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4.個展と騎士様

私は可愛いものが好き。

でもそれだけでなくて、美しいものや綺麗なものも当然のように好き。素敵なものに囲まれていたいと思うのは、人として普通よね?

公爵令嬢だから目が肥えている……というわけではないけれど、幼い頃からそういったものを熱心に見てきていたから、まぁそこそこ美術品にはうるさい方だとは思う。


少し前、クラヴェリ伯爵令嬢からお手紙が届いた。

彼女の父親がパトロンをしていらっしゃる画家の個展を開くというので、どうぞご覧下さいという内容で、いっしょに個展の特別招待状を頂いた。

こういうのは大抵、社交辞令のようなもの……自慢の画家を広めるための催しだから、大した意味はない。行くも行かないも自由。

それでも数日前にイレール殿下からお話をねだられたのを思いだし、たまには私も話の種を手にいれようと重たい腰を上げた。

絵画の個展なら私も見るの好きだし、久しぶりに新鮮な刺激がほしいなと思ったから。お父様がパトロンをしていらっしゃる画家さんも素敵な絵を描くけれど、たまには他のを見たいじゃない?


そういうわけで。

クラヴェリ伯爵主催の絵画個展へ来てみました!


街へと繰り出すということで、外出着に久しぶりに手を通した。

ピンクを基調として甘いチョコレートのようにブラウンを差し色にしたバッスルドレス。袖はきゅっと手首で絞られていて、裾は歩くときに擦れないようにヒールが少しだけ見える高さ。

同じ色合いの日傘を今は杖がわりに、太陽が直接絵にふりかからないように設計された薄暗い回廊をゆったりと歩く。


どんな人でも美術品に触れられるように、回廊は人気の多いところに建てられている。大きな公園の中とか。適当な場所に馬車を止めてもらって、私一人で回廊に入った。こういうのは、人がいると自分のペースだ見られないからね。


「素敵な絵ねぇ……」


思わず、ほぅと吐息がこぼれた。

静物画から始まって風景画へ。その一つ一つが緻密に書き込まれていて、絵の具の盛り上がりすら計算がされたように配置されている。

でも回廊を進んでいくたびに、どこか現実離れしていくような感覚を覚えた。奥の絵を見るたびに、違和感が少しずつ増えていく。


テーブルに置かれた果物の絵。

花が差された花瓶の絵。

部屋の中でドレスを着せてもらう少女の絵。

お屋敷の絵。

街中を馬車が走る絵。

公園で人々がゆったりと過ごしている絵。


幾つかの絵を見ながら回廊を歩くと、一際大きな絵に行き当たった。

舞踏会の絵。

沢山の人がダンスホールで踊っている。

女性のドレスは一人一人細部まで違っていて、男性のタキシードもその方の顔にあわせて少しずつ違っている。

とても緻密で、まるで本当に舞踏会のワンシーンを切り取ったかのようなのに、どこか不思議な印象を訴えてくる絵だった。


何がおかしいんだろう。絵はとても素敵なのに、何かがひっかかる。

うーん……なんだろう……絵はとても細かくて文句がつけられないほど完璧なのに……。


首を捻っていると、ふと回廊に誰かがやって来た。

あら、他にもお客様がいらっしゃるとは。

回廊の期間はそこそこ長く、招待客はゆったりと自分の都合に会わせてやってくる。今日はまだ誰もお客様が来ていないと受付の男性が話していたので、独り占めできそうかなーと思っていたのだけれど……そういうわけにもいかないか。


私は次の人に譲るため、踵を返して奥へと進もうとした。


「……ムーリエ公爵令嬢?」


不意に声がかけられる。先日初めて聞いた声。一度聞いたらなかなか忘れられない甘いハスキーボイスの持ち主。


「まぁ、ヴァーノンさん。ごきげんよう」


振り向くと、ヴァーノンさんがいた。

ドレスをつまんで、軽くお辞儀する。ヴァーノンさんも軽く頭を下げて近づいてきた。


「奇遇ですね。あなたも絵を見に?」

「え、ええ……まぁ……」


少し歯切れの悪い答え。いや、それしかないでしょう。回廊に絵を見に来る以外に何があるのよ。


「ご令嬢こそ、絵を見に……」

「まぁ、そんな他人行儀な。どうぞアンリエットと呼んで頂戴。貴方は殿下の師でもあるのだから、他人ではないでしょう」


ヴァーノンさんは少しだけ逡巡する。


「……ではアンリエット様と」

「社交界の場ではそれで良いけれど、せっかくのご縁だわ。絵を見に来た一個人として、どうぞ呼び捨ててくださいな」


にっこりと笑うと、ヴァーノンさんは困ったように眉をひそめた。


「しかし、アンリエット様が俺のことを敬称で呼んでくださっている以上は」

「あら、それならこれでどう? ヴァーノン?」


私は悪戯っぽく微笑む。ふぅん、ヴァーノンさん……ううん、ヴァーノンって砕けると「俺」になるのね。


「……分かった。ではお言葉に甘えて、アンリエットと呼ばせていただく」

「ありがとう」


ドレスをつまんで軽く礼をする。ヴァーノンはむず痒そうに視線をそらした。

視線が留まる。

私ももう一度、その視線の先を見つめた。


「素敵な絵よね。でもどこか、神秘的に見えるから不思議」

「……兄の悪い癖だ」


兄?

え、もしや?


「ヴァーノンのお兄様の作品なの?」

「そうだ。ウィリー・ベルレアン……個展の出品者の名前を見なかったのか?」

「ふと思い立って来たものだから……クラヴェリ伯爵がパトロンをしていらっしゃることしかお聞きしていなくて」

「そうか」


きゃー! 申し訳ないー! 下調べとかしておくべきでしたー! 公爵令嬢として恥ずかしいー!

でもこれで接点の無さそうなクラヴェリ伯爵令嬢のお披露目パーティーに彼がいたことは納得がいった。接点はちゃんとあったのね。私は会った記憶がないんですけど。


そんな私の内心の葛藤など露知らず、じっくりと絵を見始めるヴァーノン。

私は去るべきか、いるべきか迷って、ふと彼が先程いった言葉が気になった。


「そういえば、お兄様の悪い癖って?」

「あぁ。気づかないか?」


ヴァーノンが面白そうに唇の端を上げた。


「例えばこの舞踏会の絵。三つほどおかしなところがある」

「おかしなところ?」


私は首を捻った。

とくにそれらしい所は見当たらないけれど……

すいっとヴァーノンは絵の左端に見えるテーブルの花瓶を指差した。


「花を見てくれ」


私はじっくりと花瓶の花を見た。


「あら」


花の色に紛れて小さな妖精がいる。

体を花びらに見立て、顔をわずかにこちらに傾けてウインクしている。


「それと、この女性のドレス」


すいっと動く指の先を見る。デビュタントかしら? 素敵な白色のドレス……。


「うそ」


たっぷりとした布だなぁと思っていたら、布じゃない。

羽。白鳥の羽の模様……いや羽そのものを描いている?


「最後にシャンデリア」


首を上へと向ける。大きな絵なので、上の方はあんまりよく見えないのだけれど……

じっと目を凝らせば、シャンデリアに飾られたガラスが、想像上の動物ユニコーンになっている。


少しずつ、絵の中には不思議なものが混じっていて。

大きな絵だから、どうしても絵の中央ばかりを見てしまうからかしら。ヴァーノンが指差した不思議なものたちを、どうやら見落としていた。


「兄は気づかれないように、おかしなものを描く癖がある。今まで並べてあった絵にも、ちらほらある」

「本当?」


マナー違反だけれど、道筋を少しだけ逆走してみる。

公園の絵は、女性の差す日傘のフリルのなかにバレリーナが交じっている。

街中を馬車が走る絵は、馬車の車輪が歯車になっている。

お屋敷の絵は、赤い屋根の瓦が一つだけリンゴになっていた。


たぶん、感じた違和感はきっとこれなのね。見ているはずなのに、勝手に目が補完してしまう。もう、すっかり騙されたわ!


「貴方のお兄様って面白いことを考えるのね」

「面白い……まぁ見ている分には面白いな」


くくっと肩を震わせてヴァーノンが笑う。


「ここから向こうの絵もそうなのかしら?」

「そこから先は人物画が中心だ。クラヴェリ伯爵の依頼で描いたものばかりだという」


ヴァーノンがすっと手を差し出した。

なぁに、この手?

視線をあげれば、ヴァーノンが少しだけ唇の端を上げて笑っている。


「お手をどうぞ、レディ。エスコートしよう」

「あら、気が利くのね」


私が彼の手を取ると、彼はゆっくりと歩き出す。

それからゆっくりと並べられた絵を見て回る。


確かにヴァーノンが言うとおり、そこから先は人物画が多かった。

クラヴェリ伯爵家は子沢山で有名だ。ご子息が三人のご令嬢が五人。年が若い順に彼らの絵が並べられている。

ふと、思い出した。クラヴェリ伯爵といえば。


「そういえば、先日のお茶会の後、殿下にはどうやって誤魔化したの? あなたと私の、接点」


ヴァーノンが一瞬ちらりとこちらを見て、また視線を前に戻した。


「普通にお教えした。社交界ではムーリエ公爵令嬢は有名だと。だから俺が一方的に知っていたと」

「それで納得された?」

「ああ。有名人なんてすごいと諸手を上げて喜んでいらした」


あ、はは……素直に喜べない。

有名になりすぎて、悪目立ちしてるなんて。


「……ちなみに聞きますが、有名な理由はお教えしてませんよね?」

「いや、そこまでは話していない」


ほっとした。良かった。それなら良かった。


「言った方が良かったか?」

「いえ、言わなくて正解です」


嫌よ~、壁の花になって一人黄昏ていることを知られるのって、かなりの恥なのだから!


「……それにしても、噂とはこれほどあてにならないものだと思ったことはない」

「噂? なんの?」

「貴女の噂だ」


え? 私の?


「……壁の花のこと?」

「近いが、壁の花になっている理由……みたいなものだ」

「壁の花になっている理由?」


それって、私が王子殿下の婚約者だからと皆遠慮しているからじゃないの? え、違うの?

分からなくて眉をひそめると、ヴァーノンが少し明後日の方を見た。


「その……貴女は幼い子供が好きだと……好きすぎるあまりに王子殿下の婚約者となったと、そう聞いている」

「はぁ???」


何それどこ情報よ。

思わずぽかんと口を開けた。え、開いた口が塞がらないんですけど。


「クラヴェリ伯爵のご子息からそう聞いた」

「ご子息って……もしかしてパトリック?」

「そうだ。よく分かったな」

「あの馬鹿息子……私と婚約ができない腹いせでそんな事言ったに違いないわ」


コツコツコツと日傘の尖端で床を叩く。あぁもう、あの馬鹿なんということを……! それで私の回りにはダンスを誘ってくれる方がいなかったの? 嘘でしょう?


「……ご子息と仲が良いのか?」

「本当にそう思うならあなたの頭にお花を飾るわよ」

「それは困るな」

「それなら滅多なことを言わないことね」


私はまた歩き出す。次の絵がちょうど、憎たらしいパトリックの絵だった。


パトリック・クラヴェリ。クラヴェリ家次男。

社交界にデビューした後の二回目かしら? 私に婚約を持ちかけてきた。

どうやら彼は私が王子殿下の婚約者だということを知らなかったらしい。この愚行に私はちゃんとお断りした訳なのだけれど……

小さい頃からクラヴェリ家とは交流があって、ご令嬢たちとは仲良しだ。当然一番下のまだ齢五歳のご令嬢とも定期的に遊んであげている訳なのだけれど……


「それを見ていたのと、殿下の実際の年齢を考えてそんな事を言ったのね。それで私を、未成年を恋愛対象として見る変態だという噂が広がったと。そういうこと?」

「どういう経緯かまでは知らないが……そうなのかもしれない。俺もきちんとしたパーティーに出たのは先日が初めてでな」


パトリックの馬鹿を睨み付ける。

どこまで噂を広めてくれたのかは知らないけれど、後でお父様にこの噂の真偽を確かめてもらわなくては。

ああもう憎たらしい。絵の中の馬鹿を睨んでも、うんともすんとも言わないし!


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