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いつか来世で約束を 01  作者: 朱本来未
絶命因果編
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第000話 プロローグ

 白、白、白、上下左右どこを見回しても視界に入るのは白一色で何もない空間に僕はぽつりと立ち尽くしていた。立ち尽くす以前の記憶はどうにも霞みがかっていて思い出せない。


「誰かいませんかー」


 僕の呼びかけに応えるようにして目の前の空間がぐにゃりと波打つようにゆらめいたかと思うと声が脳内に直接響いてきた。


『すまない、待たせてしまったようだね』


 慣れない感覚にこめかみを抑える。


「あの、ここはどこなんでしょうか?」

『君にわかりやすく言うなら死後の世界と言ったところかな』

「死後? 僕は死んだんですか?」

『まぁ、そういうことなのだが、ちと手違いがあってな』

「手違い?」

『君は本来死ぬ予定ではなかったんだが、こちらの不手際でな』

「じゃあ、今すぐ生き返らせ」


 との嘆願は言い終わる前に遮られる。


『それは出来ない。不手際とは言え死者は死者。同一世界で蘇生することは許されない』

「そんな、だってそちらの不手際なんでしょう」


 おそらく神と思われるモノと対峙しているのだろうけれど不遜な態度だなんだと言ってられないほどイラついていた。

 相手の不手際で殺されたのだ。許せるはずもなく、敬意の念など抱けようはずもなかった。


『最もなことだ。だから新たな選択を用意させて貰った。同一世界ではなく異世界に君を転生させることで潰えてしまった人生を繋いで欲しい』

「いきなり知らない場所で生きていけなどと、あまりにも横暴だろう」

『それ相応の見返りは用意する。これまで築いてきた人間関係や社会的地位の一切を失うのだ異世界で不自由することのないよう異能や身体能力の向上等には君の望む範囲で応じるつもりだ。コネクション等は用意できないが、転生時に当面の生活に必要な資金と転生先の文化レベルに準じた一般的な衣類等も付与させて貰う』


 その提案を耳にし、しばし考え込む。元の世界で生き返ることが出来ないのであれば悪い選択ではないように思えて流されそうになったところで大きく首を振って踏み止まった。


 僕はこんなにも今までの人生に未練はなかっただろうか?


 決して長くはない18年の人生を振り返る。振り返ってみるものの記憶が漠然としていてはっきりと思い出せない。無理やり思い出そうとすると頭に酷い痛みを覚えた。


『記憶が薄れているのだろう? それは君と現世との繋がりが消えつつあるということだ。完全に途絶えてしまえば、記憶を保持したまま異世界への転生することも叶わなくなる』


 選択の余地も時間もないのかと内心で毒突く。


「わかった、転生する。見返りの詳細については転生後に相談させてくれ、どんな世界に転生させられるかわからないんだし、それくらい構わないだろう?」

『いいだろう』


 直後、視界にあるもの全てが歪み浮遊感を覚える。


『新たなる世界での祝福を』


 という神の声を最後に意識は遠退いた。


 意識を取り戻したとき見慣れない服装に身を包み、むっとするほどの湿気にさらされていた。周囲を見渡すと鬱蒼と生い茂る木々に覆われ、右も左もわからない状態だった。


「こんなとこに転生させられてどうしろっていうんだ。初手から遭難してるんじゃないのか」


 そんな愚痴に応えるように先程まで相手をしていた神の声が再び脳内に響く。


『無事、転生できたようだな』

「おかげさまでね」


 皮肉のひとつでも言わなければ気が狂ってしまいそうだった。


「それでここはどういった世界なんだ」

『君は文学・劇画・映画などの娯楽は嗜むかね?』

「あー、漫画くらいなら」

『その手の娯楽にあるファンタジー世界を想像してもらえばいい』

「中世っぽい時代で魔法とか使えたりするようなやつか」

『その認識……で問題な……い』


 神の声にはノイズ混じりになり、ぶつりぶつりと途切れだした。先刻同様に制限時間が迫っているのだろう。早急に転生特典の見返りを提示しないと有耶無耶にされかねない。


「見返りの詳細を提示する。この地での言語を用いた会話・読解の能力。要求可能な上限ギリギリの身体能力とそれに耐えうる肉体と知覚。更に魔法に類する現象をひと目見ただけで瞬時に再現できるだけの異能を」

『受理した』


 短くはっきりと聞こえた今の声を最後に神との交信は完全に途絶えた。

 肉体には特に変化を感じられず本当に転生特典は付与されたのか不思議でならなかった僕は手近な木へと腕を伸ばす。太い幹をわしづかむように手を握り込むと、ふんわりとしたスポンジケーキのようにずぶりと指が埋もれた。


「厄介だな。この身体、上手く力の調整出来るのか?」


 それを確かめるために木を倒さないよう意識しながら別の木を押してみる。するとイメージを反映したように肉体は力を調整出来た。再度イメージをし直して木をとんと軽く叩くように押すとメキメキを音を立ててへし折れた。

 あとは魔法の関する異能を確認したいところだけれど、ひと目見るという条件付けをしてしまったために試すことが出来ない。異能の使用感を知れないのは少々不安だが、大抵のことは異常なまでの身体能力のみで切り抜けられるだろうし、問題ないだろうと楽観した。

 まずは人の居るところを目指そうと決め打ち、周辺状況を探るべく感覚を研ぎ澄ます。すると難なく身体能力同様に強化された聴覚で人の生活音らしきものを捉えることが出来た。

 そこを目的地として定め、軽快に足を進める。身体は羽のように軽く、自動車並の速度で木々の間を駆け抜けて鬱蒼とした森は瞬く間に途切れた。視界は一気に開けて目の前には草原が広がり、そう遠くない位置に街と思しき場所が目視出来た。ここからは目立たぬように徒歩で行くべきだろうと忙しなく動かしていた脚を緩める。ゆっくりと歩きながら転生特典として与えられた背嚢の中身を確認する。中には見たこともない貨幣がじゃらじゃらと入ったちいさな袋や護身用のナイフに数日分の着替えなどが入っていた。


 それからほどなく街へとたどり着き、関所らしき場所を抜ける。見咎められるだろうかとも思ったが存外に取締は緩いらしく、滞在理由と期間などに関して二言三言交わしただけで簡単に通してくれた。

 街はそこそこ賑わった商店街程度にはひとでごった返していた。とりあえず街の情報を集めようと住民に話を聞くために立ち止まって周囲を伺っていると余程通行の妨げになっていたようで道行く人達に冷ややかな視線を嫌というほど投げつけられた。

 仕方なく僕は人気の少ない路地の方へ身体を滑り込ませる。そこへ足を踏み入れて真っ先に目に飛び込んできたのは大柄な男が小柄な少女へと暴力を振るう姿だった。殴られた少女は壁へと叩きつけられ、ぐったりと地面に崩れ落ちる。そこへ男はさらなる暴力を振るおうとしていた。

 瞬間、目の前がカッとなり「おい」と声をかけるなり力加減も忘れて大柄な男を殴り飛ばしていた。

 殴った感触を拳で感じ取ったと同時に殺してしまったのではと青くなったが、力む力まざるに関わらず力はあくまでもイメージが反映されるらしく、威力は大柄な男を大きく吹っ飛ばす程度に抑えられていた。吹っ飛んだ男は地面に叩きつけられ、仰向けの状態で気絶していた。

 男が目を覚まし面倒に巻き込まれる前にここから離れるべきだと判断し、気絶した男を放置して地べたに崩れ落ちてぐったりとした少女を抱え上げ、この場を後にした。


 方向もわからないまま走り続けて、どうにか入り組んだ路地を抜けようかというところで腕の中の少女は目を覚まして僕の袖をくいくいと弱々しく引いた。

 そして今にも消え入りそうな声で「あり、ありがと」とつっかえながら告げた。

 その言葉だけで、どことなく救われた気がした。よくよく見れば少女は大通りでみかけた人々と比べて見窄らしい装いをしており、手首には手錠でもされていたかのような跡が残っていた。

 奴隷なのかもしれない。だとすると先程の男は奴隷商かなにかだったのだろう。


「怪我の具合は?」

「いたく、ない。だい、じょうぶ」


 と殴られた腹部をさすってみせた。


「それならよかった。この街の地理に詳しいかな? 宿のある場所だけでもわかればいいんだけど」


 腕の中の少女に尋ねると「あっち」と指し示す。それに従って行き着いた上等な宿の主人に提示された金額よりも少し多めの貨幣を渡して部屋をふた部屋取り、片方の部屋を少女を運び込む。少女にはここで待つよう告げて僕は再び商店の並ぶ街道へと向かった。

 そしていくつかの店を回って少女に似合いそうな服を2・3着見繕って宿へと戻る。この世界の服飾センスに関してはさっぱりだが目に付いた女性の服装を参考にしたからそれほど外れていることはないと思いたい。

 少女の待つ部屋へと戻ると彼女はベッドの端にちょこんと座り込み、ぼんやりと天井を見上げていた。彼女は僕が戻ってきたことに気付くとふわりとした笑みを浮かべて出迎えるべく立ち上がろうとしてがくりとバランスを崩す。僕は咄嗟に距離を詰めて彼女の身体を支えることで事なきを得た。

 片腕で支えた華奢な身体は小刻みに震えており、なにか不手際があったのではと不安になったが、原因は僕自身ではなく彼女の身体にあった。彼女は自身の体を両足で上手く支えることが出来ないらしく、今にも膝から崩れてしまいそうだった。

無理をさせぬようベッドに座らせ、彼女の脚へと目を落とすと左足首辺りに酷い裂傷痕があるのが目に付く。その傷の意味に気付き胸を締め付けられた。


「どう、したの?」


 無垢な顔で小首を傾げられ、ぐっと溢れ出してしまいそうな感情を押さえ込んで少女の頭をぽんぽんっと撫でた。


「ううん、なんでもないよ」


 一旦言葉を切って、手に抱えたままになっていた衣類を少女へと手渡す。


「君に似合いそうな服を探してきたんだ、よかったら着てみてくれないか」

「いい、の?」

「うん、君のために用意したものだから」

「あり、がと」


 受け取った衣類を彼女は愛おしそうに抱きしめる。


「喜んでくれてよかった」


 安堵で胸をなでおろし、ほっと息を吐く。そんな僕の目の前で少女は着の身着のままの一張羅を脱ぎだす。僕は慌てて「あ、僕は部屋に戻るよ。部屋は隣だからなにかあったら起こしてくれてかまわないから」と言い残して慌てて自分の部屋へと退散した。


 彼女自身には羞恥心と言ったものはないのだろう。同世代と思しき少女の裸身を目にするのはどうにもいけないことのように感じ、耐えられなかった。

 転生するなんていう稀有な経験をした今日一日でいろいろなことがあったなと深く息を吐く。緊張で強張っていた肩を手でほぐし、倒れるようにしてベッドへと身を投げる。それから数瞬の後には深い眠りへと落ちていた。




 深夜、なにかの気配を感じて目を覚ます。気配の方へと目を向けるとベッドの直ぐ側の薄闇の中に白い人影が浮かび上がる。幽霊かなにかだろうかと警戒し、視覚へと意識を集中する。すると即座に視界は明るくなり、立っているものの正体を暴き出す。そしてそれを目にした僕はひどく狼狽えた。

 そこに立っていたのは日中に助けた奴隷と思しき少女。彼女は一糸まとわぬ姿で右脚に重心を預けるようにして不安定に佇み、その足元には先刻プレゼントした衣服のうちの一着が脱ぎ散らかされていた。


「どうした?」


 思わず上ずった素っ頓狂な声が出てしまう。彼女がなにをしようとしているのかわからないわけじゃない。わからないわけじゃないが、流されるままに受け入れてしまうわけにはいかないとこれまで築いてきた価値観が理性となって歯止めをかけてくる。それに加え、目の前の少女の裸体がはっきりと見えてしまったことで余計に理性が強固に働いた。彼女の下腹部と左腕にはひどい裂傷痕があり、身体のあちこちには打撲痕と思しき痣が目立っていた。


「おれ、い。あげられるもの、もって、ない。でも、おとこのひと、よろこぶこと、なら、おしえてもらっ」


 それ以上は聞いていられず、僕は立ち尽くす少女を抱き寄せた。


「もういい。もうこんなことしなくていいから」


 少女の背をそっとさすり、わずかに時間を置いてからゆっくりと身体を離す。僕は床に散らばった衣服を拾い集めて彼女へと渡す。


「だから服を着て」


 少女は不思議そうに小首を傾げていたが、言われるままに衣服を受け取ると袖を通し始めた。彼女の着替えが済むまで僕は部屋を出ていこうかとも思ったが、部屋に彼女ひとり残して行くのは躊躇われた。仕方なく僕はベッドの端に所在なく座り、顔を背けてやり過ごすことにした。

 だが間近で聞こえる少女の肌と布とが擦れる音が艶かしく、理性が劣情を抑えきれずに身体は欲望に従い反応してしまっていた。

 嫌悪感に苛まれ、どうにか鎮めようと両手で抑えてみるも意味などない。そんな葛藤の最中に首筋にちくりとした虫刺されのような軽い痛みを感じた。

 直後、全身を虚脱感が支配する。何事かと困惑していると背後から引き倒された。

 そうしてベッドの上に仰向けになった僕の上に少女が馬乗りになる。なにが起こっているのか理解出来ず彼女に問いただそうとして声が出ないことに気付く。それどころか指一本動かせなくなっていた。


「随分と紳士様なんだね、童貞くん。勇者ごっこは楽しかったかな?」


 少女の口から紡がれたのは決して片言などではない流暢な言葉。


「あんたみたいな正義感で気取った男って好きだよね、ああいう無知で華奢な女の子」


 なにを言っているのか理解出来ない。いや、理解したくなかった。


「しかも向こうでは女の子とまともに会話することも出来なかった口でしょ」


 向こう? もしかして、この少女は転生のことを知っている?


「たぶん股間の蛇口使う機会これまで一切なさそうだったから最後に一度くらいは使わせてあげようかと思ったんだけど、必要はなかったね」


 最後? なにが?


「まだ意識あるんだ。かなり欲張って転生特典受け取っるところみると思った以上に業突く張りなのかな? でも、知能の方はお粗末で助かったわ」


 状況が理解出来ず困惑していたが、一方的に延々と貶され続け、いい加減怒りがこみ上げてきた。転生で手にした能力を全力で振るおうと意識する。しかし、ぴくりとも動かない身体はそれに応えてはくれない。それを嘲笑うように少女は告げる。


「侵略的異界転生体被害防止法に基づきあなたを駆除します」


 その少女の言葉を最後に僕の生命活動は途絶えた。


 僕の瞳に最後に写し出されたのは少女の左腕が爬虫類のように変貌し、その鋭い爪が僕の心臓へと突き立てられた瞬間だった。


 黒、黒、黒、消え行く意識は闇へと溶け込んでいく。僕が僕を失う間際に「来世でのあなたの幸運を祈ります」そんな声を聞いたような気がした。

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