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 金を得てから一週間。

 その間は動かなかった。


 ――いや、動けなかった。


 万が一の事を考えて、警戒していたからだ。

 人間、追い詰められれば何をするかわからない。

 教会関係者だと嘘をついているので、あの場にいた者達は行動しないだろう。

 だが、事情を知らない者達は”何故アダムス・ヒルターを野放しにするのか?”と思うはずだ。


 例えば、王太子では無くなったどころか、継承権を奪われ廃嫡されたフィリップ王子派の者達。

 国王レオポルドが貴族達を抑えてはいる。

 それでも事情を知らない彼等の中から、暴走する馬鹿が出て来る可能性はある。

 襲撃者への警戒は怠れなかった。


 とはいえその間、ただ閉じこもっているだけでは無かった。

 屋敷に居ても、出来る事はある。

 これからどうするかだ。


 行動指針は決まっている。


 ――金を集め、人を争わせる。


 ゾルドは元々しがない営業マン。

 国家間のいざこざに首を突っ込んだ事などない。

 5兆エーロあれば中小国なら争わせるだろうと確信を持ってはいるが、どうするかが思いつかない。


(戦争に買った方が賞金総取りなんて、そんな話に誰も乗らないよなぁ……)


 地道に政府高官を買収して、国家間の仲違いをさせようとも考えた。

 問題は誰がどの程度の力を持っていて、どの国と仲違いさせられそうかを知らない。

 ゾルドはジョゼフに手紙を送ったが、さすがにガリア国外の人間関係までは期待できないだろう。

 そうなると、ガリアとオストブルクの戦争を泥沼化させるくらいだろうか。


 今のゾルドは、ニーズヘッグに言われた”魔神は神への恨みを力にする”という言葉を信じている。

 だが、戦争をさせる利点が、それ以外にもあると気付いた。

 国家間の戦争で戦力を消耗してくれていれば、ゾルドが行動に出た時には弱体化している事になる。

 後々プラスになるのならば、積極的に天神側陣営を争わせたい。


 しかし、その方法が思いつかない。

 仲違いさせるにも、国家の成り立ちや、国家間のいざこざがどんなものがあったかがわからない。

 だから、何かの合間に歴史の本を読んで勉強中だ。

 知識を深めるためではなく、人を陥れるための勉強なのが人として救い難い。


 そんな時、ゾルドは思いついた。

 国家間の策略が思いつかない?

 なら簡単だ。

 思いつきそうな人物に頼ればいい。


 良い事を思いついたゾルドだが、そんな人材はいなかった。


 レジーナ。

 魔法に関しては頼りになるが、人を陥れるような罠を考えるタイプではない。


 ホスエ。

 近接戦闘のプロフェッショナルだが、その性格から陰謀などを考えるタイプではなかった。


 テオドール。

 戦闘力はほどほど、頭も教育を受けていない事を考えればそこそこ良い方だが、ゴロツキのリーダーの域を越えてはいない。


 ラウル。

 戦闘も教育も熱心に学んでいて成長も早いが、まだまだ未熟。


 ラインハルト。

 まだ孤児院が設立されていないし、設立されてもしばらくは浮浪児仲間と一緒にいるので、仲間になるのはまだ先だ。


 これがRPGのパーティーならバランスが良いのかもしれない。

 近接職に魔法職、将来性のある若者達だ。

 だが、一パーティーでの事を考えているわけではない。

 政治か軍事の専門家が、一人くらいは部下に欲しかった。


 一生懸命に考えているのに、自分では良い考えが浮かばない。

 ゾルドは書斎の椅子に背を預け、天を仰ぐ。

 そんな時、とあることわざがふと頭に浮かぶ。


 ――馬鹿の考え休むに似たり。


(うるせぇよ! クソッ、なんでこんな言葉が思い浮かぶんだよ)


 自分で自分を馬鹿にするような言葉が浮かんだ事に、やり場のない怒りがこみ上げる。

 ゾルドは気を紛らわせるために、金稼ぎの事を考える事にした。

 自分の性格の悪さなど、再認識せずとも知っているからだ。

 とはいえ、それもこの一週間で散々考えて来た事だ。


 5兆エーロ。

 これだけあれば、大金を持っているという事だけで何をするにも有利だ。

 もし、ゾルドが新事業を立ち上げるとなれば、5兆エーロが呼び水となり、より多くの投資が集まってくるだろう。

 スタート時点から、有利な状況で始められる。


 そんなゾルドがまず考えたのは、マルチ商法だ。

 最初に考えた商材は”清めの塩”だった。

 ダミアンと顔合わせは済んでおり、あちらはゾルドを天神の密命を帯びた男だと思っている。

 一国丸ごとを任されている司教という地位にいるダミアンの信用度は高い。

 彼が祈りを捧げた塩を、魔を追い払う清めの塩として売りに出そうと思っていた。

 しかし、これはすぐに頓挫する。


 塩は国の専売となっており、勝手に販売する事ができない。

 ベネルクス国内で、ゾルド個人が売る分にはお目こぼしをしてくれるだろう。

 問題はマルチ商法として、大勢の人間が広く商売する事だ。

 さすがにそうなれば、ゾルド相手でも商売を止めるように言ってくるはずだ。


 ならば次はと、健康食品を商材にしようと考えた。

 だが、これは健康食品について調べたら、すぐにダメだとわかった。

 この世界の食品は、無農薬野菜ばかりだ。

 オーガニックだなんだと、ありがたがる要素がない。

 普段食べている物、全てが有機野菜なのだから。


 日本ではマルチ商法の会社が浄水器などを売っていたので、こちらの世界では鍋などの金物はどうかと考えた。

 だが、金物も無理らしい。

 ホスエの実家はそれなりの規模の商家であったが、鍋の底に穴が開いても塞いで使っていたらしい。

 商家でそれなら、一般人は良い金物だからと簡単に買い替えないだろう。

 そもそも、売りになる特徴が思いつかなかった。


 それだけではない。

 霊感商法や内職商法もどうかと考えた。

 だが、どれもイマイチに思えて実行する気になれない。


 これは、ゾルドが大成功を収めたせいだ。

 ゾルドはアイデアを出しただけで、実際はベルシュタイン商会が動いて金を集めていた。

 ゾルド自身は働きもせず、楽に5兆エーロも稼いでしまった。


 それに比べれば、どれも苦労の割りに儲けが少なく思えてしまう。

 何かをしようという意欲を失ってしまってしまうのだ。


 ゾルドは大きな成功を経験してしまったせいで、小さな成功の芽を摘んでしまっていた。



 ----------



 ゾルドの屋敷周辺に怪しい人物もおらず、ラインハルトからも怪しい動きをしている者はいないと思うと言われ、ゾルドは行動する事にした。

 その第一弾が、レジーナをブリタニア島へ送る事だ。


 以前、ロンドンではゾルドにどの人間を食うか選ばせようとしていた。

 つまり、彼等は食用に奴隷を購入している。

 となれば、金が必要だ。

 もったいないとは思ったが、1兆エーロと手紙をレジーナに持たせて、ロンドンに送る事にした。

 魔族にも金が必要ならば、それを用立ててやればゾルドのありがたみを感じるはず。


 それに5兆エーロを稼いだ事と、人類社会の内部分裂を狙って行動中だと教えてやるつもりだ。

 ニーズヘッグ達、魔族首脳部がゾルドに感じたのは失望。

 少しずつでも見直させる事で、ゾルドへの態度を軟化させなければならない。

 追い出されて一年ほどでこれだけ稼げば、少しは見直すだろう。

 できる事なら自分自身で話したかったが、ゾルドは追い出されたので、レジーナに向かってもらう。


 あんな追い出し方をさせられた事は忘れていない。

 だが、魔族の力が必要だと思っているからこそ、ここは我慢する。

 不愉快でも、今はご機嫌伺いをしなければならない時だ。

 戦いが終わった時に魔族をどう扱うかは、天神を倒した時の気分に任せる事にした。

 おそらく、良い扱いはしないだろうとはわかっていた。


「ジャック達によろしくな」

「もちろんよ、任せておいて」


 ゾルドはレジーナに三通の手紙を渡している。


 一通はジャックへの手紙。


 魔族の王となった息子を心配する内容だ。

 ジャックは”男なら一人で生きていけ”という、ゾルドが適当に言った事を本気で受け取っている。

 その意識を少しずつ、自分に都合良く変えていかねばならない。

 今回は優しい言葉で”家族には弱音を吐いても良いんだよ”という内容を書いていた。

 そして、いつかゆっくりと話をしたいとも。


 ゾルドはジャックの事を”しょせんはガキだ”と思っている。

 独り立ちして生きていこうとしても、子供である以上はどこかで立ち止まると思っている。

 誰かに相談したい時の相手として、自分の存在を強く刻み込もうとしていた。

 まだ子供なだけに、情に訴えかける手法を取った。


 もう一通はニーズヘッグへの手紙だ。


 まずは自分の愚かさについて謝罪している。

 本心で悪いと思っていなくとも、書面で取り繕う事はできた。

 天神との闘いに備えて準備している事を中心に報告し、何か参考になる意見を求めていた。

 ゾルドに思いつかなくても、長年魔族をまとめ上げていたニーズヘッグなら、何か良い考えがあるかもしれない。


 自分自身の考えた方法で、華麗に解決できれば恰好良いとは思う。

 だが、必要であればゾルドは頭を下げる事ができる。

 例え泥臭く戦おうとも、最後に生き残れば勝ちだ。

 天神との闘いに勝利するため、今は恥を忍んで意見を乞う時だとわかっていた。


 そして最後の一通。

 これは、レジーナの母親への手紙だ。


 前族長だったレジーナの父親は、既に亡くなっている。

 残ったレジーナの家族は母と妹の二人だけだ。

 妹には婚約者を奪われたので、絶縁状態になっていた。

 だから、レジーナの母にだけ手紙を送る。


”娘さんをください”という内容ではない。

 中身はレジーナへの感謝の気持ちを書いているだけだ。


 ――辛い時に自分を支えてくれた事への感謝。


 母親が読めば、レジーナも内容を知ると計算した上での事だ。

 内容を知れば、レジーナは喜び、ゾルドを今以上に裏切らなくなるだろうと考えた。


 もちろん、それだけではない。

 本当に感謝もしている。

 両親が別の世界にいるゾルドと違い、母親が生きて会いに行ける場所にいる。

 それにロッテルダムは魔族との交易港だ。

 海を渡ろうと思えば、すぐに渡れる。

 だから、余裕のある内に家族に会わせてやろうというゾルドなりの気遣いだった。


 ゾルドはレジーナが船に乗り込む前に口付けを交わす。

 そして、船が見えなくなるまで見送っていた。



 ----------



「というわけで、遊びに行くぞ!」


 夕食後、ゾルドはホスエ達を誘う。

 どういうわけなのだろうか?

 皆の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。


「なんだ、たまには男同士の付き合いっていうのをしようじゃないか。レジーナもいないしな。人間や魔物とはやったが、獣人の女とはまだだからな。テオドールはそういう店に詳しいだろ?」

「えぇっ、なんで知って……」


 テオドールはバレていないとでも思っていたのだろうか。

 ラインハルトの情報網を使わずとも、夜に人目を忍ぶように一人で出ていく姿を見れば察する事はできる。

 テオドールはいい年した男だ。

 別に咎めるつもりはない。

 むしろ、獣人向けの店を紹介してくれと頼みたいくらいだ。


「僕はまだ行った事ないです」


 ラウルは少し興味がありそうだ。

 なんとなく10代後半くらいだろうラウルは、そういう事に興味の出てくるお年頃だ。

 恥ずかしさと期待感が3:7くらいに見える。


「あの、その……」


 ホスエが何か言い辛そうにしている。

 ゾルドはそういう店に言った事がないのだろうと思った。

 もしかすると、剣一筋で女性関係も初めてなのかもしれない。

 だが、その気持ちはわからないでもない。


「大丈夫だ。何事も初めてっていうのはある。最初は一人で行くよりも、みんなで行った方が気楽だぞ。もちろん、中では別々に別れるけどな」


 親指をグッと立てるゾルドに、ホスエは申し訳なさそうな顔をする。


「”あの人が女遊びするようなら、帰ってきた時に教えて欲しい”ってイブ姉さんに頼まれてるんだ。止めろとは言われていないけど……」

「えぇ……」


 今回はレジーナが冴えていた。

 ブリタニア行きが決まった時、コッソリとホスエに頼んでいたのだ。

 自分が居なくなったら、きっと他の女に興味を持つと見抜いていた。

 これは観察眼が鋭いというのではなく、ロンドンでの行いを見て来た経験から感じていたことだ。


「お前が黙っておけば丸く収まるじゃないか」

「駄目だよ。イブ姉さんに先に頼まれたんだから、いくらアダムス兄さんに頼まれてもこればっかりは無理だよ。重要な事なら、考えない事もないんだけど……」

「ぐぬぬ……」


(融通の利かない奴め!)


 ホスエのこういうところは困るが、だからこそ信頼もできる。

 レジーナに知られる事なんてほっといて、みんなで遊びに行くのは簡単だ。

 だが、それはレジーナを傷つける事になる。


”レジーナの知らないところで遊ぶのは良いが、知られるのなら遊びに行かない”


 これがゾルドの中の線引きだ。

 レジーナを傷つけるような事はしたくない。

 ホスエに昔の恩を盾に、黙っていろと言うのもしたくはない。

 二人には恩義がある。

 借りをかならず返すと言った以上は、不義理な真似はしたくない。

 この二人に手を組まれたら、ゾルドはお手上げだ。


 これが命に係わることならば恩義など無視するが、今回は女遊びだ。

 二人の心が離れていくリスクを負うほどの内容ではない。

 今回は断腸の思いで諦めるしかない。


「テオドール」

「へいっ」


 ゾルドはそれなりの金が入った財布をテオドールに投げ渡す。


「お前達だけで行って来い。たまには世俗の垢を落とすのも必要だ。お前は二人をサポートしてやれ」

「わかりやした。……けど、いいんですかい?」

「かまわん」


 そうは言うが、ゾルドは物凄く悔しそうな顔をしている。


「ごめんね、アダムス兄さん。僕たちが居ない間に、メイドにも手を出さないでね」

「出さねぇよ」


 金持ちの使用人募集に応募するような女だ。

 それなりに見目麗しい女が揃っている。


 ――この世界基準で。


 洋ゲー風味の女は、ゾルドの好みとはかけ離れている。

 そんな女に手を出すくらいなら、酒を飲んでさっさと寝る方が良い。


「さぁ、俺の気が変わる前にさっさと行って来い」


 ゾルドはさっさと行けと三人を送り出す。

 唇を噛み締め、本当に悔しそうだ。

 ゾルドは、女で失敗した経験がある。

 お陰で魔族の王としての地位を失った。

 それだけに、レジーナやホスエの感情を無視してまで娼館に行こうとは思えない。


 だが、それとこれとは別。

 ゾルドはまだ若い。

 やはり、たまにはハメを外して遊びたいという強い気持ちがあった。

 その気持ちを鎮めるために、何杯か酒を飲みベッドに横になる。


 そして、ゾルドは気付く。

 一人で横になるベッドの広さに。


 レジーナと出会って以来、一人で寝るという事とは無縁だった。

 ロンドンでは横で寝る女は日替わりだったが、二、三日に一回はレジーナが横にいた。

 一人で寝るのがこんな寂しいものだったのかと、ゾルドは思う。


(親父達は一目惚れだったらしいけど、こんな出会い方もあるのかな)


 酔った勢いで、ゾルドはレジーナとの今より一歩進んだ関係にまで考えてしまう。

 飯がマズかったり、ちょっと空気が読めなかったりするところは問題だが、他は不満を持っていない。

 むしろ、ゾルドが不満を言える立場ではない。

 不満を言われる側の人間だ。


 しかし、要人暗殺の道具として買った側と買われた側というのは、男女の出会い方としてはどうかと思われる。

 両親ですら、ちょっとした事をネタにからかい合ったりしている。

 レジーナを妻にした場合、絶対ゾルドがからかわれるネタに使われるだろう。


(あー、ダメだダメだ。なんで、こんな事考えてるんだ。半端に酔っているから馬鹿な事を考えてしまうんだ)


 居なくなって初めて、そばにいてくれる人の価値がわかる。

 だが、ゾルドはなんとなくそれを認めたく無かった。

 ベッド脇に置いたままだった酒瓶の中身をラッパ飲みし、ゾルドは深い眠りへと落ちて行った。

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