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いつか来世で約束を 01  作者: 朱本来未
絶命因果編
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第004話 対象不備01

 日没も間近という頃合に潮風の吹き付ける岬で日課としている両親への献花と祈りを捧げる。長いこと墓標の前に屈み込んでいたが暮れなずんでいた夕陽が水平線の向こうへと姿を消して辺りが薄暗くなってしまったので黙祷を切り上げて立ち上がった。

 瞬間、ぶわりと強い風が吹き付けて大切な麦わら帽が砂浜の方へと飛ばされてしまう。慌てて手を伸ばすけれど既に手ののどかぬところにまで離れてしまっていた。整えられた道で回り込んでいては見失ってしまうと足場の悪い磯へと左脚を庇いながら急いで降りる。磯まで降りてしまえば砂浜はそう遠くはない。足場の悪い磯をどうにか抜け、砂に足を取られながら砂浜を駆ける。すっかり暗くなってしまった景色の中に麦わら帽の白いリボンぼんやりと浮かび上がっていたので探し回る必要はなさそうだった。

 麦わら帽に近付くにつれて、なにか大きな黒い塊のようなものが見え始める。それがなんであるかに気付き、足を早める。麦わら帽の側には、ひとりの青年が打ち上げられていた。

 リンナの予報した日時より数日早いこともあり、完全に油断していた。この世界の水難者である可能性もあったが、その可能性は彼の姿をひと目見て却下する。浜へ打ち上げられていた青年の服装は明らかに現代世界の物であった。


 すぐさま応急処置に取り掛かるべく状態を確認する。声をかけてみても反応はない。意識はなく、呼吸は停止していた。即座に心肺蘇生すべく胸骨圧迫と人工呼吸を交互に数度繰り返す。処置開始から3分程経過した頃だろうか、転生者がうめき声を上げた。

 意識こそ戻っていないが一命はとりとめたようだと一安心する。呼吸も落ち着きを見せたので休ませられる場所へ運ぶことにしたが、私ひとりの手で運ぶには無理があった。

 この場に要救護者を一人残して人手を探しにいくのは気が引けるが周囲に助けとなりそうな人もいないのだから無駄に判断を遅らせてはいられないと立ち上がったところへ遠くから声がかけられた。

 

「おーい、エル。そんなとこで何してんだ」

「ユール、ちょっと手を貸して」

「おーよ」


 と即答してユールは小走りにこちらへと駆け寄って来る。


「どうしたんだよ、て水難者か。この辺りで難破したなんて話は聞いてないが」

「今はそんなことどうだっていいから彼を私の屋敷まで運ぶから手伝って」

「はぁっ! 運ぶなら俺の家でいいだろ」

「大家族のあんたの家に空き部屋なんてないじゃない。うちなら空き部屋ばっかりすぐに休ませられる場所を確保出来るし」

「そういうことじゃねぇよ」


 彼がなにを言わんとしてるのかは察しはついているが、いちいち構ってなどいられない。


「だいたいあんたの家ここからどんだけ離れてると思ってんのよ。とにかく手伝って。いつまでもこんなところに寝かせてらんないでしょ」

「わかったよ。手伝えばいいんだろ手伝えば」


 と文句を垂れる彼の手を借りてどうにか転生者を屋敷の客間まで運ぶことが出来た。

 それからベッドへと寝かす前にずぶ濡れになった衣類を脱がせようとしていたが「俺がやるからエルは着替えでも持ってこいよ」と客間から追い出されてしまった。

 手間が省けるので遠慮なく彼に押し付けて二階の一室に遺された父の衣類を取って戻るとユールは部屋の入口でそれらを受け取るなり私を部屋に入れることなく扉を閉めてしまった。


 数分後、中から「入っていいぞ」との声が届き、ようやく私は自宅の客間へと足を踏み入れた。


「なーに気にしてるんだかね」

「うるせぇよ」

「それで外傷とかはあった?」

「見た感じなかったな。ひとまず治療師は必要なさそうだ」

「あー、たぶん肋骨2・3本折れてるかも知れないから一応隣街の先生呼んでくれる? 彼をここにひとり残して私が呼びにいくわけにもいかないしさ」

「お前それって、そいつと」


 と身を乗り出すようにして私に迫って両肩をがしりと掴む。どうやら私が応急処置で彼に人工呼吸を施したのが気に入らないらしい。


「なにそれ、純情ぶってるつもり? 人命救助の行為に対して、そういう反応するのどうかと思うよ」

「わかってるよ。わかってるけどよ」

「けど、なに?」

「いや、なんでもねぇ。それよりなんでわざわざ隣街なんだよ」

「あんたさ、半年前にうちでなにがあったか忘れたわけじゃないでしょ。素性の知れないやつの面倒なんて、この辺りの人たち誰も見てくれるわけないじゃない」

「だったらお前もわかるだろ。なんで俺が」

「心配どうも」

「茶化すなよ」

「押し問答して無駄に時間使いたくないの。わかる?」

「なんでお前はいつもそう……わかったよ、呼んで来てやるよ」

「ありがと」

「その代わり、そいつの意識が戻って屋敷から出ていくまで俺もここに滞在するからな。空き部屋は有り余ってんだろ。嫌とは言わせねぇよ」

「無理」

「なんでだよ」

「あんたさ、エリナと婚約したんでしょ。ひとり身の女の家に長々と滞在って、なに考えてんの?」

「あれは親父達が勝手に。それにお前との」

「こっちはもうとっくに婚約解消されてるっての。終わったこと持ち出さないでくれる」

「それでも俺は」

「そ、ありがと。気持ちだけで十分よ」

「まだ何も言ってねぇよ」

「今更さ、私がそんなこと言わせると思ってんの? もうさ、終わってるんだよ。全部」

「終わってねぇよ」

「しつこい。その節穴の目を見開いて見ろ。ここに要救護者がいる。一命をとりとめたとはいえ予断を許さない状態なの。そんな人の横で場の状況もわきまえずに、うだうだと自分のことばかり優先するような奴が私は大っ嫌いなの、わかる? わかったら早く治療師の先生呼びに行って来て」


 強い口調で捲し立て扉の方を指差し、今すぐ出発するよう促す。


「わかったよ」


 とやっと口にして部屋から出ていこうとした彼だったが、部屋を出る直前に振り返ってまたなにか言い募ろうとしたのでひと睨みして封殺し、しっしっと手をふって無言で部屋から追い出した。


 それから十数分、ベッドの側に引き寄せた椅子に腰掛けて転生者の様子を観察していたが、呼吸は安定しているようで胸は穏やかに上下していた。そんな彼が急にうめき声を上げ、目を瞬かせてまぶしさに目を細めながら傍らにいる私の方へと顔を向ける。そして開口一番に『誰?』と転生以前の私も使用していた言語を紡ぐ。それに対して私は試すように、この世界の言語で語りかける。


「気が付いた?」


 意識が戻ったばかりということもあってか、それに対する彼の困惑しているのか反応は鈍い。


「大丈夫?」


 再確認するように話しかけてみるも同様の反応しか返ってこなかった。どうやら言葉に関する転生特典は取得していないらしい。

 それを検証するように何度か会話を試みてみたが彼は元の世界の言葉を使用するので、今の私が知るはずのない言語である都合上「えーっと、なんて言ってるのかな」と返すべき言葉が見つからずに困り果てているふりをするといったことを繰り返す。会話で意思疎通を図ることが出来ずにいる状況に彼は眉根を寄せて自分の手元に視線を落としてひとりごちる。


『そもそもボクは誰なんだろう?』

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