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黄金竜の約束  作者: 霧原真
第1章 来たれ、愛しき竜よ!
2/16

1.ヴィルゲン島の女賢者

 ……まぶたを開いて、最初に目に入ったのは見慣れた天井だった。


 すぐ横の窓から朝日が差し込み、わたしの顔にあたっていた。まぶしいわけだ。

 わたしは窓を押し上げると、外に首を突き出してあたりを見回す。

 すでに外はすっかり明るくなっていた。

 だが太陽の位置はまだ低い。そう、夏至をちょっと過ぎたばかりだもの。この季節は夜明けが早い。寝過ごしたわけではなさそうだ。

 わたしはほっと胸をなでおろすと、寝台の上に腰を据えたまま、先ほどまで見ていた夢の記憶を辿った。


 ……そう、あれは夢だ。

 昔から繰り返し何度も何度も見ている、わたしにとって馴染み深い、懐かしい夢だ。

 いや、夢と言ってしまうのは正しくないかもしれない。

 正確には、あれは思い出だ。

 夢の内容はすべて、八歳の時にわたしが実際に経験した出来事なのだから。


 でも、近頃はぜんぜんこの夢を見ていなかった。

 なんで今、この夢を見たんだろう。


 ……ああ。

 考え込む間もなくその理由に思い当たり、わたしはげんなりする。


(研究報告書の締め切り、もうひと月を切ってたんだった……)


 そりゃ夢に見るはずだ。あの遺跡こそがわたしの研究対象なのだから。

 今年の報告書を仕上げてしまうまでは、あの遺跡のことが、そして遺跡に現れた竜のことが意識の片隅に引っかかっているのは至極当然のことだと言えよう。



  ***************



 わたしの名前はアルヴィラ。

 シフェラーンの〈塔〉で正規の魔術を修めた者にして、このヴィルゲン島の賢者である。


 ヴィルゲン島は大陸の北東に浮かぶちいさな島だ。ほんとうにちっぽけな、辺境の島だ。

 なにせ島には集落が三つしかない。住人たちはみな顔なじみで、よそ者が訪れればひと目でそれとわかるだろう。

 わたしはこの島で生まれた。ロッサ渓谷の前の村長エイリークがわたしの父で、現在の村長のヘルギはわたしの兄にあたる。

 八歳までのわたしは、いたって普通の、どこにでもいるような村の少女だった。けれども八歳のときに経験したあの出来事によって、わたしはシフェラーンの〈塔〉で魔法を修めることになった。


 〈塔〉での生活はわたしを変えた。

 わたしは知識を身につけ、魔力を手に入れた。十八歳のときに〈塔〉の修行者に課せられた基本的な修練を終えて、わたしは賢者――もしくは魔法使いと呼ばれる存在となったのである。


 ほんとうは村に戻るつもりはなかった。〈塔〉に残って魔術と知識をきわめるつもりだった。

 基礎修練を終えてすぐにわたしは上級試験を受け、〈研究者〉の資格を手に入れている。

 この試験、実はけっこう難しく、何度も落第する者も珍しくない。それにただ一度の試みで合格したのだ。ちょっとくらい自分を誇ってもうぬぼれにはあたらないだろう。

 そして続く四年間、わたしは〈塔〉で学んだ。けれどもいろいろあって――そう、ほんとうにいろいろあって――結局わたしは〈塔〉を離れ、十四年ぶりに故郷に戻った。


 〈塔〉にこもらず現世に下った賢者に求められる役割は大きく分けてふたつ。

 人々の健康を守る薬師と、知識を授けて導く教師だ。

 わたしもまた、故郷のヴィルゲン島で『村の賢者』としての役割を果たしている。

 と同時に、〈塔〉の研究員の資格も維持していて、このためにはいわゆる研究活動も行わなくてはならないのだ。


 年に一度、〈塔〉に報告書を出すのは研究員の義務だ。これを怠ると研究員の資格を剥奪されてしまう。

 研究員資格を失うのは正直きつい。特に研究員向けのお手当てが出なくなってしまうのが困る。本気で困る。だってこれ、貴重な収入源なのだ。

 そりゃ、真面目に賢者として働いていれば、村の人たちが食べ物やちょっとした日用品くらいは提供してくれる。だからとりあえず、食いはぐれる心配はいらない。

 でも、魔法に使う道具類とか、新しい書物なんかは、村人から手に入れられるはずもなく。

 うん、お金は大事。きちんと報告書さえ出しておけばいくらかはお手当てがもらえるんだから、これを利用しない手はない。

 だけど――


(そろそろちゃんと遺跡の再調査もしておかないと。このままじゃ締め切りに間に合わなくなってしまう)


 つまりそういうことだ。

 締め切り間近にもかかわらず、今年の報告書はさっぱり進んでいないのだった。


 言い訳をするならば。

 最近は教師の仕事がどうにも忙しかったのだ。

 夏のはじめから教室で学び始めた六歳のオーレは、まだ勉強を始めるには幼すぎたのか、どうにもこうにも集中力が続かない。なかなかじっとしていられない上に、油断しているとすぐに騒ぎ出す。

 ほんとうはもっと成長するのを待ち、時期を改めて……と言いたいところだけど、母親のヨルディースがなかなか納得してくれそうもない。だからなんとかオーレをなだめつつ、他の子たちも集中できるような状態を作り出せるようにしている。

 ……しているつもりだけど、正直、うまくいっているとは言いがたかった。


 それに加えて、今年は天候が不順だったせいか、どうも薬草の育ち具合が悪い。

 普段なら、薬草園の手入れは使い魔に任せきりにしている。

 畑仕事を受け持っている使い魔キキィは、あまり頭はよくないけれど、素直で勤勉な子だ。なかなか行き届いた仕事をしてくれるので、安心して寝坊ができる。

 わたしは草木が好きだ。観察するのは楽しいし、世話をするのだってしあわせな気持ちになる。

 でも、どうも朝が苦手なので、うっかり寝過ごして朝の水遣りをすっぽかしてしまうことがある。乾燥の激しい季節でも畑が枯れずに済んでいるのは、実のところキキィのおかげだったりする。

 でも、こうも天気がおかしいと、きちんと自分で毎日見てまわって細かな管理を怠らないほうがいい。キキィは勤勉だけどあまり融通がきかないのだ。

 そう、薬草はとても大切。

 こんな辺境の島では薬なんておいそれと買えるものじゃない。行商人はめったに来ないし、第一、わたしが調合した薬のほうがそこらの怪しげな商人の薬よりもよっぽど信頼できるし。

 だからわたしの薬草園は、村人の健康を維持する上でものすごく大切な役割を果たしている。

 果たしているはずだ。

 ……はずなんだけど。


 この島の人たち、昔からなんだかやたら頑丈で健康で。

 島に戻ってからの五年間、わたしの医療の知識や癒しの技が生かされたことは、正直数えるほどしかない。せいぜいが去年の冬、風邪がはやったときに薬湯を配ってまわったとか、その程度である。

 無病息災、それが一番だ。

 特にこんな辺境のちいさな島では、ちょっとした病気や怪我だって島全体に影響を及ぼす大惨事になりかねないのだし。

 それはよくわかっている。わかっているけれど……役に立っている実感がいまひとつ感じられないのは、けっこうさびしいものだったりする。


 ともかく、そんなこんなでわたしは毎日疲れきっていた。そのせいもあって、このところどうも研究活動が怠けがちになっていたのだ。

 それではいけないのはわかっている。でも実際、気力も体力も毎日ごりごり削られていたし、報告書の提出までにはまだまだ日があるものだと思っていたから。


 まあ、切羽詰まるまで後回しにしていたのは、たしかによくない。

 もっと早い段階から、少しずつコツコツ片付けていれば、土壇場で困るようなことにはならないわけで。


 ……ああもう、わたしの見通しが甘かったんです。

 時間なんてあっという間に過ぎていくものなのに。それを知らなかったわけじゃないのに。

 というか、去年もおととしも切羽詰まった状態でどうにかこうにか報告書を送って、来年こそはゆとりを持って書類を作らなくちゃって思っていたのに。いたはずなのに。


 過ぎた時間を悔いてもしかたない。今できることから片づけて、最善を尽くすべきだ。

 とりあえず、今できることは――


(いい機会だ。今朝はとりあえず遺跡まで散歩してみようかな)


 遺跡は東の岬にほど近い林の中にある。そんなに遠いわけじゃない。

 ロッサの村のはずれに建つわたしの庵からならば、一刻もあれば行って帰ってくることができるだろう。


 手早く身支度を整えると、食卓の上に置きっぱなしにしてあったパンにかじりついて、水と一緒に飲み下す。

 うん、二日目のパンはさすがにちょっと硬い。薄く切って軽くあぶればいいのかもしれないけど、それだと時間がかかって面倒だし。

 まあ、とりあえず食欲は満たされた。遺跡に向かって出発するとしよう。


 わたしは扉をひらくと、さわやかな空気のただよう早朝の野外へと足を踏み出した。

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