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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第四章

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 革命の発生から一か月。

 ゾルド達は、まだパリにいた。


 理由の一つとして、借金の差し押さえをした物件の売却金だ。


 革命の発生後、裁判所が機能していないかった。

 いや、している事はしている。

 だがそれは、悪徳商人を始めとした革命政府に”敵である”と判断された者達への判決だけだ。

 通常の訴えなどは書類が山積みになり、放置されていた。

 おそらく最後になるであろう金を、ジェラルドから受け取るために待っていた。


 その間、革命に酔った民衆の興味が、ゾルド達に向けられる事は無かった。

 皆が不正を行っていた貴族や、物品を取り扱う商人の処罰に夢中だったからだ。

 お陰で国外に逃げる貴族が続出し、ガリアの国政が混乱している。


 知識階級には貴族が多い。

 今、大衆に目の敵にされている貴族や商人といった裕福な者達。

 まともに教育を受けられた者は、そういった者達が多い。

 そのせいで官僚が少なくなり、国政が止まった。

 それが良かった。


 ――金は持っているが、元々はスラムのチンピラ。


 そんなゾルド達に、民衆は目を向けなかった。

 以前から搾取してきた者達への制裁で手一杯だったからだ。

 だから、ゾルド達は余裕を持って引っ越しの準備が出来た。


「ユーグ、後は任せたぞ」

「へいっ、わかりやした!」


 結局、ゾルド達に付いてくるのは、テオドールとラウルだけだった。

 彼等は学ぶ楽しさを知り、ゾルドやホスエからもっと学びたいと付いていくことを選んだ。

 決して他の者達が怠惰なわけではない。


 他の者達は――


”まだ見ぬ異国の地へ向かう事を恐れる者”

”ガリアに住む者として国民意識を発揮し、より良い国にしたいと思う者”

”単純にゾルドを恐れて、この機会に距離を置きたい者”


 ――主にこの三種類に分類された。


 残る者が多かったのは、ゾルドが事業を残した事も大きい。

 残る事を選んだ者達に、国が落ち着いたら今までのように営業していいと許可を与えたのだ。

 なので、残留者からリーダーを選び、後の事は全て任せた。

 

「ユーグ、いいか。お前がリーダーで、この仕事の全責任者だ。頑張れよ」

「もちろんでさぁ」


 ゾルドは、もし逮捕されるような事があったとしても、ユーグが責任者で自分は知らないと押し通すつもりだ。

 そのために、稼ぎの減った仕事を全面的に任せて、丸ごとくれてやるような真似をする。

 自分の身代わりだと思えば、少しくらいは寛大になれるというものだ。

 

 わざわざテオドールを使って、情報屋のジョゼフや弁護士のジェラルドにユーグが引き継ぐという話を通していた。

 ジョゼフには追加料金を払ってまで”ノルドとはユーグが使った偽名”という情報を流させるつもりだ。


 ゾルド達はベネルクスに移動する際に、名前と見た目を変える。

 パリでの行動がバレれば、表社会で活動するには足を引っ張る事になる。

 全ての悪行を、ユーグになすりつけるつもりだった。


 ユーグ本人が”自分達に全てを任された”と喜んでいるので問題はない。

 ただ、全ての意図を話されていないだけだ。




 二つ目の理由は、マリーの処刑だ。


 革命から一週間で革命政府が発足した。

 その革命政府が最初に行ったのは、国王ルイ16世をギロチンで処刑する事だった。


”時代が変わる”


 その事を広く知らしめるために、パリの中心部の広場で元国王ルイ16世の公開処刑を行った。

 まだ革命の熱が冷めていない内に実行したのには理由がある。

 革命の熱が冷めれば、国王の処刑に反対する者が多数派になるかもしれない。

 だから、速やかな処刑を行った。


 この事の反響は大きかった。

 ガリア国民には”税金を取るだけとって、食料すら用意できない無能は死んで当然”として受け止められた。

 だが、諸外国には違う。

 革命が起こったという事に、帝国、王国関係なく、世界中の国で非常に重く受け止められた。


”国民による国王の処刑”


 こんな事が自国で起これば、どうなるか……。

 各国の指導者達は、同じ事が起こる事を恐れた。


 そして革命政府も、周辺諸国が恐れているという事を理解している。

 だからこそ、国王の処刑は行われても、王妃であるマリーの処刑は行われていなかった。

 彼女はオストブルクの皇女だったからだ。


”あくまでもガリア内での政治体勢の変革であり、周辺諸国にまで革命を飛び火させるつもりはない”という、革命政府の意思表示だ。

 今は天候不順と戦争でボロボロになった国内経済の立て直しを優先したい。

 プローインのように、世界を敵に回して戦争なんてやるつもりなんてない。

 まずは歩み始めたばかりの、共和制という名の子供の成長を見守ろうとしている。

 それが革命政府の中心的人物の考えだった。


 だが、中心的人物だからといって、全てが思い通りになるわけではなかった。

 革命政府が共和制を敷いていたせいだ。

 国民の声を代弁する議員の多くが、声高にマリーの処刑を求めれば、それを跳ね除ける事ができない。

 結局は市中引き回しの上、ギロチン処刑という事になってしまった。

 ゾルドは、その処刑を見るために残っている。


 今日は、そのために広場に作られた、ギロチンのを見物できる場所の最前列にいた。

 服装は平民用の服だが、帽子を目深に被っている。


(俺は見届けなければならない)


 特にそういうわけではないのだが、なぜかゾルドはノリノリになっている。

 見物する理由としては、ウィーンで会った事があるというくらいだ。


(違うな。俺はあの女のせいでオストブルクを味方に付ける機会を失った)


 これは完全な逆恨みでしかない。

 ゾルドはマリーの立場を知ろうともせず、ブサイクだからと罵倒していた。

 そのせいで皇后マリアの不興を買ってしまったのだ。


 だが、ゾルドは自分のした事を忘れずに逆恨みしている。

 自分が何をしたか忘れて逆恨みするより質が悪い。

 その質の悪さが、マリーに最後の嫌がらせをしてやろうと、処刑場まで足を運ばせた。

 一人で来たのには理由がある。


 レジーナは”見世物のように殺さなくても”と、きっとマリーに同情する。

 人間が死のうが気にはしないが、ギロチンによる公開処刑という方法に関しては忌避感を抱くはずだ。

 わざわざ嫌な思いをさせる必要はない。

 そう思って、レジーナは置いて来た。


 ホスエは”ゾルド兄さんのためにはこんなのも必要なのかな”と思いそうだ。

 昔は性根がまっすぐだったのだが、ゾルドと会ったせいで考える方向がおかしくなってしまった。

 真っ当な思考の意見というのは、ゾルドには大切だ。

 ゾルドとしては、そのままのホスエでいて欲しかったので連れて来なかった。


 テオドールやラウルはわからない。

 おそらく、他のパリ市民同様に”ザマァ見やがれ”といったところだろう。

 付き合いも浅いので、連れて来ようとは思わなかった。


 それに、ギロチン正面の特等席は競争率が激しい。

 ゾルドかホスエくらいでなければ、この位置をキープするのは難しいはずだ。


「来たぞ!」


 群衆の中から声が聞こえる。

 最初は人の影に隠れて見えなかったが、やがて荷車に乗せられたマリーが見えてきた。

 遠目にわかるくらい、髪を短く切られている。

 ギロチンで首を切り落とす際、髪が邪魔しないようにだろうか。

 これが美女なら哀れみを誘うところだが、まったく好みのタイプではないゾルドの感情に訴えかけるものはなかった。


 しかし、その後の姿でそれは変わる。

 ギロチン台に上る際に、恐怖で足がふらついている。

 処刑人らしき者の足を踏むくらいにだ。

 その姿は、ゾルドにロンドンでの事を思い出させた。


 ウィンストンとマシスンに、引きずられるように追い出された時はまともに歩けなかった。

 ゾルドの足が絶望に震え、一歩でも進むのを遅らせたいと動かなくなったのだ。

 まさか、こんなところでマリーに共感するとは思いもしなかった。


 だが、そのくらいで心変わりするゾルドではなかった。

 ブレスレットに触り変装を解くと、ゾルドの顔や髪の色が元に戻っていく。

 周囲の者の目を気にする必要はない。

 皆、マリーに釘付けだ。

 一人の平民の事なんて気にする者なんていない。


 ギロチンにセットされ、顔に恐怖が張りついたマリー。

 ゾルドはレジーナから借りたコンパクトで、マリーに向かって太陽を反射させる。

 すると、キラキラする光に気付いたマリーがゾルドの方を見た。


”自分を助けに来てくれた誰かが、合図をしてくれている”


 そんな希望を持ったのかもしれない。

 だが、そこに居たのはゾルドだ。

 マリーだって、ゾルドの事を忘れてなどいない。


 ――自分を侮辱した男。

 ――プローインに加担して、叔父を捕虜にした男。

 ――そして、魔神。


 忘れようがなかった。

 その男が、目の前にいる。


(なぜここにいるの?)


 凝視しているマリーに向かって、ゾルドはニヤリと含みのある笑みを向ける。

 そこでマリーは全てを理解した気になった。


”自分はこの男の怒りを買ったせいで、革命を起こされたのだ”と。


 もちろん、ゾルドは関係ない。

 何もしていない。

 政治の混乱が、マリーをこの状況に追い込んだだけだ。

 ゾルドは、マリーの驚いた顔が見たかったから、ここに来て含みのある笑顔を向けただけだった。


 それと、この場面。

 マリーは助かる方法はないかと、ギリギリまで考えを巡らせているはずだ。

 ゾルド自身、追い出される時はそうだった。

 考える時間が、驚いている間に浪費されたと気付けば、絶望はより深いものになる。


 ほとんど、そのためだけにパリに残っていたゾルドの陰湿さは異常だ。

 だが、ゾルドにはマリーの処刑を見届ける事は重要だった。


 これは、過去との決別。

 愚かであった過去の自分が引き起こした軋轢。

 それが一つここで解消される。

 新しい地に向かう前の、幸先の良い話だった。


「魔神よ! そこに魔神がいるわ!」


 マリーは諦めなかった。

 自分が助かる方法を、この状態でも考え続けていたのだ。

 そして、ゾルドの存在を声高に叫ぶ事にした。

 もしかしたら、魔神を見つけた功績で処刑を免れるかもしれない。

 一縷の望みを託した行動。

 しかし、それは報われなかった。


「魔神はお前だろ、オストブルクのアバズレ!」

「俺達の金で贅沢したがって!」

「なにが”パンが無ければお菓子を食べればいい”だ!」

「お前は魔神にも劣る何かだ!」


 大衆の恨みを、よほど買っていたのだろう。

 誰もマリーの言葉に耳を傾けようとはしなかった。


「処刑! 処刑! 処刑! 処刑!」


 それどころか、見物人から処刑の声が上がり始めた。

 皆がギロチンの刃が落ちるのを今か今かと待っている。


 処刑人が刃を落とそうとしたところで、マリーが暴れ出す。

 誰か助けに来てくれたのでは? と思った事で一瞬、生への希望が見えた。

 そのせいで、死ぬのが怖くなったのだ。

 覚悟を決め、堂々と皇族らしく死ぬという最後の誇りを失ってしまう。


 結局、マリーは首を刎ねられるまで落ち着く事は無かった。

 マリーの首が、ゴロンと首受けの籠の中に落ちる。


 ゾルドは処刑を見届けると、満足そうな笑みを浮かべた。

 そして、自分も同じ立場になってもおかしくなかったと、気を引き締める。

 レジーナとホスエがいなければ、すでにローマで天神に殺されていただろう。


 今は金儲けしか考えていないので忘れがちだが、今は命のやり取りをしている最中だ。

 その事を忘れてはならない。

 ゾルドは自分にそう言い聞かせ、人混みの中へと消えていった。

4章はこれで終了です。


ここまで読んでくださった皆様、誠にありがとうございます。

正直なところ、脱落する方がもっと多いかと思っていました。

レビューやブックマーク、評価、感想をくださった皆さまにも深く感謝しております。

今後も御覧頂けましたら幸いです。

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