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「とまぁ、安請け合いをしたわけなんだけど、誰を殺るんだ?」
オストブルクのマリアあたりを殺して欲しいと言われたら無理だ。
初対面の出会い方が最悪だった。
今から会いたいといっても、門前払いをされるだろう。
どこの誰を殺すのかを聞いておかねばならない。
「東のポール・ランド。そこのタルノフスキ将軍だ」
フリードの殺害依頼は、プローインの東にあるポール・ランドの将軍、タルノフスキという男だった。
南のオストブルクとの戦争で獲得したシュレジエン。
その地はプローインの南東部で、オストブルクの北にある地方。
ポール・ランドの南西とも国境を接しており、シュレジエンで起こったオストブルクとの戦闘はポール・ランド側を刺激した。
オストブルク側の要請により、ポール・ランド軍が参戦する気配があるとの事。
実際に同盟を組む事ができたのか、シュレジエンを取り戻そうとオストブルク軍が進軍してくるそうだ。
そこで戦闘だけではなく、軍政面でも優れているタルノフスキ将軍を殺して欲しいと頼まれたのだ。
彼は軍の重要人物であり、彼が死ねばポール・ランド軍は一時的に混乱する。
当面の間は軍事行動が取れない。
そしてポール・ランド軍が動く前に、シュレジエンでの戦いを終わらせるつもりだ。
実際に戦えば、戦争は長く続く。
一度始まってしまえば、戦争を止めるのは至難の業だからだ。
だが、矛を交える前ならば、和平もしやすい。
もしかすると”オストブルクとの義理があるから戦うフリをしただけ。本当に戦うつもりはなかった”と言ってくるかもしれない。
見え透いた言い訳だが、プローインとしても多方面で戦争状態になるよりもずっといい。
参戦を遅らせることが、ポール・ランドの参戦自体を防ぐ手段にもなるという。
「かなり重要な内容じゃないか。それを俺に任せても良いのか?」
俊夫の疑問は当然だ。
命を助けたとはいえ、一度会っただけの相手に頼むような内容ではない。
「外交手段による解決も模索している。だが、間に合うかどうかがわからん。それに部下の中にはこういう強硬手段を取れる者がいないんだ。みんな正統派の騎士ばかりで、暗殺任務をこなせそうにない」
「それで俺か?」
「そんな恰好をしているんだ。人の一人や二人殺した事があるんだろう?」
「まぁな」
見た目で判断される事を俊夫は不快に思ったが、否定できないだけに不満を口にする事は無かった。
少なくとも1人は、ムカついたという感情的な理由で殺しているのだから。
「それで、そのタルノフスキ将軍っていうのはどんな見た目なんだ?」
「似顔絵がある」
フリードの取り出した似顔絵は、壮年で渋さを感じる猿の獣人だった。
額に大きな傷があり、絵で見る限りではなかなかハードボイルドな感じだ。
「猿の獣人だけあって性欲も旺盛だ。だから、彼に付け入る隙があるとすればこれだ」
次にフリードはチラシのような紙を取り出し、俊夫に差し出した。
(なになに。約定を破ってブリタニア島から大陸に渡り、エルフに変装して魔神を捜索していたダークエルフの女を捕らえた。捕らえる際に殺された兵士の遺族に見舞金を少しでも多く払う為、ダークエルフのチャリティーオークションを、拘束したワルシャワにて開催致します。……これは!?)
俊夫には衝撃的な内容だった。
魔神を探す勢力がある。
それも、ダークエルフという天神の味方ではない種族のようだ。
ほとんどのゲームで、ダーク〇〇という種族は悪者扱い。
つまり、魔神側の種族の可能性が高い。
この世界に味方がいたのだ。
約定というのが何か、俊夫にはわからない。
しかし、俊夫は天魔戦争に負けた種族が、どこかの島に押し込められてのではないかと予想していた。
そして魔神の復活を予知なりした者達が、魔神を探すために送り出したのだろう。
これはチャンスだ。
人間や獣人の国を味方にしないといけないと思っていた。
だが、魔神に味方する勢力があるなら、そこを足掛かりに攻略がグッと楽になる。
一から信頼関係や、力関係を構築する手間が大分省けるのだ。
(このダークエルフは落札したいな。いや、落札できなくても、落札者から奪えばいいか)
俊夫は何が何でもダークエルフを手に入れる事を誓う。
そして、疑問を覚えた。
「これがどんな隙になるんだ?」
「タルノフスキ将軍は女好きで、最近は変わった女にハマっているようだ」
「変わった女?」
「そうだ。女の姿をした魔物や魔族といった人外の者だ。ダークエルフもきっと落札しようとするだろう」
(人外女好きか……。話が合いそうな気もするが、俺の都合が優先だな)
俊夫もローゼマリー以外、気に入った女は魔物系統ばかりだ。
とはいえ女好きという事から、普通の女に飽きてゲテモノ趣味に走ったのかもしれない。
顔が好みだから好きだという俊夫とは、きっと話が合わないだろう。
この世界では美醜の基準が違うのだから。
「なるほどな。それで、落札した後に何か計画はあるのか?」
「ない」
「えっ?」
「タルノフスキ将軍は女好き。だから、ダークエルフを落札するだろう。そして女を抱く時に無防備になるとは思うから、その時に始末できれば良いな。そう思っただけだ」
フリードの言葉に、俊夫は呆気に取られた。
「そ、それじゃあ……。暗殺プランとかは何にも無しで、俺に完全に任せるって事か?」
「そうなるな」
俊夫は、めまいがするような思いだった。
プランは完全にこちら任せ。
俊夫に暗殺を頼んだのは、別に信頼できる相手だとか、戦う力があって自由な身分だからというわけではなかった。
暗殺を計画する時間もなく、本当に困っていたからダメ元で頼んできただけだ。
建設会社でよくある孫請けへの仕事の丸投げよりも酷い。
(そうでもなきゃ、再会したばかりの奴に頼まないか……。まだ、使えそうな情報を渡してくれているだけマシか)
少なくとも、ダークエルフの情報は俊夫にとって大きなプラスだった。
最悪、ダークエルフだけでも手に入れれば、依頼に失敗しても労力は無駄にはならない。
「最悪の場合だけど、家に殴り込んでも良いって事か? もちろん、プローイン関係者と気付かれないようにするけど」
「どんな手段でもやってくれるなら構わない。けど、犯罪者として指名手配はされないように。さすがにタルノフスキ将軍の暗殺犯となれば、本気で探し出そうとするだろうからな」
「その辺はなんとかするよ」
俊夫は軽くため息を吐く。
これは難問であった。
しかし、それだけに成功させればフリードの信頼を大きく勝ち取る事が出来る。
最悪、力技でも良いなら殺すだけは簡単だろう。
どれだけ上手く、正体を気付かれずに殺せるか。
これはピンチではない。
自分をどれだけ高く売り込めるかのチャンスなのだ。
(移動時間に何か考えるか)
「オークションに参加するにも金がいる。後で返すから、いくらか貸してくれないか。出来れば落札したい」
「ほう。もう何か思いついたのか」
「まぁね」
これは嘘だ。
ただ俊夫が落札したいから金を貸して欲しいだけなのだ。
ウィーンで派手に遊んだことは楽しかった。
だが、オークション形式ならば、あの金が手元にあればと悔やまれた。
「ダークエルフの奴隷とはいえ、おそらく5,000万から1億エーロ程度だろう。入札が白熱すれば、どうなるかわからんが」
「それなら、1億貸してくれ。あとはこっちでなんとかする」
「わかった、用意させよう。頼んだぞ」
いきなり1億エーロを貸し付けるのは不安だ。
だが、無茶な頼みをしている立場ではあるし、持ち逃げされても1億程度ならば悔しがるだけで済む。
それに、俊夫の態度が持ち逃げをしないと思わせてくれる。
1億エーロという金額を”今晩の酒代を貸してくれ”とでも言うかのように頼むのだ。
この程度の額で持ち逃げなどしないと、フリードに思わせた。
もちろん、俊夫がゲームの金だと思っているからこその気楽さだ。
俊夫にとって、ダークエルフの女を落札することは3つのメリットがあった。
”タルノフスキ将軍の暗殺手段”
”ブリタニア島の情報”
”ダークエルフの体”
もっとも、3つ目はあまり期待はしていなかったが。
俊夫は今回のオークションは、自分にとってメリットが非常に大きいと感じていた。
その事を理解しているので、ローブを脱がないと決めたにも関わらず、貴族服でワルシャワに向かうほどだった。
魔神信奉者のような恰好のままでは、ブリタニア諸族連合に与する者が助けに来たと思われるからだ。
それにいつもの恰好は目立ちすぎる。
暗殺後に服装で手配されるような、馬鹿な真似はしたくはなかった。
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今、俊夫はワルシャワの広場にいる。
フリードにワルシャワに着いた時に、必ずやっておけと言われた事をやるためだ。
「ヘイ、ポール」
俊夫は人の多い場所で、そう叫んだ。
すると、付近の男性が一斉に俊夫に振り向く。
(なんで、こいつら殺気だってるんだ)
俊夫は呼吸を忘れるほどの衝撃を受けた。
単純な力で負けるとは思わない。
だが、大勢の人間から受ける無言の圧力は、NPC相手でも思わず息を呑んでしまう。
「待ってたぞ、ポール」
俊夫は誤魔化すために、少し離れたところにいた少年に声をかける。
彼は眼鏡をかけたヤギの獣人だった。
背はあまり高くなく、やや猫背気味で大人しそうに見えたからだ。
「さぁ、飯に行こう」
俊夫は彼の肩を抱き、逃げるようにその場を離れた。
少年も俊夫が困っているのを理解したのだろう。
逆らう事なく、広場から離れるのを協力してくれていた。
「ふぅ、なんだよあれは……」
フリードに言われてやってみたはいいが、あんな殺気立った目で見られるとは思わなかった。
それも、ほぼ全ての男が見てきたのには驚いた。
「お兄さん、この国初めてだよね?」
「そうだ。何かダメな事でも言ったか?」
少年はジト目で、俊夫をため息混じりに見つめる。
「ポールって叫んだからさ」
「この国の名前にもあるだろ?」
「この国の歴史も知らないの?」
今度は呆れ顔で俊夫を見つめる。
そして少年は俊夫に基礎知識を教えてくれた。
「建国の父、ポール・ピウスツキの名前を取ってポール・ランドってなったんだ。けど、その時に法律で男の子が生まれたらみんな”ポール”って名前にするように決まったんだよ」
「それがなんで、あんな殺気立った目で見るようになるんだ?」
「名前でからかわれるからだよ。外国の人の中には、街中で叫んでみんなの反応を楽しむ嫌な人がいるからね。殺されはしないけど、リンチに遭うくらいは覚悟した方がいいよ」
(フリィィィドォォォォォォ。重要な任務だって頼んでたのに、なんでこんなつまらないイタズラ仕掛けてやがんだ!)
思わず叫びそうになるが、心の中でなんとか抑える。
こんな行動を取って大勢に印象付けるような真似を、暗殺任務の前にやらせる理由が思いつかない。
おそらく、フリード自身も同じように騙されたので、俊夫にもやらせてみようくらいの気分だったのだろう。
(もしかして、本当はどうでもいい依頼なんじゃねぇだろうな)
これで実はジョークでしたとか言われたら”味方にしよう”という考えを捨ててでも殴りかかりそうだ。
「そうか、そんなに危ない行為だったんだな。悪いな、助かったよ。なんか奢ろうか?」
「いいよ、別に。人が暴力を振るっているところを見るのは気持ちいいもんじゃないしね」
この少年は良い子のようだ。
もちろん、人が良いという意味ではない。
都合の良いという意味でだ。
「ありがとうな、ポール」
「どういたしまして」
二人は軽く握手をして別れた。
(英雄だからって、国民の名前をポールに強制するか普通?)
名前を覚えるのは楽でいい。
だが、ゲーム制作者の手抜きではないのか?
そんな事を俊夫は考えてしまう。
いや、考えなければならなかった。
他の事を考えていないと、フリードへの怒りがこみ上げて来そうだったから。