プロローグ
生い茂る緑に埋もれた石造りの遺跡に、わたしは立っていた。
不規則に立ち並ぶ倒れかけた石の柱。足元の石畳はところどころ剥がれていて、半分以上が草むらに埋もれている。
見上げる頭上には天井はとうになく――いや、もとからそんなものはなかったのかもしれないのだけど――重なり合う木々の枝が円蓋を作り上げているばかり。
夏の昼下がり。林の外は嫌になるほど暑いのに、遺跡はむしろひんやりと涼しい。
木漏れ日がちらちらと入り込んでくるものの、頭上を覆う木の葉の重なりは厚く、遺跡はほとんど影に覆われている。
けれどもわたしの正面にそびえる石碑の上には、燦々と真夏の太陽の光が差し込んでいた。
わたしはそっと石碑に歩み寄り、その表面に刻まれた文字を指でなぞる。
知らない文字だ。きっと大昔のものなんだろう。祭司様が見せてくれた古いお祈りの本に書かれていたものと似ているような気がする。
(この字、読めたらいいのに)
ここに来るたび、わたしはいつもそう思っていた。
でも、読み方がぜんぜんわからない。
いつもはそこで諦めていた。でもこのときのわたしは違った。
(読めないかな。でたらめでもいいから)
石碑の文字はお祈りの本の文字と似ている。だったら、似ている字を拾い出して、音だけでもいいから読み方をまねてみたらどうだろう。
そう思って石碑の表面を眺めるのだけど、思ったほどには似ている字はなくて。
(あれ、でも……)
石碑のずっと下のほう、長い文字の連なりの一番最後に、なんとなくだけど、読めるような気がする文字の並びを見つけた。
「……ヴェーニ、ディレー……うーん……ディレークテ?……んっとそれから、ドラーカ? ドラーコ?」
拾い出した音を続けてみる。
――ヴェーニ、ディレークテ、ドラーコ
あ、なんかすごくそれっぽい。
ほんとうにお祈りの言葉みたいだ。
嬉しくなったわたしは、石碑の上に右手を乗せたまま、見つけ出した言葉を声に出して唱えてみた。
「ヴェーニ、ディレークテ、ドラーコ!」
その瞬間。
突然、石碑から――ううん、もしかしたら石碑の後ろの中空からかもしれない。
そんな、どことはっきり言い表すことのできないところから、ぱあっと金色の光があふれ出た。
まぶしい。とてもじゃないけど、目を開けていられない。
わたしはあわてて目をつぶる。
閉ざしたまぶたを透かして、なおも光が感じられる。
わたしはさらにぎゅっと目をつぶって、光が弱まるのをひたすら待つ。
どれくらいそうしていただろう。すこしずつ光が引き始めて。
(もう大丈夫かな?)
おそるおそる目を開けたわたしは、そこに思いもしなかったものの姿をみとめた。
金色に光輝く、巨大な竜――
おとぎ話でしか知らなかった畏るべき存在が、中空で羽ばたきながら、じっとわたしを見つめていたのだ。