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黄金竜の約束  作者: 霧原真
第1章 来たれ、愛しき竜よ!
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14.〈塔〉からの返答

 〈塔〉に行っていたアンベルが戻ってきたのは、翌日の昼過ぎだった。


《待たせたな》


 平凡な家猫の姿をとり、アンベルは疲れたような声でそう言うと、空中から一巻の羊皮紙の巻物を取り出して、書物机の上にふわりと降ろす。

 〈塔〉からの返書だ。

 わたしが巻物を手に取るのを見届けて、アンベルは言い訳がましい調子で言った。


《思いのほかにお偉方の会議が長引いたのだ。ところで留守中、何か変わったことがあったのではないか? 主もあやつも、なにやら落ち着きがないように見えるのだが》

「ええ……そうね」


 わたしは遺跡での出来事をアンベルに説明する。

 謎の人物との遭遇、そしてルシアンが竜へと姿を変えたこと。


《むう……》


 軽く唸るような声を洩らして、アンベルは黙り込んだ。


《予想しなかったわけではないが、やはりなかなかに面倒な状況になっているようだな。どうやら〈塔〉の判断は妥当なようだ》

《〈塔〉の判断って……?》

《〈塔〉はこの一件をかなり重く受け止めている。長い時間をかけて会議を行い、そして……ああうむ、まずはその返書を読んでみるがいい》


 妙に思わせぶりな言い方をするものだ。不穏なものを感じつつ、わたしは巻物を開いて、書かれている内容に目を通す。


 手紙の内容は、次のようなものだった。


 ――魔力の変動、および不審なるものの顕現に関する報告、大変興味深く拝見いたしました。迅速なるご連絡に加え、現状で知りうる事柄を過不足なくお知らせいただいたこと、感謝に堪えません。

 貴方が遭遇した不審なるものは真竜と関わりがあるのではないかとのこと、一同、大変興味を抱くところであります。つきましては、該当の人物を伴い、早急に〈塔〉へ来訪されることを要請するものであります。

 なお、緊急を要するとの判断に基づき、〈回廊〉の使用を許可いたします。商都サルテンガルドの〈門〉に連絡いたしますので、現地より直通路を使用し、至急速やかに〈塔〉に来訪されますよう。云々――


 つまり。

 ルシアンを連れて、至急〈塔〉までやって来い。要約すればそういうことになるだろうか。


 〈塔〉のある古都シフェラーンは、このヴィルゲン島のはるか西。まともに徒歩で行けば、ゆうにふた月はかかる。〈回廊〉の使用許可が下りたのはありがたい限りだ。

 サルテンガルドの街までは、順調に行けばおよそ八日程度。それなりの距離はあるけれど、シフェラーンまでの全行程を歩いて移動することを思えば、ずいぶん楽ができる。


 古都シフェラーンの〈塔〉――。

 もう二度と戻ることはないと思っていた。

 ああ、『戻る』わけではないのよね。わたしの仕事はルシアンを送り届けることだ。ただ〈塔〉に立ち寄って、またすぐに島へ戻る。ただそれだけのことだ。


《どうしたのだ?》


 考え込んでいると、アンベルが声をかけてきた。


《ああ、〈塔〉からの手紙なんだけどね。ルシアンを連れて、至急〈塔〉まで来いって》

《ふむ》

《でね、サルテンガルドから直通の〈回廊〉を使用してもいいって。助かることは助かるけど、わたしの報告、どうしてこんなに重く受け止められているのかしら》

《まあ実際、おおごとであろう? 〈混ざりもの〉とはいえ真竜の眷属が、通常の召喚ではない方法でこちら側に姿を現したのだ。しかもどうやら、まともとは言えない呼ばれ方でこちらに来た竜は、あやつだけではないとなれば》

《ええ。でも、わたしが報告を送った時点では、そのあたりのことはわかってなかったはずよね》

《いや、別途、報告があったのだ。大陸の東部で、未知の竜が目撃されたと》

《なんですって》

《〈塔〉の賢者ならば、新たにあちら側から僕を呼び出せば、速やかに〈塔〉に届け出ているはず。〈塔〉にその存在を把握されていない竜――しかも真竜と思しきものが姿を現す、あってはならない事態だ。そこに主の報告が加わった。議論の的にもなろうというものよ》

《そう……だったの》


 大陸の東部で目撃された未知の竜。きっとあのエゼルウィンのことに違いない。

 彼は人間の男の姿でわたしたちの前に現れた。だけど、あれが彼の真の姿であるはずがない。ルシアンと知己の間柄で、何らかの魔力を有している存在。あちら側の竜――真竜であると考えて間違いないだろう。

 彼は自分の思うままに魔力を使えない状態にあった。ルシアンに魔力を込めて〈呼びかける〉ことができないと言っていたし、自分の意志に反してあの場から立ち去らなければならなかったのだ。おそらく誰かの使い魔であるに違いない。


 でも、だとしたら辻褄が合わない。〈塔〉に所属する賢者によって召喚された使い魔は、すぐに〈塔〉に届け出て登録を行わなくてはならないはずから。

 召喚術の歴史には暗い側面がある。それだけに、〈塔〉は召喚された僕とその主に対して、細かくて厳しい管理体制を敷いている。

 〈塔〉にその詳細が把握されていない使い魔がいるというだけでも不穏な話なのに、それが最強最大の幻獣である真竜だというのは――とびっきりに不穏な事態だ。〈塔〉が慌てるのも無理はない――いやむしろ、当然と言える。


 それにエゼルウィンは、気にかかることを口にしていた。

 あのとき彼は、わたしがルシアンを『邪法で縛り、こちらに呼び寄せた』のだと決めてかかった。

 〈塔〉の賢者が学ぶ召喚術は『邪法』と呼ばれるようなものではない。召喚される側の意志を最大限尊重して、合意のもとに契約を交わす、それが賢者の召喚術の根本理念だ。

 けれども、『邪法』としか呼びようのない召喚方法も、かつてたしかに存在していた。

 彼、エゼルウィンを召喚するのに使われたのは、そういう類の術なのだろうか。だとしたらそれは、〈塔〉の掟から激しく逸脱した行為であると共に、あちら側の存在に対する大いなる裏切りでもある。


 ああ、もしかしたら。

 これって、ものすごくまずい事態なのかも。

 わたしはちいさな島の一賢者。〈呼ばわる力〉だけは平均を上回っているけれど、ほかにはたいしたところのない、ごく平凡な術者だ。禁忌の邪法だとか、異界と人界の信義を揺るがす違法行為だとか、そんな危なくて怪しげなものとは関わりたくなんてないのに。


 ともかく、今できること、すべきことは、ルシアンを連れて〈塔〉に向かうことだろう。

 さいわい、今は夏場で、旅に向いた季節だ。

 ただ、わたしは旅慣れているとはとても言えないし、ルシアンに至っては、そもそも人間としてふるまうこと自体に慣れてなさそうだ。短い旅であっても、不安は尽きない。

 ただまあ、アンベルがいてくれるのは心強い。世慣れた使い魔が付き添っていれば、決定的に危ない目にあうような事態は避けられるだろう。


《旅支度をしなくてはね》


 ため息交じりにそう言うと、アンベルは肯定の念を送り返してきた。


 〈塔〉に向かうとなれば、しばらくはこの島を離れることになる。自分自身の旅支度に加えて、子供たちの教室や薬草園の管理、旅立つ前に手配すべきことは山積みだ。

 とりあえず、明日は至聖所の祭司さまのところに、教室のことを相談しに行こう。それからインガの――ううん、兄の家に行って、挨拶をしておかないと。

 やるべきことをひとつひとつ思い浮かべて頭の中を整理している最中に、アンベルが声をかけてきた。


《そういえば主よ。今年の研究報告書はどの程度進んだかね? やっかいな事態が持ち上がったとはいえ、あれはあれとして片づけなくてはならないからな》

《粗いところはあるけれど、提出のめどは一応立っている……そんな感じかしら》

《なんと。このような面倒ごとが起っているにもかかわらず、ずいぶんと頑張ったのだな》

《ええ……まあね》


 実のところ、ルシアンとどうつきあっていいかわからなくなったからこそ、報告書の執筆がはかどったのだとも言える。目の前にぶら下がっている仕事に専念しているほうが、まだしも気分的に楽だったから。

 ああ、ルシアンにも状況を説明しないと。彼はエゼルウィンを探しに行きたいみたいだけど、そのためにも〈塔〉の助力は不可欠なのだ。そう説明すれば、〈塔〉へ行かなくてはならないと納得してくれるだろうか。


《そうだ、アンベル。ルシアンの服、また調達してこないと。昨日、竜に戻った時にすっかり破れちゃったから、着替え、足りないと思うの》

《なんとまあ……》


 アンベルはあきれたような〈声〉をもらす。

 だが、少し考え込むようなしぐさを見せてから、さらに言葉を足した。


《しかし、思うに主よ、今のあやつは相当に不安定。このまま人とも竜ともつかぬ状態であり続けては、なにかと問題も多かろう》

《でも、仕方ないでしょう。本人が帰りたくないみたいなんだし。だから、なるべく人として過ごせるようにしてあげたらいいのかなって、そう思ってるんだけど》

《いっそのこと、あやつ、主の使い魔にしてしまうのはどうか?》

《え……》

《われがこちら側に居続けられるのは、契約を結びし使い魔なればこそ。つまり、あやつも真竜としての本性に立ち戻って主と契約を交わせば、安定した状態で日々を送ることができるのではないか》

《でもそれは……ごめん、ちょっと嫌、かも》

《主が僕を増やしたがらぬことは先刻承知しておるよ。そも、邪法絡みの厄介ごとである可能性も否めぬ。だが、〈混ざりもの〉とはいえ、真竜の眷属なのだ。使い魔としてはかなり――いや、とびきり強力な部類に属するであろう。何よりもこちらに留まることを本人が望んでいるのだ。双方にとって益になる方法とは言えまいか》

《そう……だけど》

《無理にとは言わぬ。だが、そういう選択肢もあるのだということを、承知しておくがよい》

《……そうね》


 アンベルの提案は合理的だ。魅力的ですらある。

 でも、力あるものを『僕』と呼び、使役することにはどうしても抵抗を覚えてしまう。

 ううん、そうじゃない。

 力あるものをわたしの意のままに従える。そこには快感がある。えも言われぬ満足感がある。そのことを自覚しているからこそ、わたしは嫌なのだ。

 それに、彼は真竜だ。

 真竜を使い魔として従える――それは、召喚の技を使う者にとっては夢見てやまない理想。

 竜を使い魔に従えた術者は〈竜使い〉もしくは〈竜の友〉と呼ばれる。このふたつ名を得た者は、最も権威ある召喚者と見なされる。それをこんな形で偶然手に入れてしまうのは、ぜんぜん公平じゃない。

 でも、ルシアン本人にとっては、どうするのが一番いいのだろう。こちらの世界に居続けることを望むならば、誰かの使い魔になってしまうほうがいい。それはたしかなのだけど。


 考え込んでしまったわたしを励まそうと思ったのだろうか。アンベルはまるで普通の家猫のように、わたしの腕にそっと頭をこすりつけてきた。


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