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 ロッテルダムを出て二週間。

 里帰りを済ませ、レジーナはロッテルダムへ帰って来た。


 ジャックやニーズヘッグからの手紙も受け取り、みんなへのお土産もある。

 出迎えが無いのは寂しいが、今日帰ると伝えていなかったから当然だ。

 突然、姿を現して驚かそうと思ったので仕方がない。


 今のレジーナのような人のために、港にはタクシー代わりの馬車が用意されている。

 マジックポーチがあるので、荷物の重さは気にならないが、屋敷までの距離があるので馬車で帰る事にした。

 時間もあるのだが、早く帰りたい理由があるからだ。


(早くあの人に会いたい……)


 レジーナはゾルドと離れ、考える時間ができた事で気づいた。


 ――私は彼を愛している。


 ロンドンを追い出された時は――


”この人には私が傍にいてあげないといけない”


 ――という気持ちが強く、愛を感じてはいたがそこまで強くはなかった。


 ほんの少し別れただけだが、ブリタニアに行っている間考える事はゾルドの事ばかりだった。

 もちろん、人としてどうかと思うところは多い。

 それでも、自分だけを見てくれるというのは、やはり嬉しい。


 元婚約者のケビンは、大人になったレジーナが手料理を振る舞い始めた頃から、何故か心が離れて行った。

 親の決めた婚約だったとはいえ、とても傷ついた覚えがある。

 しかも、レジーナが魔神捜索という重要な任務でいない間に、妹のメアリーと結婚してしまっていた。

 あまりにも酷い結果に衝撃を受け、崩れ落ちそうなレジーナを支えてくれたのはゾルドだった。


 ゾルドがハーレムを築いていた頃は、女にだらしないと思っていた。

 しかし、傷ついた自分の事を見守ってくれていた。

 数多く女がいるハーレムで、二、三日に一度レジーナと添い寝をするというのは、かなりの頻度である。

 魔神のお気に入りという事で、他の女達に妬まれていたくらいだ。

 だが、皆もゾルドに夢中だったくせに、ゾルドに付いてきたのは自分だけだった。


 ――この人の良い所に気付いたのは自分だけ。


 その事が、レジーナに自信を持たせていた。

 自分には人を見る目があるのだと。 


 実際、ロンドンを追い出された後のゾルドはレジーナにだけ優しい。

 しかも、あれだけ女にだらしなかったのに、他の女に見向きもしなくなったのだ。


 ――自分だけを見てくれている。

 ――愛されている。


 そう思うようになった。


 それからだ。

 この人を絶対に失いたくない。

 誰よりも一番近くに居たいと考え出したのは。


 今回のブリタニア行きで、その思いはより強くなった。

 一度離れる事で、ゾルドへの愛を再確認できた。

 自分への最高のお土産だ。


 ホスエには、意地悪な事をお願いしてしまったと後悔していた。

 レジーナはゾルドの愛を信じているというのに、無駄な事を頼んでしまった。

 きっと、ホスエは頼まれた事をゾルドに伝えようか悩んでいる。

 ホスエには、ちゃんと謝らないといけない。


「お客さん、着きましたよ」

「あら、ありがとう」


 どうやら、考え事をしている間に着いたようだ。

 レジーナはチップとして少し多めに料金を払い、馬車を降りた。

 二週間ぶりなのに、屋敷がやけに懐かしく思える。


 微かに声が聞こえるので、ホスエが裏庭で鍛錬しているのかもしれない。

 ホスエは神教騎士団風の鍛錬をしている。

 その姿を見られないよう、裏庭でテオドール達と居るのだろう。

 レジーナは荷物を置いたら”ただいま”と”ごめんなさい”を言いに行こうと思い、屋敷の玄関へと急ぐ。


 すると、屋敷からゾルドが出て来るのが見えた。

 手にはジョウロを持っている。

 どうやらレジーナの花壇に水をやるようだ。

 しかし、そこに小さな影が付き従っていた。

 獣人の女の子だ。

 仲も良さそうな感じがする。


(そんな……、こんなの考えもしなかった。いえ、考えたくもなかった。また隠し子だなんて……)


 レジーナはその場で立ち尽くす。

 ゾルドの下半身のガードが緩い事は知っている。


 だが、愛を再確認したところなのだ。

 他の女の子供を引き取って、同棲生活をする事になるなんて思いもしなかった。

 彼女は自身も気づかぬ内に、両目から涙をあふれさせていた。



 ----------



 テレサの子供達を引き取っても、ゾルドが心配していたように騒がしくはならなかった。

 子供達はよく躾けられていたからだ。

 もちろん、テレサの手によってではない。

 娼館の手によってだ。


 子供と言っても、物心つく頃には働かされる。

 客の前で騒がしくすれば、厳しく折檻されてしまう。

 口で注意するよりも、体に覚えさせるのだ。


 そんな子供達が、父親が出来て屋敷に部屋を与えられた。

 食事は美味いし、使用人までいる。

 叩かれたりもしない。

 子供らしく喜ぶよりも、いきなりの環境の変化に混乱してビクビクしているくらいだ。


 兄妹で、先に馴染み始めたのは兄のマルコだ。

 適応能力が高いのだろう。

 屋敷に来て三日目には、仕事以外の事に興味を持ち始めた。

 しかし、ホスエにとっては残念な事に、マルコはテオドールに懐き始めた。

 その次にゾルドだ。

 さすがに父親として張り切るホスエが不憫になり、ゾルドがマルコに聞いてみたところ――


「テオおじさんはギャングのボスっぽくて格好良いです。おやっさんは、テオおじさんみたいなギャングのボスをいくつもまとめるボスのボスっぽくて格好良いです」


 ――なんて事を言ってきた。

 今ではテオドールを見習い、ホスエから一緒に剣を学んでいる。


(これじゃ、ホスエに出て行かれるかもしれない……)


 ただ、ゾルドからすれば、マルコがそういうお年頃なのだとしかいえないのだ。

 もしかすると、娼館でそういうタイプの大人が威張っていて、それが強そうに見えたのかもしれない。

 マルコも男の子だ。

 強そうな男に憧れるのだろう。


 だが”子供の教育に良いか”と聞かれれば、ゾルドでも”悪い”としか言えない。

 ホスエが子供の将来を考えて、家族でどこか家を借りて引っ越すと言い出す可能性がある。

 何かホスエと仲良くなるきっかけを作ってやらねばならない。


(いや、でもこれはテオドールが悪い)


 まだ幼いマルコが”おやっさん”なんて言っていた。

 絶対にテオドールがゾルドをそう呼んでいたのを聞いて覚えたはずだ。

 しかも、最近はラウルまで”おやっさん”と呼び始めている。

 副会長を解任されて、他の呼び方がないのかもしれないが”アダムスさん”でも良いだろうに。

 このあたりで一度注意しておく必要がある。


 とはいえ、一応は良い事でもある。

 マルコ達は物心ついた時から働く事を強制されていたのだ。

 その癖で子供が屋敷の中で”仕事が無いか”と探してうろつくのは、ゾルドにとっても外聞が悪い。

 テオドールと一緒とはいえ、剣を学ぼうとしてくれるのは良い事だった。





 妹のミランダは、初めて屋敷に来た日はテレサの傍から離れなかった。

 翌日からは、食器洗いや掃除などを手伝おうとしていたが、それは使用人が戸惑うので止められた。

 テレサは”ゆっくりしてていいのよ”と言ってやったが、ずっと働き続けていたミランダにはゆっくりするという事がわからない。

 昼寝をしたりしていたが、すぐに目を覚まして辺りを見回してしまうのだ。


 ――何か仕事をしなければいけない、と。


 誰かに怒られると思って、昼寝もできない。

 マルコが9歳、ミランダが6歳だという事を考えると、可哀想ではある。


 そんなミランダに、ホスエは対応に困った。

 テレサとは子供の頃にボールで遊んだり、ままごと遊びをしたりしたが、ミランダはそういった事に興味を持たない。

 遊ぶという行為に罪悪感を植え付けられているのだ。

 厳しい教育をされているとはいえ、マルコくらいの年になれば他の事にも興味を持つ余裕がある。


 だが、テレサはまだ幼い。

 日々の仕事に追われ、自分の事を考えるという余裕を持てなかった。

 結局、テレサの近くで手持ち無沙汰に座っているだけになっている。


 テレサの子供時代と違い過ぎて、ホスエはどう遊んでやれば良いのかわからなかった。

 子持ちの使用人に意見を聞いたりもしたが、ミランダの生まれ育った環境が特殊過ぎて参考にならない。


”父親として頑張る”


 そう言ったにも関わらず、何もミランダにしてやれない。

 ホスエは悪くないのだが、自責の念にかられていた。


 そんなホスエが思いついたのは――神頼みだった。


「アダムス兄さん、何か良い方法ないかな」

「えぇぇぇ……」


(こっちに話を持って来るかぁ……)


 ゾルドは”神頼み”なんていう無茶な願いをされてしまう神様の気持ちを今、思い知った。

 こんな無茶を振られても困るだけだ。

 ゾルドだって、子供の扱いなんて知らない。

 特殊な生い立ちなら、なおさらだ。


 しかし、ここで突っぱねるのはよろしくない。

 上手くやれば、ホスエの性格上恩を忘れないだろう。

 味方に付けておくには、何か考えてやる必要がある。


「何か考えておこう」

「ありがとう、こっちも色々試してみるよ」


 頭を抱えて立ち去るホスエを見ながら、ゾルドも頭を抱えていた


(これじゃまるで聖人プレイだ。だったら、最初から天神でやっときゃよかった)


 人助けが面倒だからと魔神を選んだのに、仲間のためとはいえ人助けをしなければならない。

 天神にしておけば、酒池肉林の桃源郷で魔神討伐の報告を待っているだけで良かったのに。

 ここがゲーム内であれば良かった。

 人助けをしようが、そういうプレイだと割り切れるからだ。


 この世界が異世界で現実だと知った時から、ゾルドにとって善行は苦痛でしかない。

 例えるなら、新品未使用だとわかっていても、便器の中に手を突っ込むような不快感がある。


 だが、今のところホスエは貴重な仲間だ。

 嫌でも何か考えてやらねばならない。


(花壇の世話にでも行くか)


 何も思いつかないので、ゾルドは気分転換に花壇の手入れをしようと思った。

 生垣までレジーナが魔法で切り揃えるので、庭師を雇っていない。

 メイドなどの使用人にやらせてもいいのだが、それで本来の仕事がおろそかになっても困る。

 花壇が広いだけに、水やりをするだけでも時間がかかってしまうからだ。


 これはレジーナに頼まれた事ではなく、ゾルドが自発的にやっている事だった。

 ベルシュタイン商会の副会長を解任されて以来、書斎で歴史の勉強をしているだけ。

 太陽の下で体を動かし、気分転換をしたいと感じたからやっている事だ。

 とはいえ、最近では少し後悔し始めていた。

 雑草抜きなんて、考えるだけでもうんざりする。


(そうだ、ミランダを誘ってみるか)


 子供とはいえ、虎の獣人だ。

 肉食獣が花の世話をするというギャップも面白いかもしれない。

 それにゾルドにとって、花壇の手入れは作業だ。

 手伝いがいると楽になる。

 それにミランダがガーデニングという趣味を持てば、レジーナの良い話し相手になるかもしれない。

 そう思うと、ゾルドはさっそく行動する事にする。


 ミランダは探し始めるとすぐに見つかった。

 テレサとリビングに居たからだ。


「ミランダ、暇だったら花壇の水やりを手伝ってくれないか」

「はい、旦那様」


 子供らしからぬ返事だが、そう躾けられているならすぐに変えようとは思わなかった

 何事も少しずつ慣れていけばいい。

 今すぐに変えようとして、ストレスを与えるのも良くないだろう。

 それに言葉使いくらいは、ホスエが直してやればいい。

 ゾルドはあくまでもサポートだ。


 ゾルドはミランダを連れ、庭へとむかった。

 そこで水やり、雑草取りといった地味な作業を行う。


「これが花になるんですか?」


 雑草と間違えて花の芽まで摘まないように注意すると、ミランダが興味深そうにゾルドに聞いた。

 小さな草みたいな物が綺麗な花になるというのが信じられないのだろう。


「そうだ。小さな種から芽が出て、やがて花になる。成長していくのを見た事はあるか?」


 ミランダは興味を持ったようで、少し笑みを浮かべながら首を振る。


「まだ見た事ないです」


 娼館では花はあるが、娼館側が飾りで用意するか客からのプレゼントだ。

 種から育てる余裕もないし、暇もない。


「それじゃあ、ここで初めて見れるな。興味を持ったなら、花壇の世話を手伝ってくれ。イブが帰って来たら一緒にやるといい」


 初めて聞く名前に、ミランダは小首をかしげる。

 大人の女性がやるとあざとい仕草も、子供がやれば純粋に可愛さだけが感じられる。


「イブって誰ですか?」

「俺の恋人で、婚約者だ。今は里帰りをしているから、帰って来たら紹介してやる」


 今のところ、面白半分に花壇を踏み荒らしたりする様子はない。

 子供らしくない落ち着きもあるので、花の成長を見守るなんていう気長な事にも付き合えるだろう。

 花に興味を持ったのなら、レジーナとも話が合うかもしれないとゾルドは思った。


 少しずつだ。

 少しずつ、ミランダには屋敷の仕事以外の事に目を向けさせていく。

 そしていつか、マルコのように他の事に熱中してくれれば良い。

 そうすれば、ホスエの心労は減り、ゾルドは”子供を働かせている”という外聞を気にしなくて済む。


(ああっ、クソっ。ガキなんてめんどくせぇな。大人なら金で頬面引っ叩いておけば大抵言う事聞くのに)


 ゾルドだって子供の扱いなんて知らない。

 それも、娼館で下働きをしていた子供の事なんて。


”働こうとするのをやめろ”

”子供らしく遊べ”


 そんな事を言っても、働く事しかしらず、遊び方も知らない子供に通じるだろうか?

 ゾルドは通じないと思った。

 だから、こんな回りくどい事をしている。

 ゾルドはこんな面倒事を押し付けて来たホスエに、少しだけ恨み言を言いたい気分になっていた。


 幸いにもゾルド達の努力は実った。

 二週間が経つ頃には、子供達も新しい生活に慣れてきたからだ。

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