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39

 翌日の朝、俊夫は王宮の前まで来ていた。


 いつも通りの恰好、ローブに剣を背中に下げての姿。

 このままの方が、フリードにはわかりやすいかもしれないと思ったからだ。

 それにチンピラに突然絡まれても、不意打ちの一撃で致命的なダメージを受けずに済む。

 やはり、この格好からは変えられそうにない。


「すいません。フリードリヒ2世陛下に拝謁したいんですけど、どうすればよろしいでしょうか?」


 俊夫は搦め手を諦めた。

 むしろ、たまには正面から行ってみるのも面白いかもしれないと、門を守る兵士に丁寧な口調で話しかけた。

 声をかけられた兵士は露骨に嫌な顔をし、同僚と顔を見合わせる。

 そして声をかけられた兵士が俊夫に答えた。


「もしかして、陛下が放浪してた時の知り合いか?」

「そうです。ポート・ガ・ルーにおられた時に知り合う機会がございました」

「やっぱりそうか……。陛下が冒険者ではなく、一国の国王だと知って繋ぎを取ろうとする者が多くてな。そういった者を取り次がないようにと命令が出ているんだ。身分が定かではない者を合わせるわけにはいかないからな」


 よくある事なのだろう。

 少し呆れたように、面会は無理だと伝えてきた。


「そうだったんですか。では、これでもダメですか?」


 俊夫は、ローブの内ポケットから一通の手紙を取り出す。


「これは?」

「ポート・ガ・ルーの国王陛下直筆の感状です。一応身分の証明になると思いますので、上司の方に見せて頂けますか?」

「え、えぇ。そうさせて頂きます」


 王だの感状だのというものに縁が無さそうな男が持ってきた。

 兵士は想定外の物を持ち出されて驚いた。

 それもそうだろう。

 このご時世、魔神信奉者など反社会性の塊だ。

 そんな異常者が、権威に関係する物を持っているとは思えなかったのだ。

 兵士は俊夫から手紙を受け取り、門の内側へと走り去っていく。


 俊夫が身分証明書ではなく、感状を出したのには理由がある。

 オストブルクの皇后マリアが口にした言葉。


『ポート・ガ・ルーで最初に魔神発見の報告をしたのは、あなたよね。姿恰好と名前の一致がしているわ』


 これは俊夫の名前と、姿恰好を知っている者がいるという事。

 もしくは、書類に名前が残っているのかもしれない。


 10年前の事なので忘れている者もいるだろうが、ポート・ガ・ルーの感状付きならば、きっとフリードも思い出してくれる。

 そう思って感状を取り出したのだ。

 接触の機会を作るチャンスは少ないはず。

 その機会を無駄にはしたくなかった。


「申し訳ありません。直ちに伺うとの事ですが、確認に今しばらく時間がかかるかと思われます。詰め所の方でお待ちください」

「わかりました」


 上司に手紙を渡し、すぐに戻ってきた兵士が俊夫を詰め所に誘う。

 俊夫が貴族のような恰好であれば、キチンとした応接室にでも連れて行かれたのだろう。

 だが、今の俊夫の恰好では、兵士の詰め所でも奮発した方だ。

 むしろ城のすぐ内側とはいえ、中に招き入れるだけでも大胆な判断だった。

 兵士の態度が変わった事を考えると、やはり国王直筆の手紙を持っているというのはかなりの効果があるようだ。


 そこで俊夫は水を出された。

 本来ならお茶でも出すところなのだろうが、兵士の詰め所にそんなものは無かったのだ。

 俊夫は一口水を飲むと、近くの兵士に聞いてみた。


「陛下の統治は素晴らしいと聞きましたが、兵士の視線からはどうですか?」


 声をかけられた兵士は困った顔をした。

 国王を訪ねてきた相手に、その評価を聞かれるというのは非常に困るものだ。


「そうですねぇ……。兵士からすると、戦争に強い大将っていうのはありがたいです。勝つ方が生き残る事ができそうなので」

「へぇ、戦争にも強いんですね」

「ご存じないので? プローインは、あのオストブルク相手に勝ちまくってるんですよ。将軍達も強いですが、やっぱり彼らをまとめる陛下が一番です」

「一番強い?」


 そういって俊夫は両腕で力こぶを作る仕草をすると、兵士は噴き出した。

 やはり、あの体は兵士から見てもおかしいのだろう。


「ハハハ、違います。腕力とかではなく、指揮官としてって意味ですよ。確かに兵士や将軍よりも最前線向きだと思いますけどね」

「重装備したあんなのに突進されたら、私なら逃げますよ」

「私もです」


 二人は笑い声をあげる。

 いや、二人だけではなく、二人の話し声が聞こえていた兵士達も含み笑いをかみ殺している。

 笑うといっても、馬鹿にするような笑いではない。

 兵士達の笑いからは、王に対する信頼感のような物も垣間見える。


 ――俺達の大将は強い。


 その信頼感が親しみのような感情を生み、国王陛下というよりも頼れる兄貴のような存在として、兵士達に認識されていた。

 だから、こうして軽口も叩ける。

 さすがに本人の前では言わないようにはしているが。


 それからしばらくの間、兵士達と雑談をしていると迎えが来た。

 俊夫は感状を返してもらい、その後に付いていく。


(国王としての統治は良し、軍を率いても良し。味方に付けられたなら大きいぞ)


 俊夫は期待と不安を胸に、10年振りの再会を迎えた。



 ----------



「よぉ、ゾルド。久しぶりだな」


 少し老けたが、それでも元気ハツラツなフリードは俊夫の肩をバンバン叩く。


(グァァァ、戦闘、戦闘モードォォォ)


 本人は軽くのつもりだろうが、俊夫からすれば工事用の1メートルくらいあるドデカイハンマーで殴られている気分だ。

 フリードも俊夫が痛みに耐えるため、歯を食いしばっているのを見て叩くのを止める。


「すまんな、つい力が入ってしまったようだ。まぁ、座ってくれ」


 俊夫は肩をさすりながら、勧められたソファーに座る。

 王宮の応接室だけあって、良い座り心地だ。

 ポート・ガ・ルーの時よりも良いかもしれない。

 派手な宮殿内において、用意されたコーヒーの匂いが現実に引き戻してくれる。


「陛下、お久しぶりです。ポート・ガ・ルーでは大変お世話になりました」

「おいおい、せっかく冒険者時代の知り合いと会うことになったんだ。丁寧な話し方は止めてくれ」


 その言葉に俊夫は顔をしかめる。

 嫌な事を思い出したからだ。


「初めて出会った時に、丁寧な話し方は止めろと言われました。ですが、その通りにするとギルド長に嫌われたり、捜査官に殴られたりとロクな事がありませんでした」


 ギルド長のアルヴェスに嫌われたのはタメ口のせいではないが、細かく話すのも面倒なので俊夫は言葉使いのせいにしておく。

 そして俊夫の言葉にフリードは笑い出す。

 笑い声はしばらく続き、薄っすらと涙を流したフリードがようやく口を開く。


「ゾルド、お前な……。冒険者同士はタメ口でもいいが、相手によって対応は変えないとダメだぞ。ギルド長にとか……」


 落ち着いていた笑いが、またこみ上げる。

 俊夫は不快に思っていたが、味方に付いてくれと頼む立場だ。

 ここは何も言わずに我慢していた。 


「国王の仕事は疲れる事ばかりで、これだけ笑うのは久しぶりでな。ついつい、笑いすぎてしまった。すまないな」

「お気になさらないでください」

「今日は無礼講だ。冒険者として話をしよう」

「いえ、そういうわけには……」


 俊夫はフリードの背後にいる護衛に視線を向ける。

 さすがに本人が良いと言っても、主君にタメ口をきく男を部下は良く思わないだろう。

 俊夫の視線の意味がわかったフリードは、軽く手を振り気にするなと言う。


「みんな、俺の事はわかっているから構わないさ。それにお前とは腹を割って話をしたい」

「腹を割って?」


 腹筋ではない事は確かだ。

 だが、俊夫に話したい事はあっても、フリード側から提案されるような覚えがない。


「みんな、席を外してくれ」

「はっ」

「ちょっと、待ってくれ」


 フリードの命令通りに護衛が部屋の外へ出ようとする。

 俊夫はそれを止めた。


「剣を預かっておいてくれ。ナタも」

「かしこまりました。ナタもですか?」

「一応は……」


 本来なら国王と会うのならば、武器を会談前に預かっていてもおかしくない。

 そのままで出ていこうというのだ。

 有らぬ誤解を防ぐために、自分から武器を預ける事にした。

 ……ナタはあの筋肉の鎧に通じる気がしなかったが、武器には違いない。

 護衛も通じないと思ったのだろうが、念のために一緒に預けておく。


 戦闘状態の本気になっても、あの筋肉ダルマには勝てそうにないとは思う。

 だが、敵意がない事を示しておくのは悪くない事だ。

 護衛達が外に出ると、フリードが切り出した。


「お前と過ごしたのは半日程度だ。だが、その名前はこの10年間忘れる事は無かった」

「どういうことだ?」


 これで一目惚れしたとかなら殴り飛ばして逃げるところだが、そんな雰囲気では無かった。


「プローインに戻ってしばらくしてから、魔神の発見の報告を聞いてな。その時、発見者の名前と風貌を聞いてお前だとすぐにわかった。そんな恰好をしている奴なんて他にいなかったからな」


 フリードは俊夫のローブを見て、ニヤリと笑う。


「そしてミラノ公国のクラーケン騒動。なぜかお前がやったというのは隠しているようだが、あんな化け物を倒すとはな」

「なんで俺がやったと?」

「最初に村に向かった兵士が話していたそうだ。その後、緘口令が出されたようで口を閉ざしてしまったみたいだがな」

「なるほどな。けど他にもこんな服装の奴はいるだろ」


 俊夫は、ふと浮かんだ疑問を投げかける。


「そんな奴はもういないさ。魔神降臨から1,2年の間は居た。だが、そのほとんどが殺されたよ。本当に天魔戦争が始まるのなら、魔神信奉者なんて裏切者だからな」

「そうなのか?」


 俊夫の服装はかなり危険な恰好のようだ。

 だが、目が覚めてからいきなり危険な目にあったりはしていない。


「今は戦争が始まる気配がないからだ。戦争が始まらないなら、今は変わった奴がいるもんだで済む。魔神信奉者のフリをして、本物の魔神信奉者を炙り出しているとかいう噂も流れたから、むやみに殺したりはしなくなったようだ」

「そうか、結構危ない恰好だったんだな」


(魔女狩りみたいなもんか)


 一般市民に囲まれても抜け出せる。

 しかし、逃亡生活のようなものが続くのは辛い。

 かなり危ういところだったのだと気付き、背中に冷や汗をかく。


「それで話っていうのはなんだ?」

「人には聞かせにくい話なんだ。個人的にお前に仕事を依頼したい。口は堅いほうか?」


(好都合じゃないか)


 フリード側から頼み事があるという。

 これは俊夫にしてみれば、願ったり叶ったりだ。

 友好的な関係を築く第一歩となる。


「もちろんだ。それにフリードには助けられた。一晩同じベッドで過ごせと言われない限りは断らないよ」

「それはこっちがお断りだ。恩に着せるような真似はしたくない。だから見合った報酬は支払う。待遇に関してもだ」


 フリードは真剣な表情で俊夫を見つめる。


「人を一人殺して欲しい」


 俊夫からすれば拍子抜けだ。

 戦争を勝利に導いて欲しいといった、もっと大きい話だと思っていたからだ。


「クラーケンを倒したお前なら、なんていう事もない相手だ。だが、表面上は戦争状態にない国の人間でな。プローインの仕業だと気付かれるのはマズイ」

「国家に属さない人間が、偶発的な出来事で、その相手を殺すという形が望ましいってわけか」

「そういうことだ。ちょうどお前が来てくれたからな」


 言わば要人の暗殺というわけだ。

 その相手がプローインに不利益を与えるかもしれないから、先に排除しておきたい。

 予防的な措置として、今回の話を持ちかけたのだろう。

 力があり、フリーな立場の俊夫は最適だったのだ。


「殺すだけでいいのか?」

「もちろんだ」

「なら、受けよう。命を助けられた借りはちゃんと返すさ」


 そういって俊夫は笑った。


(やっぱりゲームだ。都合よくイベントが起きてくれる)


 イベントのフラグを立てれば、すぐにイベントが発生する。

 今回はフリードとの面談が、そのフラグだと思った。

 ならば、あとはそのフラグを達成し、プローインとの友好度を上げていく。

 味方に付ける方法を色々と悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。


 しかも、フリードは汚れ仕事を頼むのに少し抵抗があるようだ。

 これを成功させれば、大きな恩を売る事になるだろう。

 幸い、俊夫に裏方としての働きに抵抗はなかった。


「汚れ仕事には慣れている。任せてくれ」

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