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「【ヒーリング】」


 背後から回復魔法を唱えた声。

 それはレジーナの声だった。

 ホスエの傷口が、見る見るうちに治っていく。


「えぇ……、そりゃないだろ……」


 俊夫は思わず”なんてことをしてくれたんだ”という顔でレジーナを見る。

 レジーナは、なんでそんな顔で見られるのかわからず動揺した。


「えっ、えっと。知り合いだったみたいだったから、苦手だけど使ってみたんだけれど……。もしかして、聖属性の魔法を使った事がダメだった?」


 レジーナは天神側の聖属性魔法を使った事を咎められているのだと判断した。

 だが、それは間違いだ。


「いや、怪我を治したのは問題ない。問題ないが……」


 俊夫はチラリとホスエの顔に視線をやる。

 どうやら、ホスエも目を開いて俊夫を見ていたようだ。

 目が合ってしまう。


 ……そして、二人ともそっと目を逸らした。


(なんでこいつ生きてんだよ、死ねよ! あぁっ、もうっ。ホスエーーーって言っちゃったよ。なんだよ、ホスエーーーって)

(なんで俺は助かったんだろう? 恩返しができて満足して死んでいくはずだったのに……。ゾルド兄ちゃんと、この後、どんな風に顔を合わせればいいんだ)


 ――感動的な今生の別れ。


 そんな雰囲気が一発でぶち壊された。

 確かにホスエには助かって欲しかった。

 だが、回復魔法を使えるのなら、もう少し早く使ってくれても良かったのではないか?

 どうしてもそんな事を考えてしまう。

 レジーナには空気を読むという事を、一度真剣に教えた方がいいのかもしれない。


「私の魔法じゃ傷口を塞ぐ程度の時間稼ぎにしかならないから、どこかで見せた方がいいわよ」


 まずはレジーナが最初に口を開いた。

 なぜか自分の行動がこの空気を作り出してしまったのならば、話を進めて誤魔化そうと思ったのだ。

 その行動は、一応正しかった。

 呆けている状況ではない。

 何か行動しなければいけないのだ。


「そうだな。レジーナ、とりあえずローブを返してくれるか」


 まずは装備だ。

 服は今の服のままでもいい。

 ローブを着てしまえば、装備修復機能でその内修復される。

 半袖半ズボン状態も、時間が過ぎれば元通りだ。


 レジーナがローブを脱いでいる間に、俊夫は靴を探す。

 履いていった革靴が脱がされていた。

 胴体はそのまま壺の中に入れたが、手足からは余計な物を外したのだろう。

 死体の履いている靴から、自分のサイズに合いそうな物は無いか見て回る。


「ねぇ、あなた。死体漁りなんてしなくても、いつもの靴があるわよ」


(もうちょっと早く言ってくれよ!)


 レジーナは背中に背負っていたカバンから、いつも履いている魔神のブーツを取り出す。

 わざわざ死体漁りなどする必要は無かった。

 俊夫はカバンを見て、レジーナに質問する。


「何を持ち出せた?」

「あなたの持ち物と宝石だけよ」


 レジーナは残念そうな顔をしながら、ため息を吐く。


「私の服は、ほとんど持って来れなかった。結構気に入ってたのに」


 お気に入りの服とは、ブリタニアから持って来ていた服だろう。

 確かに、トランクケース一杯の服まで持ち運ぶのは面倒だ。

 マジックポーチなどに詰めたのなら運べただろうが、マジックポーチは全て俊夫のアイテムボックスの中に入っている。

 そしてアイテムボックスは、俊夫にしか出し入れできない。

 やむを得ず、必要な物と小さい物だけ持って逃げて来ていたのだ。


「お前の服は、ほとんどロンドンに居た時の服だろ? ニーズヘッグ達に用意された服なんか大事にするな。俺が新しい服を買ってやるよ」


 下着などの着替え分は買っていたが、服はまだ買ってやっていなかった事を思い出す。

 その事に気付いた俊夫は、レジーナに服を買う事を約束する。

 今回は、本当に命の危険を感じていた。

 宝石店を丸ごと買ってやってもいいくらいの働きをしてくれたと思っている。

 その礼をしてやってもいいだろうと思っていた。


「本当! 嬉しい!」


 レジーナは笑顔を見せながら剣を渡す。

 これで俊夫は、いつもの恰好になっていた。


「いや、こいつもか」


 俊夫はカバンの中から防刃製のフィンガーレスグローブを取り出す。

 役に立った覚えはないが、無いよりはマシだろう。

 拳を握り締めると、なんとなくスタイリッシュな気分になった。


 一通り準備が終わると、俊夫は周囲を見回した。

 神教騎士団の死体が20体くらい転がっている。

 全部の死体を漁れば、それなりに貴重な武器っぽいので金になりそうだ。

 だが、俊夫は断腸の思いでそれを諦めた。


(金にも困ってないし、時間も無い。残念だが、今回はお預けだな。クソッ、もったいねぇ……)


 ホスエも治療してやらねばならないし、プローインの巡回が来たりしても困る。

 こんな場所で長居はしていられないのだ。


「それにしても、これだけを倒すとは。お前強いんだな」


 レジーナの支援があったとはいえ、接近戦をしていたのはホスエ一人。

 他の者達も正騎士だったので、決して雑魚では無かったはずだ。

 俊夫は素直に関心した。


「最初は、レジーナさんが馬車ごと4人ふっ飛ばしたからね。混乱しているところを、最後列から気付かれないように殺していったんだ」


 人に怪我をさせただけで泣いていた少年は、もういない。

 ヒスパン内戦を経て、命のやり取りに慣れたホスエは、実戦経験の無い神教騎士団の中でも抜きんでた存在だった。

 ただ剣を扱うのが上手い、魔法を使うのが上手いという人間とは違う。

 実戦経験の有無は、それだけの差が生まれる物なのだ。

 それでいて剣の才能にも恵まれていたお陰で、今回の活躍があった。


「強くなったんだな。ありがとう、本当に助かったよ。レジーナもありがとうな」


 今度は口先だけの感謝ではなく、ちゃんと心の籠った感謝をする。

 こういう時に、感謝ができるかどうかで人の印象は変わる。

 この二人に嫌われたら終わりだとわかっているからこそ、感謝の言葉は惜しまない。


「ここはどこだ? 治療ができそうな街はどっちにある?」


 俊夫は壺の中にいたので、どこまで連れて来られたのかわからない。

 今ここがどこなのかすらわからないのだ。

 俊夫の問いに、ホスエが答えた。


「ベルリンとライプツィヒの間くらいだから、ライプツィヒの教会かな。ベルリンには戻りたくないよね?」

「戻りたくないな……」


 ベルリンは最悪な思い出の地となった。

 できれば、近づきたくない。

 だが、裏切られたままでは気が済まないのも確かだ。

 何か良い方法は無いかと考える。


 ――そして、閃いた。


「なぁ、ライプツィヒの教会にに着いたらさ――」


 フリードへのささやかな復讐を行うには、二人の協力も必要だ。

 あらかじめ教えて、演技を合わせてもらう必要がある。

 二人に何をするのか。

 それを詳しく教えていた。


 二人が理解すると、さっそく行動開始だ。


「とりあえず、レジーナは背中に乗れ」


 まず俊夫は、レジーナにセーロの丸薬を渡しておく。

 そして、ホスエをお姫様抱っこすると、少ししゃがみ込む。


「そんな……。いえ、わかったわ」


 以前の悪夢が蘇る。

 俊夫の背中の乗り心地は最悪だ。

 だが、ワガママを言っている場合ではないと、レジーナは覚悟を決める。

 俊夫の背中に飛び乗り、落とされないようにしっかりと抱き付いた。


「よし、行くぞ」


 目指すはライプツィヒ、その教会だ。



 ----------



 ライプツィヒに着いた頃には、すでに日が暮れていた。

 だが、それは好都合だ。

 人目は少ない方が良い。

 窓から覗き見る分には、参拝者もすでに帰っているようだ。

 中には教会関係者しかいないように見える。


 レジーナが扉を開けると、俊夫はぐったりとしたホスエを抱えながら教会の中へ入ると、奥の祭壇付近へと向かう。

 そこに回復魔法を使える神父がいたからだ。


 神教庁では回復魔法を、どの程度上手く使えるかが出世において重要になるらしい。

 出世する者は才能が突出しているか、平均以上の才能があり世渡りの上手い者ばかりだ。

 教会を預かる神父は街の怪我人や病人を治療しなくてはならない。

 それ相応の実力が要求されるのだ。

 この街は人口が多い。

 それなりに実力と才能を兼ね備えた神父だという事は、容易に想像できた。


 平均以上の能力があれば、ホスエの怪我は治療できるとレジーナが言っていた。

 上手く回復魔法が使える者ならば、出血まで回復の対象範囲らしい。

 レジーナでは傷口を塞ぐだけで、失った血液まではサポート範囲外だったのだ。


「おい、そこのお前。こいつに回復魔法を使え」


 あまりにも横柄な態度に、神父は顔をしかめた。

 神を敬う教会。

 ライプツィヒ教会の代表者ともいえる神父に、なんと無礼な口のきき方だろうか。


”ここは神父らしく説教をしてやろう”


 そう思った神父の動きが止まる。


「その方は神教騎士団の方ではありませんか!」


 ホスエは自分の血に塗れた鎧を着たままだ。

 教会関係者なら、その姿を見れば一目でわかった。

 ちなみに、ホスエの剣は俊夫が預かっているので、今は武装解除されている状態だ。


「ほら、早くしろ。それと、この部屋にいる奴は全員集まれ」


 俊夫は治療を急かすと共に、聖堂内を掃除している者達に大声で呼びかける。

 なぜ呼ばれたのかよくわからないが、怪我人を抱きかかえている。

 何か助けが必要なのだろう思い、皆が集まってきた。


「出血は止まっているようですが、傷口を塞いでいるだけですね。これなら――」


 神父は何か呪文を唱え始め、手をホスエにかざす。


「【ハイヒーリング】」


 レジーナが【ヒーリング】を使った時とは違い、無数の光の玉が手から出てきてホスエの体を覆いつくす。

 怪我が治っていくのも早かったが、この魔法でホスエの顔色がどんどん良くなっていくのがわかる。

 魔法の即効性の高さは、さすがとしか言いようがなかった。

 ホスエの指がピクリと動く。


「ここは……、はっ! みんな逃げろ! こいつは魔神だ!」

「なんだって!」


 目を覚ましたホスエが叫ぶと、教会関係者は驚いた。

 あまりの事に、すぐには体が動かなかった。

 それ以前に、俊夫が逃げる事を許さない。


「動くな! 最初に動いた奴から殺す。もし、誰かが逃げおおせたとしても、その時は街の住民を適当に選んで殺す。罪があろうがなかろうが関係なく無差別にな!」


 その言葉で教会の者達は逃げる事ができなくなった。

 死ぬのは怖いが、無関係の住民が無差別に殺されるのは、教会関係者として見過ごせない。

 まずは俊夫が何を考えているのか、様子を見ようとしていた。


「プローインと手を組み、護送部隊を皆殺しにしただけでは気が済まないというのか!」

「俺は魔神だぞ。プローインに世界をくれてやる代わりに、天神に味方する者を殺させるのは当然だろう」

「卑劣な!」


 俊夫は高笑いを上げる。


「プローインが神教庁から疑いの目を逸らすための策略。そんなものに騙される方が馬鹿なのだよ。それに――」


 俊夫は邪悪な笑みを浮かべた。 


「――そんな事を言っている場合か? お前には天神の情報を洗いざらい吐いてもらわないとならない。もう一度、苦しんでもらうぞ」

「や、やめてくれ……」


 教会関係者は、俊夫の言葉に震える。

 神教騎士団の正騎士が怯えているのだ。

 非戦闘員が拷問されれば、きっと耐えられない。

 どんな目に合わされるのか想像もしたくない。

 だが、救いの言葉は俊夫から放たれた。


「おい、お前」

「な、何ですか?」


 声をかけられた神父は恐怖に震える。


「元々、神は1人。そして、聖なる心と邪悪なる心に分かれ、どちらが主導権を握るかの争いをしているというのは知っているな」

「もちろんです」


 魔神本人であるはずの俊夫は知らなかった。

 ロンドンで誰かの寝物語で聞いた話だ。

 そんな話でも、何かの役に立つ。

 今がそうだ。

 俊夫は神話をハッタリに使おうとしている。


「つまり、俺に誓うという事は天神に誓うのと同じ事だ。さぁ、俺に誓え。今ここで見聞きした事は誰にも教えないと。そうすれば、命は助けてやる。もちろん、破れば神罰だ」


 魔神と約束なんてしたくはない。

 しかし、約束しなくては殺されてしまう。

 神父に選択の余地は無かった。

 だが、ささやかな抵抗くらいはいいだろうと思い、俊夫に誓約した。


「わかりました。()は、ここで見聞きした事を絶対に口外しません。誰にも教えません」


 神父がそう誓った事で、俊夫は満足そうにうなずく。

 この世界では、神に誓った事を破れば天罰が下ると信じられている。

 俊夫自身、神への誓約書を書いた事がある。

 効果があるのかないのかわからないが、この世界の人間には効果的だ。

 神に誓った以上は、神父が約束を破る事はできないのだから。


「ねぇ~、ゾルドさまぁ~。せっかくだし~、教会でたのしみません~?」


 俊夫の5歩ほど後ろで手持ち無沙汰にしていたレジーナが、頭の悪そうな喋り方で俊夫を誘う。

 さすがに恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。

 演技が恥ずかしいのか、それとも教会で誘うのが恥ずかしいのかは、レジーナ本人にしかわからない。


「まったく、しょうがない奴だな」


 そう言って、俊夫はレジーナの方に近づき、抱き締めて情熱的なキスをする。

 俊夫が離れた隙を狙い、ホスエは小声で神父達に頼み事をした。


「プローインが裏切り、魔神はソシアに逃げ込もうとしている。そこで魔物を集めるつもりのようだ。ローマに伝えてくれ、頼む」


 魔神に捕らえられた者の切実な願い。

 おそらく、魔神達が話していた事を伝えてくれているのだろうと、神父は受け取った。

 だが、返事をする時間はなかった。

 すぐに魔神が戻ってきたからだ。


「遊んでばかりもいられないな。道のりは長い。さぁ、行くぞ」


 俊夫はホスエの襟首を掴むと、引きずっていく。


「あぁ、やめてくれ。助けてーーー」


 ホスエがもがいて抜け出そうとするが、俊夫の方が単純な力では強いのだ。

 手を外す事は叶わなかった。


 教会の関係者も、ホスエを助けたかったが体が動かなかった。

 相手は魔神である。

 しかも、強そうな神教騎士団の団員が、なすすべもなく連れて行かれる姿を見せられては、魔神に逆らおうとする気力は湧いてこなかった。


 彼らは魔神達が出て行ってから、しばらく様子を見る。

 ……戻ってくる様子はない。

 そう判断した神父は、修道士達に使命を与える。


「良いか、心して良く聞け。お前達は先ほどの事を、神教庁や周辺国に伝えて来るんだ」

「そんな! 神罰が下ってしまいますよ」


 修道士達は口々に非難の声を浴びせる。

 神父が自分だけ助かろうとしていると思ったからだ。

 それを神父は落ち着かせる。


「いいや、誓ったのは私だけだ。もし、神罰を受けるとするのならば、私だけだ。思い返してみなさい。”私達”とは言ってないぞ」


 その言葉に、修道士達は顔を見合わせる。


「確かに言ってなかったような……」

「神父様は確かに”わたし”といっていたぞ」

「何て酷い事を言ってしまったんだ。申し訳ございません」


 自分一人では、記憶違いがあるかもしれない。

 修道士達は答えを確認し合うと、神父の言っている事は正しいと認識された。


「魔神に勝たせるわけにはいきません。神罰が下るとしても、私一人で済みます。さぁ、出かける準備をしなさい」

「はい」


 神父はそれぞれに伝える場所を命じる。

 ローマ、ウィーン、ミラノ、パリ、ワルシャワ。

 ベルリンの教会は寝返っている可能性を考え、伝えるのはローマと相談した後という事にする。


 神父は”神への誓約を破ってはいない”と自分に言い聞かせていた。

 魔神相手とはいえ、神を欺くような真似をしてしまったのだ。

 多少の後ろめたさもある。

 もし、神罰を受ける事になるのならば、進んで犠牲になるつもりだ。


”死を覚悟して、神に真実を伝える”


 彼は敬虔な信者として、これを正しい行いだと信じ込んでいた。

 そんな自分に酔っていたのだ。




「よし、上手くいったようだな」


 俊夫は久しぶりに魔神イヤー――聴力強化――を使って、教会内部の会話を聞いていた。

 先ほどの演技は、全てフリードに対する意趣返しのためだ。

 神父の行動も想定の範囲内だった。

 騎士団員が命懸けで持ち込んだ情報を信じて、プローイン裏切りの報を知らせてくれると信じていた。


 もし、神父が馬鹿正直に黙り込んでしまっても良かった。

 ホスエの治療という、最優先の課題は果たせたのだから。


「悪い事とはわかってるんだけど……、なんか演技って楽しいね」

「なかなか迫真の演技だったぞ」


 ホスエはすっかり元気になっていた。

 魔法の力というのは凄いものだと、俊夫は改めて感じていた。


「でも、さすがにあの演技は辛かったわ。っていうか、あれだけなら普通の演技でも良かったんじゃないの?」


 レジーナの抗議は当然のものだ。

 ホスエの近くから引き離すだけなら、もっと他に良い方法があっただろうと少し不満を持っていた。

 俊夫はレジーナの腰を引き寄せ、口付けをする。


「ごめん、ちょっと変わったレジーナが見たかっただけなんだ」


 真剣な顔を作った俊夫に謝られると、レジーナはそれ以上言えなくなってしまう。


「もうっ……」


 レジーナはキスで誤魔化されてしまったのだ。

 ホスエはちょっと気まずそうに視線を泳がせている。


「えっと、ゾルド兄ちゃん。これからどうするの?」

「これからか……」


(魔族には追い出され、フリードには裏切られた。ひっそりと静かに暮らそうとしても無理。もう、この世界には俺の居場所はないんだな……)


 俊夫は少し考え込んだ。

 このまま逃亡者生活なんて真っ平ごめんだ。

 それにやられたままというのも、面白くない。


 俊夫は――


(違う! 俺は俊夫じゃ、もう佐藤俊夫じゃない)


 決意に満ちた目をして、夜空を睨む。


「俺はゾルド、魔神ゾルドだ」


 ゾルドは、口に出して決意した。

 佐藤俊夫という名を持ったままでは、どこかで甘えが出てしまう。

 その名を捨て、魔神ゾルドとして生きる事を、今ここで決めたのだ。


「レジーナ、ホスエ。この世界に俺の居場所は無いようだ」

「そんな事はありません」

「そうだよ、そんなことないよ」


 二人は口々にゾルドを庇う。

 二人とも優しい、まともな性格をしている。

 だが、今のゾルドにはそれは辛いだけだった。

 きっと、付いて来れないだろうから。


 ゾルドは地面に足で一本の線を引く。


「俺は自分の居場所を作るために、手段を選ぶつもりはない。魔神は神への恨みを力にするそうだ。だから、力を付けるために、多くの人間が嘆き悲しむような世界にしてやる。それでも付いてこれるというのなら、こっちへ来い。無理だと思うなら、立ち去ると良い。お前達には帰る場所があるはずだ。もちろん、恨みはしない」


 これは自分に付いてきてくれた者達への、ゾルドなりの誠意だ。


 レジーナは、婚約者にフラれたとはいえ、ゾルドのように追放はされていない。

 ブリタニアに戻れば、普通に暮らす分には問題は無いはずだ。


 ホスエは、ゾルドに拉致され、拷問を受けて生還した騎士として扱われるだろう。

 これは演技を考えた時に、ホスエがいつでも帰る事ができるようにと、余地を残しておいてやったのだ。


 最初に線を踏み越えたのはホスエだった。

 ゾルドが言い終えた瞬間に、一歩力強く足を踏み出した。


「言ったはずだよ。僕の神様はゾルド兄ちゃんだって」


 慌ててレジーナも線を越える。


「私だって付いていくわよ。だって、私は奥さんなんだから」


 レジーナはホスエを意識して言っているようだ。

 どうやら、自分の知らないところで、ゾルドとの強い繋がりがある事が気に入らないらしい。


 そして、自分で言っておきながら”奥さんって……”と恥ずかしがっている。

 正確に言えば、今はまだ婚約者だ。

 だが、ゾルドの横に立つのは自分だとアピールしたいようだ。

 そんなレジーナを、ゾルドは微笑ましく見守っていた。


「ありがとう。二人に報いなければならない事を、俺は決して忘れない」


 その言葉は、穏やかだが力強かった。

 ゾルドは二人の目をしっかりと見つめ返す。


 三人 VS 世界。


 こんな馬鹿げた戦いに付いてきてくれるのだ。

 例えゾルドといえども、この恩を忘れる事はできない。

 世界を滅ぼす事になっても、絶対に天神を倒して見せると決意した。


「我は魔神なり。世界の破壊者なり」


 どこかで聞いた覚えのあるフレーズ。

 それを魔神にアレンジして、ゾルドは夜空に呟く。


 やがてゾルド達の姿は、夜の闇の中へと消え去っていった。

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