1.赤ちゃん婚約者
その時の私はまだ子供で、いつも着ているドレスよりも、とびきり素敵なドレスを着て、初めてお城につれていかれたの。
大きなお城。
お屋敷の窓から遠くそびえ立つお城。
王様のいるお城。
お父様がお仕事に行かれるお城。
私はお誕生日に大きなプレゼントを頂いたときのようにわくわくしていたわ。
「これからお前の未来の旦那様にお会いするんだからね」
馬車のなかで、お父様は仰ったの。
私の、未来の旦那様がいるお城。
私はますます目を輝かせた。
お城の広いお庭を馬車でゆったりと走って、天井の高い廊下を歩いて、玉座の間へとやって来た。
重たい秘密の扉を開けば、王様と王妃さまがいらっしゃって。
仲睦まじそうなお二人の間に、丁寧に編まれた揺りかごが揺れていた。
王様は私とお父様に「よく来てくれた」と言うと、私にもっと近くによるように言ったの。
初めて王様に名前を呼ばれて、びっくりするぐらい緊張しちゃったわ。それでも教えてもらった通りに淑女の礼をして、王様たちの側に近寄ったの。
私が近づくと、王妃さまが揺りかごの中からお人形をそぅっと抱っこした。
お人形の小さなお手てが嬉しそうに動く。「あぅー」と笑った。
あら、お人形さんじゃなかったのね。
王妃さまが腰を落として、私にも見えるようにお人形を見せてくれる。
ぷにぷにのほっぺと、ビーズみたいに小さなお目め、まだうっすらとしか生えてない髪と、ちんくしゃなお鼻。
可愛い赤ちゃん。
私はきらきらと綺麗な宝石を見たときのように、赤ちゃんを見つめる。
王様は優しい顔で、私の頭を撫でてくれた。
「イレールという。仲良くしてやってくれ」
「はい! こんなわたくしでよろしければ、なかよくしてくださいね、イレールさま」
私は教えてもらった言葉遣いを、舌を噛みそうになりながら口にした。王様が撫でるのをやめると、もう一度イレールさまの小さなお顔を拝見する。
私がイレールさまを見ていると、そのすぐ横で王様とお父様が難しい話をしだしたの。
「では約束通り、よろしく頼む」
「もちろんでございます。セーヴル国に更なる繁栄を」
お父様は「はい」と頷いて、深く礼を取った。
その後すぐに、私はイレールさまとお別れして、お屋敷に戻ったの。
セーヴル王国第三王子イレールさま、御歳0歳。
私ことムーリエ公爵令嬢アンリエット・エマ・ムーリエ、七歳。
王家とムーリエ公爵家の政略的婚約が、この日に成されたのです。
七歳下の、可愛い可愛い旦那様。
誠心誠意お仕えするのが私の勤めではありますが。
───彼の成長を待っていたら、社交界も、恋愛も、何も、楽しめない!
そのちょっぴりの欲が、私をゆっくりと誘ってしまったのです。
何に?
それは禁断の恋の道とも言うべきものに。




