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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第四章

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「席が欲しいって……、その椅子を買いたいってわけじゃないよな?」

「もちろんだ。お前達のボスになってやろうっていうんだ。やったな、ツイてるぞ」


 表情や声色は真剣そのものだ。

 だとしても、ふざけている。


「なんだ、どこぞのボンボンがお山の大将を気取りたいってわけか。俺達が仲間を殺されて、大人しく従うとでも思ったか!」


 テオドールの目には、殺された二人の手下が映っている。

 彼らを殺しておいて”俺に従え”というだけでは従えるわけがない。

 ゾルドは椅子から立ち上がると、死体のもとへ向かう。


「【クリーン】、【クリーン】」


 二度呟いただけで、死体は消えてしまった。

 血痕も全て跡形もなくだ。

 ゾルドは酒場を見回すと、大きな声で皆に聞こえるように問いかけた。


「お前達の仲間が殺されたそうだ。死体を見た奴はいるか?」


 その言葉に手下達全員が口をつぐみ、視線を逸らす。

 死体を見たといえば、口にした奴は殺されて同じように消されると察したからだ。


 それに死体を生き返らせたり、アンデッドとして蘇らせたのならば、まだわかる。

 だが、死体を消したのだ。

 火で消し炭にしたり、爆発で吹き飛ばしたわけではない。

 ここに何も無かったかのように消しさってしまった。

 初めて見る魔法が、何よりも怖かった。


「ほら、何も見なかったってよ」

「何をぬけぬけと……」


 テオドールは殴ってやりたいと思っていた。

 いや、この場にいる者達は同じ思いだっただろう。

 スラムで苦労を分かち合って生きてきた仲間だ。

 こんなに強い奴でなければ、堪えたりはしていない。


「そんなに怒る事じゃないだろ。スラムで生まれ育ったという境遇を嘆き悲しみ、傷を舐め合うだけの間柄のはずだ。そんな奴のために意地を張って、俺の手を振り払うのか? 俺に従えば、一人一人がそのくらいの金を簡単に掴む事ができるんだぞ」


 ゾルドは床に撒かれた硬貨を指し示す。


「スラムにはお前らみたいなのが他にもいるんだ。他のところにも行ってもいいんだぞ。良いのか? 掃きだめから抜け出るチャンスを捨てて。普通の生活も手に入る。週末には家族と出かけてもいいし、友人とパーティーを開いて楽しむのも良い。こんな場末のバーでたむろするよりかは健全だぞ」


 だが、ゾルドの言葉を信じる者は居なかった。

 話が美味過ぎるからだ。

 こんな話に乗ったが最後、どんな事をやらされるのかわかったものではない。

 金は欲しいが、命を捨ててまでとは思わない。

 それに疑問もある。


「俺達を騙して、奴隷にでもして売るつもりか?」


 テオドールが皆の疑問を代表して聞いた。

 彼らには、自分達に金を稼がせるのではなく、自分達を使って金を稼ごうとしているように思えたのだ。

 それをゾルドは笑い飛ばす。


「ハハハ、馬鹿だな、お前達にいくらの値が付くと思っているんだ。こんな手間暇かけて騙すくらいなら、金持ちの娘を誘拐して、身代金を受け取ってから売り飛ばすさ。俺は汚れ仕事を嫌がらない人手を求めている。お前達は金を求めている。双方の要求は満たしているはずだろ」


 テオドールは、今までにないくらい必死に考えている。


 仲間を殺された事は腹が立つ。

 だが、少し冷静に考えてみると、天秤にかけるまでもない。

 仲間の命よりも金の方が重いのだ。


 こんな大金どころではない。

 スラムでは、野菜1つを盗んだ子供が店主に殴り殺されるなんて日常茶飯事だ。

 それを考えれば、大金と引き換えに仲間を殺された事を忘れるくらい、どうって事は無い。

 ただ、仲間を殺されてムカつくだけ。

 もしも、目の前の男の話が本当ならば、裕福になるチャンスを捨ててまで、死んでいった者達の恨みを晴らす必要性は感じられなかった。


「俺達に何をしろってんだ」


 まずは聞いてみなければ話が進まない。

 話にならず、金を持ち帰ると言われても良い。

 各人がポケットに入れた分まで返せとは言わないだろう。

 それだけでも、迷惑料には十分なはずだ。


「単純な肉体労働だ。まずは小金持ちを探せ。大金持ちじゃなくてもいい、ちょっと良い自宅持ちくらいの一般家庭でいいんだ。名前と住所があれば、なお良しだ。簡単だろ? それと情報屋みたいなのはいるか?」

「いるが……、それがどうした」

「そいつに頼んで、目星をつけた家の背後関係を調べさせろ。貴族なんかの有力者と関係があるかないかをだ。揉めた時に面倒だからな」


 有力者と揉める。

 その言葉にテオドールは及び腰になった。


「さすがに貴族と揉めるのは困る。それにあんたが何者か知らないが、押し込み強盗なんかにまでは付いていけない」


 貴族に逆らった場合、スラムに迷惑をかける。

 おそらく、ここにいる者の家族や友人だけではない。

 それに押し込み強盗なんてしたら、無関係の者も巻き込んで衛兵に報復されるはずだ。

 金と引き換えに全てを失うわけにはいかない。


「大丈夫だ、強盗なんてしない。一応、軽くではあるがこの国の法律書に目を通したからな。全ては法の許す範囲内で済むさ。だが、法を歪めて判決を覆されるのは面白くない。だから、有力者と関わりの無い奴を選ぶ」

「判決? 裁判でもするのか? そんなもの、金持ちの味方をするに決まっているだろう」


”裁判”


 スラムの住人には縁の遠い言葉だ。

 そんなものをどうしようというのか。

 テオドールの考えが及ばない事だった。


「そうだ。それと勘違いしているようだが、法律は金持ちの味方じゃない。法を知り、上手く使える奴の味方なんだ。あぁ、そうそう。弁護士も必要だな。やり手じゃなくてもいいから、できるだけ暇そうな奴を探しておいてくれ」


 ゾルドの言葉にテオドールは迷っているようだ。

 合法というのは嘘くさい。

 合法と違法のライン上、ギリギリ違法側に入るようなものだろうと感じ取った。


”そんなものに協力してもいいものか?”


 心の中で葛藤する。


「親分、やりましょうよ」


 迷っているテオドールに、手下が賛同の意を示した。


「やるだけやってみて、ヤバそうならやめりゃいいじゃないですか」

「そうですよ。じゃないと、あいつら死に損だ」


 このスラムには、今までチャンスなんて無なかった。

 怪しかろうが、人生で一度くらいはうまい話に乗ってみたいという思いがあった。

 

 それに賛同した者達は独り身の者ばかりだ。

 いざとなったら、家族を気にせずこの街を離れられる。

 そんな者達が中心となって、やろうと言っていた。


「うーん……。前金として、この金は貰えるのか?」

「もちろんだ。ただ、その金でスラムの外を歩ける服なんかを買ってもらう必要はある。スラムの外での活動がメインになるからな」


 見るからにスラムに住む者が出歩いていれば悪目立ちしてしまう。

 最低限の身なりを整えるのは、スラムの外で活動してもらうにあたって必要な事だった。

 とりあえずは協力してもらえるとなり、口封じの手間が省けたとゾルドは喜んだ。


「俺はノルドだ。魔法使いがレジーンで、獣人がオスエだ。よろしくな」


 ゾルドは簡単な偽名を使う。

 ホスエなどは(そういえばフランス語では”H”の発音しないんだったよな)と”H”抜きの名前にされただけだ。

 ここがパリとはいえ、かなり安直な考えだった。


「俺はテオドールだ。ヤバそうなら、俺達はすぐに抜けるからな」


 テオドールはどうしても警戒心を捨てる事はできなかった。

 いきなり人を殺すような奴を、どうしても信用できないのだ。

 だが、最初は嫌々ではあったが、この出会いが彼の人生の転機となる。



 ----------



 一週間ほど過ぎた頃。

 情報を得たゾルド達は獲物の家に訪れていた。

 それも早朝に。


「オリヴィエさん、お金を返してください」

「はぁ?」


 そう言って、ゾルドが見せたのは借用書だ。

 もちろん、ゾルド自身が作成した偽物だった。


「なんだこれは……、5,000万エーロ!? 俺はこんな大金を借りてないし、貸主のフランシスなんて奴も知らん。帰れ」


 当然ながら、オリヴィエはそんな架空の借金など突っぱねる。

 そしてドアを閉めてしまった。

 だが、そんな事は想定の範囲内だ。


「オリヴィエさーん、お金を返さないのは泥棒ですよー」

「金返せー」

「泥棒ー」


 ゾルドが大声で叫ぶと、それに合わせて五人の厳つい男達が叫び出す。

 彼らは小奇麗になったスラムのメンバーだ。

 野太い声は早朝の住宅街に響き、隣近所の者達が窓から顔を出した。


「うるせぇぞ! 何時だと思ってやがんだ!」


 もう少し寝ていられたのに、早朝から野太い声で起こされて不機嫌になっていた。

 叫ぶ男達を黙らせようと怒鳴り散らす。

 だが、相手が悪かった。


「なんだ、コラァ! てめぇ、出てこいや!」

「オリヴィエの野郎が金を返さねぇから悪いんだろうが!」

「オメェが代わりに金払うのか!」


 怒鳴り散らした男の家の前に、厳つい男達が集まる。

 パリというガリア王国の首都で、一軒家に住んでいる比較的裕福な層だ。

 スラムのチンピラ連中相手に、絡まれ慣れてなどいない。

 ほとんどの者がすぐに窓を閉めて、家の中に閉じこもってしまった。


 それを見て、ゾルドはオリヴィエの隣の家に向かう。


「すいませーん、オリヴィエさんが利息も払ってくれないんですよ。お宅で立て替えてくれませんかー」


 本人に話す気が無い場合、こうやって周囲の家に嫌がらせを仕掛けて話し合いの場に引きずり出す。

 昔はこういう事をやっていたと、ゾルドは聞いた事があったので、それを実践しているのだ。


「やめろ! 近所には関係ないだろうが」


 隣の家に叫ぶゾルドの言葉が聞こえたので、オリヴィエが家から出てきた。

 やはり、本人を攻めるだけではなく、周囲を攻めるという方法は有効なようだ。


 しかし、オリヴィエも可哀想な男だった。

 適度に金を持っていて、交友関係が狭いからというだけで狙われたのだから。


「だってねぇ、オリヴィエさん。私達だってガキじゃないんだから、お金を返してくれって伝えただけで帰るなんてできないんですよ」


 借用書をヒラヒラと揺らして見せつける。

 その借用書は偽物だというのに、凄い自信だ。


「だから、俺はそんな借金していない。サインだって俺の字じゃないんだ」

「そんな事言われても、回収して欲しいって頼まれた以上引き下がるわけにはいかないんですよ」

「そうだ、そうだ」


 いつの間にかオリヴィエの周囲に男達が集まっている。

 小奇麗になったとはいえ、チンピラ五人に囲まれていい気分はしない。

 現にオリヴィエは震えだした。


「だって、本当に私の借金じゃないんだ……」


”なんで自分がこんな目に……”


 真面目に働き、家族と苦難を乗り越え、アパートを出て家を買えるまでになった。

 それなのに、なんでこんなガラの悪い連中に凄まれなければいけないのか。

 神は何をしているのか?

 助けてくれないのか?

 そう思うと、目に涙がジワリと浮かんで来た。


 その様子を見て、(ゾルド)は救いの手を差し伸べた。


「うーん、本当に違うんですかね? でも、私達も仕事で来ているんで手ぶらでは帰れないんですよ。1万エーロでも良いから支払って貰えますか? そうすれば、次に来るのは一月後。それまでに弁護士にでも相談ができるんじゃないですか」

「1万で帰ってくれるのか?」

「えぇ、お約束します」


 突然、現れた借金取りが帰ってくれる。

 弁護士に相談するにも金はかかるが、こんな男達にはもう来て欲しくない。

 オリヴィエは大人しく金を支払った。


「はい、確かに1万エーロお預かり致しました。それではこちらにサインをお願いします」


 ゾルドが取り出したのは受取証だ。

 用意したインクとペンで金額を書き込み、オリヴィエに渡す。

 そこには”借金5,000万エーロの返済として、1万エーロを受け取りました”というような事が書かれていた。


「なんだこれは?」

「ただの受取証ですよ。5,000万エーロ全額を支払う必要があるとなった時、1万エーロでも返しているのと0とでは大違いです。それに支払った証拠の受取証が無いと”金を受け取った覚えは無い”って、また明日誰かが取り立てに来ちゃいますよ」

「……それもそうだな」


 オリヴィエは受取証二枚にサインした。

 一通はゾルドが、もう一通はオリヴィエが持っておけるようにだ。


「それは大切に持っていてくださいね。何かあった時に、ちゃんと支払ったという証拠になりますから」

「あぁ、わかった。けど、もう来ないでくれ」

「いえいえ、そういうわけには。また来月にでも来ますよ。弁護士に相談するなら、その時にでも担当の弁護士の名前を教えてください」


 そう言い残して、ゾルド達は去って行く。

 これにはオリヴィエだけではなく、近隣住民もホッと胸を撫で下ろす。

 なにが起きたのかわからないが、とりあえず安眠の時間を取り戻せたのだから。




「おやッさん。さすがに大の男が六人集まって1万エーロじゃ、物足りませんぜ」


 スラムの代表としてテオドールがゾルドに苦情を言う。

 スラムの者達は”金稼ぎとはこの程度の事か”とガッカリした。

 タカリで1万エーロ奪い取っただけだ。

 

 これならば、冒険者ギルドで真面目に日雇い仕事でもして居る方がマシだからだ。

 タカリで少額を稼ぐだけなら、盗みでもしていた方が建設的だった。

 そんなテオドールを、ゾルドは見下した笑みで見る。


「おやっさんじゃない、社長と呼べ。1万エーロは目的じゃない。この紙切れ一枚が5,000万エーロになるんだ」


 ゾルドは先ほどの受取証を、テオドール達に見せる。


「言っただろう。法律は上手く使える奴の味方だってな。さぁ、弁護士のところに行く前に、あと何件か回るぞ」


 現代社会のように、細かい規制のない緩いこの世界。

 ゾルドの目から見れば穴だらけで、やった者勝ちな法整備になっている。


 ゾルドが生まれるより昔の詐欺師達は、さぞかし楽だったに違いない。

 こんな世界で好き放題やれる事に、ゾルドは喜びを感じていた。

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