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「こんばんわ。今日は月が綺麗ですね」

「はぁ?」


 タルノフスキ将軍の屋敷、その裏門を警備する兵士が怪訝そうな顔で反応をした。


 すっかり日が暮れて、真っ暗な夜。

 門の明かりに浮かび上がる、二人の姿があった。


 一人は真っ黒なローブを着て、フードを目深に被っている怪しい人物。

 もう一人は緑色のマントを着て、フードを目深に被っている怪しい人物。


 ……どちらも非常に怪しい。

 本来なら、すぐに追い返すところだ。


「あぁ、なんだ。誰の使いだ?」


 だが兵士は慌てる事無く、慣れているかのように対応した。

 国家の重要人物となると、こうやってコッソリ使者を送られたりするのだろう。

 俊夫達も、そういった使者に思われたのだ。

 しかし、俊夫はそれを否定する。


「いや、今回が初めてです。昼間に閣下が欲しがるような物を仕入れましてね。それをお届けしようと思いまして」


 そう言いながら、俊夫は門番の手にそっと1万エーロを手渡す。

 だが、門番は自分の手を不満そうに見つめていた。


「ご新規さんなら、そう簡単にはな」

「これはこれは、気が利かずに申し訳ありません」


 さらに10万エーロを手渡す。

 すると、門番の顔が露骨に変わる。


「ちょっと待ってろ。今ポールさんに聞いてくる」

「お願いします」


(ポールってどのポールだよ!)


 微妙なニュアンスの違いで人の違いを言っているのかもしれないが、俊夫にはその差がわからない。

 全員ポールという名前の弊害だ。

 この国の人間は慣れているのかもしれないが、俊夫には不便でしかない。


「レジーナ、言われた通りにやれば問題は無い。俺を信じろ」

「……はい」


 俊夫は不安そうなレジーナに声をかける。

 だが、俊夫が声をかけたせいで、よけいに不安そうな顔をする。

 それもそうだろう。

 顔色を変えずに、同じ人間を殺すような男だ。

 同族殺しなんて真似は魔族達でも滅多にやらない事だ。

 信用なんてできるわけがない。


 イマイチ反応が芳しくないレジーナに、俊夫は何が不満なのか聞こうとしたが言うのを止めた。

 門番が執事のような恰好をした人間を連れてきたのだ


「何か御用だとか?」

「閣下が欲しがっていた物を手に入れまして、買い取っていただければと思いまして伺いました」

「ほう、それはどういったもので?」


 執事の言葉に、俊夫はレジーナのフードを少し上げる。

 すると二人は驚愕の表情を浮かべた。


「ダークエルフ! そういえば、閣下が落札できなくて悔しがっていたような……」

「でしょう? 今回はそのお話に来たんですよ。閣下に取り次いでいただけますでしょうか?」


 もしこれがダークエルフではなく、現金を持ってきたというのであれば、その場で追い返されていただろう。

 立場のある者に贈り物をする場合は、現金よりも物品の方が良い場合がある事を俊夫は知っていた。




 俊夫がある程度会社に慣れてきて、上司からも信頼されるようになった時の事。

”働いている会社に捜査が入るかもしれない”と情報が入った時に、警察への付け届けを任された事があった。


 捜査の対象から外して欲しいと頼む時、その相手が出世街道を外れたキャリアやノンキャリの場合は現金で良かった。

 だが、出世レース中のキャリアの場合は現金ではマズかった。

 現金を渡そうとすると逮捕される。

 出世のための点数稼ぎにされるのだ。


 現金よりも権力を渇望する者。

 早く出世し、肩書を得てからより多くの私腹を肥やそうとする者。

 そういった者達には、現金よりも物の方が喜ばれるのだ。


”同業他社の情報。しかも、証拠付き”


 現金を持っていけば、受け取った側も賄賂を受け取ったとして逮捕される。

 しかし、他の詐欺集団の情報は別だ。

 誰かに怪しまれても”一般市民からの善意の情報だ”と言って、容易に追及を避けられる。

 そちらの捜査を優先するので、俊夫達の会社は捜査の優先順位が下がるのだ。


 ――刑事は手柄を立てられる。

 ――俊夫の会社は捜査の対象から外れる事ができる。

 ――犯罪者が逮捕されて、街が平和になる。


 一石三鳥だ。


 今回も同じこと。

 現金を渡したいとタルノフスキの家を訪ねても、初見の相手とは会ってくれないだろう。


 だが、ダークエルフなら別だ。

 タルノフスキが欲しがっていた物を持ってきたというだけではない。

 ダークエルフなら、贈り物として受け取っても言い訳が簡単だ。


”ダークエルフを傍に置いておくのが怖くなった落札者が、タルノフスキ将軍なら預けられると思って連れてきた”


 この国でならそういっておけば問題は無い。

 受け取る側が欲しがる物、そして非難されるような事があっても言い訳ができる物。

 そういった物が、立場のある者への贈り物として喜ばれるのだ。


 ダークエルフのオークションは良い情報だった。

 フリードが暗殺に使えそうな手段が無いかと調べていたお陰だ。

 あの時は”丸投げかよ”と思ったが、今思えばファインプレーにすら思える。




「……いいでしょう。不埒な真似はしないように」 

「もちろんですとも」


 執事の念押しに、俊夫は良い笑顔で答える。

 これから起こる事を考えれば、白々しいにも程がある。

 

「武器はこちらに置いていけばよろしいですか?」

「自発的に預けて頂けると、こちらとしても助かります」

「わかりました」


 俊夫とレジーナは武器を裏門の壁に立て掛ける。

 今回の暗殺に武器は必要ない。

 それならば、大人しく武装解除して警戒を解く方がずっと良い。


「それではこちらへ」


 執事の先導で、裏口から屋敷内へと入る。

 そして屋敷内では、人の気配の無い通路を選んで通る。

 公然の秘密とはいえ、女を買い漁るのはあまりいい趣味だとは言えない。

 それもダークエルフの女を買うなんて言語道断。


 今は軍内部に確固たる地位を得ているとはいえ、将来どうなるかわからない。

 権勢が弱まれば、使用人からも裏切者だって出る。

 ならば、わざわざ不特定多数に裏取引の存在を知らせる必要はない。

 情報に接する者が少ないほど、情報漏洩の危険も減るのだから。


 二階の一室。

 その扉の前で執事は立ち止まり、扉をノックする。


「閣下、客人をお連れしました」

「かまわん、入れ」


 部屋の中から聞こえた声は、無駄にイケメン声のバリトンボイス。


(でも、エロ猿なんだよなぁ……)


 入室してタルノフスキ将軍の顔を見ると、落差にガッカリする。

 おそらく、ダークエルフを連れてきたと聞いて、この後の事を考えているのだろう。

 フリードに見せてもらった似顔絵。

 そこに描かれたハードボイルドな男は、そこにはいなかった。


 今、この部屋にいるのは鼻の下を伸ばしたエロ猿一匹。

 似顔絵を見ていなければ、こんな思いはしていなかった。

 別の一面を知っているからこそ、落差が激しいのだ。


「タルノフスキ将軍、お初に……。いえ、昼間にお会いした時は、知らぬ事とはいえ失礼致しました」

「うむ。含むところは無いでも無いが、こうして訪ねて来た事で不問とする。まぁ、座れ」

「失礼致します」


 俊夫はタルノフスキの正面に座る。

 レジーナは俊夫の斜め後ろに、執事はタルノフスキの斜め後ろに立っている。

 タルノフスキが執事しか傍に置いていないのは、己自身の強さに自信があるからだろう。

 もしかすると、俊夫から見えない位置。

 椅子の裏にでも、剣を隠しているのかもしれない。


「オークション会場ではタルノフスキ将軍とは知らず、大変失礼致しました。誠に申し訳ございません」


 その言葉に鷹揚に頷き、タルノフスキは俊夫に先を促した。


「お詫びの申し上げようもございません。ですが、ダークエルフを閣下にお譲りする事。それで関係の改善を出来ましたらと思い、本日伺わせて頂きました」

「ほう、私に譲るというのか。それで、いくらで買えというのだ?」


 会話をしている間も、タルノフスキの視線はレジーナに釘付けだ。

 まるで”お前の相手などするつもりはない”と言われているようで、俊夫は不愉快であった。

 タルノフスキとしても、俊夫は落札の邪魔をした嫌な奴だと思っているから仕方がない。

 俊夫は、その舐めた態度をやめさせようと大胆な事を言う。


「タダでいかがでしょうか」

「タダ!?」


 1億4,000万エーロで落札したダークエルフを、無料で譲るというのだ。

 タルノフスキの視線は、レジーナから俊夫に移った。


(思い切ってタダにしてよかった)


 これでようやく交渉の席に着かせたといえる。


「なぜ金を取らない?」

「お詫びの気持ちと、今後とも末永くお付き合いができればと思いまして」

「ほう、今後ともか」


 タルノフスキの顔が、エロ猿から幾多の戦場を駆け抜けてきた男の顔に戻った。

 今回だけの取引ならば良い。

 だが、長い付き合いとなると別だ。

 女をタダで受け取るか受け取らないかで、今後に及ぼす影響が大きく変わってくる。


「内容次第だな」


 タルノフスキが警戒するのも当然の事。

 こうして怪しい人物と密会するように脇が甘い。

 だが、それでも自分がこの国における重要人物だという認識はある。

 後で付け込まれるような取引はできないのだ。


「実は、女型の魔物を大々的に売りに出そうと思っています。今は娼館で扱われる程度ですが、軍にも配備していきたいと思っております。もし、よろしければ閣下の口添えを頂きたいのです」

「軍に配備する利点は?」

「軍は略奪や強姦をしている最中が無防備です。日頃から性欲を発散していれば、強姦の方はマシになるでしょう。それに戦闘になれば戦わせても良い」


 俊夫の言葉に、タルノフスキは椅子に深く座り直す。

 そして、天を仰ぎ目を閉じる。

 これが彼なりのリラックスして考えられる方法だった。

 タルノフスキはそのままの姿勢で俊夫に問う。


「味方に襲い掛かったりしないか不安だな」

「その辺りは良く調教しておきます。それに閣下にも悪くない事ですよ」

「俺の?」


 懐疑的な目で見てくるタルノフスキに、俊夫はいやらしい笑みを浮かべる。


「魔物を身近な物にしてしまえば良いのです。今は眉をひそめられている閣下の嗜好も”兵士達が嫌悪感を抱かないように率先して試している”とでも言っておけば、誰もが”さすが将軍”と手の平を返すでしょう」


 俊夫の言葉に、タルノフスキもいやらしい笑みを浮かべた。

 彼自身、趣味の良い事はとは思っていない。

 だが、それでも人から非難されるのは気持ちの良い物ではない。


”堂々と様々な種族の女を漁る事ができる”


 その事は非常に魅力的な提案だった。

 個人的な利益だけではなく、軍にも悪くなさそうな提案だ。

 これを蹴る理由はない。


「良いだろう。ポール、1億4,000万エーロ用意しろ」

「かしこまりました」


 タルノフスキの言葉を受けて、執事が部屋を出ていく。

 タルノフスキが一人になったところで、襲い掛かっても良かった。

 だが、俊夫は”使った金を取り戻せるのならば”とポールが帰ってくるのを待ってしまう。


 すぐに戻ってきた執事から金を受け取り、俊夫は金を確かめた。


「確かに1億4,000万あります。ですが、よろしいのですか? ダークエルフなら無料でお譲り致しますが」

「馬鹿を言うな。女型の魔物を軍に配備するなんていう、突拍子もない事を提案してくるような奴から無料で物を貰えるか! ここで金を支払うよりも、大きな代償を支払わされることになるかもしれん」

「そうかもしれませんね」


 俊夫が言い終わると同時に二人は笑い声を上げる。

 契約は成立したという事だ。


「それにしても、お金があるなら落札すればよかったんじゃないですか?」

「あの時は1億くらいしか持っていなかったんだ。競り合いになるとは思わなかったからな」


 そこでタルノフスキは何かに気付いたような素振りを見せる。


「もしかして、こうして訪ねて来るために落札したのか?」

「いえいえ、ただの偶然ですよ」


 俊夫の言葉を、タルノフスキはそのままに取らなかった。

 自分に接触するために落札したのだと感じとっていた。


「お前の手の平の上で踊らされていたというわけか。そういえば名前を聞いていなかったな」

「これは失礼致しました。私はノルドと申します」


 俊夫は立ちあがり、タルノフスキに笑顔で手を差し出す。

 そしてタルノフスキも俊夫に合わせて立ち上がり、俊夫の手を取った。


「タルノフスキ将軍、この度は良い取引をありがとうございます」


 その言葉がきっかけだった。


 レジーナが袖に隠したナイフで執事の喉を切り裂き、俊夫がタルノフスキの胸に拳を突き立てる。

 わざわざ握手をしたのは、タルノフスキが逃げないようにするためだった。


 俊夫は武術を学んでいる相手とまともにやり合う気は無い。

 だから、レジーナとあらかじめ符丁を決めていた。


”この度は良い取引をありがとうございます”


 その言葉を俊夫が口にしたら、タルノフスキの周囲の者に襲い掛かるようにと、レジーナに伝えておいたのだ。

 いきなり”殺せ”なんて言っても、その言葉は相手にも聞こえる。

 一瞬は戸惑うだろうが、すぐに対応されてしまうだろう。

 それならば、関係のない言葉を合図に襲い掛かれば良いだけだ。


 如何に強い人間であっても、戦闘態勢を整える前に襲われると弱い。

 これは俊夫自身がよくわかっている事だ。

 特に戦闘状態を意識しないと力を発揮できないのは致命的だった。

 そのお陰というのもおかしな事だが、こうして暗殺の役にも立った。

 世の中悪い事ばかりではない。


 俊夫は金を懐に納めると、タルノフスキの首をねじ切って頭部を仕舞い込む。

 フリードに殺害の証拠を見せるためだ。

 本人の頭なら、これ以上ない確たる証拠になるだろう。

 そして、タルノフスキと執事の死体を消し去った。


「死体を消してしまったら、家族が弔えない……」


 目の前で死体が消え去るのを見ていたレジーナが、少し非難混じりの声でそう呟いた。


「こいつらの家族なんてどうでもいいだろうが。それよりも死体を消した方が効果的なんだぞ。誘拐されたと判断すれば、人を隠して運んでいてもおかしくない馬車とかを優先に調べるからな。そうすれば徒歩の俺達は検問を素通りだ」


 俊夫が死体を消し去ったのは、それだけが理由ではない。

 死体があれば、すぐに別の将軍が同じポジションに就く。

 だが、死体が無ければ誘拐されたものとして捜索される。

 その間はタルノフスキのポジションはそのままだ。

 そして軍の立て直しは遅れ、混乱は長引いてしまう。


 フリードの要求した、タルノフスキ暗殺によるポール・ランド軍の混乱。

 それをできる範囲で、より効果的に行おうというのだ。

 これは俊夫なりのサービスだった。

 もちろん、自分が逃げやすいようにするという意図も含まれていた。


「ほら、いくぞ」

「……はい」


 不服そうなレジーナを連れ、俊夫は部屋を出た。

 来た時と同じルートを通り、裏口へと向かう。

 先程と同じ門番がそこに居た。


「もう終わったのか?」

「あぁ、もう終わりだ」


 俊夫はペットボトルのフタを捻るような軽い感覚で、門番の首をへし折った。

 終わったのは彼の人生だった。

 俊夫は顔を見た人間を見逃しはしない。

 門番も、この世に生きていたという痕跡を残すことなく消されてしまった。




(大変な男に、奴隷として買われてしまった……)


 レジーナはそう思わずにはいられなかった。


 人を躊躇いも無く殺し、ためらいもなく死者の尊厳を冒涜する。

 自分を買った目的も人を殺すため。


 俊夫はダークエルフの目から見ても異常者だった。

 自分の貞操も心配だが、その前にハエでも叩き潰すような感覚で殺されるかもしれない。

 今のところは酷い扱いを受けてはいないが、いつダークエルフという種族の自分に苛烈な対応を取るのか。

 その時が来るのが恐ろしかった。

 



 俊夫達は武器を回収しすると、そのまま街壁を飛び越えて街を出て行った。

 夜で暗いが、俊夫は夜目が利く。

 レジーナを背負い、そのままワルシャワの北にあるケーニヒスベルクへと走り去っていった。

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