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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第五章

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 さらに一ヵ月が経ち、支店の集めた分も含めて3,000億エーロ稼いだところで動き始める。

 一気に金を買い始めたのだ。

 世界にある全ての金を買い占める金額ではないが、市場に全ての金が出回っているわけではない。

 装飾品や部屋の飾りとして個人が所有している金だってかなりの量だ。


 この世界では、金の相場を跳ね上がらせるには十分な額だった。

 市場から金は姿を消していき、相場はドンドン上がり始めた。

 金相場が10倍になったところで、買い占めを一時的に止める。

 すると、相場が上がっているので、持っている金を売って儲けようとする者が出て来る。

 やはり売るなら高い内と、誰でも考えるものだ。

 徐々に金の値は下がり、当初の7倍程度にまで下がったところで、ゾルド達は動き始めた。



 ----------



「今を時めく、アルヴェス会長にお目にかかることができ、とても光栄に思います」


 ヨハンはアルヴェス商会に訪れて、予約も取らずに”緊急で”と無理矢理に、アルヴェスとの面会にこぎ着けていた。


「チッ、さっさと話せ。下らん話のようなら、商会ごと叩き潰すぞ」


 ヨハンに正対するのは、醜く肥え太った兎の獣人アルヴェス。

 突如として、金融界のスターダムにのし上がった彼は、傲慢極まりない性格になっていた。

 元々、男の獣人にはコンプレックスを抱かせる、兎という弱そうな見た目だったせいもある。

 財力という名の鎧を身に纏った今、他者を見下す快感に酔いしれていた。


 それを注意しようと考える者はいない。

 傲慢で、おだてれば調子にのる馬鹿のままで居てくれた方が、周囲の者には都合が良かったからだ。

 今回は、そこに付け込まれる事になる。

 金を集めて、信頼できる人を集めなかった報いだ。


「実は、ベルシュタイン商会の副会長になったアダムス・ヒルターの事なのです。私は彼が憎い。ですから、アルヴェス会長のお力添え頂ければと思いまして」


 アルヴェスは”フン”と鼻を鳴らすと、ヨハンに興味を失ったかのように視線を逸らす。

 それが合図だ。

 アルヴェスの秘書が、ヨハンを退室を促した。


 だが、ここで帰らされてはなんの意味もない。

 ヨハンは食い下がる。


「実は良い儲け話があるんです。アダムスが我が商会を乗っ取って、それを進めております。奴の野望を打ち砕けるのは、あなただけなんです」

「ほう、儲け話か」


 アルヴェスは金に貪欲になっていた。

 もう十分に稼いでいるので、普通なら他の者に商会を譲り、引退してもおかしくない。

 だが、彼は知ってしまった。


 ――時には金が、権力をも越える力になるという事を。


 ポート・ガ・ルーで始めた当初は、今まで通りギルド長でもやっている方が良かったと思っていた。

”金だけ寄越せ”という悪辣な輩が群がってきたからだ。

 冒険者ギルドに務めていた人脈を生かし、護衛を雇わないと街を歩けないような事態にもなった。


 しかし、徐々に会員数が増えていくにつれて、そんな輩は排除されていく。

 初期メンバーに王族を誘っていたのが良かった。

 王族が紹介する者は貴族や大商人が多い。

 そういった者達が、自分達の儲ける機会を損なう可能性のある者達を率先して排除していった。

 社会的に、そして物理的に――。


 そんな権力者達も、今ではアルヴェスの機嫌を伺うようになっている。

 組織が巨大になり、中規模の国ですら経済的に混乱させられる財産を持ったからだ。

 今では王族に頼らずとも、多少の嫌がらせはアルヴェス商会のネームバリューだけで跳ね除けられるほどになっている。

 それが金の力のお陰だという事を、アルヴェスはよくわかっていた。


 儲け話が本当ならば、その金の力が強化される。

 そうなれば、今よりも威張り散らす事ができるのだ。

 興味を惹かれるのも当然の事だった。


「それで、その、報酬なんですが……」

「何が欲しいんだ」


 要求があるのに、言い淀むヨハンをアルヴェスは急かす。

 この後にも予定がある。

 本当に良い話かどうかわからないのに、ダラダラと駆け引きなどしていられないのだ。


「アダムス・ヒルターへの借金を返済するのに必要な1,000億エーロ。それとベルシュタイン商会の存続の保証をお願いします」


 アルヴェスは、しばしの間ベルシュタイン商会に関する事を思い出そうとする。

 ……しかし、思い出せない。

 彼にとって、ベルシュタイン商会など零細企業のようなものだ。

 わざわざ覚えておくほどの価値は無かったから仕方がない。

 そんなアルヴェスの様子を見て、ベルシュタイン商会の状況と、会長と副会長の不仲の噂に付いて秘書が耳打ちする。


「現金の要求が過大過ぎるんじゃないか? 借金は100億程度らしいじゃないか」

「いえ、こちらもリスクがありますので、その分の上乗せです。それ以上の大きな儲け話になりますので、損はさせません」

「わかった、話してみろ。内容次第では満額出してやる」


 まずは話を聞かねばわからない。

 アルヴェスの態度が鼻に付くが、ヨハンに比べれば圧倒的強者だ。

 ヨハンは大人しく、言われたまま説明を始める。


「アダムスは、オストブルク帝国から派遣された商人です。ベルシュタイン商会を隠れ蓑に、金の相場を操ってソシア帝国を儲けさせるつもりです」

「待て待て、なんでそうなる?」


 オストブルク帝国の人間が、ベネルクス連合王国の商会を使い、ソシア帝国を儲けさせる。

 アルヴェスだけではない。

 アルヴェスの秘書も理解していないようだった。


「オストブルクやポール・ランドが、ガリアの革命政府と戦争中なのはご存じですよね?」

「もちろんだ」


 共和制というのは、君主制を敷く国にとって悪夢だ。

 権力の座から転げ落とされてしまう。

 そして、オストブルクにとっては、それだけが理由ではない。

 オストブルクは、ガリア王家に嫁に出した皇女マリーが殺されていた。

 ガリアの革命政府は、オストブルクにとって二重の意味で許せない相手だった。

 ポール・ランドを誘い、ガリアと大規模な戦争状態になっていた。


 これは周知の事実だ。

 パリに居た時のゾルドのように、噂話を聞いたりせず、新聞すら読まない人間でもない限りは、誰でも知っている事だった。


「オストブルクは、ソシアにも参戦要請をしているようです。同じ帝国という事もあり、ガリアのような過激な共和主義者を共に打倒しようと考えているらしいです。ですが、ソシアはすぐに出れない理由があるそうです」

「軍資金か」

「はい、そのようです」


 この話の流れなら、アルヴェスにもすぐに察する事ができた。

 金が無いから、兵を出せない。

 これはいつの時代にも、よく聞く話だ。


「ソシアもプローイン討伐の兵を挙げましたが、到着する前にオストブルクを中心とした軍によって戦争は終わりました。戦利品の獲得も非常に少なく、兵を動かした分だけの大きな赤字だけが残りました」


 人が動けば、物も動く。

 数万人規模の人が動けば、食料品だけでもかなりの量になる。

 広大なソシアの大地を時間をかけて行軍し、得る物もなく帰路に着いた。

 兵士だけでなく、皇帝や経理担当者も散々な思いをしたはずだ。


「ですが、軍資金を用意してやるから兵を動かせと伝えても、ソシアの皇室の面子があって動きません。ソシアも傭兵のような都合の良い存在に思われるのは面白くありませんから。ですが、ソシアとしても軍資金があれば、ガリアの革命政府を叩き潰しておきたい。そのために、金の取引という遠回りな方法で、ソシアの面子を保ちつつ軍資金を用意させるそうです」


 突拍子もない事をヨハンは話した。

 これには、アルヴェスも困惑を隠せない。


「いくらなんでも、にわかには信じ難い。……いや、そういえばソシアはエーロピアン一の金の産地だったな」


 今の話の中で信憑性があるとすれば、そこだけだ。

 多くの金脈を持つからこそ、確かに金の取引を利用した援助も効果がありそうにも思える。

 それに、王侯貴族の誇りは、平民には理解できないものがある。

 意味不明な誇りが原因で、そのような回りくどい取引をする事になったのかもしれない。


「信じ難いやり方だからこそ、効果があるのです。特に他者の介入を防げます」

「だが、それでなぜ俺に助けを求める? まったく関係ないはずだ」


 今までの話は、面子を重んじた国家間の融資のようなもの。

 アルヴェス商会が割り込む事ができるとは思わない。

 だがヨハンは、その考えが間違っている事を説明する。


「今はベルシュタイン商会が金の買い占めを行っております。そして、買い占めによって高騰した金相場が落ち着いた頃に、オストブルクが本格的に介入します。その時、ソシアが密かに貯め込んでおいた金を市場に売り出す手筈になっています」


 この時、アルヴェスはベルシュタイン商会を使って、何をしようとしているかがわかった気がした。


「そうか! ベルシュタイン商会が先に買い占めをしているのは、オストブルクが介入する前に他の所有者に金を売らせるためか!」


 最初からオストブルクが金相場に介入すれば、相場が今以上に跳ね上がる。

 しかし、それと同時に、ソシアだけではなく多くの者達が一斉に金を売り始めるだろう。

 そうすると、ソシアの儲けが減ってしまう。


 ベルシュタイン商会を捨て駒代わりに、先に相場を上げて所有者に金を売らせる。

 そして、オストブルクがその後に介入する。

 そうすれば、考え得る最高の価格でソシアに金を売らせて軍資金を作らせる事ができる。


「はい。ですから、オストブルクが金相場に介入する前に、金を買い占めて頂きたいのです。そしてオストブルクが介入した後に売って莫大な利益を得るのです」

「しかし、そうするとオストブルクは介入しないのではないか? アルヴェス商会が買い占めたので、金相場が上がって介入する必要が無くなるだろう」


 アルヴェスは心配そうな顔をする。

 しかし、心配無用だと、ヨハンは話す。


「大丈夫です。介入すればさらに相場が上がります。それに、ソシアに金相場に介入すると約束した国家の面子もあります。そのために動くはずです」


 先ほど国の面子の話をしたばかりだ。

 それに、アルヴェスも王族との繋がりはある。

 面子にこだわるのは、王族や貴族といった立場のある者には共通する部分だ。

 しかし、まだ疑問点は残る。


「国家の面子が関わる問題……。なら、貴様はなぜアダムスを裏切る?」


 アダムス・ヒルターがオストブルクの人間で、ベルシュタイン商会の借金を肩代わりした。

 そして、金相場買い占めの尖兵として使われているというのなら、ヨハンも当事者だ。

 国家の思惑に背くような真似をすれば、ただでは済まない。

 アルヴェスからすれば、ヨハンの行いは不思議でしかなかった。


 ヨハンはここが正念場だと気合を入れた。

 体を小刻みに震えさせ、まるで怒りに震えているように見せる。


「祖先から譲りうけたベルシュタイン商会を捨て駒のように扱い、奴は……、アダムス・ヒルターは私を見下した!」


 両手を握りしめ、噛み締めた唇からは赤い液体が流れ出る。

 両目には薄っすらと涙すら浮かべていた。

 ヨハンはただ、憎いからという理由で裏切ろうとしている。


 アルヴェスも、年相応には様々な経験をしていた。

 その中には”人は時として感情に身を任せ、愚かな行いをする”という事も数多く見て来た。


「それに、これは裏切りではありません。オストブルクが介入する前に付け込む事になりますが、彼等だって目的を果たせる。少しばかり、金額が上下する程度じゃないですか」


(愚かな奴だ)


 アルヴェスはそう思った。

 自分が面子の話をしたのを忘れ”多少の金額の差じゃないか”と言っている。

 ベルシュタイン商会は借金を肩代わりしてもらう代わりに、買い占めの手伝いを協力させられているのだ。

 多少の差とはいえ、裏切られたオストブルクがヨハンを見逃すはずがない。

 それこそ、面子のために裏切りに見合った対応をされるだろう。

 ヨハンは感情で目が曇ってしまっている。


(だが、俺には関係ない)


 アルヴェスは善意の第三者だ。


”ただ、金相場に介入するのが面白そうだと思ったから介入した”


 そう言い張る事は容易い。

 オストブルクのような大国相手は少々厳しいが、アルヴェス商会には世界各国の有力者との繋がりがある。

 その中には、オストブルクの高官だって含まれている。

 見せしめはヨハン達、ベルシュタイン商会の人間だけで済むはずだ。


「1,000億エーロと、ベルシュタイン商会の存続の保証でいいんだな」

「はい!」


 アルヴェスが話に乗って来てくれたと、ヨハンは喜んだ。


「わかった、約束しよう」

「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて、ヨハンは感謝の意を示す。

 その後頭部を見ながら、アルヴェスは思った。


(お前の保護は含まれていないんだぞ。良いのか、それで?)


 そう、金を渡す事と商会の存続は約束した。

 ヨハンや、その家族の事など知った事ではない。

 そもそも、ベルシュタイン商会をいつまで存続させるかも決めていないのだ。

 ヨハンが死んだ後、すぐにでも取り潰してやればいい。


”馬鹿が感情的になって、身を滅ぼす”


 よくある話が、今ここで起きただけだ。


 アルヴェスは上機嫌だった。

 オストブルクに先んじて相場に介入したとなれば、先見の明を評価される。

 アルヴェス商会のさらなる地位向上に繋がるはずだ。

 良い話を持って来てくれたと、素直に喜んでいた。


 ヨハンが頭を下げながら、裏で舌を出している事にも気づかずに――。

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