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 オークション当日、俊夫は貴族服を着て会場に来ていた。


(さて、どうしようかな……)


 そう、来ているだけだ。

 入札のルールなど、まったく知らない。

 会場に入っても何も出来ないだろう。

 俊夫は会場前でうろうろするだけだ。


 だが、俊夫はそこまで絶望していなかった。

 こういった場合、困ったような表情をしておけば、俊夫のような人間が寄ってきてくれる。


(そう、そこのお前。俺は金を持ってるけど、初めてオークション会場に来て戸惑ってるボンボンだ。さぁ、来い!)


 俊夫はダメ押しに、誰か知り合いでもいないかという感じで周囲を見回す。

 そして誰も見つからず、寂しそうなそぶりを見せた。

 そんな俊夫の様子を見て、一人の男が近づいてきた。


「何かお困りですか?」


 初老の、人が良さそうな男性が俊夫に声をかける。

 俊夫は非常に困ってます、という表情を浮かべながら彼に答えた、


「初めてオークションに来たんですけど、オークションに詳しい父の知り合いが来ないんです。お金は持ってるんですけど、入札の仕方とかわからないのでどうしようかと……」


”お金は持ってる”の時点で、男の目に怪しい光が宿ったのを俊夫は確認していた。

 馬鹿なカモが見つかったと喜んでいるのだろう。

 残念ながら、喜んでいるのはお互い様だ。


「それは残念ですな。どうでしょう、私は詳しいのでご一緒されますか。欲しい商品があるなら入札も手伝いますよ」

「本当ですか! それは助かります」

「ただし、落札金額の30%を手数料で頂きますよ」

「えっ」


 俊夫は驚いた顔を見せる。

 これは本気で驚いていた。

 払う気が無いとはいえ、予想以上に高額の手数料を要求されたら誰でも驚く。


(けど、こういう場合は――)


「父の知り合いが来ないとはいえ、さすがにそんなに手数料を払ったら、父に怒られてしまいます。申し訳ないですが……」

「そうか。それでは15%ならどうだい? 初めてのオークションに参加できないなんて悲しいだろ?」

「本当ですか! それではお願いします」


(いきなり半額にするな、この馬鹿野郎! お前みたいな奴がいるから、相場が下がるんだ)


 俊夫はカモにされる事よりも、簡単に値下げをする行為に腹を立てた。

 15%でも十分だとしても、もう少し交渉というものをして欲しい。

 ぼったくる額を大幅に下げる人間がいると、業界全体にも迷惑だ。

 一度でも安値で受けてもらえると、次からはその額以上では高いと感じてしまう。


”この額で引き受けてくれる人がいた”


 そう言って高値で話を持ち掛けても断られるようになる。

 そうなると、同業者が迷惑を被るのだ。


「よろしくお願いします。僕はノルドと言います」

「ポールだ。よろしく」


 これは言うまでもなく偽名だ。

 ゾルドをローマ字で書くと”Zorudo”

 この”Z”を90度回転させ”N”にして”Norudo”


 単純な偽名の作り方だが、偽名と言うのは本名と違い過ぎると使い勝手が悪くなる。

 本名から離れすぎると、名前を呼ばれた時の反応で気付かれてしまうのだ。

 世の中には、非常に勘の良い者がいるという事を忘れてはいけない。


 普段俊夫が使う偽名は”加藤(かとう) 時雄(ときお)”というものだ。

 本名の”佐藤(さとう) 俊夫(としお)”とは2文字が違う。

 だが、ここで注意する点は同じ母音を使っているところだ。


 ”か”と”さ”は母音が”あ”

 ”き”と”し”は母音が”い”で共通している。


 ”さとうとしお”と”かとうときお”ならば、偽名であっても違和感が少なく反応できる。

 これが”やまだたろう”という偽名ならば、同じ6文字とはいえ違和感があって反応が遅れるか、勘の鋭い相手に偽名だと気付かれやすい。

 これくらいの偽名が、実際に使うにはちょうど良いのだ。


「それでは中へ入ろうか。ノルドくん」


 ポールの言葉に従い、俊夫はオークション会場へと入っていった。



 ----------



「なんか、商品が奴隷ばっかりですね」


 ポールは俊夫の問いかけに、何を言っているんだという顔を向ける。


「当然だろう。ここはワルシャワだぞ」


 それからポールはワルシャワの奴隷市場に関して話し始めた。


「ポール・ランドの東にあるソシアは肥沃な大地だ。だが、それだけに魔物の数も多い。あんな国に移住しようなんていうのはよほど生活に困った者か、犯罪者くらいだ。だから、定期的に農奴を買い集めていくのだ。高く売れそうなのは、こうしてオークションにかけられるがな」

「そうだったんですね。ありがとうございます」


(ソシアには行きたくねぇな。殺伐としてそうだ。人間、文化的で暮らしやすいところじゃないとな)


 文化的な暮らしというのは大事だ。

 ウォシュレットどころか、トイレットペーパーすらないこの世界。

 洗浄のペンダントが無ければ、俊夫は絶望で自殺していただろう。


 ある程度、オークションが進んだ頃合いで、オークションの司会が壇上に上がる。


「みなさま、大変お待たせ致しました。これから本日の目玉であるダークエルフの入札を行います。この後にも見目麗しい女奴隷を用意していますので、落札できなかった方もご安心ください」


 司会の言葉に場内から笑い声が湧き上がる。

 俊夫の隣に座るポールからもだ。

 俊夫はその流れが理解できなかった。


「ポールさん。なんでみんな笑っているんですか?」


 俊夫の問いに、ポールは笑顔のまま答えた。


「そりゃ笑うさ。ダークエルフが目玉なわけがない。あんなものはゲテモノ趣味の奴くらいしか落札しないからだ。入札する者がいても、チャリティーだから最低限の見栄を張る程度の額だろうな。……もしかして、ノルドくんが欲しいのはダークエルフか?」

「えぇ、そのつもりです」


 俊夫の言葉に、ポールは落胆の色を隠せなかった。

 彼にしてみればダークエルフなど、はした金程度の価値しか無かったからだ。

 やっぱり30%にしとくべきだったかなと、後悔すらしていた。

 だが、確実に取れる金は取っておく性質の彼は、15%の手数料でも見過ごせなかった。


 奴隷のオークションでは、オークションガイドを雇えば落札額の5%程度で済む。

 それを馬鹿のボンボンから3倍の額を取れる割りの良い仕事のはずだったのに……。

 今、彼に出来る事は、ライバルが現れて落札金額が高くなる事を祈るくらいだ。


 壇上では司会が商品の説明を始めている。


「このダークエルフは、1,000年前の天魔戦争で決められた約定を破り大陸に訪れました。それだけではなく、エルフに化けて魔神を探していたのです。それを見破られたダークエルフは逃亡の際に、兵士6名、魔道士2名を殺害しております」


 そこで場内からざわめきが起こる。

 前回の戦争で負けた側の種族が、人間を殺した事が憎いのだろう。

 口汚く、各々が罵る声をあげる。


「捕らえた者や遺族から、できるだけ長く生かして苦しめて欲しいとの要望も来ております。あくまでも要望ですので、無茶な楽しみ方をして頂いても構いません」


 半笑いで話す司会に合わせて、会場から笑い声が湧き上がる。

 こういったノリに俊夫は付いていけなかった。


「それでは、お待たせ致しました。商品の入場です」


 オークションの品として連れて来られた裸のダークエルフを見て、会場は2つの反応に分かれた。


 その顔を見て、残念だとため息を吐く多数派。

 そして、美しさにため息を吐く少数派……、いや1人の男。


(いいじゃないか、いいじゃないか! これは是非とも落札したい)


 整った顔つきに切れ長の目、商品として衆目に晒されているというのに堂々とした態度。

 クールビューティーという言葉が似あいそうだ。

 健康的な褐色の肌に、銀髪のロングヘアーでコントラストが映える。

 巨乳ではあるが、大き過ぎて垂れたりしていない美巨乳。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる素晴らしい肉付きだ。


 俊夫はローゼマリーのような顔つきの方が好みだったが、このダークエルフも美しいという感想に変わりは無かった。

 何よりも男を誘うような体が最高だ。


 エルフにはブスしかいなかったために、ダークエルフもそうだと俊夫は決めつけていた。

 それにダークエルフの女と書いてあったが、年寄りという可能性もあったのだ。

 若く美しい妙齢の女という事で、俊夫は絶対に手に入れたいと強く思い込んでしまった。


「ポールさん、とりあえず上限は1億くらいでお願いします」

「1億!? わかった、善処しよう」


 欲しいとはいえ、いきなり上限ギリギリを提示したりはしない。

 落札できなかったら、横からかっさらえばいいのだ。

 物理的に。


 俊夫はポールに任せ、入札の様子を見守っていた。

 8,000万エーロを越えた辺りから、入札するのは俊夫ともう1人だけになっていた。

 その相手を見て、ポールが声を掛けて来る。


「おい、まずいぞ。あれはタルノフスキ将軍だ。将軍が欲しがっているのなら、譲った方が良いぞ」

「俺はこの国の人間じゃない。気にせず入札しろ。1億5,000万までかまわん」

「わ、わかった」


 世間知らずのボンボンと思っていた相手が、先ほどまでと打って変わって強気な態度になっていた。

 しかも、言葉使いまで変わっている。

 それを”ダークエルフを本気で欲しがっている”と受け取ったポールは、入札を続ける。

 彼はポール・ランドの人間ではあったが、タルノフスキ将軍と接点は無い。

 多少、代理入札で嫌われようが、彼の生活に影響はないから気にはしなかった。


 入札が1億4,000万エーロを越えたところで、タルノフスキ側から苦情が入った。


「おい、司会。あいつは嫌がらせをして楽しんでいるんじゃないのか? 本当に金を持っているのか確認しろ」


 タルノフスキの苦情はもっともだ。

 ダークエルフの落札で、ここまで高額になるとは思わなかったのだろう。

 だが、本当に嫌がらせを楽しんでいるとは思ってはいない。

 むしろ、言い掛かりをつけたのはタルノフスキの方だ。


 運営側としても、タルノフスキの機嫌を損ねるような事はしたくない。

 なんといっても常連客だ。

 一見客なんかよりも、常連を大切にしたいと思うのは普通の事だ。


「お客様。申し訳ございませんが、入札金額がございますか確認をさせて頂けますか?」

「仕方ないな」


 俊夫は財布代わりに使っているマジックポーチを、確認に来た係員に見せる。

 その中には2億エーロ分の金が入っている。

 係員はそれを周囲から見られないように確認する。

 見られないようにするのは、どの程度の資金を持っているかがオークションの駆け引きで重要になるからだ。

 金額を確認して、係員は司会に問題無しと伝えた。


 タルノフスキはこれ以上入札する気配を見せなかった。

 手持ちの金の限度まで入札していたのだろう。

 それでも落札できなさそうだったから、俊夫に言い掛かりを付けて”俺はタルノフスキだぞ”と認識させて降りさせようとしていたのかもしれない。

 その手は、自身の権威の通じる相手にしか通用しない。

 この国の人間ではなく、タルノフスキのご機嫌取りをする必要のない俊夫には効かなかった。


「他に入札はありませんか? ……無いようですので、1億4,000万エーロで落札です」


 司会が木槌で机を叩く。

 入札が終わったという合図だ。


「ありがとうございます。ポールさん」

「いえいえ、こちらこそ」


 一仕事が終わったと、二人は笑顔で握手をする。


「手数料は帰りに支払うという事でよろしいですか?」

「えぇ、もちろん。それでは商品を受け取りに行こう」


 俊夫達のところに係員が訪れ、商品の受け渡し場所まで案内する。

 そこには大勢の警護がいた。

 裸で椅子に座らされて、拘束されたダークエルフから少し距離を置いて、取り巻くように待機していた。

 それを見て、俊夫は係員に声をかける。


「そういえば、彼女の持ち物とかはどうなりますか? どうせなら一緒に買い取りたいんですけど」

「そちらも付いてきますよ。ただ、強力な魔力を持つダークエルフですので、隷属の首輪の効果は半年程度ですので、半年毎の更新になります」

「結構」

「では、首輪の代金を合わせて1億5,000万エーロを頂きます」


 首輪が1,000万。

 しかも、それを半年毎に交換しないといけないという。

 長く所有するのではなく、短い期間で使い潰す(・・・・)事を前提としているのだろう。

 そうでないと、落札者の資産に余裕があるかどうか審査しない理由がわからない。

 落札したはいいが、首輪の効果が切れて暴れ出すなんて事があったら大変だろうに。


 俊夫は素直に金を支払った。

 ここはまだ暴れるような場面ではない。

 あくまでもタルノフスキが標的なのだ。

 目先の金に目がくらんで、オークション会場の金庫を狙うような真似をする必要は今のところはない。


 俊夫には――


”プローインを味方に付ける”

”魔神を探している勢力と接触する”


 ――という大義があるのだ。


「それではこちらの水晶に手を置いてください」


 操作盤のような物が付いた水晶は、ダークエルフに付けられている首輪とコードのような物で繋がっていた。

 その上に手を乗せると、一瞬何かを吸い取られたような感覚に襲われる。

 水晶から手を放すと、その中に赤黒い血の塊のような物が中心浮いていた。


「うわっ、なんだこの魔力。性格最悪だな」

「なんだって?」

「いえ、なんでも」


 この世界では魔力の色に性格が表れると信じられている。

 明るい色ほど良い性格で、暗い色ほど性格が悪い。

 俊夫のように赤黒い魔力は性格が最悪だと思われるのだ

 だから、思わず操作をしていた者が呟いてしまった。


 俊夫は聞き返したが、はぐらかされたので追求は止めた。

 性格最悪と言われて腹が立ったが、魔力と言われた事で必要以上の追及をする気にはなれなかったのだ。

 詳しく調べられて”魔神の魔力だ!”なんて事になったら目も当てられない。

 いつか覚えていろよと、心の中で呟くのが精一杯の強がりだった。


 係員が水晶を操作すると、水晶に吸い取られた魔力がコードを辿り、首輪へと吸い込まれていった。

 おそらく、これで持ち主を登録するのだろう。

 その後、幾度かの操作をした後にコードが外される。


「それでは、何か命令をしてみてください」


 ダークエルフは俊夫を殺しかねないくらい強く睨み付けている。

 俊夫はそれを笑顔で流す。


「名前は?」

「……レジーナ」


 支配に逆らおうとしていたのだろう。

 それでも、逆らえずに名前を俊夫に教えてしまった。

 効果は発揮しているようだ。


「それじゃ、レジーナ。服を着ろ」

「はい」


 こちらは素直に聞いてくれたようだ。

 命令はできるが、感情までは完全に制御していないという事だろう。


(ダークエルフは魔力が強いから、首輪を半年で交換……。首輪に込められた魔力が電池みたいなもので、命令を聞かせるのにダークエルフ相手だと電池の消耗が激しいとかそんな感じかな)


 俊夫はペースメーカーのようなものを想像した。

 普段から動作していて、電池が切れる前に交換しないといけない。

 動作が停止したら命に係わるというのも同じだ。


(服を脱がせるのも好きけど、こうやって着ていくのを見るのも悪くない)


 いやらしい目で見ているのは俊夫だけではない。

 好みのタイプではなくとも、エロイ体をした裸の女がいれば目が行ってしまうものだ。

 

 レジーナは旅をしているからか、丈夫そうな麻の服の上に皮の鎧を付けていた。

 腰にショートソードとナイフ、いくつかの小袋を下げている。

 旅のしやすいように、軽装といった感じだ。

 常にローブを着て、長い剣を背中に下げている俊夫とは正反対だ。


 レジーナとポールを連れて、帰ろうとする俊夫に係員が念押しをする。


「半年毎に最寄りの奴隷商館での更新をお忘れなく」

「わかっている」


 俊夫は鷹揚にうなずく。


「ポールさん。恥ずかしながら手持ちが無くなりましたので、ホテルまで一緒に来ていただけますか?」

「もちろん、構いませんよ」


 ポールは俊夫に”1億5,000万エーロまで入札してもいい”と言われていた事を忘れていない。

 ちょうど使い切ってしまったのだろうと思い、ホテルにまで付いていく事に抵抗は無かった。

 これからも、なんだかんだで絞り取れるカモだと思っていたのだ。

 一度切りの関係なんてもったいない。


「では、ごきげんよう」


 俊夫はオークション会場の係員や警護に別れの言葉をかけると、会場の外で待たせているホテルの馬車へと向かった。



 ----------



 馬車の中では俊夫とレジーナ、正面にポールという感じに座っていた。


「レジーナ、君にはいろいろと聞きたい事がある。だが、その前にやっておかない事があるから待っててくれ」


 俊夫はそう言うと、正面のポールに小声で話したいという感じで手招きする。


「なんだい?」


 手招きに応じて、ポールは身を乗り出した。

 その首を、俊夫は片手でへし折る。

 今回は首が回転するような失敗はしない。

 ただ、命を奪うのに必要なだけの力を加える事に成功した。


「なにを!?」

「黙ってろ」


 目の前で、いきなり殺しが行われた。

 それに驚いたレジーナを、静かな声で俊夫は制した。


(だめだな、大してもってねぇや)


 服を漁っても目ぼしい物を持っていなかった。

 仕方なく、俊夫はそのまま洗浄の魔法で死体を消す。

 馬鹿正直に手数料なんて払うつもりはなかったのだ。

 それに”良心的な奴”は、存在するだけでも目障りだと思っていたからちょうど良い。

 なりふり構わず実力行使されると、手も足も出ないのが後ろ盾のない者の悲しいところだ。


 レジーナは俊夫を”信じられない”といった目で見ている。


「何か言いたいことがあるなら言え」

「ためらいもなく人を殺すなんて。お前はそれでも人間か?」

「……お前には言われたくないな」


(なんで、ダークエルフにそんな事を言われなきゃいけないんだ)


 俊夫は顔をしかめる。

 当然の不満だ。

 そもそも逃げるためとはいえ、レジーナだって人を8人殺しているのだ。

 人の事は言えない。


「まぁ良い。レジーナ、お前にはやって貰う事がある。ホテルに着いたら、俺が言う事をよく覚えておけ」


 このままホテルにしけこみたい。

 魔神を探しているというブリタニア島の事を聞きたい。

 しかし、それは時間のある時にでもできる。


 レジーナを落札した事で、できる事を思いついたのだ。

 時間を掛けるほど失敗の確率は高くなる。

 タルノフスキ将軍を殺すためには、今夜にでも行動しなくてはならない。

 その道具として、レジーナにはこれからすべきことを覚えてもらわなくてはいけないのだ。


 馬車がホテルの前のロータリーに止まったので、俊夫達は降りる。

 当然、その時に御者は人数の違いに戸惑いを覚えた。


「あれ? 三人ではありませんでしたか?」

「最初から二人だよ。話してた人とはその場で別れたじゃないか」

「そうでしたっけ?」


 御者は馬車の中を覗くが、中には誰もいなかった。


「すまないね、長い時間待たせてしまって。きっと、君は疲れてるんだよ。これで良い物食べて休んでくれ」


 そういって俊夫は1万エーロのチップを渡す。

 すると、御者は俊夫に感謝して馬車の待機所へと移動していった。

 馬車の中にいない以上、彼がそれ以上追求する理由もない。

 それにホテルの客である俊夫を送り届けたので、自分の仕事はこなしている。

 居たか、居なかったか、わからない人間の事はどうでもいいと思ったのだ。


(チップで済んで良かった。御者は俺が使ってるというのがわかっているから、消えたら怪しまれるしな)


 世の中には、消えても誰も気にしない人間というものが存在する。

 ポールも、その一人だったというだけだ。

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