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2.お姉さま、きいてください!

可愛いなぁ、と思うものは沢山ある。


お父様から頂いたバーズデープレゼントの大きなテディベア、お屋敷の花壇に咲いた色とりどりのお花、ふんわりと膨らんだプリンセスラインのドレス。甘いプチケーキがアフタヌーンにちょこんとあるのも可愛いし、大切なお手紙を書くための便箋の柄だって可愛い。


それでも一番可愛いものは、弟のように「お姉さま」となついてくれる、私の王子さま。


青みがかったシルバーブロンドに、見たことはないけれど絵本に描かれた海のように深い青の瞳。

水の妖精のような見目麗しい、セーヴル国第三王子。


私は彼がやること為すこと全てが可愛くて、ついつい彼を甘やかしてしまうのだ。

いつもそう。それはもう、彼が生まれたときからのことだから、直せと言われてもそんな簡単には直せないと思う。

そう、今もこうやって……


「お姉さま、きいてください! ぼく、剣を習いはじめたのです!」


王宮の客間にあるワインレッドのふかふかソファーに腰かけた私の隣で、目を輝かせるイレール殿下。

その様子が本当に嬉しそうで、たいへん微笑ましい。まだまだ子供らしさを残すふっくらほっぺは、興奮しているからかちょっこっとピンクに色づいている。

イレール殿下がその小さな手を私に見せてくれる。御年十歳の柔らかな手のひらに、小さな豆ができていた。


「あら。私がしばらく来ないうちに、男らしい手になられましたね」

「剣を持つもののあかしだそうです! 強く、立派な騎士になるころには、ぼくの手は大きく、かたくなり、おもたい剣も持てるようになるそうです!」


胸を張るイレール殿下の頭をよしよしと撫でてやる。


「ふふ、大きくなったら私を守ってくれるの?」

「もちろんです! 大切な人を守るのが騎士のつとめなのです」


左胸に手を当て、騎士らしいポーズ。きゅんっと胸がつまる。きらきらとした青い瞳が私を溶かし込んでる。

うい奴め! うい奴め!

もー、こーゆーのを言うのは小さな子の特権よね。可愛らしくて頭を撫でる手が止まらない!

あんまりの可愛さになでなでしていると、イレール殿下はくすぐったそうにする。


「ぼくが大きくなったら、お姉さまの騎士になりますね!」


お姉さまの騎士だって! 騎士!

イレール殿下が私だけの騎士かぁ。ふふ、あんまり想像できないや。


私より七つ下の王子様。彼が大人になる頃、私はそんなに若くないでしょう。

騎士に守られるような乙女じゃなくなってしまっている。絵面的にあまり華やかにはなれないのが残念だわ。


「ふふ、私の騎士様。私を守るために、早く大きくなってくださいね」


私は頭を撫でるのをやめて、ローテーブルの上に置いてあるクッキーを一枚手にとった。空いている手を皿にして、イレール殿下の口許にまで運ぶ。

殿下は「はい!」と元気よく返事をすると、ぱくっとクッキーにかじりつく。

もっもっとリスのようにお口を動かす殿下がやっぱり可愛らしくてほっこりした。


「美味しいですか?」

「おいしいです! お姉さまもどうぞ」


今度はイレール殿下が「あーん」とクッキーを食べさせてくれる。

私もクッキーを頂いた。一口サイズの、花の形をしたクッキーは紅茶の香りを台無しにしないように合わせて、シンプルなバターの味だけがした。

もっもっと咀嚼して飲み込む。


「美味しいですね」

「ですね!」


イレール殿下が嬉しそうなので、私も満足する。

久しぶりに会った殿下は健やかに過ごしていらっしゃるようで安心した。




イレール殿下とは年が離れているけれど、私は彼の婚約者。

文通も良いけれど、殿下とは文字が書けるようになる前からのお付き合いなので、こうやって定期的に王宮を訪れてお茶をするのが、私たちの間の暗黙の約束のようなものになっている。

年を経る毎に、殿下は学ばないといけないことが増えていく。以前は三日に一回のお茶会だったのが、五日に一回、十日に一回……と足が遠退いていき、ここ一年ほど、月に一回のペースでのお茶会になっている。


寂しい……といえば寂しい。

婚約者とはいえ、弟のように見てきたイレール殿下との交流が減っていくのは、身をすり減らすかのごとく私の心を苛むの。

むしろ、婚約者だからこそ……かしら。

だってあんなに可愛い弟のような存在を、側で見守ることもできないのよ? いつか婚約者として彼が理解を深めてしまったら、きっと今のような関係は続かない。

ある日突然、態度が変わってしまうことだってあり得る。

本当の姉弟なら、それを反抗期とか思春期として時間が解決してくれるのを待つけれど、私たちはそうはいかないから。


公爵令嬢として、私は王族との婚姻が家のため、国のためになるものだと納得はしているものの、イレール殿下はまだ幼い。

私を婚約者ということを理解していないと思う。


いや、もう十歳になられたのだから、もしかしたら理解しているのかもしれない。それでも「お姉さま」と慕ってくれるお姿を見ていると、ほっと安心するの。




ちょこっと複雑な感情をおくびにも出さないで、私はイレール殿下と語らう。

久々にお話する殿下は話の種が尽きなかった。


剣のお稽古のお話では、体力作りのために走り込みをしているから、かけっこが得意になったとおっしゃった。木の剣と鉄の剣では重さが全く違うともおっしゃったし、運動のあとに食べる夕食はとても美味しいこともおっしゃった。

剣のお稽古だけではなく、お勉強も頑張っていらっしゃるようで、算術はかなりできてきたけれど、外国語が難しいと麗しいお顔を歪めていた。


三杯目の紅茶のおかわりをお願いする頃、ふとイレール殿下は私に尋ねられた。


「お姉さま、ぼくはお姉さまのお話もききたいです!」


えっ? 私のお話?

お話を聞きたいと言われても……いつもイレール殿下がお話されるのを、私は聞き手にまわるだけだから、私にはお話の種の用意がないわ。

頬に手を当てる。


「面白いことなど、何もありませんよ。殿下に会いに来るとき以外は、お友達のお茶会に行ったり、お屋敷でお勉強したりするくらいで……」


貴族の令嬢の生活には変化なんてものはないもの。

ひたすら私はイレール殿下にふさわしい花嫁になるように、自分磨きをして、たまに気分転換に友人のお茶会に招待されたりするくらい。

噂にも流行にも鈍感だから、目新しい話なんてできないのだけれど……


お話しすることに困っていると、幸か不幸か、イレール殿下から話の種を蒔いてくれた。


「社交界のお話がききたいです! 夜会でどんなことをされるのか、とか! どんな人とお話しされるのか、とか!」


えっ!?

そ、それは……!


私は表情をこわばらせた。な、なんでイレール殿下が社交界の事を聞きたがるの??


「社交界なんて……あと数年したら、殿下も参加されるのですから、その時のお楽しみにされては?」

「お姉さまが今参加しているのをききたいのです! 女性のドレスの流行は、すぎるのが早いとききました。ぼくもお姉さまのドレス姿を見たいのです」


やんわりと断れば、イレール殿下は少し拗ねたようにおっしゃる。


どうしてこんなにぐいぐいと来るの?

社交界にデビューしたのは去年の話だし、今さら話すことなんて特にないのだけれど……まぁでも、ドレスを見たいとおっしゃるなら、叶えてあげるくらいなんてこともないか。


「ドレスが見たいのでしたら、今度着て参りましょうか?」

「ほんとうですか?」

「ええ、もちろん」


イレール殿下がパッと花を咲かせるように笑った。


「やったぁ! それならお約束ですよ! かれんなお花がちらされた淡いグリーンのドレスを着て来てくださいね!」


ちょっと待って。


「殿下、どうして私が着たドレスを知っているの? そのドレスは、先日クラヴェリ伯爵令嬢のお披露目パーティーに招待されたときのドレスですよ?」


私が最近参加したばかりのパーティで着たドレスだ。

イレール殿下にはお話ししていないのに、どうして知っていらっしゃるのか。

聞けば、殿下はあっさりと話の出所を答えてくれた。


「ヴァーノンからきいたのです」


……誰?


「ええっと……ヴァーノン様って、誰なの?」

「あ、お姉さまは知らないんでした!」


うん、知らないのです。なので詳しい説明が欲しいのです。

イレール殿下が嬉々として教えてくれる。


「ぼくのお師匠さまなんです! 騎士で、まだ弱いぼくを守ってくれてます」


一ヶ月前、まだイレール殿下は剣を習っていなかった。護衛の人もそんな名前の人じゃなかった気がする。

ということは、ここ一ヶ月、剣のお稽古のために抜擢された師匠兼護衛ということかしら?

一ヶ月も間が空けば、こうやって環境が変わっていく。イレール殿下が「弟のような存在」から「男の人」になるのも、近いのかなぁ……じゃなくて!


今はそれよりも、そのヴァーノン様とやらのことよ。

なるほど、そのヴァーノン様とやらがパーティの時に私を見かけたということは理解したわ。でも残念ながら私の記憶をあさってもヴァーノン様らしき人物の顔を思い出せない。

公爵令嬢の嗜みとして、名門貴族の方々のお名前とお顔は把握しているのだけれど……思い至らない。つまりは名門貴族ではないということ?


えっ、でも伯爵令嬢のお披露目パーティーに参加していたんでしょう? そんな低い階級のはずは無いし……?


どういった人物なのか分からなくて首を捻る。

いったいヴァーノン様ってどなたなの。

むむむ、と考えていると「あれ?」とイレール殿下がこてんと首をかしげた。非常に可愛いらしい仕草できゅんとした!


「どうしたの?」

「ヴァーノンはお姉さまを知ってるのに、お姉さまはヴァーノンを知らないのですか?」


あらー、それに気づいてしまうのですか。

あんまり、私としてはこれをお話しするわけにいかないんだけれど……どうしようか。

私は困ってしまった。

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