローズ~!」
顔を真っ赤にするマリー。あらまぁ本当に態度に出るのねぇ。
レイモンって確かゴルマール家の長男だったわね。同じ伯爵家同士、家柄は問題ないし、女性関係も潔白。縁談の相手としては申し分ない。
素敵じゃない~! いいじゃない~!
意中の相手と婚約できるなんて、そうそうないものね~!
「ねぇ、レイモン様とはどこまでいったの?」
「どこまでとは?」
「握手? キス? それとも……」
「おおおおお姉様! ローズがいるので! ローズがいるので!」
ヴィオラちゃんが顔を真っ赤にして遮ってくる。え~、これを聞くのが醍醐味なのでは?
マリーも頬を朱に染めて、明らかに話題をそらしてくる。
「そ、そんなことよりもアンリエット。貴女こそ、浮わついた話の一つや二つないのかしら?」
「私?」
いや、私に浮わついた話があったらヤバイんですけど。
仮にも私、第三王子殿下の婚約者よ? 王太子ほどではないにしろ、そんな浮わついた話があったらスキャンダルだわ。
「それ、本気で言ってる?」
「恋をするのは自由ですもの! 婚約者がいようと、走り出した心は止められないのよ!」
いや、走り出した心なんてないので……って、駄目だわ、これ恋する乙女状態だわ。
「ヴィオラちゃーん」
「駄目ですよアンリエットお姉様。この状態のマリーお姉様は止まりません」
ヴィオラちゃんがあきれる横で、くねくねと身をよじらせるマリー。
「アンリエットも恋をすれば分かるわ。いつもいっていたじゃない、恋人らしいことをしてみたいって。素晴らしいわよ、頂く花束は特別可憐に思われるし、一緒に頂くお茶はお砂糖がなくても甘く感じるの。世界が変わってみられるのだから」
耳まで真っ赤にしてしまってまぁ……。
私はローズちゃんを見る。もくもくとカップケーキにかぶりついてる。うふふ、可愛い。もっもっと膨らんだほっぺをむにむにつついてやれば、不思議そうな顔をしてこちらを見上げる。
「たべる?」
「一口だけいただこうかしら」
えへへ、ローズちゃんに「あーん」ってしてもらっちゃった。あーんって……
……不意に思い出される誰かの面影。私が口に含んだフォークに残ったクリームを舐めとる、彼の姿。
あっ、だめ、それはだめ。思い出したら止まらない。あの時のドキドキが押し返してきた。
口元を抑えて黙ってしまった私に気づいて、ローズちゃんが首をかしげる。
「どうしたの?」
「……美味しいなぁと」
大丈夫かしら、顔赤くなってないかしら。こんなの知られたら絶対に冷やかされるわ!
じとっとした視線がこちらを見ている気がしてそちらを見ると、ヴィオラちゃんがこっちを見ていた。やれやれといった体で首を振る。
「アンリエットお姉様は小さい子がお好きですものね。もう少し殿方にも視線を向けてみればよろしいのに」
「あ、思い出した。その事なんだけれど」
ヴィオラちゃんの一言で思い出したわ。そうよ、パトリック! あの馬鹿パトリック!
あの馬鹿が広めたという噂!
今日のお茶会の本題!
「私に関して、おかしな噂が出回っていると聞いたのだけれど」
「おかしな噂?」
マリーとヴィオラちゃんが顔を見合わせる。マリー、夢から覚めたようで良かったです。
「私が、幼児性愛者だって広まってるらしいのだけれど、心当たりは?」
すっとマリーとヴィオラちゃんが二人して視線をそらした。
黒ね! その反応、あなたたち黒ね!
「あなた達、何か知ってるのね?」
「それは……」
「まぁ……」
「ほら、今なら怒らないから答えなさい。さすがに醜聞が悪すぎると、いつかお父様の耳に入ってしまうのよ」
一応公爵令嬢として、身辺は潔白にしておきたいのよ。変な噂をそのままにしておくのはよろしくないのよね。
マリーもヴィオラちゃんも言いにくいのか、視線をあちこちに向ける。気まずい雰囲気。
静まったガーデンテラスの中で、我が道を行くのはローズちゃん一人だ。くいくいっと、私の袖を引っ張る。
「おねえさま、ねむたいの」
「あら」
こくん、こくんと頭を揺らすローズちゃん。お腹いっぱいになったからかしら。目を擦ろうとするので、やんわりとその手を抑えた。
「お姉様が抱っこしてあげているから、眠っててもいいわよ。まだマリーとヴィオラちゃんとはお話ししないといけないから」
「んー……」
ローズちゃんが体をこちらに向ける。よしよしと、背中を叩いてあげると、とろんとすぐにまぶたが落ちた。甘えたさんねぇ。ぽかぽかとする。おねむの子供らしく体温が高くて温かい。
「……そういうとこだと思います」
「え?」
「パトリックお兄様が言っていたのは、そういうところだと思います。子供の扱いが上手いというか……可愛がっているというか」
いや待って、これ普通でしょう? 小さい子に対して接する態度として、当然でしょう?
「小さい子に優しくするのは普通でしょう」
「パトリックは、それが納得できなかったのでしょうね。貴女の婚約者が幼いと知って、自分がフラれたのをそれのせいだと逆恨みしてるのよ」
それ、逆恨みにも程があるでしょう。
それに貴族の婚姻に年齢差なんて付き物じゃない。むしろ政略結婚が主流なのだから、愛し合っても必ず結ばれるとは限らないもの。
それをあの馬鹿は理解していないということ? そういうこと?
「子供好きと婚約者の年齢のせいで、パトリックも混乱したのよ。恋は盲目というけれど……アンリエット、彼も悪気はないの許してあげて」
「私、それのせいでヴァーノンに殿下に仇なす変態として最初見られていたのだけれど」
さすがのマリーもフォローできずに黙ってしまった。ヴィオラちゃんも困ったようにブレンドティーに波を立てている。
ぽんぽんとローズちゃんの背中を優しくたたく。ぐずっていたローズちゃんは、すぐに安らかな寝息をたて始めた。
まったく、とんでもないことを仕出かしてくれて……昔馴染みのよしみでこうやって対策を立ててあげようと思って二人を呼んだのに。あんまり意味がない気がするわ。逆恨みをといてもらうことから始めないと。
「パトリックには言い聞かせておくから。噂も、何とかして収集させるように伝えておくから。それでいい?」
「……仕方ないわね。それでお願い」
広がってしまった噂はもうどうしようもない。人の口を縫い付けることもできないし。
私は頷いた。
これで一端様子を見ましょう。
お父様のお耳に入る前に収束すれば、家同士の問題にまで発展することも無いでしょうし……。
いったいいつ頃から噂が広まっていたのかは知らないけれど、少しずつ収まっていくといいわ。
すやすやと眠るローズちゃんを見る。
うーん、癒されるぅ。
上機嫌でローズちゃんを見ていると、ヴィオラちゃんから「お姉様って本当に子供が好きなのね」と言われた。当然じゃないの。
子供は可愛い。
可愛いから好きなのよ。